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→六.二十三時の敵を撃て(四)

翌朝。
昨日の打ち合わせどおり、乱馬はトイレの中であかねと落ち合い情報を渡し、
そしてまた三時間後集荷の為にも新しい情報を集め始めた。
あかねも自分が集めた情報を簡潔にまとめ手紙に託し、
「郵便屋さん、お願いします」
「はい」
集荷に来たテリーと目でやり取りをしながら、まずは一回目の集荷に対して情報を渡した。
あかね達が集めた情報に対し、良牙とシャンプーが何らかの策を講じて返答をしてくるのは三時間後だ。
二人が良い作戦を練るためにも、あかね達が屋敷内でどの位多くの情報を集めることが出来るかという事にかかっているのだ。
乱馬も、そしてあかねも。
お互いの身を案じながらも、屋敷内での情報収集に精を出していた。
・・・


「あかねちゃん」
一回目の集荷が終わり、屋敷の掃除をしながら屋敷の間取りや人員配置等をさりげなく調べていたあかねに、不意に先輩メイドの緑子が声をかけてき た。
「な、なんですか?先輩」
極力怪しまれないように。
あかねがそんな事を思いながら緑子の方を振り返ると、
「領主様が、お庭であかねちゃんを呼んでいらっしゃるわ」
「えっ・・・」
「とにかく呼んで来いって・・・だから、すぐに行ってあげて。掃除は私がやっておくわ」
緑子はあかねの手から掃除道具をとり、掃除を始めてしまった。
「・・・」
嫌だわ、昨日だけの気まぐれかと思っていたのに。
乱馬とも約束をした手前、そうやすやすと帯刀の元へも行けない・・・あかねはそんな事を考えるも、
「・・・」
でも、何か重要な情報が手に入るかもしれない。
そう思うと、ここで逃げるわけにも行かない。
「・・・」
まあ、密室でなければ、乱馬に言われたように身体に触れられる事もないだろう・・・。
あかねはなんとか自分自身にそう言い聞かせて、のろのろと庭園で待っている、という帯刀の元へと向かった。
・・・従業員用の通路を抜け屋敷の外に出ると、屋敷の壁の周りを円を描くようにして咲き乱れている、見慣れない白い花が咲き乱れる庭園がある。
もしかしたら、アルファードはこの花を分けてもらいにこの屋敷へやってきて、掴まってしまったのだろうか。
「・・・」
そう思うと、今こうしてその花を見ている自分が妙な感じだった。
あかねは、白く、そしてまだ朝露に濡れている花を横目で見ながら、その庭園の中で待っているという帯刀の元へと歩み寄っていった。
そして、
「帯刀様。お呼びでしょうか」
白い花に埋もれ、なにやらしゃがんでごそごそとやっていた帯刀に声をかけた。
すると、
「おお、あかねくん!待っていたぞ!」
あかねの声に反応し、帯刀は元気な声でそう叫ぶと、
「さあ、こんな爽やかな朝はまず抱擁から・・・」
とか何とか、妙なことを口走りながら、パッと立ち上がりあかねの方へと駆け寄ってきた。
「あかねくんっ」
そして、大きな腕をいっぱいに広げてあかねに抱きつこうとしたが、
「ぐわー!」
「あら、いやだわ。蜂かしら・・・刺されなくて良かったですわね、帯刀様」
あかねは、帯刀が抱きつこうとした瞬間、思いっきり拳で帯刀の頬を殴り倒し、にっこりと微笑む。
「蜂か、あかねくん」
「ええ、蜂です、帯刀様」
「では、蜂はどこかに行ったようなのでもう一度っ・・・」
一度はあかねに地面へと張り倒された帯刀だったが、再び懲りずにあかねに両腕を広げて抱きつこうとするも、
「ぐわー!」
「あら、いやだわ。こんな所に蚊が・・・刺されなくて良かったですわね、帯刀様」
パシっ・・・と小気味のいい音を立てて、あかねは平手で帯刀の頬を張り倒し、再び地面へと帯刀を沈めにっこりと微笑むと、
「それよりも帯刀様、お体の具合は宜しいのですか?」
とりあえずは、気をそらさせなくては。
そんな事を考えて、さりげなく帯刀に話題を振った。
「ああ、具合な。一晩眠ったらもう平気だ」
帯刀は、そんなあかねの誘導にまんまと引っ掛かり、ころっと話題を変えた。
もしかしたら、根は素直な性格なのかもしれない。
「・・・」
あかねがそんな事を考えていると、
「昨日みたいな事は、ここ一二ヶ月で時々あるんだ」
帯刀は、辺りに咲き乱れている白い花を摘みながら、そう呟いた。
「・・・そうなんです、か?」
あかねははっと我に返って、帯刀に質問をする。
「ああ。こうして庭に出たり、自分の部屋にいる時は調子がいいんだが」
「へえ・・・」
「地下の宝物庫に行った後は、必ず頭が重くなってね。居る時間が長ければ長いほど、頭痛が酷くなる。最近では、入るだけでも、頭がぼんやりするの だよ」
「宝物庫・・・?」
あかねは帯刀のその言葉に、はっと息を呑んだ。
・・・間違いない、これだけ身体に変調をきたすのだ。
恐らくカードは、そこにあるのだろう。
きっと、街を自治するための政策を考えるのに、その宝物庫・・・先代の遺品が置いてあるだろうその場所で、思い出に浸りながら利用しているのか。
その為に、カードの「力」に触れる時間が長くなって、次第に人格を乗っ取られ始めたのかもしれない。
先代を亡くし、心が弱くなった者の中へと入り込む悪しき力。
心が弱い者は、その力に打ち勝つ事が出来ないのだ。
カードから離れれば、元の性格には戻れるだろうが、帯刀の話からしても、そして街のこの状態から考えても・・・現在があまり良い状態でない事は確かだ。
・・・
「ねーえ、帯刀様」
「なんだ、あかね君」
「えーと・・・」
宝物庫ってどこにあるんですか?
