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→ラストメモリーズ 6

学校でも俺をとことん避けていたあかねは、無論下校など一緒にするはずもなく、親友達と先に帰っていってしまった。
あかねと俺は、朝の出来事以来、一言も口を聞いていない。そりゃそうだ、強引に嫌いな相手にキスされれば、だれだって腹も立つし嫌悪感を持つだろう。
前までとは違うのだから。
そうなればますますあかねは頭と心の連動が取れてないわけで。
心は、東風先生が好きでたまらない。なのに、体は俺と・・・
多分あかねは苦しいんだと、俺はそう解釈していた。だから俺はあえて、今日はもう無理やり接触を持とうとは思わなかった。
それに、今日に限っては、ちょっとそれは好都合でもあった。
そう、俺は放課後あかねと別れてある場所へと向かおうとしていた。今日のこんな状態ならば絶対にあかねはここへはこない。そう、思ったから。
俺は、一人で学校を出てある場所にたどり着いた。そして、ゆっくりとその入り口にあるドアを開ける。
チリンチリン・・・と、ドアについている鈴が揺れた。俺が来た事を、主に教えてくれたのだ。
「やあ、乱馬君いらっしゃい」
鈴に導かれるように、俺の元へとこの場所の主がやってきた。
東風先生だった。
そう、ここは接骨院。東風先生がいる場所だ。
数日前は、先生の力を借りるのは絶対に嫌だと思った。
でも・・・今となっては、そんな変なプライドとか意地とかを捨てても、あかねを俺の元に取り戻したいと、思っていた。
かっこ悪くてもいいから、それでもあかねが欲しい。そんな想いが、俺をここへと運んできたのだ。
・・・
俺は黙って会釈をして先生の顔を見た。先生は笑顔でそんな俺を中へと招き入れると、
「光はもう見えたかい?」
さっそくそう尋ねてきた。俺が左右に首を振ると、
「そうかい・・・なら、コレをみるといいよ」
言葉の足りない俺の心情を察してなのかはわからないけれど、先生は笑顔のままそういって、一冊の本を俺に手渡した。
分厚くもない本だった。表紙には子供が好きそうな可愛らしいイラストと、これまたびっくりするくらい大きな字でタイトルが書かれている。
・・・絵本だった。
「これは・・・」
俺が勉強が苦手なのを知っているから、バカにでもしているだろうか・・・俺が眉をひそめながら先生を見ると、
「その本を読むといいよ、乱馬くん。じゃあ僕はこれから往診に行ってくるから、留守を頼まれてくれないかな?その間ここでその本を読んでいてくれて構わないから」
先生は俺の返事も聞かず、そう言って診療室から出ていってしまった。
俺は、絵本を片手に一人、静かな診療室に取り残されてしまった。
「まこちゃんのおつかい」
・・・目に飛び込んでくる、絵本のタイトル。先生はこれがあかねの記憶をとく「キーワード」に関連があると言う。
「・・・」
いささかこの絵本に疑念を抱きつつ、俺はその絵本を丁寧にめくってみた。絵本と言う事がありがたい、これなら俺でも読めそうだ。
「どれどれ・・・」
とりあえずはアドバイス通りに読んでみよう。俺は消毒液の匂いがツンと残る診療室に腰を下ろし、手渡された絵本を読んでみる事にした。
・・・絵本の内容は、いたって簡単かつシンプルだった。
「まこちゃん」が、「おかあさん」と些細なことで喧嘩。
ペットの「ジョン」くんに諭されて(ここが絵本ぽいのだが)、おかあさんと仲直りするためのプレゼントを買いに、初めてのおつかいにでる。
そして色々な冒険をしてようやく家に帰ってきたまこちゃんは、最後に「おかあさん、ごめんなさい」と謝って、そして買ってきたプレゼントを渡して丸く収まる・・・というところで終わり。
「・・・」
診療室のベッドに横たわり本を読んでいた俺は、そんな絵本を読み終えて思わず首をかしげる。
・・・ この本の、どこをどうしたら、あかねの暗示を解く手掛かりが得られるというんだ?
読み終えたのはいいけれど、はっきりいってさっぱり分からなかった。
「うーん・・・」
何かこう、もっとバチッとした手掛かりを得られるんじゃないかと期待していただけに、何だか期待はずれのような物足りないような・・・俺は何だかスッキリしない。
はっきりって、先生がこの本を俺に見せた意図が全然読み取れない。
・・・俺は、ベッドに転がったりうろうろと部屋の中を歩いたりしながら、あれこれと考えてみる。
喧嘩した相手に、プレゼントを用意して謝る話だろ?
喧嘩したから、素直に「ごめんなさい」って。
謝るべきときに謝る、だけの話だろ?
自分が感じた事、思ったことを子供が母親に伝えただけだろ。
自分の今感じている感情をただ素直にさ。それの一体何があかねと関係が・・・
ん?
・・・

