昔むかし、その昔。
とある小さな王国に、一人の可愛らしい姫君が生まれた。
その国には他にも二人、姫君がいたのだが、
その中でも三番目に生まれた姫君は、特に群を抜いてその容姿麗しかった。
幼少の頃は、「可愛らしい」と隣国でも噂であった。
そして年頃に成長した頃には、「絶世の美女」。
魔物ですら、その美しさに心を奪われてしまう・・・そう囁かれるほどに成長した。
その姫君の名は、あかね。
まるで、まっさらの雪のように白い肌をしている事から、たまに「Snow white」白雪姫と呼ばれることもあった。
美しい、あかね姫。
その名を知らぬものは、この近辺の国々にはめったにいない。
そういっても過言ではなかった。 このあかね姫、容姿麗しいだけではなく気立ても良かったのだ。
ただ一つ、心は優しくとも人一倍不器用な事がウィークポイントではあるのだが、
それはそう、外見とそして内面の美しさで充分すぎるほどカバーできる事があった。
しかしそれ以外にもう一つ、このあかね姫には「問題」があった。
それは、姫の「気性」のこと。
なんと、国の兵士達よりも腕が立ち、挙げ句の果てに男勝り。
美しい容姿には考えられないような身のこなし、そして剣の腕を持っていることが大きな問題であった。
「はい次っ」
「ひ、姫さま!もうご勘弁をっ」
「何を言っているの!?兵士が身体を鍛えないでどうするの!あたしが鍛えなおしてあげるわっ」
・・・と。
今日も今日とて、このあかね姫、
城の中庭で、兵士たちに稽古をつけては片っ端から倒しにかかっている。
兵士たちも、それなりに本気であかねを倒しにかかろうとはするのだが、
「やあ!」
「たあ!」
細身の剣をふりかざし、
ヒラリヒラリと蝶のように美しく、舞うあかね。
少し茶色がかった色素の薄い髪が太陽の光を浴びてきらりと輝けば、
それが本当は太陽のせいで輝いているのか、
それとも彼女自身の輝きなのか。
一瞬、判断に迷うほど目を奪われる事があるほどだ。
「ふう・・・今日もいい汗かいたわ」
・・・剣を腰にしまい、汗をぬぐってそんなことを呟くあかね。
少し荒い息、
そして真っ白の美しい肌が、さあっと紅潮しているのその様子を間近で眺める兵士の多くは、
もちろん、そんな彼女を自分のものにしてしまいたいという邪な衝動に駆られることもしばしばだ。
だが、若い兵士たちも、そんなおのれの欲望に対してそこはぐっと耐えねばならない事情があった。
・・・それは、なぜか。
それは。
このあかね姫には、親である国王が決めた「許婚」がいたからであった。
しかもその「許婚」は、自分達の仲間。
ただの仲間ではない。
塀の中でも一番実力があるものが集まる、「第一騎士団」の団長を、若くして勤める青年だった。
その青年、名は乱馬という。
乱馬は、力が強く格闘術の使いて、更に剣の達人というだけでなく、
「俺も手伝ってやるよ」
「大変だな、がんばれよ」
「元気出せよ、な?失敗なんて誰にでもあることだよ」
などなど。
下の者や周りを気遣う優しさも併せ持っていた。
力もあり、人徳もある。
人望も厚い上に・・・それなりに容姿も整っている。
男勝りなあかねであっても、
「あんたなんか大ッ嫌い!」
「こっちだって願い下げだっ」
「あんたになんかに守られなくたって平気だわっ」
「誰がおめーなんて守ってやるかっ」
・・・なんて。
しょっちゅうこの乱馬に突っかかってはいるが、
何だかんだいっても、その言葉を本心で言っているかいないかぐらいかは、周りのもの達とて理解している事。
この二人がお互いの事を大切に思いあって、そして特別な感情を抱いていることぐらい、分かりきっている事だった。
ゆえに城の兵士たちは、姫と、この乱馬のことを考え、
あかねへの恋心はそっと、胸に秘めておく事・・・それが、城の兵士達の間では暗黙の了解になっていたのだった。
