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Promise with you 3
・・・あたしが目が開けると、
「あかねッ」
「あかねちゃんッ」
あたしの目には、あたしを覗き込んでいるかすみお姉ちゃんと早乙女のおば様の顔が飛び込んできた。
「…」
あたしがその二人の姿を確認するようにゆっくりと瞬きをすると、
「先生!あかねがッあかねがーッ」
「よかったわ・・・よかった…」
かすみお姉ちゃんの影で大泣きして騒いでいるお父さんと、かすみお姉ちゃんの涙声が今度はあたしの耳に入ってきた。
「あたし…」
そんなみんなの様子を周囲に感じながらあたしがぼそっと呟くと、
「あかね、あんたね、車の接触事故に巻き込まれたのよ?」
泣いているお父さんとかすみお姉ちゃんの後ろから、なびきお姉ちゃんが姿を現した。
「接触事故…?」
あたしがなびきお姉ちゃんにぼんやりと尋ねると、
「…トラックの居眠り運転と、あんたの信号無視が重なったのよ。トラックは近くガードレールに衝突して大破。運転手はその衝撃で複雑骨折ですってよ」
「…」
「それに比べてあんた…。よかったわね、無差別格闘流の跡取娘で。目撃してた人たちが言うには、車に引かれそうになった瞬間、あんた、とっさに車を避けるように受身をとったらしい
のよ。だから、あんたは全身の打ち身くらいで済んだみたいよ」
血の一滴だって流れてないでしょ?と、なびきお姉ちゃんは、泣いているお父さんやかすみお姉ちゃん、そして早乙女のおば様の代わりにあたしの身に起こ
った事を説明してくれた。
「とにかく、良かったわ。この後少し休んだら検査して、それで異常がなければ入院しなくても済むみたいだし。良か
ったわ」
なびきお姉ちゃんはそう言ってホッとしたような表情で笑った。
だけどすぐに、
「…ところで、乱馬君はどうしたの?」
笑うだけ笑ったお姉ちゃんは急にさっと表情を改めると、あたしに向ってそう言った。
「…知らない」
あたしは、なびきお姉ちゃんに小声でそう答えた。
…乱馬は右京の家で寝ているよ。
そんな事、お姉ちゃんには言えなかった。
「知らないって事はないでしょ?あんたたち、今日デートだったんでしょーが。夕方どーせ、別々の時間に出て外で待ち合わせの予定だったんでしょ?他の人の目は誤魔化せても、あたしの目は誤魔化せないわよ」
「…」
なびきお姉ちゃんはそういって、あたしの顔をじっと見た。
それ以上は何も言わなかったけれど、お姉ちゃんにはあたし達の行動なんてまさに何もかもお見通しかのようだった。
…あたしとお姉ちゃんがそんなやり取りをしていると、
「そうよ、あかねちゃん。あなた、夕方、乱馬を探してたでしょ?乱馬、もしかしてあかねちゃんに何かひどい事をした
んじゃないの?おばさん、ずっと気になってたの」
早乙女のおば様も、それに加わるように口を挟んだ。
「そうだ、あいつめ!許婚が事故に遭ったというのに、一体どこほっつき歩いてるんじゃ!」
それに同調するように、早乙女のおじ様もブツブツと文句を言っている。
「…乱馬なんて、知らない」
あたしは、そんな状況でも、誰に何を聞かれてもそう言い張った。
「乱馬なんて、知らない…」
…と。
「…とりあえず、もうちょっと休みなさい。検査はそれからでも遅くないわよ」
なびきお姉ちゃんは、頑なにそう言い張るあたしの手を取ってベッドの脇に座った。
そして、
「ほら、ここにいない無礼な許婚殿の代わりにあたしがあんたが寝るまでついててやるわよ。もちろん、今日は無料でね」
「お姉ちゃんたら…」
そう言ってあたしの手を握ると、かすみお姉ちゃん達には病室の外で静かに待つように言って、自分はあたしのベッド
の横に座り込んだ。
「ありがとう、おねえちゃん」
「別に、礼なんていらないわよ。そんな事よりあんたは早く寝なさい」
「うん。…ありがとう」
あたしはなびきお姉ちゃんにもう一度お礼を言うと、お姉ちゃんにしっかりと手を握られながらゆっくりと目を閉じて眠り
についた。
