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「俺は・・・」

彼女の問い掛けに少し、緊張した感じで答える。
なんでこんなに鼓動が乱れるのか、わからない。でも、それを変えることはできない。


「俺は、乱馬・・・」

自分の言葉にどこかフィルターが掛かる。
なぜか、頭の中でも聞こえる。
同じ声に、同じ名前。

さっきみたいに映像は見えない。
ただ、印象的だったのか、声だけ・・・鮮明。


「・・・乱馬?」

彼女の言葉で浮き足立った思考が元に戻る。
「あ、あぁ・・・」

そう、と小さく理解する彼女。
やはり、どこか雰囲気が違う。

――キミは誰?



「あ、キミは?」

言ってはいけない言葉のような気がして、戸惑いがちに出てきたその言葉。
彼女の反応は、ひどくゆっくりで、まるでスローモーションのように傾げた視線を再び俺に向けた。

「あたしは・・・」
そういって、少し黙ったまま俺を見ていたが、ゆっくり瞳を閉じたと思ったら、そのまま背けてしまった。

そして、それから言葉は続かなかった。




彼女はとても不思議だった。
自分の名前も言わないし、素性も話さない。
ただ、思い出したように遠くを見つめるだけ。

そんなこんなで、俺が倒れたり、病人の彼女は意識がはっきりしないこともあって、今日中の移動は困難と判断し、
その小さなオアシスに1日野宿することになった。
多少ある枝と、1本太い丸太をこさえて焚き火を点ける。
砂漠といっても、昼と夜の温度差は凄まじい。でも、砂漠のど真ん中より状況的には安心。
頼りなく見えるけど、細い木々が数本立ってるだけだが、何度となく砂嵐に襲われてるだろうこのオアシスは、依然消えることなくそこにいる。
木のお陰で寒暖の差も然程感じることはないし、防風・防砂林の役割も果してるらしく、鬱陶しい風と砂はこない。

そんなオアシスで夜の帳が下りた頃。
彼女は依然、あのハンモックから足を投げ出し、遠くの空を眺めてるように見えた・・・


仲間の1人が用意した食事を持って行ったが、無反応に近い反応をされたと言っていた。
食欲がないのか?
色々考えてみたが、とりあえず自分の食糧確保で手一杯になってしまった。



「なぁ、あの子何もんなんだよ」

彼女と俺らとの間隔は遠く、彼女は俺たちに背を向けて空と砂漠の見える方をただひたすら見ていた。
俺らは俺らで、そんな後ろ姿をオロオロしながら見るだけで、話すタインミングをすっかりなしくてしまっていた。

「さー」

結局、誰1人として会話は繋がらず、断念した者、他半数。
まだ、完全な意識でも戻ってないのか?

「なんかさー、俺聞いたことあるんだが・・・」
そういって仲間の1人が耳を貸せと言って、声が彼女に聞こえない程度の音量に下げられた。

「記憶を無くした奴って、あんな感じにボーっとしてることがあるらしいぞ。」


『記憶を無くす?』
そんなことを知らない、無知な奴らの集団だったから、みんなして首を傾げてしまった。
一体どんなことなんだろうと。

「だからぁ、自分が誰かわかんねーんだと」

分り易い説明で全員が一斉に理解を示す。
そして一斉に「え!?」と今更に驚く。

俺もその中の1人。



記憶がない。
だから、自分の名前も素性も知らない?
夜空を見上げていたら、何かわかるのだろうか?

