「…」
あかねは、目の前に現れたスレンダーなサンタクロースの姿を、じっと見つめた。
…スレンダーのサンタには、よく見るとおさげがちゃんとあった。
乱馬だ。
「…」
何がどうなって、乱馬がサンタクロースの格好をしているのかは今はわからないけど、どうやら乱馬は、非常階段を使わずに校舎横の木や、各教室のベランダなんかを飛ぶようにして屋上まで昇ってきた
ようだ。
「…何やってたのよ、今まで」
あかねは、非常階段の扉の前に佇んだまま、サンタクロースの格好をした乱馬にそう叫んでやった。
「…ごめんな、遅れちまって」
乱馬は、肩に担いでいた白い大きな布袋を、地面へと下ろした。
「…」
あかねは、そんな乱馬を表情を険しくしたまま睨みつける。
「…」
乱馬はそんなあかねに、深々と頭を下げた。
「…そんなかっこして、そんな風に謝ったって、許してあげない」
あかねが、頭を下げた乱馬に対してボソッとそう呟くと、
「そんなの分かってるけど、でも…」
乱馬は更に深く、頭を下げた。
「…嘘つき」
「ごめん」
「嘘つき…嘘つき、嘘つきっ。約束、絶対に守ってねっていったのにっ…」
そんな乱馬に対して、あかねは容赦なく言葉を浴びせ掛けた。
「言い訳なんて、もう聞いてあげないんだからね!ばかっ…最低男っ…」
「ごめんな」
「ばかばかばかばかっ最低のクリスマスイブだったわよっ…」
「…ごめん」
「っ…」
あかねは、ふいっと乱馬から顔をそむけてやった。
「…ごめん」
そんなあかねに、乱馬は尚も頭を下げ続けた。
「…」
あかねは、更に乱馬に背を向けるように立った。
「…乱馬なんて嫌い。もう、顔も見たくない」
…そう、乱馬に暴言を吐きつづけるあかねの心も、ズキ、と大きく軋んでいた。
あかねには、非なんて全くない。
だから、約束を破った乱馬を責める権利がある。だからこうして責めているのに…やっぱり、胸は痛くなった。
最低男で、大嫌いで。言い訳なんてしたって許してなんてやらないつもりのはずなのに、
そうやって責める言葉を口にすればするほど、
不思議な事…そうやって言葉を浴びせる事が出来るようになった、乱馬とやっと逢えたこの時間が嬉しく思えて仕
方ないのだ。
でも、それを乱馬に直ぐに知られてしまうのは嫌だった。
「…嫌い」
…言いたくないけど、でも言わなきゃ気がすまない。
しかし口にすれば心は痛む。
非がないはずのあかねが苦しむなどおかしい事だけれど、そんな複雑な気持ちを抱えたまま、あかねは乱馬に背を向けていた。
…と。
「…すぐに許してくれなんて、贅沢なこと言わないから…」
「…」
「だから、せめて…これだけでも受け取ってはもらえないかな…」
そんなあかねの背中に向かって、乱馬がそう声をかけた。
「…プレゼントなんて、いらない」
まともや、胸をぎゅっと締め付けられるような思いのままあかねがそう答えると、
「そうじゃねえよっ…これは、その…プレゼントじゃなくて…」
乱馬は、何故か歯にものを着せたような言いかたをする。
だったら何よ…と、あかねがそんな事を思いながら乱馬のほうを振り返ると、
「あっ…」
振り返った瞬間、あかねの目に飛び込んできたもの…それは、手のひらに乗るくらいのサイズの、小さな小さな「雪
だるま」だった。
小さな雪だるまを手に乗せた、雪の中に佇む、サンタクロースの格好をした乱馬。
赤と白と、夜の闇。シンシンと降り行く雪に彩られたサンタクロースの、神秘的な光景。
「…な、何でよ…」
あかねは、一瞬驚いたあとに思わずそんな事を口走ってしまった。
…確かに、あかね達がいる屋上には、先ほどから雪が降り始めた。
しかし、今屋上に降っているのは「ぼたん雪」だ。
とてもじゃないけど、すぐに積もってくれるようなサラサラの雪ではない。
それに、雪は降り始めたばっかりだ。
乱馬が今手に乗せてあかねに見せているようなサイズの雪だるまを作る事なんて、きっとこの屋上中に降っている雪を集めたって無理だろう。
では…何で?