そして、眠りにつくまでの短い間、朦朧とする意識の中でぼんやりと、考え事をしていた。
トラックの運転手さんは、複雑骨折。
トラックは、大破。
きっと…相当な衝撃だったはず。
…
なのにあたしは…自分でも気が付かなかったけど、「受身」なんて取ってたんだ。
今日はいつも以上にかかとの高い靴も履いてたし、選びに選んだ女の子っぽいワンピースをきていたはずなのに。
そんな女の子っぽい格好をしていても、全然受身なんて取れるんだ。
…あたし、やっぱ普通の女の子と違うのかな。
…そうだよね。
とっさの事故を受身で回避できるなんて。
あたし、もしかしなくてもすごく強い女の子だ。
そうよ。
あたしは、自分の身は自分で守れるの。
自分の身は、自分で守る。
…平気。
乱馬なんていなくたって全然平気。
あたしは、平気…。
眠りにつくその瞬間まで、あたしはそんな事を考えていた。
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…そんなあかねの寝顔を、
「…」
なびきは険しい顔で見つめていた。
そして、あかねが完全に寝息を立てて眠り込んだのを確認すると、
「…あかね。あんた達に何があったかなんて、あたしにはわかんないし興味もないけど。でも…乱馬君が今、ここにいないって事はとんでもないことよ?許婚が事故に遭ったのに連絡もつかないなんて。…だから、あたしがあんたの代わりにそんな無礼な許婚殿を懲らしめといてあげるからね」
あかねに気が付かれないようになびきはそう呟いて、寝息を立てて完全に眠り込んでいるあかねの顔の上に、
「あかね、ちょっとの間だけ我慢してね」
そういって、何か布のようなものをそっとかけた。
そして、
「さて…かすみお姉ちゃんにも手伝ってもらいましょうか」
そういって、あかねのぐっすり眠る病室を後にした。
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一方、その頃。
「ん…」
らんまが目を開けると、見たことあるようなないような・・・和室の部屋の天井が、不意に目に入った。
「?あれ?俺、確か…」
らんまがゆっくりと横たわっていた布団から身体を起こすと、それと同時に、ズキッ…とした痛みが頭に走る。
「!?」
慌てて、痛む後頭部を手で触れてみると、そこには大きなコブが出来ていた。
(俺、何でコブなんて…)
しかも、何で女の姿に?
らんまがそんな事を思いながらコブを手でさすっていると。
「あ!乱ちゃん、やっと目覚めたん?」
ガラッ…とふすまが開いて、部屋の中に右京が入ってきた。
「うっちゃん…」
…どうやらここは、右京の部屋のようだ。
前に2・3回やって来たことがあるので、だかららんまには見覚えがあったのだ。
「もー、びっくりしたでえ、乱ちゃん」
右京はまだ少しぼんやりとしているらんまにほっとしたような表情で笑うと、
「覚えてないん?どうしてここで寝てるのか」
そういって、らんまの身に起こった事を説明してくれた。
「…」
らんまはその話を聞いているうちに、ようやく途切れていた自分の記憶が甦り始めた。
そう、話は今日の昼間に遡る。
右京と公園で待ち合わせをした、乱馬。
待ち合わせ時間よりも十分前に右京が公園にやってきてくれたので、
「うっちゃん、今日は大事な話があるんだ」
乱馬はさっそく、本題を切り出そうとしたのだけれど、
「…話?話は、うちの買い物に付き合ってくれた後でもええやん?」
右京は乱馬との話を避けるようにそう言うと、
「あのなッ、この近くに出来たばっかのショッピングモールがあるんよ。そこ、行ってみいへん?」
そういって、右京は乱馬の手を取ってズンズンと歩きだした。
「うっちゃん、俺…」
「せっかくのデートなんだし、話は後だってええやろ」
右京は乱馬の言葉そ遮るように被せてそう言うと、
「きゃーッあの服可愛い!」
乱馬の腕を取り、あちこちのお店を見て回リ始めた。
(…)
乱馬は、右京の買い物に付き合いながら、ちらッ…とショッピングモールの広場に設置された時計を何度も盗み見
