それは、今から遠い記憶だった。
緑に覆われた場所。
それが彼女のキヲク・・・
家族がいて、仲間がいて。
苦しいことも、切ないことも全て収まっている。
そんなキヲクが、突然俺に流れてきたと言ったら、キミはなんて思う?
俺は、このキヲクの持ち主を知らない。
知り合う前に、突然、降り注ぐように入って来た。
そう、それはとても突然だった。
俺に幼い頃の記憶はなに1つない。きっと孤児だったと思う。
物心ついたときには、すでに1人だった。
そんな俺は盗賊として生きて行くしかなくて。
競争するように育ち、人を憎むこと、人を信じないことだけを覚えてきた。
そんな風に育った俺に、こんなキヲクが存在するはずがない。
――人を信じ、頼ること。
このキヲクのほとんどがそれだ。
それと、俺の知らないことはもう1つあった。
俺は、恋をしたことがなかった。
ひょんなことで、俺の身にこんな誰のかも知らない変なキヲクが入って来たのは、いつものように仕事をして、その後
であの子を見つけたからだった。
いつもの仕事、それは。
この国一の名家が突然出火し、それを聞きつけて火事場に紛れ、金品を奪った。
卑怯かもしれない。
出火してる家から金品を奪うなんて愚かだと分ってる。
でも、これでもしないと生きていけないほど、この国は病んでる。
轟々と燃え盛る火の海の中、俺は開きかけた引出しが気になってしまい、火の海も恐れずそこに近付いた。
その場所は出火元に近いようで、火の手の勢いも1番良かった。
そんな危険な場所だったのに、俺は吸い寄せられるようにその引出しに向った。
引き出しには、見たこともない、真っ青な宝石のネックレスが光り輝いていた。
『これが呼んでたんだ』と瞬時に思った。盗賊の勘。
だから、なんの迷いもなく手にした。
それが、まさか悲劇の呪いを背負った宝石だとも知らず・・・・
その後、どうやってあそこから逃げ押せたのかわからない。
ただ、何もない砂漠に、1人立ちすくんでいた。
手には、あの光り輝くブルーの宝石を抱いて・・・
仲間達には翌日、日が昇ってから再会して、昨日の儲けを出そうと隣町へと馬を走らせていた。
砂漠の昼間は恐ろしく日差しが強く、数キロしか離れてない隣町に行くのも至難だった。
ターバンで顔を隠し、服を着込む。
そんなことこの地域では当たり前のこと。
「・・・乱馬。あれ・・・人間じゃねぇか?」
なのに、
明らかに息の根が止まるのを待っている死屍食動物が、狙いを付けてたその人間らしい動物は、考えられないくらい
薄着だった。
「・・・まさか」
「てか、もうハゲワシが狙ってるぞ。」
死んだ肉を喰らうハゲワシ。
息の根が切れる、その時を狙って喰らいつく。
太刀が悪い、死人に冒涜だと思える。
でも似てる。
こんな腐った世界に生きてる俺らに。
腐った中で、腐った生き方しかできないこんな俺らと似てるんだ。
俺らは、遠巻きにただ、通りすがりの1つの映像という解釈でそれを見ていた。
こんな光景、別に珍しくもない。
砂漠で行き倒れた者の最後の瞬間ってだけだ。
砂漠の掟なんだ。
その体裁を受けたものは、死屍食動物から逃げることなんてできない。
死屍食が主食だといっても、猛禽類だ。
鋭いひしゃげた嘴は最大の武器。空の王者だ。
そんなことを思いながら、食われる瞬間だけは見ないように皆、顔を背けた時、不意に俺の視界にその倒れたやつの
腕が写り、そしてかすかにだけど動いた。
まだ、意識は失ってない。
まだ、体裁は下ってない。
今なら、助かる・・・
「待てっ」
俺はたった一言そういうと、馬の手綱を浅く引き、倒れてるその人間の下に走り出した。
「ら、乱馬っ!?」
後ろで仲間が呼ぶ声が聞こえる。
でも、そんなのわからない。
耳に聞こえるのは、風を切った音と、倒れたそいつを狙うハゲワシの厭な泣き声。
蹄が砂を蹴る、そんな音しか聞こえない。
弾丸を一発だけ入ってた銃を取り出し、群がり襲おうとしてるハゲワシを弾で威嚇する。
空高く突き上げた銃口から火花が散る。
キーンと澄んだ砂の世界に、銃弾の火薬音が何処までも響いた。
爆音に驚いたハゲワシは、その大きな翼を広げてそそくさと大空に逃げていく。
4・5羽いたハゲワシに隠れてて、よく見えなかった人間の像が近付くに連れ明確にわかってきた。
白い、見たこともない美しい服を纏っていた。
女だった。
仰向けになって倒れていた。可憐な体だった。
まるで見たことのないものを感じた。
この世界にはない、もっともっと美しい何か・・・
俺は、とりあえず瀕死になっている彼女に馬の腰につけていた水筒から水を飲ませた。
開かない瞳と口。
