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→2.たとえば

コッチ、コッチ、コッチ・・・

 

普段聞きなれているはずの居間の柱時計の時を刻む音が、今日はやけに大きく、あたしの耳に届いていた。
必要以上に時計の文字盤へ目をやって、時が流れているのを知ろうとする。
部屋には、テレビだって点いていた。
意味もなく明るい、バラエティ番組。テレビの向うの観客の笑い声が、やけに気になった。
台所の隅に置いてあるはずの電気ポットの再沸騰の音も、何だか気になって耳に付く。
別に、お湯が沸くのを待っているわけでもあるまいに。
・・・
居間に座して、半分空の湯飲み茶碗を両手で覆いながら、あたしは落ち着きなく時間をやり過ごしていた。
今は、夜。時計は八時半を指していた。
あたしの横には、乱馬。格闘家のくせに妙にテレビっ子な乱馬は、落ち着きなく座っているあたしの横で、時折声を出して笑いながら、テレビを見ていた。
他の家族は・・・というと、偶然に偶然が重なってみんな留守。
その内帰ってくるとは思うけれど、今晩はあたしと乱馬が二人きりで家の中でお留守番だ。
「・・・」
隣に座っているとはいえ、乱馬はテレビに夢中なわけだし、特に会話を交わすことも無い。
それなのにあたしは、どうして一人こんなに落ち着かないのだろう?
あたしは、意味もなくお茶をがぶがぶと飲み干しながら、それを考えてみた。
・・・別に、乱馬が何をしてくるわけでもない。
だいたい、許婚って言ったって別に「恋人同士」って訳では無い。
だって、乱馬の口から「好きだ」って言われてないんだもの。
そりゃあ、中国の呪泉洞の戦いの時は、心の奥で叫んだ「気持ち」は伝わってきたけれど。でもそれ以来は改めて「好き」と言う言葉を口にされたわけでもないし、あたしだって自分からそんな事は言わない。
中国から戻ってきたって、相変わらず乱馬とは喧嘩ばかりする。周りの三人娘・シャンプー、右京、小太刀だって相変わらず乱馬の事は追い掛け回しているし。
こうして隣に座っているのに、あたし達の関係って実は全然、近くない。
・・・改めて考えてみると、何だかそんな気がする。
じゃあ、それなのにどうして、あたしはこんなにソワソワしているんだろう?
「・・・」
もしかして、二人きりで過ごす夜だから、「何か」あるんじゃないか。
もしかしたら乱馬が、「今夜はチャンスだ」とか何か考えていて、そうなったらどうしよう・・・とか。
あたしってば、そんなことを心の中で考えているのかなあ?
「・・・」
あたしはふと乱馬に視線をやった。
が、乱馬はあたしには気付かずにテレビ画面に夢中だった。
「・・・」
・・・あるわけ、ないか。
一人ソワソワして、一体何をバカな事を考えているんだろう。あたしは自分の愚かさというか、勝手な想像力の逞しさにため息をついた。

 

 

と。

 