ていた。
…あかねとの約束は、三時。
それまでに、うっちゃんにちゃんと話をしなくちゃ。
その為に、あかねに黙って俺はうっちゃんと約束をしたんだから。
…
乱馬は、そんな事を思いながら右京の買い物に付き合っていた。
そして、
「…うっちゃん」
お昼も食べずに買い物に夢中になっていた右京が「少し休もうか」とベンチに座ったのをきっかけに、
乱馬は再び切り出した。
「…どうしたん?」
…時刻は、二時。あかねとの待ち合わせ時刻まで、あと一時間と迫っていた。
「うっちゃん、大事な話があるんだ」
「…それ、どうしても今日じゃなくちゃあかんの?」
「ああ。ゆっくり、ちゃんと話したくて…」
「…それ、うちにとって良い話?悪い話?」
「…両方」
「…じゃあ、きっとめちゃくちゃ悪い話やね」
右京はそういって、ため息をついていた。
右京にはどうやら、乱馬が何を話そうとしているのか薄々気が付いているのかもしれない。
乱馬は何となくそう思った。
「うっちゃん、俺さ…」
それだったら、尚さらちゃんと右京と話をしなくては。
乱馬は思い切って話を切り出そうとした。
…と、ちょうどその時だった。乱馬と右京が二人で腰掛けているベンチの前に、
「右京!抜け駆けは卑怯ね!」
「んまー!乱馬様と勝手にデートをしようだなんて、何て憎憎しい!」
そんな事を叫びながら、どこから乱馬達の気配をかぎつけてきたのか、シャンプーと小太刀が現れたのだ。
「何や、お前ら!今日は、うちが乱ちゃんとデートしてるんやで!邪魔せんでもらおか!」
右京が、そんなシャンプー達に反応し、
「うちはこれから乱ちゃんと大事な話せなあかんの!」
そういって、乱馬の姿をかばうように立ちはだかった。
そんな右京に向かいシャンプーや小太刀は、
「乱馬は私の婿になる運命ねッ。それを邪魔するならばお前も殺すッ」
「乱馬様は私のものですわッ」
そんなことを叫び、ぼんぼりやら黒バラ吹雪やらを仕掛けてくる。
「乱ちゃんは、うちの許婚やッ」
…そんなシャンプー達に立ち向かうべく、右京もカバンの中から愛用の「エモノ」を取り出して投げつけたりして応戦
し始めた。
もうこうなってしまうと、落ち着いて話をできる状況ではない。
(あー・・・もう、何でこうなっちまうんだよいつもいつも…)
乱馬が思わずため息をついてると、
「乱馬!この場で私達の誰と付き合うか選ぶよろし!」
「そうですわ!乱馬様、私を選んでくださいませッ」
「…」
…三人は、今度は喧嘩の矛先を乱馬に変更。
そういうが早いか、いきなり乱馬に向って突進してきた。
(なッ…もう、冗談じゃねえよッ)
…それに、あかねとの待ち合わせの時間まで、もう1時間きっている。3人といつものように悠長に鬼ごっこをしてい
る暇もなかった。
(そんないざこざに付き合ってられっかッ)
乱馬は、突進してくる三人から逃げるように走り出した。
「乱馬!」
「乱ちゃん!」
「お待ちになってッ乱馬さまー!」
…もちろんそうなれば、三人が乱馬を追いかけてくるのは必然の事。
乱馬と三人の追いかけっこが始まった。
そして。
逃げてるうちに、乱馬は噴水のような池のような場所で水をかぶって女の姿になってしまった。
さらに、やっぱり乱馬と同じように水をかぶったシャンプーが、
「にゃーご…」
猫の姿のままらんまにくっついてきて、
「うわー!離れろー!!」
猫のシャンプーに飛びつかれて抱きつかれたらんまは無我夢中で訳もわからず、再び公園の中を走り出した。
…そして。
「わー!!」
「にゃ!」
猫姿のシャンプーに顔面に飛びつかれ、その拍子に地面にひっくり返ったらんまは頭を強く打ってしまって…
「だから、コブができてたのか」
…ようやく繋がった、記憶の点と線。
らんまは、後頭部にひっそりと自己主張を続けるそのコブをさすりながらため息をついた。
「気絶した乱ちゃんをうちが見つけて、ここまで運んだん」
「そっか…悪かったな、うっちゃん」
「礼なんて、水臭い。気にせんといて。それより乱ちゃん、お昼も食べてないからお腹すいてへんのん?
