その頃パーティ会場では、会場外で起こる騒ぎに備えるべく乱馬とアルファードが最終打ち合わせを壁際でしていた。
面と向かってコソコソと話していると、兵や帯刀達に怪しまれる。
なので二人は「壁際の花」となるべく、会場の壁に並んで立つようにして言葉を交わしていた。
「そろそろ、パーティが始まって二十分くらい経つな」
会場に流れる音楽に隠れるようにして乱馬がそう呟くと、アルファードが「そうだな」と返してきた。
「良牙たちがフェイクの騒ぎを起こす為に何かを仕掛けてきたら、すぐに俺が兵士たちを誤誘導する。そんで窓を一つ壊したら・・・」
「そしたら俺が、会場内に発煙筒を投げ込んで視界を悪くする」
「会場の兵は帯刀を守りに行くだろうから、その隙をついて男たちを良牙たちが待つ門へと走らせる。・・・よし、段取りは完璧だな」
乱馬は、ちらりとアルファードに視線を向けた。
アルファードもそんな乱馬に目線を返すべく、ちらりと顔を向ける。が、すぐにその視線を元へと戻し、
「門に着いたら、あとはお前達の仲間の指示に従えばいいんだよな?」
「ああ。門のところには、シャンプーって言う魔導士と、良牙がそこに戻っているはずだから。そしたら、用意しておいて貰った例の大砲を、レオンのおっさんと良牙の二人でぶっ放してもらうんだな。それで、男たちの追っ手の兵を足止めもできるし、奴らを守る結界も張れるはずだ」
「そうこうしているうちに、お前も俺たちのところに戻ってくる・・・と。失敗は許されねえな」
少し緊張した面持ちでそう答えた。
アルファードは、頭は切れるけれど体力には自信がない。自力で考えた作戦にも何度か失敗をし、その度に兵に殴られては投獄されていた経験がある
のだ。強力な助っ人を得てこうして最大級の作戦を計画はしている物の、いざ本番が近づいてくると物怖じしてしまっていた。
だが、
「弱気になるな。弱気は、不運を招くんだ」
乱馬は、そんなアルファードに喝を入れるべくそう呟いた。
「ベッキーが待ってるんだろ?絶対に自分は帰るんだと信じてやるしかねだろ。これが最後のチャンスなんだ」
「・・・」
「次があると思うな。ベッキーに・・・ベッキーとお腹の子どもに会いたいんだろ?」
「ああ・・・ああ、そうだ!俺はベッキーに会いたい・・・会いたいんだ」
「だろ?だったら、この作戦は絶対に成功する。そう信じてろよ」
そして、最後にそう言ってにやりと笑って見せると、
「・・・それじゃ俺は、良牙たちの作戦開始に合わせて準備をするから、行くぜ。次に会うのは、事が収まったあと、門のところで、だな」
「ああ。そっちも、頑張れよ」
「当たり前だろ」
ぽん、とアルファードと一瞬軽く手を合わせ、そのまま会場の入り口へと歩きだした。
会場の入り口・・・会場内だが、実は簡易的にトイレが設置されている。
もちろんそのトイレの前も、兵が一人守っている。中で妙な事を起こさないようにだ。
窓もないような狭いトイレの中で何かを起こす方が無理ではあるが、念には念を入れて・・・と、兵が常駐しているのである。
乱馬は、騒ぎが始まってすぐ兵士を誘導する役目がある。
それはつまり、兵士を装って他の兵を誘導するという事。それをするためには、事前に兵士の格好をしていなければならない。
乱馬が今身につけているのは、ただの服だ。と、言う事は、だ。
・・・兵士を装う為には、兵士の服を、手に入れなくてはいけないのだ。
「た、助けてくれ!」
「どうした!?」
「と、トイレの中に刃物を持った男が!」
「何だと!?」
乱馬は、会場内の他の兵に気付かれないように、トイレを警備していた兵を中へと招きいれた。
そして、
「ぐっ・・・」
「悪りいな、あんたに恨みはねえんだけど」
ミゾオチに一発、拳をお見舞いする。兵は気を失い、乱馬の目の前に崩れ落ちた。
乱馬は急いでトイレに鍵をかけ兵と自分の服を交換すると、
「・・・不審者を捕獲しました」
「なんと。パーティが終わるまで、牢に収監しておけ。小太刀様や帯刀様に無礼があっては敵わんからな」
「はっ」
気絶させた兵士をぐるぐる巻きに縛り上げ、気がついても口が効けないように猿轡をかませた。
そして、これまた簡易的に設置された会場外の牢部屋へと放り込んだ。
次に、
「大変だ!」
「どうした!?」
「先ほど投獄した兵が、牢の中で暴れているのだ!」
「何と!」
・・・会場の外、男たちを脱出させようと目論んでいる窓の辺りを守っていた兵数人をその牢の中へと招き入れ、先ほどの兵と同じように気絶をさせて縛り
上げた。
これで、この部分を爆発させた後の逃げ道は、とりあえず確保した。
あとは、良牙たちのフェイク騒ぎが起こるのを待つだけだ。
「・・・」
・・・乱馬は、兵がいなくなって静かになった庭先で一人、深呼吸をした。
いよいよ作戦が始まる。このまま行けば、何ら問題もなくこの作戦は成功するだろう。
でも、
「・・・」
先ほどアルファードには「弱気になるな」とアドバイスをした乱馬であったが、何かがこう・・・胸の中に疼いていた。
これは決して、「弱気」ではない。それは乱馬にも分かっているのだが、「弱気」でなければ、なんなのだろう。
「弱気」ではない、胸の疼き。
そう、きっとこれは、
「・・・」
・・・足りない。
この作戦を自信を持って乱馬が遂行するのに、足りないのだ。乱馬はそう感じた。
男たちを逃がす作戦は成功するだろう。とすれば、今夜の作戦の片方は安心だ。
問題はもう一つ。例のカードを手に入れるほうの作戦・・・そちらも、乱馬達は成功させないといけない。
そっちを成功に導く為に、大切な物が足りない。それがこの、乱馬の胸の疼きなのだろう。乱馬は思った。
今の乱馬に足りないもの。
それは・・・
「あかね・・・」
そう、あかねだ。
あかねは、男たちを逃がすフェイクの騒ぎとは別に、「宝物庫」で本物と偽物のカードを摩り替える役を務めているはずだ。
本来ならば、良牙たちがフェイクの騒ぎを起こす前にその作業を終えて会場に戻ってきているはずなのだが、いよいよこうして作戦が始まるかもしれない時刻になっても、あかねは会場に戻ってこなかった。
会場にあかねが戻ってくれば、必ず自分の元へとやってくるはずだ。そう確信していただけに、姿を表さないあかねに、乱馬は不安を覚えていた。
「・・・」
あいつ、ホントにドジだからな・・・すぐに危険な目に遭うし。
いや、もしも妙な兵士とかに捕まってしまったら?捕まるだけならばまだしも、何かされてたりしたら・・・
「・・・」
一度心配をしだすと、次から次へと悪い想像ばかりが乱馬の胸を過る。
あかねは、無事なのだろうか。カードのすりかえ成功うんぬんよりも、もはやそちらの方が心配でならない。
・・・「宝物庫」まで見に行った方がいいのだろうか。そんな事さえ、思ってしまう。
しかし、ここでむやみに持ち場を離れるわけにも行かない。
あかねの事は心配で仕方がないが、今は無事だと、信じるしかないのだ。
「・・・」
あかね、どうか無事で。
・・・今現在のあかねのことをもしも乱馬が知っていたのなら、何をおいてでも飛んで行っただろうに。運命とは酷な物である。
崩れかけの地下室で意識を失って動けないままのあかねのことを知らない乱馬は、あかねの無事を祈りつつ、そっと目を閉じた。
・・・と、その時だった。
ドオオオン!
屋敷の裏手から、辺り一体に轟く爆音が鳴り響いた。
ブワッ・・・と爆風で庭の木々が揺れた。乱馬も一瞬ふっ飛ばされそうになるが、かろうじて地面に堪えた。
どうやら、良牙たちのフェイク作戦が始まったようだ。
「何事だ!」
「何だ今の音は!」
爆音に導かれ、予想通りに会場を固めていた兵や、屋敷を守っていた兵が爆音のした方へと流れていく。
当初の予測どおりだ。
「裏手だ!裏手で何かが爆発した!皆急ぐのだ!」
乱馬は屋敷の兵を爆音のした方へと更に導くと、兵が向かった隙を突いて、
「はー・・・やあ!」
ドゴ!
