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・・・闇を貫く、光が欲しい。
この漆黒の翼でも、貴女の元までたどり着けるぐらい強い、強い光が欲しい。
・・・心を貫く、言葉が欲しい。
一瞬で貴女を虜に出来るような、強く優しい、言葉が欲しい。
天使と、悪魔。
結ばれる事が許されない事ぐらい、遥か昔より理解している。
触れた瞬間、魔力を殺がれる可能性がある事だって、分かっている。
それでも・・・・唯、貴女と再び出会う事を待っている。
暗い、深い闇の底で。





(・・・すげな・・・何でこんなに澱んでんだ?ココの空気は)
・・・それは今から、四年前の出来事だった。
ようやく魔界での成人年齢・十六歳に達した俺は、どこぞの魔族の娘との見合いを強引に進められ、隙を見て城から逃げ出した。
普通に逃げていたらすぐに追っ手に捕まる、と考えた俺は、俺たちが住んでいる「魔界」の者でもめったに入り込まない、立ち入り禁止区域に指定されている森へと、足を踏み 入れ適当に歩いていた。

何の因果か、「魔界」の王族に生まれてしまった俺。
跡取が他にいないせいか、それはもう大事に育てられてきた。
父である「魔界」の王は、俺が成人したら王の座を譲るつもりでいたらしく、
「見合いをしろ。王となるもの、身を固めてなくてどうするのだ。妻の一人でも娶って、所帯をもて」
・・・常日頃より、俺にそんな事を言っていた。
俺達の住む「魔界」、いや天使達の住む「天上界」でもそうなのだが、十六歳までは普通に歳を重ねていく。
しかし、十六歳という成人年齢に達すると、十年に一度しか歳を取る事がない。
つまり、今年十六歳になったばかりの俺は・・・十六歳一年目。
あと9年は十六歳という成人年齢を過ごす事になる。
(まだまだ九年もあるじゃねえか。だったらそんなに急いで見合いなんてしなくたっていいだろ)
・・・まだ成人したばかりの上に、「所帯を持つ」というその意味さえ見出せない、俺。
誰かに対しての、「求愛」の方法を知らないわけではない。
特に王族は、常日頃より自分が身に付けている「耳飾り」を求愛したい相手に渡す事が「求愛」の印だと、小さい頃より俺 は、教えられてきた。
ただ、そうやって「耳飾り」を渡してまで「求愛」したいと思える相手が現れないのは、仕方がない。
どんなに美しい魔族の娘でも、そんなに強い力を持つ娘でも、俺自身がそうやって「求愛」したいと思えないのだから仕方ない話だ。
なので、
「まだ成人したばかりだろ。俺はまだやりたい事がある」
そんな理由をつけては日々、持ち込まれる見合い話を断っていた。
・・・そう、今日、こうして俺が森の中を逃げているようにして。


