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→15.恋文

「ねえ、さゆり。さっきから何書いてるの?」
とある日の、放課後。
授業が終わったにもかかわらず、教室に残って一人せっせと何かを書きつづけているクラスメート の、さゆり。
特に宿題をしている、というわけでもなさそうだったので、あかねは思い切って声をかけてみた。
「え?!これ…!?うん…」
さゆりは、何だか口を濁したまま、もじもじとしている。
「?どうしちゃったの?一体」
あかねは、そんなさゆりの背後から、さゆりが今までせっせと書いていたものを、覗き込んでみ た。
…初めて会ったときから、好きでした。
とたんに、そんなロマンチックな文面があかねの目に飛び込んでくる。
「さゆり、これってもしかして…」
あかねがさゆりの顔を覗き込みながら言うと、
「そ、そうなのよ…」
さゆりは、顔やら耳やら真っ赤にしながら、小さな声で呟いた。
…どうやらさゆりは、「誰か」にラブレターを書いていたようだった。
「さゆり、これ、誰に渡すの?もしかして…大介君?」
あかねが何となくそんな気がしてそういってみると、
「う、うん…」
さゆりはさらに顔を真っ赤にしながら、今にも消え入りそうな声で返事をした。
さゆりはどうやら、クラスでいつも一緒にいる仲良しグループの男の子の一人、大介に片思いをし ていたらしい。
仲がいいとは思ってはいたが、まさか本当に好きだったとは…あかねは内心ちょっと驚いてい たが、それよりも、
さゆりが「ラブレターを渡そう!」と積極的になったことのほうがあかねにとっては驚くべき事だっ た。
「ねえ、そうして急に大介君に?」
あかねがさゆりの前の席に腰掛けながら尋ねると、
「うん…直接告白する勇気はないんだけど…どうにかして気持ちを伝えたくて…。
何か、何となく何だけど、もう自分の中だけに気持ちを閉じ込めておく事ができなくなっちゃったん だもん…」
さゆりはそういって、恥ずかしそうに笑った。
「あたし、文章書くのは結構好きだし…だから、手紙なら、あたしの気持ちが伝わるかな…と か思って…」
「さゆり…」
あかねは、そんなさゆりの健気な気持ちに胸が切なくなった。
「…きっと、伝わるよ。さゆりの気持ち」
「ありがと、あかね」
あかねは、心からそう思った。
さゆりは、そんなあかねの気持ちを感じたのか、笑顔で頷いていた。