男たちがパーティ会場から逃げる為の入り口・・・窓を破壊した。
ガラガラガラ・・・と粉塵と白煙が周辺に漂う。
「おい貴様!何をしている!」
もちろんそんなことをすれば、まだ会場の中にいた兵たちが乱馬の元へと駆け寄ろうとするが、
「わッ・・・何だこの煙は!」
「まさかこの会場にも何か爆弾か何かが・・・!?うわああ!」
・・・そこは、打ち合わせどおり。会場内でアルファードが、発煙筒を使い視界を遮る。
人間は、視界を遮られる事で一種のパニック症状を起こすことがあるのだ。
事前に「爆音」「窓を破壊する音」を意識に植え付けておけば、実はもうそんな音はしないけれども、煙を見ただけで「爆発が起こる」と錯覚してしまう。
混乱した兵は、警備という仕事を投げ捨てて外に逃出したり、
「帯刀様を!帯刀様を早く別室にお連れしろ!」
わずかに忠誠心が残るものは、とりあえず主の帯刀を避難させようと必死だ。
「アルファード!」
その状況下、乱馬は煙幕を掻き分けるようにして、アルファードの名前を呼んだ。
「わ、わかった・・・!」
アルファードはその声を受け一度大きく深呼吸をすると、
「行くぞ、みんな!」
・・・すこし声は裏返った物の、会場内で時を待っていた男たちに声をかけた。そして、一目散に乱馬が破壊した窓から飛び出していく。
「誰一人、捕まるんじゃねえぞ!一気に走れ!」
乱馬は、飛び出す男たちの手助けをしながら彼らに叫ぶ。
「あ!」
会場の中で、逃出す男たちの姿に気がつき慌てて駆け寄ってくるものもいたが、
「邪魔をするな!」
そう言う輩は、乱馬が全てシャットアウト。男たち全てを会場から逃すのに邪魔な兵は、その場で倒していった。
おかげですぐに会場からは男たちは逃出す事に成功。あとは、門まで逃げ切れるか否かに、行方は託された。
とりあえず、レオンが門までたどり着き、そして戻った良牙と二人、追っ手の兵を足止めする・・・今度はこれが成功してくれるしかない。
となれば、乱馬が今出来る事はというと・・・
「・・・」
・・・もう一つの作戦。本物と偽物、すりかえたカードを受け取って、この場を立ち去る。そっちの作戦を成功させる事。
そして、その作戦成功の鍵を握るあかねを、この手で保護する事だ。
「・・・」
良牙達のフェイク作戦が始まったというのに、あかねは姿を表さなかった。
逃げる男たちの中にもいなかったし、かといって一足先に門のところへと向かっているとは思えない。
・・・一体、どうしたのか。
「・・・」
とりあえず、屋敷の中を見回って見よう。そしてあかねを保護して一緒に門へ・・・乱馬はそんなことを考えながら、白煙が蔓延する会場から出て行こうとし
たのだが、
「・・・白煙の中に黒いネズミか。敵は、遠くではない。実は意外に近くに潜んでいる・・・戦闘戦術では基本中の基本だな」
「!」
「腰抜け兵士どもは欺く事が出来ても、私は欺けんぞ」
・・・白煙を、不意に銀色の三日月が走りぬけた。
ヒュンッ・・・と風を切る刃先音に、乱馬は慌ててその場から離れ、腰の剣を抜いた。
ゆらり、と煙が揺れたその向こう側に、不敵な笑みを浮かべた男が立っていた。
「・・・逃げなかったのか。あんた案外、肝が据わってるな」
乱馬は、姿を表した男に対して負けずにそう言うも、内心は焦っていた。
・・・計算違いだった。
爆音騒ぎ、そして会場が大混乱に陥れば、兵士たちは主をまず、別の場所へと避難させるだろう・・・乱馬達はそう踏んでいた。しかし、
「白煙が会場内に起こったとき、なにやら予感がしてな・・・兵どもは僕を誘導しようとしたが、僕だけはここに残ったのだ。ふ、思ったとおりだったな」
帯刀は、素直に逃げるタイプではなかったようだ。こうしてこの場に留まった帯刀は、剣を構えて乱馬を見据えていた。
「言え、何が目的だ。何故この屋敷に忍び込んでいる?」
「・・・」
カードを摩り替えるため。思ってはいても、勿論そんなことを素直に話すつもりもない。
大体話したところで、父親の遺品として扱っている物を奪おうとしている事がばれるだけであって、そんなの火に油を注ぐようなもの。
「・・・」
さて、どうするべきか。
乱馬は、剣を構えて自分を睨んでいる帯刀と、じっとにらみ合いながらその場に立ち尽くしていた。
一方。
「こっちだ!こっちだー!」
男たちが走り抜けるゴール、屋敷の門のところでは、すでにその場所へと戻ってきていた良牙が走ってくる男たちへと手を振りながら合図をしていた。
「早く走るよろし!ここまで走りぬく事ができれば安泰ね!」
その横で、シャンプーが結界の魔法陣を作りながら叫ぶ。
シャンプーの魔法は強力だ。彼女の言う通り、この場所まで走り抜ける事ができればもうおっての兵に捕まる事はない。
しかし、走り抜けきる事が非常に重要な問題だった。
「待てー!」
・・・男たちの後を、爆発現場へと向かわなかった兵がわらわらと追ってくるのが、視界にはっきりと映っていた。
足の速い男たちは次々と魔法陣の中へと飛び込んでくるが、足の遅い男達・・・アルファードを含め数人の男達は、今にも追っての兵に捕まりそうな勢い
だ。
「ああ、もう見てられないね!」
今にもその身体を捕まえられそうなアルファード達を見て、魔法陣を守っていたシャンプーがイライラしながら門の内側へと向かおうとしたが、
「おい、お前はそこを守れ!」
「でも、このままじゃ危ないね!」
「大丈夫だ!こっちは俺たちに任せろ!」
そんなシャンプーを、良牙が食い止める。そして、
「おい、レオンて奴はどいつだ!?」
すでに魔法陣の中へと駆け込んでいる男達へと振り返り、叫んだ。
「おう、俺だ!」
すると、魔法陣の隅・・・良牙たちが指示されたとおりに準備してきた大砲の横に、一人の男が立っていた。
年の頃は三十台前半。随分とがっしりした体型で、顎に立派な髭が生えている男だった。
「あんたがレオンか?言われたとおり、かみさんに頼んで大砲を用意してきたぜ」
良牙が魔法陣の隅へと走り寄ると、
「元漁師だった俺が武器屋に転身して以来、ようやく日の出を見る、作品だ。派手にやらなきゃ、武器が泣く!」
レオンは大砲を嬉しそうな表情でペチン、と叩いた。
そして、
「大砲を肩に担いだら、ボディ横にある三角のボタンを押せ。そうすれば、網が飛び出す!」
「了、解・・・っと!」
そうもゆっくりはしていられない。レオンは良牙に手早く操作方法を教えて自分も大砲を担ぐが、
「・・・あ、おい!そっちじゃねえだろ!敵は左前だ!」
「わ、分かった!」
ドオン、ドオン・・・と大砲を構えては打つ良牙は、なるほど、牢の中で乱馬がいっていた通りあさっての方向へとその大砲を向けている。
大砲は、ゆうに三十キロ弱。子ども一人より少し重いくらいだ。その大型大砲を軽々と担いで撃ち続けてくれるのはいいが、的とは全然違う方向に撃た
れては、迷惑千番だ。
「ええい、お前はもう撃つな!俺が撃つ!」
レオンは小さなため息をつきながら良牙にそう叫ぶと、
「・・・よくも今まで俺たちを、閉じ込めてやがったなー!くらえ!」
ドオン!
良牙が撃ったのとは正反対の方向へと、大砲を撃った。
レオンの撃った大砲は、勢いよく兵たちへととんで行き、その頭上に大きな網を、降らせる。
おかげで、
「よし、捕まえ・・・うわあ!?」
「な、何だこれは!わっ・・・押すなって・・・うわ!」
まだ逃げ切れていない男達を捕まえようとしていた兵士の手を寸前で断ち切り、その足を止めた。
一人の足が止まれば、その後ろを走っていた兵の足をもとめることができる。現に、前を走っていた兵にけつまずいて一人兵士が転べば、まるで人間ピ
ラミッド・・・次から次へと倒れた兵の上へ、兵士たちが倒れていく。
「まだまだ!」
レオンは、構わず大砲を撃ちまくる。その横で、勿論良牙も、
「俺だって黙ってられるか・・・それい!」
「こらー!だからお前は撃つなって言ってるだろ!網が無駄になる!」
「心配するな、今度は平気だ!・・・おお!?」
・・・大砲はレオンよりも多く撃っているはずなのに、結局の所兵士に当たったのは二発のみ。
最後は、
「ええい、大砲なんて小道具、小ざかしい!俺は素手で勝負だ!武器に頼るなど、俺には向いてはいない!」
大砲を地面へと置き、向かってくる兵を素手で叩きのめしていた。
「・・・大砲のどこが小道具ね。全く、良牙に綿密な作戦は向いてないあるな」
「・・・パワーはあるんだけどな」
しばらくして全ての男達が門の外へとたどり着き、追っ手の兵も片付いたのを見計らい、大砲をかたずけるレオンと、様子をそれまで見守っていたシャン
プーがため息をついた。
結果オーライではあるけれど、
「乱馬と同じくらい、バカあるな」
今夜のような作戦には恐ろしく向いていないタイプだ。シャンプーは、良牙に聞こえないようにこっそりとそう呟いたのだった。
だが、
「・・・そういえば、乱馬、遅いあるな」
良牙のことをぼやくよりも、シャンプーはふとそちらの事を思い出し気になって仕方がない。
「・・・そういや、遅いな。それに、あかねさんも・・・いない」
敵を素手で叩きのめした後、汗を拭ったりして休んでいた良牙も、その事実に気がつく。
「カードの摩り替えに失敗したあるか?・・・あかねも、本当に使えないあるな」
乱馬の事はともかく、シャンプーがボソッとそう呟く。
もちろんその発言は、あかねに横恋慕をしている良牙にとって気にいらない物ではあるが、今はその事でシャンプーと揉める事よりも、戻ってこぬ仲
間・・・というよりあかねのことを心配する方が先だ。
「でも失敗したとすれば・・・無事かどうか、分らんぞ。俺、ちょっと見てくる」
いても経っても要られない良牙は、さっそく騒ぎが収まってきた屋敷の中へと向かおうとしたが、
「・・・そっちは、宿屋へ帰る方角ね。良牙は、黙ってここで待っているよろし」
方向音痴の良牙が、素直に屋敷内部へと戻れるはずがない。良牙まで迷子になっては、あとあと面倒になる事間違いない。
「私が行くね。誰か、乱馬が居そうな所まで案内するよろし」
シャンプーは良牙をレオンに任せて、結界の中で安心しきって喜んでいる男達へと声をかけた。
「あっ、じゃ、じゃあ俺が・・・」
「私を乱馬の所まで案内するよろし」
シャンプーは、名乗り出た男・・・アルファードと共に、乱馬とあかね---とはいえ主に乱馬だけなのだが、騒ぎが収まりだした屋敷の中へと向っていった。
屋敷の中では、例のパーティー会場内で依然として、乱馬と帯刀が剣を構えてにらみ合っていた。
本当はお互い、すぐにでも相手を倒したい気持ちはある。
しかし、本当に格闘術に長けている者と言うのは、向かい合っただけで相手の技量を計る事ができるのだ。
乱馬も帯刀も、お互いが只者ではない実力の持ち主であるという事ぐらい、向かい合った時点で悟っていた。
二人は、無駄ににらみ合っているわけではなかった。
お互いの隙を見つけるべく、精神力を費やしながら相手の動向を覗っていたのだった。
と、そんな中。
「お兄様!」
・・・会場内に蔓延している白煙の中から、一人の女が現れた。
帯刀の妹、小太刀だった。
「!」
漆黒のドレスに身を包んだ、グラマラスで妖艶な娘。その登場に、乱馬はゾクリと背筋を震わせる。
もちろん、彼女の妖艶な美しさに身を震わせたのではない。
小太刀が現れた事で動いた、場の空気に身を竦ませた。そう表現した方が正しいであろう。
空気が、澱んだ。
胸をつくような・・・そう、まるで瘴気だ。小太刀が現れた瞬間、乱馬はそう悟った。
その澱んだ気に、乱馬は背筋を震わせたのだ。
それに、
「お兄様、そのような悪人は、すぐに切り捨てるべきですわ!そやつらは、お父様の遺品を狙う盗賊…」
「何!?」
「さ、早くお兄様の手で…」
小太刀が、帯刀と向かっている乱馬に対してそう言ったこと。それが一番、乱馬の心に引っ掛かっていた。
部屋中に乱馬のパネルを飾るほど、乱馬に心を奪われているはずの小太刀が、乱馬の顔を確認もせずに、帯刀にそう進言した事が引っ掛かった。
普通、心を寄せている相手と瓜二つ(実際には本人であるけれど)の相手が目の前にいれば、少しは驚くのが通常であろう。
「…」
小太刀がそうしない原因は、恐らくたった一つだ。
そう、乱馬に気がつく…という行為自体が心に浮かばないほど、「別の何か」に心を奪われているということだ。
その証拠に乱馬の目に映る小太刀は、瞳を異常にギラギラとさせて帯刀を見つめている。
そして、
「さ、お兄様…お父様が私達に力を貸してくれますわ」
「これは…くっ…このカードは…」
胸元に忍ばせていた例の二枚のカードの内の一枚を、帯刀の手に握らせた。
その瞬間、帯刀の顔が苦痛に歪む。
小太刀は胸元に忍ばせているもう一枚のカードを、そっと手で抑えるように目を閉じた。
すると、
シュウウ…
「!?」
小太刀が抑えた胸の辺りから、はっきりと目に見えるようなどす黒い霧が現れ、小太刀と、そして帯刀を包む。
「なっ…これはっ…僕は…僕は…!」
帯刀はその霧から逃れようとするが、小太刀が手に握らせたカードの影響なのか…その場から一歩も動く事が出来なかった。
「痛い!頭が…頭が割れてしまう…頭が…!」
帯刀が、右へ左へフラフラと霧の中を彷徨う。
「おい、そのカードを手放せ!」
乱馬は、顔を苦痛にゆがめる帯刀に霧の向う側からそう叫ぶも、
「うるさいですわ!」
シュン!
