Novels Search :

→First Love 1

初恋。
何だか気恥ずかしくて、懐かしくて。
だけど、何だか忘れられない大切な思い出。
でも。
…初恋は、実らないもの。よく、そういわれる。
初めて自分以外の誰かに「特別な感情」を抱いて、
その感情をどうしていいかわからなくて…そうこうしているうちに、その感情が薄れていく。
もしくは、そうやって特別な感情を抱いた相手が、自分以外の誰かと幸せになっていくのを見て…
「叶わないな」
そう感じた、その瞬間に、…その「特別な感情」というのが、実は「恋」だったと。
知ることが多いような気がする。
初めての、感情。初めての、恋。
だから、失敗する事だって多い。
気がつかないうちに終わっていた事だって、多い。
表に出さないで、ひっそりと胸に秘めて終わらせてしまう事だって多い。
初恋で、結ばれて幸せになった…そんなケースはそう多くは無いはずだ。
それなのに。
そんな初恋の相手には、どんなに頑張ったって勝つ事なんて出来ない。
不思議と、そういわれることが多々ある。
思い出の中で美しいまま、とどまるその恋は「特別」。
その後どんなに素敵な恋をしたって、胸の特別な場所にしまわれたその思い出だけは…永遠に美しいまま。
人を好きになる。
その、初めての思い出は、何だかとても……不思議。



 



「あれー…」
とある日の、夜。
夕食後に居間でTVを見ていたあたしの横で、 やっぱり同じように並んでTVを見ていた乱馬が、急にそんな声を上げた。
見ていた番組は、何のことない旅番組。
関西のどこかを旅した芸能人の、ありきたりなレポート番組だ。
「何、その声」
旅番組の中の、豪華な食事風景ぐらいにしか興味を示さない乱馬が、画面上に映っている「旅館近辺の映像」を見ただけでそんな声をあげるのは珍しい。
あたしが思わずそんな乱馬に尋ねてみると、
「いや、この風景どこかで見た事あるなと思って」
乱馬は、首をしきりにひねりながらそんなことをぼやいている。
「見た事あるって…ここ、関西でしょ?旅行とか修行とかで行ったの?」
「いや、そんなんじゃなくて…ガキの頃かなあ。この映っている川にかかっている橋の上で、誰かと一緒に月を見た ような」
乱馬は、更にリアルな事を言いながら画面を食い入るように見入っている。
TV画面には、どこかの旅館の裏手の風景が、何かのクラシック音楽に合わせて映し出されている。
木造旅館の裏手は、大きな川。
その川には、やはり木造の大きな橋。
真っ直ぐではなくて、少し中に弧を描くようなデザインのその橋は、どうやらこの旅館のある街でも有名なようだ。
その橋の下は河原になっていて、
水が流れている部分の左右には、砂利が延々と敷き詰められている。
どうやら、端の近くに階段のようなものがあって、そこから河原へと降りる事が出来るようになっているらしい。
『旅館に泊まられたお客様は皆、ここで散歩されるのですよ』
『そうですか。風流ですねえ。』
…TVの画面からは、ありきたりなレポートが流れてくる。
その言葉どおり、レポーターと旅館の女将の後ろには、その旅館の浴衣をきた宿泊客が散歩をしている風景が映し 出されている。