ところが。
城の中ではそれが暗黙の了解であっても、一歩城から出ればその道理がまからないことだってある。
隣国の王子達は、あかねに許婚がいるのが分かっていながらも求愛にやってくることもしばしば。
そして乱馬のほうも。
城下の町娘の中や、公爵の娘の中では、
忠実な兵士であり尚且つ、国の第一騎士団の若き団長である彼に、密かに片思いしているものも少なくはなかった。
そう言った娘たちにとっては、あかねなどただの「邪魔者」以外何ものでもない。
乱馬の許婚ということだけでなく、恵まれた容姿。明るい性格、優れた器量。
そんなあかねに対して逆恨みよろしく、城下では「敵視」している娘も少なくはなかった。
中でも、
「鏡よかがみ、世界で一番美しいのは誰です?」
「それは、あかね姫様でございます」
「んまあ!何て憎々しい!」
・・・郊外にある、とある大きな公爵屋敷。
その公爵の館に住む主の娘。
その娘のあかねに対しての「逆恨み」は群を抜いて強かった。
この娘、若い娘には珍しく、黒魔術の使い手でもあった。
お得意の黒魔術を施し、「鏡」を使った占いをしているのであるが、
何度占いをしても、その結果は同じ。
ということは、魔術の腕も確かであってその結果もあたっているという事でもあるはずなのだが、
「あの女が、私より美しいはずありませんわ!」
・・・負けず嫌いの上に、プライドが高いその娘、
一向に自分がひねり出す占いの結果を信じようとはしなかった。
それどころか、
「私がこんな気分を害すのも、みんなあの女のせいですわっ」
と、更にあかねに対しての逆恨みを増幅させる始末だ。
・・・この娘の名は、小太刀。
公爵の娘で、それなりに裕福な家庭に育った。
わがまま一杯に育った彼女は、「欲しい」と思ったものは何でも手に入れて育ってきた。
更に、自分より秀でたものは周りにはおかず、「常に自分が一番」・・・そういう状況を作り出して自分の身辺を固めて
いたのだ。
大分前だが、小太刀は偶然参加した城のパーティーで見かけた乱馬に一目ぼれをして以来、ずっと恋焦がれている
小太刀であったが、
どんなに乱馬に誘いをかけてもいつも彼には逃げられてしまい、
そしてそんな彼の隣には常に、あかねの姿。
彼の微笑をたった一人、独占しているあかね。
そして、自分よりも本当は遥かに美しいと分かっている・・・あかね。
「・・・」
・・・小太刀が、そんなあかねを疎ましく思うようになるまでに、そう長い時間はかからなかった。
「きいっ・・・何とかしてあの女を消してやりたいですわっ」
そして、乱馬様は私のもの。
小太刀は、何とかして邪魔者のあかねを消し去りたいと、その方法に頭を悩ませていた。
ありとあらゆる黒魔術の本を読み漁り、
部屋中の魔法アイテムを漁り・・・そして、小太刀が編み出した一つの策。
「そうですわっ・・・この薬を使えば・・・」
・・・強力な黒魔術を用いて作り出した、「毒薬」。
その毒薬を、あかね姫が大好物だという食べ物に塗りつけて、食べさせてしまおうというものであった。
「たしか、あの女は・・・」
小太刀は自分の記憶をたどり、あかねが好きだと言っていた食べ物を頭に思い浮かべた。
「・・・」
そんな小太刀の頭に浮かんだものは、「リンゴ」。
確か何かのパーティーで、あかねがそんな事を話していたのを盗み聞きし、
その発言が更に小太刀の癪に障り、あかねへの敵対心が増幅したのを、小太刀は良く覚えていた。
「覚悟するがいいですわ、これで明日から乱馬様は私のもの・・・」
小太刀は、厨房にあったリンゴを一つ、毒薬の満たされた鍋へとほおり込むと、
あかねへの恨みを込めて、奇妙な呪文を唱え始めたのであった。
・・・その日の、午後。
「ちょっと散歩に行ってきます」
