「ねえ、もう二度と逢う事がないって・・・どういうこと!?」
・・・俺の翼に誘導されて後ろを飛んでいるあかねが、しきりに俺に尋ねてきた。
「どういうことって・・・そういうことだ」
俺はあかねの方を振り向かずにそう言うと、フワリ、と地面に降り立った。
そして、
「・・・この森を抜ければ、宮殿へ続く道に出るんだろ?行けよ」
俺はそう言って、あかねの背中をトン、と押してやった。
が、
「どうして?貴方は・・・乱馬は、あたしを二度も助けてくれた恩人なのに。どうしてあたし達はもう逢ってはいけないの?」
あかねは俺からその答えを聞くまでは帰らない、とばかりに頑としてその場を動こうとはしなかった。
どうやらあかねは、綺麗な容姿と顔には似合わずかなり強情な性格をしているようだ。
「だから・・・俺は「魔界」の人間だし、そんなに簡単に「天上界」に来る事はないし・・・」
俺がそんな事を呟くと、
「嘘!だってこうしてあたしに逢いにきてくれたじゃないッ」
あかねはそう言って、俺の腕にしがみついてきた。
「ちょ・・・な、なんだよッ」
俺がそんなあかねの腕を振り解こうとすると、
「お父様も、皆も、おかしいのッ」
あかねはそんな事を叫びながら、俺に腕を振り解かれまいとしがみつく。
「おかしいって?」
「乱馬は悪魔だからって・・・悪魔だから、悪い奴だって。だから、そんな悪い悪魔にお前を渡せないって・・・それであたしをこんな所に閉じ込めてッ」
「・・・」
「乱馬はただあたしに逢いに来るだけよっていってるのに、そんなこと全然聞いてくれなくて・・・」
「・・・」
「でもッ・・・あたしが怖くて、怖くて泣いてた時・・・四年前も、今も、助けてくれたのは乱馬だったのに・・・そんな乱馬が、あたしは、お父様達がいうように、乱馬が悪い奴だなんて思えないのッ。こんな所にあたしを閉じ込めておいて、一度も顔を出さないお父様達のほうがよっぽど悪魔だわ!」
あかねはそう言って、またその大きな瞳に涙を浮かべた。
「な、泣くなよ・・・」
俺が少し慌てると、
「二度と逢わないって言ったら、泣いてやるからッ」
あかねはそんな事を言って、俺をじろりと睨んだ。
(と、とんでもねえ性格だな、こいつ)
俺はそんなあかねに少したじろぎつつも、
「・・・俺は、悪い奴だよ」
俺を睨んでいるあかねに対して、呟いた。
「悪くないッ」
「悪いよ」
「悪くないわよッ」
「・・・俺はお前を攫いにきたんだぜ?お前を「魔界」へ連れ去ろうとしてたんだ。これを聞いてもお前は、俺を悪い奴じゃないと言い切れるのか?」
「・・・ッ」
・・・すると。
あかねがびくっと表情を動かし、俺の腕を慌てて離した。
俺はそんなあかねの姿を予想はしていたが、いざこの目で目の当たりにするとぐさり、と心が痛む。
でも、ここでそれを表情に出すわけにはいかなかった。
俺は、わざと冷たい表情をしてあかねを見つめてやった。
「悪魔」の顔。
そう、それがまさに悪魔の顔だった。
・・・ちょっと怖い顔ですごんでやれば、あかねだって諦めるだろう。
俺はそんな風に考えていた。
・・・でも。
「・・・じゃあ、何で諦めるのよ」
「え?」
「あたしを攫って、「魔界」に行くつもりでいたんでしょ?なのに何で諦めちゃったのよ。悪魔なんでしょ?だったらなんで強引に連れてかないのよ」
・・・そんな俺の思惑など全く察しようともせず、あかねはそう切り替えしてきた。
「だ、だからそれは・・・」
俺があかねの切り返しに何て答えようかと困っていると、
「あたしをこんな暗闇へ閉じ込めて、ほったらかしにしている天使なんかよりも・・・」
「え?」
「あたしを暗闇から救い出してくれた悪魔のほうが、あたしにはとっても大切なのに・・・」
あかねはそう言って、再び俺の腕を取った。
「・・・」
俺がそんなあかねを困ったような表情で見つめると、あかねもそんな俺を今にも泣き出しそうな目でじっと見つめていた。
・・・俺が、あかねを攫って「魔界」へと戻れない理由。
そんなの、口が裂けてもいえないと。
俺はそう思った。
罪を犯して「魔界」を追われる予定の悪魔には、攫ってきた天使と共に住む事の出来る安住の地などないのだと。
そんなことは口が裂けても言えない。
