…自由って、難しい。
あたしは何だかふと、そんなことを思った。
今の状況を全て白紙の状態に戻されて、
この身一つの状態で、
「はい、どうぞ何でも好きにしていいよ」
そう言われたら…あたしはどうするんだろう?って。
何だか分からないけれど、ふとそう思った。
乱馬と許婚の約束も全てまっさらの状態になって。
別に、頑張って無差別格闘流を継がなくても良くて。
他にやりたいことがもしあるなら、学校にも行かなくて良くて、
旅に出ても良くて。
そして…「君は今から自由だ」。
そう言われたらどうするんだろう?って。
あたしはふとそう思った。
でも、
どんなに考えてもあたしは何だか何をして良いのかが全然浮かばなくて…
だからとりあえず、あたしはその質問を乱馬にしてみる事にした。
「ねえ、乱馬」
日曜の昼下がり。
手を繋ぎながらのんびりと歩いていた、散歩道で。
その乱馬と繋いだ手を軽く揺さぶりながら、
あたしは思い切って乱馬に聞いてみた。
「何だよ」
「質問してもいい?」
「いいけど…何?」
・・・そんな会話を交わしている内にあたし達は河原に通りがかったので、
その土手に腰掛けながら、あたし達はゆっくり話をする事にした。
「もしも、よ?」
「うん」
「もしも…乱馬は、自由になりました。さてどうする?」
「…は?」
…そんなあたしの脈絡もなんもない質問に、乱馬は一瞬あっけに取られていたけれど、
「だから…急にどこへ行っても良くなって、何をしても良くなったらって事よ。
あたしとの許婚の約束も白紙になって、それで特に無差別格闘流も継がなくても良くな
ったらどうする?て事」
そんな乱馬に、あたしはちゃんと分かりやすく説明してやった。
「ああ、何だ…そういうことか」
そうしたことで、乱馬はようやく、あたしが何を質問したかったのかを理解してくれたようだった。
「自由になった乱馬は、やっぱりまずは中国に行くんでしょう?
完全な男に、まずは戻りたいでしょう?」
あたしは、乱馬に向ってそう言った。
もしも乱馬だったら…多分こう言うだろうなって事を自分なりに予測してみたからだ。
だけど乱馬は、
「違うな」
あたしの予想を裏切り、あっさりとそう言いのけてきた。
「え?違うの?じゃあ…武者修行に出る!…これは?」
「それも違うな」
「分かった!乱馬、勉強嫌いだもんね。高校行かないで、毎日毎日、稽古三昧にするん
でしょう!?」
「それも違うな」
あたしは色んな方面から乱馬の答えを予想したのに、乱馬はそんなあたしの考えを悉く、蹴散らしてやった。
そんな乱馬に対して、
「えー…じゃあ乱馬は、『自由』になった一番初めは、一体何するつもりなの?」
あたしは「じゃあ何なのよ」と言わんばかりに尋ねた。
…と。
乱馬は、そんなあたしに向かってそっと手を差し出してきた。
「え?」
あたしは、乱馬のその差し出した手を不思議に思って見てみた。
「俺が『自由』になったら、だろ?」
乱馬は、あたしに手を差し出したまま、ゆっくりと話し出した。
「うん」
「あかねとの許婚の話もチャラで、無差別格闘流も継がなくて良くて。どこへ行こうが何をしようが。俺が『自由』になったら、一番初めに何をするか…だろ?」
「うん」
「じゃあ、決まってる」
そして。
乱馬はそこまで言うと、自分の手を不思議そうに見ているあたしに向ってにっと笑った。
「乱馬?」
あたしが、そんな乱馬を更に不思議に思って首をかしげると、
「俺だったら…まず真っ先にあかねを見つけて、それでこう言う」
「?」
「…俺と、許婚になってくれませんか?」
…乱馬は。
そう言って、あたしの顔を見て笑っていた。
「…」
あたしは、そんな乱馬の言葉に、まるで心臓を手で鷲掴みにされたような衝撃を受けた。
あたしの心は、一瞬にして乱馬に捕われてしまった。
(やだ…何を言い出すのよ)
乱馬、あんた、自分が今何を言ったのか分かっているの?
