「はあっ…はあっ…」
夜に外に出るからと、コートを着ているせいか、乱馬は玉のような汗を掻いていた。
何度も後ろを振り返るが、そこにはもう、シャンプーたち三人娘の姿はなかった。
どうやら、巻くのに成功したようだった。
「・・・」
乱馬はキョロキョロと辺りを見回して、時計を探した。
「!」
通りの向こうにあった、アナログの大時計を見ると、針は午後八時を刺していた。
(さ、三時間!?)
約束の待ち合わせ時間より、三時間も過ぎていた。
(やべえっ…絶対にあかねも怒って…)
しかも、何の連絡もなしに、だ。
「…」
とりあえず、乱馬は急いであかねとの待ち合わせ場所に向ってみた。
あかねとの待ち合わせ場所は、イルミネーション鮮やかな、大通りの一角。
が、その場所ではなんと、
『はーい、皆さんこんばんわー!』
…と、真っ赤なサンタクロースの衣装を身に纏った女性達によるクリスマスイベントが行われていた。
「あ、あれ…?」
場所間違えたのかな?と、乱馬が首をかしげていると、
「あれー?乱馬」
「乱馬君」
「あ」
…そこへ、見るからにデート中のクラスメートが通りかかった。
「ヒロシ」
「お前、何やってんだ?こんなところで」
「え、いや…その…」
「こんなところでイベントなんか見てんのか?」
クラスメートのヒロシと、その彼女さゆりはそういって不思議そうに乱馬を見ている。
「い、いや…あのここで待ち合わせしてたんだけど…」
乱馬がボソッとそう呟くと、
「ここは、夜の八時からイベント会場になるから、七時半くらいまでじゃないと待ち合わせなんて出来ねえはずだけ
ど」
「あかねとは、何時に待ち合わせたの?八時?」
「いや…ご、五時…」
「はあ!?」
ヒロシと、そしてさゆりも驚いたような表情で叫んだ。
「さ、三時間も過ぎてるじゃないの!あかね、可哀想っ」
さゆりが、ギロッと乱馬を睨んで叫んだ。
「この人ごみじゃあなあ。例え待ってたとしても逢うのは難しいんじゃねえか?」
「…」
「もしかしたら、家に帰ってるかもしれねえし、とりあえず逢えないなら電話してみたら?」
「…」
…クラスメートとのクリスマスパーティだといって出てきているのに、「あかねと逢えない」と家に電話をして連絡確認をするのは少し、躊躇してしまう。
それに、あれだけデートを楽しみにしていたあかねだ。
そんなあかねが、すぐに素直に家に帰っているとは…思えない。
「もう少し、捜してみる」
乱馬は、ため息混じりにそう呟き、ヒロシ達と別れた。
(やべえなあ…)
そして、乱馬は再び人ごみの中をあかねの姿を捜して走り出した。
しかし、時間が遅くなればなるほど、道脇の街路樹を彩るイルミネーションを見にやってくる人は増えてくる。
「わっ…す、すみませんっ…」
「ご、ごめんっ…」
前に進む事だけで精一杯で、ちょっととでも余所見をしていたら、人にぶつかり歩いて謝って。
…
一体、ヒロシ達と別れて、どのくらい立っただろうか。
時間ばかりが気になって、あかねを探すどころのはなしではない。
ふと、先ほどの道脇にある大きな時計を見あげると、時刻はすでに八時半になっていた。
「…」
人にぶつからないようにと少し後ろを振り返ってみると、ヒロシ達と別れたあのイベント会場は目と鼻の先。
あれから三十分も経っているのに、ほんの数十メートルほどしか道を進む事が出来ていなかった。
人にぶつかる回数は増え、人の数も増え。
一応見回してみるも、あかねらしき人影など、見つけられるわけもなかった。
「…」
乱馬はとりあえず人ごみから外れようと、行き交う人々の間を縫って、細い路地へと入り込んだ。
(やべえなあ…このままじゃ、夜が明けちまうよ)
待ち合わせに現れなかったばかりか、連絡もなく朝帰り。
はっきり言って、最低の結末だ。
「…」