「乱馬も、泊まった時にここ歩いたんじゃないの?」
あたしがそんな画面を見ながら乱馬に尋ねるも、
「こんな高そうな旅館、泊まったことねえよ」
俺たちはどこに行くにも殆どテント生活だったし…と、乱馬は少し嫌味っぽい口調で早乙女のおじ様のほうを振り返 るも、既に早乙女のおじ様は、パンダ姿に変身済み。
「きたねえよ」
「パフォ」
お前の小言は受け付けん、とばかりにのんびりとお茶を飲んでいる。
「そうねえ、家族旅行では行った事なかったわねえ」
すると、そんなあたしや乱馬、早乙女のおじ様の様子を端から見ていた早乙女のおば様も、そんな風に口をはさんで きた。
「おば様がおっしゃるなら、そうですね」
あたしがそう言うと、
「な、何だよそれ。俺だと信用ねえのかよ」
乱馬は少し不服そうな顔をした。
しかしそれでも直ぐ、
「…でも。これで旅行でここに行ったんじゃないって事がはっきりしたってことだよな。俺、一体いつ見たんだ?」
「ホントに誰と一緒に行ったか記憶にないの?」
「うーん、何となく思い出せそうな気もするんだけどなあ。でもなんかこう、ぼんやりとしているというか。なんでだ?」
乱馬は、全然説得力のないことを言っては、一人で首をかしげている。
「ふーん」
あたしが取り合えず相槌を打つと、
「ねえ、もしかしてさ?乱馬君の初恋の人なんじゃないの?それ。
初めてデートした場所とかでさ、だからあんた、隠してんじゃないの?」
…そんなあたしの背後で、それまでTVを見ていたなびきお姉ちゃんがにやりと笑いながら呟いた。
「…」
え?
あたしがその言葉にピクリと反応して乱馬を見るも、
「そ、そんなわけねえだろ!」
乱馬は、少し焦ったような様子でなびきお姉ちゃんにたてついた。
「お?妖しいわね。あんた何焦ってんのよ」
「あ、焦ってねえよっ」
「へー。…初恋の人とデートで見上げた夜空の月を、そんな風に今でも覚えているのねえ。可愛い所あるじゃないの、乱馬君」
なびきお姉ちゃんは、尚もそんな事をいいながらニヤッと笑い乱馬を見つめている。
「ばっ…そ、そんなんじゃねえやっ。ったく、くだらねえ。女ってのは、これだから困る」
乱馬は、やれやれとでも言いたげな表情を見せながら、そのまま居間から出て行ってしまった。
「照れちゃって、可愛い奴」
そんな乱馬の姿を見送りながら、なびきお姉ちゃんは、くっく…と肩を震わせている。
「お姉ちゃんてば。乱馬をいじめちゃ可哀想よ」
あたしがそんなお姉ちゃんを戒めようとすると、
「それより、あかね。あんた気にならないの?」
…なびきお姉ちゃんは逆に、そんなあたしに質問をしてきた。
「気にならないって?」
「決まってるでしょ。乱馬君の初恋の人よ」
「え?」
「さっきはあんな風に誤魔化してたけど。でももしかしたらホントに、乱馬君は初恋の人とその月、見たかもしれないでしょ?」
「…」
「気にならない?あかね。初恋って事は、あかねの前に、乱馬君が好きだった人なわけでしょ?律儀に覚えていたのねえ、あの乱馬君でも」
…あたしを好きになる前に、乱馬が好きだった人?
「…」
それまでは何のことなくお姉ちゃんの話を聞き流していたあたしだったけれど、
さすがにその発言には、思わずドキ…と心を動かす。
「乱馬の、初恋の人…」
「そうよ。あの乱馬君の初恋の人。
まあさ、初恋って実らないけど…永遠に美しい思い出として残るって言われてるじゃない。まさかあの乱馬君も、その思い出を大事にしていたなんてねえ。初恋の人は、思い出の中ではハニワもお姫様に見えるってもんよ。あらら、そしたらあかねとどっちが可愛いのかしらね」
「…なびき」
そんなあたし達の会話、というかなびきお姉ちゃんの様子を見かねたかすみお姉ちゃんが、軽く戒めようとするも、
「はいはい。でも、無くはないわよね。あんた後で聞いてみたら?」
なびきお姉ちゃんは全く懲りない様子であたしにそう囁くと、
「さーて、お風呂にでも入ってこようかな」
そんな事を言いながら、さっさと居間を出て行ってしまった。
「…」
あたしもその後すぐに居間を出て自分の部屋に向かうも、
「…」
その頭の中は、なびきお姉ちゃんの囁いたその言葉でいっぱい。
そして、その心は自分でも驚くくらい…早く鼓動している。
「…」
あたしは、ドサリ、とベッドの上に身を投げて仰向けに寝転がりながら、静かに目を閉じてみた。

…そういえば。
あたし、乱馬とはそんな話をした事がないような気がする。

「…」
…そして。あたしはこうやってゆっくりと考える機会に恵まれて、初めてそれに気がついた。
もう、長いこと乱馬と一緒にいるのに。
そういえばあたしは、乱馬の、そういった「深い」部分まで触れた事がない…。
「…」
それに気がついてしまったあたしは、無意識に早鐘のようになる胸の辺りをぎゅっと…掴んでいた。