「いえ・・・」
いくらあかねとて、単刀直入にそんな事は聞けはしない。
だいたい、いくら好意をもたれているとはいえ、普通のメイドが尋ねるような内容ではない。
それに、帯刀だって警戒するかもしれない・・・それを思うと、あかねは口篭もってしまった。
・・・と。
「なんて・・・なんていじらしいのだ!」
「・・・へ?」
「僕への愛を口にするのに、そんなに恥らって・・・」
「え?あ、あの、私・・・」
「皆まで言うな、あかねくん!いいんだ・・・いいんだよ。僕は君の愛を、全身で受け止めるつもりだ。そうだ、よかったら屋敷内を案内してあげよう。ここは いずれ、君の家にもなるんだ」
あかねが黙り込んだ理由を勘違いした帯刀が、不意にそう叫ぶと、あかねの手をぎゅっと、掴んだ。
「あっ・・・」
しまった、手、握られちゃった。
あかねが乱馬との約束を思い出してはっとするも、時、既に遅し。
「さあ、行こう!あかねくん!僕達の未来予想図をしっかりと話し合おうじゃないか!」
ワハハハハ・・・と上機嫌に笑いながら、帯刀があかねの手を引いて歩きだした後だった。
「ちょ、ちょっとっ・・・!」
さっきみたいに、張り倒して逃げてしまおうか。
あかねはそう考えて拳をぎゅっと握り締めるも、
「・・・」
でも、「屋敷内を案内」ということは、「宝物庫」の場所を知ることが出来るチャンスでもあり、
堂々と屋敷の中を歩いて回れる機会でもあるということだ。
「・・・じゃ、じゃあ、あかね、タテワキ様に甘えちゃおうかな」
「何と可愛らしい!存分に甘えるのだ、あかねくん!わはははは」
・・・こんなところをもしも乱馬に見られたら、殺人事件でも起こりかねない勢いだ。
あかねは一応は胸をいためつつも、笑顔の帯刀にしっかりと手を取られながら、屋敷の中へと入っていった。



二人はまず、今夜行われるパーティーの会場へとやってきた。
パーティー会場は、屋敷の南側・・・門のちょうど裏手に位置していた。
会場の入り口は、屋敷の中央の廊下から一本道だ。
どうしてもそこを通らないと、会場へ行くことは出来ない。
そう、イメージ的には「廊下の突き当たり」のような感じだろうか。
階段を挟んで逆側の廊下の突き当たりが帯刀の部屋になるので、この屋敷はそう・・・いわゆる凹型をしているということになる。
ということは、入り口に続く廊下の先に兵が立っていれば、それだけで部外者はチェックされて排除されてしまう事になる。
「ごくろう」
「はっ・・・」
帯刀が、あかねと共にその兵の脇を通り過ぎたとき、兵があかね達に敬礼をした。
「・・・」
あかねは、すれ違いざまに兵の姿や数を観察した。
・・・廊下は、大人が並んで三人ほど立てばいっぱいになってしまう広さだ。
いくらパーティーで警備を強化するとは言えども、三人以上は兵をそこには配置できないということか。
入り口に三人立たせてしまえば、廊下の途中途中に兵を立たせる必要はない。
という事は、パーティー会場から廊下の先まで、兵は三人しかいないことになる。
だが、
「・・・」
三人。
少ないようで、狭い通路に配置するには十分すぎる人数だ。
これはなかなか手ごわいな・・・。
「・・」
あかねは、帯刀に気づかれないようにこっそりと、そのことをメモに取った。
そして、
「さ、あかねくん。ここが会場だ」
「はい、帯刀様」
ギイっ・・・
帯刀の案内で、会場の扉を開けてもらい、その会場へと足を踏み入れる。
「うわあ・・・」
「すばらしいだろう。円形型ドーム屋根のホールだ」
会場に足を踏み入れた途端、あかねは思わず声を上げてしまった。
そこは、前にあかねが、乱馬と出会った時にお邪魔した事がある城の、煌びやかなダンスホールのようなつくりをしていたからだ。
最近はめっきり旅生活をしていたあかねは、久し振りに見たその煌びやかな内装に、思わず感嘆の声を出してしまった。
会場は、天井を高い円形に作られたドーム型の、ホールだった。
入り口こそあかね達が今入ってきたドアしかないが、
会場内の壁には、著名な画家が描いたという様々な絵画が飾られ、明り取りの出窓が、絵画の間に設置されていた。窓にはレースのカーテンが掛けら れている。
床は大理石で出来ていて、よく磨かれていた。
床を覗き込んだあかねの顔が,磨かれた床面に映っている。何だか妙な気分だった。
そして、ホール中央から奥の窓にかけての部分には、白い手すりで囲まれた楕円形の高台があり、
「あそこに主賓が立ち、会場を見渡すのだ」
帯刀はそう言って、あかねをその場所へと導き立たせる。
「僕とあかね君が結婚する時も、ここでこうやって並びながら皆を見渡すのだ」
そしてあかねを無視して一人で色々と喋りだしたのだが、
「・・・」
あかねは帯刀を全く無視して、ホール内をくまなく観察しながら考え事をしていた。
・・・小太刀がここに立つという事は、恐らく兄である帯刀もこの場所に立つだろう。
この高台は、ホールの大理石の床よりも緩やかに高さを持つ。床に立つ人間よりも、人一人分くらい高い位置で辺りを見回せるのだ。
なので、実際にこの場に立ってみたからこそ分かるのだが、
もしもホールの中で妙な動きをしようとすれば、これではすぐにばれてしまいそうだ。
しかし、
「・・・あら?」
あかねが立っている高台の真下・・・窓までの部分は、奥に入り込めば込むほど死角になりそうだ。
