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→4.君を苦しめる事

「ごめん、あたしを殴って」


突然、書置きを残して「流幻沢」と言う場所に旅立ったあかねを迎えに着た俺。
どうやらそこは、あかねが小さい頃に訪れた事がある場所のようだったけれど、詳しい事情を俺は、しらない。
「とにかく、あかねを連れて帰る」
家族にも念押しされて、俺は「流幻沢」へとあかねを追ってやってきたけれど。
…どういうわけだろう。
俺が着いた時、あかねは俺の知らない男と一緒にいた。
なんだか妙に仲が良くて、そんでもって「手」なんて繋いで歩いてたりして。
俺は家に帰るぞって。わざとカマをかけて連れて帰ろうとしたのに、あかねのヤツ、俺のその誘いを断ってここに残ると言い出した。
そして、次の日の夜。
夜の森で、あかねは…俺の知らない男に肩を掴まれ迫られていた。
…ふざけんな。一体お前、なんなんだ?
それは「俺の」許婚だぞ。気安く触るんじゃねえ。
「…」
事情もわからないままだけれど、俺の中に生まれる焦り・不安。
それに突き上げられるように、俺が俺とその男が勝負をしようとしたその瞬間、
「やめて!」
俺とその男の間に割って入り、男を殴ろうとしていた俺に向かって…あかねが言った。
「ごめん。あたしを殴って」と。


何だよ、あかね。
「あたしを殴って」って、何だよ、それ?
なあ、ソイツ誰なんだよ。
お前、何でソイツと一緒にいるんだよ。
何でそんなソイツと手なんて繋いで歩いてたんだよ。
何で手なんて繋がせるんだ。何でそんなヤツに触れさせるんだ!

「…」
たった一瞬の、たった一言。
その一言を受けて、俺の頭の中はグルグルと考えをめぐらせる。
なんで。
なんで、なんで、なんで!
考えようとすればするほど、心の中にもやがかかる。


…なあ、あかね。
俺が一体何をした?俺、お前にそんなに…そんなに嫌われるようなこと、したのか?
そりゃあさ、俺はくされ外道でいい加減な奴かもしれないけど。
でも、俺…俺からお前が離れちまうようなそんなこと、何かしたのか?
「…」
混乱している頭を整理しようと、俺は冷静になろうと勤める。


「許婚」なのに「恋人」ではない。
誰よりも大事な存在だって、自分だって分かっている。
そう、俺があかねに「特別」な気持ちを少なからず持っているって事くらい、俺にだって分かっているつもりだった。
けれどそれと同時に、
分かっているのに、それを素直に伝えられない事。
それが、俺とあかねの関係をややこしくしている原因でもあることも…俺も分かっていた。
他の男に触れられるのだって堪えられない。
離れないように、離さないように束縛してしまいたい…心の中でそうは思うのに、
どうしても今の俺には、そうする資格がないことが、痛い。
したいけれどする資格がない。
その資格は得ようと思えば得られるのかもしれない。でも、今の俺にはその資格を自ら得ようとする勇気が、足りない。
「…」
もどかしくて、くやしくて…そんな気持ちが交差する。
時にイライラして、時に切なくて。
すぐ側にいるのに、手に入れる事はまで出来ない…消化しきれない欲望が体の中で弾けていく。
でも。
俺がそんな風に消化しきれない欲望を、歪んだ形であかねにぶつけるように、
あかねだって、この今の俺達の関係に満足はしていなかったはずなんだ。
「許婚」なのに「恋人」ではない。
色んな女に追っかけられている俺に対して、はっきりと意思表示が出来ない。
したところで、俺はちゃんと答えない。
でも時々見せる優しさや素直な態度に惑わされてしまう…確信が持てない心に、あかねだって苦しめられていたのかもしれない。
お互い意思表示をしないくせに、それなのにいつも一緒にいるのが「当たり前」。
そんな「いつも」が苦しくて、あかねは…俺から離れてしまったのか。
「…」
俺、一緒にいるだけであかねを苦しめていたのかもしれない…。
そう考えたら、なんだか背中に嫌な汗が流れる。

「…分かった。困らせて悪かった」

…苦しめていた君を助けるには、俺がこうするしか道はないのか?
いや、そんな事はない。そんなの嫌だ。
道を探したい…そう、他の道を。
でも、
「…」
そう思っても、今の俺にはその道を探す為の光さえ見つけることが出来ない。
夜の闇が、心の中にまでするすると溶け込んでくる。
夜空には星が浮ぶけれど、心の中の闇には星など存在しない。
吸い込まれるような漆黒の心の闇は、星が瞬き光を放つことなど決して許しはしない。



触れたくて、取り戻したくて、誰にも渡したくないって思っていたのに、
その行為さえも、もしや君を傷つけていたのか?
「…」
そう思うと俺は…あかねに自分の顔を向けることさえ出来なかった。

 

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