あかねが、風邪を引いた。
無差別格闘流の跡取娘として日々修行を積んでいる割りには、あかねは頑丈な体をもっているわけではない。
腕だって足だって華奢だし、筋肉だって全然ついてないし色白で柔らかいし。それによく風邪を引く。
最もこの風邪を引いた原因が、
「乱馬、寒い」
「寒くない」
「肩が冷えると寒い」
「じゃあ冷えないように温めてやる」
…と、寝るときに服を着たがったあかねの申し出を俺が却下したが為に、翌日から徐々に体調を崩した事にある。
もちろんその詳しい原因までは皆には内緒なのだけれど。
そんな風にして風邪を引いたあかねは、三十八度も熱を出し、ついに今日、学校まで休んだ。
「あかね、体が弱いから。そりゃあねえ、乱馬君は裸でも平気かもしれないけどねえ…」
あかねのいない学校生活を送った帰り、あかねに無茶をさせた事を反省をしながら俺が道を歩いていると、いつの間にかそんな俺の隣に並んで歩いて
いたなびきが、そんなことをわざとらしい口調でぼやいた。
「お、俺は平気ってどういうことだよ」
「ほら、何とかは風邪ひかないって言うでしょ」
「…」
「可愛い彼女の身ぐるみをはがしておきたい気持ちは分かるけど。あかねに一応、謝っておきなさいよ?」
「み、身包みってなんだよっ」
「だって、最近夜も涼しくなってきたのに二人で裸で寝ていたからあかね、風邪引いたんでしょう?」
「なっ…な、なんでそれをっ。あ、てめえまた覗いてやがったな!?」
「…あらやだ、本当にそうなの?今、冗談のつもりだったんだけど」
「あっ」
「ふーん、仲が宜しい事で。お父さんが知ったらなんて思うことか」
なびきはにやりと笑って俺を見ると、
「とにかく。なんか気の利いた見舞い品でも買ってやんなさいよ。お金ないなら貸してあげてもいいわよ。利率はトイチね」
「誰が借りるか!」
「あらそう、残念ね」
ひょうひょうとした表情でそう答えると、さっさと家へと向かって歩いていってしまった。
俺はそんななびきの後ろ姿に思わずため息をつきつつ、
「…見舞い、かあ」
自分が原因で彼女が風邪を引いたのだ。同じ家に住んでいるとはいえ、確かになびきが言うとおりに何もしないわけにはいかない。
俺は、ごそごそとポケットに手を突っ込み所持金を調べた。
三十円だった。この貧乏生活が、憎い。
「…どうすっかなー…」
見舞いしたい気持ちは、金額なんてつけられないくらいある。
しかし、手持ちは三十円。
この見舞い品は、他からお金を借りて買うものではない…その気持ちは勿論強くある俺は、そのまま家には帰らずに、あかねへの見舞い品を探してしば
らく町を彷徨っていた。
その日の夜。
「じゃああかねちゃん、お薬飲んでちゃんと眠るのよ」
…みんなの夕食が済んだあと、あかねへおかゆを届けたかすみさんが、半分以上おかゆが残された容器を持ってあかねの部屋から戻ってきた。
「あかねちゃん、あまり食欲がないみたい」
「そう…ちょっと心配ね」
台所ではかすみさんとお袋がそんな会話を交わしながら眉をひそめている。
「どうして風邪なんて引いたのかしら?」
居間のTVの前では、なびきがそんなことを言いながら、しれっとした表情でテレビを見ていた。勿論その隣には、あかねを心配しているオジサンやパン
ダ親父もいた。
天道なびき。こいつの存在は真剣に恐ろしい。
「…」
俺はこそこそと居間から出ると、夕方学校帰りに調達してきたモノを自分の部屋へととりに行き、素早く皆に気づかれないようにあかねの部屋へと向かっ
た。
そして、階段を音も立てずに登り、廊下の奥のあかねの部屋の前へとたどり着いたものの、
「…」