「…」
あかねが、そんな事を思いながら乱馬のほうを見ていると、
「…俺さ、待ち合わせに遅れちまってここに来る途中…あかねを待たせちまったお詫びに何か出来ないかと思っ
て…そんで考えたんだ」
乱馬はそういって、地面に置いていた布袋の中をごそごそとあさり始めた。
そして、
「…考えてるうちに、あかねが『雪だるま』を作ろうっていってた事を思い出したんだ。だから、来る途中にあった24時間営業のディスカウントストアによって、こんなもん買っちまった」
といって、袋の中からごそっととある箱を取り出した。
その箱には、どこかで見かけた事のあるキャラクターが側面にかかれている箱で、
「カキ氷製造機」
そんな文字さえも見える。
「か、カキ氷…?」
雪の降る夜に、何て場違いな…と、あかねが思わずそう口に出してしまうと、
「カキ氷製造機と、あと氷を買ってその場で砕いて…そんで雪だるま作ったんだ。いでに、そこにサンタグッズも売ってたから買い込んで来て…」
乱馬はそういって、手にしていた雪だるまをあかねへそっと、差し出した。
「…」
あかねがそれを受け取るかどうか躊躇してしまうと、
「…こんなので許してもらえるとは思ってないけど…でも…」
乱馬は、そんな躊躇したあかねの手に、そっと雪だるまを乗せた。
「…俺、ちゃんとオメーの話全部聞いてたし、本気で雪が降って欲しいって祈ってたしっ…
それに…約束を破ろうなんて、ホントに思ってなかったんだっ…」
話をちゃんと全て聞いていた証と、明日の朝一緒に雪だるまを作って欲しいと思っていること。
そうやって、自分だってこの日を楽しみにしていた。
それだけでもあかねに伝わらないだろうか?…乱馬ははそんな気持ちを込めて、カキ氷製造機のハンドルをぐるぐ
ると回しながら氷を砕いて「氷のカケラ」を作った。
そして、「雪だるま」を作ってこうしてあかねの元へと運んできたというのだ。
「…」
あかねは、手に乗せられた雪だるまをそっと撫でた。
その雪だるま、目には小石が埋め込まれ、口の部分には枯れ葉が一枚突き刺さっていた。
小石と枯れ葉では、全く表情なんて作り出すことなど出来ないはずなのに…不思議な事にその雪だるま、
あかねが見つめれば見つめるほど、何だか穏かな表情をしているように感じた。
「…」
あかねは、その雪だるまをじっと、見つめた。
「…ごめんな、あかね」
そのあかねを見つめながら、乱馬が再び謝りの言葉を口にした。
「…」
あかねは、そっと目を閉じた。
その閉じた目から、じわり、じわりと熱いものがこみ上げてきた。
そして、寒さで凍てついている頬を伝いそれは流れ落ち…あかねの手のひらの上の雪だるまへと、ポトンと落ちた。
じわ…と、その涙の温かさで雪だるまの一部が溶けてしまった。
「…」
そんなあかねに、乱馬がおずおずと手を伸ばした。
そして、涙をこぼしたあかねの頬にそっと、指で触れた。
「…」
びくっ…
頬に乱馬が指で触れた瞬間、あかねは思わず身を竦ませてしまった。
その指は、驚くほど冷たかった。
当たり前である。
少し前まで、この雪が降る最中、氷の塊をつかって「カキ氷製造機」をフル活用したり削った氷で雪だるまを作ってい
たのだから。
更にそれを袋にほおりこんで、雪の中を薄手のサンタの衣装で走ってきたのだ。
手袋もコートも、マフラーも。
全て肩に担いだ袋の中にほおりこんで、薄手の衣装で走ってきた乱馬の体が、温かいわけがない。
「…考えてたの」
…その乱馬の、冷たい指の感触を感じながら。
あかねは、ぽつんと呟いた。
「え?」
「待ち合わせをすっぽかした乱馬がやってきたら…なんて怒ってやろうかって。
知ってる限りの暴言を、たくさんたくさん叫んでやろうと思ってたの…」
「…」
「…でも…」
あかねはそういって、手の上に乗った雪だるまの上にまた一粒、熱い涙をこぼした。
