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Sweety Honey?4

 

あたしが家を出てから、三十分後。


「いらっしゃい。寒かったでしょ?早く入りな」
あたしは商店街にある『レジェンド』…秋緒さんのお店へとたどり着いた。
「あの…急に来ちゃって、ゴメンナサイ」
あたしが秋緒さんに頭を下げると、
「いいのよ。ちょうど、今日の食材もなくなっちゃって、早めにお店閉めるトコだったん だ。旦那は一足先に家へ帰したから、今はあたしとあかねちゃんの二人きりよ。遠慮しなくていいわ」
そういって、あたしを優しくお店の中へと招きいれた。
「…」
あたしは秋緒さんに案内されるがままにお店の中へ入ると、
「…どうしたらいいか…わからなくなっちゃって…」
さっそく、秋緒さんに自分の「今思っている事」を話した。

素直になりたいけどなれなくて。
謝りたいけど、勇気がなくて。
そして、逢いたいけど逢うのが恐くて。
同じ家の中にいるのに、これでもか、というほどすれ違うあたし達。

あたしは、秋緒さんに何もかも話した。
「…」
秋緒さんはあたしの話を最後まで黙って聞いてくれると、まずは、あたしに紅茶を勧めた。
そして、
「彼、誤解させちゃったみたいでごめんね」
不意にそう言って、頭を下げた。
「あ!そんなつもりであたし話したんじゃないんです!乱馬がいけないんです!あたしのはなしちゃんと聞かないから!それに、あたしも…」
ちゃんと、乱馬に伝えなかったから。
あたしは頭を下げた秋緒さんに慌てて否定をした。
「ねえ、あたしがその許婚くんに話しつけてこようか?」
「そ、そんなッ…。ホントに、いいんです。話を聞いてもらえただけであたし…充分です」
「でも…」
秋緒さんは、頭を上げて、心配そうにあたしを見る。
「大丈夫。大丈夫だと…思う…」

…そんな確信、全くなかった。


でも、あたしのことに巻き込んでしまった優しい秋緒さんを、これ以上心配させる事は出来な いとも、思っていた。
だから必死で笑顔を作ってそう言いきった。
「…」
それでも、秋緒さんはあたしを心配そうに見ていた。
「大丈夫です」
あたしは、もう一度はっきりと呟いた。
「そう。なら…あたしに、その仲直りするための『仕掛け』作らせてくれない?」
すると。
秋緒さんは不意にそう言って、立ち上がった。
「仕掛け?」
あたしが秋緒さんに尋ねると、
「あかねちゃんがどうやって許婚くんと仲直りしようとしてるか分からないけど、もし決めてないようだったら…こういうのはどうかしら?」
秋緒さんはそう言って、あたしの手を引っ張って店の奥へと歩きだした。
薄暗い店内を程なく歩くと、そこには鉄の、光り輝いたドア。
秋緒さんは、そのドアを力いっぱい押しながら開けると、壁のところについていたスイッチに手を触れた。

…パチッ…

スイッチを入れる事で照らされた室内。
「わあ…」
あたしは、目の前に広がる「はじめて実際に見る」光景に思わず声をあげてしまった。
あたしの目の前には、銀色に光り輝いた、よく磨かれた鍋・レンジ・そして…床。
まだほんのりと甘い匂いが残っている、よく手入れの行き届いた厨房だった。