とりあえず、その後ろ姿がやけに傷ましく感じ、慰めたって仕方が無いけどとりあえず・・・ 代表として、俺が彼女の近くにいくことになった。



記憶がない。
その言葉だけが脳裏に焼きつく。
そして、その後ろ姿にまた、あの不思議な映像が飛んでくる。



まるで、それを俺が体験してるかのように。
緑に覆われた世界。
その中で同じ格好で夜空を見上げてる彼女。

手を伸ばして、その可憐な肩に触れようとすると、華やぐように振り向く。



そして、現実に戻る。



砂漠が遠くに見えるこのオアシス。
手の伸ばした先には彼女の肩。


『何、やってるんだ、俺・・・』

伸ばした手を、やり場なく引っ込めていた。
ただ伸ばしただけ・・・だけど、何か・・・


そんな感情に浸りながらも、彼女を思い切って呼んでみる。
名前はわからないけども。

「あの・・・」

控え目に呼んだ声にゆっくり反応する彼女。
力のない瞳で俺を見てくる。

「あ、あの・・・」

その瞳に吸い込まれてしまいそうになって、思わず動揺してしまう。
そして、何しに来たのか、一気にわからなくなり些かパニックに似た状態になった。

「・・・ここってドコ・・・?」

初めて言葉を聞いてから何時間も話さなかったその口。
控え目な言葉に、仲間から聞いた「記憶喪失」は本物だと一瞬思っていた。

「・・・ここは、ハザマの西のオアシスだけど・・・」
「・・・ハザマ?」
「そう・・・キミ、ここの人間じゃないの・・・?」

聞いちゃいけないことだと、さっきまで思っていたのに、出てきた言葉はそれしかなくて。
まるで突き放すような言葉だと理解したのは、言ってしまった後だった。

彼女は俺の言葉に、少し黙ってから「わからないんです」と小さく言って、遠くの空を眺めた。

「あたし・・・ あたしが、わからないんです。」

その言葉はとても苦しそうで、俺はあまりに酷なことを聞いてしまったと本気で後悔した。
「ご、ごめん」

だから、思わずそんな風にしか言えなかった。
でも、彼女はそれに軽く笑って、「大丈夫ですよ」と言った。

「わからないけど・・・、だけど不安はなんです。なぜか・・・とても・・・」



その姿に映像がダブる。



だから、突然確かめたくなった・・・


「・・・いきなり変なこと言うけど、受け止めないで聞いてくれる・・・?」

この頭に流れ込んできたものの正体。

「キミ、あかねって言う?」

この夢とも幻想とも言えぬものの中の名前。
あってるはずがない。

あってたら・・・ 俺はどうしたらいいんだろ?


「・・・わからないです」

返答は、わかっていた通りで。
聞いた俺がなんだかバカみたいな気がした。


「――今の、気にしないで。」

今の言葉を蹴散らすために、わざと笑ってみせて、そう言った。
自分で「バカみてぇ」とあざ笑ってた。
なんの確証があって、そういったのかわからない。
ただ、似てるから・・・
それだけ。


彼女は、それからなんとか会話ができるようになった。
といってもこちらから一方的に話すのが主体。

それを知った仲間が火がついたようにくだらないことを話しては、彼女の表情を緩ませていた。
笑わせるようなことを言っては、期待通り笑ってもらって、満足して次にバトンタッチ。
そんな不思議な光景が何時間か続いた。


仲間の1人が、「まるで華が来たいみたいだ」と言っていた。
確かにそう思ったが、女1人でここまで翻弄されるなんて恥かしい奴らだと思っていた。
でも、俺もその1人だということに、この時は気づかなかった・・・
いや、わからなかった。




「明日、隣町に医者があるから、見てもらったらいいんじゃないか?」

至って元気そうになってきた彼女を遠巻きに見ながら仲間の1人が言った。
確かに隣町はなかなか大きい町で色々な物も人もいることだ。
今日、砂漠のど真ん中で行き倒れてた人間で、しかも記憶がないと来てる。

「そうだな・・・」

そんな金あったかなーと思いながらも、その言葉に頷いてから、彼女を見ていた。


白い、透けてしまいそうな服はとても柔らかそうで
この辺では見ないような薄い生地だった。
まるで、空から落ちてきた別の人間な気もしてくる。

それに、仲間には言ってないが、宝石が彼女に吸い込まれたことから見ても、常人とは思えなかった。


『誰か、こいつが誰か知らないかな・・・』


女の扱いにはどうも慣れてないから居心地が悪い。
せめて、名前くらいわかれば・・・なんて思いながら、眠りについた。






翌日。

彼女は昨日ずーっと離れることのなかったハンモックを降り、泉の辺で水を掬って飲んでいた。
その光景がやけに神々しく、俺は思わず目を疑ってしまった。
寝ぼけてるせいだろうと、回らない頭に言い聞かせ、目を反らす。
こんな時に、どう声を掛けたらいいのかなんて知らないから。

結局、俺からは何も言えず、ただ気付くのを待っていた。
はっきりいうと、彼女の後ろまで来てはみたが、突然声を掛ける勇気がなくなったのが正しい。
そしたら途端にやり場のない感情が押し寄せ、引くことも押すことも出来なくなってしまった足をただ地面につけてる状態になってしまったので、彼女に背を向けた形で立ち尽くすことになった。

