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Sweety Honey? 3
あたしはただひたすらに、走っていた。
訳も分からず走り…そしてたどり着いた先。
そこは、商店街にある秋緒さんのお店だった。
(…)
きれいに磨かれたガラスのウィンドウから、明るい店内をのぞいてみると、先ほどの洗いざらしのジーンズ姿とは打って変わったような真っ白い綺麗な制服に
に身を包んだ秋緒さんが、笑顔でお客さんと談笑しているのが、見えた。
談笑していたかと思いきや、厨房に入り料理を運んで…「飛びまわっている」という表現がまさにぴったりと来る光景だった。
『旦那と二人でお店やってるのよ』
昼間逢ったとき、秋緒さんはこう言っていた。
デザートをオーダーするお客さんとは打って変わって、夜はディナーをオーダーする
お客さんが当たり前だが、多いはずだ。
旦那さんが「メインシェフ」だといっていたので、昼間は旦那さんが、夜はパテシエの秋緒さんが率先して接客を担当しているのだろ
う。
お店は結構繁盛しているにも関わらず、他に従業員はいないようだ。
そのせいで、端から見るだけでも、秋緒さんは忙しそうに見えた。
とてもじゃないけど、あたしなんかが突然訪ねていって、話しかけられるような状況
ではなかった。
(…)
秋緒さんも、
「お店の営業時間以外ならいつでも連絡頂戴」
昼間、そう言っていた。
そう考えると、連絡もなく、突然訪ねてゆくのは、やっぱり失礼だ。
「帰ろう…」
あたしは、そっとウィンドウから離れて再び歩き出した。
…頭の中が、ごちゃごちゃしていた。
自分でも、何がなんだか分からなかった。
でも。
あんなふうに怖い顔で、そして激しくあたしに感情をぶつけてきた乱馬ははじめて見た。
ちょっとだけ…怖かった。
それと同時に、
「どうしてちゃんと、この状況を説明できなかったんだろう…」という自責の念と、
「なんであたしの話をちゃんと聞こうとしないのよ!」という怒り。
その二つが、あたしの中でどちらも引けをとらずに強くぶつかり合っている。
…今夜のあたしと乱馬は、歯車が合っていないかった。
そう、あの時手を掴むことが出来なかくて、すり抜けてしまったあの「手」のように。
そして、あのすり抜けた「手」が全てを物語っていた。
…もし、あの時あたしは乱馬に「手」を掴まれていたならば。
…もし、あの時あたしが乱馬の「手」を掴んでいたならば。
今こうやって、あたしが一人泣き腫らした目をこすりながら一人で道を歩いてる事なんて、なかった
はずなのに。
でも、どんなに後悔してももう遅いのも分かっていた。
それらは全て、「過ぎてしまった」出来事。
一度そうなってしまった出来事は、どんなに悔やんだところで再び時を戻してやり直す事なんて出来ない。
だったら…だったらどうする?
素直に、謝ればいいの?
…
「…」
あたしは、そんなことを考えはする。
でも出るのは「良案」ではなく、ため息ばかりだった。
…乱馬に、何て話し掛けたらいいかまったくわからなかった。
おまけに。
(かばん…ぶつけちゃったし…)
あたしは、乱馬の後頭部に思いっきり投げつけてやったカバンの事を思い出した。
ボコッ…
あの時、ビックリするくらい大きな音がして勢いよく乱馬の後頭部にカバンがぶつか
ったのだ。
そう、カバンのふたが開いてしまって中身が飛び出るくらいに。
(痛かったんじゃないかな…乱馬)
あたしは今になって、ようやく冷静にそんなことを考える事ができるようになった。
(…いくらカッとしてたからって、ちょっとやり過ぎちゃったかな…)
あたしは後悔していた。
でも…だからといって素直に乱馬に謝る事はできなかった。
乱馬がいつも言うように、こんな時でさえ、あたしは素直になれない。
「可愛くねえ!」
いつも乱馬が、いう言葉。
「何よ!」
あたしはいつもそう言って言い返すけれど…
(ホント、可愛くない…)
今日のあたしは、本当に可愛くない。
素直じゃなくて、可愛くない。
心から、そう思った。
「ただいま」
…そんなことを考えながら、あたしは家へ帰ってきた。
「あかねー、遅かったじゃない」
すると、そんなあたしを、なびきお姉ちゃんがお菓子をぽりぽりとかじりながら玄関で出迎え
てくれた。
「うん、ちょっと」
あたしがその質問にあいまいに答えながら靴を脱いでいると、
「あんたたち、喧嘩もたいがいにしときなさいよ」
なびきお姉ちゃんは、そんなあたしを見ながらにやっと笑う。
「お姉ちゃん!?何で知ってるの!」
あたしが思わず驚いた顔をすると、
「だって。まず乱馬くんがあかねのカバンだけを持って帰ってくるなんて…どー考えてもあり
えないシチュエーションでしょ?」
なびきお姉ちゃんはそう言って、ふう、とため息をついた。
「おまけに、ご飯食べるやいないや、道場でずーっと一人で稽古してるわよ。覗いてきたら?ついでに仲直りしてきなさいよ」
なびきお姉ちゃんはあたしの肩をぽんと叩いて、また居間へと戻っていった。