「すごい!こういうの、TVでみたことあります!」
あたしは思わずそんなことを叫びながら厨房に足を踏み入れると、
「ふふ…旦那以外の人をここに入れるの、今日が初めてよ」
秋緒さんはそんなあたしを見て笑っていた。
そして、そんなあたしにスッ…と白い布を手渡すと、
「あかねちゃんがどんな方法で許婚くんと仲直りしようとしてるかわかんないけど…でももしもまだ決めてないようだったら、あたしが『仕掛け』を作る手助けしてあげるわ。喧嘩するきっかけとなっちゃった、パウンドケーキ。許婚くんがビックリするくらい美味しいのを作りましょ」
そう言って、てきぱきと材料やら器具やらを準備し始めた。
「で、でも…あたし料理は…」
あたしが手渡された布を握り締めながらそう怯んでいると、
「任せなさい!あたしみたいな腕のいいパテシエが一緒に作るのよ!『許婚くんがの口に合う、世界一美味しいパウンドケーキ』、つくらせてあげるわ」
秋緒さんは圧倒的に強い口調でそういうやいなや、あたしが手に握っていた白い布を 奪い取った。
そして、
「ほらほら、早くコレ着て!作るわよ!」
あたしに白い布…エプロンを強引に着せると、
「ハイッ、そのボールにこの粉入れて!」
「あ、はいッ…」
てきぱきと、あたしに指示を始めた。
あたしは、ただひたすら秋緒さんの言われた通りに材料を混ぜたり、型に入れたりす る。
…たぶん秋緒さんには、
「大丈夫です」っていったあたしがすごく無理をしているって言うのが、分かっていたん だ。
自分を心配させないようにってあたしが思ってるって事も、何もかも。
だからあえて、
「あかねちゃんがどんな方法で許婚くんと仲直りしようとしてるかわかんないけど…でももしもまだ決めてないようだったら」
…そんな言い回しをして、あたしを助けてくれようとしてるんだ。

「秋緒さん…あの…」
あたしは、ボウルの中に入っているケーキの生地を泡だて器でかき混ぜながら秋緒さ んに話し掛けるけれど、
「いいから。黙ってそれを作りなさい」
秋緒さんは、優しい笑顔であたしを見ながら、そう一言だけ呟いた。
それはまるで、
「余計な心配してないの」
とでもいいたげな顔だった。
「はい」
…あたしは秋緒さんのそんな気持ちが本当に嬉しくて。
絶対にこれが焼き上がったらお礼を言わせて!といわんばかりの表情で頷いた。
こうしてあたしは、秋緒さんの「言う通り」の材料配分と、そして手順を忠実に守って、パウンドケーキを作った。

…実際、あたしがコレを作ったところで、乱馬は本当に食べてくれるか分からない。
でも。
でも…秋緒さんのこの親切な気持ちだけは無駄にしちゃいけない。
それに、
フランスにも修行に行った秋緒さんが教えてくれる「ケーキの作り方」だもの。
今度こそ…今度こそ、スゴク美味しいはずだよ、ね?
これなら、あたしも自信をもって、乱馬に「食べて!」っていえるよね?
そして、それを機に…
「ごめんね」って、言えるよね…。




「じゃああかねちゃん、ケーキが焼けるまでここで待ってて。あたし、あかねちゃんのお家に電話してきてあげるわ」
…それから、数時間後。
ようやく、あたしと秋緒さんが作るケーキは最後の段階「焼き」へと入った。
材料から形を作り、そして、あたしが作ったものはたった今、オーブンへと入れられた。
焼き上がるまで、約十分だそうだ。
「ああ…ちゃんと出来ますように」
あたしは、祈るような思いでオーブンの前へと座っていた。
そんなあたしに、秋緒さんは、
「あら、もう夜の十時じゃない。お家の人、そろそろホントに心配してるんじゃない?」
そう言って、時計をチラッと見あげていた。
…こうして、秋緒さんは「私が引き止めちゃったから」と言いながら、天道家へと電話 をかける為に厨房を出ていった。
「十時か…」
あたしは、一人取り残された静かな厨房で、ぼそっと呟いた。


泣きながら家を出たあたし。
心配するかすみお姉ちゃんに秋緒さんの「名刺」だけ渡し、どうしてそこへ向うのかもろくに説明しないまま、あたしは家を出てきたんだっけ。
いくらおっとりしているかすみお姉ちゃんでも、いい加減心配してるだろうな。
それに…
「秋緒さんに会ってくる」
それだけ言って、あたしは家を出てきた。
乱馬。
もし、乱馬がそれをお姉ちゃん達から聞いたら…なんて思ってるかな…。
もしかしたら、今ごろスゴク怒ってるかもしれない。

あたしが、ケーキを手渡したところで。
そんなのくらいじゃ修復不可能なくらい、もしも乱馬が怒ってたら…!

