「た、助けてくれ!なあッ・・・助けてくれよ!」
・・・塔の周囲にある森を抜け、そのあかねが幽閉されているという塔の入り口までやってきた俺は、
「何だなんだ、お前は!関係ない奴がこのようなところへ来るな!」
そういって俺に向って剣を向けてきた塔の番人の天使の首を、
「・・・口の効き方には気をつけろ」
塔の外壁に抑えてけ、容赦なく締め上げてやった。
「分かった!分かったから命だけはッ・・・」
・・・姿かたちは他の天使たちとは違えでも、その目に灯る「闇」の光は隠せなかったのか、俺がこの手で締め上げている天使は、恐怖におののきその顔を引きつらせていた。
「あかねはどこだ。あかねは何故ここに幽閉されている」
俺は、そんな天使に容赦なく力を強めて首を締め上げながら尋ねた。
「あ、あかね様のことを何故・・・」
天使がそれでも尚抵抗するので、
「・・・」
俺はさらにその力を強めて首を締め上げる。
「分かった・・・教える、教えるから助けてくれッ・・・」
天使は途切れ途切れの言葉で俺にそう約束すると、
「詳しい事はよく分からないが・・・あかね様が子供の頃になさったという約束というのを大天使様が聞かれて
ッ・・・それで、成人したお前を守る為には仕方ないって大天使様が命じられたとか・・・」
「約束?」
「そ、そうだッ。何でも、悪魔に求愛を受け・・・た・・・」
そこまで行った所で、ガクン、とその身を地面へと委ねてしまった。どうやら首をしめすぎて、気を失ってしまったようだった。
「・・・悪魔に求愛を受けた?」
だが、その間際に天使が呟いた言葉に、俺はピクリとその表情を動かした。
・・・大天使の奴、俺があかねを攫いに来る事を見越して、こんな塔の中に閉じ込めやがったんだな?
・・・きっと、あかねは何の気なしに俺と出逢った話を、四年前のあの日、父である大天使に話したに違いない。
でも大天使の奴、
俺が四年後、本当にあかねに「逢いに来る」だけとは限らないとでも考えたのだろう。
それに加えて、あかねの耳には、俺が渡した「魔界」の王族の求愛の証、「耳飾り」がしっかりと付けられている。
本気でなくただ戯れにそれをあかねにつけたとしても、だ。
求愛の証を「魔界」の王族が渡し、そして「お前に逢いに行く」と言っている以上、冗談や笑い事ではすまされない、と大天使は考えたはずだ。
「あかねに求愛をした悪魔は、絶対に成人したあかねに逢いに来る」。
そんな悪魔なんぞに、あかねを逢わせるものか。
そのような悪魔なんぞに、あかねを攫わせるものか。
それだったら、あかねが成人したその瞬間から、あかねを人目につかないところへと閉じ込めてしまえ。
大天使達の考えそうな事が、ヒシヒシと伝わってくる。
「・・・」
・・・ふん、それくらいであかねを守れると思うなよ?
俺は、気を失った天使を適当に縛り付けて塔の空いた部屋へと閉じ込めておくと、
ゆっくりと、その塔の中へと足を踏み入れた。
・・・夜だというのに、あかり一つついていない塔の内部。
いや、かろうじて上のほうにパラパラとオレンジ色の光・・・あれは蝋燭だろうか・・・が見えるが、返ってその灯りがあることで、この塔をより薄気味悪い存在へと変化させているような気がする。
昼でも日が当たらないと思わせるような森の中に入り口があるせいで、一歩足を踏み入れただけで、ヒンヤリとした空気が俺の肌に伝わっていた。
それに、
ギイッ・・・ギイッ・・・
・・・塔の上部からは、時折不気味な生き物の鳴き声がした。
恐らくは、蝙蝠でもいるのだろう。
「魔界」にも蝙蝠はいる。
「魔界」の蝙蝠は、「使い魔」として使用するには有能な生き物として、重宝されていた。
もちろん「天上界」ではどうだか知らないけれど。
「・・・」
ピーッ・・・
俺は、指笛でその蝙蝠を呼び寄せた。
そして、
「あかねの居場所まで俺を案内しろ」
そう呟いて、やって来た蝙蝠の額を、指で優しく撫でた。
「ギイッ・・・ギイッ・・・」
ビクン、と、一度だけ蝙蝠の体が大きく震えた。
そして、
バサバサバサ・・・
蝙蝠は、「こっち、こっち」とでも言いたそうな声で一鳴きし、薄暗い塔の中を舞い上がった。
蝙蝠が舞い上がったその塔の内部、上のほうへと上がるには、気の遠くなりそうな螺旋階段を昇っていかなければならないようだった。
俺は、辺りに他に天使がいないことを確認すると、胸にさしていた白い羽根を引き抜いた。
そして、
ビュッ・・・・と、俺は一瞬で今まで隠していた漆黒の翼を背中に生やすと、舞い上がる蝙蝠の後をついて塔の上部へと向った。