でも、なんとか強引に口を開けて、水を飲ませた。
入りきらなかった水が、彼女の頬を通って、透き通るような喉を通り、首元で淡く弾けるように広がり消えた。
その光景に見惚れてしまった。
――今まではなかった。
「乱馬っ」
後ろから、仲間がやってきて、俺の周りに集まった。
「うわ、女だったのか。」
「うわ、しかも上玉じゃねぇか」
そんな言葉ばかり飛んで来たが、一向に意識を戻さないのが心配で耳に入らなくなった。
どんどん意識が薄らいでいくようで、思わず抱き上げた躯に力は一切かかってない。
「おぃ!誰か布湿らせろ!! 水持って来い!!」
俺の一言で、事の深刻さが時間が経つにつれ感じ始めた仲間達。
彼女の意識快復するのをテンヤワンヤで手伝い始めた。
「しっかし、女嫌いの乱馬が、自ら女を助けるとは、な?」
火事のあった街とその隣町の間に2つ、秘密のオアシスがあって、俺らはそこをよく使っていた。
小さな小さなオアシスだが、その中心で渾々と湧き出す泉の水は最高だった。
泉から通り抜けてきた風は、ホントに涼しくて、脱水症状の起きた奴はいつもそこで手当てをしてやっていた。
だから、明らかに脱水状態で瀕死だった彼女を揺らさないようにここまで運んで、その風通しのいい場所で寝かせた
後だった。
「女だとは気付かなかったんだ」
もう何度目かの質問だった。
別に女だったから助けたわけじゃなかった。
ただ、ただ・・・
「一瞬、動いたんだよ」
生きてるなら助けてやりたい。
そうすることで過去の汚点が消えるわけじゃないけど・・・
「乱馬、お前これで何度目だよー、ハゲワシに食われそうな奴助けたの」
「ほーんと、乱馬はそういうの弱いのな?」
「今までは女じゃなかったがな」
そう、別にこれが初めてじゃなかった。
至って普通の光景・・・と言ったけど、耐えられなかった。
同じ人間として。
動ける限るは、助かる。
「で、その中の何人が助かったかな? 乱馬くん」
そう、その先も分ってるんだ。
助けたって耐えてしまう命があることも。
「もー、乱馬のお人よしのせいで隣町に荷を下ろせねぇぞ。」
大抵、そう文句を言われてしまう。
「あ゛ーっ 悪かったな!」
しょうがねえだろ、と言う感じで応戦する他なかった。
そこまで口達者に生まれてきた覚えはない。
「ま、でも今回は助かってくれたら儲けもんな美人を助けたから許そう。」
「だな、このあたりじゃ見かけない顔だぜ。」
でも、相手によって許される場合もあるらしい。
「・・・あのなぁ? そういう下心を全面に出すなよ。お前らは!」
「お前は出さなすぎ」
浮ついたやつばかりで、瀕死の人間に何するかわからねぇ。
だから、とりあえず彼女のいるあたりは規制を敷くことにした。
これでもリーダーをやってるんだ。
命令は絶対。
これは鉄則。
俺以外、立ち入り禁止。
――清らかな風を全身に浴びて、早く元気になれ。
仲間が作った木陰のハンモックで寝てる彼女。
それを少し離れたところから見ていた。
緑と調和するような白い肌は木陰にいても光ってるようで。
白い服は少し砂で汚れていても、美しさだけは消えずにある。
こんな奴を見たのは・・・初めてだ。
盗賊をやってるから、いろんな場所でいろんな人間を見て来てた。
絶世の美女と世間で騒がれるほどの女とも会ったことがある。
待遇のいい、マハラジャの娘とも、会ったことがある。
でも、その誰とも違う美しさがある。
心奪われるなんて・・・不覚と言えるほど。
なんであそこで倒れていたんだろう?
そんなことを考えていた。
あんな薄着で・・・自殺行為だ。
まさか、本気で自殺だったとか・・・?
「ま、まさかな・・・・」
苦笑しつつ、泉まで近寄って水を顔に浴びせた。
暑い日差しの中で、この水だけは温度を変えずにこのまま。
不思議な自然の恵みを久々に感じながら午後の一時を過ごすことにした。
「ん・・・」
あれから何時間たっただろうか?
俺は、彼女の額に載せていた布に水で濡らす為に近寄っていた。
乾いてしまった布を取り、水を浸して彼女の額に再び乗せた時、まるでその感覚に驚いたようなタイミングで、彼女か
ら声が聞こえた。
「お、おい!!平気か? 大丈夫か?」
俺は慌ててハンモックに近寄る。
張り付くようにして、ハンモックに触れたから、すごい揺れてしまったハンモック。
その衝撃に彼女は眉間に皺を寄せて反応した。
その時、丁度懐に入れていた、火事場から盗ったあの宝石の部分がジンワリと熱くなってる気がした。
不思議に思い、懐からそれを取り出すと・・・青白い光を放っていた。
「え?」
思わず、不信な声をあげると、それは更に光った。