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→3月 Time After time-桜舞い散る街で-

「あー、疲れた。お客呼びすぎなんちゃう?」
「すごい数の人でしたね」

桜の花が街を彩りはじめた、そんな頃。
大安・吉日・日本晴れと三拍子揃ったある日曜日の午後。
着慣れない背中の開いたドレスや踵の高いハイヒールと格闘しながら、右京はそんなことをぼやいた。
「まあでも、それだけあのお二人には人を寄せ付ける力があるということですよ」
そんな右京の隣では、
やはり着慣れないスーツ姿の小夏が歩きずらさと格闘さながら右京をなだめようと必死だ。
「…ま、一生に一回なんだしええけど…」
右京はぼやくだけぼやいて、
「それにしても小夏、あんたスーツ姿だと全く別人やな。ほら、なんていうか…馬子にも衣裳?」
「右京様こそ馬子にも衣裳で素敵です」
「…あんた意味分かってんのか?」
右京が小夏にぎろっとにらみつけると、
「いえ、全然」
小夏は右京が呆れるくらいの笑顔でそういいきった。
「…怒る気にもならんわ」
右京は呆れながらも思わず笑ってしまった。

今日は、乱馬とあかねの結婚披露パーティだった。
高校卒業して数年たっているせいか、
パーティはほとんど「同窓会」みたいな感じになっていた。
どれもこれもなつかしい顔触ればかりで、
右京も久しぶりに楽しい時を過ごせたのだ。
でも、その懐かしい面々の中には、右京が探した顔はなかった。
「響様、お見えになりませんでしたね…」
そんな右京の心を代弁するように、小夏がぼそっと呟いた。
「…二次会にはくるやろ、一応乱ちゃんのライバルなんやし。
 乱ちゃんとあかねちゃんもそう言ってたやん」
「右京様…」
「…それよりも小夏、はよ店もどろ。まだ二次会まで時間あるし、ハイヒール履いてんの疲れたわ」
右京はそんな小夏の言葉をさえぎるようにそう言うと、
「は、はい…」
心配そうな表情をしている小夏を置いて、右京はさっさと道を歩きだした。

…もう、良牙とはどのくらい逢ってないのか。

歩きながら右京は考えてみた。
いつの間にか、乱馬よりも好きになってしまっていた…良牙。
良牙と付き合いはじめたら、それは毎日楽しかった。
方向音痴ゆえに、会う機会は普通のカップルより全然すくなかったけれど。
…でも旅から帰ってくるたび話してくれるその表情とか、右京の話を聞きながらいつの間にか眠り込んでしまうその寝顔とか。
それを独占できた事、右京にとっては極上の幸せだった。
けれど…
「…」
突き進んできた、雑踏の中。右京は足を止めた。
「…」
空をみあげれば、鮮やかなピンクの桜がふわり、ふわりと舞散っている。
雲ひとつない真っ青な空と、あざやかな桜。
交互に右京の目に移るそれらは、右京の長い髪を擦り抜けていくさやかな風と共に、深く、胸のなかに封じ込めた恋の記憶を残像のように運んでくる。
そう、あれはもう過ぎさりし恋の記憶。
「…」
そんな右京の目の前に、ひらり、ひらりと桜の花びらが一枚舞降りてきた。
「…」
右京はゆっくりと手を広げ、その花びらを手に乗せた。
そして、ぎゅっと花びらを握りしめ目を閉じた。
右京に握り締められたその一枚の花びらは、右京に、胸の奥深くへしまいこんだはずの恋の記憶を再び運んできた。
そう、あれは丁度5年前。
右京と良牙が付き合っていた頃の事。…あの頃は。
ずっと、一緒にいられると思っていた。
手を繋いで歩いている瞬間も、
方向音痴のくせに「見せたいところがある」とかいって夜中に家から連れ出しては道に迷って、結局は元来た道を二人で戻るはめになるその瞬間も。
その手は右京だけを包んで、その瞳は右京だけを見つめていると…そう信じていたのに。
ついこの間一緒に行った旅行の写真が出来上がったから見せてやろう。
…そう思って、
旅行から帰ってきて以来一週間ぶりに右京の家へやってきた良牙にその写真を見せてやったのに、
「写真ありがとう」という言葉よりも先にう良牙が右京へ言った言葉は「別れよう…」だった。
「は?あんた久しぶりに来て妙な冗談やめぇ」
もちろん、
まさか良牙が本気でそんなこと言い出すなんて思ってもないので初めは右京は笑い飛ばそうとしたけれど、
「他に…気になる娘が出来たって言ったらどうする?」
更に良牙が続けるので、
「…冗談やろ?」
…一気に胸が騒ついた。
「冗談やろ?なあ、良牙」
持っていた写真なんて床に叩きつけて、
ぎゅっと胸の辺りの服を自分で掴みながら、右京はもう一度良牙に尋ねた。
…服の上からあからさまにわかるほど、右京の心臓がどきどきしていた。
胸が、鼓動した。
頭が、真っ白になった。
「冗談に決まってんだろ」
右京は、良牙のそんな答えをまっていた。
待っていたのに、
次に右京の耳に入ってきた言葉は
「…本気」
…そんな言葉だった。
「…なんで?なんで!?こないだまであんな楽しくしてたやん!なあッ良牙ッ」
良牙が本気だと分かったとたん、右京はまるで何かが弾け飛んでしまったように、良牙に詰め寄った。
「ほらっほら、見てみぃ!
 写真…こんな仲良く写ってるやん!なのになんでっ…」
「右京」
「また来ようって約束したやん!夏にはもっと遠くまで旅行にいこうって…」
「右京」
「あんた、旅行楽しいっていったやんか!」
激しく良牙を責め立てる右京に、
「…もう、二ヵ月前から決めてたことなんだ」
良牙は右京の肩をがっしりと掴み、静かに呟いた。
「二ヵ…月…?」
右京は、その言葉に震えた。

