Novels Search :

→

2

その日乱馬は、夕食前には家に帰ってきた。
どうやら今日は本当に、買い物に行っただけのようだった。あたしは自然に彼が帰ってくる時間をチェックしてしまう。
そして帰ってきた乱馬は、やれ、
「重いものを持つのが疲れた」
とか、
「うっちゃんは人使いが荒い」
とか・・・一方的にブツブツと文句を言いながら、夕食もそこそこにさっさと眠ってしまった。
詳しいことは話してくれないから良く分からないけれど、どうやらあたしが想像していたような、楽しいショッピングではなかったらしい。
それはそれであたしにしてみれば安心だった。
手伝いに行ってもこんな風に夕食前には帰ってきてくれるなら、多少は余計なことを気にしないでも済むかな、なんて。あたしはそんな事を思った。
でも翌二日目。夕食時に食卓へ付くと、あたしの隣に並べられるはずの乱馬のご飯が、並べられていなかった。
「・・・」
あれ?どうしたんだろう。
そういえば昨日に比べて今日は随分と帰ってくるのが遅いな・・・と、あたしが居間の柱時計を見上げると、時刻は午後七時半をさしていた。
と、
「乱馬君、うっちゃんの所でご飯食べてくるって電話があったのよ」
柱時計を小難しい顔で見上げていたあたしに、かすみお姉ちゃんがそう一言添えた。
「乱馬くん、お好み焼き大好きだから。手伝いしてるんだからサービスしてもらってるんでしょ」
そのかすみお姉ちゃんの言葉に付け加えるかのように、あたしが聞きもしないのになびきお姉ちゃんが、そう続ける。
「・・・」
なびきお姉ちゃんには、あたしが何を言うわけでもなくても、何でも見透かされてしまう。いつも、それはすごく不思議だ。
・・・でも、
「・・・」
昨日はあんなに右京に対してブツブツ言っていたのに。
なのに今日は昨日よりも遅くまで手伝いをするなんて、いくら食べ物で釣られているからとはいえ・・・何かちぐはぐだなあ。
それに乱馬、お好み焼きとか食べ物自体が好きだから、きっと右京の料理はホクホクしながら食べるんだろうし・・・
・・・
「・・・」
あたしがそんな事を考えていると、
「くだらないこと、考えすぎなのよあんたは。それよりもさっさとご飯、食べてよね。あたし八時からここでお笑い番組スペシャルを見るんだから」
一見、「ああ、単に早く居間から人払いをしたかっただけなのか」とも思われる発言だけれど、その言葉の裏には少しだけいつも、暖かさがある。
「うん・・・」
あたしはお姉ちゃん言う通り、考えすぎな自分に活を入れつつ夕食を口にした。
だけど、そんな事をしてもすぐにまた、色々な事を考えてしまう。
・・・お好み焼きが好きな乱馬だからこそ、二人が今、楽しそうなのが予想できるから胸がモヤモヤする。
今、あたしがこうして家でこんなことを思いながら乱馬の帰りを待っている時に、楽しそうに話をしながらご飯を食べている二人の姿がすぐに思い浮かぶから・・・余計にモヤモヤとする。
・・・きっと、あたしが心配するようなことは何もない。
だから、いくらご飯を食べて二人が遅くまで一緒にいるからといって、あたしが心配するようなことはきっと無い。それは分かっているし、信じているつもり。
でも・・・何か、嫌。
「・・・」
あたしは妙に逸る気持ちに駆り立てられるように、早々と夕食を切り上げ玄関へと歩いていった。
・・・一向に人影も、そして開く気配もない玄関の戸。もちろんそんな状態では、乱馬は帰ってくる気配は見せない。
あたしは気がつかないうちに玄関のサンダルを履き、戸をカラカラと開いた。
薄暗い闇とヒンヤリとした風がそこにあるのみだ。あたしが求めているその姿は、ない。
夜に人気があると少し恐怖すら感じるのが普段の癖に、今日はこんなにも無人の玄関を恨めしく思っている。
あたしって、勝手だなあ・・・と、あたしは自分自身に思わずため息をついてしまった。
と。
「あかね、あんた何やってんの?」