(・・・気分、悪くなりそうだな・・・)
・・・深い森を進んでいくうちに、あまりの空気の汚さに、俺は若干気分が悪くなってきた。
ただ、少し休もうにも空気の澱みが酷すぎて、休んだ方が気分を害してしまいそうだった。
(仕方ねえ、もう少しだけ我慢して・・・今日は城に戻るか)
普通の魔族よりも数段魔力が強い俺が、この気分の悪さを我慢できないほどだ。
普通の魔族がこんな森に足を踏み入れたら、この澱んだ空気に飲み込まれて消滅してしまうのではないか。
俺は、出来るだけ空気を飲み込まないようにと手で口を覆いながらその森を早足で進んだ。
と、その時だった。
クスン・・・クスン・・・
早足に森を進む俺の耳に、ぼんやりと「声」が聞こえた。
(泣き声・・・?)
俺はふと、足を止めた。
・・・ここは、「魔界」でも立ち入り禁止区域となっている場所だ。
強い魔力をもつ俺でさえも、こうして道を歩いていくのがつらいような場所なのに。
(この声は・・・子供?)
一体誰がこんな所へ迷い込んだというのか。
(空耳か?)
俺は目を閉じて、もう一度耳を澄ました。
すると、
「クスン・・・クスン・・・ひっく・・・」
・・・やっぱり、「子供の泣き声」が聞こえた。
(・・・ったく、こんな立ち入り禁止区域に入り込んじまって。俺が見つけてやんなかったら、死んでるぜ?)
本当は気分も悪いし早くこんな森から立ち去りたい所だが、子供が迷い込んでると知ってて放っておく方が、余計に気分が悪くなりそうだった。
(どこだ?どっちにいやがる・・・)
仕方ないので、俺は泣き声のもとへたどり着くべく、深い森の中を歩きつづけた。
そしてようやく、
「クスン、クスン・・・」
耳を澄まさなくてもその泣き声が聞こえるぐらいまで声に近づく事が出来たようで、 森に茂る木の間から、その泣いている子供の頭らしきものが見えた。
(やっと見つけた)
・・・子供の姿を見つけた俺が近づこうと歩みを進めると、
(・・・ん?)
不思議と、その子供のいる場所に近づくにつれ、どんどん呼吸をするのが楽になるのを感じた。
理由はわからないのだけれど、その子供の近くは、この森中に充満している澱んだ空気が浄化されているかのようだった。
俺は不思議な思いで左右に茂る木や草を掻き分けると、
「おい!ココは立ち入り禁止区域だぞ!こんな所で何をやってるんだ!」
浄化されている空気の中心、そこで泣いている子供に向って、そう叫んだ。
・・・つもりだった。が、

「!」

・・・叫ぼうとした俺は、言葉の途中で思わずその言葉を飲み込んだ。
飲み込んだ言葉と一緒に、俺は思わず息も飲み込んでしまった。

その子供は、「子供」らしからぬ妖艶さを持っていた。
背中まである黒髪も、 纏っている衣服から見える白い肌も。
そして、泣いているのに思わず見入ってしまうような整った顔立ちも。
・・・俺が今まで見てきたどんな美しいものよりも目を奪われる、存在だった。
しかしそんな美しい容姿よりももっと俺の、目も、心も惹き付けた物があった。
「白い翼」
・・・そう、彼女の背中からは、この魔界の澱んだ空気をも一瞬で浄化させてしまうかのごとく真っ白な、「翼」が生えていた。
俺のように「魔界」に住む者は、決してみる事の出来ない、そして許されないその白い「翼」は、俺達の住む「魔界」とは遥か遠い空のの向こうにある、「天上界」の者の証。
物理的な距離だけでなく、
例えばそう、お互いの名前さえも明かしあってはいけない・・「魔界」と「天上界」の者はそれほどまでしてお互いの間に 隔たりを作っている。
だから、そう簡単に「魔界」の者が「天上界」へ、「天上界」の者が「魔界」へ・・・など行き来するなどありえない。 いや、あるはずがない。
・・・それなのに。
なぜこんな「魔界」の立ち入り禁止区域に、彼女が迷い込んでしまったのかは分からない。
分からないけど、唯一つだけはっきりしている事。
それは、「白い翼」を持っている以上、俺の目の前に現れた彼女は紛れもなく・・・「天上界」の者だという事。
(こいつ・・・天上界の・・・!)
生きているうちにみる事の出来ない者の方が多いという、その白い「翼」を目にしてしまい俺は思わずその場で立ち尽くしてしまった。
・・・「魔界」の、しかも魔族の王の息子。
そんな俺は、絶対的に「天上界」の者の姿を目にする事なんて無いと思っていた。
・・・「魔界」では、「天上界」の者の力は殺がれてしまう。
もちろん「天上界」では「魔界」の者の力もそがれてしまうわけだけど。
だからこそ、こんな「魔界」の、しかも空気が澱みきった立ち入り禁止区域で「天上界」の者を見かけるなんて、ありえないと思っていたのだけれど。
(そうか・・・コイツがいたからこのあたりだけ空気が浄化されて・・・)
しかしそれでも、このあたりの空気が他の場所よりも浄化されているのはやはり彼女が「天上界」の人間であって、たとえ殆どの力を殺がれても、彼女の内側から溢れ出る「強い光」・・・ それがこの澱んだ空気を少なからず浄化させ、そして彼女をこの澱んだ空気から守っているに違いない。
「・・・」
俺は、そんな彼女に何と声をかけてよいのか分からずただ見つめていた。
・・・すると。

