…あれは、東京に珍しく雪が降ったある日曜日だった。
シンシンと降り積もる雪は、周囲の雑音を全て飲み込んでしまう。
鮮やかな草木も、眩しく光るヘッドライトも。その白銀の世界の前では一溜まりもない。
夜更けに降り始めたその雪は、俺たちが起きた頃にはあたり一面を別世界へと誘っていた。
…そんな、中。
「雪の中にデートなんて、ちょっとオシャレじゃない?」
「はあ?物好きだな、おめーも」
きっかけはよく分からないがそんな話題になって、その日急遽「デート」をすることになった俺とあかね。
「映画見よ、映画。それにたまには恋人同士らしく外で待ち合わせしたいわね」
そんなことを言うあかねに乗せられ、午前十一時、近くの公園の外灯の下で落ち合う事にした。
でも、先に家を出て行ったあかねから少し後れる事二十分。
そろそろ俺も出発をしよう…そう思って家の外に出た瞬間、
「乱馬!」
「乱ちゃん!」
「乱馬様!」
狙っていたかのように、いつもの三人娘が俺に向かって駆け寄ってきた。
冗談じゃねえ、捕まってたまるかよ。
そんな事を思いながら逃げ出した俺。
散々、雪が降りしきる街の中を逃げ回り、ようやく三人娘を巻いたものの、俺が待ち合わせ場所にたどり着いた時には既に時刻は午後一時。二時間の、大遅刻だった。
「ごめんっ…ごめんなっ」
昼間だけれど、鉛色の空の下をぼんやりと照らす黄色いランプ。
そのランプの光を眺めながらずっと、ずっとその下に立っていたあかね。
そのあかねに駆け寄って、俺が素直に頭を下げると、
「大丈夫っ。そろそろ乱馬が来る頃だと思って、さっきまであそこにいたの」
あかねは笑顔でそう言って、公園の向こう側に佇んでいるコーヒーショップを指差した。
「だから、あたしも今きたところ」
あかねはそう言って、俺に笑顔を見せつづける。
でも…そんなあかねの頭には、うっすらと雪の塊が降り積もっている。
あかねより一回り背が高い俺だからこそ、そうやってあかねの頭を上から見下ろす事ができるのでわかる事だ。
「それより、映画、次は二時からだよ。その前に何か食べようっ」
俺がそんな事を考えるとも知らず、あかねは真っ白い息を吐きながら楽しそうにそんな事を叫ぶ。
「何食べようかなー…乱馬、何食べたい?」
そう言って俺の手をきゅっと掴んだあかねのその指は、思わず背筋がゾワっとするほど…冷たい。
「…」
それに。俺がそんなあかねの背中部分をそっと覗き込むと、あかねが着ているダッフルコートのフード部分には、雪が無数入り込んでいた。
…温かい店内にいて、今来たばっかりの奴が、だ。
こんな風に雪を自分の身体に降り積もらせたり、氷のように手を冷やしていたり。そんなはずはない。
いつ来るか、いつ来るか。
きっと何かあったんだ。きっと一生懸命に自分の元に向かおうとしているはず。
だったら、そんな風にしてくれる人を、自分だけ温かいところで待つなんて…出来ない。
「…」
そんなあかねの思いが、掴まれた手からダイレクトに伝わって来たような気がした。
そして、それを口にしないであくまでも、「今来たばっかり」と言い張るあかねがなんとも愛しくて、堪らない。
…
「…」
俺は、そんなあかねの身体へとそっと、腕を回した。
コート越しからでもヒンヤリとした細い身体ははっきりと感じ取れる。
「え、な、何…こんなところで…」
急に俺に抱き締められたあかねは、少し戸惑っているようだった。
俺はそんなあかねへと頭をもたげるようにしてぎゅっと抱きつくと、
「…なあ今日さ、映画見るのやめようか」
「えっ何でよー、せっかく外で待ち合わせたのに…このまま帰るの?」
「違げーよ」
そう言って、あかねの耳元へとそっと、唇を付けた。そして、
「…映画を見ているよりも、もっと…傍で触れていたい」
そう呟くと、腕の中でさっと真っ赤になってしまったあかねの身体をそっと離した。
あかねは、上目遣いに俺の顔を見て、先ほどまでは寒さで白くなっていた頬を、赤らめている。
俺は、そんなあかねの手へそっと手を伸ばし冷え切っている指をきゅっと握った。
あかねは、自分からその手を引き寄せるようにして、俺のほうへとくっついてくる。
そして、小さく、「うん」と頷いたような気がした。
俺はそんなあかねの、頭をもう片方の手で撫でると、寄り添ってきたあかねと共にゆっくりと歩きだした。
待ち合わせには遅れるし、あかねはずっと待たせるし。
これであかねが風邪でもひいたら申し訳ないとは思うけれど、こんな風にずっと、ずっと…傍で寄り添っていられるデートをする事ができるのだったら、雪が降る中の待ち合わせデートだって、悪くない。