…十二月二四日。世間一般では、クリスマス・イブと呼ばれている。
町じゅうでは色とりどりのイルミネーションが光り輝き、これ見よがしに「クリスマスソング」や賛美歌が鳴り響く。
ちょっと街へ出かければそこかしこ、幸せそうな顔をしたカップルが溢れていた。
映画館も、公園も。ライトアップされた大通りも。
所狭しと、人びと行き交っている…そんな日の夕方、
「乱馬ー!待つよろし!」
「乱ちゃん、待ちい!」
「お待ちになって、乱馬様ー!」
…その人ごみを縫うようにして走っていく三人の少女達と、
「だー!しつこい!おめえらの相手している暇はねえ!」
…と、その三人から逃れるようにして、やはり人ごみを縫って走る少年が一人。
おおよそ、クリスマスには似ても似つかない光景が、そこにはあった。
もちろん、追いかけているのはシャンプー・右京・小太刀で、追われているのは乱馬である。
クリスマスイブの今日、こう言ったイベントの日には必ずと言って、三人は乱馬の元へとやってきては一緒に過ごそう
とする。
もちろん三人一緒に登場するのは、「抜け駆けはしない」と、どうやら協定を結んでいるようなのだが。
ただ、追いかけられる乱馬としては、迷惑極まりない事であった。
乱馬にしてみればクリスマスイブ、もちろん過ごしたい相手は…ただ一人。
「夜、ご飯食べに行こう。イルミネーションも見たい」
「ああ」
一ヶ月も前から、乱馬はあかねと約束をしていた。
「まさか、乱馬とクリスマスにデートするようになるとはねー…」
「な、なんだよ不満なのかよっ」
「別にー」
随分と前から許婚、という間柄ではあったが、正式に付き合い始めたのはここ数ヶ月。
このクリスマスは、二人が初めて迎える、いわゆる「一大イベント」という奴だった。
「雪、降らないかなあ。クリスマスデートに雪だなんて、すっごく素敵だと思わない?」
学校帰りに、クリスマスのイルミネーションに彩られた商店街を通り過ぎながら、あかねはそんな事をいつもぼやいて
いた。
「サンタクロースが雪を運んできてくれないかなあ」
「はあ?おめー高校生にもなってサンタなんていると思ってんのか」
「ち、違うわよっ。
ほら、サンタさんて、プレゼントだけじゃなくて幸せも運んできてくれるって言うじゃない?だから…」
「くだらねえ」
「い、いいわよじゃあっ。サンタじゃなくて…そう、神様にお祈りするからっ」
「じゃあ、祈っとけよ」
それに対して、乱馬は驚くぐらいにそっけなく、しかも他人事のようにそう答えるのだけれど、
「他人事みたいに。乱馬だって祈っててよね!雪が降れば、あたしのすっごく可愛い笑顔が見れるかもいよー」
あかねがたまにそんな冗談を言って、乱馬に文句を言ってやれば、
「…じゃあ、真剣に祈る」
そんな時は決まって、乱馬は小さな声でそう答える。
「…」
そっぽを向いているし、声も小さいし。
ちゃんと聞いていないと聞き取れないくらいの言葉だけれど、あかねにとってはその言葉、どんな気取った言葉よりも
嬉しい言葉だった。
「…雪が降ったら、一緒にその雪で雪だるま作ろう」
あかねが、そんな乱馬にそう声をかけると、
「雪だるま作るぐらい雪が降るには、一晩は掛かるだろうが」
「あ、そっか…」
「そしたら、次の日の朝、作ろう。家の庭なら、いっぱい積もってるだろうし」
乱馬はそういって、あかねの頭をぽんと叩いた。
「…うんっ」
あかねは、そんな乱馬に対してとびっきりの笑顔で答える。
そんなあかねの笑顔に、思わず乱馬も、優しい笑顔を向けてしまう。
…そんなやり取りをしていたこともあった。
それに、
…
