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→プロローグ(もう一つのシンデレラ)

昔むかしあるところに、小さな町道場があった。
その町道場には大変美しい三人姉妹がいた。
が、一番上と二番目の娘はすでに嫁にいっており、その家には、年ごろの三女のみが父親と二人で住んでいた。
しかしこの三女、姿形は美しいのに、たいへんな男勝り。
そして異常な男性嫌いで、 結婚を申し込んでくる男を片っ端からぶっとばす・・・いや、実力をもって申し出を断りつづけていた。
しかしそれでも交際を申し込んでくる男があとをたたないのは、それほどまでにこの三女・あかねが魅力的だからだ ろうか。・・・


「あかねー、もうすこし優しく断れないかねー・・・」
・・・そんなあかねを、目に入れても痛くないくらい可愛く思っている早雲だが、
「いいの!あたしは男なんて大ッキライ!お母さんの代わりにずっとお父さんの傍にいるもん!」
きっぱりすっぱりそう喚くあかねに、 嬉しいけれど何だか複雑な早雲だった。
そんなある日。
早雲の元に旧い友人から手紙が届いた。
中をみると、近々行なわれる城でのダンスパーティの招待状が入っていた。
「あかね、近々城でダンスパーティが行なわれるそうだよ。たまには行ってきたらどうだい?」
早雲が、今日も家の裏でせっせと薪を素手で割っているあかねにそう持ちかけると、
「いやよ、ダンスパーティなんて。知らない男のヒトと踊るなんて、冗談じゃないわ」
あかねは考えもせずに速答した。
が、早雲も今日は負け時と、
「そんな事いわないで、たまには行ってきてごらんよ。それに、このパーティは、あかねの苦手な男の子は少ないは ずだよ」
「そ、そうなの?ダンスパーティなのに?」
「そうだよ」
「ふーん・・・。なら、行こうかなあ・・・」
いささか妖しい早雲のその言葉に、 あかねはまんまとのせられてしまった。
「よし、決まった!そうだ、ひさしぶりに、ドレスを着るんだ。嫁に行ったかすみに頼んで、あかねをきれいに着飾ってもらおう」
・・・こうして。
あかねがしぶしぶながらもOKの返事を出したのに喜んだ早雲が、あかねの着付けをさせようと、嫁に行った娘のかすみを急遽呼び寄せることになった。


・・・が。

「男の子が少ない」といった、この早雲の言葉。
それもそのはず、
本日の城でのパーティは、城の王子の花嫁を選ぶためのものだった。
国中の娘達が、その国の王子の妃座を求めて「我こそは・・・」とやってくる。
実はこのことは、随分前から町じゅうで噂されていたが、 きっとあかねはそんな噂を知ろうともしないだろう・・・という早雲の思惑通り、 あかねはまんまと早雲の言葉に乗せられてしまった。
もちろん、着付けにやって来たかすみによってその事を知らされることになるあかねは早雲に講義したが、
「約束は約束だろう?」
と丸め込まれ、結局はパーティに参加する羽目になってしまったのだった。

「あかねちゃん?今日あかねちゃんが着ているドレスはね、特別な布で出来ているドレスなのよ?」
「特別?」
・・・ほど無くして。
やはり嫁に行ってしまった次女・なびきの店から特殊なドレスをあつらえてきたかすみがあかねの元へやってきて、 着付けをはじめた。
「なびきちゃんが言うにはね、短時間しか美しく発色しないドレスらしくて・・・そうね、だいたい夜中の十二時くらいを過 ぎたら発色が衰えるだけでなくてヨレヨレになっちゃうらしいのよ」
パッとみはキラキラと輝いた美しいドレスをあかねに着せながら、かすみはニコニコと話す。
「だからね、あかねちゃん。夜中の十二時までにはお家に帰ってくるのよ」
「大丈夫よ。そんなパーティ、面白いわけないもん。すぐに帰って来るから」
キラキラと輝くドレスに身を包み、まるでお人形のような姿をしている、鏡に映っている自分を見ながらあかねはそうぼ やく。
「そんな事言わないで、楽しんでらっしゃい」
「・・・はーい」
あかねは、やはり乗り気でないのは隠し切れない・・と、大きなため息をついた。






