「一つ、言っておく。僕はキヲクに関しての詳細はわからない。それは八卦さんも一緒だよ。
でも、これでも研究が好きなんだ・・・古学のね。
どこまで役に立てるかわからないけど、今までキヲクに関することを話してくれないかい? ヒントが見えるかもしれない」
先生の目は真剣だった。
ヒミツと自分で言ってしまったけど・・・このままじゃ漠然としすぎててにっちもさっち行かない。
だから話すことにした。
「キヲクは、きっと宝石に摩り替わってるんだと・・・俺は思う」
起こったこと全て。
見たこと全て。
触れたこと全て。
俺の知る限りのキヲク。
彼女のキヲクの内部に関してじゃない、漠然としたキヲクの全貌を。
そこだけは、ヒミツを護ろうと思った。
「全て、見えるわけじゃないんだね?」
「・・・はい」
「君は今、伝説の中にいるのかもしれないね。―――」
まるで俺のもののように輝きを増すそのキヲクは、夢を見てるかのように繰り広げられる。
いつも、見たこともないような緑と水と空気がそこにある。
その中に彼女がいて、見たこともない美しい衣を身に纏い、空気と一緒に溶けてゆくみたいに当たり前に存在してる。
そして、必ず決まってこう呟く。
「明日もセンセ、来ないかな・・・」
何かを待ち望んでるようにその長い髪を風に靡かせて、艶やかに光り出す。
はっきりとした黒い髪だが、光に翳すと薄く繊細そうな淡い茶の色を成す。
幻想的だった。
幻想的なのに、心のどこかが軋んだ。
決して萎えてゆくことを知らない感情の渦がそこに確かに存在している。
そのカケラが、このキヲクを通じて俺に届く。
分かる。
分かるんだ・・・
このキヲクが戻ったら、どうなるのかも・・・
なんとなく。
キヲクはどんな場所に居てもどんな時間でも、俺の意思と関わりなく動き出していた。
かなり強いチカラを持っているので、初めのうちはものすごい衝撃を受け精神的にも肉体的にもけっこうキツかった。だけど今はこうやって仕事をしてるときに起こっても流せるまでになった。
盗賊を辞めて、仲間とも解散して、俺はこのキヲクを彼女に返すためだけにこの地に残った。
彼女と出逢って、彼女のキヲクが来て、それから俺は色々変ったように思えた。
まだ、大した時が過ぎたわけじゃない。
たかだか一週間程度だ。
でもその一週間がとてつもなく長く、とてつもなく濃く、とてつもなく運命的に感じさせた。
あの、青い宝石を手にしてから
彼女に、それが染み込んで消えてから
全ての歯車が一斉に狂ったようだった。
彼女に返った石はまだ二つ。
八卦見の言ってることが正しければ、残りはあと五つ。
それが返れば彼女の命は助かる。
消えてしまうこともない。そして俺の中から有るべき持ち主へとキヲクも返る。
単純に言えば、それだけのことなんだ。
ただ、そこから先どうなるかは分からない。
何せ、一千年前から来たらしいんだし・・・ でも、そんな一千年前に返す方法なんて知る由もない。
そんな俺と彼女は、あの医者の所で世話になっていた。
小乃東風。
普段はただの接骨医だが、裏口から来るやつは全て表の世界では治療を受けることの出来ない、ならず者ばかり。
そんなのを相手に医者をしている先生。
あの日以来、俺と彼女はそこに住み込んで家事の手伝いや仕事の手伝いをしていた。
俺の方は、日中、町の貿易に関わる荷降ろしの仕事を東風先生の紹介で働くことになり、彼女は東風先生のところで助手みたいなことをするようになった。
知らない者同士の三人暮らしは至って奇妙に思えたけど、他人というほど他人と感じないのが不思議だった。
それはきっと、キヲクの中にある映像のせいだろうか?