ジュワ…と、再び雪を溶かすように、涙が雪だるまへと浸透していく。
「…なんで?」
「え?」
「乱馬を悪く思うよりも、もっとずっと強く思っちゃうんだもん。
…やっと逢えた。逢えてよかったって」
「…」
「クリスマスイブのデートを、理由はどうであれすっぽかした奴なんて、絶対に許せないって。そう思うのに…何で?何で…そう思うより、こうやって雪だるまを作ってくれたことの方があたしには…嬉しく感じちゃうんだろう…」
…こんなの、絶対に不公平だ。
あかねが、もう一筋涙をこぼしながらそう呟くと、
「…ごめんな、あかね」
乱馬は、そんなあかねの涙を拭うように指を何度か動かした。
「…」
あかねは、ちょっと唇を尖らすようにして、乱馬の顔を睨んでやった。
ジュワ…と、再び熱い涙が雪だるまの上に落ちる。
「…ごめんな」
乱馬はまたあかねにそう謝って、今度両手であかねの頬に触れた。
そして、
「…ごめんな」
フワリ。
尖らせたあかねの唇に軽くキスをして、離れた。
「…」
あかねが、唇が離れたあとも何も言わずに乱馬の顔を睨んでいると、
「…」
乱馬は、そんなあかねからゆっくりと離れた。
そして、
「…」
黙って、先ほど取り出した「カキ氷製造機」の前にしゃがみこむと、
袋の中から先ほどそれと一緒に買い込んできたと思われる「氷の塊」…いわゆるブロックアイスという奴だが、それ
を取り出した。
そして、それを機械の中に流し込んで、ガリガリガリ…と氷を削り始めた。
乱馬は、地面に徐々に積もっていく削られた氷をイチイチ手で固めては、再び「雪だるま」を作るべく、土台を作ってい
く。
それが足りなくなればまた、氷を削って手で固めて…・それの繰り返しだ。
「…何してんのよ」
あかねが小さな声で呟くと、
「…雪だるま、溶けちまって変形しちまったから作り直そうと思って」
乱馬はそういって黙々と、「カキ氷製造機」のハンドルを回している。
「…」
さっきだって冷たかったその手で何度も氷に触れて、ぎゅっと固めてまたハンドルを回して…その繰り返し。
「…もういいよ、乱馬」
あかねがそう呟いても、
「…だめだよ。ちゃんと俺の気持ちが伝わるようにするためにも、この雪だるまは…あかねにあげたい」
乱馬はそれだけを呟いて、えんえんと「カキ氷製造器」のハンドルを回しつづける。
「…」
氷を削っては、手で固めて。
さらさらの削った氷の粒を、形になるまで固めるにはとても時間が掛かった。
乱馬が再び氷を削り始めて十分以上たっても、まだ二段の雪だるまの、下の部分の半分ほどしか完成していない。
「…」
…きっと、さきほどあかねに渡した雪だるまをつくるときだって、こうやって時間をかけて氷を削っていたに違いない。
早くあかねの元へ向かいたい気持ちで焦りながら。
そして、降り出した雪の中で増す寒さと戦いながら。
…
……
…そんな小細工をしたって、デートに遅れた事は変らない。
それに、そんなことぐらいじゃ、楽しみにしていたことを踏みにじられて情けない気持ちになったことや寂しかった気持
ちは消えない。
そんなの、分かっていた。
そんなんじゃ、騙されない。
こんな雪だるまを作っていたことを聞かされて見せられただけじゃ、騙されないもん。
…
……
「…」
複雑な気持ちが、あかねの心の中で幾筋も交差していた。
交差して、交差して…そして。
「…」
あかねは、そんな乱馬の直ぐ傍にゆっくりとしゃがみこんだ。
そして、
「…もう、いいよ」
削りあがった氷の粒を必死に固めて形を作っている乱馬の手にそっと、触れた。
あかねが触れた乱馬の手は、温度なんて感じる事がないほど冷え切っていた。
雪が降っている中、ふきっさらしになっている非常階段の「鉄」の柵。
そっちの方がどれだけ温かいと思えるだろうか。
「…だめだよ。ちゃんとこの雪だるま完成させないと…」