「あ・・・」

・・・その瞬間、俺の頭の中に何かが光った。
喧嘩した相手に、素直な気持ちで「ごめんなさい」ということ。
それは、そう言わなくてはいけないときに言う言葉。
じゃあ、俺達の場合はどうなんだろう。
喧嘩はちゃんと仲直りしていた。 その後、いつもよりもぎゅっと強く抱き合って、寝るときも手を繋いで寝た。
でも、俺はその間・・・あかねに一言も言ってやらなかった言葉が、ある。
あかねは俺に、何度もその言葉を言っていてくれたのに・・・俺は確か、うん、そういえば一言も言わなかったような気がする。
言うつもりがなかったんじゃなくて、「言わなくても分かっているよな」なんて思っていたから口に出さなかっただけだけど。
そうだ、その言葉は
「いつも傍にいる」「可愛いと思った」「大切だと思ってるんだ」「俺じゃだめか」
・・・そんな言葉なんかよりももっともっと単純で、簡単で・・・でも、たった一言で胸に届く、大切な言葉だった。

「・・・」
俺は、絵本を閉じて、慌ててベッドから起き上がった。
俺の中に、東風先生が言っていたとおりの、「小さな光」が灯った。
真実は驚くほど単純で、小さな光。調査なんかしなくたって、俺が良く知っている言葉だった。
・・・何でもっと早く、思いつかなかったんだろうか。 俺は、自分の不甲斐無さに腹がたって仕方が無い。
そして、この「光」が見えたからこそ、 その「光」を東風先生に尋ねようとしていた自分が恥かしくて仕方なかった。
本来なら、誰よりも真っ先に、俺が思いつかなくてはいけない言葉だった。
それなのに、先生の方が先に分かってしまうなんて・・・だから俺は、ダメなんだよ。
まだまだ、先生には叶わないんだ。
俺は、不甲斐無い自分を戒めるべく、バシッ・・・と自分の頬を挟むように叩く。
と、そうこうしている内にガチャ・・・と扉が開き、往診に出ていた東風先生が戻ってきた。
「はい」
俺が、今すぐにでもあかねの元へと駆けて行きたい気持ちを、必死で抑えるようにしながら先生に本を返すと、
「・・・その様子だと、見えたみたいだね、光」
先生はそう言って、俺に穏やかに笑って見せた。
「はい」
俺は、そんな先生に今度は目を伏せたりせずしっかりと頷いて見せた。
「・・・真実というのはね、本当に一握りの小さな光なんだ」
先生は笑顔で俺から本を受け取ると、「あとは、あかねちゃんにその言葉を伝えるだけだね」といった。
「はい・・・」
・・・でも、それが実は一番難しい事なのかもしれない。
キーワードが分かったところで、今の俺はあかねと最低最悪の関係。
そう、キーワードがキーワードなだけに難しいなと、俺は表情を曇らせる。
先生も薄々俺とあかねの間に何があったのかを気づいているのかも知れず、「そうだね・・・」となにやら考えているようだった。
「・・・そういえばね、乱馬君。明日の夕方、近所の神社で縁日が開かれるんだよ。
 町内会の毎年恒例の催しでね。僕もヨーヨー釣りのお店のお手伝いの為に参加するんだけど、あかねちゃんを誘って遊びに来たらどうかな?」
そして、俺にそんな事を打診してくる。
「縁日、ですか?」
俺が「来るかなあ?」と口には出さずに表情に浮かべながらそう思っていると、
「あかねちゃんは昔から、縁日とか好きだったから」
「・・・」
「あ、別に自慢してるわけじゃないよ。よく、かすみさんに連れられて縁日に来ているのを見かけていたから」
先生は慌ててそう付け加えて、困ったように笑った。
・・・ああ、そうか。先生が 見ていたのはかすみさんなんだ。だから横にいたあかねを・・・
「・・・」
何だか、それを知っているあかねの心情を思うと俺まで、胸が苦しくなる。
それが仕方がないことだとはわかっていても、だ。
でも、もちろんそんなことを先生に言うわけには行かない。
「ありがとう、先生」
俺は、そんな先生に笑顔でお礼を述べた。そして、
「かすみさんにも縁日に遊びに行くように行っておきますね」
「ら、乱馬君ッ別に僕はそんな・・・」
「ま、いいからいいから」
敵に塩を送るって言うけど、まあ世話になったお礼の意味をこめて、今度は俺が先生にアドバイスだ。
俺は先生にもう一度頭を下げると、診療室から飛び出し家へと走った。


