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ゆらゆらと薄れてく
それまであった、熱い鼓動も戸惑いも
消えて、なくなって、最後に何が残るの・・・?
姫様だったというだけあって乗馬の経験者だった彼女。
馬の手綱も難なく引き颯爽と進んでいく。
これなら平気と思った。
思ったけど、俺の感覚はやっぱり昔のままだった。
ついいつもの癖で夜通し馬を歩かせて進むつもりでいた。
日のあるうちだと光線による体力の消耗がどうしても激しくなる、水分のないこの大地で必要以上に熱にやられるのは命取りだ。
でも、それは事前に言ってたわけじゃなくて、何も言わずただただそういう方向になっていた。
まさか彼女にとってそれがしんどいことだとも知らず・・・
ドタッ
そんな音が風の音の合間に聞こえ、何かと思って振り返ると彼女が手に持っていたらしい荷物が落ちる音だった。
思わずギョっとして瞬時に視線を彼女に向けると、彼女は手綱を持ちながら今にも落ちそうな格好でウトウトしてることに気が付いた。
「な!?」
それは意外と思う心とやっぱりと思う心が混ざった自分の声。
すっかり忘れてた。
初めての旅に女一人で乗馬、しかも夜通し手綱を引くことがどんなに過酷か。まして日中も起きてたから・・・辛いに決まってる。
大の大人の男でも慣れてなければ根を上げてしまうことを彼女にさせてた失態にそうなってから気付くなんて。
慌てて自分の馬を止めて彼女の馬の手綱を下から引いて止めさせ、落ちたモノを走って拾いに行く。
彼女は馬の静止で目覚め、慌てて辺りを見回していた。
「あっ あたし・・・」
自分の髪を抑えて頭を擡げる。きっと眠たいんだろう。
「ごめん、夜通し歩くって言ってなかったな・・・ 寝ながらは危ないから・・・」
寝ながらの乗馬は危ない。
ちょっとした反動で手綱の操作を誤りって落馬したり、馬が暴走する危険もある。
野党に襲われるなんかよりも危険だ。つうか自滅行為になってしまう。だからそれは回避しないと・・・いけない。
いけないんだけど・・・それは・・・
「だ、だから・・・」
それは・・・・
「うん?」
まだ眠いのかトロンとした口調で聞き返されると・・・今から言うことがとても不貞な気が・・・するっ
「お、おれが、つ、綱、持つからっ ま、ま、前乗って・・・ね、寝てて・・・いいよ・・・・・・・」
い、言ったぁー!!!
てか、なんでこんなに緊張してるんだ? 俺?
そ、そんな気は俺はない! そ、そうないんだ。
ないんだッ
「え? 寝てていいの?」
もう頭の中でありとあらゆる言い訳や否定の言葉を考えてたのに、彼女から聞こえた声はむしろ喜んでるような・・・?
「へ?」
「ごめんなさい・・・あまり夜に強くなくて。だから寝ていいなんて・・・嬉しくて」
そういうと眠そうな表情のままニッコリ微笑まれる。
マ ー ジ ー で ぇ す か ぁ ー !?
結局、半分寝てそうな彼女をそのまま馬に乗せ、代わりに俺がこっちに乗ることにする。
一先ず彼女の馬に積んである荷物を俺の馬の鞍に乗せ、荷物のなくなった彼女の乗ってる馬に遠慮がちに跨ぐ。
彼女の真後ろ。
手綱の関係上、どうしてもこの体制以外安全な方法は・・・ない。
馬の首に擡げて眠る彼女を両脇から支えるように綱を持ち、荷物だけを乗せた馬の手綱を長いものに変えて鞍の後ろに繋げる。
これで大丈夫、だけど・・・
大丈夫なんだけど・・・俺にとってはかなり大丈夫じゃないと、月映える漆黒の砂塵の中、思っていた。
スースーと眠る彼女。
短い髪の袂から細くて白い首筋が月明かりに照らされ視界に入り込む。
目の前にあるから目に止まる。
必然、凝視するように見てしまい雑念という雑念が散々襲いかかってくる。
今、此処には俺しかいないとか。
すっかり安心して無防備にも程があるとか・・・
今まで考えたことがないこと全てが一気に頭の中を駆け巡り、その全てを理性が捻じ伏せる。
眠気なんて通り越しだ。
むしろ生殺し。
無駄にドギマギしている自分が滑稽だった。なんでそんなに意識するのか。
この子が女だから?
