「・・・入るわよ」
「ああ」
何とか「魔物の屯する桟橋」を渡りきった六人は、森の小道を抜け、いよいよ丘の上に聳え立
つ「海賊キリトの館」へとたどり着いた。
館にたどり着くまでの道中、何匹か魔物にも遭遇し、そのたびに乱馬や良牙が魔物を倒してい
たわけだが、
「・・・ったく、情けない」
桟橋を渡るのにも一苦労だったキリトがどうどうと魔物と渡り合えるはずもなく、キリトは魔物が
来るたびにガタガタと震えながら木の陰へと隠れてしまう始末。
そんなキリトの姿を見ては、溜め息をつくランゼ。
「ねえ、やっぱりアイツを連れてきた事は失敗だっただろ?」
「そ、そんなこと・・・きっと後で活躍してくれるわよ・・・」
「どうだか。あんた達の足手まといにならないといいんだけどね」
「・・・」
ランゼにはそう弁解するも、
「うわあっ。ま、魔物っ・・・」
・・・そんな事を言いながら、大きな岩や木の陰に隠れて震えているキリトの姿を見ると、
「・・・」
自分の判断というか決意というか・・・それが本当に正しかったのかと、あかね自身も不安に苛
まれるところだ。
なので、
「・・・ほら、キリト君。貴方がドアを開けてよ」
「な、何で俺がっ・・・」
「貴方のおじいさんの宝物を取りに来たんでしょっ。貴方が開けないで誰が開けるの!」
扉の前についてもビクビクとした態度のキリトに、思わずキツイ口調で指示をしてしまう。
「は、はい・・・」
あかねの口調があまりにも厳しかったのが堪えたのか、キリトが妙に裏返った声で返事をしな
がら、
ギ・・・ギギギ・・・・
見ているほかの五人をイライラさせるような遅い速度で、扉を開けた。
・・・扉を開けるくらい、もっとしゃっきりしましょうよ。
扉を開けるのも、一苦労。
そんなキリトの様子に、あかねは何度も溜め息をついてしまった。
・・・扉を開けた先には、薄暗いフロアが広がっていた。
フロアの両端に、半らせん状の階段が二階へと伸びている。
階段の先の二階フロアは繋がっているようで、ぐるりと一周、下のフロアを見渡せるように廊下
が続き、等間隔でドアが設置されていた。
二階から上へと伸びる階段は、ぱっと見たところ見当たらなかった。
二階の壁には、下のフロアへもあかりが取れるように窓が並んでいた。
ただ、無人の館ゆえに、その窓のカーテンはしっかりと閉じられている。ゆえに、扉を開けた瞬
間に、ムワっ・・・とかび臭い匂いがあたり一帯に漂った。
また、窓の下、ちょうど階段から二階のフロアへと昇りきった場所に二体、なにやら動物らしき
もののオブジェが飾られている。
銅で出来ているらしいそのオブジェが、よりいっそうこの館の不気味さを増長させているような
感じだ。
「・・・」
そのフロアをしばらく見渡している最中、ふいに良牙が館の外へと出た。
「良牙君?」
あかねも慌てて良牙の後を追うと、良牙は扉を出た辺りで立ち止まり上を見上げていた。
「良牙君?」
雨でも降るというのか?・・・あかねも一緒になって上を見上げると、
「・・・階段は二階までしかない。建物も、二階までしかない」
良牙は、上を見上げながらボソッとそう呟いた。
その言葉を受けてあかねも一緒に上を見上げると、確かにこの洋館の外観、そんなに高さは
無い。
「横には広いみたいだけど、高さはそんなにないみたいね」
あかねも良牙のその言葉に同意をするが、
「・・・おかしいな」
「え?」
「・・・おかしいと思いませんか?離れ小島に、こんな洋館を建てて宝を隠すぐらいの海賊です
よ。
世界中の海を荒らして、略奪した宝を隠すのにこの洋館を」
「ええ・・・」
「それが、あんな風に入ってすぐに、部屋の入り口が分かってしまうような無用心な洋館を建て
るんでしょうか」
「・・・」
「例え離れ小島の洋館でも、宝を隠す場所です。それなりに用心した構造で館を建てると思う
んです。少なくても俺ならば、宝を隠した部屋の入り口を、来訪者にすぐ分かるようにはしません
が・・・」
良牙はそう言って、首をひねりながら館の中へと再び入っていく。
「あ、待って・・・」
あかねも良牙に続いて、館の中へと戻った。
館の中では、
「じゃあ、一階と二階の部屋をまず片っ端から見て回るか・・・」
キリトは相変わらずランゼの後ろで震えているが、
乱馬とランゼ、そしてシャンプーがそんな相談をしている所だった。
「ねえ、待って」
あかねは三人に声をかけると、先ほど良牙が外でぼやいていた事を三人に告げた。
「良牙にしちゃあ、ナイス思いつきじゃねえか」
「バカ王子には到底思いつかないだろうけどな」
「何をー!?」
・・・乱馬はそんなことを言いながら良牙といがみあっていたものの、
「・・・そういわれればそうね。ちょっと気になるあるな」
シャンプーは良牙の意見には同調できるようで、
「念のために一階と二階の部屋を全部見回ってみて、それでも見つからなければもう少し念入
りに館を調べてみる必要がある、あるな」
「そうね」
「とりあえず私は、この一階のフロアの隅にでも『聖域』を作るある。その間に乱馬達とどんな
順路で部屋を調べていくか相談しているよろし」
そう言って、なにやらポケットから「チョーク」らしきものを取り出して、床に魔法陣を描き始め
た。
どうやらその「チョーク」は、シャンプーの祖母・コロンより託された「魔法のチョーク」らしい。
その「チョーク」で描かれた魔法陣には特殊の力が秘められるようで、その魔法陣の中に立つ
だけで、体力を回復させる事ができるようだ。
魔物もその魔法陣の中には進入できないらしく、言わば小さな「聖域」なのだという。
・・・
「ほら、乱馬。喧嘩してないの。まずは目に見える部屋を調べてみなくちゃ」
「そ、そうだったな」
あかねは、乱馬を良牙から引き剥がすとまるで子供を諭すようにそう言った。
「・・・そうだな、じゃあまずは一階の部屋から調べるか」
「一階は、二部屋しかないのね」
乱馬は「そうだった」と良牙から離れると、一度咳払いしてからフロアを見渡した。
二階はぐるりと手すりが張り巡らされているその所々に部屋が並んでいるが、一階はそうでは
無い。
入り口の扉を入り、目の前に広がるフロアの左右に一部屋づつ、扉があるのみだった。
「左、右の順で部屋を調べて、右の階段から上に昇ったら、時計回りに順に部屋を調べていく
か」
「全員で?」
「念のためにそのほうがいいだろ」
乱馬の指示に、あかねや良牙、そしてランゼも同意をする。
「シャンプー」
あかねがシャンプーにその決定事項を伝えようとすると、
「聞こえていたある。私もそれに賛成ね」
ちょうど、『聖域』を作り終えたシャンプーが、駆け足で皆の下へと戻ってきた。
そして、
「怪我をしたら、あの聖域に飛び込めばすぐに治るあるぞ」
「サンキューな、シャンプー」
「お礼なんていいねっ。乱馬の役に立つ、当然のことっ」
そう言いながら、勢い良く乱馬の腕にしがみつく。
「・・・仲が宜しい事でっ。さ、ぼやぼやしてないで行きましょうよっ」
あかねは一瞬ムッとした表情をするも、乱馬とシャンプーから目線を逸らすと、
「あかねさんっあんなバカ王子は置いて行きましょうっ」
「ありがとう。良牙君は本当に頼りになるのねー。さ、ランゼさんとキリト君も行きましょう」
そう言って、乱馬とシャンプー以外のメンバーを引き連れ左側の部屋へと進もうとした。
が、
「お、俺・・・あの聖域にいようかな・・・」
この期に及んで、キリトはまだそんな弱音を吐いていた。
「・・・勝手にしなさいよ」
そんなキリトに対し、ランゼは呆れたような口調でそう吐き捨てるだけだ。
どうやら、怒るのに費やす時間も勿体無いとでもいいたげな素振だ。
「・・・」
あかねは、そんなランゼの気持ちを察すると、
「何言ってるのっ。あれは怪我をした人の為に作ったものなのよっ」
そろそろと後ずさりしていたキリトの手を、ハシっと掴んだ。
そして、
「宝捜しで戦って、傷ついた時は堂々とあそこに向かいなよ。それまではダメよっ」
情けない表情をしているキリトの手をぎゅっと握ると、そのまま歩きだした。
「連れて行くだけ無駄よ、そんなヤツ」
ランゼは不服そうだが、あかねは「そんなことないわよ」とあくまでもキリトを見捨てることなく、
「私が引っ張っていってあげるわ。さ、行くわよ」
そう言うと、キリトの手をぎゅっと握ったまま歩きだした。
「あいやー、仲良しあるな」
そんなあかねとキリトの様子を眺めながら、わざとシャンプーが乱馬をちゃかす。
「べ、別にっ」
乱馬は、「別に」と言いながらもあからさまにブスッとした顔で、さっとあかねの前を歩くべく走り
出す。
「あ、乱馬、待つよろし!乱馬は私を守ればいいあるぞ!」
その乱馬を追いかけるべく、シャンプーも走り出す。
「畜生、あの野郎っ」
それとは正反対で、感情を露わにキリトの背中を睨みつけながら歩いていく良牙。
「・・・」