「何だよ、ため息なんてついて」
それまでテレビに夢中だったはずの乱馬が、顔はテレビの方に向けているのに、突然そう、話し掛けてきた。
「何よ」
「人がテレビ見てる横で、何ため息ついてんだよ。悩み事か?」
能天気な乱馬は、あたしにそんなことを尋ねて来た。
「・・・」
あんたのことよ、と本当は言ってやりたいけれど、あたしはそこをグッと堪え、
「別に」
「あのなあ、悩んだってしょうがねえじゃねえか」
「は?」
「寸胴とその小さな胸は、一日二日ではどうにもならないんだぞ」
「何よ、失礼ねっ」
ゴン!・・・あたしは失礼極まりない乱馬の頭を、拳で思いっきり殴ってやった。
「見た事も無いくせに、よくも小さな胸なんて言うわねっ」
「じゃあ見せろって言ったら見せてくれんのか?」
「見せるわけ無いでしょ、この変態!」
あたしは更にもう一発乱馬の頭を殴ると、ふいっと横を向く。
「じゃあ何でため息なんてついてんだよ」
乱馬は、あたしに殴られた頭をさすりながら、再びあたしにそう尋ねた。
「だからっ・・・今日は二人きりだから、例えば・・・」
・・・例えば、何かあったりとかするのかなとか。
失礼極まりない乱馬の発言のせいで頭に血が上っていたあたしは、思わず思っていたことをそのまま口に出してしまったけれど、
その言葉を続けて口に出そうとした所で我に返り、はっと口を閉ざす。
でも、
「例えば?何だよ」
こういう時は耳ざとい乱馬。あたしのその言葉を、決して聞き逃しはしなかった。
「べ、別に何でもないわよっ」
あたしは乱馬の追求を逃れようと、慌ててそっぽを向いた。
そして、その場を誤魔化すべく空になった湯飲みを持って台所へ行こうと立ち上がろうとしたが、
「まー、待てよ」
乱馬は立ち上がろうとしたあたしの手首を、ぱっと掴んだ。そして、再び畳の上に座らせようとグイッと引っ張った。
「きゃっ」
あたしはそのおかげで畳の上に再び腰を下ろしてしまい、更に乱馬に手首を掴まれたまま尋問を受ける羽目になる。
「で?例えば、何?」
乱馬は、あたしの手首を掴んだまま、じっとあたしの顔を見つめてそう尋ねる。
「だ、だからっ・・・」
・・・整った、顔立ち。
目だってパッチリしているし、睫毛だってくるっとしている。
他の女の子達が夢中になって追いまわすような、甘い顔。
格闘技をやってるくせに、肌だって綺麗だし全然ゴツクない。
そんな顔にじっと見つめられたら、何だかあたしは急に・・・ドキドキと胸が鼓動してくるのを感じた。
「今日は二人きりだから、例えば、何?」
乱馬は、まるでそんなあたしの心の内や心臓の鼓動を見透かしたかのような意地悪な瞳で、あたしを見つめてそう問う。
「だ、だからっ・・・」
「だから?」
「だから、例えばっ・・・」
「例えば、何?」
意地悪な瞳で、焦るあたしの顔をじっと見つめてはそんなことを問う乱馬。
でも、口元が微かに笑みを帯びている気がするのは絶対に気のせいじゃない。
・・・こいつ、分ってるくせにこんなことを聞いてるな?
それが分かって、それに対してはムカッと腹を立てるあたしでも、
でも手首をつかまれてこんな風に質問されては、いつもの強気も、先ほどみたいに乱馬の頭を殴る余裕も、出てこない。
それでも、
「何だっていいじゃないっ」
そうだ、反対側の手は自由だったんだ。
あたしはそれを思い出して、手にしていた湯飲みをテーブルの上に置く。そして、その空いた手で乱馬の身体を叩こうと手を振り上げた。
ところが、
「よくない。言いかけた事はちゃんと言わないと?」
「あっ」
ハシ!
・・・乱馬のほうが、一枚上手だった。
あたしは振り上げた手の自由も奪われた。あたしはまんまと両手首を乱馬に掴まれてしまった。
「は、離してってばっ」
「やだね」
「何でよっ」
「だから、『例えば』の続きを言ったら離してやるよ」
意地悪い顔で笑いながら、乱馬はあたしにそう言った。
あたしは手を振り解こうと抵抗するも、結局は手の自由を奪われて自由に動く事は出来ない。
そうこうしている内に、あまりにも抵抗して暴れすぎて、ズルっ・・・と座していた腰が畳の上を滑り、
「きゃ!」
ドスンっ・・・と、背中を畳につくような形で、倒れこんでしまった。
あたしは畳の上に仰向けになった。
慌てて起き上がろうと、あたしは腹筋に力を入れようとしたが、
「えっ・・・ちょ、ちょっとっ・・・」
あたしが腹筋に力を入れて起き上がる前に、何故か乱馬は、あたしを見下ろすような形で、あたしの上に身体を持ってきた。
掴まれた手首は、あたしの頭の両脇に。
「っ・・・」
そうだ、足はまだ自由だ!・・・思い出したあたしが、足で乱馬を蹴り飛ばしてやろうと足を動かそうとすると、
「・・・」
乱馬はそんなあたしの足と足の間に素早く身体を入れ込むと、自分の足を使って、器用にあたしの足を固定してしまう。
「あっ」
手だけではなく足まで動けなくされたあたしは、小さく声を上げた。
すると、
「はい、チェックメイト」
乱馬は更に意地悪い顔で笑って、上からあたしを見下ろした。
「・・・っ」
あたしは乱馬の顔を見上げながら、くっと声を洩らした。
それと同時に、再び心臓が早さを増して鼓動するのを感じた。
・・・ちょっと待って?この姿勢って、あたしもしかして・・・押し倒されてる?
あたしは、冷静に自分の置かれている状態を理解しようと頭を巡らせた。
な、何であたし、乱馬に押し倒されてるの?
ただ、いい争いしてただけなのに、な、何でこんなことに!?
こんな風になるわけないなあ、って思っていたからこそ、乱馬にも言うのはやめようと思ってたのにっ・・・
「・・・」
あたしは、「言わなきゃダメなの?」という思いを込めて乱馬を見つめた。
乱馬は、「観念しろ」と言わんばかりの表情をしていた。
・・・手も足も固定されて、こうやって体の上に圧し掛かられていたら、もう逃げられるわけが無い。
「・・・」
あたしは大きなため息をつくと、観念して、でも何だか恥かしいので小さな声で呟いた。
「二人きりだから・・・」
「二人きりだから?」
「だから・・・例えば・・・例えば、何かあったりとかするのかなとか・・・」
「・・・」
「わ、笑いたかったら笑えばいいでしょっ」
どうせ、また馬鹿にするんだわ・・・あたしは恥かしさに耐え切れず、真っ赤な顔をして横を向いた。
・・・乱馬はいつも、あたしに対して「色気がねえ」とか「ガサツ」とか言う。
ほぼ「女」として見ていないのかもしれないというのに、あたしが一人でそんなことを考えていたのをこうして知ってしまったら、
「ばーか、何で俺がおめーにそんな変な事しなくちゃいけねえんだよ」
そんな風に、怒るかもしれない。
「おめーでも、そんなことを考えるのか。安心しろって、そんな気起こす気もねえよ」
もしかしたら、そうやって笑うかもしれない。
どちらにせよ、あたしの考えすぎなのだ。
「・・・」
・・・もう白状したんだから、さっさと離してよ。
あたしは真っ赤な顔のまま、恥かしさを隠そうとそんな言葉を呟いた。