「わー!」
「え!?」
「ほ、法術を使って魔界の湖を見てたら、落っこちてきちゃって・・・帰れなくなっちゃったの!帰れないよー!」

・・・なんと彼女は、じっと自分を見つめて突っ立ている俺に突如泣きながら、腰のところに抱き付いてきた。
(お、俺が悪魔でも平気なのか?こいつ・・・)
なんとも不思議な気分ではあったが、
「何だお前、迷子なんだな」
俺が泣いている彼女をなだめようと頭を撫でてやると、
「こ、怖かったよ・・・」
彼女はそんな俺に、涙で濡れた顔としゃっくりをあげたような声でそう呟く。
(・・・)
迷子だけでも驚きなのに、そこにいたのが「天上界」の者ということは更に驚くべき事だが、でもこんなに泣かれているのに、「はい、そうですか」で放っておくわけにも行かない。
第一、俺以外の者に「魔界」で出会っていたら、まず殺されていただろうし。
・・・
「天上界の者じゃ、魔界じゃ力がそがれちまうからな・・・」
「うん・・・」
「俺が力を貸して天上界に返してやるから、泣くな。な?」
俺は、自分でも驚くくらい優しい口調で、彼女に話し掛けた。すると彼女は、
「うん」
ようやく安心したのか落ち着いたのか、俺に笑顔を見せた。
俺は、そんな彼女から少し離れ、近くの木に手を伸ばした。
そして適当な木の枝に手を伸ばしへし折ると、ぐっと、力をいれてその枝を握った。

ポウッ・・・・

その枝は、俺の手から魔力を注がれて、一瞬だけ黒い光で覆われた。
そしてそのあとすぐ、見る見るうちに「弓」へと姿を変えた。
「すごーい・・・」
そのありさまをずっと見守っていた彼女は、俺のことを明らかに「尊敬」の眼差しで見つめていた。でも、
「・・・こんなの誰でも出来る技だろ?」
そんな風に誰かに「尊敬」の眼差しで見つめられることにも慣れていないし、それに、「天上界」の者の純粋な瞳で真っ直ぐに姿を見られることが、俺は何だか照れくさかった。
「でもすごーい・・・」
「こんなの、初級の法術なんだけど・・・」
俺は何だか妙な気分のまま、その木の枝を完全に「弓」へと変化させると、
「羽根、くれないか?」
彼女に向って、手を差し出した。
「羽根?翼の・・・?」
彼女は、俺のその申し出に少し戸惑っているようだった。
「・・・お前を天上界に帰すために必要なの。力をそがれたお前と、それに俺だけの力じゃ、まだ天上界に届くほど強い「光」は放てないから。天上界の者に、お前のいる位置を矢を放って知らせるから」
でも俺がそう説明してやると、
「わかった」
彼女は、背中の白い「翼」に手を伸ばし、ブチッ・・・と羽根を抜いた。
俺はそれを受け取って矢に結びつけると、
(・・・・飛べ!)
ありったけの魔力を込めてその矢を天高く向って放った。
「ねえッこれであかねは天上界に帰れるんだよね?ね?」
その矢を姿が見えなくなるまで見送っていた俺に、彼女はそう叫びながら嬉しそうに抱きついてきた。
「あの矢を天上界の奴が見つけてくれたらな」
俺は「はいはい」とばかりに彼女の頭をポンと叩いてやったのだけれど、そこでふと、重大な事に気が付いた。

・・・今、何て言った?