俺が男だから?
当たり前で現実的な言葉だけど今の俺には妙にすげー如何わしい。
脳裏に過ぎった言葉を首を大きく揺らして振り払う。
物理的動作で振り払えるものならいいが、脳みその内部にあるこの考拠を払い落とせるわけがない。
しょうがないので別のことを考えることにした。
そうだ、極力目の前の状況を考えず別のことを・・・
そこで浮かび上がったのは・・・やっぱり闇医者してる先生のことだった。
こうやって離れてもみても分かる、あの人は不思議な人だった。言い現しにくい力みたいなものを感じた。
普通に“力が強い”とかそういうのじゃなくて、もっと芯の方の、はたまた魂のような・・・とにかく普通じゃない。
それを言ったら俺も彼女も普通じゃない。そんなことは単純明快だ。
まずこのキヲク・・・
そう、このキヲクをどうすればいいんだよ。
彼女に返せ。というのは分かる。でもまったく宛てがない。
これから宛てを探しに王都に向かってるわけだが・・・そんなに上手いこと行くものなのだろうか?
とにかく、全てにおいてわからない尽くしだ。
ただ、なんだろう。
この「彼女を守ろう」と思う思考が自分でもよく分からない。
キヲクを持ってる・・・義理?
いろいろまたわからなくなってくる。
すぐにわからなくなる。
こうすると決めたけど、けど・・・固まらないだろ、そう簡単に
うだうだと考えてたら月がもう低い位置になっていた。もう夜半もとうに過ぎているだろう。
もう十分走ったと思う。
馬もすっかり疲れてるようで速度が家畜並のとろさだ。
「・・・今日はこのへんで休むか」
軽い溜息。
今考えてもやっぱり全て漠然としてる。それならとりあえず保留だ、保留!
あーもうどっすぺー と辺りを見回す。
しかし限りなく砂・・・と思いきや丘陵地が視界の片隅に移った。
そこの一部が崖になって、きっとあの下辺りなら砂も少ないだろう。運がよければひさしになってる場所があるかもしれない。
そう思いながらそちらへと体を移動される。
すると絶妙なバランスで寝てたらしい彼女の体が一気に落馬する向きへと傾く。
俺が向いた方向――右側へと滑り始める。
それを慌てて掴むように押さえて傾き解除!
よっと一声、片手で抱え込んで戻す・・・が、腕に、柔らかいものが当たる。
ふにっとしてる。
つうかなんだこれ? 似た感触をイマイチ思い出せない。
なんだろうと思い、少しその手の場所を確認するために彼女に近付く。
不意な反動に小さい声が漏れてビクーっとする。――つうかよく寝てる、落ちそうになったくせに・・・
で、その次の瞬間、腕に当たってるものが何かわかった。
この目で確かに確認・・・した。
え、あ、えぇ? そ、それ、え、えーーーっ!?!?
――強い衝撃は人を馬鹿にさせる。
馬の上で飛び退くように驚いたら案の上、振り落とされた。
しかし、しっかりと鐙(あぶみ)に足を掛けてたため振り落とされた側の足がそこに残ったままブラーンと地面と鐙の間で中途半端な落馬をした。
足に異常は、きっとない。
異常があるのは俺自身だ。
もちろん、俺が落ちた衝撃で――なんとも奇跡的に落馬しなかった彼女が咄嗟に手綱を引き、馬を宥めてくれた。
嗚呼、いっそ踏み殺されてた方が世の中の・・・いや、彼女のために良かったのでは?