 

が。

 

「・・・ふーん」
乱馬は、あたしの手足を離すことなく、何だか気の抜けた声を出した。
「な、何よっ」
あたしが横を向いたまま、恥かしさのあまり目を閉じると、
「・・・じゃあ、例えば俺がこのまま何かしようとしたら、どうするの?」
乱馬は、目を閉じたあたしに向かって、いきなりそう尋ねた。
「え?」
・・・何、それ。
あたしは思わずはっと息を飲み、乱馬のほうを向く。
乱馬は自分をしっかりと瞳に捉えたあたしを見つめながら、
「だから。例えば俺が、このまま・・・襲ってきたら、どうする?」
と、もう一度尋ねた。
そんな乱馬の顔は、先ほどまでの意地悪い笑みを浮かべたような、人を弄んでいる表情ではなく、
まっすぐにあたしのことを捉えて離さない、凛としたものだった。
整った顔でそんな風に見られると、何だか頭に血が上る。
呼吸が弾み、胸の鼓動が耳の辺りまで振動するように、大きくなる。
「な、何言ってんの・・・そんな気も無いくせに」
どうにかして搾り出したあたしの声は、明らかに震えて上ずっていた。
乱馬は、何を言っているんだろう・・・たった数十文字の短い言葉なのに、あたしはすぐにその言葉を理解する事が出来なかった。
「どうして?何かあるのかもって、考えてたんだろ?」
乱馬は、そんなあたしにボソッとそう呟く。
「だ、だからそれは例えばの話でっ・・・」
「だから、俺はその例えばが起こった時の事を聞いてるんだけどな」
「その気が無いのに、そんなこと起こる訳無いじゃないっ例えばって言うのは、そうなる可能性がある場合に・・・」
「・・・あるよ」
「え?」
「お前だって、例えばそんなことが起こったりするかも・・・って思ってたんだろ?だったら、俺だってそう思ってたって不思議じゃねえだろ」
乱馬はそう言って、あたしの腕を抑えている手を、片手に切り替えた。
片手であたしの両手を抑えた乱馬は、もう片方の空いた手で、あたしの髪にすっと触れた。
「っ・・・」
・・・今まで乱馬にはされた事のない、仕草。
あたしはビクッと身を竦める。
「な、何でからかうの・・・もういいじゃない・・・」
そんなにあたしをからかって、楽しいわけ?・・・あたしは、明らかに先程よりも震えた声でそう呟く。
「からかってねえよ。本気」
乱馬はそんなあたしにはっきりとした声でそう呟いた。
・・・目線を合わせると、まるでそこには吸い込まれそうな深い、瞳の輝きがあった。
何を言っても、どんな抵抗をしても、全て吸収されてしまう。
そんな気が、した。
目には強い力がある。だから「目力」なんて使って男の子の気を引く女の子もいるって、昔クラスメートが言っていたっけ。
その目力を、今あたしは、真正面から受けているというのか。
このままでは、
このままでは何だか、乱馬の顔に、瞳に、吸い込まれてしまいそう。
言葉に、この姿に、惑わされてしまいそうだ。
「・・・」
・・・どうしよう。
あたしは、そっと顔を逸らして唇に指を、当てる。
胸が、異常にドキドキしていた。
こうして触れている唇にも、胸の鼓動が伝わってくるような気がした。
気をつけていないと、呼吸だって乱れてしまう。
からかわれてるって分っていても、でも・・・
「・・・そんな気、ないくせに」
「あるよ」
「ないもん」
「あるね」
「嘘」
「嘘じゃねえよ」
乱馬は、顔を背けているあたしにぐっと顔を近付けながらそう呟いた。
「っ」
もうすぐで、鼻の頭が掠りそうなほどの、距離。
冗談でも乱馬に、こんな風に顔を近付けられた事はなかった。
抱きしめられたことや、勘違いのせいで迫られそうになった事はあった。でも・・・
「・・・」
あたし達の、かみ合わない乱れた呼吸のリズムが、すっと、合ったような気がした。
それと同時に乱馬はもう少し、あたしに顔を近付けようと身体を近付ける。