不意に乱馬のすぐ側で、空気を切る音がした。
慌てて乱馬が身を逸らすと、今まで乱馬が立っていたその場所を黒いリボンが通り過ぎた。
まるで鋭利な刃物のようなそのリボンは、辺りに漂っている霧を瞬時に切り裂いてははためいている。
「!」
…弱ったな。女相手には真剣に勝負なんて出来ねえが、そんな情けをかけて倒せる相手でもなさそうだ。
乱馬は、ギリと唇をかみ締める。
そうこうしているうちに、うめいていた帯刀は床へと一度、しゃがみこんでいた。
しかしその内、
「…父の残したこのカードを狙おうとは。許すまじ、この盗人め…」
それまで苦痛に歪めていた顔を緩め、無表情のまま…そう呟き立ち上がった。
表情はないが、目だけは小太刀同様、ギラギラと異常に輝いている。
尋常ではない。人目で乱馬にも分った。
「盗人、成敗!」
目をギラギラとさせ、そしてカードの悪しき力に魅入られた二人は、異様な気を漂わせながらそれぞれの武器を構え乱馬を睨んでいた。
帯刀の剣からも、小太刀のリボンからも…青白い奇妙な光が発せられている。
「…」
まずいな。
二人と対峙する乱馬の背中に、嫌な汗が流れた。
ただ、この汗は今対峙しているこの二人が強いから、流れたわけではない。
…この二人が先ほどから手に、胸に忍ばせているカードは紛れもなく、本物のカードだ。
あたり一帯に異様な気が漂っている事からしてもそれは、間違いがないだろう。
と、言う事はだ。
パーティーが始まってすぐ、あかねはこのカードと偽ものを摩り替えるために、宝物庫へと向かったはずだ。
それがされないままでここにあるという事は…
…あかねの身に何かが起きているという事だ。
そう言えば小太刀はここへ現れたとき、『そやつらは、お父様の遺品を狙う盗賊』と口にした。
『そやつら』と表現するのは、一人の人間に対しての言葉ではない。
少なくても乱馬を含め二人以上の人間を指す。
一人は乱馬は、そうしたらもう一人は・・・!
「おい!あかねはどうした!?あかねはどこだ!」
乱馬は二人に向かってそう叫んだ。
すると小太刀が、
「あかね…あの盗人は今頃、もう死んでいることでしょう」
「何!?」
「盗人には、それ相応の死を」
全ては言わないけれど、ほのかにあかねの危険を匂わせるような言葉を吐き、乱馬に黒いリボンを走らせた。
ガシュ!
乱馬のすぐ側に落ちていた瓦礫が、瞬時にして粉々に砕け散る。
「あかねを返せ!」
乱馬は小太刀に向かって剣を向け叫んだ。しかし、
「・・・盗人にはそれ相応の死を」
・・・あかねの事を気にいっていたはずの帯刀でさえ、
あかねの身を案ぜずに小太刀と同じ事を呟き、小太刀に剣を向ける乱馬に対し切りかかってくる始末だ。
「・・・っ」
本当のところ、もうカードうんぬんよりもあかねを探しにいきたくて仕方がない乱馬だが、
そうしようにも、カードに魅入られたこの兄妹はその邪魔をする。
まずはこの兄妹を早く倒し、元に戻ったところであかねの居場所を小太刀から聞き出す。それしか方法はないのか。
乱馬は、帯刀と小太刀の攻撃を交わしながら、ギリリと唇を噛んだ。
と、その時だった。
「くうっ・・・!」
「ああ・・・!」
「!?」
不意に、乱馬へ切りかかっていた帯刀と小太刀が、小さな叫び声を上げてその場に崩れ落ちた。
「お、おい?」
別段、乱馬が二人の身体を切りつけたわけではない。乱馬が崩れ落ちた二人に声をかけると、
シュウウウ・・・
「!?」
・・・倒れた二人の身体から、なにやら煙らしき物が立ち昇った。
その煙は、なにやらそれぞれの身体の一ヶ所に集中して集まっている。
そう、その場所とは・・・二人がカードを隠し持っている部分だ。小太刀だったら胸元に。帯刀であれば、手に。
その部分に集まった煙は、それぞれのカードを宙に巻き上げるようにして煙を媒体に舞い始めた。
そして・・・
「なっ・・・!?」
宙に舞ったカードはやがて、乱馬の頭上でその動きを止めた。
煙を媒体にしたカードはゆっくい、ゆっくりと姿を変えていく。そして・・・見る見るうちに、二枚のカードを剣の先に携えた、漆黒の騎士へと姿を変えたのだ
った。
顔もなく、ただ、甲冑を纏っているかのような漆黒の騎士。
剣を持ち、そして乱馬のそれと同じようにカードを携えているその武器は、漆黒の騎士とは相反した白色にぼんやりと光っている。
ただ良く見るとその白いものは、バチバチ・・・となにやら反応をしている。
ヒュっ・・・
と。漆黒の騎士が、白く鈍く光る剣を振り回した。
すると、
ジュオ!・・・と奇妙な音を立てて、辺りの瓦礫が解けてしまった。
「!?」
・・・どうやら白く光るその剣は、異常な瘴気・・・いや、瘴気を出す魔法なのか。
いずれにせよその剣は、妙なパワーで包まれている事間違いない。
その剣で身体を傷つけられたら、ただの切り傷でも治るまでに時間がかかることも間違いない。乱馬はそう直感した。
二枚の悪しきカードは、帯刀と小太刀の精神を完全に侵食し、その能力を奪った。
そして、「漆黒の騎士」と姿を変えて、こうして乱馬の目の前へと現れたのだ。
その能力は、未知。ただ、帯刀と小太刀の持っていた二枚のカード・・・両方の力を携えた、かなりのつわものである事は確かだ。
もちろん、この漆黒の騎士に負けるという事は・・・乱馬が持っているカードは全て取られてしまう。
そして、乱馬自体もこの騎士、いやカードに魅入られて・・・悪しきものへと姿を変貌していくであろう。
「・・・!」
・・・くそ、あかねを探しにいかなくちゃいけないのに!
目の前の漆黒の騎士の剣先に捕われながら、乱馬は気ばかりを焦らせていた。
そうこうしているうちに、漆黒の騎士は乱馬に向かい剣を構えながら走り寄って来た。
乱馬は慌てて剣を構えようとするも、それより早く、漆黒の騎士が乱馬の懐に飛び込み剣を振り下ろそうとしていた。
「!」
やられるっ・・・乱馬はそう直感し、ぎゅっと身を固めてその刃を受けざる得まいとその場に立ち尽くした。
すると、
「紅蓮撃!」
ドオン!