「…」
鋭いなびきお姉ちゃんにそう言われはしたものの、
「うん!じゃあ道場に行くね!」
…なんてそんな気分にはなれないあたし。
(…)
とりあえずは着替えよう。
そう思って、部屋へと続く階段を昇った。
…と。
あたしの部屋のドアの前に、あたしが乱馬に投げつけたカバンがあった。
投げつけたときは中身も散らばった、カバン。
(…)
あたしは、ドアの前に置かれたカバンをそっと持ち上げて、ふたを開けてみた。
…と。
カバンの中身は驚くほどきちんと整頓されて、詰められていた。
(乱馬のやつ…自分のカバンの中なんか、いつもめちゃくちゃに突っ込んでるくせ
に)
教科書は教科書、ノートはノート。
がさつな乱馬にしてはビックリするくらい、綺麗に整頓して中身が詰められていた。
そう、まるで「あたし」がカバンにものを詰めたように。
「…」
…
…ばか。
バカ。乱馬のバカ。
何でこんな風にすんのよ。
いつもみたいに、バサバサバさっと中に突っ込んでおけばいいじゃない。
「…」
あたしは、かばんを部屋の中に入れると、着替えずそのまま道場へと向った。
けれど。
…一足先に稽古を終えて汗を流しに行ったのか、乱馬はそこにはもういなかった。
「…」
歯車が、かみ合っていない。
こんなところでもそれを証明してしまう。
…逢いたい。
逢って、話をしたい。
今ならちゃんと話をして、そして…謝れるかもしれない。
そう思って、ここへ来たのに。
(…)
あたしはまたその機会を失ってしまった。
あたしはそっと道場からでて、ノロノロと居間へと向った。
そして、居間へと続く廊下をポツンぽつんと歩いているときの事。
廊下の隅に置いてある電話機から、呼び出し音が聞こえてきた。
「はい…天道です」
あたしが受話器を取って呟くと、
「あ、あの…私商店街で『レジェンド』というお店をやってます、永井といいます
が…」
…受話器の向こうから聞こえてきたのは…秋緒さんの声だった。
「秋緒さん…?何で…」
あたしは秋緒さんの名刺を受け取ったけど、あたしは名前しか教えてないはずなの
に。
あたしが不思議に思っていると、
「旦那にあかねちゃんの事話したらね、『町内の天道さんていったら道場の娘さん
だ』って。あかねちゃんとこ美人三姉妹とその他でなかなか有名みたいじゃない。電話帳で調べちゃったわよ」
秋緒さんはからからと笑いながらそう言って話してくれた。そして、
「ね、お店が忙しかったときに、外のウィンドウのところから中、覗いてくれてたでしょ?だからなんかあったのかと思ってさ。電話しちゃったわけ」
そう言って、「…彼とは仲直りしたの?」とさっと声を低めた。
「…あたし…」
…あたしは。
そんな秋緒さんの心遣いと、そしてどうにも上手くいかない全ての出来事で、再び心の中を混乱させていた。
「あたし…ダメなんです」
受話器を握り締めながら、あたしは、泣いていた。
受話器を握る手に、受話器に、床に。
ポタっ…ポタッと涙が落ちてゆく。
「ちょっと、あかねちゃん?大丈夫?」
電話の向こうで、秋緒さんが心配そうに叫んでいた。
「…」
あたしは涙が込み上げるせいで、秋緒さんにうまく説明する事ができない。
でも、話は聞いて欲しかった。
「今から…行ってもいいですか?」
あたしはようやくその一言を、秋緒さんに伝えた。
「もちろん、うちは構わないけど…お家のほうは大丈夫なの?」
「はい…」
心配する秋緒さんをよそに、あたしは電話を切った。
そして、制服のポケットに入りっぱなしだった名刺を手に、居間へと入った。
「あかね…どうしたの!?」
居間には、かすみお姉ちゃんと、なびきお姉ちゃんしかいなかった。
涙で目が潤んでるあたしを見て、かすみお姉ちゃんはさっと心配そうな顔で駆け寄っ
てくるけれど、
「平気。それより、お姉ちゃん、これ…」
あたしは、かすみお姉ちゃんに秋緒さんからもらった名刺を手渡した。
「フランス料理『レジェンド』…?ああ、あの商店街の」
それを横から覗き込んだなびきお姉ちゃんが、「あのお店、なかなかいい味なのよ
ね」と付け加えた。
「永井…秋緒?男の方?」
かすみお姉ちゃんがあたしに聞く。
「ううん…女の人。もう結婚されてて、ご主人とこのお店やってるのよ」
あたしはボソッと小さい声でそう呟くと、
「…秋緒さんに、逢ってきます」
そのまま、居間を出た。
「え!?ちょっと、あかね!?」
かすみお姉ちゃんがあたしを慌てて引きとめようとするけれど、あたしはそれを振り切るように、玄関から出ていった。
「…」
そんなあたしの姿を、かすみお姉ちゃんは心配そうに見ていたけれど、なびきお姉ちゃんは、何か思うことがあるのかちょっと恐い顔で見送っていたらしか
った。
…これから秋緒さんに会って、話を聞いてもらって。
そうすれば何か楽になるわけ?
そうすればあたしはすこしは素直になれるわけ?
そんな事、全然分からなかった。
でも、あたしは秋緒さんに会いたくて夜の道を商店街へと歩いていた。