乱馬は、反れた路地から表通りにいきかう人々を眺めため息をついた。
『乱馬、あたし先に出るけど…絶対に来てよ?』
『当たり前だろ。』
『じゃあ、待ち合わせ場所で会おうね。』
「…」
気ばかり焦る乱馬の脳裏に、出掛けにあかねと交わした約束の言葉がよぎる。
「…」
当たり前だろ、なんて。
自信満々にあかねに伝えたくせに、約束を三時間半も過ぎても、自分はあかねに逢えずこれこうして、人ごみの中を彷徨っている。
一ヶ月前から、嬉しそうな顔をして雑誌を眺めていたあかね。
プレゼントを買いに行く事なんてとっくにばれているのに、妙な言い訳を言いながら一人、学校帰りにどこかによって、紙袋を抱えて帰ってきたあかね。
そんなあかねが可愛くて、しょうがなくて。
そして、ようやく大手を振って一緒にクリスマスを過ごせると楽しみにしていたのに…この始末だ。
「…」
…付き合い始める前よりも、最近はあかねの事が良く分かる。
あかねは、泣き虫だ。
強がって「平気だ」なんていっても、かげでこっそりいつも一人で泣いている。
こんな風に、何度も約束をしたにも関わらずすっぽかしてしまったりしたら…絶対に泣いているに決まってる。
しかも、クリスマスだ。
初めの待ち合わせ場所は、なんかのイベントが始まるからって追いやられて…
…
「くそっ…」
乱馬は、そんな事を思いながら、路地横のビルの壁を思い切り殴りつけた。
こんなことなら、妙なムード作りなんてしないで一緒に家を出ればよかった。
そしたら、このイルミネーションの下へと一緒に来れて、二人でこのイルミネーションをゆっくり眺める事が出来たの
に…
…
「…あ」
ビルの壁を叩きながらそんな事を思っていた乱馬であったが、
「イルミネーションを眺める」
その言葉を思ううちにふと、思い出すことがあった。
そう、それは昼間あかねを送り出すときに交わした約束の最後。
『乱馬、あたし先に出るけど…絶対に来てよ?』
『当たり前だろ。』
『じゃあ、待ち合わせ場所で会おうね。』
…こういったあとに、あかねは更にもう一言、乱馬に付け加えた。
『もしも人が多くてはぐれちゃった時は、待ち合わせ場所のイルミネーションが見渡せるような場所にいるからっ…』
「…あ!」
…その言葉を思い出した瞬間、乱馬は小さな叫び声をあげた。
約束をした時は、「そんなことありえない」と突っぱねたのだけれど、その言葉、いざこの状況になったら大きなカギとなってくれるかもしれない。
(イルミネーションが見渡せるような場所…)
あかねのその言葉を、乱馬は何度も口に出しながら必死に考えた。
…待ち合わせのイルミネーション、つまりは乱馬が今いるこの大通りを見渡す事が出来る場所。
それはつまり、この大通りより「高い」場所だ。
あかねが、本来待ち合わせ場所だったあのイベント会場から離れたのは、夜の七時半頃。
そんな時間に、この近辺で入ることが出来る「高い」場所…
「…」
乱馬は再び大通りへと出て、人と極力ぶつからないように歩きながら、「高い」場所を探した。
このイルミネーションが並ぶ大通りは、比較的街中にある。
なので、会社関係の「高い」ビルはちらほらとあるのだけれど…
(一般の会社のビルになって、入るわけねえし…)
しかも、夜の七時半だ。一般企業のビルになど、一高校生が簡単に入っていけるわけがない。
それを除外すると、あかねが入ることのできるビルというのも、限定されてくる。
「…」
乱馬は、とりあえずイルミネーションの付いていない街路樹にこっそりと登って高いビルを物色した。
そして。
「…」
…乱馬が木に登って「高い」建物を物色した所、それらしきものと思われるのは二つだった。
一つは、高級ブランド店舗が幾つも入っている雑貨ビル。
もう一つは、大通りどころかこの町全体を見渡す事が出来る、「展望台」のある大きなビルだ。