晩御飯一緒にたべよ。小夏と一緒に作ったから…」
右京はそういって「今日は、ご馳走や!」とらんまの腕を取って引っ張ったが。
「晩御飯一緒に食べよう」
その言葉に、らんまは背中に嫌な汗を流して震えた。
…晩御飯?
「わりい、うっちゃん…今…何時だ?」
らんまは、そう右京に尋ねる自分の声が確実に震えているのをはっきりと感じていた。
「今?」
右京は、なんでそんな事を聞くのか?と言わんバかりの表情を一瞬だけして、
「今?夜の七時だけど…それがどうかしたん?」
はっきりと、らんまの問いに答えた。
「!」
右京のその答えに、らんまは慌てて布団を払いのけて立ち上がった。
「乱ちゃん?」
「わりい、うっちゃんッ…俺、行かないとッ」
らんまは、そんならんまの様子に驚いている右京を振り払って慌てて部屋から飛び出そうとした。
が。
「あかねちゃんならッ…」
右京はそういって、そんならんまのすり抜け行く腕を掴んだ。
「え?」
らんまは驚いて、自分の腕を掴んだ右京を見た。
右京はそんならんまを複雑な表情でじっと見つめると、
「あかねちゃんならもう、乱ちゃんの事待ってへんよ…」
そう言って、掴んだらんまの腕をゆっくりと離した。
「なんで…」
「乱ちゃん、今日…うちとデートした後あかねちゃんと待ち合わせしてたんちゃう?乱ちゃん、時計ばっかり気にしてた」
「うっちゃん…」
「さっきな、なんでかわからへんけど、あかねちゃんがここに来たんよ」
「あかねが?」
「だからうち…」
右京はそこまで言うと、黙って俯いてしまった。
「…」
…右京はそれ以上は何も言わなかったけれど、らんまには、そんな右京と尋ねてきたあかねのやり取りが想像できた。
…きっとあかねは。
詳しい事情を知らないまま、右京とらんまがデートをしていたとか、そんなうわべだけの事実を教えられてこの店を後
にしたんだ…。
「…ご飯、出来てるから。とりあえず一緒に食べよ」
「うっちゃん…」
「待ってるから…」
右京は、黙っているらんまに向って小さな声でそう言うと、先に部屋を出て行ってしまった。
「…」
らんまは、そんな右京の姿を見送りながらギリッ…と唇をかみ締めた。
そして、不甲斐無い自分を心から恨めしく思った。
(一体、何時間寝てたんだよ、俺…。約束の時間から、もう四時間も過ぎてるじゃねえか…)
…本当は、もっと前からあかねをデートに誘いたかった。
でも、あかねがいつも自分を誘ってくれるようには自分からは誘う事が出来なくて。
それでも、十三日にはどうしても一緒にどこか行きたかったし、
ようやく勇気を出して昨日、生まれて初めて自分からあかねをデートに誘った。
そしたらあかねは、思った以上にすごく嬉しそうな顔をしてくれた。
あんな嬉しそうな顔をして笑っていたんだ、
きっと今日は、慣れないカカトの高い靴とか、めちゃくちゃ似合ってる可愛い服とか…待ち合わせ時間間際になるくらいまで、きっと
選んでいたに違いない。
(…)
…そんなあかねの姿が安易に想像できて、そしてデートに誘った時のあかねの嬉しそうな顔を知ってるがゆえに、より一層、あかねが今日、自分が約束を破ってしまった事で傷ついたか…痛いほど想像できた。
…実際、らんまも今日の事は楽しみにしていた。
「友達の家に泊まる」
そんなウソまでついて、今日は家を出てきたくらいだ。
あかねが明日の日曜日に予定がない事も確認してたし、それにわざと「夕方からでかける」事にしたのは…今夜は家に帰るつもりがなかったから。