「…」
あたしは、オーブンの前で座りながら、膝の上に載せた手をぎゅっと握った。

ゴー…

静かな厨房に、オーブンが起動している音だけがずっと、流れる。


…このケーキを持って、家へと帰って。
乱馬に逢うのが…急に恐くなってきた。
作ってるときには、
「仲直りしたい!」
…ただそれだけを思って作っていた、ケーキ。
だけど…

あたしは、ぎゅっと手を握り締めたまま、そっと目を閉じる。


…でも。
でも、こんな状態が明日も続くなんて…嫌。
明日も明後日も続くなんて、絶対に嫌。
ううん、今晩このまま夜を明かすなんて、絶対に嫌。


「…」
あたしは、閉じていた目を、そっとあけた。


…決めた。
もし乱馬が怒ってても…それでも、あたしは…あたしは、謝ろう。
謝って、もしもそれでも乱馬が怒りつづけてたら…
そしたらその時は…ええい!その時はその時だ!


あたしは、くよくよと思い悩んでいた気持ちを吹っ切るべく、ガタ…と椅子を蹴倒しな がら立ち上がった。

ピピッ…ピピッ…

それと同時に、オーブンが「焼き上がり」を知らせる音を上げて、止まった。
「あ…」
あたしは慌ててオーブンを開けて、中から「ケーキ」を取り出す。
「秋緒さん、遅いな…」
そして、電話をかけに行ったきり一向に厨房へと戻ってこない秋緒さんを、厨房の入り 口でうろうろとしたりしながら待っているけど、全然、秋緒さんは戻ってくる気配がない。
五分待っても。
十分待っても。
…秋緒さんは戻ってこない。
(もー、どこ行っちゃったんだろ…)
あたしは、焼き上がって香ばしい匂いを漂わせているケーキを前に、ただただウロウロ するばかりだ。
秋緒さんに教えてもらった「パウンドケーキ」。
あたしが今日の昼間調理実習で作ったものより、はるかに形が良い。
そして…美味しそう。
「あかねちゃん?彼に食べさせるまで、絶対に味見しちゃダメよ?」
…秋緒さんには作る前にそういわれていたけれど、こんなに香ばしい香りを漂わせて、そして形の良いケーキを見ると、
(うーん、味見したくなっちゃうよ、な)
「ヒトカケラくらいなら…いいよね?」
あたしは、秋緒さんに味見したのがばれないようにと、ケーキの焼き崩れた端っこ部 分をちぎり、
「いただきます」
勢い良く、口の中へとほおりこんだ。

「!?」

…とたんに、あたしの顔は、さっと曇った。
「何で…?」
口の中にほおり込んだケーキを、思わず口から吐き出し、ゴミ箱へとさっと捨てながら 呟く。


…不味い。
スゴク、不味い。
全然甘くなくて、異常にすっぱい。
何?コレ…


「秋緒さんにせっかく教えてもらったのに…」
あたしは、香ばしい匂いを漂わせて目の前にあるケーキをみて、ただただ呆然として しまった。
…秋緒さんの言う通りの順番に、言う通りの材料配分で作ったはずだったのに!
あたしは…あたしは一体どこで間違えちゃったの!?
何でこんなに不味いの?
「こんなんじゃ…仲直りなんて出来ないよ…」
あたしは、ケーキが乗っている台に両手をついてフラッした身体をかろうじて支えた。
…もう、涙さえも出なかった。
せっかく秋緒さんが教えてくれたのに、あたしはまたまた不味いケーキを作ってしまっ た。
犬も食わないような、あたしの不味い料理。
乱馬と仲直りする為に、必死で「仕掛け」を作ったつもりだったのに…
あたしが食べて、口からすぐ吐き出してしまうようなこんな不味いもの、
乱馬になんて更に食べさせられない。
だって…あたし達は、それで今日喧嘩したんだから…。
(どうしよう…秋緒さんになんて言おう…)
あたしは、頭の中が混乱していた。
これから秋緒さんになって言おうかも分からないぐらいに。
「渡すまで味見をするな」
そういわれてたのに味見をして。
その上尚且つ、めちゃくちゃ不味かったなんて…
(一体、なんて言ったらいいのよ…)
あたしは、ケーキを前にただただため息をつくばかりだった。