一方。
「ふざけんな、くそ親父!なんで俺が、こんなパーティで選ばれた女と結婚しなきゃなんねえんだよッ」
城の一室、国王の部屋では。
やけに威勢のいい王子:乱馬が、父親である国王・玄馬と激しく遣り合っているところだった。
この王子、女性よりも「武芸を極める」ことにまだ興味があるようで、 臣下親戚の持ってくる見合い話は、片っ端から断り続けてきた。
幸いなことに容姿は整っているのだが、ぶっきらぼうな態度と女性にあまり興味がないというのが難点というか。
・・・
「だいたいだなあ・・・。俺はまだ修行中の身だから女にうつつを抜かしてる暇はねえんだよッ。それなのに、勝手 にこんなパーティ企画しやがって!」玄馬の襟を掴みながら怒る乱馬に、
「えーい、仮にも貴様、この国の跡取じゃろうがッ!いい加減腹を決めて、所帯を持たぬか! ワシが貴様の年頃には、すでにかあさんと・・」
玄馬も負け時とそう叫んで、何故か照れて紅くなっている。
それを受けて、そんな二人のやり取りを見ていた妃ののどかも、 「もう、おとうさんたら・・・」と顔を赤らめる始末だ。
乱馬は、そんな二人の様子にため息をつくばかりだ。
「ねえ、乱馬」
そんな乱馬に、今度はのどかが語りかけた。
「ねえ、乱馬。 もしかしたら、乱馬の好みの女の子も中にはいるかもしれないでしょ?だから、今日は母さんに免じてパーティに参 加してね?分かったわね?」
「・・・」
父はともかく、母に頼まれると、そうにべもなく断れない。 ・・・というより、 のどかの手にキラリと光る日本刀が恐ろしく、
「・・・わかったよ」
乱馬はしぶしぶとダンスパーティへの参加を決めた。

・・・夜、七時。 音楽隊の演奏と共に、城では華やかなパーティが始まった。
何だかんだいっても、結局はパーティに参加したあかね。 姿形がただでさえ麗しい上に、キラキラと輝くドレスで着飾ったあかねは、
「なんて美しい・・・」
「一体ドコのご令嬢だ?」
・・・城の男性や兵士までの心を一瞬で虜にしてしまったのだが、 それと同時に、
「何よ、あの女!」
「完全に、王子の目を引こうとしているのがミエミエね!」
「何て憎憎しいんでしょ!」
・・・と、 妃の座を狙う娘達にはスコブル評判が悪い。
あかねが特に何をしなくても、会場ではヒソヒソと囁かれていた。
(・・・あーあ、気分悪い)
もちろん、 自分には全く非がないので、あかねはすぐに不機嫌になる。
そして、頭にきたのでそのまま帰ってやろうと思ったが、
(あ、でも王子の顔もみないで帰ったら・・・お父さんに怒られちゃうかなあ・・・)
仕方ないので、一度くらいは王子の顔でも拝むか・・・と会場をキョロキョロしたが、 お妃選びのパーティだというのにも関わらず、 王子がいるはずのその席に、彼はいなかった。
かわりに、王子のその席には、 なぜか王冠を付けたパンダが座ってるだけだった。
「・・・」
(変なお城)
あかねはその不思議な光景に首を傾げつつもパーティ会場からそそくさと出て、 少し離れた場所にあるバルコニーで一人、外を見ながらため息をついていた。