受け入れがたいはずなのにもう調和してる。
彼女はあまり器用な方ではなかった。
一度、試しにと料理を作ってもらったら、東風先生と二人で黄泉の国一歩手前まで逝けた気にさせた。
本当に姫様育ち、というものなんだろう。そういった不器用さが目立った。
東風先生はそんな事情を知ってか知らずか「体が疲れてるからだよ」と、一体なんのフォロー
だろうというフォローをして彼女を励ましていた。
彼女は日に日に元気になっていった。
話も良くするようになったし、先生のちょっとした冗談に笑顔を見せたり。
俺と、初めて会った時の虚無に等しい、感情すらない表情をすることは全くとしなくなった。
きっと、この今の状態が本来の彼女に近いのかもしれないと自然に思った。
一見、温和に見えるその三人暮らし。
でもそんな悠長なものは何一つない。
時間だけは確実に進むんだ。
それと一緒に総て進むんでゆくんだ。
気が付いたら何年後とかも、ありえるんだ。
「あの・・・」
――彼女と俺は、極力接するような機会は持たなかった。
「・・・ん? あっ、ごめん。俺仕事で出なきゃ」
「え? あ・・・ううん。なんでもないから」
名前で呼び合うなんて、以ての外だ――
常に壁がある。
一体どんな厚みでどんな壁なのか、その全貌は見えないけど通り抜けられそうにない。
何が原因で?
そんなこと考えてみると、これはやっぱりあのキヲクのせいだろうと考えるのが自然だった。
分かっている。気まずいんだ。
年頃もたぶん同じくらいの見知らぬ異性だ。
仮に東風先生くらい年が離れてるなら、もっと接しやすかったのかもしれない。
いや、それ以上に彼女は美しすぎた。
触れてはいけない、近付いてはならない、汚してはいけない、高貴で気高い。
不用意に近付いたら壊してしまいそうで。
キヲクの中の彼女が教えてくれる。
脆くてはかない。
内側に隠す本当の部分は決して強くない。
だから、尚更。
俺の中にいるのはキヲクだけでいい。それ以外はきっと入れたらダメなんだ。
そう言い聞かせた。
必然、仕事に没頭していく。
遣り切れない胸の奥にあるもやもやを跳ね避けるように。
仕事には慣れたというにはまだ時期が早い気もするが、慣れてきた。
昔からコツを掴むのだけはやたら早かったのが功を奏したのか、こんなところでも遺憾なく発揮されていた。
覚えが早いから次々と新たな仕事を任される。
それを難なくやりこなしていく。
そんな風にしてあっという間に一週間が瞬く間に過ぎて行った。
――昨日任された仕事はもう昨日のうちに終わっていた。
彼女と明らかに不自然な会話を交わして小走りに仕事場へ迎う道すがら、急かす歩幅とはウラハラに、頭の中は案外ゆっくりと動いてるように感じた。
あんな風に呼び止められたの久しぶりな気がする。
いや、もしかすると初めてかもしれない。
動揺が動揺を呼んで何がなんだかよくわからない。平然を装ってはみたけど、何か空回っていくみたいだった。
仕事はいつも新鮮で、盗賊暮らしだった頃の自分を忘れさせてくれる。
今日も今日とて光陰の様に時が過ぎ、気づけば空が夕日に包まれていた。
「おー、乱馬っ ちょっとこっち来い」
一段落して、一人壁に寄り掛かって休息してると、この持ち場の頭から声を掛けられた。
「なんっすか?」
少しだけ疲れて動きの鈍い足を動かして頭の元へと行く。
「あーお疲れ。 ところでな、これを今日一日預かっといちゃぁくれねぇか?」
そう言われて差し出されたのは、小さな小箱。
材質は何で出来てるのかまでは教養のない俺には分かる由もないが、盗賊の時の感がこんな時に冴える。
高価なもの・・・例えば貴金属。
見た目は質素だけど、分かる。
そんな気がする。
でも、そんなものを新米の俺に託すのは危険じゃないか?
信用、されてるというのか?