今日はずっと…あかねと一緒にいたいと思ったから。
だから、そんなあかねとの夕方の約束の時間までに、どうしても「決着つけなくてはいけないこと」をかたずけたかっ
た。
それをすっきりさせてから、あかねに逢いに行こうと思った。
そして、その「決着つけなくてはいけないこと」がかたずいた…それこそが、あかねへのホワイトデーの「プレゼント」
だった。
夕方に待ち合わせの場所について、それで、
「実はさ…」
そういって、どうして今日の午前中から自分が出かけていたのかから全て話そうと思っていたのに…
(なのに…何で俺は…俺は悠長に寝てんだよ!)
「…」
らんまは、大きなため息をついた。
そして、自分が今まで寝かされていた布団をきちんと部屋の隅にたたむと、ノロノロと部屋をでて、右京や小夏が待つ部屋へと歩いていった。
そして。
「うっちゃん…」
らんまは、自分へと背を向けて座っている右京へと声をかけた。
「うっちゃん、話があるんだけど…」
「聞きとうない」
右京は、らんまに背を向けたままそうはっきりと答えてきた。
「昼間も言ったけど…大事な話なんだ、うっちゃん」
らんまはそんな右京の前に回りこむと、しっかりと右京の顔を見つめてそう言った。
すると右京は、その後続けて何かを言おうとしているらんまに向かって手を差し出して言葉をせき止めると、
「…ホントはな、乱ちゃんから話してもらわんでも分かってたよ」
そう言って、困ったように笑って見せた。
「うっちゃん…」
らんまがボソッと呟くと、
「…何でホワイトデーの前の日に、シャンプーや小太刀じゃなくて、うちを乱ちゃんが誘ってくれたんやろって」
「…」
「一週間も前から、他の二人じゃなくて、乱ちゃんはうちを誘ってくれたやん?しかも、その事をわざわざあかねちゃんにまで内緒にして…。そりゃ初めはな?誘ってくれた事がめっちゃ嬉しかったからそれだけしか考えてなかったけど…どんどん日が経つにつれて、うち、気が付いたん…。何で乱ちゃんがうちを誘ったか。なんであかねちゃんには内
緒だったのか…」
「うっちゃん…」
らんまは、右京の話す一言一言がとても重く、心に響いた。
「午前中の早い時間からわざわざ待ち合わせなんて。きっと夕方から別の予定があるんやろって分かっとったよ。そんな状況で待ち合わせて、乱ちゃんがうちにしようと思ってる話なんて…一つしかないやん」
右京はそう言って、ため息をついた。そして、
「…うちと、正式に許婚を解消したいって話やろ?」
そういって、右京はようやくらんまとキチンと目をあわせた。
「…ごめん」
らんまは、そんな右京に謝るしかなかった。
「何で謝るのん?うちかて、乱ちゃんがあかねちゃんの事しかいつも考えてない事ぐらい分かってるつもり。前に乱ちゃんとあかねちゃんが祝言を挙げそこなった時に、一度は覚悟を決めたんや。きっと、いつかはこんな日が来る」
右京はそう言って、もう一度ため息をついた。
そして、
「乱ちゃん?たぶんな、今日の事…ま、半分はうちのせいなんやけど…あかねちゃん、えらく傷ついてると思うで?今回は、もしかしたら仲直りするにはものすごく時間がかかるかもしれない。めんどくさい事になるかもしれない。それでも…乱ちゃんは、うちじゃなくて、あかねちゃんを選ぶんやね?それでええんやね?」
右京はそう言うと、自分をじっとみているらんまの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「…」