あたしがわざわざサンダルまで履き替えて玄関に降りている姿を不審に思ったのか、玄関傍の廊下を通りがかったなびきお姉ちゃんが、声をかけてきた。
どうやらお目当てのテレビ番組までの間に、ビデオなんかの準備をするべく荷物をとりに部屋に行く途中だったのか。
二階へと続く階段を昇るには、玄関付近を通るのは必須。それでお姉ちゃんはあたしを見つけたらしい。
・・・
「あ、ううん・・・別に何も」
あたしはさりげなく戸を閉めると、サンダルを脱ぎ捨て家の中に上がった。
が、
「だからー。そんなに心配しなくても大丈夫だって」
そんなあたしに、なびきお姉ちゃんは呆れているような声であたしにそう忠告をした。
さりげなく戸を閉めようがなんだろうが、意味も無く玄関に居ること自体が不自然。なびきお姉ちゃんは、そうとでも言いたげな表情であたしを見る。
「べ、別にあたしは心配なんて・・・」
あたしはそれでも否定しながらお姉ちゃんにそういうも、
「あのねえ、あかね。許婚が二人いたり、人間がパンダになったり男が女になったりってさ、あんた達を取り巻いている環境ってどう考えてもフツーじゃないじゃない?でも、それが分かってて、あんたは乱馬くんと付き合っているわけでしょ?」
「そ、そうだけど・・・」
「起こることにイチイチ反応してたら身が持たないわよ?そう思わない?」
乱馬くんがうっちゃんの手伝いをするくらい、軽く流しなさいよ・・・お姉ちゃんはそう、言いたげだった。
あたしはそれに対しては何も答えない。
「それに、心配しなくても大丈夫だって。あの甲斐性なしの乱馬くんに、浮気なんて出来るわけないじゃない」
「か、甲斐性なしってそんな・・・そ、それに別にあたしは浮気の心配なんて・・・」
「大体、ちょっと帰りが遅くなっただけで浮気だと思われちゃ、世界中の残業漬けのサラリーマンなんて浮気の常習犯になっちゃうじゃないの」
「・・・」
「あんたが乱馬くんのことを好きで、色々と心配なのは分かるけど。でもあんまり縛り付けたら乱馬くんだって可哀想よ。もう少し信用してあげたら?」
なびきお姉ちゃんはそんなあたしに更にそう忠告すると、
「ま、乱馬くんにしてみたら、縛られるより縛るほうが好きそうだしねー、あらゆる意味で」
・・・とかなんとか。そこまでは真剣に忠告してくれていたにもかかわらず、最後はケタケタと笑いながら去っていった。
一人玄関に残されたあたしは、なびきお姉ちゃんの言葉に妙に取り付かれて、その場へと立ちすくむ。
・・・信用していないわけじゃない。ただ、心配なだけ。
縛りつけているつもりだって無い。ただ・・・不安なだけ。
『帰りが遅くなっただけで浮気をしていると思われちゃ・・・』
お姉ちゃんはそういうけれど、
あたしが不安に思ったり心配に思っていることは、「浮気をする」「浮気をしない」とか・・・そういう上辺だけのことじゃないと思う。
・・・確かに、帰りが遅くなれば気になる。特に、右京は乱馬の事を好きなわけだから、「もしかしたら」と思うことも全く無いわけじゃない。
でも、あたしだってバカじゃない。
気になるけれど、ちゃんと乱馬が不容易に浮気をしないことぐらい、分かっているつもりだ。
ただ・・・
「・・・」
自分の彼が、他の子、しかもその子はあからさまに彼に気があると分かっているのに、その子と簡単に出かけてしまうような状況。
彼女の料理を嬉しそうにご馳走になって、夜遅くに帰ってくることがしばらく続くという事実・・・それも、あと五日も。
そういうことがいとも簡単に、自分達の周りで起こってしまう事が、あたしは不安なんだと思う。
「・・・」
・・・あたし達を取り巻く環境がフツーじゃないことぐらい、理解している。
でも、あたしが今不安に思っていることは、
別に取り巻いている環境がフツーじゃないから起こることではないと思う。
環境が特別だろうが普通だろうが、
人それぞれの「考え方」の違い、「意識」の違いで起こることだと、思う。
だからあたしは、不安なんだと思うんだ。
・・・