・・・と、そこへ。

「踊らないのか?」
「?」

ふいに背後から声がしたので、あかねが振り向くと。
そこには、鎧を纏い、剣を腰にさした城の兵士が立っていた。
「会場はあっちだぞ。妃選びのパーティへとやって来たんじゃないのか?」
「別に・・・。来たくて来たわけじゃないから
やけになれなれしい口調の兵士にあかねがそう言うと、
「ふーん・・・」
兵士はあかねの横に並んで立ち、不思議そうな顔をした。
・・・その兵士、隣に立つと意外に背が高く顔も整っていた。髪も長いようで、後ろで一つお下げを結んでいた。
早雲以外の男性を、こんなに近くでちゃんと見たことがないあかねは、少しだけドキッとしてしまった。
「じゃあ、何で来たくないのに来たの?」
兵士が、バルコニーに頬杖をつきながら面白そうにそう尋ねるので、
「お父さんが・・・男の人が少ないパーティだからって・・・」
「?」
「・・・知らなかったんだもん。お妃選びのパーティだなんて 」
あかねはそう呟いて、ため息をついた。
「男、嫌いなのか?」
「・・・嫌いよ」
あかねが小さな声でそう呟くと、
「ふーん・・・。もったいねえ」
兵士は、ぼそっとあかねに聞こえないくらいの小さな声でそう呟くと、
「変ってる女」
今度はあかねに聞こえるようにそう言って、カラカラと笑った。
「あ、あなただって、兵士でしょ。あたしの事はいいから自分の持ち場に帰ったら?」
あかねはそんな兵士にむっとした表情を見せると、
「そう簡単にもいかねえんだよなあ 」
今度は兵士がそういって、ため息をついていた。
「?」
あかねが首を傾げ、どうして・・・と尋ねようとした時に。  


「王子ーッ。王子、どこですかー!?」


慌しい靴音と共に、複数の兵があかねの居るベランダに駆け寄ってきた。
「・・・ッ」
それと同時に、あかねの隣に立っている兵が、何故か慌てて鉄仮面を被った。
「暑くない?その仮面」
あかねが首をかしげて、そんな事を呟くと、
「お嬢さん、こちらにわが国の王子が訪れませんでしたか!?」
駆け寄ってきた兵達は、きょとんとしているあかねに、突然そう尋ねた。
「王子?」
顔さえも知らないあかねが首をかしげていると、
「お下げ髪の、お嬢さんと同じように大変麗しい出で立ちをした青年です。 みかけたら、必ず我らに連絡を。お妃を決めるパーティーなのに、先ほどから姿が見えないのです」
駆け寄ってきた兵たちはそう言って、ため息をついた。 そして、
「おい、お前もこんなところで油を売ってないで、王子を探すのだ!王や王妃が心配している」
鉄仮面を付けた兵士にもそう叫び、再びバタバタと走っていってしまった。
「・・・ 」
鉄仮面をつけた兵士は、駆けて行った兵たちに敬礼をして見せていたが、
「・・・」
・・・あかねは。 そんな兵士の、鉄仮面の後ろからヒョコッと飛び出している「おさげ」髪をぎゅっと引っ張ってやった。
「いててて・・・」
その兵士が、慌てて鉄仮面を脱捨てて、
「何すンだよッ」
と叫ぶが、
「あんた、もしかして・・・王子?」
あかねは、構いもせずにそう言うと、掴んでいたおさげをぱっと離した。
「・・・だったら何だよ」
兵士・・・もとい、王子・乱馬がそうぼやくと、
「あんたこそ、行かなくていいの?あんたのお妃を決める為に、パーティやってるんでしょ?みんな、あんたの為に着 飾って待ってるわよ」
あかねはそう言って、先ほど乱馬がしていたようにバルコニーに肘をついた。
「・・・別に、俺が選びたくて開いたパーティじゃねえからいいんだよ」
「でも、探してるわよ?みんな 」
「うるせえな。それになあッ・・・みんな、”妃”になりたくてパーティに来てんだ。俺を好きで来た奴なんて、いるわけね え」
乱馬はそう言って、ため息をつく。
「そんなの、分からないじゃない」
「わかんだよ。それに、俺は修行中の身だ。女と結婚する気なんてない 」
「ふーん。あんたも変ってんのね」
あかねは、そんな乱馬にそう言って笑ってやった。
「・・・」
乱馬は、そんなあかねの顔をじっと見ていた。
「な、なによ」
「・・・別に」
「気になるでしょ」
あかねは乱馬の様子にいささか首を傾げつつも、
「それよりも、あんたさっき修行中だっていってたわよね。格闘技とかやるの?」
「やるけど・・・」
「ね、じゃあ手合わせしましょうよ。私、結構得意なの」
あかねはそう言って、乱馬に提案をしたが、
「あのなあ。お前ドレス着てるんだろ?無理に決まってんだろ?せめて、踊りましょうか?くらいにしとけよ、そういう服 着てるときに」
乱馬はそう言って、あかねの手をそっと引いた。
「ちょッ・・・な、何すんのッ」
男嫌いのあかねがビクッと手を引くと、
「パーティー来たのに、このまま帰ったりしたら、親父さんに怒られるんだろ? だったら、ちょっとだけでも話の種になんかしとかないとまずいだろーが」
乱馬はそう言って、強引にあかねの身体を抱き寄せた。
「ヤッ!な、な、何よッ」
腕の中でばたばたとするあかねに、
「何って・・・おめー、もしかして、ダンスパーティーとか参加した事ねえのか?」
乱馬はおかしそうにそう言って笑ってみせる。
「わ、悪かったわね!!どーせあたしはッ」
あかねがむっとした表情をすると、
「だったら、いい機会じゃねえか。初めての相手が、俺でよかったな 」
「何でよッ」
「上手いから」
乱馬はそう言って、喚くあかねをまんまと上手く丸め込んでしまった。
「・・・」
・・・男嫌いゆえに、社交の場には出た事のないあかねは、 はじめはびくびくと身体を震わせていたが、 その内ようやくそれにも慣れて来たようだった。
乱馬も、女なんて・・・とはいつも口にしているもののまさか自分がこんな風に一人の女の子とダンスを踊る事になるとは・・・といささか驚いていた。二人は、月光鮮やかな夜のバルコニーで、 遠くに聞こえる音楽隊の音楽に合わせて時も忘れて踊っていた。  