「…」
らんまと右京は、しばらくじっと、お互いの瞳を見つめていた。
…お互いの言いたい事が、お互いの視線を介して絡み合わせながら、瞳の中に流れ込んでくるような気がした。
「…ごめん。それでも俺は…」
でも。らんまとて、その意思は固かった。
「…しかたあらへん。乱ちゃんが決めたことや」
そんならんまの答えに、右京はそういって、困ったように笑った。
そして、
「…あかねちゃんに逢ったら、謝っといてや。うちと乱ちゃんは、何にもなかった。何もしてないからって。あと…わざと誤解するような話をしてゴメンて」
「ああ…」
「さ、はよ行き。あかねちゃん、きっと泣いてるんちゃう?意外に繊細なんやろ?」
右京はそう言うと、
「さ、うちはこれから小夏と晩御飯でも食べよか。小夏、冷めちゃったおかず温めなおしてくれへん?」
と、テーブルの上にたくさん置かれたお皿をトレイに載せて台所へと運び出した。
「…悪い、うっちゃん。ありがとう…!」
らんまは、台所へと消えていく右京の後ろ姿にそう叫ぶと、
「ありがとう!」
もう一回右京にそうお礼を叫んでから店を飛び出した。
「…いいんですか?右京様」
…らんまが店を出て行ったのと同時に、台所へ引っ込んだ右京の後ろ姿に小夏が心配そうに声をかけた。
「いいって、なにが?」
「何がって…右京様…」
「遅かれ早かれ、こうなるだろうって…分かってたってうち言ったやん」
「…」
「惚れた男が決めた事には、黙って従うのが女ッちゅーもんや。それに、うちかてプライドがある。
身を引くべきときにはあっさり引く!」
「右京様、いじらしい…」
小夏は、そんな右京の姿になぜかハラハラと涙を流していた。
「さ、小夏。せっかく作ったご馳走、二人で食べよ。今日はこんなに贅沢したんやから、明日からは質素で倹約せなあかんからなッ。今日のこのご馳走、食べ貯めとき」
「はいッ右京様ッ」
「さ、はよ温めなおそッ」
右京は、一度だけごしごしっと目元を袖で拭うと、ハラハラと涙を流して自分を見ていた小夏の背中をバシッと叩いた。
小夏は、そんな右京の姿を見てまたはらはらと涙を流していた。
「あんたが泣いてどうするッ。泣いてばっかいると幸せ逃げるでッ」
右京は、まるで自分自身にもそう言い聞かせるかのようにそう言って、小夏に向って笑った。
…右京の所を出たらんまは、ひたすら家への道を走っていた。
右京が言う通り、あかねが今でも待ち合わせの駅にいるとは思えなかった。
らんまが右京のところにいると知った以上、あかねは駅でいつまでもこないらんまを待っているとは思えない。
だとすると、やはり一度家に戻るのではないか。
乱馬はそう考えたのだ。
(あかね、怒ってるよな、やっぱ…)
女の姿のまま家路を必死で走りながら、らんまはそう思った。
…きっと。
素直に事情を話した所で、あかねは自分の事を許してくれないかもしれない。
でも。
でも、別に二股をかけたとか、わざとすっぽかしたとか…そんな理由で待ち合わせ場所に行けなかったという事だけはあかねに伝えたかった。
どうして、今日の昼間、あかねに内緒で右京と待ち合わせをしたか。
その本当の訳だけでも、伝えなければいけないと思った。
…そんな事を思いながららんまが走っていると、ちょうど家の近くの大きな交差点に差し掛かった所で、そこに大きな人だかりが出来ているのを発見した。
(なんだ?)