彼女の言葉に、 ドクン、と自分でも分からない程胸が鼓動したような気がした。
「・・・お前、あかねって言うのか?」
俺は、自分が聞き間違えたのかと思いつつも彼女にそう尋ねると、
「うん」
彼女は間髪いれず、そう答える。
「・・・ここが魔界だってことは、お前も知ってるよな?」
「うん」
「・・・魔界の者に名前を教えるなと、天上界では習わなかったのか?」
・・・なんで名前を教えられた俺の方がドキドキしてしまったのかは分からないけれど、俺は彼女・あかねにボソッとそう呟いた。
するとあかねは、
「あッ・・・」
・・・今ごろことの重大さに気が付いたのか、はっと口を手で抑えると、
「わ、忘れて!あたしの名前忘れてー!」
いきなりそう叫んだ。
「む、無茶言うなよ。それにしてもお前・・・何かドジというかなんと言うか。法術してる最中に魔界に落ちてきて迷子になるわ、魔界の者に自分の名前教えるわ・・・しょうがない奴だな」
俺が苦笑いをしながらあかねの頭を軽く叩くと、
「うう・・・」
あかねは、じとっとした瞳で俺を見上げていた。
(変な奴・・・)
どじな奴というか、間が抜けた奴は「魔界」にもいないわけではない。
でも、これほど間が抜けすぎている者は、はっきりいって、見た事が無い。
「はは・・・」
・・・何だかそんな「間抜けな天使」が、俺には妙におかしかった。
おかしくて、仕方なくて。
それで俺は・・・自分でも信じられない事を、次の瞬間、口にしていた。

「俺の名前は、乱馬だ」

「乱・・・馬?」
「そう、乱馬だ」
・・・「魔界」の者が「天上界」の者に名前を教える事は、ご法度。
そんなこと、幼い頃から教えられている。
そんなの、今更誰かに言われなくたって分かっている。
分かっているのに何故か俺は・・・自らあかねに名前を教えた。
すると、
「乱馬」
あかねが、もう一度俺の名前を呼んだ。
「何だ?」
「・・・えへへ・・・。呼んでみただけ」
「変な奴だな。やっぱり」
俺は、そんなあかねの頭をもう一度軽く叩いた。

「・・・」
理由はわからない。
分からないけれど、法度を犯したはずなのに、あかねに名前を呼ばれた俺は・・・そんなに悪い気分でもなかった。

・・・と、その時。
ヒュッ・・・
(!?)
ゾクっ・・・と、俺の背筋に汗が流れた。
それと同時に、俺の身体の中に正体不明の「何か」、が走りぬけた。
何が迫りくるのかは分からないけれど、「それ」に当たれば命は無い。
・・・それだけは、俺にも簡単に予測できた。
「ッ・・・」
俺は、とっさにあかねの身体に手を回し引き寄せると、自分達の立っていた位置から一歩、飛ぶように下がった。
それと同時に、
ヒュンッ・・・
「!」
「あー!天上界からの光だ!」
・・・今まで俺たちが立っていた場所に、 まるでそれは、「光の矢」。真っ直ぐなまぶしい光が、空気を切るように音を立てて地面へと突き刺さった。
(・・・すげえな、俺たちがいる場所、ドンピシャじゃねえか)
それは、「魔界」へ落ちたあかねを「天上界」へと戻す為の、「天上界」からの助け舟。
「天上界」の者が施した法術の光だった。
「あ、危なかった。それにしても早かったな・・・てことは、上の奴らもお前の事探してたってことだな」
・・・この光に当たっていれば間違いなく死んでいた。
俺がそんな事を思いながらあかねにそう言うと、
「この光になら当たっても平気だよ」
あかねは、屈託の無い笑顔でそう答えた。
そのあかねの言葉に、何故か俺の胸がもう一度、ドクン、と大きく鼓動した。

・・・そうだよな。
俺は悪魔だけど、あかねは天使だもんな。
俺には致命的なこの光の法術も、あかねにとっては唯の「光」なんだ。

「そっか。そうだよな」
・・・俺たちが、違う世界の者なんてことは出逢った瞬間に分かっているのに。
それなのに、この胸の中に残る「痛み」は何なんだ?
なんなんだ、この「痛み」は。
・・・

「・・・とにかく、良かったな。これでお前も天上界に帰れる」
俺は自分のそんな不可解な胸の内を隠し、あかねをその法術の光の中へ押し入れようと背中を押した。
「ありがとう!」
あかねはそんな俺に明るい口調でお礼を言って、その法術の光の中へと足を踏み入れようとしたが、
「・・・」
ふと、立ち止まり、俺のほうをゆっくりと振り返った。
「ん?どうした・・・?」
俺がそんなあかねを気遣って声をかけると、
「・・・また、逢える?」
あかねは、振り返りざまに俺にそう尋ねた。
「・・・無理だ」
俺は、そんなあかねにはっきりと答えた。