「もう、いいよ。もう、充分…」
あかねは、尚も氷の粒を固めようとしている乱馬の手を、ぎゅっと上から多い被せるように握った。
「…もういいから」
「あかね…」
もういい、というあかねの言葉に、乱馬は一瞬不安そうな表情を見せたが、
「…もう充分よ」
あかねはそんな乱馬に少し穏かな表情を向けて笑った。
そして、乱馬の手についた氷の粒をてでぱっぱと払ってやると、
「…この続きは、明日の朝、一緒に作ろう?」
あかねはそういって、乱馬の顔を見つめた。
「…」
乱馬は、あかねのその言葉に驚いているようだった。
「…こんなカキ氷の機械じゃなくて、家の庭に積もった雪で、もっともっと大きいの作ろう?」
「あかね…」
「…さっきもいったじゃない。約束をすっぽかした事には腹がたつし、最悪のクリスマスイブになっちゃったけど…でも、乱馬に色々怒ってやる気持ちよりももっとずっと…」
あかねは、驚いた表情で自分を見ている乱馬にむかってそう呟くと、冷たくなったその手を、自分の頬に触れさせるように抱き締め、
「…こうして、七時間遅れでも会えた事のほうが嬉しいと思っちゃったんだから…」
…あたしも、バカよね。
あかねは、そういってそっと目を閉じた。
「…」
乱馬は、そんなあかねを何も言わないまま抱き寄せた。
初めは優しく抱き寄せ、でもその内、思わず苦しいと感じてしまうほど、強く。
薄手のサンタクロースの衣装ごしに、乱馬の胸の鼓動が感じ取れるほど…乱馬は強くあかねを抱き寄せた。
「…もう。わざわざサンタグッズまで買いこんで着てきちゃうなんて」
コートも着ないで、風邪でも引いたらどうすんの?
…あかねがそんなことを呟きながら、自分を抱きしめる乱馬の、雪によって濡れている髪を撫でると、
「風邪引くとか、そんなことを全然考えつかねえもん。早く雪だるまを作って、そんで、待ってるはずのあかねを少しで
も楽しい気分にさせてやろうと思って…」
「ビックリしたわよ、サンタが屋上の柵を飛び越えて登場してきた時には」
「非常階段なんて、ちまちま昇ってられるかよ」
乱馬はそんな事を言いながら、いちどあかねの首元に顔を埋めるような仕草をしてから、あかねから離れた。
そして、
「あの…これ…」
足元に置いておいた、「カキ氷製造機」やら「ブロックアイス」やら自分の着ていた洋服やコートやらを入れていた白い
布袋から、
「…ホントは、昨日渡す予定だったんだけど…」
…赤と緑の包装紙が鮮やかな小さな箱を、取り出してあかねに差し出した。
ただ、中に氷やら機械やらを一緒に入れていたが為に、箱を包装している包装紙もリボンも…若干よれているのが気になる所だ。
「…」
あかねがそのよれた包装紙をじっと眺めていると、
「が、外見はよれてるけどっ…中身はよれてねえよっ」
乱馬が慌ててそんな説明をする。
「わかってるわよ」
あかねはそんな乱馬に笑って見せると、
「開けていい?」
「お、おう」
「…」
乱馬から差し出されたプレゼントを、ゆっくりと開いてみた。
「わあっ…」
…乱馬の言うとおり、外の包装紙はよれていても中身には全く影響がなかった。
赤と緑の包装紙とリボンを解くと、中には紫色の少し高価な感じの布で包まれた箱。
それを開けると…シルバーのイヤリングが一組入っていた。
ドルフィン型のイヤリングで、ドルフィンの尻尾の部分には、ブルーの綺麗な石まで付いている。
比較的大ぶりなイヤリングだった。
乱馬にしては珍しいチョイスだと…あかねは正直驚いてしまった。
「どうしたの?これっ…高かったんじゃない?」
あかねが、夜の闇でも灯りが必要ないほど輝くそのシルバーのアクセサリーに触れながら乱馬に尋ねると、
「ちょっとずつ金を溜めて、そんで…その、買ってみた」
乱馬はそういって、イヤリングに触れているあかねの髪を指で梳いた。