二ヵ月と言ったら、一週間前に行ってきた旅行を計画しはじめた頃だった。

「…あんた…二ヵ月も前からうちの事裏切っててたん…?」
右京が震える声を隠せないまま尋ねると、
「裏切ってなんて…」
「裏切りや!うちと一緒にいる時かて、その女の事考えとったんやろッ」
「…」
そう言った右京に何も言い返さない良牙に、
「そんな気持ちなのに、なんで旅行になんて行ったん…なんで、また行こうなんて…。うちに期待させるような事いったん…?」
右京はそう呟いて俯いた。
…きちんと歯を食い縛ってないと、顔がどんどん変形してしまいそうだった。
涙がぼたぼたと床に染みを作る。
「旅行は…旅行はホントに楽しいって思ってたんだ」
「…」
「でも…旅行から帰ってきて…やっぱり…俺の気持ちは変らなくて…」
良牙は、俯いて歯を食いしばっている右京にポツン、ポツンと話し出す。
「…うちと別れて、その女と付きあうん?」
「…まだわかんないけど、でも、そうなると思う。
 あ、あのさ…こんな形で俺たち別れてしまうけれど…お互いもうちょっと時間を置いたら…
 また今まで見たいに友達みたいに話せたらいいって…俺、そう思ってるんだ…」
「…やろ」
「え?」
「なれるわけないやろ!」
右京は、自分の神経を逆なでするような言葉をかける良牙に向って叫んでしまった。
何だか、激しく鼓動した胸が自分の突き破って表面に出てしまった…そんな感じだった。
「あんた、アホか!自分勝手に他に好きな女作って、それでうちとは友達!? 冗談やない!あんたはええよ、これから新しく気持ちも新たに他の女と付き合ってくんやから。
 でも…うちはどうなるん!?あんたを好きなままこんな風に一方的に別れを告げられて、はいそうですかって認めろっていうんか?あんた、いつからそんなひどい男になったん!?」
「右京…」
「なあ、良牙!何で!?何でうちじゃダメなん!?」
右京がまるで堰を切ったように良牙を責めても、
「ごめん…。でももう…」
良牙はただそう呟くばっかりだった。
「良牙!何で!?何で…良牙ッ」

『良牙ッ』
『良牙ッ…!』

「…」
…遠い日の自分の悲痛な叫び声が、まるで反響するように耳へと流れ込んでくる。
わけもわからず別れを告げられ、泣いて、落ち込んで。
生まれて初めて心が空っぽになった、あの日の恋の記憶。
結局あのあと、良牙は「俺の気持ちは変らない」と意見を曲げぬまままた旅に出て、右京の店に自ら顔を出すことはなかったので、
「もう、五年か」
右京は握り締めた手を緩めながらそう呟いた。
五年もたてばようやく心の傷も癒えてくる。
でも、
こうしてその時と同じ桜の季節がくれば、右京の目は決まって、そこにいるはずのない良牙の残像を自分の隣に求めていた。
(うち…今もこの街に住んでるんよ…良牙)
右京は、風でなびく髪を耳にかけながらそんな言葉を思った。

…とその時。


右京が立っているその道に、ゴオっ…と強い風が吹いた。
とたんに、右京の周りに舞っていたさくらの花びらが一気に風に煽られて舞あがった。
「あっ…」
あまりの突風で、右京の手のひらに乗せられていた桜の花びらも手を離れて舞い上がる。
「あ…」
右京がその花びらを目で追うと、その花びらはふわり、ふわりと飛んでゆき、やがて道行く人の足音へと舞降りた。
右京がその花びらを目で追っていた事を知ったその人は、わざとその桜を踏まないように歩いてくるたようだった。
(ふ…そう言えば昔良牙もああやって歩いてたっけ…)
右京はふとそんなことを思い出した。
自分より大柄な良牙が桜を踏まないように気をつけて歩いてくれたその姿は、差し詰め「ガリバー旅行記」さながら。
なんだか可笑しくて仕方なかったそんな記憶。
右京は、その人とすれ違いざまに「おおきに」と思わず挨拶をしてしまった。
すると、
「…」
その人物は何もいわず右京の横で立ち止まった。
「?」
右京がふと顔をあげると、そこに立っていたのは…
「あ…」
良牙……ではなく、
「もう。うっかり右京様を追い抜いて歩いていってしまいましたよ。 道の真ん中にぼんやりとたってるんだもん」
…そういって笑う、小夏だった。
「何やあんた…いつの間にうちを追い抜いてったん?」
「とっくですよー。ほら、ぼんやりしてないで帰りましょう」
小夏は、ぼんやりしている右京の荷物をさっと持つと、にっこりと微笑んだ。