「とにかく、俺はお前に約束どおり逢いに来た。約束は果たした。だからもう、お前に用はない。これ以上俺を困らせるようなら、俺はお前の喉に爪を立てて息の根
を止める」
・・・俺は。
先程からズキ・・・と鈍く痛む心を全身で感じながら、あかねに向ってそう言い放った。
「何でよッ・・・乱馬」
「・・・」
「乱馬・・・」
あかねに何度名前を呼ばれても、俺はそれ以上は何も言わなかった。
・・・ひどい言葉をを浴びせることに、本当は耐え切れなかった。
自分でも信じられないくらい、心が・・・痛かった。
痛くて痛くて、苦しくて・・・
いっそのこと、このままこの身が引きちぎれてしまえばいい。
心から、俺がそう思ったその時だった。
ドス!・・・・
「きゃあー!」
「くッ・・・」
・・・あかねと話していることに気をとられていた俺は、自分達の周りに他の天使達が近づいていることなど全く気がつかなかった。
「あかね様に何をする!」
「離れろ、悪魔!」
俺に閉じ込められていた天使がどうにかこうにか逃げ出し、そして城に連絡をしたのか、いつの間にかたくさんの天使たちが俺とあかねを取り囲んでいた。
そして、そのうちの一人が、俺の腕に向って矢を放ったのだった。
「くッ・・・」
鈍い衝撃と共に、俺の身体に鈍痛が走る。
とっさに射抜かれた腕を抑えると、真っ赤な血が次々と滴りおちていた。
「乱馬ッ・・・やめて!何をするの!」
そんな俺を気遣うようにあかねが俺の側に膝をついた。
「血がッ・・・血がこんなにッ・・・」
あかねが、ふらりと揺らいだ俺の身体に触れた。
そんなあかねの、真っ白な服が一瞬にして真っ赤に染まった。
「俺に触るな・・・」
俺は、そんなあかねの手を跳ね除けるようにして立ち上がり、あかねから離れた。
ドスッ・・・
・・・そんな俺に、容赦なくもう一本の矢が放たれた。
放たれた矢は、俺の肩に深々と突き刺さった。
「く、くそッ・・・」
俺は、肩膝を地面について身体に刺さった矢を引き抜いた。
その途端、ビシュッ・・・とおびただしい量の血液があたりに飛び散った。
「やめて!もうやめて!」
あかねが真っ青な顔をしながら、そんな俺を再び支えようと駆け寄ろうとしたが、
「触れてはならぬ!」
・・・そんなあかねに、突如鋭い叫び声が浴びせられた。
「!」
その瞬間、あかねがビクッと一瞬動作を止めた。
「!?」
いや、動作を止めたのはあかねだけではなかった。
俺に向って再び弓を射ようとしていた天使たちも、俺たちを取り囲んでいた天使たちも皆が皆、あかねと同じように表情を一瞬強張らせて、動作を止めた。
・・・その場に、妙な緊張感が走っていた。
「・・・」
俺が、痛む傷口を抑えながら声のしたほうを見ると、白い衣服を纏った初老の天使がそこには、いた。
(・・・すげえ威圧感だな)
悪魔である俺でさえも、その天使を見た瞬間、何か言い知れぬ「力」というか「オーラ」を感じ取れた。
その天使に向かい、その場にいた天使たち・・・あかね以外の全ての天使がひざま付き始めた。
「お、お父様・・・」
・・・そんな天使たちがひざまづいていく中、一人だけその天使に膝まづかなかったあかねが、真っ青な顔のままそう呟いた。
「あかね、そのような者の流す血にこれ以上触れてはならぬ!お前が自ら汚れる必要はない!」
あかねに「お父様」と呼ばれたその天使は、あかねの元までゆっくりと歩いていき、強引に自分の方へと引き戻した。
そして。
「・・・お前達はあかねを連れて先に宮殿に戻るのだ」
自分の周囲にひざまづいている天使たちにそう命じると、あかねを引き渡してしまった。
体に傷を負った俺は、あかねが自分の手の届かない所へ連れて行かれるのをもう見届けるしかなかった。
「乱馬!乱馬!また、また逢えるよね!?逢えるよね!?」
・・・天使たちに連れて行かれながら、あかねは何度も俺に向ってそう叫んでいたが、俺は何も答えなかった。いや、こたえる事なんて出来なかった。
俺の目の前に一人残ったのは、あかねの父親。つまり・・・「天上界」の最高権力者である大天使。
「魔界」で言う所の、俺の親父と同じ地位にある者。
たとえ俺が「魔界」の王族の物であったとしても、どんなに力を蓄えた所で、この大天使には絶対にその力で勝つことなんて不可能だっだ。