・・・塔の内部を、大分上のほうまで舞い上がってきた俺は、やがて塔の途中、明かりをその周囲だけ本当に消されてしまって真暗な階へと降り立った。
「ココにあかねがいるのか?」
「ギイッ・・・」
蝙蝠は、「この階の、一番奥の部屋にいる」・・・俺にそう告げていた。
「そうか。ご苦労だった」
俺はその蝙蝠の頭を一度優しく撫でると、その呪縛をといてやった。
そして自分はその蝙蝠から離れて、その階の一番奥へと続く薄暗い通路を歩き始めた。
・・・灯り一つない、この階の通路。
悪魔である俺にとっては何の恐怖もないこの通路でも、「天上界」の人間で、しかも今年成人したばかりのあかねには、なんとも酷な空間のように思えた。
(大天使の奴も、ひでえ事しやがるな。何もこんな所に閉じ込めなくたっていいだろうが)
・・・そんなに、自分の住む宮殿に悪魔が入り込むのが嫌のか。
そのためだッたら、あかねをこんな所に幽閉してても平気なのかよ。
(・・・あいつらの方がよっぽど悪魔みてえじゃねえか)
俺は、そんな事を思った。
そして、
「・・・・」
・・・カツン。
俺はようやく、その階の、一番奥。重々しい木で作られた扉の前へと到達した。
・・・この扉の向こうに、あかねがいる。
そう思うと、それまで冷静にここまで昇ってきた俺の心が、急に乱れ始めた。
四年ぶりに逢う、成人したあかねの姿。
「お前を攫いに行く」
ただそれだけを思って、四年間過ごしてきた俺。
・・・その俺が、ようやくその姿を拝める時が来たのだ。
そうさ、俺はお前を攫う。
攫って、「魔界」へと連れて行く。
俺はお前を、手に入れる。
罪を犯すか犯さないかは、手に入れた後に考えればいい。
とりあえずはあかねを「魔界」へ連れ帰ってそれで・・・
「・・・」
・・・俺はそれだけを思って、その木の扉を押し開けた。
ギッ・・・
真暗な静かな空間に、扉が重々しく動く音が響いた。
木の扉を開けると、そこには鉄格子があった。
鉄格子の向こう側には、薄暗い通路がさらに続いていた。
どうやら、この鉄格子の向こう側の通路の奥に、あかねはいるのだろう。
「・・・」
俺は、鉄格子につけられた錠に手をかざし、その鍵を壊した。
そしてゆっくりとその薄暗い通路へと足を踏み入れようとした、ちょうどその時。
「・・・ん?」
・・・クスン、クスン・・・
・・・薄暗い通路の向こうから、そんな声が洩れてきている事に気がついた。
(何の声だ?)
俺がもう一度よく耳を澄ますと、
・・・クスン・・・クスン・・・
(・・・)
やっぱりそんな声が、聞こえる。
それは、あかねの泣き声だった。
(・・・また、泣いてんのか。あいつ)
四年前と、一緒じゃねえか。
俺はそんな事をふと思った。
・・・あの時も俺は、こうやって泣いているあかねの声につられて森の中を歩いた。
そして、あかねと出逢った。
それが、どうだ。
四年たった今、やっぱり俺はこうしてあかねの泣き声を聞きつけて彼女を探し、そしてこの薄暗い塔の中を歩いている。
状況はちがえども、泣いているあかねの声を頼りにこうして彼女を捜し求めるのは一緒だった。
俺は、あかねの泣き声をたよりに薄暗い通路を歩いた。
歩いて、歩いて、そして・・・
「・・・」
・・・その最深部、その通路の突き当たりへとたどり着いた。
突き当りには、もう扉はなかった。
ただし、突き当たりの壁のすぐ下に、ボウッ・・・と白く、そしてこの闇にはおおよそ似つかわしくない光が発せられている「穴」があった。
通常の悪魔であったら、その光に触れただけでもその身を消滅させてしまいそうなそのまばゆい光、その光こそ、そこにいるのが通常の天使でない、そんなことを物語っていた。
「・・・」
その穴に近づくと、やがてその穴が「鉄格子」になっている事に俺は気がついた。
どうやら、階下の空間に繋げて掘り下げた、そこだけ特殊な「牢」のようになっているようだった。
階下とこの階のそのちょうど中間に、わざと外からだと見えないようなつくりにして作成された「牢」だ。
「えっく・・・えッ・・・」
・・・その鉄格子の下から、泣き声は聞こえていた。
間違いねえ。
ここに、あかねがいる。俺は確信した。
でも、どうやって声をかけようか。
もちろんこの鉄格子をいきなり破って声をかけることはたやすい事だ。
でも、それではいくらなんでもあかねもビックリするだろうし・・・・
「・・・」
俺がそんな事を考えていると、
(あッ・・・)
うろうろとその鉄格子の周りを歩き回っていたせいか、たまたま通路に落ちていた小石を、俺は無意識のうちに足で蹴っ飛ばしたらしく、
カツン!