(ラブレター、かあ…)
…その日の夜。
家に帰ってきて部屋で宿題をやっていたあかねは、問題を書く手を止めて、ふとそんなことを考え ていた。
あかねは、ラブレターというものを書いたことがなかった。
誰かを好きになることはあっても、自分から告白する勇気もないし。ましてや手紙を渡そうなど考 えた事など、全くなかった。
それに、今のこの状況であかねがラブレターを書くなど…あんまり想像が出来なかった。
(手紙で伝えるより、言葉の方が早く伝わる気がするんだよねえ…今の状況だと)
あかねはそんなことを、ぼんやりと考えていた。
…その時だった。
「なあ、あかね。今日の宿題さあ…」
乱馬が、突然部屋のドアを開けて、あかねの部屋へと入ってきた。
が、ぼんやりと頬杖をついて座っているあかねを見て、
「おーい、あかね。あっかねちゃん?」
不思議そうに、顔の目の前で手を上下に動かしたりする。
「乱馬」
あかねは、そんな乱馬の手をギュッと急に握った。
「え?」
あかねの突然の意味不明の行動に、乱馬はちょっと驚いている。
あかねは、そんな乱馬の顔をじっと見つめた。
そして、突然…
「…初めて会ったときから、あなたが好きでした」
こんな事を言い出した。
「は?!」
いきなりそんなことを言われた乱馬は、あまりに驚いたのか、ヘナヘナヘナと床に座り込んでしまっている。
あかねは、そんな乱馬に追い討ちをかけるように、まだまだじっと彼を見つめながら、更に続け る。
「あなたのことを考えると…夜も眠れません。私には、あなたが必要なのです」
「お、おい…何だよ急に…」
「あなたが…好きです」
「…」
あかねのその言葉に、乱馬はもう、言葉さえも返してこなかった。
(あかね…そんなに俺の事を…!)
乱馬はそんなことを思いながらフツフツと湧き上がってくる感情を抑えようと必死になっていたの だが、
そんなことになっているとは思わないあかねは、何も言い返してこない乱馬をみて、
(…やっぱり、乱馬にはこーゆーセリフを紙に書いて渡した方がインパクトが強いのかしら…)
全然違う事を考えていた。
(でも、あなたが好きです、なんて紙に書いているうちに照れちゃうわよ。あたしはさゆりと違っ て、文章を書くのが得意ってワケでもないしな…)
「あのね、乱馬。今日ね…」
あかねは、今日あったことを乱馬に話そうと改めて乱馬に声をかけようとしたけれど。
「ら、乱馬…?な、何?どうしたの…」
思わず、座った姿勢のまま後ずさりをしてしまった。
…あかねの目の前に座っている乱馬は、ちょっと…様子がおかしい。
顔も真っ赤になってるし。イや、それよりも…
「お、お前がそんなに言うなら…俺も応えないと!」
乱馬は、ワケの分からない事を言いながら、いきなりあかねに抱きついてくる。
「きゃー!ちょっとちょっと!何すんのよ、あんたは!」
あかねが慌てて乱馬を引き剥がそうとするが、
「な、何だよ、自分から誘っといて!」
乱馬はそんなことを言いながらまだあかねから離れまいとして必死だ。
「誰が、いつ誘ったのよー!」
「ついさっき、お前がだー!」
「ば、バカー!!」
二人はしばらくそんな押し問答を繰り返していたが。