しかし。

ゴー・・・ン・・・ゴー・・・ン・・・
やけに大きな鐘が、辺り一体を覆うように突然響き始めた。
「あの鐘は・・・? 」
あかねが乱馬の腕の中でボソッと呟くと、
「十二時を知らせる鐘だ。もう、そんななのか・・・」
「!」
乱馬のその言葉に、あかねははっと息を飲んだ。
(そうだ!たしか十二時を過ぎるとドレスがヨレヨレに・・・)
あかねが慌てて自分のドレスを見ると、 うっすらではあるが、徐々に徐々にドレスの生地の輝きがなくなってきている。
(まずい!)
「あのッ・・・あたし、帰る!」
「え!?な、何で・・・」
「何でも!」
あかねは慌てて乱馬からはなれると、バルコニーから飛び出そうとしたが、
「ちょッ・・・待てよ!」
乱馬がそんなあかねの腕をハシっと掴む。
「離して!」
「何で帰るんだよッ」
「何でって・・・そう、お、お父さんが病気でッ・・・」
「嘘つけッ」
「と、とにかくダメなのッ!」
あかねは乱馬の手を離そうとしたが、乱馬の力は意外に強く、そう簡単には離れない。
「・・・ごめんなさい!」
あかねは心の中と、そして声を出してそう謝ると、履いていたかかとの高い靴をこっそり脱いだ。
そして、

「ごめん!」

そう言って、乱馬の顔に向って思いっきり・・・投げつけた。
「いてー!」
パカーンッ!という音と共に、乱馬があかねから離れて倒れる。
「ごめんなさい!」
あかねは、そのまま乱馬の横をすり抜けて走り出した。

・・・本当は。
男嫌いなあかねには珍しいほど楽しい時間を過ごせたのだが、 なにぶん、ドレスのタイムリミットがあかねを逸らせ・・・ こうして、二人はお互いの名前を明かさないまま別れてしまった。

