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→9.カウントダウン

『今年も残すところ、あとわずかとなりました…』

…大晦日。
かすみお姉ちゃんの手作りの年越しそばが出来るのを待つ間、
あたしと乱馬は道場で今年最後の手合わせをしていた。
…とはいっても、 どうしても結果は、あたしが乱馬にやりこめられちゃう形になるんだけれど。
「…だー!!もう、もう一回勝負よ!」
…手合わせ初めて一時間。
やっぱりどうしても負け続けているあたしが、半分ヒステリックな状態になりながら叫ぶと、
「何回やったって一緒一緒」
「そんなことないもん!次こそは絶対ッ…!」
「次、次って。あかねの『次』は一体いつになったら来るのかな?」
乱馬は、そんなあたしを小ばかにするように、ヒラリヒラリ、と華麗に宙を舞っている。
「くやしー!」
あたしはそんな乱馬に抵抗するべく、何度も蹴りやら突きやらを繰り出すけれど、
ブン、ブン、と憎いぐらいに空振りするばかりで、一向に乱馬にはあたる気配がない。
「もー!今年も最後まで乱馬に負けっぱなしだなんて、やだー!」
ぜえ、ぜえ。
繰り出す攻撃はあたらないけれど、せめて口では言い返してやろう。
あたしは、そう叫びながら、動作を止めた。
そして、
「はあ…あたしは今年、すっごくいい子にしてたのよ?なのに、神様は不公平だわッ」
と大きなため息をついた。
すると乱馬がそんなあたしを見て、
「あのな。間違っても去年みたいな事はするなよ?」
と、言った。
「去年みたいなコト?」
あたしが「何の話よ?」と聞き返すと、
「はー?すっかり忘れてんじゃねえよッ」
乱馬は、半分呆れた顔をしながらあたしをみて、そして
「ほら。ジジイが作った『剛力そば』間違えて食っちまって、異常な怪力になっちまった時のコ ト」
と、ため息をつきながら言った。
「あー…そーいえばそんな事があったわねえ。あれからもう、一年かあ…」
あたしは、ちょっと懐かしいその話に、思わず目を細めてしまった。

…そう。
去年の大晦日。
八宝菜のおじいさんが作った「剛力そば」という、パワーアップする力を持つおそばをひょんな 事から間違えて食べてしまった、あたし。
そのおかげで一瞬にして、腕相撲ならば乱馬を泣かせる程強くなってしまっ た。
それならば!と、いつもあたしをコケにしてくるシャンプーをやっつけてやろうと思ってたんだ けど、
その「剛力そば」の秘密を知ったシャンプーもおそばを食べ、一気にパワーアップ。
あたしとシャンプーはそのまま「格闘はねつき勝負」をして…
でも、それを止めさせようと間に入った乱馬が、今度はあたしと対戦する事になって…



「…で、確かあの時、そばの副作用であかねにヒゲが生えたんだよな」
乱馬がそう言って、ニヤッと笑った。
「なッ…わ、忘れてくれない?その話っ」
あたしが葬り去りたい記憶を消し去るように乱馬に畳み掛けると、
「いやー、結構似合ってたぜ、あのヒゲ」
乱馬はそういって、あたしを小ばかにするように笑っていた。
「何よ!もう解毒剤飲んだんだから、あんなヒゲ、二度とあたしには生えないわよ!」
あたしは、「キーッ」と笑う乱馬の腕をボコボコと叩きながら叫んだ。
「剛力そば」の副作用のせいで、まるで猫のひげみたいにあたしの頬にちょろっと生えた、ヒ ゲ。
そんなもん二度も生えてきてたまるもんですか!とあたしがわめき散らすと、
「あたりまえだろー。そう簡単にあんなヒゲ生やされたってこっちだって困るぜ」
乱馬はそう言って、すばやくあたしのおでこを指でピシッと弾いた。
「…痛い」
あたしは、じとーっとした目で乱馬を見た。
「強くなるのは構わねーけどよ、あんななり方はやっぱ反則だよな」
乱馬は、じと-っと自分を見上げているあたしの頬を、ニューっと両側に引っ張った。
「何よッ。だって、強くなりたかったんだもんっ。そりゃ今年はあのおそばはもう食べれないけ ど…」
あたしも、負けじと乱馬の頬を両側に引っ張ってやった。
そして、
「来年こそは!来年は絶対に乱馬に負けっぱなしにはならないようにすごく強くなってやるん だから!!」
あたしはそう叫ぶと、乱馬の頬を離して、じっと顔を見た。
すると。
乱馬は、両側に引っ張ってたあたしの頬をゆっくりと離し、今度はその頬を両手で優しく包み 込んだ。
「え…」
あたしがそのあまりにも急な仕草にちょっと戸惑っていると、
「強くなるのは、いーと思うぜ。でも、そんなものすごく極端に急に強くなんなくても良いって 言ってんだろ?おめーの力が足りない分はさ、俺がその倍の力でカバーしてやるからよ」
乱馬はそういって、とても優しい顔で、あたしに笑った。
「え…ら、乱馬?」
「だから、そんな力入れすぎんなよな」
「乱馬…」
…あたしは、そんな乱馬の優しい笑顔と、すごく頼もしい言葉にドキッと心を動かされ、
「あ、あの…」
と、乱馬に両手で頬を包まれたまま、その場でボーっと立ち尽くしてしまっていた。
「あかね…」
乱馬は、そんなあたしの名前を一度、呼んだ。
「ら、乱馬…」
あたしは、その問いかけに答えるのが精一杯だった。
「あかね…」
乱馬は、もう一度あたしの名前を呼んだ。
そして。
そして次の瞬間…

