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→8.視線

「あ、また振り返った」

移動教室のために、休み時間に廊下を歩いていたあたしに、隣を歩いていたさゆり が突然一言そう言った。
「振り返ったって?」
あたしがそんなさゆりに尋ねると、
「今の男の子よ。あかねのこと、振り返ってぼーっと見てたよ。
 今日だけで、もう3人目。あいかわらずの人気よねえ。あかねは」
さゆりはそう言って、はあ…と夢見心地でため息をついた。
「そ、そうなの…?」
そんな、イチイチ誰に見られてるかなんて考えもしないあたしはさゆりに思わずそう聞 き返すと、
「あかねには乱馬君っていう許婚がいるのにねえ…それでもあかねの事好きな男 の子ってたくさんいるのよ。あ、九能先輩とかは別としてね」
さゆりの隣で、やっぱり一緒に歩いていたゆかもそんなことを言いながらあたしを見 る。
「べ、別にあたしは…」
あたしがそんな二人の視線から逃れるように慌ててかぶりを振るけれど、
「あかねはさ、元々可愛かったのに、最近更に可愛くなった…というか綺麗になっ たじゃない?
 だから、必然的に男の子達の目を引くのよ、ねえ…」
「そうそう。ホントに羨ましい限りよ。あ、でも乱馬君もこれだと気苦労絶えないわね え」
二人はあたしなんてそっちのけで、そんなことを話してはため息をついたりしていた。
(乱馬の気苦労が多い?冗談じゃないわよ、乱馬の気苦労よりあたしの気苦労の方が多いっての)
あたしは、あたしそっちのけで盛り上がっているさゆりとゆかとは全く別のことを考え てはため息をついていた。

…だって。
呪泉洞から帰って来て、祝言を挙げそこなって以来。
あたしと乱馬の仲は…それまでに比べたら大分進展したはず、よね?
だけど、
「乱馬!」
「乱ちゃん!」
「乱馬様!」
シャンプーたちが乱馬のことを追っかけてくる事は、相変わらず変らない。
しかも、隙あらばすぐにでも乱馬に抱きついたり、デートに誘ったり…。
あたしなんかよりも全然綺麗で可愛くて、そして何より積極的な彼女達から乱馬を守 ろうとする事の方が、あたしは大変なんだけど。
それに、別にあたしに告白してくる男の子なんて、前に比べたら大分減った。
だから、「可愛くねえ、色気がねえ」と、乱馬だっていまだにあたしに散々言ってるし、
そんな「可愛くない」あたしの心配なんか、乱馬があんまりしているとは思えないんだ けど、なあ?
あたしが苦労している半分も、きっと乱馬は苦労なんてしてないわよ。
それに。
さゆりがさっき、「振り返りざまに男の子があたしを見てた」と言ってたけど…
あれだってもしかしたら、たまたまその人の興味のあるものが、すれ違ったあたしの後方にでもあったからじゃ ないかしら?
(だいたい、そんなに誰かに見られてたりしたら、普通は何か…感じるものよね?)
あたしはのんびりとそんなことを考えていた。


…その日の夜。
「あかね」
お風呂にも入ったし、そろそろ寝ようかな?…と、あたしが自分の部屋へと入ろうと した矢先、
あとから二階へと上がってきたなびきお姉ちゃんに、あたしは突然声をかけられた。
「え?」
あたしが何気なしに声のした方を振り返ると、
パシャッ…
いきなり、フラッシュをたかれた。
「ちょ、…なに?」
あたしがフラッシュでやられた目をパチパチさせながらなびきお姉ちゃんに尋ねると、
「いや、最近さ…あかねの写真すごく売れるのよ。ほら、あんた最近急にきれいに なったじゃない?」
なびきお姉ちゃんは全く悪気無くそういって、たった今撮影をしたポラロイドカメラから 写真を取り出し、ハタハタと振っていた。
「な、何いってんのよ、お姉ちゃんまで。あたしは別に…」
(さゆり達と同じこと言わないでよ)
あたしがそういって怪訝そうな顔をすると、
「鈍いわね、あんたは。女って言うのはね、常に誰かに見られているとどんどん綺麗になるもんなのよ?後 でお礼いっときなさいよ」
なびきお姉ちゃんはそう言ってあたしの肩を叩くと、
「よし!撮影成功!」
フィルムを振っていた手を止めて、ニヤリと笑った。
そして、
「これで湯上りあかねの生写真をゲット。まいどあり!」
そう言ったかと思うと、さっさと自分の部屋に入っていってしまった。
「…?」
ひとり廊下にポツン、と残されたあたしは、何がなんだかわからずに、「ほえ?」と不 思議な顔をしていた。

…見られてる?
あたしが?
常に?
…誰に?