…あたしの頭の中は混乱していた。
「…」
そんなあたしが何も言えないまま真っ赤になっていると、乱馬は更にそんなあたしに向かって続けていった。
「…お手をどうぞ?」
「…」
…あたしは。
その差し出された手に無意識の内に自分の手を、重ねていた。
…バカなんだから。
せっかく、『自由』になれるのよ?
どこへ行ってもいいし、何をしてもいいんだよ?
無差別格闘流にこだわる事もなくていいし、真っ先に呪泉郷へ向ったっていいのよ?
あたしになんて目も向けずに、すごく美人や可愛い人を好きになってもいいのよ?器量が良くておしとやかな人を選んでいいんだよ?
…なのに。
「…」
あたしは、真っ赤に火照った顔のまま、重ねた乱馬のその手をぎゅっと握った。
そして、
「…ありがとう」
自然に、そう呟いていた。
余計な言葉は伝えたくなかった。
…嬉しかった。
気の聞いた言葉なんて思いつかないほど、すごく嬉しかった。
それだけだった。
「…では、こちらへどうぞ」
すると。
あたしのそんな返事を聞いた乱馬は、すごく優しい笑顔であたしを見た。
そして、そう言うが早いか、あたしの身体を自分の方へ手繰り寄せた。
「…」
あたしは、そうやって抱き寄せられた乱馬のその胸へと黙って頭をもたげた。
「自由」になったら、どうする?
…この事について自分で考えた時は、
全然答えなんて出てこなかったし、想像も出来なかった。
でも、乱馬は違った。
あたしが何日も考えて答えを出せなかったことを、たった一瞬で、その答えを出してしまった。
正直言って、ビックリした。
まさか乱馬が「許婚になってくれませんか?」・・・
そんな事いってくれるなんて、思っても見なかった。
…でも。
だからというわけじゃないけど、あたしもようやく気が付いた。
『自由』。
あたしにとっての、『自由』。
何かを基準に考えるのなら、何かがあってこそ、『自由』なことを考えるのなら。
いきなり色んな事を「あれがしたい」「これがしたい」…そんな風に考えないで、
あたしもまずは、乱馬の姿を見つけよう。
そして、あたしも言おう。
乱馬があたしにそう言おう、と思っているように、
あたしもまずはその部分をちゃんと固めてから、自分の『自由』について考えよう。
「どうしようと、何しようと、俺の『自由』なんだろ?」
…なので。
あたしは、そうやってあたしの耳元で囁く乱馬に
「…ばーか」
そうやってやっぱり笑顔で言い返してやった後、改めて乱馬の顔をちゃんと見つめてからこう言った。
「じゃあ、あたしも『自由』になったら言う」
「ん?」
「私の許婚になってくれますか?」
すると乱馬は、
「なってくれるも何も、そういう風に許婚解消させるような状況、作らせないから。他の項目は『自由』にさせて
も、その部分は『自由』になることないね」
「どんな事あっても、あたしの許婚やめないの?」
「うん」
「じゃあ、急に状況が変わって、あたしとどうしても許婚を解消しなくちゃいけなくなった
ら?」
「じゃあ、二人で逃げようか?」
…そんな事を言ってにっと笑った。
「…」
…またバカな事を言って。
そんな風に、今度はあたしは言えなかった。
「…仕方ないわね。そんなにあたしの許婚でいたいって言うなら、どんな事があっても許婚でいさせてあげるわよ」
…でもその代り、
もしもさっき言ったみたいに許婚も解消するような『自由』な状況を乱
馬が手に入れたときは、今言った事を、忘れないで。
「…」
あたしがそんな事を思いながら乱馬にぎゅっと抱きつくと、
「よろしくおねがいします」
乱馬はそういって、嬉しそうな笑顔を見せた。
そして、やっぱり嬉しそうな顔で自分をみあげたあたしにそっと、唇を重ねた。