・・・気持ちが、逸る。
俺が見つけ出したこの真実の「光」を、早くあかねに伝えたい。
このキーワードで早く、妙な暗示なんて解いてしまいたい。早くあかねを取り戻したい。
でも、
朝のあんな出来事があってしまったがゆえに、あかねは素直に俺のその「言葉」を聞いてくれるんだろうか?
「聞きたくない!あんたなんて大嫌い!」
そんな風にして耳でも塞がれちまったら・・・どうしようか。
それに、「言葉」だけをただ伝えようとしても、その言葉をあかねが「聞きたい」と思ってくれないとだめだって・・・お香の取扱説明書には書いてあったし。
・・・



「・・・」
せっかくキーワードが分かったのに、まだまだ本題は山済みだった。
俺は、息を切らして家までたどり着き、早速あかねの部屋の前でやってきた。
そして、ドアをノックしようとしたけれど・・・何となく躊躇してしまう。
不安、だ。まずは話さえも聞いてもらえないかもしれない。顔だって見せてくれないかもしれない。
・・・でも。
あかねが、俺からその言葉を「聞きたい」って思ってくれるまで、俺は頑張らなくちゃ。
あかねが暗示にかかる前に、ちゃんといってやれなかったその言葉を。
そして、俺がようやく導き出す事が出来た「小さな光」を。
本当に俺があかねを取り戻したいのなら、辛くたって何だって続けなくちゃ・・・俺は改めて気持ちを振り絞り、今度はちゃんと部屋のドアをノックする。
コン、コン。乾いた音が、廊下に響いた。
「はい」
程なくして、あかねがドアを細く開けて中から顔を出した。が、
「!」
ドアの外に俺の顔が見えたその瞬間、明らかに不快そうに、そして怯えたような表情をしたあかねは、バタン!・・・と、ドアを閉めてしまった。
誰がどう見ても、嫌われている。そうとしか思えない。
そんなあかねの態度に俺は内心グサリと傷つきつつ、それでも、俺とてこのまま引けない・・・俺はもう一度勇気を出し、
「あの・・・あのさ。ドア、開けなくていいからこのまま聞いてくれないかな」
顔を見る事は、諦めよう。でもせめて、話だけは聞いてもらいたい・・・俺はドアの外から中のあかねへと話し掛けた。
それに対してあかねからは、何の返事も返って来なかった。
だから実際はちゃんと話を聞いてくれているかは分からない。もしかしたらドアの向こうで耳を塞いでいるのかもしれない。
でも、俺は話さなくてはいけなかった。
「・・・あの」
俺はゆっくりと言葉を選びながら、ドアの向こうのあかねと、語りかけた。
「朝は・・・ごめん。その・・・俺、どうかしてた」
「・・・」
「それで・・・その、仲直りって訳じゃないけど、明日・・・夕方からさ、縁日に行かないか?その時に、話したい事があるんだ」
「・・・」
「縁日が始まる夕方五時に、神社の鳥居の下で待ってるから・・・」
そこまで言って俺は、一応あかねの反応を待った。しかし、あかねからは何のレスポンスもない。
「・・・」
・・・胸が、苦しい。でも、あかねに何を求めても仕方がない。話をややこしくしたのは俺の責任なのだから。
「俺、待ってるから。来るまで待ってるからさ」
俺は、もう一度ドアの向こうのあかねへとそう話しかけてその場から離れた。
そして、自分の人気のない道場に篭るとようやくそこで、ため息をつく。
・・・来るか、来ないか。
あかねには全く確かずに一方的に約束を取り付けてしまった。
もしかしたらあかねは縁日の事なんかとっくに誰かから聞いて知っていて、誰か友達と行く約束をしていたのかもしれない。
だから、今更俺にこんな事を言われても、困るだけなのかもしれない。
でも・・・俺にももう、こうするしか方法が無いんだ。俺は自分にそう言い聞かせた。
もしもこれであかねが待ち合わせ場所に来てくれなかったら・・・その時は、その時に考えよう。
ダメだったときの事は、ダメだった時に考えればいい。
「・・・」
・・・ハハ、ダメだったときの事ばっかり頭の中に浮かぶな、俺。
せめて期待している今だけでも、来てくれたときの事を思えばいいのに。
「・・・」
分かってはいるけど、かなり弱気だな、俺。
俺は、垣間見えた自信のなさに思わずもう一度大きなため息をついてしまった。