 

人がそれぞれみんな違うように、価値観や恋愛観だってみんな、違う。
だから、それぞれの関係が続く続かないっていうのはその価値観や恋愛感をどれだけ理解するか、共鳴するか、距離を置くか・・・そしてそれが自分に合うかで割りと決まることって多いと思う。
あたしと乱馬だって、もちろんそう。
趣味や価値観、恋愛観だって違う。それでもお互いこうしてその関係を続くことができたのは、
お互いがお互いのことを尊重していたこと、
お互いがお互いの「領域」まで土足で踏み入らなかったこと。
そういうのが、大きく関係していると思う。
だから、本当は乱馬の「友達」に接するその態度とか・・・そういうのに対してとやかく言いたくない。
あたしだって、自分が友達に対して接する態度を乱馬に咎められたら、やっぱりあまり気分が良くない。
でも・・・
「・・・」
でも、それは相手が同性の場合はって、条件が先に付くと思う。
もしもその相手が異性で、
しかも確実に相手は乱馬の事を好きな子だというのに、他の男友達と同じ感覚で接されては・・・あたしは何だか納得できない。
友達は大事にして欲しい。だけど、相手が女の子の場合は・・・もっと色々と考えて欲しい。
大好きだからこそ、そこだけは変わって欲しい・・・でもそう思うことがあたしのエゴだと言うのなら、あたしが我慢するしか方法は無いのか。
「・・・」

乱馬の事は好き、でもそういうのを全く考えてくれない乱馬は嫌い・・・

「・・・」
好きと嫌いが、胸の中でごちゃごちゃとする。
好きなのに、嫌い。でも・・・好き。
・・・そんな複雑な感情が、あたしの胸の中で持て余されていく。
「・・・」
伝わらない思い、それに対するもどかしさ、生まれる寂しさ。そして、こんなことを考えている自分への嫌悪感と。
それらをどうにかして自分の胸の奥へと押し込めるように、あたしは唇を軽く噛み俯いた。

 

 

 