その小石が運悪く鉄格子へと辺り、この薄暗い空間に音が響いた。
「・・・誰!?」
その瞬間、今まで絶えず泣いていたあかねが泣き止み・・・鋭く叫んだ。
(あ・・・あーあ、もうしょうがねーなあ)
・・・ばれちまったらしょうがねえ。
俺は、ため息を一つついて覚悟を決めた。
「・・・」
俺は、その鉄格子の側へとひざまづいた。
そして、
「・・・せっかく逢いに来てやったのに、また泣いてんのか」
俺はそう呟きながら、その鉄格子を覗き込んだ。
「あ・・・あなたは・・・」
・・・そんな俺の姿に、声に。
あかねはハッとした表情をしていた。
「・・・約束の、四年経った。俺は、お前に逢いに来た」
「逢いにきたって・・・あなた、「魔界」の人じゃない。一体どうやって・・・」
あかねはそんな俺に警戒しているのか、鉄格子の向こう側で震えているようだった。
「・・・俺はお前に逢いに行く。そう約束した。だから俺は、それを守りに来ただけだ」
・・・俺は、そんなあかねにそう言い放つと、俺たちを隔てている鉄格子に手を翳した。
パキンッ・・・
そうすることで、鉄格子は粉々に砕け散り、あかねのいる牢の中へと落ちた。
「・・・」
あかねは、俺の顔をじっと見つめていた。
俺は、そんなあかねに黙って手を差し出した。
「え?」
あかねがそんな俺に不思議そうな顔をしていたが、俺はそんなあかねに、静かに笑って見せた。
「・・・とりあえず、ここから出してやる」
「・・・」
俺のその言葉に、あかねは一瞬戸惑ったような表情を見せた。
「どうした、手を取れ。そこから出たいんだろ?」
「でも・・・」
あかねは、俺の手を取ろうか、取るまいか迷っているようだった。
俺はそんなあかねに対して、
「俺の手を取れ。・・・お前をこんな薄暗い牢に閉じ込めておくなんて、もったいねえ」
・・・そういってから、もう一度静かに笑って見せた。
その言葉にピクリと表情を動かしたあかねは、
何かを決意したように一度頷くと、そっと俺の手を取った。
俺は、そんなあかねを黙ってすぐに、引き上げてやった。
「・・・」
あかねは、手を取ったまま、そんな俺の顔をじっと見ていた。
そして・・・
「こ・・・怖かった・・・」
「え?」
「怖かったよー・!」
あかねは、そんな俺の手を取ったままの状態で、俺に抱きついて泣き出した。
・・・そう、それは四年前のあの日・・・俺があかねと森で出逢った時にあかねが俺に対してそうしたのとまるで同じだっ
た。
ただあの頃と違って、あかねは成人している。
あの時は精一杯抱きついて俺の腰の高さぐらいしかなかった身長が、今では俺の、ちょうど胸の高さで抱きついて泣けるぐらいの高さにまで成長していた。
「な、泣くなよ」
「えッ・・・えッ・・・」
・・・あの頃のように、
どうにかしてあかねを泣き止ませようとした俺は、やっぱりあの時のようにあかねの頭を軽く叩いて彼女を慰めようとしたが・・・ふとその手を止めてしまった。
そう。
さっきは鉄格子越しに対面してとりあえず牢から出す事だけを考えていたから、ゆっくりと彼女を見ることは出来なかったけど、
今こうして、俺の胸の中で泣いている彼女を改めてみた俺は・・・激しく心を震わせていた。
・・・背中まで伸びる、漆黒の髪。
その背中から生える美しい「光」の翼。
灯り一つないこの暗闇の中でも、それがとても艶やかだとわかるほど白い・・・肌。
そして、
四年前はまだまだ全然「子供」だったあかねのその顔は、今ではもう十分に「大人」・・・それも目を奪われるほど、息をするのを忘れるほど・・・美しく変貌を遂げていた。
「可愛い」
あの頃と同じそんな言葉は、今の彼女には不適切だ。
あかねは、美しい。
そう表現するのが正しいだろう。
少し潤んだその鳶色の瞳で見つめられて、そして艶やかなその唇で声を発せられる、その行為。
たったそれだけでも、四年間俺が考えに考えても分からなかった、あのあかねに対して抱いた「正体不明」の思いが何であったのか、はっきりとそれを理解させるのには十分だった。
『罪を犯すか犯さないか。そんなの攫ってから考えればいい。』
・・・そう考えていた自分が、いかに愚かだったか。
俺は、こうして四年ぶりにあかねと対面したこの瞬間、思い知った。
「えっく・・・えッ・・・えッ・・・」
・・・いつまでたっても泣き止まないあかねの頬に、俺はそっと手を触れた。
あかねは、涙に濡れたその顔を、俺のほうへと向けた。
俺は、そんなあかねを見てもう一度静かに笑って見せた。
・・・俺が今、あかねに向けている笑顔は、いったいどんな物なのだろうか。
全ての闇を包み込んでしまう、「陽」の力を持つ笑顔か?