 

キス、される

 

そう、直感した。あたしは、はっと息を飲み込んだ。
でも、
「・・・いや」
本当に後少しでお互いの唇が触れるかも、というその瞬間に、あたしは少し顔を背けた。
「・・・こういうことされるの、嫌か」
乱馬が、少し悲しそうな顔をした。あたしは首を左右に振り、
「・・・言われてない」
「ん?」
「まだ、言われてない・・・あたし、こういう事は好きな人としたい・・・」
「あかね・・・」
「あたしのこと、好きだって思ってくれている人としたい」
あたしはそう言って、きゅっと唇を噛んだ。
・・・そう、あたしはまだ乱馬に、言われてない。
心では伝わった。でも、まだはっきりといわれていない、「好きだ」って。
言葉は、全てでは無い。でも、こんな風に二人の関係が先に進むなら、ちゃんと口に出していって欲しい。
心だけで言われたんじゃなくて、
あたしが勝手にそう思い込んでいたんじゃなくて、
ちゃんとあたしのことをそう思っていたんだよって、改めて形で欲しい。
「・・・」
あたしがそんなことを思っていると、
「そっか・・・そうだよな」
乱馬はそう言って、それまであたしを捕らえていた手と足を離した。
「・・・」
・・・もしかして、ただからかっていただけだから、これ以上はする必要が無いなと、思ったのだろうか。
「・・・」
あたしがそんなことを思っているのを知って、そろそろ引き際とでも思ったのか。
からかわれるのをやめてもらえたのは嬉しいけれど、でもこれはこれですごくショックだった。
変な、あたし。
まるで期待していた事を途中で止められた、見たいな感じじゃない、それ。
例えば・・・って、少しはその可能性も考えていたはずなのに。
やめられたらやめられたでドキドキしちゃって・・・
「・・・」
あたしは、ゆっくりと起き上がった。そして、再び唇に指を当ててぎゅっと、唇をかみ締める。
・・・掴まれていた手首が、痛かった。
でも、それ以上に胸が、痛い・・・何ともいえない思いが、あたしの胸を駆け抜けた。

 

と。

 