上からだと全く見えない。
もちろん、だからといって奥の方に自分から歩いていけば怪しまれるだろうが、短時間であれば何とかなるだろう。
ということは、だ。
例えばこのホール内で乱馬と打ち合わせをしたり、なにかの作戦の合図を出したりするのにはこの場所が最適だという事だ。
「・・・」
これは使える。
あかねは、帯刀に隠れて再びそれをメモした。
そして、その他にも何か得られることはないか・・・とホールを上から見回していたあかねは、ふと「あるもの」に気がついた。
・・・入り口からドーム中央のこの高台までの間の床部分。
そこに、床を歩いている時には気が付かなかったが、上から眺めると、細い線で何やら怪しい紋章が描かれていた。
大きな円の中に、十二の小さな黒い円。
その上からは、円を十字で切るような印がかかれている。
円の周囲には、奇妙な形の図形が、描かれている。
「・・・」
一見、シャンプーがよく使う魔術の紋章のようにも見えるが、似たような紋章は、シャンプーの元では見た事がなかった。
あかねは何だかそれが気になり、その紋章をメモに書き写してみた。そして、
「ねえ、帯刀様」
「なんだい?あかね君」
「あの床に描かれている模様はなあに?」
帯刀に、可愛らしさを装ってそれを尋ねると、
「ああ、それか?はっはっはっ・・・・知らん」
「は?」
「いや、使用人も妹も、あれは僕が書いたというんだ。でも僕には心当たりがなくて」
「・・・」
「消そうと思って床をこすってみたんだが、何やら特殊なペンキで描かれているようでね、消えないんだよ。まあ、そんなに気にすることではないだろう」
帯刀は、とぼけた口調でそう言って、豪快に笑っていた。
「・・・」
気にするドコロではないの話ではなく、不思議でしょうがない事のようにも思えるが、帯刀が覚えていないのならば仕方がない。
しかしあかねにしてみればそれが気になって仕方がないが、どうもこれ以上は帯刀にこの話を聞ける事はなさそうだ。
あかねがため息をつくと、
「さ、あかねくん。そんなわけの分からない魔法陣の事は置いておいて、次はこっちだ。次は宝物庫に案内しよう」
帯刀は、そんなあかねの様子には全く気がつかぬまま、再びあかねの手をつかんでそのホールを出た。




「さ、こっちだ」
「はい」
・・・屋敷の中央にある階段の、影にある木の戸。
そこを開けて続いている石の階段。その階段を降りきると、蝋燭で灯りを所々とっている、レンガ作りの道があった。
煉瓦造りの道を少し行くと、壁にドアがついていた。
帯刀は、そのドアを開けようとしている。
「帯刀様、この煉瓦の道はどこに続いているのですか?」
あかねが帯刀にそう尋ねると、
「この先は、捕らえた男達がいる牢だ。獣のような奴らばかりだ。純真可憐なあかね君は、決して近寄ってはいけないよ」
帯刀はそう言って、壁に取り付けられているドアを開け、中へと入っていく。
「・・・」
どうやら、煉瓦の道の先には乱馬の居る牢があるようだ。
「・・・」
あかねとしてはそちらも行ってみたいようにも思えるが、今は「宝物庫」を見るほうが先だ。
あかねは後ろ髪をひかれる思いで、ドアの中へと入っていく。
・・・帯刀は、あかねを連れてどんどんと、ドアの向こう側の道を進んでいく。
こちらは、地上の光を上手く利用するような窓を壁に作ってあり、地下でも蝋燭など必要なく歩ける明るい道が続いていた。
「帯刀様、先ほどのドアはいつも空いているのですか?」
「いいや、あそこのドアは宝物庫の鍵と一緒の鍵束についているのだよ。普段は、僕の部屋の文机の引き出しに入れてあるんだ」
帯刀はあかねの質問にそう答え・・・やがて、ぴた、と歩を止めた。
「・・・」
あかねも一緒に立ち止まり前を良くみると、道の突き当たりに随分と豪華な装飾を施されたドアがあった。
「あのドアの向こうが宝物庫だ」
帯刀はそう言って、その豪華なドアに鍵をさしかちゃかちゃと動かした。
かちゃん、と乾いた音が、した。どうやら鍵が開いたようだ。
帯刀は、ゆっくりと「宝物庫」の扉を開けた。
・・・・が。
「!」
「うっ・・・」
ブワっ・・・
ドアが数センチ開いたその隙間から、何やら言いようのないどんよりとした「気」が外へと洩れ始めた。
悪しき気・・・あかねは見た事がなかったけれど、きっとこういうものを言うのだろう。
呼吸をするのも、躊躇する。その気を浴びた瞬間に、あかねは嫌な汗をどっと背中に掻いた。
「気」は、その澱んだ空気が目に見えるような形で、ドアの隙間から廊下へと流れ出た。
あかねは、その胸を吐くような気を避けるように口を抑えた。
そのあかねの横では、ふらっ・・・と身体をよろめかせながら、帯刀が、
「ここが宝物庫だよ・・・ここにオヤジの遺品とかあるんだがね、ご覧の通りなんだか、ここへ来ると気分が悪くなるんだよ。
 だから、あかね君の案内もこの入り口までにさせてもらうよ・・・」
そう言って、あかねに作り笑いをする。
その顔色は恐ろしく悪く、血の気も失せて真っ青・・・いや、それさえも通り越して土色か。
「・・・」
帯刀は慌てて腰に刺していた木刀を杖にしたが、息も荒く、表情もなんだか険しい。
「帯刀様・・・」
あかねは、帯刀を気遣い部屋の入り口から離れさせると、帯刀から鍵を受け取って、かわりに扉を閉めてやった。
ふと足元を見ると、小さな虫や、ネズミがぴくぴくと痙攣している。
