ようやく春らしくなって、窓を開けて庭先を眺めていても、決して寒さが苦痛じゃなくなって来た、そんな春の日の午後。
あかねは縁側に腰掛けながら一人、ぼんやりとしていた。
腰掛けた自分のすぐ右側には、入れたての緑茶と、お気に入りのお店の桜餅。
ちなみにこれは、恋占いの曰くつきな桜餅ではない。
ほのかに鼻腔をくすぐる和菓子の匂いと、そしてちらほらと咲き始めた花の香り。
うららかな春、平和な昼下がりのなんともいえない至極のひと時だ。
ぼんやりと庭を眺めるあかねの瞳には、春の日差しを存分に浴びて、池の中から元気に飛び跳ねる鯉が映っていた。
鯉が跳ね上がるたびに飛び散る水しぶき。
そのあまりの眩しさに、あかねは顔をしかめる。
でも、またすぐに顔を緩めては元気に池を泳ぎまわる鯉を見つめる。
あかねはさっきからそれの繰り返しだった。
顔をしかめては緩め。そんなあかねはさしずめ、一人「百面相」とでも言えそうだ。
「…」
あかねが、にニコニコしたり顔をしかめたり…そんな風に縁側でくつろいでいると、
その内、
「あー、疲れた…」
そんな事を言いながら、乱馬が廊下を縁側の方へと歩いてきた。
「乱馬」
あかねが、そんな乱馬に声をかけると、
「やっぱ、日曜は稽古三昧に限るな」
「お昼食べてからずっと稽古してたの?」
「ああ。でもさすがにちょっと疲れた」
乱馬は、額や首から流れ出ている汗をタオルでぬぐいながら、縁側に腰掛けていたあかねの横に、どかっと座り込む。
そして座るや否や、あかねの横に置いてあった桜餅を一つ、ひょいっと自分の口の中へ放り込むと、
「あー、平和だ」
そんな事を言いながら、ゴロン…と体を倒して縁側で寝転んだ。
「もう、あたしの桜餅なのにー」
「かたいこと言うなよ。運動しないで食うと太るぞ」
「余計なお世話よ」
あかねは寝転んだ乱馬へと文句を言いながら少し身体を動かした。
と、
その拍子に寝転んだ乱馬の頬に、偶然あかねの手が触れてしまった。
「あ、ごめん」
あかねが慌ててその手を引っ込めようとすると、それより一瞬早く、
「なんで謝んの?」
乱馬がそういって、自分の頬に触れたあかねの手に、わざと自分の唇が触れるように顔をあかねの方へと向けた。
「くすぐったいじゃない」
あかねが思わずビクンと手を竦めると、
「そのうち慣れるよ」
乱馬は全く懲りずにそう言って、そんなあかねが逃げないようにと、自分の手をあかねの手に重ねすっぽりと覆ってしまった。
そして、
「うわー、今日はホントにいい天気だなー」
そんな事を言いながら目を閉じてしまった。
「…そうねえ」
あかねは、そんな乱馬を笑顔で見つめながらそう呟くと、
「もう、すっかり春よねえ…」
重ねられた乱馬の手をそのままにしたまま、再び目線を庭先へと移した。
夏になれば、太陽の光を目いっぱい浴びて、
時折池から飛び上がる鯉によって、小さな虹のかかった水しぶきを見る事が出来る、庭。
秋になれば、紅葉とまではいかなくても、少し落ち着いた色へと葉は姿を変え、しみじみとした情緒をを作り出す、庭。
冬になれば、一面白銀一色で辺りを包み、何とも足跡のつけがいのある遊び心いっぱいの、庭。
そして、春。
こうして桜鮮やかな季節、のんびりとした休日の午後を思いっきり堪能できる、庭。
春夏、秋冬。
春夏秋冬。
季節が巡れば、あかねの目に映るこの庭の姿もまたそれぞれ色んな姿にうつろいてゆく。
でも。
その春夏秋冬、四季折々。
季節は移り変わっても、こうして縁側からみる庭の姿は移り変わっていっても、ただ一つ、全く変らないものもある。
季節が変っても、変らないもの。
それは…
「やべー、俺、このまま寝ちまいそうだな…」
…なんだかんだ理由をつけては、あかねの手をしっかりと握って、
「枕、まくら…」
そして、挙げ句の果てには膝枕を求めてノソノソと動く、この男。
…乱馬だけは、どんなに季節が移ろいでいっても、こうしてあかねのすぐ横に並んでいる。
「仕方ないわね」
あかねがそんな乱馬を枕してやると、
「…」
乱馬はすぐに目を閉じてそのまま動かなくなってしまった。
「何でそんな寝つきがいいわけ?」
あかねは若干呆れつつも、目を閉じてじっとしている乱馬を眺めた。
そして、ボソッとヒトリゴトで、
「来年の春も、その次も…こうしてのんびり過ごせたらいいんだけどなあ…」
あかねが思わずそう呟くと、
「…一生って、一応言っとけよな」
寝ているはずの乱馬が、たった一言、そう返してきた。
「え?」
あかねが慌てて聞き返しても、
「…」
乱馬はもう瞳も口も閉じてしまって何も言わない。
「…ばーか」
あかねは、嬉しくてそしてちょっと照れくさい心を隠すべく、思わずそんな言葉を呟いていた。
でも、心と言葉は裏はら。
あかねは、乱暴なその言葉とは逆に、思わず重ねられていた乱馬の手をギュっと握り返した。
「…うるせー」
乱馬も再び口を開くと、そんな乱暴な言葉とは裏腹に、あかねのその手をぎゅっと握り返してきた。
そんな二人の、しっかりと握られた手の上に、ひらり、ヒラリとピンク色の桜の花びらが舞い落ちた。
少し変形し、やけに横に広がったその桜の花びらは、一見薄ピンク色のハートマークをかたどっているかのようにも、見える。
握り合わさった手の上に、小さな「ハート」がひらりと一つ。
しっかりと手が握り合わされば合わさるほど、また一つ、また一つと小さな「ハート」が二人の手の上に降り積もっていた。
春夏秋冬、四季折々。
季節はどんどん、移り変わる。
でも、あかねの隣の風景は、季節がどんなに巡っても、決して変る事がない。
春、夏、秋、冬、春夏秋冬。
それを眺めるあかねの隣。
そこにはいつも、彼がいる。