「おい!姫君が一人で城の外にでてくんじゃねえよ!もうちょっとで俺も仕事が終わるから、それまで待てって言ってんだろ!」
「別に乱馬に付いてきてもらわなくたって平気よっ」
城の入り口で、乱馬とそんなやり取りをした後、
あかねはひとり、城から外へと出て行った。
一国の姫君ともなると、たった一人で城から出る事など本来ならば考えられない事ではあるのだが、
「ドレスを着ていかなければ平気よ」
「そういう問題じゃねえんだよっ。それでなくてもおめーはっ・・・」
「あたしが何よ?」
「え、いやその・・・ま、間抜けだし、直ぐに問題を起こすんだから一人で出歩くんじゃねえよ!」
まさか、「その美しさだけでも目立つから」などとは素直にいえない乱馬であるがゆえ、
結局はあかねと喧嘩をするような形で、一人城から送り出す羽目になったのである。
「乱馬、あかねさんは大丈夫なのか?」
一緒に城内の警邏を担当する兵士が乱馬にそう話し掛けるも、
「・・・仕事がある以上、それを終わらせないと追っていけねえし」
「そりゃそうだけど」
「あいつも一応大人だし、大丈夫だろ」
・・・本当は心から心配はしているが、
勿論それも素直に口には出せないし、
責任のある立場にある以上、仕事を途中放棄してあかねについていくわけにも行かない。
「どうせ直ぐに帰ってくるだろ」
乱馬は、とりあえずあかねの姿が城の入り口から見えなくなるまで見送ると、
「・・・それより、気を引き締めて警邏をするように。不審なものは容赦なく捕まえろ。いいな?」
「了解」
さっと表情を引き締めて、再び自らの持ち場へともどっていった。
その一方では、
「もー、何よ、乱馬の奴。いつまでたっても人を子ども扱いしてさっ。散歩ぐらいあたし一人でだって・・・」
城から城下町へと続く道を歩きながら、あかねはそんな事をしきりにぼやいていた。
乱馬があかねを思うその本心、まだまだあかねには伝わってはいない。
あかねとて乱馬のことを「特別」な目で見てはいるけれど、
それを上手く表現する事が出来ない事、そして、相手も自分をそういう目で見ているというその事実を上手く受け入れ
ることが出来ない事。
いまいち「恋」とか「愛」とか・・・人の気持ちを突き動かすそれらが良くわかりきっていないあかねにとっては、
乱馬の優しさも心配も、ただの「おせっかい」と受け取ってしまう事少なくはない。
かといって、それで乱馬を嫌いになるわけではなく、
声をかけてこなければ、それはそれで寂しくて、
それはそれで「何で声をかけてこないのよっ」と、勝手に腹を立てる。
声をかけてきても腹を立て、声をかけてこなくても腹を立てる。
そんな自分の気持ちが、何が何だかよく分からない。
今のあかねは、そう言ったところだろうか。
実のところ、今日のあかねのこの散歩も、
自分のそういった複雑且つ混乱している気持ちを少し整理しようと、外へと出ようとしていたことであり、
乱馬が仕事中だというのを理解した上で、わざと一人で行動できるようにと思い立ったのだ。
「・・・」
・・・いったい、この複雑な気持ちはなんなのだろう。
あかねは、自分が乱馬に対して抱いている「特別な思い」の正体をいろいろと考えてみた。
そう、それが「恋」だと気が付くまでには、まだまだあかねには、時間が必要なのかもしれない。
あかねは、城下町をふらふらと散歩しつづけた。
活気のある商店が並ぶ大通りを通り抜け、民家が並ぶ一角へと差し掛かった。
そこを更に通り抜けると、国の外へ抜ける道と郊外にある大きな湖へと抜ける分岐点へと差し掛かる。
あかねは湖への道を選び、進んだ。
湖は大きな森の最奥部に位置しているので、あかねはその内、森の小道を進んでいくようになった。
昼間なので日の光も差込み、辺りからは小鳥のさえずりも聞こえる。
時折道に飛び出してくる小動物に、
「はい、これ食べて」
