「ね、ね、ちょっと背中貸してッ」
ある日の夕方。
俺が道場で一人稽古を終え、汗を流しに行く前にちょっと一休みしていると、
突然あかねがやってきてそう言った。
「なんで?」
俺が不思議に思ってあかねに尋ねても、
「いいから!早くっ」
あかねはそう言って一歩も引かない。
「別にいいけど…」
…不思議には思うけれど、
でも特に断る理由もない。
俺は「ほれ」とあかねに背中を向けた。
あかねはそんな俺の背中にそっと触れると、
「ねっ、今から背中に文字を書きます。あたしが何て書いたか当ててみて!」
あかねは妙に嬉しそうな顔でそういうと、俺の背中へ指を押し当てた。
(まーたコイツは変なことを考えつきやがって…)
俺は心の中でそっとため息をつきつつも、「はいはい…」と返事をする。
「じゃ、書くわよ…」
あかねはそういって、まずは一文字分、指を動かした。
やけにカクッと途中でまがった割りには、
そこから今度は逆方向に指を動かし、止める。
「…ス?」
俺があかねをちょっと振り返りながらそう口に出すと、
「正解ッじゃ、次」
あかねは俺に向かって微笑むと、そう言って再び指を動かし始めた。
あかねの指は今度、まずは直線を横に引いた。
そして一旦指を離し、そのすぐ下にまた同じように直線を引く。
次にその二つの直線を斜め上から立てに交差させるように直線をかき…
…と、そこで指を止めた。
(え?)
あかねが指を止めた瞬間、俺は慌てて振り返った。
「どうしたの?」
あかねは驚いた顔で振り返った俺に笑顔を返した。
「いや…その…」
俺は自分でも何て答えていいか分からず、思わずどもってしまった。
あかねが今指で描いた二番目の文字。
俺には「キ」と読み取れたんだけど…
「ス」「キ」…?
スキ…好き!?
(なっ何言いだすんだこいつはッ)
俺は一瞬にしてパニックに陥った。
「あ、あの…」
俺が突然激しく鼓動しだした胸をおさえながら真っ赤になっていると、
「…乱馬、今の文字は?」
あかねは俺の背中をくねくねと指で触れながら更に尋ねる。
そして、
「あの…」
そうやって上手く答えられない俺を見上げ、
「あたしは、好き…」
といって、無邪気な笑顔を見せた。
「え!?」
俺が更にドキッ…と心を踊らせると、
「乱馬は?乱馬も好き?」
あかねは更にそう言葉を続けた。
「お、俺…」
…俺の頭はすっかり混乱していた。
あかねが、好きだと言ってくれた。
そして、俺はどうなんだ?と答えを求めてきた。
…そんなの。
そんなの決まってるじゃねえか。
俺だって…
「乱馬…」
いつまでも答えない俺に、
再度あかねが「早く答えて…」といわんばかりの表情で尋ねる。
「俺…」
俺はそんなあかねの表情にさらにどきっと心を踊らせる。
何だかこのままでは、この胸を破って心臓が飛び出してしまいそうだった。
…やばい。
あかねにこんな表情でねだられて…
もしもここで俺が「俺も好きだ」と抱きしめるようにあかねに触れてしまったら、
そのあとの事は、全く責任持てる自信がない。
俺の頭も身体も、それぐらいカーッと熱くなっていた。
…でも。
あかねも俺を好きだと言ってくれてるんだし、
俺だって男だ。
あかねもそれは分かってくれてると信じて、
「俺も…前から好きだった…」
…覚悟を決めて、俺はそう言いきった。
「…よかった」
あかねは俺の答えを聞いて、ほっとした表情をしていた。
俺はそんなあかねの表情に更にドキッと心を踊らせる。
…もう我慢できない。
ようやくお互いの本心が分かったんだ、
今度は心と言葉だけじゃなくてもっと色々確かめあいたい。
「あ、あかねッ…」
俺はそう叫びながら、目の前で俺に微笑んでいるあかねに抱きつこうとしたけれど…
「あたしも好きなの…スキ焼き」
「…は?」
…俺は、そんなあかねの言葉に、一瞬止まってしまった。
な、何?は?スキ焼き?
「だから、スキ焼き。背中に書いたじゃない」
唖然としてる俺に、
あかねは更に追い打ちをかけるようにそう言って、してやったりとでもいいたげな表情で笑った。
俺は再びパニックに陥った。
「なっ…いつスキ焼きなんて書いたよ!?スキだけだったじゃねえかッ」
「書いたわよ?キを書いた後、今の文字は?って聞きながら」
あかねはさらっとそういい除ける。
「ッ…」
俺は耳まで真っ赤になりながら、ちょっとその時の事を思い出してみた。
…そういえば。
あかねが「…乱馬、今の文字は?」と尋ねてきた時、
俺はどきどきして、頭もボーっとしていた。
あかねが俺の背中の隅で指をくねくねと動かしたりしていたのは、
てっきり、あかねが照れ隠しで俺の背中を触ってるのかと思ってたけど…
…くそ!やられた!
俺は、真っ赤な顔のまま、ぶるぶると震えながらあかねをみた。
あかねは楽しそうな顔で俺をみると、
「乱馬、前からスキ焼き好きだったんだよね?」
「こ、このッ…小学生かお前は!」
「あれ?何怒ってんのよ?…それとも、何か別の事だと思って答えてたの?」
何の事なの?とあかねは更に楽しげに聞く。
「…確信犯だろ!」
俺はこの上ないほど恥ずかしい思いで叫んだ。
「何のこと?」
「とぼけんじゃねえッ」
オロオロドキドキ、郵便ポストよりも真っ赤になって叫ぶ俺と、
ガキ大将顔負けのいたずらっぽい表情で笑うあかね。
…とある日の夕方、
平和な天道家の、道場内でのとある出来事。
この、道場に突如現われた「確信犯」は、
「さ、乱馬も早く居間に来なさいよ。今日の晩御飯はスキ焼きよッ」
俺にそんな捨て台詞を吐いて逃亡。
「ばかやろー!」
…もちろん、
その場でこの「確信犯」を取り逃がした俺は、
数時間後にこの「犯人」の身柄を拘束し捕獲、取調べに行く事になるのだけれど、
…それはまた別のお話で。