この大天使は、俺があかねに「ただ逢いに来た」だけではないということを知っている。
そして、それを阻止するべく俺に傷を負わせた。
そんな俺が、この大天使の前で「また逢えるよ」なんて口にする事は出来なかった。
そう。
恐らく俺はこの場でこのまま、この大天使に殺されるだろう。それが安易に予想できた。
・・・もう、あかねに逢えるわけがないのだ。
俺にだってそれぐらい予想は出来た。
「・・・」
・・・最初は「あかねを手に入れる」ことだけを考えて「天上界」へとやって来た。
でも、やがてそれが叶わぬ夢だと、俺は思い知った。
俺は、罪を犯した。
このままでは「魔界」へも帰れない。
殺すんだったら殺せ・・・俺は、そう訴えかけるような目で大天使を睨みつけた。
・・・が。
殺すなら一思いに殺せ。
そんな覚悟を決めていた俺に対して、大天使が発した言葉は俺が予想だにしない言葉だった。
「なぜ、すぐに逃げなかった」
「・・・え?」
「四年前、あかねに耳飾を渡した悪魔というのはお前だろう。この塔に閉じ込められているあかねを助け出して、それからどうしてすぐにあかねを連れて魔界へ行かなかった?」
「・・・」
・・・俺には、この大天使の質問の意図が初めは分からなかった。
「お前達「魔界」のものは、我ら「天上界」のものなど、戯れに攫っていっては殺してしまうではないか。あかねに出会って、すぐに「魔界」へ行こうと思えば行けたはずだろう。なのになぜ、逃げなかった。無論、お前があかねを連れて逃げようものなら、私達はお前を「魔界」まで追っていってその身を引き裂いてやるのは当然だ
が」
「・・・気が変わったからだ」
・・・でも。
たとえその質問の真意が分からなくとも、たとえ俺がこの後すぐにこの場で殺されると分かっていても。
俺があかねを強引に攫っていく事が出来なくなった理由だけは、口に出すもんかと思った。
興味本位で求愛して、そして「欲しいと思ったから」攫っていく。
・・・それは、四年前のあの日から考えていた事。
深く考えずにそれだけを願ってやってきて、そしてあかねに再び出逢った時・・・それ以上のことを何も俺が感じなかったのならそれでよかった。
俺はあかねを攫い、すぐにでも魔界へ落ちた。
でも。
「欲しいと思ったから」
・・・その理由。
どうして俺があかねを欲しいと思ったのか。
その理由に俺が気が付いてしまった以上は、あかねを連れて行くわけには行かなかった。
『罪を犯して「魔界」を追われる予定の悪魔には、攫ってきた天使と共に住む事の出来る安住の地などない。』
・・・そんな言葉が、俺の心に重い枷となって沈んでいた。
と。
「・・・昔」
「え?」
「昔・・・一人の美しい天使の娘がいた。その娘は、婚約者がいるにもかかわらず・・・偶然出会ってしまった「魔界」の悪魔と恋に落ちて「天上界」
追われた」
・・・大天使が、俺をギロリと睨みつけながら、そんな事を話し出した。
「・・・」
「魔界」を追われた悪魔と「天上界」を終われた天使の話は、俺も聞いたことがあった。
(でも、なんでそんな話を今・・・)
・・・でも、それを今この場で話される、その意味が俺にはわからなかった。
俺は、不思議に思いながらも大天使の話を黙って聞いていた。
「・・・「天上界」の者が「魔界」の者を。「魔界」の者が「天上界」の者を。お互い本気で愛してはならないという、その掟は知っておるな」
「・・・」
大天使の言葉に、俺は黙ってうなづいた。
「その後の二人の事を、お前は知っておるか?」
「いや・・・」
「・・・罪を犯した二人は、「天上界」からも「魔界」からも追われて、もう一つの世界へと旅立った」
「もうひとつの・・・世界?」
「二人の間には子もなされた。それに・・・その娘は私にとっては、命よりも大切な娘だった。その世界に旅立つ事は、かなりの試練が二人を襲うということになるというのも目に見えていた。だから私は娘に最後に聞いた。
いまなら、お前の罪を許してやると。生まれた子供も私が一緒に引き取ってやると。その悪魔だけを別世界へ追放するように上手く取り繕ってやるから、私の所へ戻って来い、と」
「・・・」
「だが、娘は最後まで首を立てには振らなかった。結局、その娘は私の最後の手助けも跳ね除け全てを捨てて、その悪魔と共に別世界へと跳び立たせてしまった」