「あ!王子!なにやってたんですか、今の今まで!」
・・・あかねが去ってから程無くして。
バルコニーで、顔についた靴型の怪我をさすりながら座っている乱馬の元へ、兵士たちがやって来た。
「王も、王妃も心配してらっっしゃいますよ!・・って、大丈夫ですか?その怪我」
「・・・」
乱馬は、何も言わずに怪我をさすりながらあかねの投げつけたハイヒールを握っている。
「王子?」
「・・・」
乱馬はしばらく何も言わずに考えていたが、
「おい。今日のパーティに呼んだ娘のリストはあるのか?」
「そりゃ・・・。はッ!?もしや王子、お妃候補を決められたのですか!?」
「そ、そんなんじゃねえ!俺に靴を投げつけやがったあの女・・・一言言ってやんなきゃ気がすまねえッ」
「は?」
「と、とにかく、この靴!この靴の持ち主を探したいんだ。今日のパーティの招待客、一人一人の家を回るぞ!」
兵たちにそう指示をして、憤然と叫んだ。
(あの女ッ。・・・名前ぐらいせめて教えてくれても良かったじゃねえかよッ。勝手に一人で先に帰りやがって・・・)
乱馬は、城の兵たちに指示を出しながら、大きなため息をついた。
・・・乱馬の目的は、あくまで「靴を投げつけた女の探し出してやる」というものだったのだが、 乱馬が兵士にだしたこの話を聞きつけた玄馬・のどかは、
「きっと、気にいった娘が出来たに違いない!」
「乱馬ったら・・・」
と、国を挙げて、その娘を探し出すような手はずを整えてしまった。
勿論この話は翌日には城下にも流れ、

「私も、靴を無くしたね!」
「うちかて無くしたわッ!」
「それは私の靴ですわ!」      

・・・と、家に行く前から城に押しかけては「靴を無くした」と主張する娘が後を絶たなかった。
兵は毎日家を回り、そして城では押しかける娘達を一人一人チェックするのだが、
(・・・おっかしーなあ。何であの女にたどり着かないんだ?)
パーティー出席者のリストをあたり始めて、はや1週間。 乱馬の元に、靴にあう女性がいた・・・という知らせは入ってこない。
「王子、招待客のリストはもうこれで全てあたったのですが・・・」
一週間たった日の夜。 兵士の最終報告を受けて、乱馬はガックリと肩を落としてしまった。
そう、 はじめは、確かに一言文句を言ってやろうとおもいあの女性を探していた乱馬だったが、
その心の内は次第にそれだけではなく、 「名前を聞きたい 「また逢いたい・・・」 そんな事を思っていたのだ。
自分は修行中の身だから女になんて興味はない。自他ともにそう認めていたはずなのに、 おかしいくらいに、あの靴を投げつけた女に、乱馬は心を奪われていた。
「一目ぼれ」
これが一目ぼれというのか・・・と、思わずそんなことを自分でぼやく始末だった。
・・・しかし。 こうして手を尽くしているにも関わらずその女が見つからないのは、乱馬はショックで仕方がなかった。
「そうか・・・」
「王子、お気を確かに。明日からもう一度リストもあたりなおしますので・・・」
元気がなくなった乱馬を兵が慰めるが、乱馬はうなだれるばかりだった。
そこへ、
「乱馬よ」
兵からの報告を受けた玄馬がやって来た。
「何だよ」
乱馬が機嫌悪く振り返ると、
「見つからなかったようじゃな」
「うるせーなッ。ほっといてくれよ!」
「まあまあ、落ち着け。実はな、招待客のリストには載せてないで招待状を出した人物がいるんじゃよ 」
玄馬は機嫌の悪い乱馬にそう言って、にっと笑った。
「え?」
「ワシの古い友人の娘さんでな。落ち込むのは、その娘さんにあってからにしたらどうじゃ?」
「・・・」
乱馬は、玄馬の言葉に少し考えたが、
「・・・ドコだよ、その知り合いって人の家」
「城下の東にある、小さな町道場しっとるだろ?そこじゃ」
「道場・・・?」
(そういえば、あの女・・・格闘技やるって・・・)
「親父、俺行って来る!」
「え?今からか?」
「ああッ・・・」
乱馬はそういうが早いか、慌てて城を飛び出していった。
「・・・仕方ない奴じゃなあ」
玄馬は苦笑いをしつつ、
「それじゃ、先に使いを出して、乱馬がいまから訪れる事をお知らせしておくか・・・。 おい、そこの君」
「はッ!」
「悪いが、町道場に先回りして、乱馬が今から訪れる事を伝えてくれないかね」
「かしこまりました!」
近くにいた兵士にそう指示を出した。

