「あかねちゃん、結局今日は、病院に行かなくて大丈夫だったの?」
「あ…はい」
その日の、夕食後。
結局、部屋でうだうだとしていたら夕食の時刻になってしまったので、あたしは東風先生の所へは行く事が出来なかった。
とりあえず軽めに夕食を済まし、居間で休んでいる所へ、かすみお姉ちゃんや早乙女のおば様が心配して声を駆けてくれた。
「大丈夫です」
あたしがそうやって答えると、
「腹でも減りすぎてたのか?」
そんなあたしに、
夕食後は決まって、TVの前に陣取ってTVを見ている乱馬が、お茶らけた様子で話し掛けてくる。
「ち、違うわよ」
あたしがそう返すと、
「そうよ。乱馬君じゃないんだら。あかねは、乱馬君と違ってとーってもデリケートなのよ。ね?あかね」
そんなあたしを援護しようとしてくれたのか、どうなのか。
乱馬の隣で、同じように席を陣取ってTVを見ていたなびきお姉ちゃんがすかさず口を挟んできた。
「う、うん」
あたしがその言葉に頷くと、
「けっ。俺の方があかねより全然デリケートだっての」
「どこがよ。あんた、もっと自己分析したほうがいいわよ。なんなら心理学の本、貸そうか?一日三百円くらいで」
「…金取るのかよ」
乱馬となびきお姉ちゃんは、そんなあたしの返事などそっちのけの様子で、そんなやり取りを始めた。
そしてそのうち、TVの画面がパッと移り変わり二人が見ようとしていた番組に切り替わると、
「おっ始まった!」
「始まったわ!」
二人は同じタイミングで、軽口を叩き合うのをやめた。
そして、面白いくらいぴったりなタイミングで、二人してTVの画面に喰らいついた。
「まあ。おもしろい。何だか仲良しコンビみたいに息がぴったりなのね」
「ホント」
それは、思わず端から見ていたかすみお姉ちゃんと、早乙女のおば様がそんな事を呟いてしまうぐらいだ。
「ホントにそうですね…」
あたしは、ニ人に同調するような言葉を呟きつつも、
「…」
それと同時に、先程まではそれでも少しはおさまっていたはずのモヤが、再び胸の中に渦巻いてくるのを感じた。
…そういえば。
居間にいる時って、ご飯を食べる時以外は、乱馬は必ずTVの前にいる。
それは、なびきお姉ちゃんも一緒。
もともとTVが好きなのか、この二人は、いつも似たようなTV番組を、いつだって並んで見ている。
あたしはどちらかというと、TVをずっと見ているよりも、雑誌を読んだりする方が好きだから、
「机で雑誌を広げているあたし」「TVの前で陣取る乱馬となびきお姉ちゃん」
居間にいる時のあたし達三人は、それが自然な構図となっている。
「…」
あたしは、寄り添うように並んでTVを見ている二人の方を、じっと見つめた。
乱馬となびきお姉ちゃんは、あたしがそんな事を考えながら自分達を見ているとは知らずに、
「お、このアイドルまだ人気あんのか?」
「そうみたいよ。だってこのアイドル、こないだ武道館でコンサートやったし。ああ、そうだ。せっかくチケット売ってあげようとしたのに、そういえば乱馬君は断ったよね」
「俺は、こんなアイドルのコンサートには興味ねえ。それに、ダフ屋より高いチケットなんていらねえよ」
…なんて。そんな軽快な会話をテンポ良く交わしていた。
その内、TVが一旦CMに入ったのを見計らうと、
「よく言うわよね。じゃあ、この曲も嫌いなの?」
お姉ちゃんはそんな事を言いながら、自分の身体の横に置いていたMDウォークマンのイヤホンを片方、乱馬に差し