(なびきお姉ちゃんが、カメラであたしのことを隠し撮りしているのとは違うのかなあ?)
…あ、でもそれだと「お礼いっときなさい」って言葉は変か。
となると…九能先輩とかのこと言ってるのかなあ?
(でもそれって、前もそうだったんだけど…それにちょっと遠慮したいし…)
あたしがそんなことをフツフツと考えていると、
「…なーに、悩んでんのよ、あんたは」
先ほど、さっさと自分の部屋に入ってしまったなびきお姉ちゃんが、再びひょこりと、部屋の中から顔を出した。
「おねえちゃん」
「そんなに悩まなくたって、すぐわかりそうなもんでしょうが。いるでしょ?あんたのこといつも見てくれてる人が」
なびきお姉ちゃんはそう言って、にやっと笑った。
「お姉ちゃんの隠しカメラとか、九能先輩とかじゃなくて?」
あたしがぼそっと呟くと、
「違うわよ。ほら、そこ」
なびきお姉ちゃんはそういって、あたしの背後を指差した。
そしてまたパタン…と、部屋の中に入ってしまった。
(そこ…?)
あたしがなびきお姉ちゃんの指差した、自分の背後のほうにゆっくり振り向くと、
「わ!?」
なぜかあたしの背後には、乱馬が立っていた。
「…」
だけど、何故か乱馬はかなり不機嫌な顔をしていて、じっとあたしを睨んでいた。
「な、何よ」
あたしがそんな乱馬にひるまず抵抗すると、
「…ちょっと待ってろ」
何故か乱馬はそう言ってあたしの前を通り過ぎ、
「くおら、なびき!てめー、またしょこりもなく…」
そんなことをわめきながら、なびきお姉ちゃんの部屋に入っていった。
そひて、なにやらなびきお姉ちゃんとやりあったあげく、五分くらいしてから、げっそりとした様子で部屋から出てきた。
「・・・どうしたの?なんか疲れてるけど」
あたしが異様に疲れた様子の乱馬に声をかけると、
「鈍さもここまで磨きがかかると、天然記念物もんだよな」
乱馬はそんな事を言いながら、ため息をついた。
「ちょ、ちょっと!それどういう意味よ!」
あたしがそんな乱馬に言い返しながら、ふと目線を動かすと、乱馬の洋服のポケットから、何か紙のようなものが少し飛び出ているのを発見した。
「なに?それ」
「あ、コレは別に…」
「なんなの?」
「あ!バカやめろッ…」
あたしは焦る乱馬よりも一瞬早くその紙をポケットから抜き取ってじっくりと見た。
…と。
「これ、さっきの…?」
それは、さっきなびきお姉ちゃんがポラロイドカメラで撮影した、あたしの写真だった。
「だッ・・・返せよ」
乱馬は慌ててその写真をポケットにしまいこんだ。
「なんであんたがこの写真持ってんの?」
あたしが写真を見ながら乱馬に尋ねると、
「うるせえな!」
「うるさいって何よ!」
「うるせーもんはうるせーんだよ!大体なあ、知らない奴の手元になびきから流れていくより、俺がもってた方がいい だろーがッ」
乱馬はそんなことを叫んで、あたしの手から写真を奪い返した。
「どういう意味よ?」
あたしが再び、そんな乱馬から写真を奪い返して尋ねると、
「どういう意味って、そういう意味だよ!…ったく、俺が毎回どんな思いでなびきからお前の写真を買い取ってると…」
乱馬は再びあたしの手から写真を取り返したが、そこまで言ってハッとした表情をし た。
「写真を、買い取る…?なびきお姉ちゃんから?」
だけどあたしは、乱馬の言わんとしている事が分からずにボーっとしてしまう。
「と、とにかく、いいんだよ!」
乱馬はそんなあたしを無視するように写真をポケットにしまいこむと、
「たとえ写真でも、俺以外の奴がおめーのことどっかでじっと見てるなんて、気分悪い だろーが!」
照れているのか真っ赤になりながらそう叫び、その場から逃げるように走り去ってし まった。
「あ!ちょっと待ちなさいよ!」
あたしは慌てて乱馬の後を追おうとしたけれど、
そこでふと、気が付いた事があった。
(もしかして…あたしのこと見てる人って…乱馬の事?)
…あたしがそんなことを考えていると、
「…ね?だからいったでしょ?あかねはいつも乱馬君に見られてるのよ?幸せねえ…そんな風に大事に思ってくれる許婚がいて」
なびきお姉ちゃんが、またひょっこりと部屋から顔を出した。
「あ!お姉ちゃん、何で乱馬にあたしの写真を売ったの?」
あたしがそんななびきお姉ちゃんをじろっと睨むと、
「あら、頼まれたから仕・方・な・く、売ってあげただけよ」
なびきお姉ちゃんはまったく悪びれもせずこう言った。
「お姉ちゃん!?」
「あのねえ。ちょっとは乱馬君の気持ちも考えてあげなさいよ。それだけ、他の男の子にあかねの写真を持ってられるのが嫌だってことでしょ?し かも、今日の写真は、湯上り姿だし。もう、乱馬君たらココロとカラダだけじゃなくて、視線でまでも全てであかねを独占し たいのねー?」
そして、言うだけ言ってニヤリと笑うと、また自分の部屋の中に引っ込んでしまった。
(な、な、何いってんのー!)
あたしは一人真っ赤になりながら、廊下でボーっと突っ立ってしまっていた。