と、その時。
「あかねちゃん」
秋緒さんが厨房へと戻ってきた。
「あ、秋緒さん…あの…」
あたしがしどろもどろに話し掛けようとすると、
「あら、ケーキ綺麗に焼けたじゃない。よかったわ」
秋緒さんはそう言って、あたしの目の前にある「問題のケーキ」をサササッ…とお店 で使っている包装用の箱に入れると、
「はい、コレ持って!行くわよ」
そういって、あたしの手とケーキの箱を持って厨房を出た。
「え?行くって…どこへですか?」
あたしが突然の事にオロオロしていると、
「さっきね、あかねちゃんのお家に電話したらね」
秋緒さんはお店の出口へと続くフロアを歩きながら、あたしに説明する。
「もう夜の十時でしょ?夜道に一人で帰すのは危ないから送ってきましょうか?っていったらね…お家の人が『自分が迎えに行くから送らなくていい』って言うのよ。だからね、『だったら今すぐ早く来てください。あんまり迎えに来るのが遅い様だったら待たずに送ります』っていったら…ほら」
秋緒さんはそう言って、出口の方を指差した。
「電話を切って、十分もしないうちに来てくれたのよー。…走るの速いんだね、彼」
そして、クック…と笑い出した。


…「彼」?

あたしは、秋緒さんの言葉にはっとする。
「秋緒さん…」
あたしは、ぼそっと呟いた。
…ホントなら、嬉しい。
乱馬のバカ。
家からここまで普通に歩いて二十五分くらいかかるのに、慌てて走ってきたんだ。
喧嘩してるくせに。
あたしのこと、慌てて迎えに来たんだ。
…ホントならそう思って、それで笑顔で乱馬の前に飛び出す。
そう、出来るはずだった。
「秋緒さん、あたし…ケーキ…」
…でも、今のあたしにはそれが手放しで出来なかった。
せっかく教えてもらった「パウンドケーキ」なのに。
めちゃくちゃ不味く、作ってしまった。
乱馬と仲直りできるようにと二人で一生懸命作った「仕掛け」だったのに。
「秋緒さん…ケーキ…ケーキが、ね…」
あたしは必死で、「ケーキが失敗してしまっている」事を伝えようとしたけれど。
「いいの。そのケーキでいいのよ。絶対にそれ、彼に渡すのよ?」
秋緒さんはふっと真面目な顔でそう言いと、あたしの頭をポンっと軽く叩いた。
そして、
「さ、早く行きな。彼、寒いんじゃないの?」
戸惑うあたしの背中を強く押し、あたしを店から出してしまった。
「あ!秋緒さん!」
あたしは慌てて店の中を振り返り、ドアをドンドンと叩くけれど、
「…」
秋緒さんは笑顔であたしに一度だけ手を振ると、さっさと店の奥へと入ってしまった。

…どういうこと?
「そのケーキでいいのよ」って。
(秋緒さん…もしかしてケーキが「不味く」出来上がること知ってたてこと?)

別れ際に言われた秋緒さんの言葉が、あたしの頭の中に強く残っていた。
…しかも、この不味いケーキを「絶対に渡せ」って。
…何で?
「…」
どんなに考えても、すぐに答えが出なかった。
あたしには、秋緒さんの意図したことが全然わからなかった。
「…」
それでも、いつまでもこうして閉められたドアの前でたっているわけには、いかない。
あたしは、ケーキの箱をぎゅっと片手で胸に抱え、そして…ゆっくりと振り返った。
「…帰るぞ」
振り返ったあたしの空いている方の手を、乱馬が掴んだ。
「…うん」
…あたしは、複雑な思いを抱えたまま、乱馬に手をとられ、歩きだした。

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