「お前、確か東風さんとこで下宿してんだよな?」
「へ? あ、はい・・・」
「そいつを東風さんに見せてくれ、明日サラスに運ぶから、絶対に忘れるなよ? 忘れたらその腕、切り落とすからな」
そう言ってから俺の左腕をニンマリと笑いながらペチペチと叩く・・・
ああ、これってマジだ。
「は、はい・・・」
理由は分からないがとりあえず運び屋ということだろう。
「んじゃ、今日はもういいぞ。また明日な! くれぐれもお前自身も来ないとかするなよな?」
「・・・大丈夫っすよ」
「おう、じゃぁな」
もうすぐ日が完全に遠くの地平線へと沈む、群青色の空に西からまだ差す朱色とがマーブルに混ざった、さまざまな色を織り成していた
そんな空をぼんやり眺めながら、右ポケットにさっき渡された小箱を入れて家路に着く。
寄り道なんてモンはしない。比較的真っ直ぐあの家に帰っている。
道楽は元から求めないらしい性格だったから盗賊の頭になったといか・・・
盗賊のくせに女遊びの一つも出来ないと、よく仲間から茶かされたことを思い出した。
滑稽なもんだ。
そんな俺がまさか今、女と暮らしてるとは。
疾しいことは何もしてないし、満足に会話も交わしてないような関係だけど・・・こんなに俺の近隣にいた女は今まで居なかったから。
ポケットの中の小箱がコツコツと小さな音を立てていた。
一体、何が入ってるのだろう? と気になったが、無断で開くのは悪い気がする。
それに失くしたりでもしたら、あの頭に殺されそうだ・・・
それはさすがに嫌なので、大人しく運び屋になる。
――だけど。
いきなり人通りの無くなった路地を普通に歩いてる時、行く手を遮るように誰かがこちらを睨んでいる。
「・・・なんか用か?」
狭い路地。
避けて貰わないと通れないほどの細い路地。
しかも俺に用がありそうな、その表情。
「持ってる箱に用事があるんだ」
そう言われて、軽く警戒する程度の構えの体制に入る。
「――そんなもん持ってねぇよ?」
「右のポケットに入ってる、小さい箱だ」
やけに的確に俺の所持品を当ててくるそいつ。
一体、何者だ?
「こいつは、ちょっと渡せねぇな」
「それなら、渡して貰わざるおえないようにしないとダメみたいだな・・・」
そう言うと、突然トップスピードでこちらに向かってくる。
標的は間違いなく、俺の右側。
しかし、そこで易々と懐を許すような包容力のある人間じゃない。
余裕を持って交わし、ヒラリと空いた路地を何も無かったかのように通り過ぎる。
どうやら相手は要領の悪いやつだったようで、猪突猛進に止まることが出来ず、突き当たりの壁にぶつかったようだ。
後ろで「待てー」とか叫んでるが、待てと言われて待つバカが果たして居るだろうか?
とりあえず、足跡を残しては交わした甲斐がなくなるし、執着につけられるものむなグソ悪い。だから建物の上まで出て、建物伝いに移動する羽目になった。
――チクショー、こっちは仕事明けで疲れてるつーのに。
どうやら、狙われるような価値のあるものらしい。
一体なんだ?
なんだかここ最近「一体なんだ?」というコトが多すぎて適わない。
もうこうなったら、厄介ごとは一緒くたなのかもしれねぇな。
そう開き直って、地上へと降り立つ。
すっかり辺りが暗くなったのを利用して、普段は使うことの無い、裏裏口から家に入る。
念には念を入れて・・・
この通路は、俺たちが始め闇医者を訪ねたややこしい地下路地だ。
あんな猪突猛進野郎がこんな繊細な道を通って来れるはずがない。安全だろう。
カチャ・・・
なるべく音を立てずに裏部分にある診療所のドアを開ける。
上にある、普通の場所よりもここは昼間でも薄暗いようなそこ。
いつもいつも使ってるわけじゃないから明かりも灯っていない。
だから今頃の時間帯、ここは真っ暗だ。
「はぁー」
肉体的疲労と、ちょっとした精神的疲労からため息も出る。
右ポケットに入った小箱はもちろん無事・・・
ポンと一度確かめるようにそれを叩いてから、上へと通じる階段を登る。