「うわ!」
ビュッ・・・不意に乱馬の後方から深紅の炎の風が吹き、乱馬に向かって剣を振り下ろそうとしていた漆黒の騎士の身体を、吹き飛ばした。
「あちちっ・・・」
その衝撃で、若干乱馬の髪の毛もチリリと焦げた匂いがしたが、今はそんな事をいっている場合ではない。
乱馬は深紅の炎を放った元を振り返った。
そこには、
「何してるか、乱馬!危ないところだったぞ!」
「な、な、な、何だ!?あの黒いお化けは・・・!」
門のところから乱馬とあかねを探すべく屋敷へと入ってきたシャンプーとアルファードが立っていた。
先ほどの「紅蓮撃」・・・炎の突風を放ったのは、どうやらシャンプー。
シャンプーの左手部分に、先ほど放った「紅蓮撃」の残像としてオレンジ色のオーラが微かに残っていた。
さすが、攻撃系の魔法の覇者である。倒すには力が足りないにしても、漆黒の騎士の身体を吹き飛ばすほどの魔力を持っていてくれた事は、非常にあり
がたい。
「シャンプー!それにアルファードも・・・すまねえ!」
乱馬は急いで二人の元へ駆け寄り、そう叫ぶ。
「屋敷の男達、皆逃げ切る事が出来たね。あとは乱馬が、私と戻れば大団円ね」
こんな状況にも関わらず、乱馬の腕を取りながらべったりと甘えるシャンプーに、
「あかねがいねえんだ!まだこの屋敷のどこかにいるはずなんだ!」
「あかね・・・本当に足手まといあるな。カードの摩り替え、失敗したのだな?」
「それよりも、早く助けてやらねえと・・・!」
さらっと皮肉を言うシャンプーを交わし、乱馬がそう叫ぶと、
「わああ!またあの黒いバケモノがくるぞ!」
そんな乱馬の背中に隠れるようにして、アルファードが叫んだ。
「!」
乱馬とシャンプーがその声にはっと息を飲むと、先ほどシャンプーの魔法でふっ飛ばされた漆黒の騎士が再び乱馬達に向かって剣を片手に走ってくると
ころであった。
「せい!」
先ほどは隙をつかれたが、今度はそうはいかない。乱馬が走ってきた漆黒の騎士を自らの剣で切り裂く。
しかし、
ヒュンッ・・・
「!?」
漆黒の騎士の身体は、乱馬の剣で真っ二つ・・・いや、二つには裂けたが、それはまるで煙を剣で切ったような手ごたえのないものであった。
案の定、漆黒の騎士の身体はすぐにまた一つに戻り、また乱馬達に向かって突進してくる。
「あの騎士、何あるか!?帯刀が用意していた魔物ではないのか?!」
切っても切っても倒れる事のないその騎士の様子に、シャンプーが半分悲鳴のような声を上げた。
「何って・・・あれは、帯刀と小太刀を魅入ったカードが、二人のパワーを混合させて作り出した魔物みたいなもんか?」
乱馬が口早にシャンプーに説明をすると、
「カードの力が生み出した魔物・・・。あの魔物、カードが作り出したものだったあるか」
シャンプーはそう言って、黙った。そして、
「そうあるか、だからさっき、乱馬の攻撃は無効化されて、私の魔法攻撃だけ有効に・・・」
シャンプーはそんな事を呟きながら騎士の振り下ろそうとしている剣や、その姿をじっと観察していたようだが、
「乱馬!そしてそこのお前!」
・・・漆黒の騎士が乱馬達から少し離れた瞬間を見計らって、そう叫んだ。
「え、お、俺?」
シャンプーの声に、乱馬の背中に必死に隠れていたアルファードが驚きの表情を見せる。
「とにかく二人とも、私の後ろに隠れるよろし!」
「へ?!」
「いいから!カードの魔物、大変強力ね!ひいばあちゃんの持たせてくれた魔法書にも色々と書いてあった。
だったら、普通に剣を振り回して戦っても、体力を消耗するだけね!」
シャンプーは乱馬とアルファードを自分の後ろに走らせそう叫ぶと、左手を天井に向かってゆっくり翳した。
そして、右手で何かの紋章を描くかのように空気を切ると、
「流水壁!」
大きな声で、そう叫んだ。すると・・・
「うわー!」
「み、水がっ・・・!」
シャンプーの声と同時に、乱馬達三人が立っているそのスペースギリギリの所に、まるで円形の壁を描くが如く水柱が激しく立ち上った。
その名の如く、それは水の「壁」。漆黒の騎士の侵入を、跳ね除けるかのように地面から巻き起こっている。
「すげえ!水の壁か!」
乱馬が興奮しながらそう叫ぶと、
「カードの魔物は、そのカードの魔力を使って戦うはずある。あの騎士の持つ剣から、妙な魔力も感じるね」
「やっぱり・・・」
「それに何度切っても身体が元通りになるというのは、通常の魔物ではあり得ないね。そんな相手に、普通の剣では勝てない」
「そ、そうか」
「乱馬のその剣、勇者の剣。でも、カードをスロットに差さずに使用すれば『ただの剣』と同じこと」
シャンプーはそう言って、一息ついた。
「カードの魔物を倒すには、物理攻撃ではなく魔法攻撃も必要ある。
だから、私の魔法・・・ひいばあちゃんのに比べたら全然微力あるが、漆黒の騎士を跳ね除けるのに有効だった」
「そうだったのか」
「そして、この壁・・・私が作ったのは、水で防御壁を作り出すもの。水属性は、強力な攻撃魔法もあるが、主に防御系の魔法を司る事が多いある」
「みず、ぞくせい?」
「魔法というのは基本的に、自然界のいずれかの属性を有するある。
火・水・風・土の四大属性と、それとは別に特殊属性・・・光と闇の属性魔法もあるある。大抵の魔導師は、四大属性の魔法を使うある。光と闇の魔法を
使える者は、特殊能力者だけと、昔ひいばあちゃんに教わったね。それに、何百万人に一人、それも何万年に一人の割合でしか使えない特殊魔法。魔
術書も見たけれど、このカードでさえも特殊魔法を属性とするものはなかった」
「へー・・・」
「つまりどんな魔法でも、大まかに言えば四つの属性にわけられる。
乱馬の持つカードも、それぞれのカードに込められた特殊な魔力の他に、四大属性があるのだぞ」
シャンプーはそう言って、持ってきた魔法書を乱馬に見せた。
魔法書には、カードの説明の他に・・・なるほど、小さな文字で「FIRE」「WATER」「WIND」「EARTH」とそれぞれのカード別に記されていた。
「つまり・・・例えば俺がもっていた『愚か者』のカードって言うのは、大道芸人みたいな力を持っているのと同時に・・・あった、ええと、『FIRE』だから火か。 火属性の魔法を使えるってことか」
「そうある。もしくは、火属性の攻撃には耐性・・・相手からの火属性攻撃を無効化できるということある。
特殊能力に四大属性魔法・・・二つの力が込められているから、そのカードの力は絶大なのだな」
シャンプーは、魔法の説明を簡単に乱馬に話すと、
「私が見た所、あの漆黒の騎士・・・素早い動きで攻撃してくる所から見ると、風属性の魔法の使い手かもしれないね。火属性の紅蓮撃は有効だったし、
かろうじてあるが水属性の防御魔法も有効ある。
となると、二十二枚のうち風属性で、尚且つ乱馬が持っていないカードは・・・」
そう言って、魔法書をパラパラと捲り調べた。
「女帝・皇帝・節制・審判、あるな。その上あの魔物、騎士の姿をしているある。
カードが暴走するのも、そのカードと全く無関係な出で立ちで暴走する事は考えられないあるから、もしかしたらこの館にあった二枚のカードは、女帝と
皇帝のカードかもしれないね」
シャンプーはそう言って、乱馬を見た。
「あのカードは、確か『持ち主を選ぶ』んだよな?」
「そうある」
「国ほど大きくないけれど、この町を治める領主兄妹の下にあるカード・・・この町の住人たちからすれば、この兄妹がこの町の皇帝でもあり、女帝でもあ
るんだもんな。考えられなくはねえ」
乱馬はそう呟いた後、あかねがその事実を知ったときと同じようにブルっと身震いをした。
何とも恐ろしいカードである。
シャンプーもその事実には神妙な表情で頷いていた。そして、
「・・・とにかく。乱馬があの騎士と戦うのには、風属性以外の攻撃・・・土属性は試してないから分らないけれど、火・水属性の魔法を上手く使っていくしか
ないね。火ならばさっきも試した通り、間違いなくダメージを与えられるある」
と、乱馬にアドバイスをした。
乱馬は、シャンプーのアドバイスに素直に頷いた。が、
「あのよー、シャンプー」
「何あるか?」
「あのさ・・・魔法の仕組みとかカードの仕組みとかは良く分ったんだけど・・・。
俺、魔法なんて使ったことないんだけど・・・。ていうかさ、属性攻撃とかは理解したけど、実際にカードをスロットに差し込んで構えた後は、どうしたら良いんだ?」
「え?」
「その・・・構えただけじゃ魔法って出ないんだろ?どうやって魔法を出したらいいんだ?ただ切りつけるだけじゃ、物理攻撃だよ・・・な?」
「・・・い、言われてみればそうあるな」
・・・格闘と名のつくものならば、大抵は乗り越えて来た乱馬だ。
しかし、集めたカードを剣に差し、実際に魔物と戦うのは今日が初めてだ。
どのカードを使って、どんな風に戦えば良いのか。乱馬にはまるでイメージが出来なかった。
「そうあるな・・・一応ここに、カードの説明が載っている本も持っては来ているが・・・」
シャンプーとて、魔法関係には詳しいが、カードそのものを使っての戦闘に参加する事は初めてだ。
「カードをスロットに入れて、そのカードの力を借りて戦う」…大まかな方法は乱馬とてわかっている。
だけれど、
カードの力・・・剣にそのパワーを感じる所までは、この町にくる前にコロンと学習をした。
だが、魔法を「どうやって」実際に出したらよいのかまでは・・・聞いてないのである。
「・・・」
・・・漆黒の騎士に対抗するだけの秘めた力は、目の前にある。
しかし、それを有効利用する術を知らない。
それでは、全くこの場ではどうにもすることが出来ない事間違いない。
「うーん、多分頭の中で魔法を使って戦闘する姿とかを思い浮かべれば、勝手に出てくれるとは思うのだが・・・」
「そ、そう言うもんか?」
「本にもそこまでは書いてないあるし・・・」
乱馬とシャンプーは、思わずお互いの顔を見合わせてため息をついてしまった。
と、その時。
ジュオ!