・・・全く変った天使だな。
「魔界」に落っこちてきて迷子になってただけでも変ってるって言うのに。
俺に自ら名前を明かしちまうし、 挙げ句の果てに「また逢える?」だと?
そんなの・・・逢えるわけねーじゃねーか。
・・・変な奴。
すげー、変な奴。
こんな奴、「魔界」でだってみた事ね-よ。
見たことねえから気になるし、 もっともっとコイツの事を観察してみたいような気もする。
でも・・・それが無理だってことぐらい、俺にもわかる。
俺は「魔界」の者で、あかねは「天上界」の者だ。
住む世界が、違う。
違いすぎる。
見たところこいつはまだ子供だし、今日のことだって成人すればきっと忘れちまうだろう。
だったら妙な約束なんてしないで、このまま天上界に帰ったほうが良いに決まっている。



「・・・」
・・・と。
そんな事を考えていた俺の服の袖を、あかねが不意に掴んで引っ張った。
「ん?何だ?」
俺がそれに力を取られて思わず身をかがめると、
「あのねッ・・・」
あかねはそんな俺の頬に、素早くキスをした。
「!」
・・・不意に俺を襲った柔らかいその感触に、俺は思わず身を引いてしまった。
そして、
「お、おい・・・」
自分でも驚くぐらいカーっと赤くなった顔を隠すようにしていると、
「お礼!助けてくれて、ありがとう!」
あかねは、そんな俺の顔を覗き込むようにして・・・笑っていた。
俺は、そんなあかねの笑顔から思わず顔をそむけてしまった。


・・・頬にキスをする事など、この「魔界」でだって挨拶代わりだ。
俺だって、もう成人している。
こんな事、他の女にもされているし、家族にだってする。
それぐらい当たり前の事だ。
なのに、何だ?
何なんだ、この気持ちは。
こんな子供に。
こんな子供にキスされたぐらいで何で・・・。
・・・こいつが、天使だからか?
・・・こいつが、「天上界」の者だからか?
・・・


「・・・」
・・・自分の胸の内に渦巻くその「正体不明」な思いの正体が分からないまま、俺は、笑顔のあかねをもう一度見た。
そして。
「・・・なあ」
「なあに?」
「・・・お前、歳、幾つだ?」
・・・気が付いた時には、俺はそんな事をあかねに尋ねていた。
あかねはそんな俺に何の警戒も不信も持たずに、
「十二だよ!」
そう答えると、また俺に笑いかけた。
「そっか。・・・じゃあ、あと四年だな」
「え?」
「ん、何でもないよ」
俺は、あかねに聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声でそう呟いた。
そして俺は・・・そこから自分でも信じられないような行動を取った。
「なあ、あかね。気が変った」
「え?」
「あと四年したら・・・俺の方からお前に逢いに行ってやるよ」
・・・俺は。
笑顔のあかねに対して、そう言って笑って見せた。
「ホント!?」
そんな俺に、あかねがパアッ・・・と嬉しそうな顔をして見せるので、
「ホントだ。ほら、約束の証にこれ、やるよ」
俺はそんなあかねの黒い長い髪を少し指でかきあげると ・・・自分の耳につけていた「耳飾り」を、彼女の耳につけてやった。

・・・「魔界」の、それも王族のものが求愛する時に渡す、「耳飾り」。
それが分かっていて俺は、その「耳飾り」をあかねにつけた。

「それ、お守りな?無くすなよ?」
「うん!ありがとー、約束よ!」
・・・勿論そんな事を知らないあかねは、俺からの「約束の証」を無邪気に喜ぶと、
「もう魔界には落っこってくるなよ」
「うん。バイバーイ!」
笑顔で見送る俺に手を振りながら、嬉しそうな顔で、法術の光に飛び込み姿を消した。
「じゃあな」
俺は、そんなあかねの姿が完全に見えなくなって、森の中から法術の光が完全に立ち消えるまで手を振りつづけた。
・・・が。