・・・悪しき「気」。いや、ここまでくるとこれは「瘴気」と言われる物なのか。
普段から乱馬の「カード」と供に行動しているあかねには少し免疫でもあるのだろうか・・・気分を悪くする程度で済んだことに感謝しながら、あかねはドア に再び鍵をかけた。
そして、
「さ、帯刀様・・・少しお部屋でお休みしましょう」
「ああ。あかね君、よかったら一緒に・・・」
ドカっ
あかねは帯刀を一撃で殴り倒して気絶させると、ずるずるとその大きな身体を引きずって彼を部屋へと送り届けた。
カードの場所は確かめたが、これでは気軽に中に入る事は出来なさそうだ。
それに、これ以上ここに長居すると帯刀に悪影響が及びそうだ。
あかねは帯刀をベッドへと寝かせると、テリーが次に郵便を集荷に来るまでに集めた情報をまとめるべく、メモした情報を復唱するように帯刀の部屋を 出て行った。
・・・が。
「・・・あの女、見かけない顔ですわね」
そんな風に帯刀を送り届けたあかねの姿を、
たまたま帯刀の部屋の外で、白い花を摘んでいた小太刀がみていた事。
そして、
「・・・」
帯刀の部屋からすぐに出て行かずに、宝物庫の鍵の位置を確認するべく文机の引出しを開けていたこと、
その場所をなにやらメモに記していた事・・・
一介のメイドににしては妙な行動が見受けられるあかねに、小太刀が疑惑の目を向けた事を・・・あかねはこの時にはまだ、気がつかなかった。





一方。
「牢に閉じ込められている男達の数は、全部で七十人だ。各牢にはその半数が収監されている」
地下牢では、乱馬とアルファードが隣の牢と行き来して、男たちの状況を確認していた。
人数を把握しておかないと、男たちを外へ逃がす事を失敗してしまう恐れがあるからだ。
「七十人か・・・いくら早く走ったとはいえ、兵に捕まらないようにそれだけの人間を外へ逃がすには、それなりに作戦を立てないとなあ」
乱馬は、アルファードが紙に記した屋敷の簡略図や、集めた情報を見ながらそうぼやいた。
「屋敷の兵はざっと・・・百だ。もしも会場に半数の五十を配置したとしても、後の五十は屋敷内に満遍なく配置されるだろうな」
「会場の入り口にも兵は居るだろ?」
「ああ。通路が狭いから人数は少ないかもしれないが、通路が狭い分袋小路さ。それこそ大人数が一度に逃出す事は出来ないし、そんなところから逃げ ようとすれば『捕まえてください』って言っているような物さ」
それを受けて、アルファードが答える。
「てことは、兵の少ない入り口からではなく・・・?」
「そう。会場の窓かなにかを使ってそこから外へと抜けさせるしかないってことさ」
「そこから外に出す方法と、兵の目を欺く方法を外にいる奴らに考えてもらうってことか・・・」
「ああ」
乱馬は牢の床に簡略的な兵の配置図と逃走経路を描いた。
アルファードはその図を見ながら少し黙り込んでいたが、
「とりあえず、兵の隙を突いて皆を門の外へ走らせて、そこに何か・・・そうだな、魔法?かなんかで壁を作ってもらって追っ手を阻むしかねえのか」
「シャンプーに結界を作ってもらうってことだな。ああ、それなら何とか。でも、どうやって隙を突くんだ?」
「そうなんだよなー・・・」
「・・・」
「・・・」
何となく作戦の骨組みは出来つつあるが、どうもそこから良いアイデアが出ない。
シャンプーや良牙の為にも、ある程度作戦を提示してやらなければ・・・と思うのだが、なかなか斬新なアイデアを出せぬまま、乱馬達は唸るばかりだっ た。
と、その時。
「なあ・・・」
牢の隅で、見張りの兵にばれぬように作戦会議をしている乱馬とアルファードの元に、一人の男が歩み寄ってきた。
年の頃は三十台前半だろうか。随分とがっしりした体型で、顎に立派な髭が生えている男性だった。
「えっと・・」
乱馬がその男の名前を思い出そうとちょっと口篭もると、
「俺の名前は、レオン。町では武器屋を営んでいるんだ」
男性・・・レオンは自らそう名乗ると、乱馬とアルファードの顔をしっかりと見つめながら、
「あんた達、今夜の作戦を考えているんだろ?」
と、いった。
どうやら、乱馬とアルファードの話をこっそりと側で聞いていたようだ。
乱馬がレオンに、自分達が「こういう流れを考えている」と大まかに話をすると、
「兵の隙を突いて逃出す方法は俺には思い浮かばないけれど、追っ手を阻む方法ならば・・・心当たりがあるよ」
「え?」
「あんた達、外にいる仲間に連絡を取る方法があるんだろ?」
「あ?まあな」
「それだったら、うちのかみさんに連絡して『飛び道具』を用意させるといいよ」
レオンはそう言って乱馬とアルファードの側へとしゃがみこみ、近くに落ちていた石で、床になにやら描き始めた。
それは、何かの武器。そう・・・形からすると、「大砲」のような形をしている。
「これは?」
アルファードがレオンに尋ねると、
「俺、武器屋になる前は漁師だったんだ」
「へー」
「だから、その時使っていた網をなんとか武器に組み込めないかと思ってさ・・・そういう武器を作ったんだよ」
「え?」
「この大砲をぶっ放せば、弾の変りに網が飛び出すってこと。本体がでかいんだ、網だってでかい。二台くらいで何度か撃てば、五十人でも百人でも、足 止めは可能って訳さ」
レオンはそういって、自慢げにフン、と鼻を鳴らした。
「それ、いいな」
「なあ」
乱馬とアルファードは、すぐにレオンの話に乗ったが、