数秒、そうやっていたら、背を向けていた方から「あのー」と柔らかな声がした。

「ここ、使います?」

わざとらしく振り向いて、目線を下の方に向けると、彼女はさっきまで使っていた場所から少し離れ、譲る仕草をした。
「あ、あ・・・そういう意味じゃ・・・」


≪ そういう意味 ≫

譲って欲しかったとか、そういうことじゃなかったんだけど・・・と思ったけど、笑顔で「どうぞ」と言われては、そうするしかなかった。

軽くドウモと言ったが、不機嫌そうに言ったような気がしたのは言った後だった。

どうも、慣れない。
到底慣れそうにない。

順番待ちをしてるような仕草だったんだろうなーと思いながら、バシャバシャと顔を洗った。

泉の水は朝は目が覚めるほどに冷たくて気持ちよかった。
なんだか、さっきの彼女の光景をいつまでも留めてる自分が恥かしくて、思いっきり顔に水を当てて、衝撃で忘れ去れればいいのにと思ったけど、それくらいじゃ消えないことくらい、やってる本人が一番理解していた。
していたけど、大げさに、いつもより余分に顔洗いに専念してしまった。





「今日は、移動するけど、平気?」

自称・女慣れしてると豪語する、和樹(かずき)といううちの盗賊の参謀役みたいな奴が彼女にそう問い掛けると、彼女は少し驚いた顔をしてから
「あたしも行っていいんですか?」と問い返してた。
「そんな、こんな何もないことに女の子1人置いてけないよ。」
そういって、ニコーっと和樹が笑うと、彼女もつられるようにして、ニッコリと微笑んだ。





――俺は昨日から可笑しい。

彼女の断片的な表情を見てると、突然何かの情景が浮かび上がる。
俺の知らない土地で、俺が見たこともないものや、見たこともない人々。
そして、彼女の声と、彼女の顔。

その全てが、何かのきっかけで俺の脳裏を駆け巡る。


可笑しくなってしまいそうだ、ホントに。

砂漠を歩きながら、蜃気楼を見てるみたいな心境。
俺も、日射病かな・・・

そう思い込むことで紛らわそうとした。


朝、譲ってもらってから俺は彼女と話してはいなかった。
元々女好きではないから、たまーに誰かが連れて来た女がいてもこんな調子だった。
見向きもしない興味も示さない。
そんな風にしていれば、あっちも興味を示さず、気軽に話せる奴の方に行くのが相場だ。

誰かに「損な人生だ」と言われたが、それでまったく構わないと思っていた。
思っていたのに・・・

今は違う。

俺より後方を仲間と馬に乗る彼女が気になって気になってしかたがない。
こんなに意識散漫になったのは初めてで、意識がごっそり後ろに置いてることなんて・・・まるでなかった。
この調子でボーっと歩いてたら、いつか蟻地獄の餌食になりかねない勢いだ。

でも、頭の中は混乱してる。
意識だけが後ろにいるけど、決して口には出さない。態度にも出せない。
今更、女が気になるなんて、言えるはずがない。


そんな渾沌とした気持ちを背負いつつも、やはり考えるのはこの頭の中にいる意識のこと。
まるで、誰かの記憶がごっぞり俺の中にいる感じ。


「なー、お前って変な夢みたりしたらどうする?」

消化不良すぎのこのやり場のない思考に振り回されては埒があかない。
だから、思わず仲間にそんなことを言ってみた。

「はぁ?眠れてねーんじゃねぇの?」
でもまともな答えなんて返ってくる筈なんてなくて・・・・

「俺なら、あまりに変なのだったら占いしてもらうなー、そういやー隣町ちゃー、よく当たる占い師がいるらしいぜ」
とんでもない返答まで返ってきた。


「お前、そんなことしてるのかよ?」
思ってもみなかった答えだったから、思わずそういうと、そいつは心外だなーとか言いながら続けてこう言った。

「俺らなんて先のない生き方だろ? だからたまーにすげぇ不安になるんだよなー。 であつまえそんな夢(悪夢)見たら正夢になりそうな気がするだろ? だからたまーに見てもらおうかなーって思うんだよなー」
女々しいけどな。と付け加えてそいつは軽く笑った。

確かに、先のない仕事で、いつ捕まるかなんてわからない。
この首に賞金がいくつ積まれてるかなんて知りたくもない。
こんな生活が消え失せてしまえばいいなんて考えたことは多々ある。でも、辞めずにいるのは、もはや定めだと思ってるから。