ランゼは、動き出した一行の最後尾を歩きながら、そっと溜め息をついているばかりであった。
六人は、一階、ニ階の部屋を隅々まで注意深く調べて回った。
閉められたままのカーテンの裏、埃を被ったチェスターの中。ギシ・・・と音をたてて軋むベッド
の下・・・あまつさえ、部屋を囲んでいる壁を一箇所一箇所ノックして歩き、「隠し部屋」がないか
どうかまで調べた。
わざとらしく設置されている、壷等の骨董品も片っ端から調べて回った。
壁に架けられている埃を被った絵画などは、わざわざ額まで外して調べた。
部屋の窓から一度外へ出て、「隠し部屋」部分がないかどうかまで調べた。
壷の中やチェスターの中には、長い間孤島でさらされてきたこの洋館の中に迷い込んだと思わ
れる魔物たちが運んできた「金貨」や「薬草」、その他ちょっとした小アイテムが隠されている事
はあれども、
港町で言い伝えられている「海賊キリトの秘宝」などと呼ばれるに値する財宝は、一向に見当
たらなかった。
・・・
「あ、今度は毒消し草を見つけたある。これで十個めね」
・・・ニ階の最後の部屋を見回っている最中、部屋の中に設置されている壷の中に手を突っ込
んでいたシャンプーが、そんな事を言いながら手を壷から引き抜き、手に入れた毒消し草をポ
ケットの中に押し込んだ。
「秘宝って呼ばれるようなものは、なかなか見あたらねえな・・・おっ、俺も妙なアイテム、見つけ
たぜ」
同じく、部屋に設置されていたチェスターやドレッサーを調べていた良牙もそんな事を言いなが
ら何やら「武器」らしきものを取りあげた。
それは、小ぶりの剣のようなものだった。
刃の先が二つに分かれているところを見ると、「剣」というよりは「さすまた」に近いものなのだ
ろうか。
「あかねさん、良かったらこれ、使ってください」
「え?でも・・・」
「俺は、小回りの利く武器よりも素手で戦うほうが得意ですから」
「ありがとう、良牙君。優しいのね」
「い、いえそんなっ・・・」
良牙は、ドカドカと壁を殴りながら照れを隠すように部屋から出て行ってしまった。
あかねは、良牙に心の中で御礼を言いながら受け取った武器を腰へと刺した。
「弱いあかねには、いくつも武器を持たせた方がいいあるな」
「な、なによっ」
そんなあかねを茶化すようにシャンプーが声をかけてくる。
あかねがカッと言い返そうとすると、
「ああ、それにしても見つからないあるな。秘宝、本当にこの館にあるのか?」
シャンプーはわざとあかねに取り合わないように部屋を出て行く。
「な、何よあの態度っ」
あかねが部屋を出て行ったシャンプーの背中に向かってそう叫ぶと、
「あんたも色々と大変だね」
「ランゼさん」
「それなのに、キリトの面倒までかけちまって・・・申し訳ないね」
「う、ううん・・・」
あかねは、不意に話し掛けてきたランゼのほうへと身体を向けた。
「あいつさ、ホントに弱虫だし意気地がないし・・・桟橋でだって、あんたの男があんたを助けに
行かなかったら、あんた、死んでたかもしれないのにさ・・・」
「お、男ってっ・・・。ら、乱馬はその・・・」
「婚約者、なんだろ?昨日、他の奴らから聞いた」
ランゼは、ベッドにかけられている埃まみれのカバーをめくり上げてベッドを調べながらそう呟
く。
そして、
「・・・きっとさ、あんたがあんまりキリトに構ってばっかりいると、ソイツにも悪いし・・・。あたしとしては、キリトなんて本当に邪魔なだけなんだけどさ、ここから先はあたしがキリトの
面倒を見るよ」
と言って、パンパン、と埃のついた手のひらを叩いて汚れを落とした。
「私の事は気にしないでよ」
「気にしているわけじゃないさ。でも・・・あんたのさっきの言葉、ちょっと考えさせられて」
「コトバ?」
「ああ。貴方のおじいさんの宝物を取りに来たんでしょっ。貴方が開けないで誰が開けるの
!・・・あんた、そう言っただろ?」
「え、ええ・・・」
「あの時までさ、宝を手に入れられればそれでいいって、思っていたんだ、あたし。正直言って
キリトは役に立たないし、あたしが変りに手に入れてやればそれでいいって。腕の立つあんた
達もいるしっ・・・て。でも・・・本当はそうじゃなくて、キリトが宝を手に入れるってことが大事なんだって、やっと
気が付いた」
「ランゼさん・・・」
「だから、人任せにするんじゃなくて、あたしがキリトを引っ張っていってあげなきゃいけないん
だって・・・そう思ってさ」
ランゼはそう言うと、一度小さく溜め息をついてから、
「だからさ、あたしがキリトの手を引っ張って歩くよ。あんた達には、あたしとキリトのサポートを
お願いしているんだもんね、キリトのことだけで手を煩わせるわけにはいかないよ」
とあかねに言って、
「ほら、キリト!今度は下のフロアに戻るよ!」
「お、おう・・・」
部屋の入り口でガタガタと震えているキリトの手を引っ張りながら、部屋から出て行ってしまっ
た。
「あ、ランゼさん!」
あかねもその後を慌てて追っていこうとするも、
「・・・少しは気持ちを察してやれよ」
そんなあかねに、今の話の一部始終を聞いていた乱馬が声をかけてきた。
「気持ちって?」
あかねが立ち止まって乱馬のほうを振り返ると、
「あのランゼって奴。口ではああいってたけど。それだけじゃねえってこと」
「それだけじゃねえって?何が?」
「あー、もう鈍い奴だなっ。自分の幼馴染っていうか恋人が、事情はどうであれ他の女と手を繋
いで歩いているのなんて、あんまり気分が言い訳ねえだろっ」
乱馬はそう言って、それまで色々と調べていたらしき骨董品をコトン、と床の上に置いて、あか
ねの元へと歩み寄った。
「あ・・・。で、でもっ・・・別にそういうつもりで手を繋いでいたわけじゃ・・・っ」
あかねが慌ててそれを否定するも、
「おめーがそうでも、ハタから見るとそんなのわかんねえだろ」
乱馬はそう言って、あかねが自分の意見を弁解する為に胸の前で揺らしていた手をきゅっと掴
んだ。
「・・・俺も、あんまり面白くなかったし」
「え?」
「え?じゃねえよ」
乱馬は、ハーっ・・・と大きな溜め息を一度つくと、
「・・・この部屋出るまで、手、繋いで歩いてやる」
と言いながらあかねの手を引いて歩きだした。
「この部屋出るまでって、たったの五歩くらいでしょ」
何言ってんのよ、とあかねが乱馬に呟くも、
「五歩でも、手、繋ぐのっ。畜生、キリトの奴・・・ずっと手なんて繋いで歩きやがって。俺なんて
こうでもしないと触れる事すら許してもらえないのにっ。大体着替えなんて覗いたのがばれただ
けで立ち上がれないくらいぶん殴られるってのによ・・・」
乱馬はそんなあかねの呟きなんて全く耳を貸さぬまま別のことをぼやいていた。
もっともそのボヤキは、乱馬があかねに背を向けているために、後ろにいるあかねの耳には
入らないのだけれど。
「何をブツブツ言ってるのよ。変な乱馬」
「うるせー!」
・・・結局二人は、部屋を出るその瞬間まで手を繋いで歩き、廊下に出た瞬間にまた、少し距離
をとって歩き始めた。
そして、既に階下のフロアで待機していた四人の元へと向かった。
「一階と二階の部屋は全部見て回ったんだよね?」
「ああ。でもそれらしき財宝はなかった」
・・・下のフロアで再び落ち合った全員は、館中を調べて手に入れた小アイテムを出し合い荷物
整理をしながらそんな話し合いをしていた。
「これだけ探しても見つからないとなると、やぱり良牙君が言っていたようにどこかに隠し部屋
が・・・?」
「その可能性は大きいあるが、隠し部屋へ行く為の入り口なんて、見つからなかたぞ」
シャンプーが、腕にはめている「魔力探知機」を露わにして空間にさらし、
「・・・雑魚の魔物の反応はあるけれど、その他気になる反応は無いね。という事は、財宝を守
っている大きな魔物がいるというわけでもない」
と、呟く。
「なあ、ホントにこの館には宝なんてあるのか?」
そもそも、本当にその部分は信憑性があるのだろうか・・・・こうまでして宝捜しをしているのに
見つからないとなると、一番基本であるその部分が疑わしくも思える。
良牙がボソッとそう呟くと、
「お、俺の先祖が嘘でも言っていたって言うのか!」
・・・それまでランゼの横でガタガタと震えていたキリトが、険しい表情をしながら不意にそう叫ん
だ。
「そうは言っていないけど。でもこんだけ探して何もでてこないんだぞ?場所間違いとか、そん
なことも考えられねえか?」
「そんなのあるわけがねえ!海賊キリトの秘宝島っていうのは、全世界だけでもここの島だけ
だっ・・・孤児院から飛び出すときに持ち出した世界地図にだって、他にそんな島なかった! きっと・・・どこかにあるんだっ。ここは!俺の祖先が残してくれた宝の島なんだよ!」
それまで、ガタガタと震えて弱気の発言をしていたのがまるで、嘘のようだ。
キリトはそう叫んで、再び一人で二階の部屋を調べに行こうとするも、
「ま、魔物っ・・・」