・・・一方。
「あかねー、城の兵が連日、こないだのパーティに参加した娘の家を回って誰かを探してるみたいなんだけど・・・」
パーティーが終わってから、一週間。
兵が家を回るという噂は町で持ちきりだったので、
「まさかあかねが何か仕出かしたのでは・・・」
と少し心配をしている早雲だったが、
「別に、あたしは何もしてないわよ」
王子の顔面に靴を投げつけたぐらいでと、・・・それは口に出さずに、
「お妃に目をつけた人でも探してるんでしょ。あたしには関係ないわ 」
「あかねー・・・」
「それより、裏で、明日使う薪を割ってくる」
あかねは、依然として「そん噂に興味はない」とばかりにさっさと裏庭へと出て行く。 そして、
「たーッ!」
「せりゃあ!」
・・・修行がてら、素手で薪を割りながら、
(そりゃ、まさかあの夜あんなに長い時間あの王子と一緒にいたことはあたしも驚いたけど・・・)
「でも、名前も明かさなかったし。もう逢う事もないわ 」
(まさに、思いで作りってトコね)
あかねは、そんな事を考えていた。

男嫌いのあかねが、身体を寄せ合うようにして男の人とダンスを踊るなんて。
きっと、月明かりの下、 不思議な雰囲気があかねをそんな気分にさせたんだろう。
それに、王子の気まぐれが重なって・・・
 (でも王子の名前ぐらい・・・聞いておけばよかったかな・・・)
「・・・」
自分では割り切っているつもりなのだけれど、 何故かすっきりとしない。
その思いの意味が分からず、あかねはため息をついてしまった。

・・・と、その時。

ザッ・・ザッ・・・
薪を割っているあかねの方へ、近寄ってくる影があった。
「・・・?」
(お父さん?なんだろ、薪でも取りに来たのかな)
「お父さん、薪ならまだ部屋に・・・」
あかねは何気なくふっと顔を上げたのだが・・・・