道を急いではいるが、そんな人だかりができる事などめったにないので、らんまは思わずその人だかりの山を縫って前へでた。
と。
(うわー、ひでえな、こりゃ)
その交差点の横のガードレールに、トラックが横転してぐしゃっとつぶれている光景がらんまの目に飛び込んできた。
その付近のアスファルトには、どす黒い液状のものが広い範囲でべっとりとこびりついていた。
どう見てもそれは血の跡。
…どうやら、トラックの事故のようだ。
「ひどい事故だったわねえ・・・」
「大丈夫かしらねえ…」
らんまのすぐそばでは、野次馬達によってそんな会話がなされていた。
らんまはそんな野次馬達の会話をしばらく黙って聞いていた。
…その聞いた話を整理すると、どうやら居眠り運転のトラックが、赤信号で横断歩道を渡ろうとした女の子を轢いたとか轢かないとか。
で、慌ててハンドルを切ったトラックがガードレールにぶつかって横転したらしい。
女の子も、運転手も。両方とも救急車で運ばれたそうだ。
(居眠り運転に、信号無視か。なんだ、どっちもどっちだな)
話を一通り聞いたらんまは、そんなことを思った。
そして、
(やべッこんな事故なんかに気をとられてる場合じゃねえよッ)
事情も把握したし、特に現場そのものを目撃してたわけでもないし…これ以上ここで時間を取られているわけにはいかない。
らんまは再び走り出そうと人ごみの間からするりと身体をぬけさせたのだが…
「でも、さっき運ばれた女の子、すげえ可愛かったよな…。助かるといいよなあ」
…らんまが交差点から立ち去る間際にすれ違った少年の一人が、そんな事を呟いていたのが耳に入ってきた。
「…」
その少年の言葉にらんまは、ふと立ち止まった。
そして、すれ違っていく少年達の会話をじっと聞いた。
「でも俺、さっきの女の子どっかで見たことあるんだよなあ」
「見たこと?知り合いか?」
少年達は、らんまがそうやって話を聞いている事など全くお構いなしに話を続ける。
「いーや。俺のアニキがあの子によく似たこの写真を持ってたような…」
「お前の兄ちゃん?高校生の?」
「そ。風林館高校のな」
…少年達は、そんな会話を続けながら交差点から遠ざかっていった。
「…」
少年達が交差点から遠ざかったのと同時に、らんまの背中には嫌な汗が滴り落ちた。
…嫌な予感が、した。
それも、今まで味わった事のある「嫌な感じ」ではなく、恐怖というかなんと言うか…
とにかく、生まれて初めて味わうその「嫌な感じ」に、らんまは自分の足が震えているのさえ感じた。
(まさか…あかねじゃねえよな…)
らんまは、何故かそんなことを思った。
思ってはいけないことだが、なぜかそんな事がらんまの頭を急によぎった。
「可愛い女の子」
「風林館高校」
…それだけで、あかねと結びつけるのは安易か?