突然階段の部分へと飛び出してきた「ウサギ」の姿をした小さな魔物に脅え、再びランゼの背
中へと隠れてしまう。
「・・・ま、とにかく、だ」
とりあえずその魔物を、乱馬が剣で追っ払った。
そして、
「この島にきて、一度も休憩無しで探索を続けていただろ。少し休憩をして、もう一度探してみ
よう。度は、良牙が言っていた『隠し部屋』への入り口を探すのを主にしてな」
と、一同をまとめて溜め息をついた。
「・・・じゃあ俺は屋敷の周りを見てくるかな」
その直後、良牙が「やれやれ」と言う表情をしながら一旦屋敷の外へと出て行ってしまった。
「乱馬、疲れてないあるか?私が癒してあげるある」
「え、い、いいよ別にっ」
「遠慮しなくてもいいね!乱馬を癒す、私の幸せねっ」
シャンプーは、乱馬の腕にしっかりとしがみつきながらそんな事を言って甘えている。
「ほら、キリト!あんたはいつまで震えているのさっ」
「だ、だってよー・・・」
「さっきの威勢のよさはどうしたのっ。それに・・・あんたの祖先の館だろ?他に何か財宝を探
す手掛かり、覚えてないのかい?」
「うー・・・」
フロアの隅、シャンプーが作った聖域のすぐ横では、ランゼとキリトがそんなやり取りをしてい
た。
腕力で役に立てないのなら、何とかして他に手掛かりでも・・・と、形はどうであれアクセクしてい
る二人はなんとも微笑ましい。
「・・・」
そんな一同を横目に見ながら、あかねも色々と考えてみた。
・・・そう。
この島に渡り、館の中を六人でくまなく捜索したにも関わらず、財宝は見つらなかった。
館の外観からして、建物は二階建て。
なので、一階と二階を、それこそ重箱の隅をつつくような徹底振りで捜索をしていたあかね達。
でも・・・財宝は見つからなかった。
大の大人が六人で探しているのだ。探し洩れがあるとは思えない。
「・・・」
では、もしかしたら先ほど良牙が言っていたように、キリトの勘違いもしくは噂の一人歩きだっ
たのか。
・・・でも、その説はあかねも信じがたかった。
港町の人間も、キリト達も。
随分昔からこの館に眠る財宝の話を信じているのだ。噂の一人歩き・・・とは到底考えられな
い。
じゃあ、やっぱり財宝はこの館に眠るわけだが・・・・
「・・・一体、どこに」
良牙が言っていたように、わざわざ孤島に館まで作って宝を隠すような海賊が、だ。
その館に入ってすぐ眼にすることができる部屋の入り口から入った場所に、すんなりと宝を置く
だろうか。
「少なくても、私ならしないわ・・・でも・・・」
でも、この建物は二階までしかない外観だ。
ゆえに、一階・二階の部屋を調べ終わってしまったらその他に調べる所などは・・・ない。
だいたい、二階までしかない建物に、隠し階段なんて存在するというのだろうか。
・・・
「・・・」
あかねはそんな事を考えながら、フロアから二階へと続く右側の階段を、ゆっくりと一段、一段
踏みしめる。
赤い毛氈が敷き詰められた、半らせん状の階段。
メタルの手すりを握り締め、一歩一歩段を踏みしめながら、あかねは上へと昇る。
何か、不自然な段はないか。
隠し段か何かは無いか・・・そんなことを思いながらゆっくりと階段を昇っていくも、
「・・・」
一分もしないうちに、あっという間にあかねは二階へとたどり着いてしまった。
「あーあ、やっぱり何もないかー・・・」
二階のフロアにたどり着いたあかねは、上りきったその場所で、「はあ」と溜め息をつく。
そして、
「一体どこにあるのかしら・・・財宝」
そんな事を言いながら、二階のフロアの、壁越しにずらっと並んでいる窓の一つへと手をつき、
そっと溜め息をついた。
・・・と、その時だった。
「・・・あら?」
二階の、壁にずらりと並んでいる窓に手をつき、何気なくそこから窓の下へと目をやったあか
ねは、「とあること」に気がついたのだ。
・・・あかねが、覗いている窓は「二階の廊下」にある。
もちろん窓の外に広がる光景は、地上よりも少し高い場所から地上までの景色・・・のはず。
しかし、
「?」
その場所からあかねが目にしたのは、地上よりももっと・・・「低い」場所から伸びている「木」。
もともと切り立った丘の上に立っているこの洋館、あかね達が入ってきた玄関口や、そのすぐ
周り辺りまでは何の事ない「屋敷周り」であったのだけれど、
館の中からその「裏手」を望んでみると、外側からは見えないような部分を目にすることができ
るようだ。
外から見ることができる場所までは、上手い具合に草木が生い茂って裏手が見えないようにな
っているらしいが、こうして屋敷の内部から下を見ると・・・地上と同じ高さと思われる一階部分
よりもはるか「下」まで眺める事ができる。
館の壁自体も下に向かって伸びつづけているところを見ると、
「・・・そうか。隠し階段は、上へ伸びる物だけとは限らないんだわ。下の階へ降りる為に作られ
る場合だって・・・」
・・・隠し部屋は、地上たかくに作られたのでは無い。地上から見えない、地下に作られていた。
あかねは、ようやくその事に気が付いた。
「っ・・・」
それらを踏まえ、あかねはもう一度、窓の外を覗いた。
あかねの低い背だと、背伸びをしても、それがどのくらい下のほうまで続いているか、そしてそ
の下方遥かに続く壁の終点がどうなっているかまでは眺める事が出来ない。
と、その時。
「なあ、さっきから何やってんだ?」
ようやくシャンプーに介抱されたのか、乱馬がひょこひょこと階段を昇ってあかねの元までやっ
て来た。
「乱馬っ」
「窓なんて覗いて、何してんだよ。なんか珍しい魔物でも・・・」
乱馬が暢気にそんな事を言ってあかねの背後にたつので、
「乱馬、私を抱いてっ」
「はあ!?」
「いいからっ早く!」
乱馬に体を持ち上げてもらえば、もう少し高い位置からこの窓を覗ける。
そう思ってあかねが背後に立っている乱馬の服の袖を引っ張ると、
「え、お、お前がそんなに積極的に・・・っい、いいのか!?」
「いいもなにも、早くっ。時間もそんなにないしっ・・・お願いっ」
と、必死の形相で乱馬にそうねだった。
すると乱馬は、妙に顔を赤くして何度か咳払いをすると、
「そ、そうか・・・もっと落ち着ける場所でって俺なりに考えていたが、おめーがそうまで言うのな
らっ・・・」
「は?」
「それじゃ、そっちのベッドのある部屋に行こうか・・・・」
とか何とか、訳の分からない事を言いながらあかねの手をしっかりと掴み、部屋のある通路へ
と引っ張っていこうとする。
「バカっ。違うわよっ」
あかねはそんな乱馬の頭をバシっとひっぱたくと、
「この窓の外を覗きたいのよっ。お願い、私の身体を抱き上げてっ。あのね、この館はきっ
と・・・」
と、勘違いをしている乱馬にも分かるように、あかねの考えていた事をきちんと説明をした。
「な、何だ、抱いてってそういう意味かよ。ちぇっ・・・俺はもっと違うことかと・・・」
「あ、当たり前でしょっ。あんた何考えてんのっ。もー、いいから早くっ」
だいたい、なんでこんな魔物のいる洋館でっ・・・とあかねがぼやくと、
「はいはい」
乱馬は、何だか妙にがっかりした表情であかねの身体をひょいと抱き上げた。
抱き上げられたあかねは、再び窓の外を眺める。
「・・・」
・・・先程よりも高い位置から外を眺めてみると、随分と下の方までその壁が続いているのが見
えた。
遥か下の、その終着点近くには何やら大きな窓が見えた。
それもただの窓ではなく、たまに差し込む光によって違う色に発色して見えるところをみると、
ステンドガラスなのだろう。
「きっと、あのステンドガラスのあるあたりに財宝が眠ってるんだわ・・・」
あかねがそう呟くと、
「地下に建物が続いているのは分かったけど。でも、地下に伸びている階段なんてなかったよなあ・・・それらしき扉とかも」
「そうよね、壁だって叩いて回ったでしょ?一部屋一部屋調べて・・・」
「ああ。一階の部屋は全部・・・」
乱馬もあかねの意見に同調していたが、ふとそこまで口にしてはたと、黙り込んだ。
「ら、乱馬?」
「・・・部屋は、見たよな。俺たち」
「ええ、皆でくまなく回ったわ」
「でも・・・そこのフロアは調べてねえよな?」
「あ!そ、そういえば・・・」
「とはいえ、そのフロアをちょっと調べたくらいじゃすぐに隠し階段が見つかるとは思えねえけ
ど、あるとしたらそのフロアだろ」
乱馬はそう呟きながらあかねの身体をそっと床に下ろすと、
「とにかくこの事を皆に伝えよう」
「そうね」
と、あかねと二人、駆け足で階段を降りて下のフロアへと向かった。
「地下に隠し部屋、ね。それは大いにありえるある」
「外側から見えない部分が、館の中から見えたとは・・・・さすがあかねさん!」
「でも、一体どこに・・・」
「こ、このフロアに何かあるのか・・・?」
・・・良牙が屋敷の中へと戻ってくるのを待って、あかねは先ほど乱馬と話ていた事を皆に告げ
た。