出した。
「曲う?」
乱馬は、怪訝そうな顔をしてそのイヤホンを耳にかけた。
「そうよ。ほら、これ今流行りの曲じゃない。コンサートに行けばこの曲、生で聞けるわよ?だからチケット買いなさい
よ」
「だから、ダフ屋より高いチケットなんていらねえっての」
二人はそんな事を言い合いながら、一つのMDウォークマンで、そしてイヤホンを左右片方づつ分けて聞いている。
「…」
…そんな二人の様子を見ていたあたしは、何故だかわからないけれど、不意に胸が、きゅっ…と締め付けられた。
二人の会話が、軽快になされればなされるほど。
二人の様子が自然であれば自然であるほど。
「…」
…あたしの心は、どんどんとモヤがかかっていった。
…すごく、複雑な気持ちだった。
いつもだったら、何の事のないこの光景を、笑って過ごせないあたしがすごく、惨めに思えた。
…お姉ちゃんを嫌な目で見ている自分が、とてもとても惨めで、そして情けなくて嫌だった。
いつもみたいに、
「あ、あたしはこのアイドル好きよ」
とか、
「このTV、そんなに面白いの?」
とか、
「あたしもその曲聞きたい!」
とか。
そうやって、ニ人の会話に入っていけばいいだけの話なのに。
そうしたらニ人だっていつものように、あたしも交えて「三人」で話をしてくれるだろうに。
なのに、今日のあたしは…目の前のそんな二人の姿に圧倒されてしまって、どうしても、そんな二人の間に入っていく事が出来なかった。
「…」
…あたしがそんな事を考えていた、ちょうどその時。
「なびきー、お友達から電話だよー」
と、
のんびりしたお父さんの声が、廊下の方から聞こえた。
「あー、もう何よ。今、いいところなのにっ」
見ていた番組の、一番の山場だったのだろうか。
「乱馬君っあたしの変りにちゃんと見とくのよ!?分かったわね!?」
「おう」
水を差されてしまったお姉ちゃんは、乱馬に対してそんな事をぼやきながら居間を飛び出していった。
「…」
あたしは、そんなお姉ちゃんが居間から出て行ったのを見計らうと、
「…」
ずっずっ…と畳をずって行き、居間までなびきお姉ちゃんが座っていたのと反対側の、乱馬の隣の席へと移動し
た。
そして、
「…この番組、そんなに面白いの?」
さっきお姉ちゃんが乱馬にしていたように、あたしは乱馬の方に寄りかかるようにして座った。
「あー、まあな。視聴率はいいみたいだぜ。面白いか面白くないかは人それぞれだけど」
すると。
…何故か乱馬はそう言いながら、あたしから少し、離れた。
(え?今…離れた?)
まさか、そんなことはないだろう…とあたしは自分に言い聞かせ、
「じゃあ、クラスの皆も見てるのかな」
改めて、そんな事を言いながら乱馬のほうへと擦り寄ると、
「ひろしや大介は見てるっていってたな。そう言えば」
やっぱり乱馬はそんなことを言いながら、またもや擦り寄ったあたしから少し、離れた。
…気のせいじゃなかった。
乱馬は、意図的にあたしから離れてるんだ。
「…」
あたしと乱馬との間には、擦り寄れど擦り寄れど、拳一つ分の距離があった。
(…さっきまで、お姉ちゃんとはもっと近くに寄り合ってたくせに)
…何よ。
お姉ちゃんとはもっと近くに寄り添って、一緒にウォークマン聞いていたくせに。
お姉ちゃんとはもうちょっと寄り添って、並んでTV、見るくせに。
なんで?
何であたしが近寄ると、離れるのよ?