・・・先ほど通り抜けてきた商店街で買ったお菓子を分け与えたりしながら、
あかねは一路湖を目指し、ゆっくりとした足取りで森の小道を進んでいた。
と、その時だった。
「そこへ行く、お嬢さん」
不意に、あかねに声をかけるものがあった。
声は、道の両脇にある森の茂みの中から聞こえた。
「だ、だあれ?」
姿の見えぬ声の主に、あかねが少し脅えていると、
「ここですよ、お嬢さん」
再びそんな声がして、何ものかがあかねの目の前に姿を表した。
「あなたは・・・?」
「通りすがりの行商人のババアでございますよ」
・・・それは、真っ黒な布に身を纏った老婆で、頭きんのような部分からは真っ白な髪が見え隠れしていた。
顔にも皺が多く、腰もぱっきりと折れ曲がっている。
しわくちゃな笑顔が印象的の老婆で、手には大きなカゴをもっていた。
大きな籠の中には、たくさんの「リンゴ」が入っていた。
「行商人・・・おばあさんはリンゴを売っているの?」
あかねがその老婆に尋ねると、
「はい、そうですよ。お一つどうですか、お嬢さん。このリンゴは、とっても甘くて美味しいですよ」
老婆はにっこりと微笑みながら、あかねにリンゴを差し出した。
「おいくらですか?」
あかねが財布を取り出そうとすると、
「可愛らしいお嬢さんにはタダで差し上げますよ」
老婆は、あかねにリンゴを手渡して、笑顔を見せた。
・・・もしこの場に乱馬がいたのなら、
「おい、むやみに人から物を貰うな」
そういって、この老婆のリンゴをあかねではなく自分が受け取り、そして城にもって帰って検疫をしてからあかねに食
べさせただろう。
しかし、
「ありがとう、親切なおばあさん!」
育ちの問題のせいか、人を疑うという事を知らないあかねは、
そう礼を述べると、すんなりとそのリンゴを受け取ってしまった。
「甘くて美味しいですよ。さあ、食べてみて御覧なさい」
「はあい」
更に、老婆に進められるがままにそのリンゴをがぶっ・・・と口に含んでしまった。
そのとたん、
「うっ・・・」
あかねはカっと大きく目を見開くと、
「うう・・・くっ・・・」
手にしていたリンゴを、ボトン、と地面に落としてしまった。
「く、苦しい・・・」
そして、喉をかきむしるように手を動かし、何度かゲホゲホと咳き込んだかと思うと、急にぐったりとした表情で、地面の上に崩れ落ちてしまった。
崩れ落ち、地面に倒れたまま、あかねはピクリとも動かない。
動くどころか、あかねが呼吸をしている様子も、ない。
・・・そう、老婆があかねに渡したリンゴには、「毒」が仕込まれていたのだ。
「・・・ふっ。愚かな女」
あかねが地面に倒れ動かなくなったのを確認したその老婆は、近くに落ちていた木の棒で二三回、あかねの身体を
つついた。
そして、
「・・・さ、これで邪魔者は消えましたわ。これで乱馬様にまとわりつくお邪魔虫は・・・減ったと」
先ほどまでとは違う、急に若い女性の声でそう呟くと、バサっ・・・と、身に纏っていた黒い布を翻した。
その瞬間、皺の多かった肌は瞬時にピンと張り、曲がっていた腰もしゃっきりと伸びた。
そして、黒い布から見えていた白い髪は真っ黒に変わり、ふわっと背中へと降りた。
しわくちゃな笑顔は、きりっとした表情の若い女性の顔へと変化し・・・
「・・・ふふ、このことが公に広まる明日の朝が楽しみですわ」
・・・すっかりもとの姿に戻った小太刀が、そういって高笑いをしていた。
その瞬間、今までのどかだった森の光景は、差し込んでいた日も陰り道に姿をあらわしていた小動物たちは、悲鳴をあげながら逃げ出した。
ちゅんちゅん、とさえずっていた小鳥はいつの間にか姿を消し、ギャーっ、ぎゃーっと、不気味な鳥の鳴き声が森中に響き渡るようになった。
「・・・」
小太刀は、あかねをそのまま森に置き去りにし、高笑いをしながら森から出て行った。