「え? 何があったの?? だ、大丈夫!?」
大丈夫・・・といいたいところだがちっとも大丈夫じゃない。
とりあえず頭ン中、真っ白。
落馬のショックと・・・その前の衝撃で。
あー情けない。
お、女の胸のひとつやふたつ触ったところで驚いて飛び退くなよ、俺!
ってひとつやふたつつーかふたつじゃ・・・って、ギャー! 何考えてんだよバカッ!
情けなさに涙もちょちょ切れる。
「え? 痛いの? どこか怪我した?」
えー あー もう、俺は真っ黒です。俺に触れてはいけなーい!
つうかなんだか知らんが泣きたーい!
しかし、落馬の衝撃でも残るあの感触・・・スゴイ。
つうか小癪に覚えてるなよ、俺!
結局、再起不能な俺を無事落としてくれたのは馬で・・・。
うん、また振り払われた・・・
そん時彼女を守ってたのはまぎれもなく馬で・・・。
うん、ホントすんません・・・
危うくその馬の蹄キラーを一発食らいそうになった時に助けてくれたのは綱を取る彼女で・・・
――本気、情けない。
結局、少しだけ反省の色で凹んでたがなんとかあっちの丘陵地の手前にある崖に行くことを告げると了解したらしく頷いていた。
寝てた時はどーやって起こそうと考える前に落馬したわけだけど、もう目が覚めたなら俺が同じ馬に乗る必要はない。なにせもうすぐ休む場所に移動するだけなのだから。
崖の下に着くと考えてた通り自然に出来たひさしのような部分があった、地面は砂ではなくここはすっかり土だ。
足を取られないためか、疲れ切ってるはずの馬の足が少しだけ軽やかそうに弾んだ震動が返って来た。
ここらへんで泊まるかとなり、簡単に落ちてた乾燥しきった木をくんで火を起こす。
底冷えのする冷気を持ち合わせの寝袋で凌ごうとするがあまり役に立たない。
結局、離れて置いておく馬に食事を与え、俺たちも簡単な食べ物を食べ、体を丸めて寝る馬に寄り添って寝ることにした。
その間、要件らしいことしか彼女との会話は成立しなかった。
否、俺がそうしてた・・・
冷静になれ俺。
取り乱すなんてバカみたいだ。
彼女は知らない。知る由もない。
あっちも乗せて歩く馬に寄り添って寝始めた。よほど眠かったんだろう、気付いたらもう彼女は寝てた。
まだそれほど眠くなかった俺は荷物から地図を出し、広げる。
丘陵地があって・・・持ち合わせのコンパスから見てこのへん。今いるであろう場所を確かめた。
今日、昨日と歩いて明日の日の高いうちに王都に向かう者が中継する町の一つ目には着けそうだ。
それを確認し、新しく木をくめてから俺もようやく寝ることにした・・・
落ちるような眠気。
夢の中に浮かぶもの・・・
ツンツンとした態度の彼女。
気の強そうな表情。
「あたしに触らないで!」
兵士すら払い除け、流れる長い髪。
だれも信じまいとする瞳――。
目蓋の奥に光を感じる。
強い光。
白さ漲る視界の中、映る大地は茶色とそれと遠くに黄金色。
空はどこまでも青く澄んでいた。
昨晩の焚き火はすっかり消えて灰になっていた。
そして俺の後ろに居たはずの馬は姿を消し、俺は広大な台地に大の字になって寝てたことになる。
頭上から燦々と降り注ぐ太陽は今日も変わらず強いままだった。
と、ここで気付く。
そういえば対面に居た筈の彼女もいなくなってる。
ついでに馬も。しかも二頭ともいない。
何? なんで?