床と一体化したその階段の入り口は1階の納戸の奥にあった。
ヨイショとその戸を上げると、納戸には明かりが点いていた。
明かりを見たらやけにホッとして、体に付いた砂埃を払って納戸のドアを開ける。
と、その目の前に、水瓶を持った彼女がいた。
いきなり隣にあったドアが引いたのに驚いたみたいで、ギョっとした顔で最初顔が合った。
だが、認識したと思ったら「ああ・・・」と言ってから、トタトタと自分の部屋の方へと走って行ってしまう。
こっちもこっちで彼女が居たことに驚いて、ただいまの一言も言えず、ただただ彼女が向ける背中を見るだけだった。
「ちぇ・・・」
そう呟いていたけど、一体何に大して『ちぇ』なのか、呟いた自分が一番分からなくて、思わず空いてる掌で頭を掻いてから、先生が居るいつもの診療室へと向かうことにした。
「やー乱馬くん。おかえりなさい」
カルテでも書いてたのだろうか? 机に座りペンを持ったまま振り返った先生はそう言って微笑んだ。
「あ・・・ただいま・・・。 あの、これ頭が先生にって」
こういう 『おかえり』 とか 『ただいま』 と言ったり言われたりするのが堪らなくむず痒くて思わず素っ気無い態度を取ってしまう。
多分きっと、それは俺にとって嬉しいこと、なのだけど、今までの環境が環境なだけにすんなりと受け入れることがどうしても出来なかった。
そして、それは先生も理解してるみたいで、それ以上は何も言って来ない。
こういう点は、ホントにいい人だ・・・と思わず思う。
そして、きっと、このキヲクと一緒なんだ・・・と再認識する。
いちいち、気を使えるほどの余裕のある奴じゃないから、すぐに本題を先生に渡す。
「僕に?」
心当たりがなさそうな表情で手渡した小箱を眺める先生。
「ああ・・・。 それと、これ持って帰ってくる間に一人外野が入ったんだ・・・それを狙ってるみたいで」
「これを?」
俺の話しを聞くとますますわからないと言った様子の先生だったが、
「とりあえず開けてみようか・・・」
そう言って、すでに先生の掌にあるその小箱をパカリと開けた。
中には・・・なんでもないただの石があるだけだった。
「・・・石?」
「石だね・・・」
先生も困惑した表情でその石を見ていた。
石は本当に普通の、どこにでも転がってそうな・・・というか川の沿岸に行けばありそうな石だった。
要するにかなり有り触れたねずみ色の、なんの貴重価値もなさそうな石。
頭の扱い方といい、狙った奴すら居るというのに、それはだたの石ころ。
それが更に不可解だった。
だけど、先生がその石自体を持ち上げ、掌でコロコロところがしてると何かに気づいたらしく、
いきなり「あぁ!!」と叫んだ。
俺は、あまりにいきなり叫ぶ先生に思わず驚いき「どうしたんだ?」と聞くと、笑顔で話し始めた。
「これは、君の秘密に関ることだ」
意味深で、ちっともわけが分からない。
「へ?」
「さっきのその追ってた相手。まさか殺してなんていないよね?」
「え? 触れてもねぇけど・・・。って、そりゃ元から腕には自信はあるが、今まで人なんて殺すほど落ちぶれちゃいねぇよ!」
「いやいや、今までのことじゃなくてね。 これを持ってるとそうできてしまうから、ちょっと聞いてみただけだよ」
「一体・・・どういうことなんだ・・・?」
先生の言ってることがわからない。
一体、俺がなんだっていうんだ?
「もう、そろそろ話しておかないと先に進めないかもしれないね・・・」
ゆっくりそう呟かれ、俺は思わず息を飲む。
俺の、俺の隠された
俺自身も知らない・・・何か。
「ある一族の末裔にだけ許され、代々受け継がれる紋章。
それが君の左腕にある刺青のことだよ。それに共鳴し万物を呼び寄せることが可能になる結晶。それがこの石だ。何かを壊すくらい、意思さえなんてことなくできる石。そしてこれは、君を知る大いなる手がかりでもあり・・・あかねちゃんのキヲクとも関る」
「え・・・?」
先生の真剣な瞳が緊張してる俺を貫く。
そんな、御伽噺のようなこと素直に受け止められない・・・
俺は孤児なんだぜ?