あかねは、やはり先ほどと同じ、ピクリとも動かないままその場へと倒れこんでいた。
ここは郊外、しかも、滅多の事がなければ人が通る事の無い森の中。
しかもこのまま日が暮れると、魔物や野犬なんかも現れることとてある。
「きゅーっ・・・きゅーっ・・・」
・・・先ほどあかねから菓子を貰った小動物が、倒れこんだあかねの傍に駆け寄ってきて着ている服を引っ張りながら
起こそうとするが、あかねが、それで目を覚ます事はなく、
「きゅーっ・・・」
小動物の悲しそうな鳴き声が、日の翳ってしまった森の中に木霊するだけであった。
・・・と、その時。
「あれ?あそこに誰か倒れているよ」
「あれ?本当だ」
「あれ?すごく綺麗な子だね」
「あれ?あの子は、お城に住むあかね姫じゃないか?」
「あれ?何で倒れているのかな?」
「あれ?とにかく家に運んでみよう」
悲しそうに鳴いている小動物の声にひかれ、倒れているあかねの姿を発見したもの達がいた。
それはどうやら、この森のどこかに住んでいる小人達。
六人いるのだが、六人とも同じ顔をしている。そんな彼らを一人一人見分けるには、どうやらきている服の色で見分け
る事以外にはなさそうだ。
しかも、六人が六人とも、全く同じような口調で喋る為、ややこしい事他ならない。
・・・
小人達は倒れてピクリとも動かないあかねの身体を持ち上げると、ひとまず自分達の住む家へと運んだ。
「どうしたのかな?死んでしまったのかな」
「どうしたのかな?なんであそこに倒れていたのかな?」
「どうしたのかな?とりあえず寝かせてあげないとね」
「どうしたのかな?僕達のベットじゃ小さすぎるよね」
「どうしたのかな?床にお花のベットを敷いて上げよう」
「どうしたのかな?可愛そうに、こんなに若いのに」
そして、森の中に咲いている花をたくさん摘んでくると、床にばら撒いて「花のベット」を作り上げた。
「せーのっ」
小人達は協力してあかねの身体をそこへ寝かせると、
「とりあえず、水をくんできてあげよう」
「とりあえず、ご飯を作ってあげよう」
「とりあえず、もう少しお花を集めてきてあげよう」
「とりあえず、寒くないようにしてあげよう」
「とりあえず、姫様が倒れていた所へ戻ってみよう」
「とりあえず、傍にいてあげよう」
と、六人がそれぞれ動かなくなったあかねの為に動き始めたのだった。
が。
・・・小人の中の一人が、あかねの倒れていた所までひょこひょこと歩いていくと、
「・・・」
あかねが倒れていた所に、やけに小難しい顔をした青年がいるのを発見した。
青年は、表情を強張らせてただただ、道に落ちている「食べかけのリンゴ」を睨んでいる。
その青年の傍では、小動物がきゅーきゅーと鳴き声をあげて青年に何かを訴えようとしていた。
もちろん、そんな動物の声が青年には分からない。
しかし、なにやらよからぬことが起きている事だけは想像がつき、一人不安に苛まれている最中であった。
「・・・」
小人は、その青年の元へと歩み寄った。
そして、
「どうしました?」
親切にその青年に声をかけると、
「いや、人探しをしてる時に、毒の香りのする食べかけのリンゴを見つけちまって・・・」
青年は、少し青い顔をしながらそう呟いた。
「人探し?」
小人が首をかしげると、
「町娘のような格好をした、顔立ちの整った女で・・・性格は頑固で素直じゃねえんだけど、でもホントはすげえ
可愛くて・・・」
青年はそこまで言って、なぜか一人顔を赤らめる。
「ふーん。じゃあその人は貴方の恋人なんだね」
小人がニヤッと笑いながらそう尋ねると、
「こっ恋人って言うかっ・・・そ、その、い、い、許婚だっ」
青年は更に耳まで真っ赤にしながらぼそぼそとそう呟いた。
そして、
「お、俺の事はともかく、そ、そんな女を見なかったか?探しているんだ」