「ただ、この大砲を担いで何発も撃つ為には、それなりのパワーを持った奴が必要なのさ」
「・・・」
「とてもじゃないが、女子供じゃ撃てない。それが難点だ」
レオンは少しだけ表情を翳らせる。が、
「その事なら心配しなくていいぜ。いるんだ、一人・・・あんたと同じように大砲を担げる、怪力の男が」
「え?」
「外にいる仲間の一人さ。半端じゃねえパワーを持っている。だから、安心してくれ」
乱馬は、そう言ってレオンににっこりと笑いかけた。
これはもちろん良牙のことだ。力関係ならば、良牙に任すのが一番だ。ただ、
「ただなあ・・・そいつ、極端な方向音痴でなー・・・だから、あんたが面倒見てやりながら、網を打つ方向を指示してやってくれ」
「わ、分かった」
レオンは、不思議そうな表情で乱馬に返事をした。
乱馬はそれ以上はそこで説明はしなかった。勿論それは、きっとその時になればよく分かるだろう・・・という考えの元だ。
「・・・よし、じゃあ今のレオンのくれた情報を、テリーに伝えるよ。えっと・・・レオンの奥さんの名前は?」
「モナカだ」
「わかった」
乱馬は、テリーに外に持ち出してもらうために集めた情報をサラサラとメモにまとめると、
「・・・よし。じゃあこれを外に出して、シャンプーたちからの回答を待とう」
「ああ」
「じゃ、俺あかねにこの情報を渡してくる」
「ああ。頼んだぞ」
・・・と、あかねと落ち合うべき場所--トイレの中--へと向かうべく、再び天井裏から屋敷の中へと移動していった。
しかし。
「!?」
とある場所の屋根裏を通りがかった時。板が少しずれていた事も在り、偶然下を目にした乱馬の目に、ある「衝撃的な光景」が映った。
それは、
「な、な、な・・・」
思わず天井板を外して、その部屋の中へと乱馬が降り立ってしまうほどのものだった。
・・・絢爛豪華な家具、ピンク色のレースのカーテンに、ソファ。ふかふかのベッドに絨毯。可愛らしいぬいぐるみなど色々と揃えられている部屋なのはよ いのだが、
「・・・」
どうしてだろうか。
どう考えても、「乱馬」。しかも、何かの式典で身に纏った正式な皇族の衣装姿の乱馬の大きなパネルが、壁に飾られていた。
「・・・」
乱馬は、しっかりと磨かれた部屋のガラスに自分の顔を映して見た。そしてその後すぐに飾られているパネルと自分を見比べるが・・・どう考えても、同一 人物だった。
「これ・・・お、俺か?なかなか男前・・・いや、そうじゃなくて、」
王子の姿の乱馬だ。別大陸のこんな小さな町に、何故自分のパネルがあるのか。乱馬は怪訝ながらも不思議で仕方がない。
「・・・」
乱馬が思わずパネルの前で首をかしげていると、
「・・・とにかく、分かったわね!」
「こ、小太刀様っ」
「お前は私が言うとおりにすればよいのです、緑子!」
・・・不意にドアの外でそんな声が聞こえて、ドアの取っ手がガチャガチャと動いた。
「やべっ・・・」
乱馬は慌てて天井裏へ戻ると、じっと動かぬまま部屋の様子を覗う。
「小太刀様っ・・・」
程なくして、漆黒のドレスを身に纏った娘と、屋敷のメイドが一人、部屋に入ってきた。
どうやら、領主・帯刀の妹の部屋のようだ。もちろんそうなれば、ドレスを身に纏っているのが小太刀になる。
よくみると、顔もそっくりだ。
一緒に入ってきたのは、小太刀がよくしているメイドなのだろうか。
・・・
「お兄様に近寄っているあのメイド・・・なんだか様子がおかしいのです」
「あの、あかねのことでしょうか?あかねはよく働いてくれています。それに言い寄っているのは、あかねではなく帯刀様の方で・・・」
「そんな事はどっちでもいいのです!ようは、あのメイドがおかしいということだけです!」
「も、申し訳ありません・・・」
怒る小太刀に、恐縮するメイド。
そんな二人のやり取りを耳にしながら、乱馬は天井裏で思わず喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
『メイドのあかね』といったら・・・乱馬が良く知る許婚の、あのあかねだろう。
これは、素通りする事が出来ない。乱馬は更に耳を澄ました。
・・・
「あのメイド、何だか妙な感じがするのです。いい?緑子。お前はあのあかねというメイドの動向を調べて、逐一私に報告なさい」
「で、でも・・・。あかねは私のことを先輩と慕ってくれているのに・・・」
「私の為に働いてくれれば、お前の事はお兄様にも良く言っておきます。名前も覚えてもらえないのでしょう?お前は。お前は器量も良くて私も忠実だとい うのに、そんな扱いしか受けない。
 不当だと思わなくて?」
「・・・。かしこまりました・・・」
小太刀の半ば脅迫とも言える言葉に、メイドの緑子はグッと詰まりながらも頷いた。
・・・どうやらこの緑子は、少なからず帯刀に好意を持っているのかもしれない。
だが、領主の帯刀があかねに一目ぼれしてしまったことで、勿論他のメイドなど彼の目には入らない。どうやら、名前も覚えてもらえないようだ。
小太刀はそこをついてきたのだ。
「・・・」
小太刀があかねの行動に不信感を持ったことにも乱馬は驚かされたが、この緑子があかねの面倒を見てくれている数少ない味方のメイドだったことにも 驚かされる。
・・・そう、このままあかねがこのことを知らないでいたら、自分がこの屋敷に忍び込んだ経緯などを、うっかりと緑子に話してしまう可能性だってあるの だ。