それとも、どんな光をも打ち消してしまう、「陰」の力を持つ笑顔か?
温度はあるか?
・・・俺は、ふとそんな事を考えていた。
俺は、悪魔だ。
悪魔に「陽」の笑顔何ていらねえ。
悪魔に必要なのは、冷酷無情な表情だけ。
そう、例え笑ったとしても、
「冷笑」「失笑」「嘲笑」
・・・それで十分だ。
第一、笑顔に温度なんて必要ない。
そんなものを身に付けている必要もないし、それを誰かに感じさせる必要だってないんだ。
・・なのに。
「・・・」
・・・今、こうして俺があかねに笑顔を向けているこの瞬間。
俺は、心から思った。
・・・この笑顔を「陰」と感じて欲しくない、と。
「・・・」
俺は、泣きじゃくっているあかねのその頬に、そっと口付けをした。
「!」
それに驚いたあかねは、ピタリと泣き止み、そしてハッと息を飲み込んでいた。
「乱馬・・・」
そして、震える声であかねは、俺の名を呼んだ。
俺はそんなあかねにもう一度静かに微笑むと、
「そう、俺の名前は乱馬だ。・・・ちゃんと覚えててくれたんだな」
そんなあかねにもう一度、キスをした。
「・・・」
あかねは再びビクッ・・・と身体を震わせたみたいだったが、
「あの時と・・・」
「え?」
「あの時と同じ・・・助けてくれて、ありがとう」
俺にそう言って御礼を言うと、俺の身体に力いっぱい抱きついて・・・再び泣き出した。
俺は、そんなあかねをぎゅっと強く抱きしめると、しばらくその4年ぶりの感触を両手いっぱいに感じた。
『乱馬よ。罪だけは犯すなよ。私を失望させるような事はするな。』
・・・その時。
あかねを抱きしめた俺の脳裏に、不意に、親父の言葉が響いた。
でも、
俺はそんな親父の言葉を自分からかき消すように頭を左右に振ると、更に、さらに強くあかねの身体を抱きしめた。
すまねえな、親父。
俺は・・・俺は親父との約束は守れそうにねえ。
なあ、親父。
俺は・・・
俺はあの日・・・四年前のあの日から、もう「罪」を犯していたんだな。
自分でそれに気がつかなかっただけで、俺はもう罪人だったんだ。
『「天上界」のものを本気で愛してはならない』
・・・あかねに再びこうして出会うまでは、
「そんな事は俺には関係ない」
「そんな事は、攫った後で考えればいい」
そんな風に思っていた。
でも・・・
「・・・」
・・・あかねを攫って「魔界」へ帰る事を、俺は諦めなくてはならなかった。
この四年間、ただあかねを手に入れる。
それだけを願って、深い、暗い闇の底でこの瞬間を待っていたのに。
願って、願って、願いすぎて。
・・・俺は自分の中に眠る本当の「気持ち」に気がつかなかった。
「・・・」
俺は、あかねの身体をそっと自分から離した。
そして、ようやく泣き止んだあかねの顔をじっと見つめながらゆっくりと呟いた。
「・・・約束どおり、逢えてよかった。塔の下まで送るから、お前は大天使のいる宮殿へ、帰れ」
「え・・・?」
「そして、大天使に伝えろ。自分に求愛した悪魔は、もう二度とお前の元へはやってこないと」
・・・さすがのあかねも、俺のこの言葉には驚いたようだった。
だが、俺ももう引けなかった。
本当は浚って帰りたい。でも、それができないと言う事を嫌と言うほど思い知った。
・・・俺は、罪を犯した。
このままあかねを「魔界」へ攫っていっても、俺のその罪はすぐに親父である王に露見して・・・俺は命を奪われるだろう。
そうしたら、あかねだってどんな目にあうか分からない。
・・・
欲しい物は、どんな事だってして手に入れる。
それが、俺のやりかただった。
でもこのとき俺は・・・生まれて初めてそれが「叶わない」事もあるのだと、思い知った。
罪を犯して「魔界」を追われる予定の悪魔には、攫ってきた天使と共に住む事の出来る安住の地などないのだと。
俺はこのとき、思い知った。