ココロもカラダも何て、何でそんなこと知って…
あ、いや、そんなことよりも。
「視線でも独占したいのね」って…

(それって、あたしを見ているのは、乱馬だけで充分って…乱馬が思ってるって 事?)
そんなことを改めて考えると、あたしは何だか急に照れてしまった。
『あかねはさ、元々可愛かったのに、最近更に可愛くなった…というか綺麗になったじゃない?だから、必然的に男の子達の目を引くのよ、ねえ…。』
『鈍いわね、あんたは。女って言うのはね、常に誰かに見られているとどんどん綺麗になるもんなのよ?後 でお礼いっときなさいよ。』
…あたしはふいに、さゆりやなびきお姉ちゃんが言っていた言葉を思い出した。
(じゃあ、あたしが最近綺麗になったって、みんなが言ってくれるのは…そうやって 乱馬に見られているから?)
そ、そりゃあ、ね?
あたしだっていつだって乱馬に見ていて欲しいって思うから、
おしゃれとかには気を使うようにはなったわよ。前に比べたら。
でも…
(自分じゃ、本当にきれいになってるかなんて、わかんないんだよね…)
だって、いつもいつでも、毎日、あたしは自分の顔や体を見て生活しているわけだし…。
こう何人の人にも「綺麗になった」といわれると、何だか嬉しい反面、戸惑う面もあるもんだなあ。
(しかもそれが、乱馬のおかげ、なんてねえ…)
あたしはそんなことをかんがえると、何だかちょっと笑ってしまった。

…それにしても。
(いくら他の人に持たれるのが嫌だからって、その度になびきお姉ちゃんから写真を 買わされてたりしたら…)
そのうち、破産しちゃうわよ?
「だー!今月も小遣いがピンチだ!」
あ、でも…もしかしてもう遅い?
そういえばここ最近、乱馬はよくそんなことを叫んでたっけな。
(…だからか。ホントにバカなんだから)
あたしは、そんな乱馬の姿を思い出したら、何だか急に可笑しくなって来てしまった。
そして、それと同時に…何だか分からないけど、無性に乱馬の顔が見たくなってしまった。
同じ家にいて、ついさっきまで顔を合わせたのにもかかわらず、あたしは今、どうしても乱馬の顔を見たくなってしまった。
(…仕方ない。ちょっとわざとらしいかもしれないけど、「おやすみ」の挨拶だけでも してこよっかな…)
その気持ちがどうしても抑えきれなくなってしまったあたしは、あれこれと口実を考えながら、乱馬の部屋へと向うために、階段を駆け下りていっ た。

どうやら、あたしが乱馬を守る為に気苦労が絶えないように、実はあたしの知らないところで、乱馬の気苦労、というか苦労も絶えなかったみたい。
ココロとカラダと視線と。
全てをもってあたしを独占する乱馬。
そんな風に独占されるのも、相手によっては…悪くない。

 

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