…
「…」
あたしがそんな事を思いながら乱馬を見るも、乱馬はテレビの方を見るのに夢中で、あたしの事にはまるでお構い無しのようだった。
「…ったく。あれ位の用事なら、別に明日学校で言ってくれればいいのに」
と、そんな事をしているうちに。
廊下で友達と電話をしていたお姉ちゃんが、相変わらずブツブツといいながら居間へと戻ってきた。
そして、
「あら、あかね。あんたもTV見るの?珍しい」
そんなことを言いながら、あたしとは反対側の、さっきまで自分が座っていた乱馬の隣へと腰掛けた。
「…で?乱馬君。ちゃんとTV見てたんでしょうね?今、どうなってんのよ」
お姉ちゃんは乱馬の隣に座るなり、さっそく、先程のように乱馬の傍に身体を寄せて乱馬へと話し掛けた。
「ああ、えーと…」
乱馬はそんなお姉ちゃんの方へと顔を向け、自分が今まで見ていたTVの内容を話し始めた。
もちろんそうなると、向き合っている二人とは逆の方向に居るあたしは、ポツンと一人その席へと取り残されてしまっ
ていた。
「…」
あたしは、乱馬達に気づかれないように小さなため息をつくと、再び畳をずって、元いた自分の席へと戻った。
そして再び、TVの前で話し込んでいる二人を見つめるも、
「…」
…あたしとは、拳一つ分も距離を空けているのに、
何でお姉ちゃんとは、その半分の距離、なんだろう。
…
「…」
…そんな事を思うと、何だか再び、胸が締め付けられた。
そして。
(あ…)
その、今感じている胸の痛み。
この痛みを、あたしは実は、以前にも感じた事がある。
痛む胸を堪えているうちに、あたしはふと、その事実に気がついてしまった。
そうだ。
あたしは前にも一度、こんな気持ちになったことがある。
二人の、実はすごく息の合うその様子を。
ビックリする位仲のいい、その姿を…見た時。
そうだ、あれは…「あの時」だ。
…あたしとお姉ちゃんが、許婚を交代した時。
その時も胸が…痛かった。
その痛みは、ちくり、ちくりと初めは小さな痛みだけだった。
でも、最終的にはその痛み、この身体だけでは耐え切れない痛みとなって、傷を残した。
そう、それは今だって…
…
「…」
それを思い出した瞬間、あたしの身体の中で、何かが「ゾワリ」と走り抜けていった。
「…」
そう思えば、いろいろと納得が出来る。
この胸の痛みと、胸のモヤ。
その正体は、そうなるとたった一つだ。
もしかしたらあたし、なびきお姉ちゃんに…嫉妬している?
「…」
その事に更に気がつけば、あたしの心はより一層、ざわざわと音を立て始めた。
…それは、
「あんな夢」を最近よく見ているからなのか。
それとも、その「夢」と、今日のような出来事が、また何度か重なって起こっているからなのか。
それは、定かではない。
でも…そんな状態のあたしはもしかしたら、
今置かれている「現実」と、そして「あの夢」の出来事の…区別が出来なくなってきているのかもしれない。
だから、今更なびきお姉ちゃんに、嫉妬なんてするんだ。
「…」
…あたしはふと、そんな事を思った。
二人が、あたしの知らないところで何かの取引をしたり。
二人が居間で並んでTVを見る事。近くに寄り添って、話をする事。
そんなの、今まではさらっと受け流してきた事だったのに。
それなのに。
…「あんな夢」を見続けているから、あの夢の出来事が「現実」なのかそれともただの「夢」なのか。
そんな簡単なことも区別が出来ないほど、心が狭くなっているんだ。
それは、なびきお姉ちゃんに嫉妬なんて、するくらいに。
「…」
…あたしは、その結論にたどり着いた時、再びため息をついた。
それまで受け流して来られた事も、くだらない出来事も。
追い詰められたあたしには、そんな些細な事が気になって、仕方がなくなってるんだ。
それじゃなければ、あたしがなびきお姉ちゃんに嫉妬をする理由なんて…考えられない。
…
だったら。
二人の姿を見ないようにしよう、会話を耳を済まして聞いていないようにしよう…と、そう思っては、雑誌に集中しようとするのだけれど、
一度気になってしまったらそれで最後、事あるごとにそちらへ目はいき、そして耳は研ぎ澄まされてしまうものだ。
結局、そんな片意地を張った態度も、
「…あたし、もう寝るね」
「え?あかねちゃん…もう寝るの?まだ八時だけど…」
「うん…いいの」
すぐに限界を迎えた。
…あたしは、そそくさと雑誌を閉じると、まるで逃げ出すように居間から飛び出した。
…ばかみたい、あたし。
勝手に一人で悩んで。
お姉ちゃんに嫉妬して…二人の間に入ることさえも出来なくなるなんて。
乱馬は、あたしの許婚なんだから。
あたし達はもう、前に許婚交代をしたときみたいに、簡単に許婚交代してしまうようなやわな関係じゃないのよ。
今はもう、ちゃんと付き合っているのよ。
乱馬だって、あたしの事を好きだって。
それだって、分かっているはずじゃない。
…なのに、どうしこんなに心が乱れるの?