とりあえず、そいつのわりにはまともなことを言ったから、俺は「フーン」と言って一応受け止めることにした。
でも、そんなことで解決したら苦労しないとも同時に思った。


馬を走らせて・・・いや、歩かせてか? とりえあずあのオアシスを出てから半日が経過した。
ようやく街の全貌が明らかになり、でっかい塀が俺らを向い出た。

この街はかなり大きい街で、王じゃないけど王みたいな人の屋敷もある。それなりに潤ってる街で水も地下から湧いてるらしい。
そんな街に入るには手形が必要だったが、その分抜け道だってある。
正規ルートだけが正しいとは限らない。中に入れば、一緒だ。
でも、そんな当たり前の感情も、無関係の彼女がいると少し引けた。
もしかするといいトコの出のお嬢さんかもしれない。そんなことも考えたりもしたけど、とりあえず今は記憶のない子。
俺たちのルートで入ってもらうしかない。

後ろめたい気持ちで中に入る。
その通路は役人に見つからないように陰ってる上に砂漠の地域なのにじっとりとしてる。
今にもナメクジが襲ってきそうなところを徒歩で通り、ギンギンに輝く太陽の下に顔を出した。その時はもう街の中だ。
砂漠特有の黄金色のような日差しが砂をより黄色くさせる。街の中のレンガも日干しレンガだから同系色しか存在しない。
あのアオシスのように多種多様な色はここには存在してなかった。


――ここは、黄金の里・ベチステッタという街。

昨日、火事のあった隣街はハザマ。
貴族とかの別荘みたいなのが点在してる微妙な街。
人気は夜になるとめっきり少ないから、あんな風に不審火を焚かれる事がある。
盗賊には持って来いの場所。しかし治安はいい。
一方、このベチステッタは治安が悪い。
通行手形がないと入れないから安全、なんてお門違いも甚だしい場所。
治外法権なんてなんのその、俺らみたいな不法侵入者はゴミのようにいるだろう。
それに、謳い文句にもあるようにここは黄金の里。
どこから黄金が獲れるのかはいまだにわからない。マハラジャだけの知る、門外不悉の秘密。
その秘密の場所を探そうと有象無象ドモがわらわらと集まってくるわけだ。

治安は最悪だが、設備は最高。
この周辺の街の中では唯一、医療の発達した街。
それと、カジノのある街。

酸いも甘いも兼ね備えた隠れた都市。
それがこのベチステッタ。


そんなわけで、俺らは一目散に医者のある場所に向った。
そのキョトンとしてる行き倒れてた彼女を診てもらう為。それと記憶がないっていうのもよくわかんねーし・・・


実は、この土地出身者の高次(こうじ)という仲間の案内で闇医者みたいなとこに連れて行く。
ドンドン暗くなる廊下に不安を覚えたみたいで、なんとなく足取りの重くなっていく彼女をなんとか言い聞かせて連れて行く。
その先にいたのは、気のよさそうな兄さんが医者を務める所だった。



「東風先生、よろしく頼みます」

高次のその声に反応したのは、俺と俺の中にある“何か”。

一気に胸がドクドク言い出す。



「お、可愛らしいお客さんだね。」

先生の笑顔に過剰に反応する脳裏のもの。


「あ、・・・あのっ」

――息苦しい。

「ん? ・・・どうしたんだい!? 顔色が悪いよ?」

突然の激しい動悸に耐えられなくなって、訴えたら気付いてもらった。
それでも胸の苦しさはなぜか増すばかり。
倒れ込むようになってしまったら、仲間が「どうしたんだよ!!」と叫んだ。

いや、俺が聞きたいくらいだ。


「胸が、く、苦しい・・・・」

そう言ってから、意識がスーっと遠くなっていくのが分った。
そして、また夢のような空間が俺の前に広がる。



     『東風先生っ』


そして、あの声が先生の名前を繰り返していた。
その度に、胸が痛くなる。




「・・・キミ、もしかして・・・」

先生のその声にようやく意識が戻った。


「・・・後でココに行くといい。 キミが苦しんでいる原因がわかるかもしれない。」
ココと言われてもわからなかった。でも、なぜか安心は出来た。

ちょっと休んでいなさい。
そう言われたら、なぜだか急に睡魔が襲って来た。

まだ昼過ぎだというのに・・・・


遠くで色々な声が聞こえる。
それが夢なのか夢じゃないのか、わからない。

ただ、俺の脳みその限界を超えた情報が押し寄せてくる。





彼女の診察されてるだろう時、俺は浅い眠りの中に浮かぶような心地の中にいた。

 

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