「・・・何か、何か照れるな」
「・・・え?」
「こういう時ってさ、どんな顔して言えばいいんだ?」
「は?」
「笑いながら言った方がいいのか?」
乱馬が、そんなことを言いながらあたしを見て照れくさそうに笑っていた。
「あのな?」
「うん・・・」
「その・・・俺、本気でその、こういう事言った事無くて・・・その・・・どんな顔でどんな風に言ったらいいか、良くわかんないんだけど・・・」
「・・・」
「でも・・・その、別にからかってたわけじゃなくて、俺、さっきの本気だから。
だから、まずちゃんと言おうと思って・・・その・・・」
自分の、気持ちを。乱馬はぼそぼそとそう呟いて、真っ赤な顔をしていた。
どうやら、あたしに言われた事を受けて、まずそういう行為に進む前に「けじめ」をつけようとしているのだろう。
さっきはあんな風に人を押し倒そうとしていたくせに、随分と今度はシャイになったものだ。その変わり方がおかしくて、あたしは緊張と不安で強張らせていた顔を緩める。
「・・・笑顔でも何でもいいよ」
「そ、そうか」
「うん」
「うん」
「・・・」
「・・・」
・・・先ほどの緊迫した空間とは一変して、何だかお互いの顔も見るのも照れてしまって、
いつの間にか正座しながら二人膝を向かい合わせ、下を向いてもじもじとするあたし達。
ちらちらとお互いの顔をうかがっては、何だか恥かしくなってまた下を向く。
「あ、あのさ・・・」
「う、うん・・・」
それでも、何とか気持ちの整理がついて、乱馬がその続きをあたしに伝えようとした、ちょうどその時。

 

 

 

 

「ただいまー」
「ただいまー、二人とも、お土産買ってきたわよー」

 

 

・・・どうしてこの一族は、こうタイミングを見計らって帰ってくるのだろうか。
乱馬が続きを口に出そうとしたちょうどその時、そんな声が玄関のほうから聞こえ、ガラガラと戸が開く音がした。
玄関からは、声の主・お父さんやなびきお姉ちゃんの他にも、かすみお姉ちゃんや早乙女のおば様の声も聞こえる。
皆別々の場所に出かけていたはずなのに、玄関の前で一緒になったのだろうか。
・・・
「あ、み、みんな帰ってきちゃったね」
「そ、そうだな・・・」
・・・何だか、ちょっと残念そうな顔。
でも、どこかホッとしたような顔で、あたしと乱馬はそんなことを呟く。
その後は、
「お帰りー、早かったね」
「あら、早すぎた?」
「そ、そんな事言ってないじゃないっ」
「あ、そー・・・ごめんねえ、乱馬君」
「な、何で俺に謝るんだよっ」
何故かこういうことに勘の働くなびきお姉ちゃんの追及を交わしつつ、あたしと乱馬はそれ以上は先ほどの話の続きを、その日する事は無かった。
「・・・」
しばらくして居間から引き上げ、一人部屋に戻ったあたしは、
ベッドに入りながら先ほどの乱馬との事を色々、考えてみる。
・・・あたしが、二人きりの今夜は例えば何かが起こったら・・・とか考えていたように、乱馬も考えていたって、言っていた。
テレビばっかり見て、全然そんな素振を見せもしなかったのに。
でも、もしかしてチャンスというかタイミングを、狙っていたのかな・・・。
結局は明確に「好きだ」って言われなかったけど、
でもさっきのあれって、確実にそれを言おうとしてた・・・って思っていいんだよね?
あたしが、「好きな人とじゃないとしない」って言ったから、それがしたいが為にただ、言おうとしてただけなのかな?
それとも、本当にあたしのこと好きだから、あたしがそう思っているのならちゃんと、けじめをつけてから・・・って思ってくれたのかな。
「・・・」
きっと、乱馬に聞けば明快な答えが返ってくるはずなのに、あたしは暗闇で一人そんなことを考えては悩み、照れて、また落ち込んで、の繰り返し。
「好きだ」と言われる一歩手前の、何だか中途半端な今夜のあたし。
多分、そう。
多分、そうなんじゃないか。
でも、ホントはどうなんだろう・・・
心の中では、分っているようなでもどこか信じられないような不安定な、恋心。
もしもまた、今夜のような機会があることがあるならば、少しはなにか、変るかしら。

 

 

「・・・」
何だかまだすっきりはしないけれど、
暗闇の中で大きなため息をつきながら、あたしはするりと眠りについた。

 

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