すると少し離れた場所から馬の啼く声がした。
壁のように聳える崖の裏側。そこには夜にはわからなかった多少の草となんと沸き水らしい小さな沢があった。
「あ・・・れ?」
頭を掻きながら必死で草を食べる二頭と、それを宥めるように撫でる彼女の方へと近付く。
足音で気付いたのかこちらに振り向く彼女。その光景がなぜか、あのキヲクの中とバッティングした。
何もない、無邪気だっただろう頃の彼女の素顔とまるで一緒。
この広陵とした大地でも彼女はあの緑溢れた中にいる時とかわらぬ表情をしてる。
それがある種、俺には新鮮だった。
「あ、おはよう。ここ、水流れてるみたい」
そういうと二頭に「ねぇ?」と同意を求める。俺じゃなく馬に。
「ホ、ホントだな・・・」
「びっくりしちゃった、この子がね、見つけてくれたのよ」
そういうと今度は左側に居る栗毛の――彼女が乗ってた馬に抱きつくように寄りそう。
つうか馬に慣れすぎ。
「そ、そう・・・」
「でも、前に乱馬が連れてってくれたところとは違って水もそんなに沸き出てないよねー」
またも「ねぇー」と同意を求めるように馬に話掛ける。今度は葦毛の――俺の馬の方にだった。
馬を通して会話されてる気分で居心地悪い感じしたが、まさかそのことを言われると思わず固まる。
つか・・・
「覚えてたのか・・・?」
ていうか俺の名前も!
「ん? 覚えてたよ。あたし、記憶力はいいのよ。ただなんか色々状況が飲み込めなくて・・・ごめんね」
そう言うがやっぱり馬に「ねぇー」と言う。
いや、あの、俺に言って、俺に!
「いや・・・いいけど」
――別に。
そう言えば彼女とまともに話したのは初めてかもしれない。
ここまではとても日が浅いがそれでもそんなに話してない。大抵が意識がなかったことが多い、しかもお互いに。
話す、といっても必ず誰かが間に居た。俺の前の仲間だったり、先生だったり・・・
先生とは・・・そういえば話してたな・・・
「なんか、この前記憶が戻って・・・なんとなく抜けてた部分が戻ったみたいで。自己紹介もそういえばまだだったような気がするんだけど・・・」
「あ? あーいいよ、キヲクで分かってるから」
そこまで言ってから水で顔を洗う。少し温い感じだったが新鮮さはあった。
馬の近所でジャブジャブやったもんだから馬が洗い立ての俺の顔目掛けて顔を近づけて威嚇される。
なんだよ、使うなってか?
そんな感じでミクロな戦いを馬としてると、頭上から彼女の声がした。
「・・・そっか、キヲク・・・あるんだもんね」
バシャバシャと馬と水取り合戦をしていた掌がピタリと止まる。
無神経だった。
そうだ、これは“彼女の”記憶なんだった。
まだよく知りもしない男の中に自分の生きた証があって、自分にはそれがどうしても思い出せない。
俺が返さない限り彼女には還らない。
一言、ややこしい。
二言、俺ってやっぱり無神経。
「・・・ごめん」
無神経だったと素直に伝えた。
このキヲクについて話すのは今に始まったことじゃない。前にだってあった。
出逢って、この頭の中にあるのが八卦見から彼女のだと言われ、聞いてすぐに一緒に探すと約束した。
それから憲兵に捕まり監獄に送られ泣きそうになりながらキヲクが入ってる俺が死んだら彼女も死んでしまうんじゃないのかとか。
そういう、切羽詰ったものばかり。
そりゃそうかもしれない。だって、前代未聞中のミモンだから。
「うんん、ホントのことだし・・・」
そう言って前句を打ち消すように爽やかに微笑んだ。
思い出した。この表情。
ホントにキヲクと一緒だ。
だた違うのは、少しキヲクの中の方が若いことと、髪が・・・短いことだけ。
そう、キヲクの中の彼女は、別人のように長いんだ。
腰丈ほどまで蓄えた美しい黒髪。光に透かすとほのかにブラウンを放つしなやかで長い髪が今の彼女にはない。
そりゃあ、短いとはいえ、キヲクの中と変わらず美しいツヤを持っていて、痛みをしらないといった具合。俺のキシキシの髪とは、大違いだ。
キヲクの中にいた彼女ともうほとんど同じ。それだけキヲクが還ったってことか?