「初恋の人」。
あたしの初恋の人が東風先生だって事は、乱馬は知っている。
でもそういえばその逆、乱馬の初恋の人の話…そういえば、あたしは聞いた事がない。
あたし達は、もう高校生だ。
乱馬と出会う前は、あたしだって東風先生の事が好きだった。
このあたしでさえ、そうなんだもん。
…乱馬だって、そういう人がいても、不思議じゃない。



「…」


それを考えた瞬間、さっきまでは早鐘のようにせせこましく鼓動していたあたしの胸が、 ドクン、と大きく一度…あたしへとその動きを伝えた。
一度大きく鼓動した胸は、今度はドクン、ドクン、と小刻みだがその衝撃をあたしの身体中に伝え始める。


…何を、動揺しているんだろう。あたし。
自分にそうやって言い聞かせて見るも、こういう時は、身体はやけに素直だ。
そうやって戒めれば戒めるほど、あたしの心臓はドキドキと高鳴っていく。
「…」
…そうよ。
あたし達は、もう年頃なんだもん。
初恋の人がそれぞれ別にいたって、不思議じゃないじゃない。
そういうあたしだって、東風先生の事、好きだったんだから。
乱馬だって、あたしが東風先生を好きだったように、誰かの事を好きだったとしても…そんなの全然おかしくないし、責める事でもない。
それに、いいじゃない。
初恋の人がどうであれ、今のあたしと、今の乱馬。
出会った二人がこうして付き合っているんだから。



「…」
あたしは、自分に何度もそう言い聞かせるようにして、ゴロン、ゴロンとベッドの上で寝返りを打つ。
…頭では、もちろんそんな事をわかっている事だし、何度も自分に言い聞かせているように、そんなの当たり前の事。
あたしと出会う前に、乱馬が誰を好きであろうが、そこまであたしが束縛する必要はない。
ないんだけど…
「…」
…あたしを、いつも大切にしてくれているように。
あたしの知らない誰かの事も、乱馬はこうして好きになっていたのかな。
キスしたのは、男が三千院帝が初めてで、女は珊璞が初めてだって、知っている。
でも、初めて手を繋いで歩いた人とかは…どうなのかな。
修行三昧で、全国色々な所に行っていた乱馬。
その修行で滞在していた場所で、そういう女の子に出会ったとしてもおかしくは無い。
出会って、一緒にいる期間が短かったからこそ、相手のことを美化して思い出にしている場合だって少なくは無いはずだ。
だとしたら、さっき。居間で乱馬が「誰かと月を見た」って言ったのだって…おかしくはない。
美しい月を、憧れの相手と見上げた。
両方が両方とも美しくて、やがてその思い出自体も「美しいもの」として心に残る。


…全然おかしくないじゃない。

「…」
あたしは、そんな事を考えながらいつの間にか、ベッドから身を起こして座り込んでいた。
そして、視点を定めることなく真っ暗な部屋の空間を見つめ、再び考える。


その子の事も、子供ながらに一生懸命守ろうとしていたのかな。
あたしを一生懸命守ろうとしてくれるように、あたしの知らない誰かの事もそうやって…。
それに。
あたしに対してしているような事を、その子にもしたいって。
好きだったら、年頃の男の子だったら…そう思ったことがあるかもしれない、よね。