「…」
あたしは、のろのろと自分の部屋へと入ると、服を着替えもせずに再びベッドへと身を投げた。
夜、八時。
もちろん、こんな時間に直ぐに眠れるはずなどない。
それにきっと…目を閉じたら、また「あの夢」を見てしまいそうだ。
だったら起きていようか。
起きて、ずっと起きてればそんな夢…
「…」
あたしは、そんなことを思いながらため息をついた。
…でも、起きていたって、今のあたしは「あの夢」の呪縛から逃れる事が出来ない。
「…」
それも、あたしには充分分かっていた。
「…」
それが分かっているだけに、あたしの気持ちは更に重かった。
…夢を見るのが分かっていて、再び眠りにつくか。
それとも、起きていてずっと、こんなうだうだとした事を考えているか。
最低最悪の、選択だった。
それでもあたしは、起きているよりは眠る事を選んだ。
その方が、時間だけは絶対に早く過ぎてくれる。
…そんな気がしたからだった。
「…」
あたしは、ベッドのシーツをぎゅっと握り締めながら、ゆっくりと目を閉じた。
シーツを握るあたしの手は、自分でもはっきりと分かるぐらい震えていた。
その震える手を、もう片方の自分の手で抑えるようにして、あたしはじっと、ベッドに身を横たえていた。
と。
コン、コン。
…真暗で静かな部屋の中に、不意にドアをノックする音が聞こえた。
その音に反応し、あたしがドアを細く開けると、
「よお」
そこには、さっきまで居間でTVを見ていた乱馬が立っていた。
「…何?」
とりあえずドアを半分ぐらいまで開け、未だすっきりしない気持ちのままのあたしが乱馬へと尋ねると、
「いや…特に用って訳じゃなないんだけど…」
乱馬はそう言って、半分までしか開いていないドアを全開にすると、そのまま部屋の中へとするりと入り込み、ドアの所に立っていたあたしの体へと、腕を伸ばして抱きしめた。
「…」
そしてそのまま、抱きしめたあたしの背中を、優しく撫で始めた。
「…」
…乱馬があたしにこうしてくるのは、あたしと『一緒に寝たい』時だ。
あたしは、それを良く知っていた。
「・・・」
…もちろんそれが分かっているので、きっといつものあたしだったならば。
「しょうがないわね。仕方ないから、一緒に寝てあげるわよ」
とか何とか言って、きっとこのまま、乱馬の事を、部屋の中へと招き入れるだろう。
…でも。
「ごめん…今日は…」
今日のあたしは、そんな乱馬を突き放した。
…それはもちろん、今日は何となく体調がおかしいから…というのもある。
でもそれよりももっと、
「別の事」が…あたしの心の中に引っ掛かっていた。その方が強いかもしれない。
その「別の事」とは、もちろん先程までのあの「居間での出来事」、だ。
「…」
ちょっと残念そうな顔をしている乱馬の腕の中で、あたしは先程の事をまた思い出してしまった。
…何でよ。
何で、居間にいる時は、あたしとのあんな距離を作るのよ。
何で、居間にいる時は、あたしよりなびきお姉ちゃんとの距離が近いのよ?
お姉ちゃんとの距離をあんなに近く出来るんだたら、あたしとの距離だって、もっと近くに出来るじゃない。
…今、こうしてあたしを抱きしめているぐらい、傍による事だって出来るはずでしょ?