もっと 幼児期 → 成長期 → 思春期 みたいに順を追った戻り方をすると思ったんだが、一気に色々戻ってるようだ・・・
すると、まさか・・・
「さ、そろそろ出発の準備、しないと」
そう言って一つ背伸びする。
馬に向かって「くりちゃん」と呼んでる。――勝手に名付けてるし。
「今日は、もう一人で大丈夫よ。昨日はありがとう」
凛とした内なる強さを持つ少女。
キヲクの中と変わらない。
彼女はホントにこのキヲクの中の彼女だ。
「立ち止まったら、きっとダメなんだよ・・・」
軽く持ってきた食べ物を食べ、水筒に沢の水を入れ出立。
目指す街は意外に近かった。
黄金の里・ベチステッタから採掘され金を運ぶルート。
誰が付けたか[オールムヴィア]どっかの言葉で金の道という意味らしい。
そのルートの最初の都市・メッシーナ。またの名を『始まりと終りの街』
賞金稼ぎが多く、ベチステッタよりも治安が格段に悪い。水と食料を調達するためだけに訪れる者が多く、安全な土地から来た人間がまず被害に合う街。
賞金稼ぎが多いために俺たち盗賊はここを使うことはなかった。みすみす自分から縄に入るようなもんだ。
今、こうして自由の身になって初めて入れる街だ。噂通り、雑然とした所だった。
彼女には大きめの日差しを避けるためのポンチョを着せ、顔まで隠れるようにした。
苦労もない綺麗な顔立ち。
この街には不似合いなのと同時に格好の餌食だ。
暑いと主張する彼女に我慢してくれと頼む。前みたいな面倒は起こしたくなかった。
だけど、俺はすっかりこってり忘れてた。
俺が元盗賊だってことを・・・
比較的安全そうな宿を見つけ、ここで一泊することになった。
部屋は・・・迷いに迷って、迷った挙句、宿の亭主に「早くしてくれ、今日は大入りなんだ、一緒でいいよな?」と言われ、渋々同室になった。
通された部屋は思いがけず綺麗だった。
砂っぽさのないベージュ一色の壁はどちらかと言えば白に近かった。
真四角を思わせる間取りで簡単なベランダがある。
ただ、一番気になってたベッドはやはりツインで隣同士。人が一人キツキツに通れる幅を残して寄せられていた。
「わぁ、キレイなところ」
部屋に着いて最初に出た一言。
――俺ではない。
彼女は最初にドアを開けた俺を押し退けて躊躇いもなく部屋に入り、間取りを見てはキレイキレイと言っていた。
確かに、窓の近くには観葉植物みたいなものまで置いてあり、もしかしてここって案外潤ってるのか? そんな風にも捉えられる。なにせここは砂漠のど真ん中なのだから。
とりあえず彼女と荷物を部屋に残し、探索して来ると告げて外に出た。
あたしも行く、などという彼女にここは危ない街だから絶対ドアも開けるなと言って無理やり出てきたのだった。
あの狭い空間に真昼間から二人っきりはキツイ。
なにせ俺たちは“そういう関係”ではないのだから。
・・・そうだ。というか何考えてるんだ俺はっ
この疚しい考えが浮かんでは打ち消してる状態で、元々女に興味がなかっただけに桁違いのキツさを放っていた。
それに一人になりたかった。
道中、ずっとお互いを気遣って行動していた。だから少しの時間くらい一人になった方がいい。きっと彼女だってそうだ。
そう勝手な考えで自分の中でまとめ、初めて来た街を散策してみる。
メインストリートらしい道の左右には市場のようなものはなく、ちゃんと店舗として運営してるらしい。買い物をしてる人間より、レストランのような処が多く目に止まった。