「でも、調べてないのはこのフロアだけだ。なんかちょっとした事でもいい。今からこのフロアを
調べよう。骨董品も、絨毯も、壁にかかっている絵画も、挿してある花も。隅々まで調べるんだ」
乱馬は、とりあえずみんなに指示を出して六人をちりばめる。
「じゃあ、俺は玄関近くを調べる」
「あたしとキリトは、奥の暖炉の辺りを調べるよ」
まずは、良牙とランゼ、キリトが散らばった。
「あたしは右の階段付近を調べるわ」
乱馬にべったりとしているシャンプーを横目に、あかねはそう言って階段の辺りに四つん這い
になる。
「ならば私と乱馬は、左の階段を調べるね!」
シャンプーはもちろん、乱馬の腕を引っ張りながらそんな事を言っているが、
「い、いや俺は二階の廊下から下を見回して、皆が調べきれていない部分がないか見ようと思
うから」
乱馬は適当な事を言ってシャンプーから逃れると、駆け足で階段を昇りきってしまった。
「何照れているか、乱馬」
シャンプーは少し不服そうな顔をしているが、
「ほら、俺の事よりも調べる事が先だぞ、シャンプー」
「あいやー、分かったある」
乱馬に上手くなだめられ、しぶしぶと階段を調べ始める。
あかねもその反対側の階段を四つん這いになって調べて始めたが、
「乱馬、ちょっと手元が暗いの。二階の窓のカーテン、開けてくれない?」
階段の半分まで来た頃だろうか。階段の赤絨毯を這うようにして見ていたあかねは、少し手元
を照らしてもらおうと、二階の廊下で下を見下ろしていた乱馬に向かってそう叫んだ。
「乱馬、私の手元も暗いある」
すると、やはりそう思っていたのかシャンプーもそう叫ぶ。
「カーテン、全部あいてるぞ」
「え?だって下のフロアは窓からの光が眩しいくらい入ってるじゃない。階段をあがりきった所にも窓、あるでしょ?そこのカーテンを開ければ同じように光、入るでし
ょ?」
「開いてるよ、でも窓の前の銅像が光を遮っているんだよ」
「えー?どれどれ・・・」
そんなことあるわけないじゃないの・・・と、半信半疑であかねが二階のフロアへと上っていくと、
「あら?本当だわ」
「な?言ったとおりだろ?」
「何でこんな所に銅像なんて立てたのかしら。これじゃあ、階段に光が届かないじゃないの」
・・・なるほど、乱馬が言ったとおりに、階段を上りきったところの窓の下に設置されている、悪
趣味なあの魔物の銅像が、階段に差し込むはずの日の光を遮断していた。
「この銅像、邪魔あるな」
その内、シャンプーも二階のフロアへと上がってきて乱馬とあかねの横でそうぼやく。
「銅像だもん、そう簡単に動くわけもないしねえ」
「この首の部分だけでも回ればな、少しは光が届くとは思うんだけど」
「首って・・・乱馬、銅像の首だけ回るなんてこと、あるわけないね」
そして、ぽんぽん、とその銅像の頭部分を二回、叩いた。
カン、カン。
シャンプーが銅像を叩いた音が二階のフロアに響く。
「・・・何か、銅像の割りには軽い音のような感じあるな」
「そうね」
シャンプーの疑問に同感のあかねは、反対側の銅像の元まで走っていくと、先ほどのシャンプ
ーと同じように銅像の頭を二度、叩いた。
カン、カン。
するとやはり、銅が流し込んであるとは思えないような軽めの金属音が、する。
悪趣味な魔物を形どった銅像の中身は空洞・・・そんなことがあるのだろうか。
銅像の中身をけちけちするほどお金がなかったとは思えない。
だとすれば、わざと銅像の中を空洞にした、と考えるのが筋であろう。
と、言う事は、だ。
「ねえ、乱馬。この銅像、もしかして・・・動くんじゃない?こんな軽い音がしてるんですもの、見
かけよりも簡単に動かせそうだわ」
「そうだな・・・」
乱馬は、少し考えた後、
「二人とも、一度銅像から離れろ」
あかねとシャンプーを銅像から離れさせると、
「良牙!ちょっと手伝え!」
「ああ?」
玄関付近を捜索していた良牙に、二階のフロアから声をかけた。
「何だよ、急に」
「ちょっとこの銅像、動くかどうか調べたいんだ。手伝ってくれ」
乱馬は階段を昇ってきた良牙にそう声をかけると、
「いいか、せーのでまずは右側に動かしてみるぞ」
「おお」
「・・・せーの!」
・・・ゴリっ・・ゴリっ・・・
二人の気合と共に、銅像が徐々に右側へと回転していく。
すると、今まで階段の方を向いて座していた銅像が、90度回転をして横向きに角度を変えた。
その途端、今まで銅像の頭部で遮られていた日の光が、サー・・・っと階段を下のほうへと伸び
ていく。
まっすぐに伸びた光は。階段の一番下の手すりの上にある丸型の球体に辺り、カクッと屈折し
ていた。
「ねえ、反対側もやって見ましょう」
「ああ」
四人は、今度は反対側の銅像の元まで走り、
「せーの!」
先ほどと同じように、乱馬と良牙が銅像を動かすべくしがみついた。
先ほどは右側に動かしたので、今度は左側に動かすように、だ。
・・・ゴリっ・・ゴリっ・・・
二人の気合と共に、銅像が徐々に今度は左側へと回転していく。
銅像は、反対側の銅像と同じように、垂直方向へと回転した。そして、反対側の銅像と向かい
合うように見つめあう。
それまで銅像が遮っていた日の光も、反対側と同じように、サー・・・っと階段を下に向かって走
っていった。
そして、やはり階段の一番下の手すりの上にある丸型の球体に辺り、カクッと屈折する。
「・・・」
四人は、階段を駆け下りて下のフロアへと降りた。
そして、左右からの光が屈折し、ちょうどその光が折り合う場所へと目を向ける。
すると・・・
「ねえ!見て!」
「こ・・・これは・・・」
・・・階段の手すりにより屈折した左右の光が、ちょうど折り合った場所。
赤い絨毯が敷かれたフロアの一角だったが、その場所だけなんと、数センチ四方、その赤い
絨毯がスルスルと溶け始めた。
そして、その溶けて露わになった床の部分に、奇妙な「穴」がひょっこりと現れたのだ。
「ねえ、どうしたんだい!?」
「あれ?こ、この穴は・・・?」
それまで、フロアの奥の暖炉を調べていたランゼとキリトも、炭で汚れた顔をこすりながらあか
ね達の元へと駆け寄ってくる。
「二階のフロアにあった銅像の角度を変えたら、これが・・・」
あかねはそう言って、簡単だがランゼとキリトにそう説明をする。
「左右の光が折り合ったら絨毯が溶けた・・・どうやら、この部分だけ特殊な繊維を使って作っ
ていたのかもな」
良牙が、穴が現れた辺りの絨毯をしゃがみこんで調べる。
「でも・・・一体この穴、何あるか?そんなに大きくもないし、深くもない。・・・」
シャンプーも、良牙の隣に座り込んでその現れた穴を指でなぞる。
「まるで何かをはめ込むような感じだよな・・・あ、館中を捜索した時に、何かそれっぽいアイテ
ムはなかったか?」
「調べてみるある」
「あ、あたしも手伝うよ」
そして、シャンプーはランゼと共に先ほど館中から集めたアイテムを入れた小袋、あさり始め
た。
「良牙、おめーなんか思いつかねえのか」
「知るか。おめーこそどうだ、バカ王子。おめーが集めているカードにはなんか関係がねーの
か?」
「どれどれ・・・」
その横では、乱馬と良牙がそんな事を言いながらカードや拳を穴にねじ込んだりしている。
あかねはその様子にしばし呆れながらも、みなの様子をぼーっと眺めながら突っ立っているキ
リトへと目をやった。
キリトは、いささかもどかしそうな表情をしていた。
・・・それはそうだ。ようやく「隠し部屋」の存在もわかり、その手掛かりとなる奇妙な「穴」の存在
もわかった。
なのに、その穴をどうするか・・・それがわからないので先に勧めない。
ほんの、ニセンチほどの小さな穴だ。
その穴が今、あかね達を苦しめているとは・・・屈強な魔物と戦うよりもずっと、身に堪える。
「キリトくん・・・」
「・・・俺の先祖は、一体あそこに何を入れるつもりだったんだ?」
「キリトくん・・・」
「俺、子孫なのに・・・何か、重要な所じゃなんにも・・・」
キリトは、小さな声でそんな事をぼやいた。
「こんな時、俺がバシっと何か手掛かりを提示できればきっと・・・」
「・・・」
あかねは、そんなキリトのボヤキを聞きながらも、でもどうにもできないこの状況をに溜め息を
つくしかなかった。
・・・きっと、特別な繊維の下に隠されたこの穴には、何やら秘密があるはずだ。
でも、それを突破する為の手段が、どうしても分からない。
何かその部分にはめるにしても、館中からかき集めたアイテムではそれを補う事が出来ない。
・・・
「・・・」
・・・もしも。
もしもあかねが財宝を隠す「海賊キリト」だったら、どういう風に考えるだろうか。
あかねは、がっかりと肩を落としているキリトの姿を眺めながらそんな事を考えていた。
自分の死後、自分の子孫だ、と言い張るものが複数出てくる可能性だって考えられる。
しかし、自分の残した財宝は、自分の正式な子孫にのみ渡したい。
だったら・・・どうする?