いつもならば、あかねに会える嬉しさで嬉々としている俺だけれど、何となく、ドアをノックする事を躊躇してしまった。
…あかねが風邪をこじらせて熱を出した原因は、俺にあるのだ。
なんだか申しわけない気持ちと、自分への不甲斐無さが増してよくよく考えると合わす顔がない。
見舞い品を持ってきたところで、もしかしたらあかねは俺に対して腹を立てているかもしれないし…。
「…」
俺は、あかねへ、と調達してきた見舞い品へと視線を落とした。
俺の左手に握られているのは、一輪の「花」。
所持金が三十円だったゆえに花自体は買う事は出来なかった。だから河原で探して探して探し回った、遅咲きの小ひまわりの花を一輪、摘んできた。
それだけでは寂しい、と町の洋裁店に行き、三十円で買える「リボン」を探した。
店員に事情を話したら、花の茎に巻く分を三十円で売ってあげよう、といわれたのでその行為に甘える事にした。
…まるで小学生が母の日のプレゼントを探しているような状況だけれど、それでも自分の力ですべてを調達する為には、手段は選んでられなかった。
「…」
左手に握られている、少ししおれてきたひまわりとピンク色の小さなリボン。
こんなもので、俺、許してもらえるんだろうか…。
「…」
コン、コン。
ノックをする手も、心なしか力が入らない。
ドアの向こうからは応答はないけれど、俺は覚悟を決めてあかねの部屋へと入っていった。
部屋の中は、真っ暗だった。
あかねの熱の熱気と篭った空気でもわり、とした風の流れが俺の肌を撫でる。
「あかねー…」
俺は、そろりそろりとベッドに近づきながら、あかねの名を呼んだ。
が、あかねからは返答がない。
「…」
眠っているのかもしれないけれど、もしかしたら俺に答えたくないのかな。
そう考えると、胸がズキ、と痛む。
俺はそれ以上はあかねの名前を呼ばずにベッドの脇まで近づくと、横向きに横たわり蒲団を顔の半分までかぶっているあかねの枕の横に、そっと花を
置いた。
「…」
寝相が悪くて、寝返りを打ったときに潰されてしまうかもしれないけれど、
離れた机に置くよりも、どうしてもこの場所に置きたい。
潰されたって、俺の気持ちを込めた花はどうしてもあかねの側に。
ごめんな、と俺は小さく呟いて、指であかねの顔に触れた。
と。
「…」
ふと、あかねの瞼がぴくぴくと動いた。そして、
「…」
うっすらと目を開き、首を俺の方へと向けた。
「あ、わ、悪い…起こしちまった。お、俺もう行くな」
風邪を引かせた上に、安眠妨害。俺は全くいいところがない。
俺は慌ててあかねのベッドから離れようとすると、
「…や」
あかねがなにやら小さな声でそう呟いて、身体を起こした。
でも、急に起き上がったことで頭がふらふらするのか、妙に体が安定していない。
「ね、寝てろよ!」
俺が慌ててそんなあかねの身体を支えようとすると、
「…これ、くれたの?」
俺に支えられながら、あかねが枕もとで少ししなびている一輪の花見た。
「う、うん…」
俺があかねを再びベッドに寝かせながら申しわけなさそうに答えると、
「…ありがとう。鼻が馬鹿になってるから、匂いはわかんないんだけど…」
あかねはそう言って、熱で真っ赤な顔をやんわりと緩ませて微笑んだ。
「あのっ…ごめんな。俺、俺のわがままでその…」
俺がそんなあかねに頭を下げると、
「別に謝らなくたっていいわよ、風邪引くなんていつもの事だし…」
「で、でもっ…俺のせいで…」
「…もしかして、だからこんな風にお見舞のお花を持ってきてくれたの?」
あかねは、熱で真っ赤な顔をグッと俺に近付けた。
そして、
「乱馬が来てくれたから、なんだか元気が出てきた。ううん、お花ももって来てくれたから、すっごく元気でた。ありがとう」