「その子の事はよく分からないけど、ここに倒れていたあかね姫様なら、僕達の家に運んだよ」
「本当か!?案内してくれないか!?」
「喜んで」
親切な小人に連れられて、一緒に小人の家まで向う事になった。
もちろんこの青年は乱馬であり、
ようやく仕事が終わって、あわててあかねを探しに町へと飛び出したのだが、
街中で見当たらない事に不安を感じ、「もしや」とこの郊外の森の中までやって来たのだ。
「なあ、あかねはどんな様子だった?近くに毒入りのリンゴが落ちてたんだけど・・・」
小人の家に向う道中、乱馬はしきりに小人にそう尋ねる。
「ぐったりしていたよ。息もしていなかったし」
「えっ・・・」
が、小人の不穏な発言に、その表情はどんどんと暗くなるばかりだ。
「とにかく、見てみなよ」
「あ、ああ・・・」
・・・願わくば、そこで倒れているのがあかねでありませんように。
乱馬は強く心の中でそう願いながらも、その表情は不安で強張らせたまま小人の後を歩いていった。
「おや?お客さんかな?」
「おや?今度は男の子だ」
「おや?何だか暗い顔をしているよ?」
「おや?どうしたのかな?」
「おや?何かあったのかな?」
・・・乱馬が小人の家につくと、
「わっ・・・な、何だ?」
自分を先導してきた小人と全く同じ顔をした小人達があと5人、家の中でわらわらと過ごしていた。
「む、六ツ子?」
乱馬が部屋の中にうようよといる同じ顔を下小人達を指差しながらそう呟くと、
「そうだよ」
六人は、全く同じ高さの声でそろってそう答えた。
「・・・」
世の中には不思議な生物もいるもんだ。
乱馬が妙な感心をしつつ、部屋の奥のほうを良く見ると、
「あっ・・・あかね!」
・・・その家の奥の方に作られた、「花のベット」。
その花のベットに、見慣れた姿が横たわっているのを見つけた。
「あかねっ」
乱馬は、わらわらとしている小人達を押しのけて家に上がりこむと、
「おいっ、あかねっ・・・しっかりしろよ!」
花のベットの上に横たわっているあかねに必死で声をかけるが、
「・・・」
依然としてぐったりしたままのあかねは、ピクリとも動かない。
「・・・」
乱馬は、慌ててあかねの口元に手を翳した。
「・・・っ」
が、呼吸が微塵も感じられない。
「あかねっ。しっかりしろっ」
乱馬は、慌ててあかねの身体を抱き起こして激しく揺さぶるも、
「・・・」
その揺さぶりにも問いかけにも、あかねが答える事はない。
あかねは、乱馬の腕の中でだらん、と脱力したままであった。
「あかね・・・」
乱馬が、少し冷たくなったあかねの顔を両手で触れながら震える声を出すと、
「お姫様は、毒リンゴをたべちゃったの?」
・・・その様子を見ていた小人達が、一斉にそう乱馬に話かけた。
「・・・だったら何だよ」
あかねが動かない事に動揺し、乱馬が小人達のほうを振り返りもせずそう答えると、
「いい解毒剤があるよ」
小人達はそういって、乱馬に向って「一輪の花」を差し出した。
「解毒剤?」
乱馬が小人達のほうを振り返ってその花を受け取ると、
「そのお花の種を、姫に飲ませてあげるといいよ。そのお花は、あらゆる毒に対する解毒剤なんだよ。まだ毒リンゴを食べてからそんなに時間が立っていないのなら、身体中に毒が回りきっていないはずだし、助かるかもしれない
よ?」
「ほ、本当か!?」
「本当だよ。だから、身体中に毒が回ってしまう前に、早くその種を飲ませてあげた方がいいよ?」
小人はそういって、コップに水を汲んできて乱馬に手渡した。
「す、すまねえなっ」
乱馬は言われた通りにあかねの口元にその種を運び、水を口の中にすすぎ込もうとするも、
「だ、ダメだ・・・」
・・・息をする力もないあかねが、口元に運ばれた種を飲み込めるわけがないのだ。
水を注ぎ込んでも、だらだらと横から溢れ出してしまう。