複雑な仕掛けを作って、簡単に財宝が隠してある部屋にたどり着けないようにするのは必然だ
ろう。
きっと、正式な子孫にだけそこを突破できるカギを託して。
「・・・」
もしも、キリトが本当に「海賊キリト」の正式な子孫であるならば。
この状況を突破できるカギを、絶対になにか託されているはずだ。
「俺、何も心当たりなんてねえよ・・・」
・・・そんな事をぼやいている、キリトににも、きっと。
「・・・」
何か、彼自身が忘れている事があるのでは無いか?
あかねはそんな事を思いながら、じっとキリトを見つめる。
「ランゼ、どうだ?」
「だめだね・・・あたし達が集めたアイテムの中には何も・・・」
キリトはランゼとそんな会話を交わしながら、集めてきたアイテムが入れられている袋を覗き込
んでいた。
そんなキリトとランゼの姿を、二階の窓から差し込んでくる日の光が照らした。
キラっ・・・キラリ・・・
その日の光は、ランゼのつけている髪飾りや、なぜかキリトの首筋に反射して、
「ん・・・まぶし・・・」
二人の姿を見つめていた、あかねの瞳に飛び込んでくる。
髪飾りはともかく、何で首筋が光って・・・?あかねはそれが不思議でならなかったが、
「あ、そうか・・・確かキリト君はペンダントを・・・」
昨日、キリト本人から見せてもらった、あのペンダントのチェーンか。
すぐにそれを思い出したあかねは、一度は納得してくらまされた目をパチパチと瞬きさせてい
ただが、
「あ・・・」
すぐさま、はっと・・・息を飲んだ。
・・・そうだ。
確か昨日の夕方、キリト自身があかねにその「ペンダント」を見せて話をしてくれた。
あの時彼は、なんと言っていたか。
確か、『孤児院引き取られる時、唯一手にしていたものだ』
・・・そう言っていなかったか?
たしかそのペンダントヘッド、裏側に、
『It entrusts to my whole family.From kirit=Jackcal』
−我一族へ託す−
そう書かれていたはずだ。
だとしたら・・・
「キリト君!」
「わっ・・・な、何だよ急に大声出して・・・」
「ペンダント!」
「え?」
「貴方が昔から持っているペンダント!ねえ、ランゼさんも見た事があるでしょう?」
「ああ、あれか・・・あれ?そういえばあれ、ちょうどこの穴と同じくらいの大きさじゃなかったっ
け・・・?」
ランゼは、あかねの声を受けて、
「わ!な、何すんだよランゼっ」
「いいから、黙ってな!ほら、これだよ、これ」
と、キリトの着ているワイシャツを強引にはだくと、彼が首から下げていたペンダントを取り出し
た。
・・・日の光に照らされて、きらりと光る球状の石。
銀色のネックレスチェーンが、眩しいくらいに光を放つ。
「ちょっと、そのペンダント見せるよろし」
と。
ペンダントをキリトから取り上げたランゼに、シャンプーが近寄ってそのペンダントに触れた。
そして、石と、チェーン部分をゆっくりと指で触れ、
「・・・石についてはよく分からないけれど、このネックレスチェーン。これは特別な合成金属で
出来ているあるな」
「え?ま、マジか?」
「普通の人間が見ても分からないのは仕方ないある。でも、魔力を持つ人間ならすぐに気が付
くね」
ほら、と、自分が腕にはめている「魔力探知機」をキリトとランゼに見せた。
その時計をよく見ると、魔力の反応を示す「針」がぴくぴくと微々ながら動いている。
「そんな、俺・・・全然魔力なんてないし・・・気が付かなかった・・・」
「持っているだけでは別になにも変らないね。ただ、よく魔法の道具を作るための素材にこの
金属をつかうあるぞ。この金属自体にほんの少しだけ魔力が篭っているという珍しい金属あ
る」
「そうだったのか・・・」
「この金属でネックレスチェーンを作るなんて、普通の人間はしないね。となると、このペンダン
ト自体、何か秘密がある、間違いないね」
「・・・」
シャンプーのその言葉を聞いていたランゼが、黙ってキリトにペンダントを渡した。
「キリト君・・・」
あかねは、ペンダントを握り締めているキリトの背中をそっと押した。
キリトは、フラフラと例の穴の傍まで進んでいき、その脇へとしゃがみこんだ。
そして、
ゴクリ、と一度ツバを飲み込んでから、ゆっくりとペンダントヘッド・・・球体部分の石を、その穴
へとはめ込んだ。
カチっ・・・
その瞬間、まるで何かカタにはまるような音があたりに響いた。
「あ!」
・・・キリトが、その音に反応して思わずペンダントから手を離す。
穴には、キリトがはめたペンダントに石がぴったりと入り込んでいた。
が、
「・・・?」
・・・だからと言って、それ以上何が起こるというわけでもなかった。
穴の中には、石がぴったりとはまり込んでいる。
しかし、それらが光を発することもなく、隠し部屋への階段が現れるわけでもない。
「・・・何もおこらねえじゃねえか」
「あ、あれ・・・?」
「でも、カチって言ったわ」
あかねがしゃがみこんで、キリトがはめ込んだ石を取り出そうとするも、
石はぴったりとその穴にはまり込んで抜けてくれはしない。
はまり込んだ石の上に飛び出た、合成金属のチェーンを引っ張っても、その石は穴から抜け
はしなかった。
「何だよ、抜けねえのか?