「…短い髪だし…耳に付ければ、見えるだろうし…。今は寒いから、耳に付けたら痛いかも知れねえから…」
「じゃあ、明日の朝、つけて。一番に見せてあげるっ」
「ああ」
「…乱馬、ありがとう」
あかねは、乱馬に素直に例を述べた。
明るい表情で礼を述べるあかねに、乱馬は少しホッとしたような表情を見せた。
あかねは、乱馬に送られたイヤリングが雪で濡れないようにと蓋を閉めると、すぐにカバンへとしまった。
そして、
「じゃあ、あたしも…」
すっかり冷たくなってしまった紙袋を、あかねは乱馬へと手渡した。
「…開けていいのか?」
「うん」
「…」
…乱馬がその紙袋に手を入れ、中に入れられていた箱の包装紙をぺりぺりっと剥がすと、
「…こ、これは…」
中に入っていた、やけに反対側まで見通しの良い「マフラー」らしきものを指で取り上げて苦笑いをする。
「…マフラー…」
あかねは小さな声でそう呟いた。
そして、
「でも、もう一つ入ってる」
「?」
乱馬が再び紙袋の中を手で漁ると、確かにもう一つ、柔らかいものが袋には入れられていた。
乱馬がそれを取り出すと、それは…ブルーのチャイナ帽だった。
それは、反対側が透けて見えるほどスケルトンにはなっていなかった。
しっかりとした布地で、綺麗な縫い目で縫われているところを見ると、
その帽子は手作りではなく購入したものなのだろう。
「…帽子。乱馬、黒や緑のチャイナ服を着る時は帽子をかぶってるけど…青いチャイナ服のものは持っていなかっ
た気がするから…」
あかねはそういって、恥かしそうに下を向いてしまった。
「…」
乱馬は、そんなあかねの姿を見ながら、ぽりぽりと頬を軽く掻いた。
そして、
「…赤い衣装に青は目立っちまうからまだ帽子は被れないけど」
「え?」
「…こっちは衣装に関係なくできそうだな」
そういいながら、やけに通気性の良さそうな「マフラー」を首に巻いた。
「…」
あかねがそんな乱馬をじっと見ていると、
「な、なんだよっ…これ、マフラーだろっ。首以外にどこに巻くんだよっ」
乱馬はそういって、少し照れたような表情をした。
「…」
あかねは、そんな乱馬に対してゆっくりと、表情を緩めて笑って見せた。
「ありがとな」
乱馬も、そんなあかねの表情につられるかのように…ゆっくりとその表情を緩めて笑った。
…本当なら、もっともっと早い時間帯に、こんな風にお互いは笑い合ってプレゼントを交換して…楽しく過ごす予定
であった。
でも。
付き合い始めてもやっぱり入る「障害物」とか。
予期せぬ事が重なって、
クリスマスイブのデートのはずが、日付を越えて、すでに今日はクリスマス。
まだ積もる事のない雪がシンシンと降る中で、なぜかサンタクロースの衣装を身に纏った乱馬と、こうしてあかねは過ごす羽目になった。
「乱馬なんて大嫌い」
「プレゼントなんていらない」
「言い訳なんてもうきいてあげない」
…
待っている間考えていた、彼への不満。
そして、遅れてやってきたときにそういってののしってやろうと思った言葉。
…でも、一生懸命そうやっていろいろ考えた所で、
いざ乱馬が遅れてでも自分の元へとやってきてくれたその時には、不満よりも何よりも。
どんな言葉よりも…あかねは思ってしまったのだ。
「逢いたかった。逢えてよかった」
と。
…待たせてしまったあかねのことを考えて、とにかく自分の気持ちと「誠意」だけでも伝えようと…わざわざ妙な買い物までしてやってきた乱馬。
そんな乱馬の姿を見てしまえば、怒っていたことや腹を立てていたこと。情けないと思ったことや悔しかった事…
どんなことでも、許してしまえるような気になってしまうのだ。
クリスマスイブに予定していたデート。
午後五時に待ち合わせしてスタートするはずだったデートから、遅れること七時間強。
日付さえもすっかり変わって、見るはずだったイルミネーションもすっかり消灯してしまった時間。