・・・それまで乱馬達を守っていた水の壁が、漆黒の騎士の剣先が放つ瘴気のせいで崩れ始めていた。
「乱馬、時間がないある!早く作戦を立てないと・・・!」
「わ、分かってるって!ええと・・・」
乱馬は剣先の攻撃を警戒しつつも、必死に手元の剣と、腰のカードフォルダのカードとにらめっこしていた。
が、忘れてはいけない。彼は通称「バカ王子」・・・理論で戦いが出来るようなタイプではないのだ。
しかも、カードの意味自体も良く理解していないというのに、この状況を切り開く作戦など立てられるわけがない。
「乱馬!早くするよろし!」
「う、うるせえ!今考えてる!」
崩れかけた防御壁中で、シャンプーと乱馬はお互い必死になりながらそう叫んでいた。
と、その時だった。
「その本、俺に見せてくれないか!?」
それまで乱馬の後ろで隠れているだけだったアルファードが、剣とカードとにらめっこをしている乱馬に声をかけてきた。
「見せてくれないかって・・・お前、魔術なんてわかるのかよ」
商人だろ?---乱馬がそうアルファードに返すと、
「魔術自体は良くわからんが、
俺、商人の修行をしている時に、魔術書とか・・・市場には珍しい本を鑑定したり、売りさばく為の資格を取る為に、魔法用語とかの勉強もしていたんだよ。資格ももっている。まさかそれがこんなところで役に立つとは思わなかったけれど」
「へー・・・商人て、オールマイティなんだなあ。商人の道は一日にしてならずってか?」
「まあな。それよりも早く!俺が、打開策を考えてやるよ。俺、体力とか腕力は自信ないけど、そういうの得意なんだ!」
「ああ、頼むよ」
乱馬は素直にアルファードに本を渡した。
アルファードは、その本を読み始めた。
「俺が持っているカードは、二十二枚の内の六枚。力・法皇・戦車・星・魔術師・愚か者だ。
「分った。じゃあ、俺が作戦を考えている間、なんとか攻撃を凌いでくれ。そうだな、とりあえずこのカードをスロットに差して」
アルファードは本を読む傍ら、乱馬に一枚のカードを差し出した。
それは、「魔術師」のカード。コロンが旅の初めに乱馬に渡したカードだ。
「そのカードは、魔術を司るカードなんだろ。てことは、他のどんなカードよりも、魔法に関しては頼もしいだろ。それにちょうど属性も『FIRE』って書いてあ
るし。例え火属性のカードでも、きっとそのカードなら、他の属性の魔法も少しは使えるはずだろうし」
「お、おう」
乱馬はアルファードからカーどを受け取り、さっそく剣のスロット部分にカードを差し込む。
「おい、これはえっと・・・」
「正位置方向に差し込むんだ。逆位置(リバース)だと、すぐにあの黒お化けにやられちまうぞ」
「わかった」
そう、カードには「正位置」「逆位置」がある。乱馬は「魔術師」のカードをスロットに正位置方向に差し込んだ。
その瞬間、
ヴオン・・・と、剣を握る手にズシッとした重力がかかった。剣先も、以前見たのと同じように、ポウッ・・・と光る。
乱馬は一瞬剣を手離してしまいそうになるが、ここで剣を落としてしまっては意味がない。
とりあえずはその感覚に耐え、改めて剣の柄から伝わってくるそのカードの「力」を感じるようしっかりと柄を握り締める。
そんな乱馬に対し、再び漆黒の騎士は切りかかってきた。
ヒュッ・・・
再び、瘴気を伴なう魔法攻撃だ。
「・・・」
乱馬はその攻撃を素早く交わし、シャンプーやアルファード達から少し離れた場所へとジャンプした。
そして、
(・・・えーと?攻撃するにはまず、火属性の魔法・・・)
・・・まずは、あやふやではあるが、火属性の魔法をあの騎士へと向ける・・・というあやふやなイメージを頭の中に描きつつ、
「頼む、剣よ・・・あの漆黒の騎士に火の魔法を!」
そう強く願いながら、漆黒の騎士に虹色に光る剣先を向けた。
すると次の瞬間、
ゴオオオッ・・・
乱馬が剣から飛び出す火を頭の中にぼんやりと描いた、それと同じ構図。
乱馬の握る虹色の剣先から、まるで竜が飛び出していくかのような形を描き、炎が漆黒の騎士へと襲い掛かった。
あまりの勢いに、
「うわ!」
炎を出したはずの乱馬の方が、ペタン、と後ろにふっ飛ばされて尻餅を着いたほどだ。
ゴオオオオッ・・・
乱馬の剣先から飛び出した赤い火の竜の姿をした炎は、漆黒の騎士を一瞬で包んだ。
漆黒の騎士はその炎の中で悶えるように苦しみ、そして再び煙のように消えて別の場所へと姿を表し剣を構えたのだが、
一番初めに乱馬が普通の剣でその身体を切りつけた時とは大分反応も違う。
元通りの姿に再生するまでに、何倍も時間がかかっていた。それに、
「!?」
・・・良く見ると、今の攻撃により、漆黒の騎士の左足部分が消えていた。
どうやら、姿は再生しているとはいえ、何かしらのダメージを与えている事には間違いない。
ふっ飛ばすだけだったシャンプーの火属性の魔法よりも格段に威力が上だった。
属性攻撃の他に、魔術師のカード自体が持つ魔力が反映された結果である。
「すげえ!このカードすげえぞ!」
・・・城で「愚か者」のカードを使用した時は、大道芸人のような旗とか紙ふぶきとかしか生み出す事が出来なかった乱馬は、思わずこの「魔術師」のカード
の威力に感激し、背後で援護をしてくれる予定の仲間達を振り返るが、
「乱馬!戦いの最中に油断は禁物ね!手負いの獣、一番凶暴あるぞ!」
シャンプーがすかさずそう叫ぶ。
「そ、そうだった・・・」
乱馬は慌てて前を振り向き、再び漆黒の騎士と向かい合う。
漆黒の騎士は、先程よりも素早い動きで、再び乱馬に向かって走り寄って来た。
「よ、よし・・・今度は・・・」
乱馬は再びしっかりと剣を構えると、今度は頭の中できちんと攻撃図を描いてみる。
「頼む、剣よ・・・あの漆黒の騎士を炎の渦で包め!」
そして、自分が思い描いたように剣へと念じてみた。
剣は、乱馬の声を聞き入れるかのように一度、ヴォン・・・と重力を手にかけた。
そして、乱馬が念じたように・・・先ほどは竜の形をした炎が向っていっただけであったが、今度は剣先から渦巻状の細い炎が幾筋も漆黒の騎士めがけ
て飛んでいき、その身体を包んだ。
漆黒の騎士は先程よりも悶え苦しみ、そして時間をかけてまた、再生する。
今度は、右足だけではなく両足・・・いや、下半身全体が消えていた。
ちりちりと燃え上がる深紅の炎の中で、上半身だけの漆黒の騎士がボーっと浮かび上がる。
異様な光景だった。
「すげえ!このカードすげえぞ!なあ、今の技の名前、紅蓮旋風破っての、どうだ!?」
乱馬は、先ほどと同じように素直にカードの魔法に感動し後ろを援護している仲間達を振り返った。
もちろん、
「乱馬、技の名前なんて後で決めるある!とにかく早く、その敵を倒すよろし!」
「そ、そうだった・・・」
シャンプーにくわっと威嚇されて、再び前を向き直る。
なんとも緊張感に欠ける戦闘だが、それでも初めての魔法戦闘に乱馬は興奮を隠せなかった。
もちろん、カードから魔法を放つという事はそれなりに術者の体力を削っている事になるのだけれど、今の乱馬が勿論それに気がついているわけもな
い。
「さ、次はどんな魔法か・・・」
両足を消す事が出来たのならば、もう半分はダメージを与えたという事。あと少しだ。
乱馬は再び頭の中で攻撃をイメージするべく、攻撃図を思い描こうとした。
しかし・・・
「あ!」
ビュッ・・・
深紅の炎の中、上半身だけの姿で宙に浮いていた漆黒の騎士が、急にふわり、ふわりと部屋の奥・・・そう、パーティ会場の中央部分へと移動してしまっ
た。
「待て!トドメを・・・!」
それまでは、会場の端、壊れた壁の付近で戦闘をしていた乱馬であったが、ここで逃げられてはたまらない・・・と騎士を追って会場の中央まで走ってい
く。
会場の中央の床には、瓦礫の中に埋もれるようにしてあるものがまだしっかりと描かれていた。
あるもの・・・そう、昼間あかねがこの場所を偵察に来た時にメモに記した、見慣れない魔法陣である。
漆黒の騎士は、ふわりふわりと揺れながら飛んで来て、うまく乱馬をその魔法陣の中央へと誘っていたのだ。
乱馬がその魔法陣の中へと足を踏み入れた瞬間、一瞬だがその魔法陣が「ヴォン」と音をたてて光った。
「今、一瞬あの魔法陣・・・光ったな」
その乱馬の姿を、
まさか乱馬が誘導されているとは気がつかないシャンプーは、はじめはじっと、流水壁の中で見守っていた。
が、魔法陣が光ったそのすぐ後、
「・・・あれ?あの床・・・」
シャンプーの隣で先ほどから魔法書とにらめっこしていたアルファードが、ぼそっと呟いたことではっと息を飲んだ。
「床がどうしたのか?」
シャンプーがアルファードに尋ねると、
「いや、あの床の図形・・・この本に載っている図形にそっくりだと思って」
アルファードはそう言って、今読んでいるその魔法書のとあるページを、シャンプーに見せた。
「・・・?」
シャンプーがそのページを見ると、
そこにはカードの生まれた経緯と、そのカードを作るきっかけとなった王の姿が描かれていた。。
アルファードが指摘したのは、その王が被っている王冠の額部分に描かれた紋章。
珍しい事にその紋章、紋章にしては複雑な絵柄・・・そう、まさに魔法陣のような作り。
・・・
「しまったある!」
その図を見た瞬間、シャンプーは叫んだ。
「だめある!乱馬、そこにいってはいけない!」
「は?」
魔法陣の中央にすでに誘われていた乱馬は、シャンプーの声を聞いて首を傾げるが、時すでに遅し。
シャンプーが叫んだ時にはもう、乱馬はその魔法陣の中心エリアへと入ってしまった後。
そうこうしている内に、
ジジジジジジ・・・
無気味な音が、あたり一体に響いた。そして、
「なっ・・・こ、これは!?」
次の瞬間、それまでふわりふわりと宙に浮いて乱馬の側を飛んでいた漆黒の騎士が、何と・・・十二体に分裂してしまったのだ。
しかも、
ヒュンッ・・・ヒュンッ・・・
「手負いの獣ほど、凶暴になる」
その言葉を裏付けるかのように、先ほどまでとは比べ物にならないくらいのスピードで、乱馬に切りかかってくる。
魔法陣の上で、より活発な動きを見せるようになったのだ。
乱馬は慌ててその場から逃げようとするが、
「!?」
なんと、魔法陣の外へ逃げようにも、そこから出ることが出来ない。
どうやら、「魔法陣」という名の元のトラップに、閉じ込められてしまったようだ。
魔法陣は、乱馬が足を踏み入れた瞬間に光りを放った。
それは、乱馬を「敵」・・・閉じ込める相手、と認識した証拠だった。
「乱馬!その魔法陣、そのカードを作るきっかけとなった王の、王家の紋章と一緒ね!だから私、見覚えがあった!」
「!」
「王家の紋章、ということは、カードの魔物の魔法に大いに関係あるぞ!