『…ほら、ぼんやりしてねえでそろそろ帰ろうぜ。』

…そんな小夏の笑顔に、桜と良牙の記憶が重なっていく。
『早く来ねえと置いてくぞ。』
『ちょっと待ちいや。なあ、良牙。来年もこうして一緒に歩いてくれるよな?この桜の下。』
『仕方ねえからな。でもトロイと置いてくぞ。』

「…よくいうわ、方向音痴のクセに」

…そのときに良牙に言ったその言葉を、右京は思わず口にしていた。
「え?」
小夏はその言葉の意味を知らずに首をかしげていたが、
「コッチの話や。さ、そろそろホントに帰ろ。二次会までに体力温存しとかなあかんし」
「そうそう。そうですよ。私もこのスーツ、早く脱ぎたいです」
「せやろ?」
右京はそんな小夏の腕を取り、その腕に自分の腕を絡めた。
「え…ちょっと、右京様…」
一緒に生活はしていても、右京とそんな腕なんて組むような事は全くない小夏がドキドキと頬を赤らめると、
「たまのスーツ姿ん時くらいは、うちをエスコートせえ。たぶんもう一生こんなチャンスはないで」
右京はそう言って、小夏の腕を引っ張るように歩きだした。
「あ、待って…右京様」
小夏も慌てて右京の歩調に合わせ足を速め、そして右京の隣に並ぶと同じペースで歩きだした。


…あの日から、五年も経った桜の季節。
今でも、舞い落ちる桜と共に甦る恋の記憶。
今自分の隣にはもう…良牙はいない。
でも…
「まさか、あんたが同じ事するなんて思わなかったわ」
右京は、小夏と共に歩きながら何だかちょっとおかしくなってしまった。
「え?何がですか?」
「何でもない」
「もー、変な右京様」
「あんたは何にも気にせんでえーの!」
右京は不思議がる小夏の腕を強く揺さぶると、さっきよりも抱きつく力を強くして歩を進める。
小夏はそんな右京を不思議に思いつつも決してその腕を自分からはなすことはなく…隣を歩いていった。


…そんな、右京と小夏が歩いていく道の、反対側の車道。
人ごみの中。
「あ!」
…そんな小さな叫び声をあげながら、突然道でけつまずいた男が一人。
「大丈夫ですか?そんなに急がなくても二次会までまだ時間はありますから…」
「ごめんな、一次会というか披露宴に間に合わなくて…俺が迷子になってたから」
「気になさらないで下さい。あかね様達も分かってくださってますよ」
そんな男の身体を慌てて支えて立ち上がらせる女性が一人。
「もう、ちゃんと前見て歩いてます?」
笑顔で男の身体を支える女性に、
「いや、さ。桜の花を踏みそうになっちゃって…」
男はばつが悪いような笑顔でそう言うと、
「何かこう、一枚だけの桜の花びらって、踏めなくて…」
「そうなんですか?…お優しいんですね」
じゃあ、私もこれからは踏まないようにします。…女性は笑顔でそう言って、男の腕を取った。
「あかりちゃんも、優しいんだね」
「良牙様がお優しいからです」
二人の男女はそう言って少し笑いあうと、進んできた道をまた再び、歩みだした。





…もしも、今度この花舞う季節に二人出会えたら、
「一緒にまた歩いていける?」
そう何度も尋ねたことがある、遠い日の記憶。
でも、こうして再びその季節が巡ってきても、二人、共に歩く事はない。
そのかわり、舞い落ちる桜が連れてきたのは、これからの二人の、それぞれの傍を一緒に歩んでくれる人。
「今度会うときは、友達として話せるといい…」
…あの日良牙が右京に呟いた、一方的な最後の約束。
あの頃は「冗談じゃない」と思ったけれど、もしも今度再び出逢った時は、きっとその約束、ちゃんと守れるような気がする。

「…」
右京は小夏の腕を取って歩きながら、そんなことを感じていた。



Time,after time…この花舞う街で。
今度再び二人が出会うときは、
「今度会うときは、友達として話せるといい…」
そんな約束なんていらない。
遠い日の恋の記憶を乗り越えて、そして普通に「あの時はさ…」そうやって笑い合える二人で出会いたい。

 

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