…
そんな事を思っていれば、知らず知らずにあたしの口からはため息が洩れていく。
「…そっか。じゃあ、今日は諦めるか」
…その内。
いつまでたっても「OK」と返事を返してこないあたしの態度に、乱馬のほうが先に折れた。
「ごめん…」
「お、おめーが謝ることじゃねーだろ。それに、良く考えると、具合が悪いのに無理をさせるわけにもいかないし…」
「…させるつもりだったの?」
「も、物は言いようだ」
乱馬はそんな事を言いながら、暗い表情で俯いているあたしの顔を覗き込み、
「とにかく早く、身体治せよな」
先程から小刻みに震えているあたしの唇へ、軽くキスをした。
「…乱馬」
「ん?」
「…乱馬。あたしの事、好き?」
キスしたその唇が離れた時。
…あたしは、自分でも分からないけれど何故か、そんな事を口走った。
「…な、何で?」
もちろん、キスをした後にそんな事を突然聞かれれば、誰だって驚くに決まっている。
「何でそんな事を聞くの?」
もしや、今のキスでは不満足…と、乱馬がそんな事まで気にしながらあたしを見る。
「…本当はどうなのかなって思っただけ」
あたしは、そんな乱馬に対してわざと、あやふやな言いかたをした。
…本当は、こんな事改めて聞く必要ないはずだし、あたしにはその答えだって、わかっているはずだった。
それなのに、
「…聞きたいの」
…そんな風に、人一倍照れやな乱馬が、口にするのに苦労するその言葉を…どうしても口に出させたかった。
頭では分かっているはずなのに、心が求めている。
まさに、そんな感じだった。
「…当たり前だろ」
すると。
乱馬は、ちょっと照れたような顔をして一言、そう呟いた。
そんな乱馬に対し、
「それじゃダメなのっ…ちゃんと…ちゃんと言葉でいってくれなきゃ分からないのっ」
あたしは思わず、声を荒げて叫んでいた。
「どうしたんだよ?今日は。何で今日に限って、こんなにだだこねっこになってるのかな、コイツは」
乱馬はいきなり叫びだしたあたしをもう一度抱きしめると、困ったような顔をして笑いながら、そう言った。
「…だだなんてこねてないもん」
あたしが、蚊の泣くよりも小さな声でそう呟くと、
「…とにかく。今日はもう、寝ろ。やっぱお前、今日はどっかおかしいぞ?」
「うん…」
「じゃ、俺はまた居間でTVでも見てようかな。さっきの番組、途中で抜けてきちまったから」
乱馬はそう言ってあたしから離れ、そしてあたしの部屋から出て行こうとした。
その瞬間、
「あっ…!」
…そんな乱馬の服の裾を。
あたしは、思わずハシっ…と掴んでしまった。
「な、何だよ?」
そんなあたしの思いがけない行動に、乱馬は驚いているようだった。
「一緒に寝ない」といったり、「自分の事を好きか」と聞いてきたり。
挙げ句の果てには、「寝ない」といっているのに、自分を部屋にひきとめようとする。
「?あかね?」
乱馬は、あきらかにそんなあたしの行動に戸惑っているようだった。
「あ…」
あたしは、慌ててそんな乱馬の服を離した。
「どうしたんだよ?ホントに変だぞ?お前」
「ご、ごめん…」
あたしはすぐに乱馬に謝ったけれど、その胸中はとても複雑だった。
…居間に戻ったら、またお姉ちゃんと寄り添って、TV見るんでしょう?
「…」
声にならないそんな想いが、あたしの心の中だけを駆け抜けていく。
自分でも分からないうちに、そう無意識に、あたしは乱馬を引き止めてしまったようだった。
「…なんだかなあ、コイツは」
…もちろん、そんなあたしの複雑ない胸中など乱馬が知る由も無い。
乱馬はため息をつきながら、あたしの方を再度、振り返った。
「…ごめんね」
あたしが、泣き出しそうなのを堪えながら乱馬にポツンと謝ると、
「…そんな顔されたら、一緒に寝たい気持ちが、我慢できなくなるだろ」
乱馬はそう言って、もう一度あたしの顔を覗き込むと軽くキスをした。
そして、
「今日は、もう寝ろ。な?早く、良くなるといいんだけどな」
あたしをベッドの所まで連れて行き寝かせると、今度こそ本当に部屋を出て行ってしまった。
「…」
…一人、薄暗い部屋で横たわるあたしは、なんだか無性に情けなかった。
どうして?
何でこんなに、胸がモヤモヤするんだろう。
…あんな風に尋ねなくたって、答えはわかってるのに。
なのに…なんであたしは、こんな風にお姉ちゃんに嫉妬するの?
「…」
そんなこと、自分でももう分からなかった。
あたしは、モヤモヤする気持ちを振り払うべく必死に目を閉じ、眠りについた。
…が。
もちろん、その日の晩も。
何度必死で目を閉じようとも。
何度途中で起きようとも。
眠りにつくたびにあたしは…「あの夢」を見た。
「いやあっ…」
…何度途中で飛び起きようとも、あたしの心にしっかりと焼きついたその「夢」は、何度も、何度も繰り返されて現れた。
−夢の続きは、終わる事が無い。−
魘されるあたしの心に、何度もそんな言葉が過っていった。