「うん・・・」
「女の力じゃ無理なのかな。どれ、交代する」
チェーンを引っ張っているあかねをそっと横にずらすと、今度は乱馬がそのペンダントのチェー
ンを掴んだ。
そして、
「それっ・・・」
そんな掛け声をかけながら、思いっきりペンダントチェーンを引っ張り上げた。
すると、
ゴゴ・・・ゴゴゴ・・・
「へ!?」
「え!?」
なんと、乱馬がペンダントチェーンを引っ張れば引っ張るほど、妙な地響きがあたりに響きわ
たる。
「何あるか、この音?」
「何か、動いている音・・・ああ!?」
音の出所を調べようと、辺りを見回していた良牙が、不意に大きな声を上げた。
そして、
「おい、乱馬っ。お前・・・」
と、乱馬の手元を指差す。
「え・・・?」
乱馬も、そしてあかねやシャンプーもその良牙が指差した手元を見つめると・・・
「あ!」
「あいやー!」
「わっ・・・」
・・・なんと。
思いっきりチェーンを引っ張り上げた乱馬は、穴にはまり込んだ石だけではなくて、その穴の
周囲の床までも持ち上げていたのだ。
それも引っ張れば引っ張るほど徐々に床は持ち上がり、しまいには、
ブチっ・・・ブチブチブチっ・・・
床に敷き詰められていた赤い絨毯が、引きちぎられるかのように音をたててはがれたかと思う
と、
・・・なんと、乱馬は1メートル四方の床を、ネックレスチェーンと共に持ち上げてしまったよう
だ。
そしてその持ち上げた床の下には・・・薄暗い地下へと続く階段が、ひっそりと控えていたのだ
った。
「やった!地下への階段よ!」
「でかした、乱馬っ」
「そ、それよりこの持ち上げたチェーンの先を、どうにかして固定しておかないとっ・・・」
「あ、乱馬、ちょっと待つね」
チェーンを引っ張り、床を持ち上げている乱馬に対し、シャンプーが何やら呪文を唱えた。
すると、ポンっ・・・という音と共に何やら太い木の杭が現れ、乱馬が掴んでいたペンダントチェ
ーンを上から引っ掛けて床へとめり込んだ。
そのおかげで、ギシっ・・・と音をたてて持ち上げられた床の部分が固定される。
「・・・地下への、階段だ。きっとこの階段の先に財宝が」
「この階段の幅だと、一人一人しか降りることが出来ないね。とりあえず乱馬、キリト、私、ラン
ゼ、あかね、良牙の順に下に下りるある」
階段を上から覗き込みながら、乱馬やシャンプーがそんな会話を交わしている横で、
「・・・胸、張って歩けるじゃない」
「え?」
「証明、されたじゃない。貴方が持っていたペンダントの石が、財宝の隠された部屋への階段
を導いたのよ。
貴方が、正式な『海賊キリト』の子孫だった、てことでしょ?」
「!」
「・・・いいの?貴方が、先頭を歩かなくて。正式な子孫の貴方が、いつまでもみんなの後ろで隠
れながら歩いていて、いいの?」
あかねは、キリトにそう話し掛けた。
「俺は・・・」
キリトは、あかねの言葉を受けてぎゅっと唇をかみ締めている。
「ランゼさんまで、他の人に守らせていて、いいの?」
「・・・」
ランゼ、という単語に、キリトはぴくっと眉を動かした。
あかねは、そんなキリトの表情の変化を決して見逃さなかった。
なので、
「乱馬」
「ん?」
「・・・ここから先は、キリト君が」
「・・・」
と、下に下りる相談をしていた乱馬を呼び寄せ、そう伝えた。
「・・・」
乱馬は一瞬何かを考えたようだったが、あかねの言いたい事を全て悟ったようで、
「・・・そうだな」
ボソッとそう呟くと、
「シャンプー、灯りをキリトに渡せ。ここから先は、キリト一人で行かせる」
・・・と、地下室への入り口から中をのぞきこんでいたシャンプーへ、そう言った。
「乱馬、何言っているあるか?廊下を歩くだけでもビクビクとしている男に、一人で地下まで降りる勇気などあるわけがないね」
シャンプーは先ほどまでのキリトの様子を知っているので、鼻で笑うようにそう呟くも、
「大丈夫だ。行けるよな?キリト」
乱馬は真剣な表情でそう言ってキリトを見つめた。
「・・・」
キリトも覚悟を決めたのか、黙って大きく頷いた。
「本当に大丈夫あるか?命落としても、私は知らないあるぞ」
シャンプーはいささか不満そうだが、それでも乱馬のいう事に反抗する訳にはいかないのかし
ぶしぶ返事をすると、
「・・・」
何やら口の中でモゴモゴと呪文を呟きながら、地下室の入り口へと左人差し指を振り下ろし
た。
ヒュンっ・・・
振り下ろしたシャンプーの指から、何やら青い光が地下室の奥へと続いている暗闇の中へと
走り出した。
光は、三0秒ほどして再びシャンプーの指へと戻ってきて、そして消えた。
「・・・」
シャンプーは、何やらじっと目を閉じてブツブツと呟く。
そして、
「・・・今、この地下の距離を調べてみたね」
「ほう」
「私の指から離れた光、三十秒ほどで戻ってきたある。振り下ろした指の速度と、光が戻ってき
た時間から換算すると、この地下の距離・・・そうね、だいたい五百mくらいあるよ。きっと、階段
を降りきったところに部屋が一つあって、そこに宝が眠っている、あるな」
と、乱馬の指示どおりにキリトのほうを見つめながらそう答えた。
「距離はわかったあるが、そこに魔物がいるかどうか・・・そして、先にある部屋にどんな仕掛け
があるかまでは、私にもわからないある。
命を落とす可能性も捨てきれないね。お前、それでも行くのだな?」
「!」
『命を落とす』というシャンプーの表現に、キリトは一瞬ぎくり、という表情を見せたが、
「そ、それでもこれは、俺の先祖の秘宝だからっ・・・」
・・・先ほどまでの脅えていた少年とは思えないようなしっかりとした口調で、キリトはシャンプー
に断言した。
「・・・」
シャンプーは大きく頷くと、パチン、とキリトの目の前で指を鳴らした。
ポンっ
すると、シャンプーの目の前に小さな小瓶が現れた。
透明な小瓶の中には、アクアブルーの液体が見える。
「これは、短い間だけあるが魔物から身を守る・・・聖水ね。念のためにこれ、体にかけていくよ
ろし。この水が身体を守っている間は、魔物はおまえに触れる事、出来ない」
「あ、ありがとう・・・」
「それじゃあ、俺はこれを貸してやる。さっきその辺の部屋のロッカーから見つけた、斧。とりあ
えず武器でも持たないと危ないだろ」
「す、すまねえな」
そんなシャンプーの姿を見て、それまで黙って事の成り行きをみていた良牙も、キリトに武
器・・・世間一般的にいう「バイキングアクス」といわれる海賊達が好んで使用するような大ぶり
の斧を渡した。
「・・・」
キリトは、かすかに震える自分を振り立たせるが如く、受け取った斧の柄を握り締めた。
「がんばれよ。俺たちは、屋敷の外で待っているからな」
「がんばって」
乱馬もあかねも、斧を握り締めているキリトに声をかけた。
「あ、ああ」
キリトはしっかりと頷きながらさっそく地下室へと続く階段へと降り立とうとするが、その前にふと、乱馬やあかね達の横でじっと自分の姿を見つめていたランゼを振り返った。
・・・たとえ気持ちを改めたとはいえ、それまでのキリトの事を一番良く知っているのはランゼ
だ。
「ホントに・・・一人で大丈夫なのか?」
あたしも、着いていこうか?ランゼがそう呟こうとすると、
「・・・今まで、色々と悪かったな」
「え?」
「でも、これは・・・これだけは、どうしても俺がしなくちゃいけないことなんだって、思うんだ。だ
からランゼも、屋敷の外で待っていてくれ」
「!」
キリトはその言葉をわざと言わせないようにと、言葉を被せた。
「キリト・・・」
「・・・先祖の秘宝を手に入れて、俺たちで船会社、作るんだ。行き場のない親なし子を、救って
やるんだ。そうだろ?」
キリトは最後に、ランゼに力いっぱい笑って見せた。
その笑顔は、想像もできない恐怖に歪んではいるものの・・・「意志の強さ」だけは感じ取る事
が出来た。
ランゼは、そんなキリトに大きく一度だけ頷くと、
「・・・早く帰ってこないと、承知しないからねっ」
キリトに表情を見せないようにそう履き捨てると、あかね達の横をすり抜けて外へと走り去って
いった。
「・・・それじゃ、行ってくる」
キリトも、そうあかね達に呟いて地下室へと降りていった。
あかね達も、地下室への入り口からキリトの姿が見えなくなるまで見送ると、その場を離れて
屋敷の外へと出た。
「・・・キリト君、遅いね」
・・・屋敷から出た一同は、思い思いに屋敷の周りの芝の上に座りながら、不気味な程静かな
屋敷の外観を眺めていた。
心なしか空も雲を帯びるようになり、辺りにうっすらと霧がかかり始めた。
それまでクリアだった視界も、思わず手で目の前の霧を払わないと近くが見えないほど悪くなっ
ている。