と、その時だった。
「ただいまー・・・」
ガラガラ・・・と玄関の戸が開いて、乱馬が帰ってきた。
どうやら、あれこれとあたしが考えているうちに、思った以上に時間は過ぎていたようだ。
ちらり、と玄関脇に置かれていた小さな時計へと目をやると、時刻はすでに九時を回っていた。
「・・・」
やだ、二階に上がっていったお姉ちゃん、いつの間にあたしの前をまた通り過ぎていったんだろう・・・考えることに没頭していてそれにも気がつかなかった自分に、あたしは少し驚いた。
「お、おかえり・・・」
それでもあたしは、気を取り直して乱馬を出迎えた。それに対して乱馬は少し驚いたような顔をしていた。
「な、何よ」
「いや、まさか出迎えられるなんて思わなかったから」
「出迎えちゃいけないの?」
「そんな事言ってねえだろ」
乱馬はノソノソと靴を脱ぐと、家の中に上がりその場に居たあたしの手をきゅっと握った。
「な、何よ」
一応は他の家族が居ないことを確認するべく辺りを見回すあたしに、
「・・・いつからここにいた?」
「え?」
「手。氷みてえ・・・どれくらいの間ここに居たら、この手はこんなに冷えるんだ?」
乱馬はそう言って、あたしの冷えた手を自分の大きな手で包み込みながらそう尋ねる。
「・・・」
あたしが何も答えずに手を握られたまま俯くと、
「・・・あのな、今日からは店も手伝いもする事になったんだ。だから帰ってくるのも閉店後だし。それまでここでこうして待っていたら、冷えるだろ?」
ぽんぽん、と片方の手であたしの頭を撫でるように叩きながら、乱馬が優しい声でそう呟いた。
「うん・・・」
あたしが小さく頷くと、
「うっちゃんは俺の幼馴染だから、大変な時は助けてやら無いと。分かるよな?」
「うん・・・」
「うっちゃんさ、小さい頃から色々苦労してるし、それがようやくこの取材で報われるかもしれないしさ。店手伝ってやって負担が軽くなるならそれで俺も嬉しいし。お前が心配するようなこと、何にも無いから。な?」
乱馬はそういって、自分の手で包み込んでいたあたしの手をそっと離した。
先ほどまで氷のように冷たくなっていた手が、じんわりと温かくなっていた。
でも、
「・・・」
あたしの心の中は暖めてもらった手ほど実は温まっていないことを、乱馬はきっと気づいていない。
・・・
「ほら、中入ろうぜ」
「うん・・・」
乱馬は少し俯き加減のあたしの額に軽くキスをした。
あたしはそんな乱馬を、何も言わずじっと見つめる。
「・・・」
・・・乱馬。
あたしにだってそれは分かるよ。
右京が乱馬の幼馴染だから、大変なときは助けてあげたい事だって、分かる。
苦労が報われるのならあたしだって、応援してあげたいとも思うよ。
もちろん、それに乗じて乱馬が簡単に浮気とかそういうのをする人だとも、思ってない
でも・・・
「・・・」
一緒に居てあげたい理由ばかり考えて、それを待っているこちらの状況を、
「心配するようなことは無いから」
「彼女は幼馴染だから」
って。
そんな簡単な一言で片付けてしまう乱馬が、あたしは不安なの。
そういう状況を、無意識に作り出して平然としている乱馬が不安なの。
「・・・」
・・・あたしは、「浮気をする」「浮気をしない」の上辺だけのことを不安に思っているわけじゃない。
もっと根本的な・・・もっと別のことを不安に思っているんだよ、乱馬。
「乱馬・・・」
「ん?」
「好き・・・」
「え、な、何だよ急に」
「好き・・・」
・・・でも、嫌い・・・。
最後の言葉を口に出せぬまま、あたしは少し赤い顔をしている乱馬の胸に顔をうずめる。
はっきり口に出してしまえば、楽になるかもしれない。
でも、不安を胸に抱え込んでいる今のあたしには、あたしがそれを呟くことで何かが変わってしまうような気がして、それが出来ない。
「・・・知ってるよ」
そんなあたしの言葉を受けた乱馬は、自分の胸に顔をうずめているあたしを静かに、離した。
乱馬が口にした「知っている」という言葉は、もちろんあたしが乱馬のことを「好き」だということだ。
その言葉の裏に隠されたあたしの「嫌い」の部分は、乱馬はきっと気づいていない。
・・・
乱馬は、改めてあたしへとゆっくり顔を近づけ、今度は額ではなく「好き」と呟いたまま不安げに閉じている唇へとキスをした。
「・・・」
あたしは、唇が離れた後もじっと、乱馬を見つめていた。
乱馬はそんなあたしの頬をそっと手で撫でるような仕草をすると、
「身体冷えるから、向こういこう。な?」
きゅっ・・・とあたしの身体を素早く抱きしめた後、
家族が居る居間から廊下が見えるぎりぎりの位置まであたしの肩を抱いて歩き、連れて行った。
あたしは乱馬に居間まで連れて来られたあと、特にそのまま彼の隣に座るわけでもなく入り口で佇んでいた。
そしてしばらくすると、まるで逃げるかのように居間から出て、自分の部屋へと戻った。
部屋に戻ったあたしは、ドサリ・・・と勢いよくベッドに横たわる。そして、頭から布団を被りながら、先ほどキスをされた唇をそっと、撫でた。
・・・キスよりも、欲しいものがあった。
でも、それは上手く乱馬に伝わってはくれなかった。
「・・・」
・・・それは一体どうやったら、乱馬にちゃんと伝わるんだろうか。その方法が、全然想像が付かない。
その内、浮かんでくるだろうか・・・だといいんだけど。
・・・
「・・・」
あたしは先ほどキスされた場所をもう一度指で撫でながら、そんな事を思い大きなため息をついていた。

 

 

・・・
こうして思いを伝える手段を思いつかないままあたしはこの日、夜を明かした。
でもそんなあたしは、
「その内」だなんてのんびりと構え、
すぐにでも思いを伝える手段を思い浮かべることが出来なかった自分自身に激しく後悔する・・・そんな出来事をすぐに迎えることになるとは、この時点では思いもしなかった。

 

TOPへ戻る