元々そのカード、王の無念や恨みなんかも込められているある。そんな王の紋章、そこらへんの魔法陣なんかよりもずっと、魔法をかけるのに有効
的!」
「・・・!」
「そこから出るには、魔法をかけたものを倒さないと解けない!」
「何!?それじゃあ・・・」
「乱馬、その騎士を倒す、じゃないと出れないね!」
「何ー!?」
乱馬がそう叫んだところで、不意に乱馬の視界が遮られた・・・いや正確には、十二体の漆黒の騎士が乱馬の周りに円を描くように配置しあうと、
それぞれが一斉に攻撃をし始めたのだ。
「うわ!」
四方八方からの激しい攻撃に、乱馬は反撃どころか逃げるのに精一杯だ。
取りあえず適当に剣を振り回してみるも、魔法を使わなければ何度切りつけても元通りに戻ってしまうし、魔法を使おうにも頭の中にイメージを描いてい
る余裕がない。
ただ運がいいことに、攻撃スピードは早いが、攻撃力は先程よりは若干、落ちているのか。乱馬はそう感じた。
しかしそうは言ってもこのままでは、やられてしまう。
乱馬はまずは体制を立て直すべく、先ほどのシャンプーがそうしたように、自分も防御壁を作ってみようと考える。
このカード自体は、火属性。火の魔法で防御壁は作れないけれど、
でも先ほどアルファードが言っていた通り、このカードは「魔術師」のカード。
属性魔法以外でも、きっと少しは使えるはずだ。
「えっと確か水属性は防御の属性・・・ならば・・・!」
先ほど覚えた知識を生かし、乱馬は水属性の魔法で自分の身を守る「壁」を作るイメージを頭の中で描いてみた。
「頼む、剣よ・・・俺の身を守る壁を作れ!」
すると、
ゴオオオッ・・・
念じた瞬間、剣先から水の竜巻が飛び出し宙を舞った。
その竜巻は一瞬にして漆黒の騎士達を吹き飛ばし、その隙に乱馬を、クリアブルーのピラミッドの中に囲むように姿を変えた。
どうやら、防御壁を作る事に成功したようだ。
ただ、属性魔法ではない上に、
敵が十二体もいると、いくら強力な魔法が使える剣を持っているからとはいえ、防御できるのにも限界がある。
一応は乱馬の身を守るべく防御壁は存在しているが、今にも突き破られそうな勢いで、吹き飛ばされた騎士達が再び、攻撃を仕掛けてくる。
この防御壁が破られるのは、間違いなく時間の問題だ。
「・・・」
一時凌ぎのこの防御壁が消えてしまう前に、次の策を考えなくてはいけない。乱馬は焦った。
「シャンプー!アルファード!次はどうすれば良いんだ?」
乱馬は、防御壁の中から、部屋の端にいる仲間達に向かって叫んだ。
「今考えているね!」
しかし、お互い気が焦るだけで、中々的確なアイデアが出てこない。
「早く何か考えねば、わたしの乱馬が危ないね!」
シャンプーが、魔法陣の中にいる乱馬の背中に向かって叫ぶ。
「・・・」
その呟きを聞きながら、「乱馬の奴、あかねって子が許婚だとか言ってたのに、この人とも付き合ってんのか?」・・・アルファードはそんな事を思うも、
「早く考えるよろし!」
「は、はい・・・」
横にいるシャンプーの迫力に、ビクビクしながら魔法書を捲った。
アルファードはまず、今おかれている状況を頭の中で整理をする。
●漆黒の騎士は、帯刀・小太刀兄妹の持つカード(皇帝・女帝)から生まれた魔物。
●漆黒の騎士を生んだカードは、四大属性の内「風」の属性に所属している。
●漆黒の騎士は、呪った相手を閉じ込める魔法陣を作成し、十二体に分裂して襲い掛かる。
●魔法を使って騎士をやっつけるにも、十二体相手では、時間も体力も、消耗が激しすぎる。
・・・現在乱馬がおかれているのこんな状況であろうか。
十二体に分裂をした漆黒の騎士。しかし、先ほど乱馬が感じたように、騎士達の攻撃スピードは劣らずとも、一体一体の攻撃力が若干劣っている。アル
ファードにもそう見えていた。
という事は、だ。
十二体は分裂をしているけれど、攻撃力は十二体あわせて元々の攻撃力と等しくなるという事ではないか。
それはつまり、十二体のどれかが「本体」であり、あとはその本体が「分身」しているに過ぎないのだろう。アルファードはそう考えていた。
乱馬が陥っているこの危機的状況を脱する為には、まず、その本体を見つけなければならない。
「・・・」
魔法陣の上を、円を描くように浮遊している、十二体の漆黒の騎士。
アルファードは、騎士達の動きをじっと見つめる。
「・・・」
・・・十二体の騎士は、魔法陣上の十二の点をそれぞれ起点に、乱馬を攻撃している。
起点から乱馬の元へとかけてはいくが、それぞれがその起点から別の起点へと移動する事はないようだった。
「・・・」
何故、動かないのか。アルファードにはそれが不思議だった。
もしも自分がこの状況で乱馬を攻撃するのなら、十二体でグルグルと乱馬の周りを回って、ランダムに攻撃をするだろうに・・・。
「・・・」
そう考えた時。
「あ!?」
アルファードの頭の中に、光るものがあった。
「な、何あるか急に」
アルファードのその声に、シャンプーは驚いた表情を見せた。
「そうか、もしかしたら・・・!」
アルファードは再びそう叫びパラパラと魔法書を捲ると、一瞬だけ考え、そして・・・乱馬の背中に向かって声をかけた。
「乱馬!とりあえず、ザコの兵士をふっ飛ばす!」
「え!?」
「まずは、右を向け!」
「え、み、右だな・・・」
乱馬は、アルファードの声を頼りに右を向いた。
乱馬が右を向いたその方向・・・それは、魔法陣を正面から見た時に正しく見える向きである。
「その方向を向いたまま、まずは左右の魔物に魔法を放て!」
「左右・・・よし!」
乱馬はアルファードの指示に従い、防御壁の中で剣へと念じた。
剣は、乱馬の意を感じ取り、防御壁をすり抜け、炎の竜を左右の場所に浮かんでいる騎士へと飛び出した。
ゴオッ・・・
剣先から飛び出した深紅の炎は、一瞬で乱馬の左右に浮遊していた騎士を二体、吹き飛ばす。
騎士が二体消えたのを確認し、続いてアルファードが乱馬に指示を与える。
「間髪入れるな!次は、今消えた奴の左右に浮かんでいるものに放て!」
「わ、わかった!」
乱馬は、アルファードに言われたとおりに今度は二体づつ四体、騎士を吹き飛ばす。
「何か法則があるのか?」
その様子を横で見ていたシャンプーがアルファードに尋ねると、
「皇帝はカード番号四、女帝は三。だから、十二の点がある魔法陣を、四角形と三角形で囲んでみたんだ」
「!」
「円の十二点の中で、四角形と三角形の頂点から外れる物を今、吹き飛ばした。最後に、四角形の対角線上の二点づつを吹き飛ばしてやると・・・」
アルファードはそう言って、乱馬に、
「乱馬、今度は今吹き飛ばした騎士の両脇にいる奴に魔法を!」
「わ、分かった!」
・・・とアドバイスをした。
乱馬はアルファードに言われたとおりに、更に左右の魔物を吹き飛ばしてやった。
と。
「・・・二体、残ったある!」
そう。円形の魔法陣から余分な点を取り除き、四角形と三角形の頂点を排除した所、たった二点・・・二体の魔物しか残らなかった。
「!」
今まで吹き飛んだ魔物は、恐らく「本体」に吸収されているのだろう。
十二の標的が、一気に二まで減った。選択肢を、極力力を使わずに減らす事に成功したのだ。
だが、二点のうちどちらにいるのが本物かはわからない。
攻撃を仕掛けてくれば分りそうな物だが、それでどちらが本物かわかってしまうと魔物側が不利。してくるはずがなかった。
二体だけ残った漆黒の騎士は、わざと攻撃を仕掛けないで乱馬を見つめている。
おそらく、魔法を使い切って乱馬が体力を消耗するのを狙っているのではないか。アルファードはそう感じた。
「・・・」
だとしたら、乱馬が魔法を放つ回数を少なくさせるのが一番の策。
次に放つ魔法攻撃で、全てを決めるのが妥当だろう。
「二体残ったある・・・どちらが本物あるか?」
事の成り行きを、シャンプーも真剣な表情で見守っていた。
「・・・」
アルファードも、、必死に状況を踏まえながらそれを推理していた。
乱馬も一応騎士の動向を覗うが、ちょうど対称の位置に浮遊しているのもあり、なかなか両方を観察する事が出来ない。
「・・・」
剣を握る乱馬の額から、ぽたぽたと、嫌な汗が零れ落ちていった。
一瞬たりとも気を抜けない。気を抜いた瞬間、攻撃をされたら大変だ。
どちらが、本体か。
正面か背後の騎士か。
乱馬は、慣れない頭を回転させ、色々と考えをめぐらせていた。
・・・と、その時だった。
ヒュンッ・・・
乱馬の背後に浮遊していた騎士が、不意に乱馬の背後を左右にフラフラ、動き始めた。
「こいつが本体か!」
乱馬は瞬時にそう悟り、渾身の力を込めて火の魔法を放とうと構える。
「動いた!」
離れた場所動向を覗っていたシャンプーとアルファードも、その騎士の動きに息を飲んだ。
「向うが待ちきれずに動いてくれたね!」
シャンプーは先に動いてくれた敵に安堵の表所を見せるが、
「いや・・・」
あくまでもそれに対し、アルファードは慎重だった。
彼だけは、動いた方の騎士ではなく、動かなかった方の騎士を観察した。
すると、
ギロッ・・・
「!?」
・・・どこからどう見ても真っ黒。ゆえに「漆黒の騎士」と命名した敵。
もちろん顔などついていないはずなのに、動いた騎士に魔法を放とうと準備している乱馬に対し、
動かなかった方の騎士は、不気味な光・・・いやあれは、「人の目玉」のような、奇妙な形をした光を、その何もないはずの漆黒の身体へと一つ、浮かび
上がらせた。
目玉のような物を浮かび上がらせたその騎士は、自分に背を向けてもう一体へと攻撃をしている乱馬に向かい、なにやら仕掛けよと剣を振り回してい
る。
「乱馬!」
アルファードは慌てて、乱馬に向かって叫んだ。
「背後の敵はフェイクだ!正面の敵が本体だぞ!」
「な、何だと!?」
今、まさに背後の騎士へと渾身の魔法を放とうとしていた乱馬は、慌ててその魔法を思いとどまり、え?と背後を振り返る。
そして、
「!?」
振り返った場所にいた騎士に、不気味な黄色い目玉のような物が浮かび上がっているのに言葉を失う。
「グアアアア!」
乱馬達に本体の居場所を感づかれた騎士は、乱馬の視線から逃れるべく、魔法陣の上を移動し攻撃を逃れようとしていた。
が、ここで逃がしてしまっては、どうしようもない。