「…」
そうとは思いたくない。
思いたくないけれど…でも、らんまはその場から足が動かなかった。
そんならんまの横を、
「…大丈夫かなあ…」
そんな事を呟きながら、偶然高校のクラスメートがとおりがかった。
「あ!なあ!」
らんまは、もしかしたらその事故を見ていたかもしれないと思われるクラスメートを、慌てて呼び止めた。
「あ、早乙女君!何やってるのよ、こんな所でッ」
するとクラスメートは、そんならんまの姿を見るなり大声で叫んだ。
そして、
「早く病院に行ってあげなさいよ!あかね、多分市立病院に運ばれたはずよ!?ここから一番近いし…って、ちょっ
と、早乙女君!?」
クラスメートがらんまに説明を始め、彼女が全てを言い切る前に…らんまは急いで方向転換をして、市立病院へと走り出した。
…悪夢だ。
そうだ。
これは、悪い夢だ。
…そう思いたかった。
まだ、猫に飛びつかれて気絶した夢の中にいるんだ、自分は。
そう思いたかった。
らんまの足は、震えていた。
震えた足は、らんまの歩みを遮るように何度もらんまの身体を転ばせる。
速く走りたい。
気持ちは先走るのに、震える足が、そんならんまの邪魔をする。
転んで、立ち上がって走って。
その繰り返しだった。
…あんな、ひどい事故現場。
アスファルトに消えることなく残っていた、どすぐろい血の跡。
あんな血が流れる事故、被害者が無事なはず、あるわけない…。
らんまはそう思った。
(くそ!俺はなんでッ…)
…自分が時間どおりにあかねの元へいければ、あかねは事故になんて逢わなくて済んだのに。
(何でッ…何で俺はッ…)
らんまは、何度も自分を責めたてながら病院への道を走った。
そして。
「はあ、はあ…」
息荒いまま、らんまが市立病院の「救急用入り口」へたどり着くと、その薄暗い入り口奥の通路のソファに、かすみとなびきが座っているのが見えた。
「らんま君…」
「なびきッ」
「…」
らんまの姿に気がついたなびきが、そう言って硬い表情のままらんまを見た。
「…」
らんまは、慌ててなびき達の元へと駆け寄った。
「遅かったじゃない…」
駆け寄ったらんまに対してそう呟くなびきの横では、かすみがハンカチを目に押し当てて泣いていた。
「…」
そんな二人の様子に、らんまの表情も自然にこわばった。
それと同時に、激しく胸も鼓動し始めた。
「らんま君、何してたのよ、こんな時間まで」
…そんならんまに対して、責めるような口調だが、しかし妙に落ち着いた静かな声でなびきが言った。
そのなびきの妙な落ち着きが、らんまにとっては非常に脅威だった。
更に鼓動が激しく増す。
「あかねは…」
らんまは、そう尋ねる自分の声が明らかに震えているのを感じた。
「…」
そんならんまに、なびきは何も言わずにあるものを差し出した。
それは、あかねが事故に遭ったときに所持していたカバンらしかった。
原型をまるでとどめていないカバン。
取っ手も片方取れて、ぺしゃんこにつぶれている上にひどく汚れていた。
タイヤの跡が、カバンの表面にくっきりと残されていた。
「!」
…そのカバンの状態があまりにも無残なので、らんまは声を出す事も出来なかった。
「…」
らんまは震える手でそのカバンを受け取った。
「あかねは…五百四号室よ。先生が、まだそこに寝かせておいていいって言ってくれたのよ」
「…」
「…会いに行ってあげたら?」
カバンを渡したなびきはそう言って、乱馬から目線をそらした。
そして、
「ほら、お姉ちゃん。あんまり泣いてばっかいると、あかねも嬉しくないよ…」
そんなことを言いながら、何も喋らずハンカチで目を抑えているかすみの肩を抱いた。
「…」
らんまは、受け取ったカバンを手に、ふらふらと歩き出した。
…言えなかった。
…聞けなかった。
かすみさん、何でずっと泣いてんだよ。
なびき、お前なんでそんなに落ち着いて静かにしゃべんだよ。
「まだ寝かせておいていいって言ってくれて」って。
まだって、何だよ。
思う事は、あった。
でも、声を出そうとするたびに、その声を遮るように胸が激しく鼓動してしまい、声が出ない。
「…」
らんまはふらふらと歩きつづけ、やがてあかねのいる五百四号室へとたどり着いた。
「…」
中へ入ろうとドアノブに手をかけたけれど、そのかけた手が、ガクガクと震えているのが自分でも良く分かった。
…死ぬわけない。
…死んでしまうはずない。
あかねが死ぬはずないんだ。
…誰がそんなこと信じてやるものか。
らんまは、何度も自分にそう言い聞かせた。
「…」
そして、ゆっくりとドアノブを回してドアをあけた。
「あ…」
…が。
そうやってドアを開けたらんまの目にまず初めに飛び込んできたのは、
ベッドに横たわるあかねらしき人物と、その人物の顔にそっとかけられた白い布切れだった。
