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「天上界」の者が「魔界」に落ちるとその力をそがれてしまうように、「魔界」の者が「天上界」へあがれば、その力はそがれてしまうのもまたしかり、だった。
それはつまり、
深く、暗い闇の中から光の世界へ行く為には、何にも負けることのない「強い光」が必要なのだということを物語っていた。
俺の背中から生える、この漆黒の翼でも、あのまばゆいばかりの光の世界へとたどり着けるような「強い光」が。
・・・


(・・・この辺りだったかな)
・・・あの出会いから、ちょうど四年後。
四年前のあの日と同じ日付の、同じ時刻。
やっぱりあの時と同じ場所・・・そう、あのいるだけで胸が悪くなりそうな空気の澱んだ深い森の中で、俺は遥か上空、そう、決して肉眼では見ることの出来ない高さに位置する「天上界」を見あげてその位置を確認していた。
この四年。俺はただひたすら、「強い光」を手に入れるためだけに時を過ごした。
・・・父である「魔界」の王に理不尽な見合いを勧められても、
「俺にはやらなくてはいけないことがある」
そう頑として譲らず断りつづけてきた。
「一体いつになったら親父位を継承するんだ」
そう迫られても、
「手に入れたいと思うものを手に入れるほうが先だ」
一歩も引くことなく俺は、そう答えつづけた。
「・・・」
そう答えつづける俺に何かを感じ取ったのか、最近では親父も俺に見合い話や親父位継承の話を口うるさく持って気はしなくなったが、
その代りただ一言、必ず俺に向けて呟く言葉があった。

「乱馬よ。・・・罪だけは犯すなよ。私を失望させる事だけはするな」

「・・・」
その言葉は、何百もの矢で心を貫かれるよりも俺の身には堪えた。
親父の言う「罪」というのは、 「天上界」の者に自分の名前を教えてしまう、とか、 こっそりと「天上界」へと出向くとか、 ましてや「天上界」のものを攫いに行く・・・そんなことではない。
実際、「魔界」の者が「天上界」の者を興味半分で攫ってきてはその命を奪う事だってある。
そのせいで、「天上界」と「魔界」はよりいっそうお互いを隔てているような物なのだが。
でも、親父の言う所の「罪」は、そんなことよりもずっと重いもの。
それは・・・・『「天上界」の者を本気で愛してしまう事』。
住む世界が、違いすぎる。
そして、それぞれを囲む環境が違いすぎる。
「光」と「闇」は、決して融合される事はない。
ゆえに、「天上界」の者と「魔界」が心を通わせて共に生きていく事など出来るはずがない。
・・・古の昔より、「天上界」でも「魔界」でも、そんな暗黙の掟があった。
そのせいか、俺が生まれてからはそのような「罪」を犯した者がいるとは聞いたことがない。
大分前、俺が生まれるより随分前にたった一度だけその「罪」を犯した天使と悪魔がいたようだったが、「天上界」からも「魔界」からも追われた二人は・・・そのままどこかへ姿を消してしまって、それっきりだという。
「・・・お前はわしの跡を継ぐ者だ。お前が何をしようもわしは口出しはせん。そのかわり、ワシを失望させるような事をするな。わしの手で、お前の命を奪わせるようなことだけはするなよ」
・・・親父は今日、こうして俺がこの森へ出かけてくるその出かけ際に、たった一言だけ俺の背中に向かってつぶやいた。
「・・・」
俺は、そんな親父に何も答えることが出来なかった。
・・・四年前のあの日。俺はあかねに自分の「耳飾り」を渡した。
その「耳飾り」は、俺たち「魔界」の王族のものにとっては「求愛」の証。
咄嗟的に・・・というか、どうしてもあの日、
「渡さなくては」
・・・そんな正体不明の思いに駆られ、俺はあの「耳飾り」を渡した。
どうしてあんな気持ちになたのか。
そして、何で天使の子供なんかに渡してしまったのか。
俺だってそんなこと・・・分からなかった。
でも・・・今日。
俺が、この森からいよいよあかねを攫いに出かける為に飛び立とうとしている、今日。
俺が城を出掛ける時に親父が俺に向って言い放ったその言葉は、俺の胸へと「重石」となって沈んでいった。
親父は、俺の「耳飾り」がなくなっている事と、俺が「魔界」の女に全く興味を示さない事で薄々、俺がこれから何をしようとしているのかそれを察したようだった。だからこうして、俺に忠告をした。