翌日。
何となく朝から落ち着かない俺は、あかねとの待ち合わせの五時より遥か早い時刻・・・まだ昼も一時だと言うのに、既に玄関で出かける支度をしていた。
「あら?乱馬君、何処か出かけるの?」
そういって、声を掛けてきたかすみさんに、
「はあ、まあ・・・ちょっと」
そうあやふやな返事をして、俺は靴を履く。
そして、
「あ、そうだ。あの、東風先生が、今日の夕方からの神社の縁日でヨーヨーのお店の手伝いするんだって。是非遊びに来てくださいって・・・言ってたけど」
自分の事をごまかすのも兼ねてだけれど、俺は東風先生のことをさりげなくかすみさんにリークしてみる。
「あら、そうなの?じゃあ、夕方みんなで行ってみようかしら。乱馬君も行くでしょう?」
かすみさんは、相変わらずふわふわした様子でそういう、俺にも声をかけてくれた。
が、俺にはそれよりももっと、大事な事が控えているのだ。ここで家族の邪魔が入っても・・・困る。
「俺はちょっと・・・」
「あら、そうなの」
「それじゃ俺、出かけるから・・・」
不思議そうに首をかしげるかすみさんから逃げるように、玄関を飛び出した。
・・・一応、これで東風先生への恩義も果たしたし。
あとは俺が、俺のやるべきことをするだけだ。
俺はそんな事を思いつつ、待ち合わせより四時間も前だというのも待ち合わせ場所の神社の鳥居へと向う。
今日は、土曜日。学校も休みだし、例え夜にここで縁日をやるにしても、まだまだ人はまばらだ。
的屋のおじさんたちだって、まだまばらにしか屋台を並べていないと言う殺風景な神社の端っこで、俺は来るべきときを待つべく、空を仰いでボーっと座っていた。
来るか、
来ないか。
それが気になって、何だかそわそわと落ち着かない。
・・・柄にもなく、近くに落ちていた花を拾って「花占い」なんかをしてみたりして。
「来ない」で花びらが終われば、「花が悪い」そんなことを言って別の花に手を出し、
「来る」で終われば、妙に心が躍る自分。・・・そしてそんな自分が何だか情けなくなって、異様に落ち込む。
人のまばらな神社の隅で、にやけたり落ち込んだりしている俺は、さも他の人からは異様にみえるのだろう。
案の定、
「ママー、あのお兄ちゃんどうしたのー?さっきから一人で笑っているよ?」
「し!目を合わせちゃいけませんッ」
「えー、何でなんで?」
・・・俺の横を、そんな事を言いながらコソコソと通り過ぎていく親子連れもちらほらいた。
悪がきに、「だっせー」とか何とか言われ、石を投げられたりもする。
「はあ・・・」
俺は、知らず知らずに、ため息をついていた。
あかねとの待ち合わせまで、あと四時間だ。
ただでさえ長い「四時間」。心が落ち着かないだけにさらに長く感じる。
来るか、来ないか・・・そんなことを思いながら時を過ごさなくてはならない。
心が落ち着かない。必要以上に何度も、時計を見る。
早く、過ぎろ。でも、過ぎたら過ぎたで・・・どうしようか。
「・・・」
四時間後の俺は、果たしてどんな顔をしているのか。神社の隅に丸まりながら、俺は色々な事を考えその時を待った。