「スキアリ!」

…乱馬は突然そう叫ぶと、あたしの頬から両手を離した。
そして、右手の人差し指であたしの額をグイッと後方へと押し出した。
「へ!?」
不意を付かれたあたしは、もちろんバランスを取る事が出来なくて、
ヘナヘナヘナ…と、そのまま床にへたり込んでしまった。
「なッ…」
(何!?なんなの!?)
一体何が起こったのか?
あたしがわからずオロオロと乱馬のほうを見あげると、
「へへ!スキアリ!今年初めの勝負も、俺の勝ちから始まったなッ」
乱馬はそういって、やけに嬉しそうな顔で笑っていた。
「今年…最初?」
(何いってんの?まだ十二月三十一・・・)
「は!」
あたしは、乱馬のその言葉にハッとなって、道場の壁にかかっている時計を慌てて振り返っ た。

…時刻は今、午前零時零分、三十秒。
どうやら、すでに年を越してしまっていたらしい、あたしたちだった。

「あー!」
あたしは思わず大声をあげてしまった。
…しまった。
あたしとしたことが、全く気が付かなかった!
…ってことは、何?
あたしは、去年最後の勝負も乱馬に負けて、今年初めの勝負もさっそく乱馬に負けてしまったってコト?
「ずるい!今のはナシよ!」
あたしがふらふらと立ち上がりながら乱馬にそうわめくと、
「勝負にずるいも何もない!」
乱馬はやけに嬉しそうにあたしに言う。
「乱馬!勝負よ!次は負けないんだからッ」
あたしがさらに向きになって乱馬に言うと、
「おー、おー。あかねの『次』は、今年もいつになったら迎えることが出来るやら」
乱馬はそんなあたしをあからさまに小ばかにしたようそう言って、笑った。
そして、
「…ま、なんにせよ、今年もよろしく頼むよ。な?あっかねちゃん」
「くッ…」
「さ、そろそろ居間に行こうぜ。今年は『普通』のそばがのびちまうぞ」
あたしの頭をポン、と軽く手のひらで叩くと、さっさと道場を出て行ってしまった。
(な、な、何て男なの!?アイツはッ)
…一人道場に取り残されたあたしは、ブルブルと悔しさで拳を震わせながら立っていた。
全く、完全にあたしをバカにして遊んでるな、アイツ!
『強くなるのは、いーと思うぜ。でも、そんなものすごく極端に急に強くなんなくても良いって 言ってんだろ?おめーの力が足りない分はさ、俺がその倍の力でカバーしてやるからよ。』
…あんなこというから、一瞬本当に信じちゃったじゃない!
なんて卑怯な奴ッ。
あたしのスキをつくる為に、よくもまああんな事を平気で…

ホントに隙を作るためだけだったのかしら?
ちょっとくらいは本当にそう思ってくれてたり…したのかな…

…は!
あ、あ、あたしってば、心の中まで既に乱馬にやり込められてるわっ。
冷静に考えるのよ、あたし。
そんな言葉を乱馬にかけてもらったろうがもらわなかろうが、
あたしは今年一番最初の勝負で乱馬に負けたのよッ
「今年こそは負けっぱなしにならない!」って決めた矢先、すぐに負けちゃったのよ!
うう、やっぱりすごく悔しいわ。
こうなったら、
こうなったら…「今年中に絶対に!乱馬に一度でも勝ってやる!」
これをあたしの今年の目標にするしかないわ!
決めた。
もう決めたわ。
絶対に、絶対に!乱馬に勝ってやるんだからー!!


一年の、一番初めの夜に。
今年中に果たせるかどうか、すでに定かではない目標を立てるはめになった、あたし。
頑張れ、あたし。
一年は、あと三百六十四日あるわ!

…でもそのうち、何回あたしは乱馬に負けるんだろう?
そんなことはとりあえず棚において、
あたしは新たな決意を胸に、「でもまずは腹ごしらえ?」と、かすみお姉ちゃんの作ったおそ ばを食べに居間へと向ったのだった。

 

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