「・・・約束よ、か」

・・・法術の光が完全に立ち消えた瞬間、
それまで笑顔であかねを見送っていた俺を取り囲んでいた森の木々が、ザワ・・・と風もないのにざわめき始めた。



「・・・四年か」
俺は、笑顔のまま・・・だけど、あかねに対して向けていた優しい笑顔とはあからさまに「違う」顔で、そう呟いた。
あかねに対して向けていた笑顔が「陽」というのなら、今の俺の笑顔は間違いなく、「陰」。
同じ笑顔でも、こうも温度は変るのか。笑っている俺自身が、それが不思議なくらいだった。
・・・あと四年。
四年経ったらあかね、お前との約束どおり俺は、お前に逢いに行く。
ただし・・・ただ逢いに行くだけじゃねえ。
四年後俺は・・・成人したお前を天上界まで「攫いに」行く。
相手が「天上界」の者だろうが何だろうが、俺には関係ねえ。
俺は、「欲しい」と思ったものは必ず手に入れる。
今の俺では「天上界」では力をそがれてしまうというのなら、あと四年で、そうならないように魔力を蓄えてみせる。
そう、俺は・・・俺はそうやって、今まで生きてきたんだ。
欲しいものを手に入れるためならなんだってする。そうやって。
「・・・」
・・・そう呟いた俺の体の中に、再び「何か」が走り抜けた。
それと同時に、ビュオッ・・・と、俺の体の中にそれまで姿を隠していた「翼」が、勢い良く背中から飛び出した。
魔界の者でも、通常の者であればこの「翼」は隠す事が出来ない。
でも、俺は魔王の血を引く者。
普段からそれを隠すぐらいの「魔力」は、備えている。
「・・・」
・・・俺の背中から飛び出したその「翼」は、もちろんあかねの背中から映えていたものとは違う。
そう、俺は・・・悪魔。
俺の背中から生える大きな「翼」は、彼女の清く美しい光を放つ「白い翼」とは正反対の、一瞬でどんな光をも覆ってしまう闇の力を持つ、「漆黒の翼」だ。


ザワ・・・

・・・俺の翼が背中から飛び出した瞬間、それまでとは比にならないほど激しく、森の木々を揺らし始めた。
木々はざわめき、葉枝を落としては、それらを舞い上がらせる。
そんな舞い上がる葉枝の間に、ふと目を奪われる「白い物」があった。
俺がそれに手を伸ばすと、それは白い「羽根」。
そう、あかねが「天上界」へ帰る際に落としていった、翼から抜けでた「羽根」だった。
「・・・」
俺は、あかねのその白い羽根にゆっくりとキスをした。
・・・俺の背中の「漆黒の翼」に比べ、何て清くて美しいんだ。
素直に、そう思った。



「・・・四年後だ。俺は、お前を攫いに行く」
俺は、もう一度そう呟いた。
・・・これまで「魔界」で生きてきて、こんな気持ちになったのは生まれて初めてだった。
しかも天使。
住む世界も、考えも違う「天上界」の者にこんな気持ちを抱くなんて、親父にでも聞かれたら、「気が触れたのか」とでも言われそうなほど、考えられない事だ。
でも、俺にとっては初めて、だった。
これまで俺が生きてきた中で、俺の胸を、こんな出逢って短い時間で、何度も強く鼓動させた奴は・・・初めてだった。

「・・・あかね、か」
・・・こんな気持ちは、初めてだな。
白く微かな光を放つ羽根にもう一度口付けをしながら、俺はそう呟いた。






・・・闇を貫く、光が欲しい。
この漆黒の翼でも、貴女の元までたどり着けるぐらい強い、強い光が欲しい。
・・・心を貫く、言葉が欲しい。
一瞬で貴女を虜に出来るような、強く優しい、言葉が欲しい。
天使と、悪魔。
結ばれる事が許されない事ぐらい、遥か昔より理解している。
触れた瞬間、命を賭する可能性がある事だって、分かっている。
それでも・・・・唯、貴女と再び出会う事を待っている。
・・・暗い、深い闇の底で。
そう、貴女が成人する、その時まで。

 

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