「…何だ。別に、俺に本気で告白してきたわけじゃねえのかよ」
あかねに強引にキスしたことで少し気持ちが治まったのか、詳しい事情を聞いた乱馬が、ちょっと残念そうにそういった。
「乱馬だったら、どっちが嬉しい?直接告白されるのと、手紙もらうのと?」
あかねがそんな乱馬に聞くと、
「うーん…俺、本とか文読むの苦手だからなあ…かといって、直接告白されても照れるし…」
乱馬は何だかはっきりしない様子だ。
「シャンプーや右京や小太刀は、直接告白してくるタイプよね。あかりさんの場合は、良牙君にラ ブレターを渡すタイプだし…。そういう面では、良牙君はラブレターの方が嬉しいのかしら」
「あいつは、マメだからな。自分でも果たし状とか書いて送ってくるし」
「あたしにもよくお手紙とかくれるわ。あかりさんとはペンパルだしね」
あかねはそういって、乱馬の顔を見た。
「…じゃあ乱馬はやっぱり、直接告白される方がいいのかもね」
「どーゆー意味だよ、そりゃ」
乱馬はそういって、ちょとむっとした表情をした。
しかし、
「でも…あかねが俺に手紙をくれるなら、読んでやってもいいかなと思う」
「え?」
「ためしに、書いてみろよ。俺宛のラブレター」
「はあ!?」
乱馬の素っ頓狂な提案に、あかねは思わず変な声を出してしまった。
「…何であたしがあんたにラブレターを書かなきゃいけないわけ?今更」
あかねがじとっとした声でそういうと、
「さっき、俺の心をもてあそんだバツゲームということで」
乱馬はそういって、あかねの頬っぺたをグイッと両側に引っ張った。
「…イタイ」
あかねは、やっぱりじとっと答える。
でも、バツゲームというのはともかくとして、書いてみたいような、書いてみたくないような…。
「書きながら、照れちゃうかもしれないじゃない…」
あかねがちょっと赤くなりながらそう呟くと、
「照れるような言葉を、俺に対して書いてくれるんだ?」
乱馬はちょっと嬉しそうな…いや面白そうな感じであかねに返してくる。
「か、書くわけないでしょ!誰があんたなんかに!」
「でも、それを書かなきゃラブレターになんねえだろ!」
「うう…。じゃあ、書かない!」
あかねは、そんな乱馬に向って、イーっと口を両側に引っ張って見せた。
「ふーん。じゃああかねはラブレター派じゃなくて、直接告白派なんだな」
更にそういってあかねをからかう乱馬に、
「うるさいうるさい!じゃあ、あんたがあたしに書いてみなさいよ!ラブレター!」
あかねはボカボカと乱馬を殴りながらそう叫んでやった。
すると乱馬は、そんなあかねの手をいともかんたんに捕まえてしまうと、
「だーかーら。俺は文章読んだりすんの苦手なんだから。書くのだって苦手に決まってんだろ!」
「じゃあ、あんただって直接告白派じゃないの!」
「んー?…」
そういって、あかねの顔をじっと見た。
今までのお茶らけた顔ではなくて、急に真面目な表情で。
「ちょ、ちょっと、何…乱馬…」
その変わり身の早さにあかねが胸をドキドキさせていると、
「…いつだって、誰よりも大切に思ってる」
乱馬は、突然そんなことを言い出した。
「え!?ちょ、ちょっと、何よ!」
先程乱馬が慌てたように、今度はあかねがオロオロとしてしまっていた。
体中の力が抜けて、ヘナヘナとしてしまう。
「他の誰よりも、大切に思っているから…だから、いつまでもずっと、一緒にいて欲しい」
「ちょ、ちょっと、乱馬!さっきあたしにからかわれたからって、真似しなくたっていいでしょうが!」
それでもあかねは、そういった乱馬の手を振り切って、慌てて彼から離れた。
「も、もう。乱馬も直接告白派って事が分かったから、そんなにあたしをからかわないでよね!悪かったわよ、さっき試しにからかったのは!」
そして、乱馬に背を向けたまま、叫んだ。
すると乱馬は、
「俺、たぶんラブレター派なんじゃないかと思う」
そんなことを言って、立ち上がった。
「え?何で?」
あかねは、何で乱馬がそんなことを言い出したのか不思議で、思わず立ち上がった彼を見上げ てしまった。
乱馬は、きょとんとした顔をしているあかねの頭を、軽くポン、と叩くと、
「だーってさ。真剣に告白しても、どうもそれが冗談にとられちゃってるみたいだしー。そしたらや っぱり、文章で伝えるしかねーだろ?」
そういって、ニヤッと笑うと、部屋を出て行ってしまった。
もちろん、部屋を出て行き際に、あかねが今まで解いていた宿題のノートを持っていくのを忘れず に、だが。
(な、な、何なのよ、あいつは!!)
一人部屋に取り残されたあかねは、まるで全身から力が抜けてしまうような、脱力感に襲われて いた。
(真剣に告白しても…って…じゃあ、さっきのは…?)
そう考えると、自然にあかねの顔はまた、真っ赤になってくる。
(もー!!からかってんのか本気なのか、わかんないよ!)
あかねは、ブンブン、と左右に何度も首を振った。
…あかねは、直接告白派。
…乱馬は、本人曰く、ラブレター派。
でも。
乱馬が書いたラブレター…ちょっと見てみたい気が、しないでもない。
(文才ないとか文章読むの苦手とか言ってるくせに…あんな告白できるくらいだったら、きっと歯 が浮いちゃうようなラブレターを書いてくるに違いないわ!)
あかねは、部屋の中で一人、そんなことを思っては、笑っていた。


…後日。
あかねの強引な説得により、乱馬からあかね宛に、ラブレターが綴られたのだが。
「…乱馬は絶対に直接告白派よね」
「…俺もそう思う」
そのラブレターは、乱馬の手によって、永久に、机の奥へ封印されてしまった。
そしてやっぱり二人とも、「直接告白派」ということに落ち着いたのだが。
「・・・あら?こんな引き出しの奥に恥ずかしいラブレターが」
そのラブレターを、三日後に何故かなびきが密かに入手していたという恐ろしい事実に乱馬が気がついたのは、それから更に一週間後のことだった。

 

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