(あーあ…あたしなんでこんなに料理が下手なんだろう…)
その日の帰り道。
公園のブランコの上でぽつんと座り込んでいるあたしは、何度ため息をつきながらそう思ったか知れなかった。
あたしの料理が「下手」なのは、一応自分でも自覚している。
料理することは、好き。
でも情けないことに、その腕は一向にあがらない。
だけど、今日ほどそれを思い知らされたのは久しぶりだった。
「…」
あたしは、足元に落ちてる小石をカツンと蹴りあげて、もう一度ため息をついた。
「よし!できた!」
…今日の五時間目、家庭科。
調理実習で、パウンドケーキを作った、あたし達のクラスと隣のクラスの女子。
家庭科室を出ると、
「お!?味見してやろうか!?」
と男子達がうろうろしている中を、あたしやさゆり、ゆかなんかは、
「やーよ!」
なんて言いながら歩いていた。
「へへッ…今日は割かし上手く出来た!」
あたしは真っ先に教室へと入り、そこに居るはずの乱馬の姿を探したけれど、そこに乱馬の姿はない。
(あれ?おっかしいなあ…)
あたしが教室入り口のところでウロウロしていると、廊下の向こうに、乱馬の姿が見えた。
「乱馬!」
あたしは、今日は割かし上手く出来た…つもりのパウンドケーキを乱馬に食べてもら
おうと声をあげたんだけれど、
(…)
ふと、足を止めた。
…廊下の向こうから歩いてくる乱馬の隣には、隣のクラスの女の子が二人、いた。
そして、調理実習で作ったパウンドケーキの包みを手渡しながら、楽しそうに乱馬に
話し掛けている。
乱馬の奴は、それを一旦は返そうとしていたけれど、女の子たちに強引に押し切られ
しっかりとそれを握らされてしまっていた。
(な、何よッ。何もらってんの!?何で強引に返してやらないのよッ)
…しかも、隣のクラスの女子何かにッ。
「…」
あたしは、乱馬の元へ駆け寄るのをやめて、そのまま教室の中へと戻り、黙って自分
席に着いてしまった。
それから少しして、乱馬がひょっこりと戻ってきた。
そんな乱馬の手には、隣のクラスの女子から手渡されていた、あたしの持ってる包みと同じ…パウンドケー
キの袋。
「…」
あたしがその袋をじっと見ていることに気が付いた乱馬は、
「…しょーがねえだろ。何だか無理やりくれるってんだから」
と、すかさず弁解を始めた。
「別に何も聞いてないわよ」
あたしはそうやってボソッと乱馬に答えつつも、
「…その割には嬉しそうにもらってたじゃない」
と、乱馬のほうから視線を外して、小さな声でそう言った。
「べ、別に嬉しそうになってもらってねえよッ」
「どうだか」
「そりゃ確かに見た目はいいけど別に…」
「悪かったわね!どうせあたしのは見た目も悪いわよッ」
あたしはそう叫ぶと、自分が作ったケーキの袋を、ぐしゃッ…とカバンの中に押し込
むように隠してしまった。
「なッ…別に隠す事ねーじゃねーか!確かにお前が作ったやつは見た目は悪いけど、でも…」
乱馬は、あたしにそうやってフォローをしているつもりかもしれないが、
「味だって、どうせ悪いもん!」
カッとなってるあたしは、そんな乱馬の話を一向に取り合わない。
「何だよッ人がせっかく…っとに可愛くねえな!」
「ええ、どうせ可愛くないわよッ」
あたしと乱馬は、いつの間にか口喧嘩を始めていた。
…と、その時だった。
「らーんちゃん!」
そこに、
あたしよりちょっと遅れて家庭科実習室から戻ってきた右京が、笑顔で乱馬の元へと
駆け寄ってきた。
そして、
「乱ちゃん、うちの愛がぎょーさん詰まったケーキ、食べてッ」
右京はそう言うが早いか、自分が作ってきたパウンドケーキを乱馬の口に押し込ん
だ。
「!?」
乱馬は一瞬あっけに取られるも、そのケーキをもぐもぐと食べた。
「乱ちゃん、どお?うまいやろ?」
右京は、そんな乱馬に嬉しそうに尋ねる。
「…」
乱馬はあたしの方を一瞬ちらりと見てから、
「さすがはうっちゃんだな。誰かさんとは大違い」
と言った。
「せやろ、せやろ!?あかねちゃんのと違って、うちが作るモンは、味も愛情も天下一品やん」
右京はそういって、嬉しそうに乱馬に抱きついている。
(な、何よ!!)