雑貨ビルはともかく、この展望ビルの方は入場料が二千円も取られるというのは有名な話だ。
(雑誌を見ている時、あかねがこのビルに来たいって話してなかった気がするんだよなあ…)
「…」
幸にも、そのビルは隣り合って立っている。
ビルに入って彼女を探す事は簡単だけれど、時間が掛かる事は間違いない。
それに、あかねはともかく、乱馬にお金を使わせるようなこんな料金の高いビルに、
たとえ「イルミネーションがすべて見渡せるから」といっても、あかねが入るだろうか。
そう考えると、どうもこのビルに足を踏み入れる事を躊躇してしまう。
「…」
乱馬は、そのビルの真下からビルの上を見上げながらそんな事を思っていた。
(もしも、このビルじゃないとすると…あとは、どこだろうな)
なにか、他に手かがかりはないか。
乱馬は、もう一度あかねが自分と交わした会話の事を思い出してみた。
『夜、ご飯食べに行こう。イルミネーションも見たい。』
『乱馬、絶対にデート、すっぽかさないでよ?』
『約束だからね?』
『あ、でもお金掛かる所はやめよう?あたしたち高校生だし…高校生らしいデートにしようね。』
…
「高校生らしい…デート」
ふと。
乱馬は、そんなあかねの言葉を思い出した。
…お金が掛かる所はやめよう。そして、高校生らしいデートをしよう。
そう、あかねはずっとそんな事を言っていた。
雑誌とかで読んだり、そして男友達から話を聞く一般的な少女達よりも、あかねは古風な所がある。
決して高価なものをねだる訳でもなく、無理を言ったりはしない。
出来る限りの範囲で、その相手なりの誠意を感じ取れればいい。
あかねは、金額よりも気持ちを大切にするような女の子だ。
乱馬も、あかねのそう言うところは勿論大好きだった。
「そうか…」
・・・それを考えると、やはり、あかねがお金のかかるビルに自ら入って待つような事はしないような気がした。
だとしたら、一体あかねはどこで待っているのだろうか。
イルミネーションが全て見渡せて、そして「高い」場所。
さらに、お金が掛からない「高校生らしい」場所…
…
……
「…」
改めて考え出した乱馬の脳裏に、その時一瞬、「ある場所」が思い浮かんだ。
「あ…」
そう。
その一瞬浮かんだ「ある場所」は、
全てが見渡せる「高い」場所であって、尚且つ「高校生らしい」場所。
更に、夜の七時半を過ぎても、あかねが一人でも忍び込むことが出来る場所だ。
「…」
乱馬が思い浮かべたその場所に、本当にあかねがいるかどうかは確信はない。
しかし、このまま朝まで街をさ迷い歩くわけにも行かないし、あかねを一人で待たせておくわけにも行かない。
絶対にあかねは、家に一人で帰らずに、自分の事をこの寒い中待っている…乱馬にはそんな気がしてならなかった。
「…」
乱馬は、再び大通りの向かい側にある大時計へ目をやった。
時刻は、夜の十時十分。
今から乱馬が思い浮かべたその場所へ向かえば、到着するのは、十一時半過ぎ。もしもその場所でなかったとし
て、再びこの大通りへ戻ってくる事になったら、日付が変ってしまうかもしれない。
夜の十二時には、この大通りのイルミネーションも消えてしまう。
そうすればきっと、あかねを探す手立てはなくなってしまうのだ。
…その場所に、これから向かう事。それは、いちかばちかの賭けだった。
「…」
乱馬は、一瞬だけそれを思うと躊躇した。
しかし…手掛かりが他に思いつかない以上、自分の勘に賭けてみるしかない。
「…」
乱馬は、一度大きく深呼吸をした。
そして、一歩、また一歩と大通りの端を歩き始め、そして…人が途切れ始めたとたんに、全速力で「ある場所」へと
走り出した。
時刻は、午後十時十分。
待ち合わせをした時間よりも、すでに五時間十分も過ぎた頃であった。