生暖かい風がそれを増長させるように辺りに吹き始めたのも、何だか嫌な感じだ。
「・・・」
あかね達はただただ屋敷の方を眺めて座り込んでいるだけだったが、
「・・・もう、三0分も経っているよ」
ランゼだけは草している事も出来ないのか、腕につけている時計を何度も何度も睨みながら、
屋敷の入り口と、芝生の間を歩き回っていた。
「・・・魔物の声も、悲鳴も聞こえてこないね。時間はかかっているが、きっと無事ある」
シャンプーがランゼにそう声をかけるも、
「それにしたって、遅すぎるよっ。キリトは足が速いんだよ?用事が終わって走ってくればすぐの距離じゃないの!?」
「平地を走るのと、階段を上がるのは訳が違うだろ」
「そんなの関係ないよっ。きっと、何かあったんだよ・・・何かっ・・・」
ランゼは、真っ青な顔でそう呟きながらガタガタと震えている。
その姿は、もはやこの島へと渡ってきた時のランゼではない。
「あたしやっぱり、後をっ・・・」
ランゼは意を決したようにそう叫び、屋敷の中へと飛び込んでいこうとするも、
「だめだ!」
「!?」
・・・そんなランゼに対し、それまで何も言葉を発することもなく黙りこんでいた乱馬が叫んだ。
その声の鋭さに、ランゼだけではなく傍にいたあかねまでビクン、と身を竦めると、
「アイツは、心を入れ替えたんだ。今ここでてを差し伸べちまったら、アイツはもう、一生変われ
るチャンスなんてねえ!」
「でもっ・・・」
「信じてやれよ。あいつが、自分ひとりで大丈夫だって言ったんだ。あんたが信じてやらなくて、
他に誰が信じるって言うんだ?」
「!」
乱馬の言葉に、ランゼはぐっとつまっていた。
「・・・バカ王子の割りには随分と立派な事をいうようになったじゃねえか」
「さすがは乱馬ある!」
その乱馬に対し、良牙君やシャンプーがそんな事をぼやいていた。
「・・・乱馬の言うとおりよ。キリト君を信じてあげましょう」
「・・・」
あかねも、そんな乱馬の言葉を受けて改めてランゼに向かってそう言った。
乱馬や、そしてあかねにまで諭され、ランゼは不安そうな表情を崩しはしないが小さく頷いた。
そして、
「わかった・・・あたし、」
キリトを信じるよ。
ランゼはきっとそう言いたかったに違いない。しかし、そんなランゼの言葉は途中で遮られてし
まった。
ゴゴゴゴゴ・・・・
なんと、ランゼが言葉を口にしている途中に、その言葉を遮るほどの地鳴りが、辺り一体に響
いたのだ。
「わっ・・・な、なんだ!?」
地鳴りと共に、地面も激しく隆起し始める。
バキバキバキっ・・・
ガララララっ・・・
付近にあった大木や岩が、その隆起によって激しくなぎ倒される。
「わあっ・・・」
ランゼが、ゴロゴロゴロ・・・と道を転がっていく。
「きゃっ・・・」
あかねもふらっと地面に倒れたが、
「とにかくこの場所から離れるんだっ」
すぐに乱馬に抱きかかえられて、屋敷から離れる。
「っ」
あかねが抱きかかえられた腕の中から屋敷の方を見ると、なんと地響きと共にそれまでずっし
りと構えていた屋敷が、屋根から順に崩れ落ち始めていた。
「あいやー、中にはまだキリトが」
激しく舞い散るほこりを払いながら、シャンプーが叫ぶ。
「キリト、聞こえるか!?屋敷が崩れるっ・・・走れ!出口まで走れっ・・・」
良牙も、崩れ始めた屋敷の入り口を開けて地下室へと降りているキリトに聞こえるように中に
向かって叫ぶが、
ドン!
「わっ」
次から次へと上から落ちてくる岩や煉瓦を避けるのに精一杯で、やがてすぐに屋敷から離れ
る。
「キリト・・・キリト!」
そんな様子を受けて、それまで道の下まで転がっていたランゼが叫びながら屋敷の中へと飛
び込もうとした。
「だめあるっ。危ないあるっ」
そんなランゼをシャンプーが慌てて止めようとするが、
「離してっ中にキリトがっ・・・」
ランゼはそんなシャンプーを振り切ろうと必死だ。
ゴゴゴゴゴゴ・・・ガラガラっ・・・
・・・そうこうしているうちに、屋敷はどんどんと崩れ、
やがて、
ザザザザザっ・・・
とてもじゃないが、屋敷の中へは入っていけないほどのおびただしい瓦礫の雨が、辺りに降り
始めた。
「いやあっキリト!」
「ランゼさん!」
人が通り抜ける隙間もないほど次から次へと降りしきる瓦礫の雨に、飛び込んでいこうとする
ランゼ。
あかねは、そんなランゼの身体を必死で食い止める。
「くっ・・・」
シャンプーは、ゴニョゴニョと小さい声で呪文らしきものを捕らえると、
「や!」
小さく叫びながら、瓦礫の海に向かって指をヒュッ・・・と差し出した。
すると、人が一人とおれるだけの青い光の円が、瓦礫の海の間に誕生した。
「あれはっ・・・?」
あかねが尋ねると、
「瓦礫から体を守りながら外へ出てくるまでの道を確保したある。でも、この瓦礫の量から考え
ると、そう長くは持たないねっ」
「そんなっ」
「あの魔法が消えるまでにキリト、アソコを通って出てくるのを祈るある」
シャンプーはそう言って、肩で息をしている。
おそらく、随分と強力な魔法を短時間で発動するように無理をしてくれたのだろう。
「ありがとうっ」
そんなシャンプーに対して、ランゼは礼を述べた。
そして、キリトを待つためにその青い光の部分へと立ちすくむ。
「・・・」
一同は、青い光とランゼの表情をずっと見守っていた。
ランゼの表情は、ずっと強張ったままだった。それはまだ、キリトが地下室から戻ってないとい
う事を意味していた。
「・・・」
・・・そうこうしているうちに、ランゼの立っている部分の青い光の「青さ」が薄くなり始めた。
どうやら、魔法が切れてきた頃なのだろう。
「危ないわっ。ランゼさんっ」
「おい、ランゼもどれっ」
あかねや乱馬が叫ぶも、ランゼは一向にあかね達の元へと戻ってはこない。
がつんっ・・・がつんっ・・・
「・・・」
魔法の光が弱まり、徐々にその部分に立っているランゼにも瓦礫が当たり始めても、
その痛みを堪えるように、ランゼはその場所に立っていた。
「いけない!光が消えるあるっ・・・」
と。
シャンプーが不意にそう叫んだ。
それと同時に、
「キリト!」
ランゼも、屋敷の中に向かってそう叫んだ。どうやら、ランゼの視界にキリトの姿が映ったよう
だ。
あかね達は一瞬ぱあっと明るい表情をするが、
「早く!早くしないと!」
ガツン、ガツン、と大きな瓦礫を身体に浴びながら、ランゼがキリトに叫んでいる姿を見ると再
び表情を強張らせる。
「早く!」
「・・・ランゼっ」
瓦礫の雨の間で、二人のそんな声が聞こえたような気がした。
「よかった!キリト君っ。ランゼさんっ」
あかね達はようやく出会えた二人を早く外へと呼び出そうと大きな声で名前を叫ぶも、
「ああ!」
「きゃああああ!」
「うわ!」
ガラガラガラガラガラっ・・・・
不意に、二人へと降り注ぐ瓦礫の雨の速度が上がったかと思うと、
ガラガラガラガラガラっ・・・・
「きゃー!」
もわっとしたつちぼこりと轟音、そして大きな瓦礫が次から次へと、その場所へと落ちていった
ような気がした。
そしてそれと同時に、
フっ・・・
瓦礫から道を確保していた青い光が、完全に消滅した。
完全に光が消滅した瞬間に、あかねは顔を手で覆った。
直後、それまでとは比べ物にならない轟音があたりに響きわたり、すさまじい土埃と瓦礫が周
囲をとりまく。
「きゃあああ!」
「うわあっ」
巻き起こる土埃で、近くにいる仲間の姿も見えない状況、そしてお互いの声も聞こえない状
況。
あかね達は、そんな中で必死に自分の身体を守るべく、その場で蹲った。
ズーン・・・
・・・どれくらい、轟音を聞いた後だろうか。
それが収まるべく腹に響くような重低音が、あたりに響いた。
「・・・」
あかねは、ゆっくりと目を開けた。
いつの間にか、自分の身体の上には乱馬が覆い被さっていた。
「・・・」
あかねがちょっと乱馬の服を引っ張ると、
「ぶ、無事か?」
乱馬は慌ててあかねから離れた。
「・・・」
あかねは小さく頷いて、辺りを見回す。
あかねの隣では、良牙とシャンプーがやっぱり自分の身を守るように身体を丸めていた。
そしてあかねの目の間では・・・・それまでズッシリとそこに構えていたはずの大きな屋敷が、
「・・・」
まるで、瓦礫の山。
豪華絢爛なたたずまいは跡形もなく、消え去っていた。
・・・
「ランゼ、さん・・・キリトくん・・・」
あかねは、フラフラと立ち上がって、崩れて瓦礫だけになっているその場所へと歩きだした。
ランゼが立っていた場所、っそひて、キリトが入っていった地下室への入り口。
その場所は、大きな瓦礫で見ることも出来なくなっている。
「・・・」
もしかしたら、二人はこの瓦礫の下敷きに・・・
そう思うと、あかねの瞳から自然と涙が零れ落ちる。