・・・あかねを攫いに行こうとしている事は、変らない。
「耳飾り」を渡した相手だ。俺が攫ってでも手に入れたいと願っている事は確か。
ただそれが「罪」を犯す事と結びつくかどうかは分からない。
手に入れたいことと、愛す事は違う。
・・・俺が本気で「罪」を犯そうとしているのか。
そんなの、あかねを攫ってきてから考えればいい。
俺は、悪魔だ。
欲しい物は欲しい。
例えそれが何であれ、俺は必ず手に入れる。
・・・俺はそんな風に思っていた。
だからあえて、俺は親父の忠告には自分からは答えなかった。



(・・・よし、そろそろ行くか)
俺は、一度だけ深呼吸をした。
・・・「天上界」にも、「夜」はある。
その時は、真暗ではないにしろ、少なからず、まばゆいばかりの光の空間がうっすらとした闇に包まれるのだ。
「魔界」の闇に比べたらそんなの闇のうちに入らないかもしれないが、悪魔が行動するには十分の暗さだ。
万が一、俺の背中の「漆黒の翼」が飛び出したとしても、暗闇に紛れて誤魔化せるかもしれない。
タイムリミットは、「天上界」での日没後から夜明けまで。
その数時間で、俺はあかねを見つけ出し・・・「魔界」へ攫ってこなくてはならない。
もしも今日失敗してしまったら、きっと、あかねの周りのガードが固くなってしまい・・・さらに強い魔力を身につけるまで計画が先延ばしになってしまう。
・・・そんなことはゴメンだ。
俺はもう、待てなかった。
「・・・」
・・・俺は、背中の羽を一本引き抜いた。
そして、適当に近くの木の枝をへし折って、
四年前のあの日、あかねに見せてやったのと同じように・・・法術を使って「弓」へとその姿を変化させた。
初級の、法術だった。
俺は、背中に生える黒い翼から1本、羽根を抜き取った。
そして、姿を変えた「弓」へとつがう。

・・・目指すは、あかねのいる「天上界」。

「(飛べ!」

ヒュッ・・・
俺は渾身の力をこめて、矢を放った。
黒い光を帯びたその矢は、目にも見えない速さで遥か頭上の「天上界」へ向けて向って行った。
それと同時に、「光の道」がこの森から空の彼方へとうっすらと生まれた。
・・・四年前にあかねの羽根を使って矢を飛ばした時は、あかねの「光」を感じた「天上界」の者が「光の道」を「天上界」から降らせてきたけれど、今日の俺の矢は、そういうわけには行かない。
「天上界」の夜の闇に乗じて漆黒の光を飛ばした俺に、「天上界」から助けの光など降るわけもない。
それに・・・ あの頃の俺と違って、今の俺は、自分の力だけで・・・もう「魔界」から「天上界」へと昇っていける強い力を手に入れている。
「天上界」へ向って漆黒の光の道を作り出す事に成功したのなら、あとはもうその光に沿って「天上界」へとあがっていけばいい。
逆に戻る時は、その光の道を、「魔界」へとまた作り出せばいい。
「魔界」から「天上界」に行くのと違って、俺は元々悪魔、光から闇へと落ちるのは簡単なことだ。
俺は、一度だけ深呼吸をした。

・・・もう、引き返すことは出来ない。
四年、だ。
俺は、四年待った。
あかねが成人するその時まで、待ったんだ。
「罪」を犯すか犯さないか。
そんなの後で考えればいい。
俺の望みはただ一つ・・・・俺はあかねを手に入れる。
それだけだ。


「・・・」
・・・俺は、自分が作り出した漆黒の光の道へとその身を預けた。
その瞬間、
フワッ・・・
翼を使わなくとも、俺の身体は宙に浮き、そして・・・・その漆黒の光に溶けるかのように、魔界の森から姿を消した。
そうこの瞬間俺は、「天上界」へと飛び立ったのだった。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