「あ!!」

・・・思わず、ギョッと身を引いて叫んでしまった。
「・・・」
そこには、あかねがあの日投げつけた靴を持った乱馬が、ぶすーッとした顔で立っていたからだった。
(あ・・・)
しまった、居所がばれてしまった・・・と、あかねが逃げようとすると、
「・・・親父さん、全然元気じゃねえか」
「え?」
「全然、病気じゃねえじゃねーか、やっぱ」
乱馬はそんな事を言いながら、あかねのすぐ近くまで歩み寄り、
「ほれ、これ、オメーの靴だろ」
そういって、あかねに靴を渡した。
「あ、ありがと・・・」
あかねがその靴を受取ると、
「俺はなあ、この一週間、オメーに一言文句を言ってやりたくてずっと探してたんだッ」
乱馬はそう言って、あかねが逃げないように今度はガシッと手首を捕まえた。
「な、何よッ・・・」
「あんなに思いっきり、顔に靴を投げつけやがって!めちゃくちゃ跡が残ったんだぞ、あれからッ」
「し、仕方ないでしょッ急いでたんだから・・・。そんな事を言う為にあんたあたしを探してたわけ!?」
嫌な男ね、とあかねは自分に非があるにも関わらず乱馬に言ってのけると、
「・・・お前、名前は?」
「え?」
「だからッ。オメーの名前聞き忘れてたからッ・・・こうしてわざわざ探し出して聞きにきてやったんじゃねえかッ」
乱馬はなんだか少し照れたような顔をして叫んでいた。
「名前・・・」
「オメーにだって名前ぐらいあんだろッ・・・。俺は、乱馬だ」
「あたしは・・・あたしは・・・あかね」
あかねはぼそぼそっと小さな声でそう呟くと、
「せっかく名前を教えてもらったけれど、あんた、王子じゃない。 乱馬って名前では呼べないわ。王子様?」
そう言って、乱馬が掴んだ手を離そうとした。 しかし、
「それが呼べるんだな、これが 」
「え?」
「俺、オメーの親父に頼み込んで、ここの道場に通わせてもらうことにしたから」
乱馬が突然そんな事を言ってニヤッと笑うので、
「はあ!?何でよッ何で王子のあんたがッ・・・」
あかねが慌てて叫ぶと、
「どうせ俺、修行中だし。修行するんだったら、道場に通った方が本格的で良いだろ?親父さん、家の親父と古い知り 合いみたいだし」
「お父さんが?」
「そ。だから。修行にきてる間は、俺は王子じゃなくて・・・一人の男。わかったな?」
乱馬はそう言って、驚いているあかねの頭をポンポンと叩いた。
「チョッ・・・修行だったら、別に他の道場に行けばいいじゃないッ。うちの道場じゃなくたって良いでしょ!?」
「なんで?」
「何でって・・・こっちこそ、何でよッ。家の道場にこだわる理由なんて・・・」
あかねがその手を払いのけようとしてそう叫ぶと、
「理由か。しいて言えば・・・そうだな、男嫌いの変りモンの女を観察してるのが面白いってトコかな」
乱馬はそう言って、あかねが払いのけようとしたその手をガシッと掴むと、
「それに、慣れてないヘタクソなダンスも教えてやんないとなんねーしな」
「何よッ余計なお世話よッ」
「ダンスくれー踊れねえと、嫁の貰い手がねえぞ 」
「うるさいわねッ」
ブン!
あかねは再び乱馬に向って靴を投げつけるが、
「おーっと。今日はそう簡単にはいかねえっての」
乱馬はあかねの投げつけた靴をいとも簡単に受け止めると、
「そうだ。こないだ俺に靴を投げつけたお詫び、まだ聞いてないんだけど?」
乱馬はそう言って、あかねにその靴を返した。 そして、
「あ、いいや。お詫びは聞かなくていいから・・・」
そんな事を言って、不意にあかねの手を取りそっと・・・キスをした。
「きゃーッ!何すンのよッ」
あかねが慌ててその手を引っ込めると、
「何って、挨拶みたいなもんだろッ。おめー、ホントに何もしらねえんだな」
乱馬はおかしそうに笑っていた。
「な、何の挨拶よッ」
「だからー・・・。もう俺に謝んなくてもいいから、その代り”これから宜しく”って意味を込めたんだよ 」
「・・・」
「俺、明日から毎日くるからな」
そして。 真っ赤になって戸惑っているあかねを置いて、スタスタと乱馬は帰っていってしまった。
(な、な、なんなのよッあの男!)
あかねは乱馬が去った後も一人でドキドキとする胸を抑えて立ち尽くしていたが、
(・・・そっか。あいつ、乱馬って言う名前なのか・・・)
男嫌いなのにいきなりキスされたことよりも、 突然自分の道場に入門された事よりも、 暴言を吐かれたことよりも。
・・・あかねは、乱馬の「名前」を知ることができた事がなんだか少し嬉しくて。
(はッ・・・何喜んでんのよ、あたし!冗談じゃないわッあんな男、毎日通われたら迷惑よッ)
少しだけドキドキする自分を否定するかのように、あかねは自分を軽く戒めつつ、
(お父さんに抗議しなくちゃ!)
そんな事を考えながら、慌てて家の中へと走っていった。  

・・・こうして。 ひょんな事から知り合いになり、そして強引な乱馬の一存でまんまとあかねの家の道場に入門してしまった彼。
乱馬のそんな行動を喜んだ玄馬・のどかとあかねの父早雲が、 その後、二人の意志を確認することなく、二人を「許婚」にしてしまうまで、そんなに時間はかからなかった。
「だ、誰があんな男と!横暴よ、権力の横暴だわ!」
そう叫ぶあかねをよそに、
「へえ、そりゃ面白いな」
・・・意外にまんざらでもなさそうな、乱馬。
毎日宣言どおり道場に通ってきては、乱馬は修業がてら、あかねをからかって遊んでいる。
(あんな男、大嫌いよッ)
そのたびにあかねは、大きなため息をついてしまっていた。
しかしこの後数年ほどして、出会い方はともかくこの二人、本当に結婚して幸せに城で暮す事になるのである。
その、結婚までのおかしくも不思議な運命の物語のお話は、・・・別のお話で語られることになる。


 

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