「…」
…それを考えると、それが仕方ない事だとは分かっていても、あたしの心はどうしても晴れなかった。







その日の、深夜。
一人で考えていても、そんなことどうにもならない事は百も承知だった。
なので、その日はもう考えるのをやめよう…そんなことを思いながらベッドに入って眠りにつこうとしていたあたしの 元に、
「はー、寒いな今日も」
さも当たり前かのようにちゃっかりと、乱馬がそんな事を言いながらやって来た。
乱馬は、一応は隣のなびきお姉ちゃんの部屋を気にしつつ、控えめにドアを閉めて部屋の中に入ってくる。
「寒いんだったら、部屋に暖房でも入れれば良いでしょ」
「人肌じゃないとあったまらない」
「…おじ様にでも温めてもらったら。毛皮、温かいと思うわよ」
「何だよ、機嫌でも悪いのか?」
そして、あたしが承諾する前に勝手にベッドの中に入り込んでは、
「あー、温かい。ついでに柔らかくていい感じだ」
とかなんとか。
どこの中年親父かわから無いような事をぼやきながら、蒲団の中であたしの身体をぎゅっと抱きしめる。
「調子、いいんだから」
あたしは、そんな勝手な乱馬にため息をついて見せるも、
「…ねー」
…これは、いい機会かもしれない。
そんな事をふと思い、思い切って乱馬に尋ねてみることにした。
「乱馬」
「ん?」
「乱馬の初恋の人って…どんな人?」
「なっ…な、何で?」
すると。
何故か乱馬は、ギョッとしたような表情であたしを見た。
それと同時に、あたしの身体に触れている乱馬の胸が、ドクン、と大きく脈打ったような気がした。
…動揺している。
「…」
鈍いあたしでも、それは即座に感じ取った。
「な、何でそんなに動揺しているのよ」
あたしが乱馬のお下げに手を伸ばし、ぎゅっと引っ張りながらそう尋ねると、
「ど、動揺なんてしてねえよ」
乱馬はそういって、あたしから顔をそむける。
「こっち向いて」
あたしが、今度はそんな乱馬の頬を両手で挟んで自分の方を向けさせるも、
「な、何でそんなこと聞くんだよ」
乱馬は、やけに目を泳がせながらあたしに口答えをする。
「いいじゃない、別に。どうせ、初恋でしょっ」
「初恋ったって・・・そんなカッコイイもんじゃねーし!俺の聞いたっておもしろくねえだろっだ」
「面白いかおもしろくないかは、あたしが決めるわよっ」
「とにかく、その事はもういいのっ。いいじゃねえか、俺の初恋がどうだって!」
「なっ…なんでそんなにムキになるのよっ。だいたい、どうしてそんなに言いたくないのよ」
あたしがそんな乱馬に対して、むっとした表情でそう尋ねると、乱馬はそんなあたしにたった一言、こう言い放った。


「思い出すと…辛いからだよっ」


「え?」
ドクン。
…その言葉を聞いた瞬間、明らかにあたしの胸が音を立てた。


…そう、なんだ。
乱馬、そんなに辛い恋をした事があるんだ。

へえ、そうなんだ。
乱馬が辛くなっちゃうくらい、胸が痛くなっちゃうくらい…誰かの事を好きになった事があるんだ。

…あたしの知らない、誰かの事を? …
「…」
あたしが、その言葉に何も言い返せないままの状態でいると、
「とにかく。そんなことおめーが気にすることでもなんでもねえっ」
乱馬は、ボーっとしてしまっているあたしに、もう一度そう言い聞かせた。
そして、
「なあ、もう寝ようぜ。明日も学校なんだし」
再びあたしが妙な質問をしないように…と、あたしの身体をさっきよりもずっと強い力で抱きしめると、それっきり口を閉ざしてしまった。
「…」
でもあたしは、抱きしめられた腕の中でいつまでも…目を閉じる事が出来なかった。
言葉は、話すことが出来ない。
でも、目を閉じる事もできなかった。



…動揺、していた。
乱馬の口からでたその言葉に、自分でも驚くくらい、あたしは動揺していた。
誰なんだろう。
そんなことばかり考えて、動揺していた。
誰なんだろう。
…誰なんだろう。
どんな人だったんだろう。
どれくらい、好きだったんだろう。
「辛かった」って。その恋を思うって事は。
少なくても、幼稚園や小学校じゃないって事だよね。
恋を「辛い」って。そう思うんだもん…もっと大きくなってからだ。

どうやって乱馬は…その人に自分の思いをぶつけようとしていたんだろう。

…暗闇の中でじっと目を開くあたしは、そんなことばかり考えている。


ばかみたい、あたし。
所詮、初恋じゃない。
現在進行形の、恋じゃないじゃない。
もう、終わった恋なんじゃないの。
その相手のこと気にして、どうすんのよ。




あたしは自分に必死でそう言い聞かせるも、
どうしても、それを拭いきれない自分がいるというのも正直隠す事が出来ない。
…あたしの知らない、「乱馬が好きだった人」。
乱馬のことを好きだった人じゃなくて、乱馬が、好きだった人だ。

「…」
…まさか、TVを見ながら話していたのは本当に初恋の人のこと、だったのかな…。
思い出すと辛いから、だからさっきみたいに隠して?

「…」
そう思うと、自分でも驚くほど胸が早鐘のように鼓動する。
聞きたい。
どんな人なのか、本当は聞いてみたい。
でも…どうしてだろう。その人の事を知るのが…怖い。


「…」
…苦しいほど抱きしめられ、身体を密着させているのに…その日のあたしは、乱馬の体温を全く感じる事が出来 なかった。

 

TOPへ戻る