そう言って、自分を抱き締めている俺の胸に、すりすりと擦り寄ってきた。
「…」
俺は、そんなあかねの頭や背中をゆっくりと撫でながら、
「…ありがとうってさ、俺、花も買う金なくて一輪しか摘んでこれなくて、それで…」
「いいの」
「え?」
「いいの…別に。一輪でも花びら一枚でもいいの。乱馬が持ってきてくれたのなら、何でもいいの」
「あかね…」
あかねの言葉に、思わずドキッと胸を鼓動させる。
…俺の勝手なわがままで体調崩を崩してしまたというのに、
しかも見舞いを持ってきたかと思えば一輪の花、しかも買ったものではなく野で摘んだ物だし。
そんな男、普通だったら嫌われこそすれ喜ばれる事なんてありえねえよ。
ありえねえっていうのにさ、コイツ…。
「…」
俺は、擦り寄っているあかねの頭へと自分の頭をもたげると、
「お前さ、絶対にあとで後悔するぞ」
「何で?」
「俺さ、すげえわがままだからさ、また我まま言ってお前に風邪をひかせるかもしれねえんだぞ」
「ほどほどにね」
「服着たいっていっても、着せてもらえないんだぞ。そんなヤツ、許しちまっていいのかよ」
と、小さな声で囁いた。すると、
「だってしょうがないじゃない。エッチで我ままでも…好きなんだもん。側にいてくれるだけで嬉しくなっちゃうんだもん」
あかねはそう言って、俺の小さな声に対しはっきりとした口調でそう答えた。
「…」
俺は、そう言ったあかねの唇を、まるで吸い付くが如く強引に奪った。
「んっ…」
風邪のせいで鼻がつまっているあかねは、キスされることで上手く呼吸をすることができずに表情を歪めた。慌てて俺の胸を押し返して顔をずらす。
でも、俺はそんなあかねの唇を幾度も間をおきながら奪っていく。
「…もー。風邪、移るよ…今日はダメ、でしょ」
度重なるキスの合間に、唇が離れたのを見計らってあかねがそう呟く。
「風邪、俺が全部貰ってやるよ」
「何言ってんのよ、だめよそんなの・・・」
「ダメじゃねえよ、俺が貰う」
あかねを苦しめちまった分だけ、全部。俺がそう答えると、
「あーあ、もう言いだしたら聞かないんだもんなー…」
「俺、わがままだから」
「本当にそうね」
あかねはクスリと笑って俺を見た。
ゴチン、とそんなあかねの額に自分の額をつけると、まだまだ熱かった。
「まだ、熱いな」
「うん…まだ熱があるから」
「ふんふん。じゃあ、その熱の分だけ俺が貰ってやらないとな」
「もー」
「だから今夜はここにいる」
俺があかねにそう呟くと、あかねは熱で真っ赤な顔を嬉しそうに緩めて、
「いてくれるのは嬉しいけど、乱馬が今度は風邪引いちゃったら困るなあ」
嬉しいような、困ったような。俺に向かって微笑んだ。
俺も、あかねのそんな笑顔を見つめながら思わず一緒に表情を緩めた。
君を喜ばせる事。
君にとっても気を使って、優しくて頼りになって、かっこよくて。泣かせるなんてもっての他。
わがままなんて言わなくて、風邪を引かせるなんて勿論しない。
そんな彼氏であるという事が、俺はきっと君を喜ばせることができるんだと思っていた。
でも、
我ままで貧乏で、エッチで強引で。言いだしたら聞かない、強情な男。
そんな俺でも、君の側にいるって事だけで君を喜ばせる事が出来るなんて…俺、分からなかった。
あのさ、俺、思うんだけど。
君がそう言ってくれたように、俺もさ、君が側にいてくれることが一番嬉しいんだ。
そんな風にお互い思える相手と出会えるなんて、この地球上ですげえ確率だよな。
こんな事おもってるとばれちまったら笑われちまうかもしれないから、絶対に口には出さないけどさ、
俺、君と一緒にいることが出来て本当に良かった。
うん。本当に良かった---------