・・・ドンドンドン、ドン、ドン。
ドンドン、ドン・・・
ドドン、ドンドン、ドン・・・
・・・
それから、どれくらいたったんだろうか。
昨夜、今日の事を考え込んでたせいで眠れなかった俺は、緊張はすれどもいつの間にか丸まっていた神社の隅で、居眠りをしていたようだ。
俺がふと気がついた時には、縁日の開催を知らせる神社の神楽太鼓の音が、辺り一体に低く低く鳴り響いていた。
外も、俺がここへやって来た昼の一時に比べて日も落ち暗くなっている。
明らかに、俺がここに来たときよりは時間が大分たっていると、言える。
(やっべー!まさか俺、寝過ごして・・・!)
俺が慌てて辺りを見回し神社の境内にある社務所の時計を見ると、
「五時五分」
古びたアナログ時計がそんな時刻を指していた。
(やべえ・・・過ぎてる!待ち合わせ時間、過ぎちまってる!)
俺は慌てて走り出した。
「来るまで待っているから」なんていって誘っておいて、自分が遅れてはどうしようもない。
俺は転がり落ちるかのような勢いで境内を出、鳥居の下へと続く長い階段を飛ぶように下りていった。そして待ち合わせ場所の鳥居の辺りであかねの姿を探す。
・・・辺りには、浴衣を来た女の子や親子連れなど、縁日へやって来た人たちでごった返していた。
俺はその人ごみの中を必死に目を凝らしてあかねの姿を探すけれど・・・あかねの姿は見えない。
まだ来ていないのか、それとも時間ぴったりにいない俺に愛想を尽かし帰ってしまったのか・・・大事なときに寝過ごした自分を恨みつつ、俺は必死にあかねの姿を探す。
と、
「乱馬君!」
人ごみの中から、俺の聞き覚えのある声がした。
「?」
俺がその声のしたほうを見ると・・・そこには、かすみさんとなびき。それにおじさんと親父・お袋がいた。天道・早乙女一家だった。
でも、あかねだけ、姿はない。
「あッ・・・」
しまった、と俺が驚いていると、
「乱馬君は来ないって言っていたのに、来れるようになったの?」
かすみさんが、笑顔で話しかけてくる。
「あ、まあ、その・・・」
なんて誤魔化そうか・・・俺が口をもごもごとさせて困っていると、
「まあ、いいんじゃないの?乱馬君はなんか用があるみたいだし・・・ほっといてあたし達は先に行きましょ。縁日、もう始まってるよ」
なびきがそんなことを言いながらみんなの気を逸らし、家族達を縁日に誘導していく。
あかねとの待ち合わせを知っているかどうかは知らないけれど、何かを感じ取ったのかもしれない。
ありがてえ。俺はなびきに心の中で礼を言った。
俺は、縁日にいくべく階段を上っていく家族の後ろ姿を妙な気分のまま見送っていた。
そんな俺の胸の鼓動は、徐々に、徐々に大きくなっていく。
かすみさん、なびき。 お袋に親父、おじさん・・・今いたのは、その五人。

・・・あかねは?
あかねは、どうしたんだろう。
もう、俺の元へと向かったのか。それとも初めから来るつもりがなくて家にいるのか。
それとも、誰か別の人と縁日に来ているのか。


あかねの所在、聞けばよかったな。俺は少し後悔をした。
一人だけ別に、同じ時間にここにつくのに家を出たなんて考えにくい。
じゃあ・・・やっぱりあかねはここへは向ってない?
まだ家に・・・いるのかな。
それとも、単なる別行動?いや・・・
・・・
「・・・」
色々な想像が頭の中を駆け巡る。
それでもめげずに、もう一度人ごみのなか必死で目を凝らしてあかねの姿を探してみたけれど、やはりあかねの姿は見つからなかった。
ふっと近くの出店の時計に目をやると、時刻はすでに五時半になっていた。
約束の時刻を、三十分も過ぎている。
几帳面なあかねが、俺のように寝過ごすとは思えない。となると意図的なものがあるとしか、考えられない。
・・・
・・・六時まで。
六時まで待ってこなかったら・・・家に電話してみようかな。
出なかったら、見に帰ってみよう。
「・・・」
俺は、そんなことを心に決め再びあかねを鳥居の下で待った。
・・・ と、その時だった。
ヒュッ・・・
あたり一帯に、一筋のつむじ風が走り抜けた。
「きゃーっ」
「うわッ」
出店のテントの屋根がガタン、と動くほどの一瞬のその強い風に、縁日へ訪れていた人々もざわざわと声をあげた。
人々は、風をよけようと建物や木々の生い茂る神社の中へとバラバラと走っていく。
(うわッ・・・強い風だな・・・)
俺は、そんな走り去っていく人々を見ながら自分も風を避けようと身をよじっていたが、
ふと、風が収まって目線を神社の鳥居の方へと戻した時に、
「あ・・・」
・・・俺は思わず、小さな声を、あげた。


「・・・強い、風」


・・・俺の目には、そう言って髪の毛をすっと耳に掛ける仕草をしたあかねの姿が飛び込んできた。
浴衣を身に纏ったあかねが、俺の目の前に姿を表した。

 

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