「そんな・・・」
「・・・」
「こんなのひどい・・・」
瓦礫の前で立ちすくみ、ハラハラと涙を流すあかね。
そのあかねに、あかねの後をゆっくりと歩いてきた乱馬が、そっとあかねの肩に手を置く。
「せっかく、心を入れ替えたのに・・・二人の帰りを待ってる子達だって、たくさんいるのに・・・」
「あかね・・」
「こんなの、酷すぎるよっ」
「いや、あかね。あのな・・・」
「なによっ・・・乱馬はそう思わないの!?」
「いやそうじゃなくて・・・あれ」
「え?」
あかねは、乱馬の妙な言葉が気になり乱馬が示した方を向いてみた。
すると、
「あてててて・・・」
・・・なんと、瓦礫のはるか左方面。
あかね達の避難していた場所とは反対側だが、その場所にキリトが、いた。
そしてキリトの腕の中には、
「・・・」
気絶しているのだろうか。ぐったりとしたランゼが眠っている。
「キリトくんっ」
あかねが慌ててキリトのほうへと走っていくと、
「瓦礫が崩れ落ちる寸前だったんだけど、ランゼを抱えて外に飛び出したんだー・・・いや、足
が速くてよかったよ俺」
「そ、それじゃあ・・・」
「ランゼはさ、自分が生きてるって事がわかって気が抜けて気を失っちまっただけだ。生きてる
よ」
「っ・・・」
「それよりも、こいつ、瓦礫で身体がすげえ傷ついてるから早く手当てしてやんねえとな」
自分だって、瓦礫で肌を傷つけ血を流したりしているのに、
それよりもまずランゼの身を案じるべく、キリトは笑っていた。
「そういうことなら任せるある。ヒーリング魔法は得意では無いあるが、このくらいの怪我なら治
せるあるぞ」
「やったじゃねえか。これで弱虫返上だな。・・・ま、宝はおじゃんになっちまったのかも知れねえ
けど」
そんなキリトの元に、やがてシャンプー達もやって来た。
「仕方ないよ。生きているって事だけで十分だわ」
あかねがそう答えると、
「宝はちゃんと回収したよ。ほら、これ」
「!?」
キリトはそういってゴソゴソと腰に吊るしていた袋をあさると、あかね達にあるものを取り出して
見せた。
それは、
「わー・・・すごい輝き・・・」
「これは純金あるな。かなりの高額ね」
「換金レートによっちゃあな」
・・・なんと、手にもてるくらいの大きさではあるが、「金の延べ棒」。
「地下室に眠っていた延べ棒を全てこの袋に詰め込んでいたら、急に屋敷が崩れ始めてさ。た
ぶん、初めからそうなるようになていたのかも」
「そうだったの・・・」
「とにかく、ありったけのものを袋に詰め込んできたから。あとはこれを換金させてもらうだけだ
な」
今まで見た事も無いような、輝きを放つ金の延べ棒。
その延べ棒を再び袋にしまいながらキリトはそう言った。
そして、
「そして、これはあんた達に・・・。金の延べ棒の傍の宝箱に入っていたよ。これだろ?あんた達
が探しているカードって」
「!」
「俺とランゼには必要ないものだから。それはやるよ」
キリトはそういって、あかねに三枚のカードを差し出した。
「乱馬・・・」
「お、おうっ」
そのカードを、あかねは乱馬に差し出した。
乱馬はそのカードが何のカードなのかを調べるべく、コロンから渡されたカードに関する本をペ
ラペラとめくる。
「えーと、この絵は・・・あった!
法皇・・・・それに戦車・・・あとは、星!すげえ、一気に三枚も手に入るなんて・・・」
「きっと海賊キリトは、色々な場所で宝を集めていたのね。その結果だわ。だって世界中にこの
カードは散らばっていたんだもの」
「よーし、宿についたらゆっくりこのカード、調べてみようっ。コロンのばあさんにも報告だっ」
「そうね。無くしちゃダメよ?」
「ああっ」
乱馬は、さっそく腰に挿したカードフォルダーに渡されたカードを三枚差し込むと、
「こちらこそ、ありがとうな。キリト」
改めて、乱馬に向かって礼を述べた。
「・・・いや、俺が変れたのだって、元はといえばあんた達のおかげだ。特に、あんたの女の
な」
キリトはそう言うと、乱馬の横に立っていたあかねに笑ってみせる。
「あ、あたしはそんな、女だなんてっ・・・」
あかねが慌ててそう言うと、
「そうだぞ、キリト」
「そうなのか?」
「こいつは俺の、許婚だ。女なんて表現じゃ不確実じゃねえか」
乱馬は妙に真剣な顔でそういって、一人納得している。
「そういうことじゃないでしょっ」
あかねはそんな乱馬にやれやれ、と溜め息をつくと、
「・・・でも、よかったね。これで船会社、作れるね」
「そうだな。あんたにも本当に世話になった」
「ううん。キリトくんの頑張りが全てを変えたのよ」
と、それまでとは比べ物にならないくらいきりっとした表情をしているキリトと、そしてそんなキリ
トの腕の中で眠るランゼに微笑んで見せた。
そして、
「・・・さ、それじゃあそろそろ帰るか」
「おお!」
・・・一同はシャンプーのヒーリング魔法で傷を癒した後、もと来た道を元気な足取りで引き返し
ていった。
こうして、いろいろとあったが「海賊キリトの秘宝」を手に入れる戦いは終了したのであった。
−−−エピローグ−−−
その翌日。
乱馬達は、キリトと、そしてヒーリング魔法のおかげで元気になったランゼに見送られて港町・
ウォータークールを後にすることにした。
「あんた達が今度来る事にはさ、俺とランゼの作る船会社がこの町の名物というか、有名にな
るように頑張るよ」
「そうよ。だから、船が必要になったらいつでもあたしたちに声かけてよ」
港まで一行を送りに来てくれたキリトとランゼがそういって、別大陸に渡る定期連絡船に乗り込
む乱馬達に笑顔を見せる。
「ああ。期待しているよ」
「あんたには世話になったな・・・延べ棒を換金してくれる店まで紹介してもらって」
「うちの国でもよく利用している店だからな。信用はできる」
・・・乱馬はキリトに向かってそう答える。
そう、金の延べ棒を換金するにあたり、素人相手だとあくどい取引をする商人も少なくは無い。
なので、乱馬が昨夜自分の国へと連絡をし、信用できる商人と、そして会社を作るにあたり手
続き等をバックアップしてくれる弁護士をキリトたちに紹介したのだった。
・・・
「なあ、次はどこに行くつもりなんだ?」
「次は・・・えっと・・・」
乱馬はキリトの問いに戸惑ってしまったようで、あかねの方を見る。
・・・相変わらず目的地を覚えていない乱馬に対し、あかねは小さく溜め息をつくと、
「次は、船で『レイディア大陸』に渡るんでしょ」
と囁く。
「レイディア大陸か。だったらそこから一番近い町は『T&Kアイランド』っていう町だな。行って
みるといい」
するとキリトはそう言って自分の知っている町名を教えてくれた。
「ありがとう」
「確かそこは、お金持ちの兄妹が治めている地域なのよ。ウォータークールに比べて物価も高
いみたいだから、港についたら買い物だけはしていった方がいいわ」
「そうなの?教えてくれてありがとうっ」
ランゼも続いて、あかねに助言をしてくれる。あかねは二人の優しさに心から感謝をした。
と、その時。
ボーっ・・・
遠くで、汽笛が一回鳴った。どうやら、船の出向準備が出来た合図のようだ。
「本当に、本当にありがとうな!」
「また、会いに来てよ!?」
それを受けてキリト達が再び乱馬達にそう語りかけた時、
再び遠くで汽笛がぼーっ・・・と鳴った。
どうやら、今度は船の出向時刻が来た合図のようだ。
「あなたたちもがんばって!」
「がんばれよーっ」
「世話になったある」
「じゃあな」
あかね達が二人にそう答えたとき、がしゃん、と港と船の間に渡されていた橋が船内にひっこ
んだ。
出向準備が完全にこれで完了した。もう、港には戻れないということだ。
「さようならっ・・・さよならっ」
ボっー・・・
汽笛と共に、徐々に港から離れていく船。
あかねは、やがてキリトとランゼの姿が船の上から確認できなくなるくらいまでずっと、手を振り
つづけた。
船は、白い波を立ててスピードを上げながら港町・ウォータークールを後にした。
・・・いつかこの港に戻ってきた時、立派な船会社が出来ていますように。
すでに見えなくなった港の方向を見つめながら、あかねは心からそう祈っていた。
こうして乱馬達は新規に「三枚」のカードを手にすることが出来た。
法皇・戦車・星。
それらはいずれも、それぞれが強力なパワーを持っているカード。
このカードについて、コロンが乱馬達へ助言をするのは「レイディア大陸」についてから。
通称「バカ王子」こと乱馬にはやっかいな説明になるがゆえ、ゆっくりと時間を取れる場所で説
明を受ける事になったのであるが、
そのエピソードや解説などについては、とりあえず次のお話で語られることになる。