「・・・」
そうなると、今日の計画が台無しだ。
・・・自分のパネルを見たときにはビックリしたけれど、貴重な話が聞けてよかったぜ。
乱馬はそんなことを思いながら、小太刀の部屋の屋根裏からそっと、離れた。



「ええ!?緑子先輩が!?」
「し!声が大きい!」
・・・あかねと落ち合った乱馬は、自分達が集めた情報をあかねに渡しつつ、先ほど小太刀の部屋の天井で聞いた話をあかねに伝えた。
「信じられない・・・緑子先輩、すごく優しくて面倒見もいいのに・・・」
「小太刀に命令されたのはついさっきからだから、これから気をつければいい。いいか、絶対に心を許すなよ?」
「うん・・・」
「それにしても、お前小太刀に勘付かれるような潜入するなよなー。帯刀の野郎には見初められるしよー・・・」
「しょ、しょうがないじゃない!勝手に向こうが気に入っちゃったんだから」
「・・・ったく。とにかく、気をつけろ。わかったな?」
「うん・・・」
乱馬はあかねに念を押して、再び牢へと戻っていった。
「・・・」
・・・緑子には色々と世話になっていたあかねだけに、乱馬の話がショックでならないあかねだが、それでも乱馬が言う以上、気をつけなければならない のだろう。
「・・・」
あかねは、ため息をつきながらトイレからでたのだが、
「!み、緑子先輩・・・」
「あ、あかねちゃん、やだ、トイレにはいっていたのはあかねちゃんだったんだ。わ、私も入ろうと思って・・・」
あかねが扉を開けてすぐの場所に、なぜか緑子が立っていた。
「そ、そうですか・・・」
トイレに純粋に入りたいのなら、こんな風に過剰な反応を示さなくても良さそうなものだ。
もしかしたら、あかねの後をつけてきて、トイレの外で様子を覗っていたのかもしれない。
なるほど、乱馬がいっていたように油断ならない。
「あ、み、緑子先輩もお手洗いですか?」
「あ、う、うん・・・」
二人は何だかぎこちない会話を交わして、その場を離れた。
・・・これは本当に、気をつけなくては。
「・・・」
今回のこの二回目の集荷まででだいぶ情報を集める事が出来た為に、もう無理して屋敷の内部を探らないでも大丈夫そうだが、
それでもこうして乱馬と接触することや、屋敷の中での行動についてはだいぶ制約がかかる事はたしかだ。
「・・・」
あかねは緑子から逃れるかのように勝手口へと向かうと、
「郵便屋ですー」
「これ、お願いしますっ・・・」
集荷にやって来たテリーへと集めた情報を渡し、大きなため息をついたのだった。


「あ!郵便屋が来たね!」


・・・あかね達が情報収集を屋敷で行っているのとちょうど同じ頃、街の宿屋では。
午前八時、そして十一時に集められた情報が、宿屋にいるシャンプーたちへと送られたところだった。
郵便屋が屋敷へと集荷・集配に行くのは一日五回。
勿論、一回目の情報だけでは作戦を立てることは出来ないのだが、一番最後に屋敷に郵便屋が行くのは夜の八時。パーティーは九時から開始だが、夜の八時に集荷したものに対してシャンプー達が回答をだすとなると、翌朝の八時の便になってしまうのだ。
それに、夜の八時の回にこちら側が立てた作戦を一気に屋敷へと届けさせようとしても、きっと屋敷は一時間後に送られるパーティーの準備でてんてこ 舞いの為、仕掛けをする時間なんて殆どない。
とすると、シャンプーたちは最低でも一回目・二回目の集荷で集めた情報を、三回目もしくは四回目の集荷までに「作戦」に形を変えて届けなくてはならないという ことだ。
現在、二回目の集荷で集まった情報がシャンプーたちの手元に来た所だった。時刻は十一時半。
次の集荷は午後二時。最低でも一時半くらいまでには大まかな作戦を組み立てなくてはいけない、という状況だった。
一回目の集荷では、
「おじいちゃん!アルファがっ・・・アルファが無事だって!」
「おうおう、よかったなあ・・・ベッキー」
・・・乱馬のよこした情報のなかの、『アルファードに接触して・・・』という部分に反応したベッキーとハミルトが涙を流して喜んでいた事は置いておいて、
「屋敷の見取り図に、大体の兵の数は分かったね」
「領主兄妹の大体の情報はつかめたな」
シャンプーと良牙は、乱馬とあかねが集めてくれた情報を、紙に書いてまとめた。
「あいやあ、この領主妹が片思いしている相手というのは、乱馬の事あるか?」
紙に情報を箇条書きで書きながら、あかねが集めた小太刀の情報に対し、シャンプーが口を出すと、
「バカ王子のくせに、モテるんだよなあアイツ」
「バカでも乱馬はかっこいいある!」
「そんなもんかね」
あくまでデフォルトは「バカ」王子なのか。誉めているんだかいないんだか分からないような素振で二人はそんなことを話すも、
「ま、アイツの事は置いておいて、次の集荷で集まった情報までを元に、計画を立ててみるしかねえな」
「そうあるな」
「そうだ、じいさん・・・次の集荷までに、街の設計士に頼んで屋敷の設計図を用意してもらってくれ」
「わかりました」
・・・と、情報を書き記す程度でとどまった。
が、二回目の集荷後に、屋敷にいる乱馬達からの情報を貰ってからはそうものんびりとしていられなかった。
そう、テリーが次の集荷に行くまでにあらかたの作戦を立てなくてはいけないからだ。
それに加え、