騎士は、乱馬の正面から左側へと移動しようとしていた。大分ダメージを受けているのか、動きも少し鈍くなっているような気がした。
「乱馬!二十三時の方向だ!そこから二十三時の方向に向かって魔法を!」
「ああ!」
アルファードは、すかさず敵の動きを捉えて乱馬に向かい叫んだ。
乱馬はそんなアルファードに力強く答えると、
「これで最後だ・・・!火の竜よ、アイツを焼き尽くせ!」
ゴオオオッ・・・
乱馬は心の中に火竜を思い浮かべ、騎士に向かって剣先を向けた。
乱馬のイメージが込められた剣は、天かけるかのような火竜を生み出した。
炎の牙を蠢かせ剣から飛び出した火竜は、浮遊していた騎士をすっぽりと包み込むような炎を吐き・・・その姿を消し去ってしまった。
本体が消えた瞬間、もう一体浮かんでいた騎士も、まるで霞の如く消え去った。
そしてその最後の騎士が消えた瞬間、パアアッ・・・と虹色の光が辺り一体に広がった。
「!?なんだこの光は・・・!」
騎士を倒す事が出来、ようやく魔法陣から解放された乱馬が、フラフラとその魔法陣から出ながら叫ぶ。
「乱馬!」
「やったな!」
シャンプーとアルファードも、流水壁の中から飛び出してきて乱馬に駆け寄ってきた。
「この光、なんだろうな?」
乱馬が駆け寄ってきた二人に尋ねてみると、
「カードの悪しき力が、無くなったあるか?今まで帯刀達を支配していた魔力が解放された証なのかもしれないね」
「ああ、そうか・・・」
シャンプーがそう言った瞬間、乱馬の頭上にひらり、ひらりと何かが舞い落ちてきた。
「何だ?」
乱馬がそれを手にとると、それは・・・帯刀たちが所持していた二枚のカードだった。
「皇帝」と「女帝」・・・悪しき力を失ったカードが、乱馬の元へとやって来たのだ。
そう、カードは持ち主を選ぶ。
二枚のカードは、新たなる主人を自らの意思で決めてこうして乱馬の元へとやって来たのだ。
「・・・」
乱馬はそのカードをそっと、自分の腰に巻いているカードフォルダに入れた。
ヴォン・・・二枚のカードはカードフォルダに収まった後、一度だけ虹色の光を放った。そしてその後は何事も無かったかのように、そのフォルダの中に収
まったのだった。
「こっちは解決あるな」
「ああ」
「あ。あれを見るよろし」
シャンプーはそう言って、ある方向を指差した。
乱馬がそちらを見ると、
「う・・・」
「あら、私はどうしてこんな所に・・・?」
それまで床に倒れていた帯刀と小太刀が、ちょうど目を覚まし体を起こしているのが見えた。
二人の姿からは、先ほどまで感じていたさっきというか異常な雰囲気はもう、感じられない。
「・・・」
二人には、シャンプーが用意してきたダミーのカードを渡す事にして丸く治めよう。
とりあえずこちらは、一段落・・・乱馬はホッと一息をついた。
しかし、
「・・・そうだ、俺、こうしちゃいられねえ!」
・・・そう。
帯刀達とカードの問題はこれでようやく落ち着いたが、もう一つ乱馬には、かたずけなければならない問題があるのだ。
戦いを終えた乱馬はそれを思い出し、はっと息を飲んだ。
そして、
「あかねの居場所を!あいつらにあかねの居場所を聞かないと・・・!」
目を覚ましてすぐで申しわけないが・・・と、乱馬は帯刀達にあかねの居場所を聞くべく、側によろうとした。
と、その時だった。
ヴォン・・・
「!?」
不意に、先ほどフォルダに収めた「女帝」のカードが、振動した。
そして、
ヒュッ・・・
「これは・・・!」
カードフォルダの中から、ある方向に一筋の光を放った。
真っ直ぐに、地下方向へと伸びる虹色の光。
「女帝」は恐らく小太刀が持っていたカード。そのカードが、地下方向に何かを見出すべく、乱馬を誘っている。
「あかねか!?あかねの居場所なんだな!?」
乱馬は瞬時にそれを悟ると、
「シャンプー、アルファード!お前ら先に外へ出ろ!俺は、あかねを助けに行くから・・・」
「仕方ないあるな」
「わ、分かった」
カードフォルダから放たれた光を頼りに、乱馬はシャンプーたちと別れて地下へと急いだ。
「!?」
が、地下は瓦礫の山。何らかの爆発でもあったのか・・・それに加え、階上での乱馬達の戦いのせいで、前に進むのもままならなかった。
「くっ・・・」
こんな状況下、通常の人間なら勿論無事でいられるわけが無い。
焦りと不安を抱えながら、乱馬は地下を光が導く方向へと進んでいく。
そして、
「・・・!?」
瓦礫の道を進んでたどり着いた、その場所。
瓦礫の山の中、楕円形の白い光があるのを、乱馬は確認した。
不思議な事に、白い光の周囲は瓦礫の山。あまつさえ建物の柱まで倒れているというのに、その楕円形の光のエリアにはひとかけらも瓦礫が無い。
ヒュッ・・・カードフォルダの光は、その楕円の光を一度だけ照らし、そこで消えた。
「・・・」
乱馬は、瓦礫を避けながらその白い光に近づく。
・・・光の中央には、メイド姿のあかねが倒れていた。
「・・・」
白い光の中に倒れているからだろうか。いつも以上に顔色が白いのを見て、乱馬はゾクっと身を強張らせる。
おまけに、唇を切ったのか唇の端から少量の血も流れている。
「あかね!おい!あかねってば!」
乱馬は震える声で、倒れているあかねを抱き起こして揺さぶった。
あかねからは、何の反応も無い。
「あかね!起きろ、あかね!」
乱馬は、更に震える声で・・・しかし、あかねにも聞こえるようにと、大きな声を張り上げて彼女の名まえを呼んだ。
すると、
「・・・」
何度目かの呼びかけで、それまで倒れていたあかねがうっすらと、目を開けた。
「あ、あかね!」
起きた。
その事実に乱馬が表情を明るくすると、
「・・・乱馬」
あかねは乱馬の名前を一度だけ呼び、再び目を閉じてしまった。
がくん、と乱馬の腕があかねの身体の重みで満たされる。
「あかね!?」
乱馬はそんなあかねの様子に慌てるが、目を閉じたあかねからは、きちんと呼吸だけは聞こえる。
どうやら、気を失ってしまっただけのようだ。
「良かった・・・」
乱馬はぐったりとしているあかねを一度ぎゅっと抱きしめると、彼女の身体を腕に抱えて、もと来た道を引き返し仲間達の元へと戻っていった。
「・・・」
とりあえず、カードの事はかたずいてあかねもこうして元に戻ってきた。
それは嬉しい事だ。でも・・・
「・・・」
・・・周りは瓦礫の山。倒れていた場所は、殆ど壊滅的に破壊されていたというのに、なぜ、あかねの周りだけ瓦礫が無かったのか。
そして、何故妙な白い光に守られていたのか。
あかねは、魔法など全く使えないはずだ。それなのに、何故・・・?
あかねが無事であった事は嬉しいが、
最後に一つ、不思議な問題が残ったな。
「・・・起きたら、聞いてみるか」
乱馬は、自分の腕の中にある確かな感触をしっかりと感じながら、小さな声でそう呟いた。
ゴーン・・・ゴーン・・・
町の教会から、祝福の鐘の音が鳴り響いていた。
真っ青な空の下、純白のドレスを着た少し腹の出た花嫁と、
その花嫁よりも若干体は華奢な、タキシード姿の花婿。
色鮮やかな紙ふぶきと、人々の割れんばかりの歓声が二人の未来を祝福する。
数ヶ月にわたる独裁自治から解放された町人達の英雄の一人の結婚式は、久し振りに皆が心から楽しみそして祝福できる一番初めの、行事であった。
結婚式列席者の中には、あの領主兄妹もいる。
最もこの二人、
「僕の花嫁には、あかねくんのような可憐な女性が相応しい」
「ああ、乱馬様・・・まさか本物にこんな近くでお会いできるだなんて・・・」
結婚式もそこそこ、同じように列席している乱馬とあかねの両サイドでぴったりと、くっついてはなれないのだけれど。
その横ではさらに、
「離れるよろし!乱馬は私の婿になる運命ね!」
「あかねさんに触るな!」
シャンプーと良牙が、帯刀・小太刀といがみ合ったりもしている。
「・・・」
平和になったのはいいが、これはこれで厄介だな。
乱馬も、そしてようやく意識を取り戻して元気になったあかねも、苦笑いをしながらそんな事を思っていた。
・・・捕らえられていた男達は皆、その日の晩にそれぞれの自宅へと戻った。
もちろんそれはアルファードも一緒で、
「アルファ!」
「ベッキー!」
乱馬達と一緒に宿屋へと戻ったアルファードは、ようやくベッキーと出会うことが出来た。
「良かった・・・良かったアルファ!」
「ベッキー!」
ベッキーとアルファードは、乱馬達が見ているのもお構いなしに固く抱き合い、キスをしている。
「はは・・・ベッキーもこれで安心じゃな」
ハミルトは、二人のそんな姿に目を細めて笑っている。
「これでもう、死ぬとか言い出さねえよな」
良牙がそんな二人を見つめながらぼそっと呟くと、
「当たり前だ!なあ?ベッキー」
「ええ!アルファのためにも、元気な赤ちゃん、生まないと!」
出会ったときの落ち込みはどこへやら。ベッキーは元気にそう叫んで、笑って見せた。
「良かった・・・」
乱馬は二人とハミルトの様子を見つめながらそう呟くと、
「あ、悪いんだけどさ・・・あかねをまず、休ましてやりてえんだ。部屋、連れてっても良いかな?」
「ああ、そうだったな。あんた達の部屋はそのままにしてあるから、すぐに寝かせてやってくれ」
「ああ。ありがとう」
まずは、あかねを用意してもらってある部屋のベッドへと寝かせてやった。
そしてすぐに部屋を出る。
「乱馬、あかねさんの具合はどうだ?」
部屋を出たところで、良牙とシャンプーが乱馬を待っていた。
「心配ないね。少し身体に打撲の後があったけれど、切り傷も唇だけあるし。少し休めば元に戻るね」
とりあえず、シャンプーたちと合流した後乱馬はあかねをシャンプーに見せた。
そこである程度治癒魔法を施してもらったおかげで、あかねは大事に至らなかった。
「全く、世話を焼かせるあるな」
そうぼやくシャンプーに、
「しょうがねえだろ!あかねさんはなあ、俺たちと違って頑丈に出来てねえんだぞ!か弱い可憐な女性なんだ!」
良牙がそんなフォローであかねを守る。
「私だって可憐な女性ね!乱馬に守ってもらわなければ、危ないある!」
シャンプーはそんな事を叫びながら良牙に舌を出した。
「まあまあ。それよりも、あかねを休ませている間にもう一回俺たちは、あいつらの屋敷に戻るぞ」
「何でだ?」
「何でって・・・一応、町の奴らを苦しめていた事実は、きちんと教えないとダメだろ。カードのせい、で済む問題じゃねえよ」