「くしゅん!」
「や、やだ乱馬っ…風邪!?サンタの衣装、すごく薄手だからっ…早く着替えなよっ…」
「お、おうっ…」
「この荷物はあたしがかたずけておいてあげるから…」
唯一、神秘的に降り始めた雪がシンシンと舞い落ちる中、
クシャミをするサンタクロースの青年と、その青年の着替えを待ちながら、袋の中に荷物を詰めたり、地面の上に置かれた少し変形している小さな「雪だるま」を指でつつ
いて遊ぶ少女。
予定していたクリスマスイブのデートとは、随分と計画がずれてしまったけれど。
腹立たしい事もあったし、寂しい思いもしたし。
情けなかったり、悔しかったり。
いろいろなことを思ったけれど。
…でも。
日付が変るその時に現れた、サンタクロース。
そして、そのサンタクロースが持ってきた「雪だるま」。
昔から、サンタクロースの持ってくるプレゼントは人々に幸せを運ぶといわれているが、この午前零時のサンタクロースも、この雪だるまがきっかけとなって仲直りをすることが出来た。
「お待たせ。さ、帰ろうか」
「うん」
午前零時のサンタクロースは、やがてその姿を変えた。
幸せの贈り物を皆に配るサンタクロースは、
その衣装を着替え、たった一人の少女の為に幸せを配るものへとなった。
真っ赤な衣装は、真っ白なコートにデニムのジーンズ。それに、通気性の良いマフラーへと変った。
唯一、担いでいた白い大きな布袋だけはそのまま担ぐ羽目になっているのだが。
「カキ氷製造機…夏になるまで倉庫にでもしまっておこうね」
「…そうだな。あーあ、デートで使う予定だった晩飯代、カキ氷製造機代と氷代、それに衣装代で消えちまった
し…」
「自業自得でしょ。あ、じゃあ、しまう前に家でカキ氷でも作ってもらおうかなあ」
「この寒いのにかあ?」
「寒いから、作るのよ。暖房がガンガンかかった中で、カキ氷を汗をかきながら食べるなんて贅沢でしょ?」
「はいはい。あーあ、クリスマスディナーがカキ氷かよ」
「乱馬のせいでしょ」
「…そうでした」
荷物を肩に担いだ乱馬は、そういって、あかねの身体を軽々と抱き上げた。
抱き上げられたあかねの手には、少し形の変形した小さな雪だるまが一つ。
「乱馬、早く帰らないと雪だるまが溶けちゃうし、手が冷たくなっちゃうよ」
「手袋は?」
「何言ってんのよ。乱馬と手を繋ごうと思って、今日は手袋をしてこなかったんだからっ」
「…そっか。じゃあ、家に着いたら繋げなかった分、ずっと手、繋いでてやるよ」
「手も温めてくれる?」
「ああ。一晩中、ずっと繋いでてやるよ」
「今度は約束だからねっ」
あかねのそんな声と共に、乱馬は彼女の身体をぎゅっと抱きしめながら屋上の柵をヒラリと飛び越えた。
そして、自分が昇ってきた時と同じように、木やベランダの手すりを飛ぶようにして地面まで降りると夜道をそのまま
走り出した。
雪が降る中、道や屋根の上を飛ぶようにして走りぬける乱馬と、腕に抱かれたあかねの目には、クリスマスの夜、日付が越えてもまだ眠る事ない人々のいる部屋の灯りがキラキラと目に映っていた。
暗い闇夜の中に、所々ぼんやりと浮かび上がる窓の光。
時折、救急車やパトカーのサイレンが鳴り響いたりすれば、パパパパパっ…・と、そのタイミングで更に窓の光も増えていく。
真っ黒い布に無造作に散りばめられた、色とりどりの宝石。
輝いては消え、そして消えたところとは別の場所が、輝いていく。
シンシンと降り続く白い雪と、闇夜に浮かび上がる窓の光。
こんなことがなければ、深夜に他の家の窓の光など気にすることなどないのでその不思議なコントラストがやけに印
象的だ。
クリスマスの夜、午前零時を少し回ったそんな頃。
ようやく「デート」をスタートさせる事が出来た二人の目には、
そんな闇夜の光景が、見ることの出来なかったイルミネーションの光よりもとても、とても美しく見えた。