「武器屋のかみさんに連絡を取れ、か。おいじいさん、頼まれてくれるか」
「分かった」
「あいやあ、逃げて屋敷から飛び出した男たちを保護する結界を用意しろと言うか。それなら、強力な魔法陣を門の外に描かねばならないな」
・・・乱馬とアルファードがある程度作戦を提示してきたので、それの準備もあわせてしなくてはならなかった。
しかし、こうしてある程度作戦を提示してくれたおかげで、シャンプーや良牙の手間も多少は省けるのは喜ばしい事だ。
「逃げた男たちを守る方法は、乱馬達が考えた方法で良いとして・・・俺達は、その男たちを逃がす為に兵の目を欺く騒ぎを、考えなくてはいけないってこ とだな」
「そうある」
「今まで集めた情報を元に、急いで考えようぜ。式場の情報や兵の配置は、あかねさんが調べてくれたし」
良牙はそう言って、ハミルトが用意した屋敷の設計図に兵の位置や、シャンプーが用意する予定の魔法陣の位置、カードがある場所等を書き込んでい たが、
「・・・」
ふと顔をあげた時、あかねがよこしたメモを見つめるシャンプーが、なにやら難しい表情をしているのに気がついた。
「おい。時間がねえんだ、ボーっとしてないで手伝えよ」
気が短い良牙がシャンプーに声をかけると、
「それ分かっているある。ただ・・・ちょっと気になるね」
「気になる?」
「これある」
シャンプーはそう言って、あかねがよこしたメモの一部を指でトントン、と叩いた。
そこには、今夜のパーティ会場についての情報が書かれていたのだが、シャンプーが指を指したのは、あかねが会場の床から写し取った「魔法陣」の部 分だ。
「はー?そんなのどこにでもある魔法陣だろ?」
「私は魔術の勉強をしているあるが、こんな形の魔法陣は普段使わないある」
「ふーん・・・?俺には良く分からないが、そうなのか?」
「でも、どこかで見た事があるような・・・ああ、もうあかねは不器用あるな。もっと正確に書いてくれなければ正しい知識、思い出せないある。あとで、ひい ばあちゃんに聞いてみるある」
シャンプーの記憶があいまいなのと、不器用なあかねの描写が手伝って、シャンプーはその魔法陣についてはよく思い出せないようだったが、
「・・・とりあえずは他の準備をしてから考えるある」
「そうそう、そうしてくれ」
今は、ゆっくりと考えている時間はない。
シャンプーはあかねの描いた魔法陣のメモをテーブルの済みに置くと、良牙と供に今夜の作戦について話し合いを始めたのだった。


そして。


ゴーン、ゴーン・・・
時間は流れ街の中央にある時計台の鐘が、八つ、鳴った。
パーティ開始時刻の午後九時の一時間前、八時を告げる鐘だ。
「これ、お願いします」
「はい・・・」
本日の最後の集荷だ。テリーが、屋敷へと顔を見せた。
もちろんこの集荷で、あかね達がテリーへと渡す情報はない。あかね達は、良牙たちの立てた作戦計画を受け取る側だ。
「これとこれ・・・これ、お願いします」
メイドの部屋へと移り、良牙たちからの情報以外を他のメイドへと手渡すと、
「あら、貴方どこへいくの?パーティの準備があるでしょ?」
「あ、あのちょっとお手洗いに・・・」
なんとか上手い事を言って部屋を抜け出し、あかねは乱馬と落ち合うべき場所へと向かった。
勿論その際に、先輩メイドの緑子の目を盗みながら、だ。
ただ、抜け出す事は上手く出来ても、もしかしたらトイレでの会話を盗み聞きされる可能性だってある。
「・・・」
パンパン。
あかねはトイレに入り、水を流す音をさせた後で少し強めに、手を叩いた。
「・・・」
直後、カタン、とトイレの天井の板が外れ乱馬が顔を出した。
「乱馬・・・」
「良牙たちから最後の連絡、来たか?」
「うん」
あかねはテリーから受け取った少し分厚い封筒の封を切り、広げた。
そこには、良牙たちが立てた今夜の計画が記されていた。
・・・計画としては、こうだ。
1:パーティーが始まってから二十分後、屋敷の裏手でフェイクの爆発を起こす。
2:会場以外の兵の注意をそちらに向けた後、続けて会場の窓の下で爆発を起こす。
3:同時に、会場に発煙筒を投げ込み、会場の兵を分散させる。
4:兵が帯刀たちを警護しようとする隙を突いて、爆発させた窓の部分より男たちを外へ出す。
5:男たちは門の外に作った結界に逃げ込ませ、追っ手は良牙達が抑える。
6:騒ぎの最中、あかねが宝物庫へと忍び込む。その際、この手紙が入った封筒に同封されている「カードのダミー」と宝物庫のカードをすりかえて乱馬に 渡す。
あかねがテリーから受け取った封筒の中には、この手紙のほかに、黄色い紙に包まれたものが同封されていた。
開いてみると、それは「カード」であった。
勿論本物は乱馬が持っているために、これはシャンプーが用意したニセモノであるが、それが十六枚、あった。
宝物庫に収められているカードが何のカードなのか分からないので、とりあえずは残るカードのレプリカを全部用意した、らしい。
「カードさえ奴らから取り上げちまえば、カードの効力は消えて奴らも元に戻るだろう。この騒ぎが収まった後、奴らがまた妙なことを考えることはないだろ うし」
「そうね・・・上手くいくといいんだけど」
「行かなきゃ困るさ。それより、摩り替えるとき気をつけろよ。お前ドジだからなあ・・・」
「し、失礼ね!大丈夫よ!乱馬こそ気をつけてよね」