「だから君に貿易商のところで働いてもらっていたんだよ。 因果のある物と物は意思もなく呼び合うと太古から言い伝えられてるからね。でもキッカケがないと、それに巡り合うのに何十年もの歳月が必要になってしまう・・・例え出会ったとしても、それはもう手遅れな頃じゃ、意味がないだろう?引き寄せられる力の強い物同士だから、場を与えればすぐに見つかる。ああいう貿易関係だと特にそうなんだ」
「で、でも、これは明日サラスに・・・」
「サラスってなんだか知ってるかい?」
「し、知ってるも何も。この国に住んでてサラスを知らねぇモンは余所者っていう証だろが? だって王都じゃねぇか! 隣国すら知ってらぁ」
「そう、王都だよ」
「この石が刺青に関るのはわかった。でも俺とサラスが関るかはわかんねぇし、それとキヲクとも・・・」
分からないこと。
そのことの方が多い。
ぶっちゃけ、どうして俺にそれが現れてるのかも、わからない。
「世の中で起こる全てのことは、その運命の輪の中にあるんだよ、乱馬くん。 物と物が呼び寄せ合うように、人と人も、また人と土地も然りだ。
王都に行けばきっと何か見えてくるよ。こんな、王都から一番離れた辺境の街にいつまでもいるより遥かに」
「それって・・・」
「ここに居ても多分、キヲクの手がかりは掴めないと思うよ。ここは黄金の街ではあるけど、金を各地に排出する所だ。
君が前に話してくれてたことが確かなら、間違いなく七つカケラは貴石かもしれない。それも王家に纏わる物」
王家。
近寄ったこともない所。
サラスは王都だったが、丘の上にある地上の楽園と言われていた。
誰もが入れる場所ではない。
許された商人や役人だけが入ることが許され、血縁を結ばない限り、楽園の住人にはなれない。
不思議な場所。
そこにだけ、なぜか水が沸き出してるという奇跡の場所。
この国で、天に一番近い場所。
明らかに俺の住む環境とはつりあいのしない場所。
誰かがほざく神話が未だに息衝いてるような錯覚すら覚えるほど、そこは寄り付けない。
そんなの、先入観だと心のどこかで思ってるのに、近寄ってはならないと血が教える。
この、この国で培い、この土地で繁栄した末裔の証。
逆らってはいけないと、血が教える存在がそこにいるのだ。
それに纏わるものが、キヲクのカケラというのか?
非現実的には慣れてきたつもりだった。
というか、慣らされたというべきか。
だけど、この出来事はホントに現実からどんどんと離れていくんだ。
「じゃ、今までのは・・・?」
「え? あれは過去、王家のものだったのかもしれない。 だから現在王家の物とも限らないけど、きっとサラスにそのヒントがあるかもしれない。当たるだけの価値はある。あそこは千年前からあのままだから」
その言葉に軽い電撃が走った。
「せ、千年・・・?」
「・・・そう千年。 あかねちゃんが元居た時代から、あそこはそのままだ」
この国の、この土地の。
それからそのまま過去の人間だという証明は付かない。
でも、キヲクの中には緑と白亜の宮殿がある。
確かじゃない。憶測だ。
だけど、そう言われるとそうだと思ってしまいそうになる。
「あの・・・そうなら・・・彼女は、ここに居た方が」
その方がイイと思った。
いや、それ以外の理由も・・・ある。
「あかねちゃんはここには置いておけない」
先生が否定の言葉を言った瞬間、開くことのないはずのドアが音も無く開いたのが、わかった。
何も、反応が返って来ない。
分かる。
この押しつぶされてしまいそうなほどの圧迫感。
きっとそこにいるのは・・・
「あ、あかねちゃん・・・」
呆然と立ち尽くす、彼女だろう、と・・・。
「・・・っ、やっぱり、俺、連れてきます」
沈黙の中、打破したのは意外にも自分だった。
うつ伏せた脳裏の中で回り出すのは、やっぱりキヲクだ。
切なさが、脳天に突抜けていって、指の先が意味もなく痺れる。
「・・・あかねと、一緒にサラスに行きます――」
もう、引き戻せない。
動き出して、歯車が回って、都合は悪くてももうその中にどっぷりといる。
運命なんて信じたことは無い。
でも、何かに引き寄せられる感覚がこの胸の奥にある。
初めて呼んだ彼女の名前。
俺の言葉とそれに明らかに戸惑ってる彼女がいるけど、その心の痛みもなぜか伝わってくる。
―― 傍に居て、戻して傷つけるか
遠く離れて、残して傷つけるか ――
「俺は・・・今更自分のこと、別にどうでもいい。 それよりもとにかく、キヲクを・・・返す」
だから、キミと一緒に旅に出る。
例えどんな未来があっても。