宿屋も多いみたいでそれらしい軒が連なっていた。
不思議な街並。ベチステッタよりも数倍に。あの街も他の街に比べたら不思議なところで、大地の乾燥具合もヒドイ場所だった。
隣のハザマは西の外れの海に近い、別名・南国のパラダムだ。だから別荘地になっている。
隣と言っても大きく離れている。簡単にいうと雲泥の差だ。
貴族方は一直線にハザマに来てベチステッタに寄ることもない。きっと眼中になり場所なんだろう。
ただ、身に付けてる純金のほとんどが隣町で採掘されてるなんて思いもしないんだろう。貴族とは実にいい身分だ。
そしてこの街にも貴族方は来ない。
来る筈もない。
要するに両方とも“野蛮”な土地だから。
野蛮は野蛮かもしれないけど、一見そんな野蛮そうには感じなかった。
活気に溢れてるわけではないけど微妙に落ち着きすらある。宿屋が多いからだろうか?
しかし、この街は水資源に便があるのだろうか?
今まで見てきた所よりも壁の色は白に近かった。
リゾート地ハザマは贅沢にも木造だったから白くはない。
大地も丘陵地の延長戦みたいに少し薄茶けってた。
とりあえず、簡単に備蓄するための食糧を買い足し、宿に戻った。
宿に戻ると、窓を開放してたのか、白いレースのカーテンが窓枠に揺れていた。
しかしぱっと見、彼女が居なくてそんな幻想めいた光景も即座に焦りへと変わった。
慌てて中に入る。
誰かに襲われたとでもいうのか? それにしては物色された痕跡が全くない。
どこか出かけた?
そんな焦りの中、ふと視線をベッドに落とす。
窓側にあるベッドに倒れこんでる・・・彼女が。
どうした!? と思わず駆け寄って華奢な肩に手を置く。
伝わって来たのは暖かい体温と、微かに上下してる体。
―――寝てる。
単純に寝てる。
仰向けなんてなってるから驚いた。
でも寝てるなら、邪魔しない方がいい・・・
あんなに馬に乗ってたんだ。休んだと言って野宿だ、女の身にはキツイだろう。
そっと手を離そうとする。
でも、こういう時に限って、あの衝撃にも似た記憶が掛け巡るんだ。
久々に強い。
『不思議、もう、先生のことを考える暇もない』
後ろに聞こえる音はなんだろう?
ザァザァと聞き慣れない音。
いやに涼しそうな緑色が占拠するそこに彼女は可憐な笑顔を零している。
『ありがとう・・・』
彼女の顔が今までみたことない表情になる。
胸の中がかぁっ熱くなるような、だけど、それは決して俺に向けられるものじゃないのに。
なんで彼女のキヲクなのに、なんで“彼女が見えて”いるのだろう?
『・・・まのお陰よ』
呟いて微笑む。
最初の言葉が上手く聞き取れなかった。
だけど、なんでそんなに憂いのある微笑を向けてるんだ?
これは“誰の”記憶・・・なんだ?
添えた肩からゆっくり手を離す。
その手がすぐに向かったのは、自分の胸の上だった。
なんだ、この胸の苦しみは。
なんだ、頭の奥がガンガンする。
ドクドクと震動する鼓動が強く掌に伝わる。
キヲクの中に“先生”が居ないだけで俺の心は無償に嬉しく、同時にその想いに対して複雑な思いだった。
自分に宿りつつあるこの苦しみが分からなかった。分かりたくなかった。
すやすやと眠る彼女をただただ佇んでゆっくり離れる。
午後のそよ風だけが熱くなった頬を撫でるように滑ったていた――。