あかねは封筒に入れられていたレプリカのカードの包みをポケットに忍ばせると、
「それじゃあ私は、パーティーが始まってすぐに宝物庫へと向かうから。カードを手に入れたら、乱馬にコンタクト、とるね」
「ああ」
「じゃあ、また後で」
そういってトイレを出た。
「・・・」
あかねは、あかねが思っている以上にドジだし、そそっかしいし危なっかしい。
乱馬はどうにもそれが心配で仕方がないのだが、今はそんなあかねにだけ気をかけてやることはできない。
「・・・」
頼むから、無事にいてくれよな。
乱馬は出て行ったあかねを気にかけつつ、自分も牢へと戻っていった。
・・・乱馬が牢に戻ってすぐ、
「おい!そろそろパーティーがはじめる!皆準備せよ!」
見張りの兵が、牢に収監されている男たちにそう声をかけ、
「一列に並べ!妙な動きを見せたらその場で殺すからな!」
「はいはい」
「こら!またお前か!返事は一度でいいといっているだろうが!」
「はーい」
「伸ばすな!」
ボコっ・・・
収監された時と同じように乱馬は兵士に拳で殴られつつも、他の男たちと共にパーティー会場へと向かった。
いよいよ、会場入りである。
会場では、
「おい、料理はこっちへ運べ!」
「はい!」
「そのオブジェは、反対側に動かせ」
「かしこまりました」
メイドたちはパーティーの準備をいそしみ、男の使用人たちは、会場内の整備に走っていた。
そんな会場へは、いよいよ「主役」も登場である。
「小太刀様、こちらでございます」
「ええ。緑子、このドレスどうかしら?」
「とてもお似合いでございます、小太刀様」
本日の主役である小太刀が、あかねの先輩メイドである緑子を従えて、会場入りをした。
小太刀は黒が好きなのだろうか。漆黒のドレスに大きなバラの花をあしらったドレスが印象的だ。
そんな小太刀のすぐ後に、
「妹よ」
「あら、お兄様」
パーティ用の立派な衣装を身に纏った帯刀が、パーティの会場での準備をしていたあかねを連れ立ってやってきた。
もちろんあかねはパーティが始まったらすぐに別行動を取りたいので、帯刀と一緒に居るつもりはもうとうない。
それに良く見ると、
「・・・」
既に会場入りしている男たちの群れの中で、異常に鋭い眼光で、そう、今にも噛み付きそうな勢いで帯刀を睨んでいる男も一人居るわけで、
「あかねくん、これが我が妹だ」
「は、はあ・・・」
ちゃっかりとあかねの肩に手を置いて、豪快に笑う帯刀に、会場内からは殺気が浴びせられているのだが、勿論帯刀は気がついてはいない。
「貴方がお兄様のお気に入りのメイドですの。緑子、あのメイドの名前はなんて?」
「はい、あかねでございます小太刀様」
・・・本当はもうあかねの名前など知っているのだが、小太刀はわざと緑子にあかねを紹介させると、
「メイドの事は置いておいて。それよりお兄様」
「どうした、妹よ」
「・・・もしかしたら、屋敷の中にネズミが紛れ込んでいるかもしれませんので、すこし気をつけたほうが宜しいかと思いますわ」
帯刀へのメッセージを口にしているが、小太刀はギロリ、とあかねを睨みながらそう呟いた。
その目には明らかに「敵意」というか疑惑の念が込められているのが良くわかる。
「!」
・・・やはり、何か感ずいているんだ。
あかねは慌てて小太刀から目をそらし、緑子を見た。
緑子も、気まずいのだろうか。あかねから目をそらす。
「ネズミか。あかねくん、ネズミは嫌いだろう?安心したまえ。ネズミを見たら僕が退治してあげよう。はっはっは」
「あ、はあ」
もちろん帯刀だけは、「ネズミ」イコール「あかね」だとは思っていないので、そんなことを言いながら笑っている。
「た、帯刀様・・・私は会場の準備がありますので、そろそろ戻りませんと・・・」
「おお、そうなのか?」
「はい・・・それじゃ、私はこれで・・・」
あかねは逃げるようにその場所から離れようとするが、
「でしたら緑子、お前も一緒にお行きなさい」
「はい、小太刀様」
小太刀はそんなあかねに、自分が側に置いていた緑子をくっつけてよこした。
どうやら、あかねを一人にさせない算段なのだろう。
「・・・」
あかねと緑子は、お互い作り笑いをしつつ連れ立って、会場へと戻った。
「・・・」
そんな戻っていくあかねの後ろ姿を、小太刀は刺すような視線で睨みつけていた。
直後、
ゴーン・・・
ゴーン・・・
・・・時計台の鐘が、ついに九つ鳴った。
とたんに、ホールの済みに待機していた小さな音楽隊の金管ラッパが派手に演奏を開始した。
「中央、領主様、妹様に敬礼!」
会場内の兵士が、揃って帯刀と小太刀に向かい敬礼をした。
ザザっ・・・と兵達の軍靴の音が大理石の床に鳴る。
ざわざわと集められていた男たちも、ぴたりと無駄話を止めて、いよいよ表情を強張らせた。
もっとも、強張らせた原因はパーティの開始ではなく、これからおこる大脱出劇のせいではあるのだが。
そんな男たちの中、乱馬は良牙たちが爆破予定の窓の方へとちらりと目を向けた。
あかねは、ぎゅっと身に纏っているスカートを握り締めた。
そのあかねの横では、あかねの動向をうかがうことに少しためらいを見せている緑子が、立っている。



そう、それぞれのさまざまな思惑が交差する中で、いよいよパーティが始まったのである。

 

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