大天使はそこまで俺に話すと、大きく一度ため息をついた。
(・・・何でこんな話を俺に・・・)
・・・俺はそれが不思議で仕方なかった。
が、それと同時にふとあることを思った。
俺が生まれる前に「罪を犯した天使と悪魔がいる」という話は聞いたことがあった。
それが多分、今大天使が俺にした話なのだろう。
そして、その天使の女というのは・・・
「・・・その女は、あんたの女だったのか」
俺は、大天使に向ってそう尋ねた。
大天使はピクリと表情を一瞬動かした。
・・・自分の女を、悪魔に攫われた。
大天使が、だ。
そりゃあ、まだ大天使という地位につく前だったかもしれないが、そんな風に悪魔に自分の女を攫われ、そして子供まで作られたりしたら・・・そりゃあ相手が悪魔でなくたって、人一
倍憎悪を抱くだろう。
「・・・」
俺がそんな事を思いながら大天使を見あげると、
「・・・貴様にそんな哀れみの目で見られる筋合いはない」
・・・大天使は一言だけそう吐き捨てると、改めて俺に憎悪の瞳を向けた。
その瞬間、あたり一体の木々がざわざわとさざめきだした。
それと同時に、ギヤーッ・・・ギャーッ・・・と、不気味な動物の鳴き声が聞こえ出す。
地面に落ちている葉っぱが、
ザウン、ザウン・・・と舞い上がり、俺の身体に幾重にも降り積もる。
ゴゴ・・・ゴゴ・・・
耳を澄ませば、地鳴りのような音までもが聞こえた。
「大地全体で、怒りを表している」
・・・そう言っても過言ではない。
そう、それは、
「本当にこの男は大天使、なのか?」
・・・俺が思わずそう感じてしまうくらい、全身全霊、自然の力も借りて俺に憎しみを浴びせているようにも取れた。
「・・・」
肩の傷口を抑えながら、俺はそんな大天使をじろっと睨み返した。
大天使は、そんな俺に負け時と恐ろしい表情で俺を見下ろすと、
「・・・あかねを、あの女と同じ目にあわすわけにはいかない」
「・・・」
「あかねをすぐに連れ去らなかった理由が本当に気が変わっただけならば、ただの悪魔の戯言として今回は水に
流してやる。だが・・・貴様が、貴様自身が罪を犯している事を知っているのに・・・あかねを連れ去っていこうとしたならば話は別
だ。・・・私の可愛いあかねにまで罪を犯させるわけには行かぬ!」
そう言って、俺に向って左手のひらをかざして見せた。
その手のひらには、「白い光」が徐々に集まり始めていた。
「本当ならば今すぐこの場で、貴様など八つ裂きにしてやりたい所だ。
だが・・・貴様が既に自分の罪を意識しているいうのなら話は別だ。・・・あかねに罪を犯させる前に、お前は「魔界」へ戻り、一人罰を受けよ。「魔界」を追放され、一人別世界へ落ちて
姿を消せ!さすれば私も、貴様の血でこの手を汚すこともない」
大天使はそう言って、俺に向ってぐっと左手を突き出した。
・・・ドクン!
その瞬間、その「白い光」が一気に俺の体の中へと入り込んできた。
「ぐッ・・・」
その光は、今にも俺の心臓をその白い光で焼き尽くしてしまうようにジワジワ、ジリジリ・・・と侵食していく。
「ぐッ・・・か・・・」
・・・今までに味わった事のないようなその苦しみに俺が悶え苦しんでいると、
「・・・二度とあかねに近づくな。もしも今度、あかねの近くでお前の姿を見たときには・・・容赦なく殺す」
大天使は、大天使らしからぬ言葉を俺に吐き捨てると、苦しみ悶えている俺をそのままにしてその場から去っていっ
た。
「くッ・・・」
・・・俺を「魔界」へ追い返すだけならば、
大天使ほどの奴ならば、こんな苦しみを与えなくても返せるはずだ。
それをこうして、わざわざ俺を苦しめながら「魔界」へ追い返そうとするのは、よっぽど俺のことを、いや、「魔界」のものを憎んでいるからに違いなかった。
それでも命を奪わなかっただけ、マシなのかもしれないが。
「・・・」
・・・俺の意識がそこから遠のくのに、もうそんなに時間はかからなかった。
意識を失った俺の身体は、いつの間にか「白い光」で包まれていた。
そして、
「天上界」の地からフイッ・・・と姿を消した。
傷つき、そして意識を失った俺の身体は、再び「魔界」へと押し戻された。
そんな事を考えながら俺は、意識を遠のかせていった。