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→8月 プールの中で

ささやかな、夢がある。
それは、他の人から見れば本当に「くだらない」こと。
でも、あたしにとってはそれは「くだらなくない」大きな夢。
それは…
『プールで溺れそうになった時に乱馬に助けてもらうこと』
ちなみに他にも、
『男の子のままの乱馬と、プールの中で遊ぶ事。』
そんな夢も、ある。
…ね?他の人から見ればたいした夢じゃないでしょ?
でも、あたしにとってはそれは大きな夢。
しかも、ただ助けてくれるだけじゃないのよ?「男」の姿で助けてくれないとだめなの。
女の子のらんまじゃなくて、男の乱馬に助けてもらいたいの。
男の子のままの乱馬と、一緒に遊びたい。
…ささやかだけれど、贅沢なあたしの夢。


「…」
夏休みのある日、あたしが乱馬にそんなことを話すと、
「よし、じゃあアソコに行くか」
「アソコ?」
「そ。あかねの夢を叶えに行くぞ」
「?」
乱馬は、不思議そうにしているあたしの手を引いて、とある場所へと連れて行った。
…なんとそこは、最近出来たばかりの「温泉プール」。
夏なので、好んで「温泉プール」に入りに来る人が少ないのを予測しないで作られたせいか、
せっかく二人でこうしてやってきても、人はまばらなほどしか屋内にはいない。
「な?温泉プールなら男のままだろ?」
「そ、そうだけど…」
とりあえず更衣室で着替えて、プールサイドまで来たあたしと乱馬。
まばらなお客さん達を横目に、ゆっくりと温泉プールの中へと足を入れる。
プールの深さは、ちょうどあたしの胸くらいの高さだ。
…うーん、これなら溺れる事は無いと思うんだけど。
でも、男の子の乱馬とプールで遊べるからそれはそれでいいか。
「ねえ、乱馬。せっかくだからさ…」
ゆっくり遊んでいこうね。
…あたしは、乱馬に向かってそう微笑んだはずだった。
が。
「きゃー!」
ガボガボガボっ……・何を思ったのか、乱馬が突然、あたしの頭をぎゅっと上から押した。
勿論そんな事されれば、不意をつかれたあたしは中に沈んでいく。
「ガーボガボガボガボっ…」
泳げない人間ていうのは、それまで自分がそこで足をついて立っていたことを一瞬で忘れてしまう物。
あたしは、不意に水を飲み込んでしまい、手をバタバタさせながら助けを求める。
すると、
「あかね、大丈夫かっ」
…乱馬が、そんなあたしを眺めながら、妙にわざとらしい口調でそう言って、溺れているあたしをぐいっと水の中ら抱き上げる。
そして、
「さ、もう大丈夫だからなー」
何だか妙に嬉しそうにそう言いながらあたしを抱えなおすと、
「あそこで休もうか。うん、そうしよう」
と、
温水プールの中をゆっくりと歩き出し、プールの端のほうに設置されている大きな「岩」のオブジェの陰へとあたしを連れて行く。
そこはちょうど、プールの出入り口からは見えない場所のようで、
同じような間隔を取りながら、何故かカップルがニ・三組いるのがおかしい。
「…」
あたしがゲホッげほっと咳き込みながら周りを見回していると、
「いやー、あぶなかったな。溺れきらなくてよかった」
「あんたのせいでしょうがっ。いきなり何すんのよっ」
「え、だって溺れたところを俺に助けられるのが夢だったんだろ?」
「だからって、あんたが溺れさせなくてもいいでしょうがっ」
バキっ…抱きかかえられながら、あたしが乱馬の頭を拳で殴ると、
「何だよ、せっかくおめーの夢を叶えてやったのに。感謝して欲しいぐらいだ」
「できるわけないでしょっ。もうっ」
「ちぇっ」
乱馬は、まるで子供が駄々をこねるかのようにふくれっつらをして、あたしを睨んだ。
「もー…」
あたしは、そんな乱馬の頬を指でスッと潰すと、
「じゃあ、夢も一応叶っちゃったし、普通に遊ぼうよ」
そう言って、乱馬の腕の中から降り身体を捩った。
そして、
「ね、向うで遊ぼっ」
乱馬の手を取って再びプールの中央へと進んでいく。
「ちぇっ…せっかく人目の少ない所にいたのに…」
「なんか言った?」
「別に」
いささか不満そうだった乱馬も、
「しょうがねえ、これで我慢するか」
「あっ」
その内なにやら諦めたのか、素早く一瞬あたしの額にチュっとキスをして離れると、プールの中で繋いだ手を、ぎゅっと握り返してあたしを引っ張り歩きだした。
「もー」
「しょうがねーだろ。水着を着ているのに男のままでいるなんて、滅多にねえんだぞ?」
「そうだけど。…あ、ねえねえそれよりっ。向うにね、波が出る部分があるんだって」
「ふーん。そんなに溺れたいのか?なら協力は惜しまないけど」
「結構ですっ」
…そんな事を言いながら、しっかりと手を繋いでプールに向かう、あたし達。
男の姿の乱馬と、プールでこうやって遊べるのは何だかちょっと楽しい。
溺れたのを助けてもらう事、そして、こんな風にプールの中で手を繋いで歩く事。
…他のカップルからしたら、付き合っていればすぐにでも叶いそうな夢なのかもしれないけれど、あたしにとっては、ささやかだけど贅沢な夢。

 

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