乱馬はそんな二人を上手くなだめると、そう言って二人を連れて再び、帯刀たちの屋敷へと戻ったのだった。
・・・屋敷に再度赴いた乱馬達は、同じく意識を取り戻して本来の姿に戻った帯刀と小太刀に事の成り行きを説明した。
「何!?僕らがそんな事をしたというのか?でたらめに決まっている!」
当初は乱馬の話を全く信じなかった帯刀も、
「帯刀様、申し上げます!」
・・・屋敷の兵たちが乱馬達の話を裏づけしてくれたのと、あとは、
「あ、あ、貴方は!セルラ大陸の・・・!」
ようやく正気に戻った小太刀が、かねてよりの意中の人・・・乱馬の姿に気がついたことにより、
「お兄様、乱馬様が嘘など言うわけがありませんわ!乱馬様は、そんなお方ではないのです!」
乱馬を全面的に擁護する立場へと回った事から、ようやく帯刀も乱馬の話を信じたのだった。
「ああ、乱馬様・・・まさかこのようなところでお会いできるだなんて・・・」
部屋にパネルを飾るほどの思い人に会えた小太刀は、乱馬が旅の途中であることを聞くと、
「私もお供します!」
・・・とんでもない事を言い出すが、
「あ、いや、その、間に合ってるから・・・」
乱馬は丁重にその申し出を断り、
「・・・とにかく、町の人を苦しめた分、町の人が喜ぶような自治をするようにこれからは心がけるんだな」
乱馬は、帯刀に向かってそう言った。
「ふん、お前に言われなくても分かっている」
帯刀は、口では乱馬にそんな悪態をついたが、
「そうか、僕は皆に大変な迷惑をかけたのだな・・・」
そんな事を何度も呟いていた。
「・・・」
・・・カードの力が無くなった今の帯刀が、本来の彼の姿。
根は、きっと独裁者などではないんだろうなと乱馬は感じた。
少しだけひねくれている事と、そしてあかねを気にいったことは何とも気にいらない所だけれど。
・・・
「・・・とにかく、そう言うことだから」
その後、乱馬達は伝えるべき事だけは全て伝えてすぐに屋敷を出た。
そして、翌朝。あかねの体力の回復を待って宿を出ようとしたのだが、
「ねえ、見てこれ!」
「え?」
乱馬達の部屋にベッキーがとある一枚の手紙を持ってきた。
みるとそれは帯刀の字で、延期させてしまったベッキーとアルファードの結婚式を、全て費用やドレスも用意するので皆の前で挙げないか?というもの
だった。
せめてもの罪滅ぼしと、そして町の皆を明るい気分にさせるための行動だろう。
「いいじゃないか。よかったな」
「ええ!」
ベッキーは明るい笑顔で乱馬達を見ると、
「あんた達も絶対に、列席してってよ?あと一日くらいここでのんびりしても大丈夫でしょ?」
「え、でも・・・」
「それに、昨日の今日じゃ、皆疲れてるだろうしさ。ね?アルファードもそう言ってるのよ」
あんた達の分も、もう今日の分の食料、調達しちゃったからさ。ベッキーはそう言って部屋を出て行った。
「・・・どうする?」
「どうするったって・・・ああいっているんだ、仕方がないだろ」
「どうせタダだし、一日くらいはのんびりするある」
それに、あかねもまだ完全に元気、とは言えないだろうから。乱馬達は簡単にそう話し合うと、もう一日この町に滞在して、ベッキー達の結婚式に参加す
ることになったのだった。
・・・
幸せそうに微笑む新郎新婦が、皆の投げるカラフルな紙ふぶきで彩られる。
そんな光景を、
「・・・」
とりあえず普通に出歩いたりは出来るものの、まだ完全な調子ではないあかねは、ぼーっと眺めていた。
シャンプーのおかげでとりあえず怪我や打撲はなくなったものの、何だか頭がボーっとしているのだ。
しかも、痣とか出来てはいないけれど、首のあたりに時折激痛が走る。
恐らくそれは、地下の宝物庫で壁に叩きつけたのが原因だとは思うけれど、
「・・・」
その激痛もさることながら、
・・・あの時「何で」体が吹き飛ばされたのか。
そのことのほうが、あかねは気になった。
それに、
「お前さ、何か白い光の中に倒れてたんだよな」
「光・・・?」
目が覚めた後、乱馬から聞いたその話。それも妙に引っ掛かった。
あかねがカードに触れた瞬間、何やら見えた光も白かった。
カードに魅入られた小太刀と触れた瞬間、発した光も白かった。
そして、今度は瓦礫から身を守った光も白かった・・・魔法など使ったことも無いし使えないはずなのに、一体なんだというのか。
「・・・」
あかねはそれが気になって仕方がなかった。
と、その時だった。
「ブーケ、投げるよー!」
そんな声が、前方から聞こえた。
あかねがふっと顔をあげると、花嫁姿のベッキーが、教会の階段を数段のぼり、手にしていた美しい花のブーケを、投げようとしている所だった。
「あれを取った物が、次の花嫁ね!」
「乱馬様との結婚式を挙げるのは、私ですわ!」
・・・古来より、万国共通で「花嫁のブーケ」は幸せの証。
手にしたものに次の婚姻を誘うということもあり、シャンプーや小太刀も勿論の事、独身女性たちが一斉に前へと歩み寄るも、
「・・・」
心中複雑なあかねは、特に前に出ることも無くその様子をじっと見つめていた。
「・・・行かないのか?」
そんなあかねに、乱馬が声をかける。
「あ、うん・・・」
「具合、まだ悪いのか?」
「そ、そうじゃないんだけど・・・」
「・・・」
そうじゃないけど、なんだよ。結婚・・・したいとかそう言う気持ち、まだないのか?
「そ、そうか・・・」
乱馬は、言いたい言葉をグッと堪えて思わず口をつぐんだ。
乱馬にしてみれば、そんなあかねの態度は不安この上ない。
「・・・」
もちろんあかねにだって、今乱馬が何を言いたかったかぐらいは分かっていた。
しかし、それでもあかねには、自らそのブーケを取りに行く気にはなれなかったし、そう見せかける事も出来なかった
素直に「幸せになりたい!」・・・そんな風に未来を望めるような余裕が、あかねにはないからだ。
それに色々な事が気になって、ブーケを取りに行く心の余裕が無いのも確かだった。
・・・そうこうしている内に、ブーケはベッキーの手からほおり投げられた。
美しい色とりどりの花で作られたブーケは、青い空の下、放物線を描くように宙を舞う。
ゆるやかに、なだらかに。
弧を描くように宙を舞ったそのブーケは、
「私ですわ!」
「私ね!」
ブーケを手に入れようと手を伸ばしていた女性達の遥か後方へと伸びていく。
そして、
「えっ・・・!?」
フワっ・・・
何とブーケは、後方で一人、ぽつんとそれを眺めていたあかねの頭上にやって来た。
「あっ・・・」
前へは行かなかったけれど、すぐ目の前にブーケは飛んできてしまった。
そうなると必然的に取らないといけないな・・・いや、別に取ること自体が嫌ではないんだけれど。
思いもよらぬ展開に、あかねは驚きつつも頭上のブーケへと手を伸ばした
・・・・・・・・・・つもりだった。
「!?」
・・・あかねがブーケへ手を伸ばした瞬間、グラッ、とあかねの視界が揺れた。
クリアだったはずのブーケの輪郭が、不意にぼんやりと広がる。
幾つものブーケ。目の前でぼやけてしまって、どこがブーケの本体なのか分らない。
・・・ポトン。
そうこうしている内に、ブーケはあかねの手の内ではなく、あかねの顔面へと落ちてきた。
「・・・」
あかねはそのブーケをゆっくりと手で取り、改めて自分の目の前へと持ってくる。
何度か瞬きをしてもう一度ブーケを見ると、先程よりもくっきりと、ブーケはあかねの瞳に映った。
「・・・」
ぼやけたのは、気のせいか。それとも・・・
「・・・」
・・・底知れぬ不安が、あかねの胸を過る。
「お前、ホント不器用だな。花嫁のブーケを顔面キャッチする女なんて、はじめてみたぜ」
と。
あかねがブーケを受け取ってじっとそれを見つめているところに、乱馬が話し掛けてきた。
「わ、悪かったわね!どうやって取ろうと、あたしの勝手でしょ!」
あかねはその不安の心を乱馬に悟られまいとわざと強気で振舞うと、
「それにしても綺麗ねー・・・ポプリにして持ち歩こうっと。きっと最高のお守りね」
そんな事を言いながら、ブーケの匂いを嗅いで見せた。
「それ、受け取ったんだからな。受け取ったからにはお前、花嫁にならないといけないんだぞ」
そんなあかねに、乱馬はぼそぼそとそう呟く。
「貰ってくれる人がいればなるわよ」
「ほ、ホントだな!?女に二言はねえな!?」
「何よ。疑い深いわね」
あかねの言葉に、乱馬は何だか嬉しそうな顔をしていたが、
「・・・貰ってくれる人がいればね」
あかねも笑顔でそうは呟くも、心中は全くクリアではなかった。
それは、
「あーあ、ブーケはあかねのものあるか。残念ある」
結婚式後、宿へ荷物を取りに戻るべく道々を歩きながら、ブーケを取れなかったことをまだ根に持っているシャンプーや、
「あかねさんの花嫁姿、きっとすげえ綺麗なんだろうな・・・」
勝手にあかねの花嫁姿を想像してニヤニヤしている良牙と、
「勝手に想像するな!」
その想像までも独占しようとしている乱馬。
この三人の後ろを歩きながらも、あかねの心が晴れる事は無かった。
「それじゃあ、気をつけて!」
「また、この町に立ち寄った時はうちに来いよ!」
「世話になったのう・・・元気でな」
「あかねくん、僕の力が必要になった時はいつでも呼ぶのだ!」
「乱馬様、私はいつでも、必要とあらば乱馬様の下へ駆けつけますわ!」
・・・こうして。
結婚式も無事終わり、ようやく町にも平和が戻った事を確認した一行は、
ハミルト・ベッキー・アルファード、そして帯刀兄妹に見送られて、「T&Kアイランド」を後にしたのだった。
次に目指すは、アルファードも修行をしていたという、商業の町・ヒルダ。
新しいカードも増えたし、いろいろな経験もした。
報告がてらに、とりあえずそこでもう一度、コロンに連絡を取るという事だけ決めて、一向は道を進んでいた。
「ところで、T&KアイランドのT&Kって何の略なんだ?」
「ああ、なんかな、『タッチー&コッチー』の略で、あの兄妹の昔からのニックネームらしい。あいつらの親父・先代領主が、子ども可愛さにそんな名前に改名したらしぞ。死ぬ前に」
「・・・恐ろしいくらいネーミングセンス、ないあるな」
「・・・」
不安を抱えていたり、無駄口を叩いたり。
それぞれが思惑を抱えつつ、次なる町への道を進んでいくのであった。