「え?あかね・・・様ですか」
「ええ」
「あかね様ならちょっと・・・・」

・・・それから、少しして。
漆黒の光の道に導かれて、生まれて初めて「天上界」へとやって来た俺は、運良く人気のない森の中へとたどり着いたようだった。
「天上界」へ来たのだから、もちろん俺の魔力はそがれる。
ただ、そがれてしまっても、それなりに魔力を使える程度まで抵抗力も、この四年間で俺は培ってきた。
だから、まずは俺の背中に生えている漆黒の翼を、隠した。
そして・・・そんな翼をしまう瞬間の俺と、たまたま出くわしてしまった運の悪い天使。
その天使を犠牲にして羽根を何本か奪うと、俺はその羽を自分の衣服の、胸の部分へと挿した。
すると、
フッ・・・・
羽根を挿した部分から、徐々に徐々に、衣服の色が変化し始めた。
・・・俺が今身に纏っている衣服は黒。
「天上界」では、黒い衣服を身にまとう物などいない。
例え夜の闇に紛れていても、これでは行動するのに目立ちすぎてしまう。
なので・・・適当に天使の羽を借りて、俺のその衣服の色を一時的に「白」へと変化させる必要があった。
どうせ、「魔界」へと落ちる時には、天使の羽一本の効力などすぐに汚染されてしまう。
(白い衣服なんて、生まれてこの方身にまとった事もねえ)
・・・なんだか肌がこそばゆい感じもしたが、それはいたし方がない。
俺は、真っ白い衣服を身に纏ったまま、適当に道を歩いた。
そんな時、ふと一人の天使と道をすれ違ったので、俺はさっそく「あかね」について尋ねてみる事にしたのだった。
・・・でも、よく考えて見ると。
俺は、あかねについて「あかね」という名前で、今年ようやく成人するということ以外、何も知らなかった。
攫いに来るのはいいが、 そういえば「どこへ」攫いに行けばいいのか。
俺は、それを調べておくのを忘れていたのだ。
(・・・俺も、あかねに負けずおとらずの間抜けだな)
時間がない、と気ばかり焦る自分。
そんなにまで俺は焦っているのか・・・そんなことも初めてだな。
俺は、何だか不思議な気分だった。
・・・
「あかね、様?」
そんな俺が、天使の口にした「あかね様」という表現に少し怪訝な表情をすると、
「そう、あかね様。大天使様の一人娘であられるあかね様のことを君は聞いているんだろ?」
俺が尋ねた天使は、「何でそんなことも知らないのか」とでも言いたそうな表情で俺を見た。
「あ、ああ・・・そうそう。大天使様の。そうだった」
・・・ここで、「勿論そんなの知ったこっちゃねえ」なんて素振を見せる妙に怪しまれる可能性もあるので、
俺は適当に話をあわせた。
すると、
「あかね様は・・・お可愛そうに、この国の外れにある塔の中に、この間から閉じ込められていらっしゃるよ」
天使はそう言って、俺の背後、遥か後方を指差した。
「・・・」
俺が指差された方を振り返ると、真暗な夜の闇の向こう、 月明かりに照らされた中、ほっそりとした小高い塔が、見えた。
塔の周囲は薄暗い森で囲まれて、明かりさえもない。
魔界で自分が飛び立ってきたあの森に似てるな。・・・俺はふと、そんな事を思った。
でも。
「・・・何であんな所に閉じ込められているんだ?」
俺がそれが気になってその天使に尋ねると、
「さあ・・・そこまでは分からないけど。ただ、あかね様が十六歳の成人されたその日に、大天使様があそこへあかね様を幽閉した、と噂では聞いているが」
天使はそう言って、ため息をついた。
「あんなにお美しいのに、なぜあんな薄暗い塔の中に閉じ込めてしまわれたのか。お可愛そうに」
「・・・」
俺は、そんな天使にとりあえず礼を述べて別れた。

・・・幽閉?
あかねが?
大天使の一人娘なんだろ?そのあかねが・・・幽閉?
しかも、十六歳の成人したその日に・・・?

あかねが実は大天使・・・魔界で言う所の俺の親父と同じ力を持つ権力者の娘であった事にも驚きはしたが、それ以前に、俺はあかねが幽閉されているというその事実に驚いていた。
「・・・」
俺は、塔を見つめながらしばらく考えていた。
そして、
・・・とりあえず、あの塔のどこにあかねが幽閉されているか・・・突き止めないと。
もう少し詳しい事情を知るべく、俺はその塔へと向った。

 

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