「乱馬、絶対にデート、すっぽかさないでよ?」
「そ、そんなことするわけねえだろっ」
「約束だからね?」
「ああ、約束な。だから、どこに行きたいかちゃんと決めておけよ」
「うん!あ、でもお金掛かる所はやめよう?あたしたち高校生だし…高校生らしいデートにしようね」
どこがいいかなあ?…と、二人で並んでベッドに寝転びながら、雑誌を眺めたりして。
そうやって過ごした日も何日もあった。
そして。
クリスマスイブ当日の今日とて。
「あら、今日は二人はデート?」
…朝っぱらからそんな事を聞いてくる家族にもわざわざ、
「今日は、夜クラスの友だちとクリスマスパーティーをする予定だから…帰り、遅くなる」
と、バレバレの嘘までついて外に出てきたりして。
二人は、このクリスマスイブのデートを存分に期待し楽しみにしていた。
もちろん、デートに行く際に一緒に家を出ないで外で待ち合わせをしたのは、「クリスマスデート」らしさを演出する為だ
った。
「乱馬、あたし先に出るけど…絶対に来てよ?」
「当たり前だろ」
「じゃあ、待ち合わせ場所で会おうね」
…今日の午前中。
まずはあかねが先に家を出るとことになっていたので、
あかねが家を出る前に、二人は部屋で最後に念入りにそんな約束をして、軽くキスを交わした。
本当のキスは、デートのときに取っておこうと、
こうして今交わしたキスは、乱馬があかねの額に唇をそっと当てるくらいの軽いキスだ。
「もしも人が多くてはぐれちゃった時は、待ち合わせ場所のイルミネーションが見渡せるような場所にいるからっ…」
「わかったって。心配性な奴だな」
「念のためよ」
心配そうに表情を曇らすあかねに、乱馬は再び軽く、額にキスをした。
そして、あかねを笑顔で部屋から送り出した。
…そう。
この時の乱馬には、あかねがそんなに心配しなくても、きちんと待ち合わせ場所へとたどり着く事が出来るという、それなりの自信があっ
た。
自分とあかねが正式に付き合いだした事を、回りの皆も知っているのだ。
だから、こんなイベントのある日にはもちろん、家族とてそれを邪魔する事はない。
もちろん、自分に言い寄っていたあの三人娘たちも遠慮をしてくれると、乱馬は安心しきっていた。
…が。
乱馬のその考えが、いかに甘い考えだったか。
乱馬はこのあと、すぐに思い知る羽目となったのだ。
午前中から家を出ていたあかねとは違い、待ち合わせの二時間前に家を出ようとした乱馬は、すでにそこで、シャン
プーたちに見つかって追いかけっこが始まったのだった。
しかも、夕方五時に、このイルミネーションの下の一角で待ち合わせをしていたにも関わらず、
「っ…」
…すでに時刻は五時四十分。
もう四十分もその相手を、待ち合わせ場所で待たしているのである。
連絡を取るにも、お互い携帯電話など持ってはいない。
さらに、その場所へ向おうにも、人が多くてはままならなかった。
(やべえなっ…あかね、怒ってるだろうなあっ…)
道を走ったり身を隠しながら、乱馬はそればかりを考えていた。
今日のことを、あかねが楽しみにしていたのを知っていれば尚更の事だ。
(くそっ…あいつら、ホントに凝りもせずっ…)
乱馬は、シャンプーたちが道を通り抜けていくのを影で見守りながらも、ため息をついた。
「あ!乱馬、見つけたねっ」
「や、やべえっ…」
…そうこうしているうちに、再び乱馬は三人娘に見つかってしまった。
そして、再度人ごみの中を追いかけっこが始まった。
(何とかして、コイツラを振り切らないとっ…)
夕方から夜にかけて、更に人の数が増えた大通りを走りながら、乱馬は再びため息をついた。