あたしがそんな乱馬横でぶるぶると震えていると、
「あ!久遠寺さん、ずるい!」
…と、先程乱馬にケーキを渡していた、隣のクラスの女の子達がやってきた。
「あたし達のだって食べてよ、乱馬くん」
「そうよー。ほら、天道さんて、家庭科苦手みたいだし?だったらいいじゃない。ね?ね?」
その女の子達は、右京と目線をバチバチッ…と闘わせながら乱馬にそうお願いして
いる。
「なんやの?あんた達。乱ちゃんはうちの許婚やで?手え出さんといて」
「許婚ねえ?そんな風には全く見えないけど?それに、あたし達だって先に乱馬君に
渡したんだからッ」
「なんやてッ。見える見えないはともかく、許婚っちゅうのは事実や!余計な手出し
るのはやめえ!」
…右京とその女の子達の言い争いの横で、乱馬は、
「いや…えっと、その…」
と、何だか妙にはっきりしない態度で三人の剣幕を見ているような状況だ。
「…」
その乱馬のはっきりしない態度に、もちろんあたしは更に不機嫌になっていく。
…あたしはその三人の言い争いに直接参加はしていないけれど、時折その三人からあたしに対して投げかけられる、
「でも、あたし達の作るお菓子は美味しいわよ?」
という挑戦的な瞳が、やけにあたしの心を貫いていく。
(…何よ。そりゃ、あたしが料理が下手なのは、みんなも知っての通りよ)
あたしはそんな三人の挑戦的な瞳と、戸惑っている乱馬にムカムカと腹を立てたが、
でも、実際にそれがゆるぎない真実であるがゆえに、反論することが出来ないのは悲しい。
あたしがさっきカバンの中に押し込んだ手作りのパウンドケーキは、
チラッと隙間から見る限りでも、もう見るも無惨な姿になっている。
そうなる前もそうだったのかもしれないけど、そうなってしまった今は更に…不味そうだ。
(…)
これでは乱馬どころか、他の人になんて見せる事さえも出来やしない。
(何よッ…そりゃ確かにあたしのは元々見た目も味も自慢できるようなモンじゃなか
ったわよッ。でも…)
…でも、食べてみなくちゃ、分かんないじゃないよ。
(…もう、いいわよッ)
あたしはつけていたエプロンを黙って取り外すと、そのままカバンを掴んで教室を出
た。
今日は、五時間目が家庭科実習だったためにHRもなくそのまま自由解散なのだ。
「あ、おいあかね…」
乱馬は、そんなあたしの後ろ姿に声をかけてきたけれど、
「乱ちゃん!」
「乱馬君!」
右京達に囲まれてる乱馬は、それ以上は追ってくることも出来なかったようだ。
あたしは一人足早に、学校から飛び出していた。
…そしてあたしはひとり、こうやって公園で時間をつぶしている。
(…何であたしはこんなに料理が下手なんだろう?)
よく、「好きこそものの上手なれ」っていうけれど、
どんなにあたしが料理する事が好きでも、その気持ちが全く繁栄されていないのか、ちっともその腕は上達しない。
…あたしの目の前で、乱馬が他のこの料理を食べて「美味しい」と感想を言ったり、「あたしのとは大違い」って比較したりするのを聞いてしまうと、
「そんなの分かってるわよ!」
と、自分の中でも分かっているはずなのに、あたしは…ショックを受けてしまう。
…自分が、情けない。
前、早乙女のおば様の料理をお手伝いした時だって、結局はあたしは、乱馬より料理が下手だということを披露してしまって。
それでもおば様は、
「乱馬に美味しい料理を食べさせたくて、手頑張ってくれてるんでしょう?ありがとう」
そう言って励ましてくれたけれど。
あたしもそのとき、「そうだ!頑張ろう」って、おば様に感謝しながらそう思ったけれど。
…でも今、それさえもくじけてしまいそだ。
がんばって、
がんばったって、
全然腕が上がらない。
「…」
あたしはブランコを揺らす手を、止めた。
…そんなあたしの足元に、トコトコトコ、と子犬が歩み寄ってきた。
「わ…可愛い…」
あたしはその子犬を手であやしながら、
「…そうだ…お前、コレ食べる?」
と、自分のカバンの中でつぶれてしまったパウンドケーキを取り出した。
そして、小さくちぎってその子犬に差し出してみるけれど、その子犬は、あたしが作ったケーキをヒト舐めするや否や、急にあたしの手を振り切っ
て走り去ってしまった。
「…」
地面に落ちた、子犬の食べ残したケーキのカケラを拾い、近くのゴミ箱に捨てるあたし。
(はは…犬も食べないよ、あたしのお菓子)
ゴミ箱からブランコへ戻り、腰をおろしながらあたしはそんなことを考えては笑ってみるけれど、笑っている表情とは逆に、目からは幾筋も涙が流れ落ちていた。
何となく俯くと、あたしの制服のスカートに、ポタッ…と小さなシミが一つ、また一つと広がっていく。
(…)
あたしは、次から次へとスカートの上にシミを作っていくのその涙の粒を食い止めよう
と必死で歯を食いしばってはみるけれど、
そんなあたしのあたしの努力をあざ笑うかのように、あたしのスカートに描かれる小さな図形たちは、次から次へと増えていった。
「…」
時折こみ上げる激しい感情を抑えようとして、グッ…と、ブランコを握る手にもあたしは力を入れるけれど、その握る手に、いよいよ力も込められなくなるほど一心に、あたしは…泣き出した。
…と、その時だった。
「あの…君、大丈夫?」
ブランコに腰掛け一人泣いているあたしの元に、誰かが声をかけてきた。