「おいっ・・・何とかできねえのかっ」
乱馬がイライラとしながら小人達に叫ぶと、
「そうだなあ。身体中に毒が回りきってしまう前に何とかしないと」
「そうだなあ。一口でも種が体に入れば一瞬で解毒されるのに」
「そうだなあ。とにかく体内にいれてあげないと」
「そうだなあ。だったら強引に流し込んであげれば良いのかな」
「そうだなあ。君が飲ませてあげれば良いんだよ」
「そうだなあ。となると方法は一つしかないよね」
・・・小人達はそんな事をぼやいた挙げ句、
「口移しでのませてあげればいいじゃないか」
と、一斉に声を揃えて乱馬に提案した。
「くっくっ・・・」
乱馬が意外な言葉に戸惑いを隠せないでいると、
「口移しだよ、知らないのかい?」
小人が、乱馬を小ばかにしたようにそんな事をぼやく。
「し、知ってるに決まってんだろ!」
乱馬は小人に一喝すると、
「く、く、口移しだなんてそんなっ」
動かないあかねと、手にもったコップを交互に見比べながら顔を紅潮させていく。
それもそのはず、
たとえ許婚で心が通い合ってはいるといっても、それを具体的にお互いが行動に出しているわけではなく、
そんな状態ではキスどころか、手だって満足に繋いでいない状況なのだ。
それが、いきなり「口移し」だなんて・・・と、乱馬が一人でドキドキとしていると、
「・・・あんまりゆっくりしている時間はないよ。だったら僕たちが代わりに姫に口移しをして・・・」
小人達はそんな事を言いながら、あかねの身体にわらわらと群がり始めたので、
「俺がやる!」
乱馬は慌てて小人達をあかねから振り払うと、
「お、おめーらは後ろ向いてろっ」
と、小人達を強引に自分達から目を逸らさせて、あかねの身体をぎゅっと一度抱きしめる。
そして、
「い、いいか?あかね。これはあくまで人助け。オメーが死んじまうと悲しむ人たちがいっぱいいるから仕方なく・・・」
延々と講釈を述べるも、
「ねー、早くしないと手遅れになっちゃうよ?」
「わ、分かってる!」
・・・結局は小人に急かされるようにし、まずはコップの中の水を口に含んで種を自分の口に入れた。
そして、耳まで真っ赤にしながらも、そろり、そろりとあかねの顔へと自分の顔を近づける。
ふと、妙な視線を感じて顔を上げると、そんな乱馬の様子を、背中を向けているはずの小人達が食い入るように見つめている。
「っ・・・」
乱馬がくわっと小人たちに威嚇をし、「向こうを向けっ」と無言で合図をすると、小人達はしぶしぶと再び背を向けた。
・・・気を取り直して、乱馬は再びあかねの顔へと自分の顔を近づけた。
「・・・」
近くで見れば見るほど、整った美しい顔。
長い睫毛がくるん、としているのが愛らしい。
毒のせいで色は真っ青だが、小さくてふっくらとした唇は、とても魅力的だ。
「・・・」
乱馬は思わず息を飲み込みたいような衝動に駆られるが、
今ここで息を飲み込むと、口に含んだ水と種を一緒に飲み込んでしまう。
とりあえずそこはぐっと堪えて、乱馬はあかねの頬に手を添えた。
・・・キスも満足にした事がないのに、「口移し」と言う形でお互いの唇を重ねる日が先にこようとは。
そう考えると乱馬は少し躊躇してしまうが、
でもここで自分が口移しをして薬を飲ませなければ、あかねは命を落としてしまう。
「・・・」
乱馬は、自分に気合を入れるとそっと、目を閉じた。
そして、
「・・・」
微かに開いているあかねの唇に、自分の唇をゆっくりと重ねた・・・その瞬間だった。
「・・・」
・・・まだ、乱馬は自分の口に含んでいる水と種を、あかねの口の中へと押し込んではいなかった。
押し込んではいないのにも関わらず、
「!?」
・・・なぜか、あかねがゆっくりと目を開いたのだ。
「えっ・・・あ、あれ!?」
乱馬がそれに驚いて慌ててあかねから離れると、
「きゃー!」
バチーン!
そんな乱馬の頬に、あかねは思いっきり平手打ちを喰らわせた。
そして、
「げほっ・・・げほっ」
何度か咳き込んでから、
「げほっ・・・」
自分の手に、何か小さな「カケラ」を吐き出した。
それは、黄色い小さな果肉。
そう、あかねが食べたはずの、「毒リンゴ」のカケラだった。
・・・あかねは、「毒リンゴ」を食べ毒のせいで道に倒れたのではなく、
「毒リンゴ」を飲み込もうとして喉にそれが突っかかり、息が出来なくなって倒れてしまったのだ。
息が出来ない為に急激に頭に酸素が回らず、倒れてしまったあかね。
だけど、徐々に酸素が頭に回りだし、ようやくリンゴを吐き出すだけの力が生まれた矢先、
「な、何すんのよー!」
・・・乱馬に「キス」されたと思い込んだのである。
もちろんこれは「キス」ではなく、「口移し」でクスリを飲ませてやろうというだけの事なのだが、
「なっ・・・お、おめーが毒をのんじまったと思ったから俺はっ」
「俺は、何よっ。キスしたくせにっ」
「き、キスなんかじゃねえよっ。人の親切心を、なんだよっ」
「な、何が親切によ!エッチ、スケベっ・・・」
お互いがドキドキと胸を鼓動させ、そして真っ赤な顔をしてそっぽを向いている。
「よかった。とりあえず、助かったみたいだね」
「よかった。目を覚ましたよ」
「よかった。元気になった」
「よかった。毒は飲んでなかったんだね」
「よかった。無事でよかった」
「よかった・・・本当に良かったのかなあ?」
小人達は、いつまでたっても真っ赤な顔のままそっぽを向いている二人を見ながら、そんな事をぼやいていた。
「っ・・・」
が、
理由はどうであれ、お互いの唇を「重ねて」しまった二人。
満足にキスもした事がないくせに、
更に、まさかこんな風に目を覚ますだなんて思っていなかったお互い。
「よかったよかった、めでたいなあ」
真赤になったままの二人の周りを、六人の小人達が笑顔で飛び回っている。
「良くないっ」
二人はそんな小人達にそう声を揃えて叫ぶと、
一体これからどんな顔でお互い向き合えばいいのか・・・と、真っ赤な顔のままでその場に座り込んでしまっていた。
・・・何はともあれ、あかねは毒リンゴを食べることもなく、
リンゴを喉に詰まらせて仮死状態にはなっていたが、無事に生還。
小太刀のあかね抹殺計画は失敗に終わったのである。
そして、
「いやー、めでたいっ。二人、キスしちゃったんだって?」
「うんうん、これでこの国もきっと安泰だ」
・・・どこからどう洩れたのか。
二人が誤って「キス」してしまった事が、いつの間にか国王や城の者達、しいては町じゅうに知れ渡り、
「なっ・・・お、俺たちは別にっ」
「そ、そうよ!あれは別にそんなんじゃっ・・・」
・・・二人が必死で弁解するも、
弁解しようとすればするほど、噂には尾ひれがついていくもの。
「許婚の二人はとても上手くいっている」
「近々、婚礼が行われるらしい」
あれよあれよという間に、一気に噂は加速。
やがて、この奥手な二人もその噂にまんまと背中を後押しされて本当に仲が進展。
なんと、この噂どおりに本当に婚礼が行われる事になったのであった。
その婚礼には、もちろん「キューピッド役」となったあの六人の小人や、
「きー!なんて事でしょうっ」
・・・わざわざ老婆に変身までして策を講じた小太刀も招かれていたようだ。
元々、心だけは通じ合っていた二人。
奥手で照れや、更に意地っ張りで素直じゃない二人も、
きっかけさえあれば意外にとんとん拍子に・・・幸せになれるものである。
「仕方ないからっ・・・あんたと結婚してあげるわよっ」
「仕方ねえから、おめーを嫁に貰ってやる。感謝しろよな」
「それはこっちの台詞よっ」
・・・
・・・きっかけはどうであれ、
こうしてとある王国では、お姫様とその許婚が、幸せな?婚礼を挙げて末永く・・・暮らす事になったのであった。
めでたし、めでたし・・・?