「へー。乱馬君でも風邪引くんだ」
ある寒い日の朝。
乱馬の部屋にひょっこりと顔をだしたなびきお姉ちゃんが、そんなことを言ってからからと笑っていた。
「ほら、何とかは風邪引かないって言うじゃない?」
「おねえちゃん、乱馬だって今は一応病人なんだから。たとえ分かりきっている事でも、今くらいは控えてあげないと・・・」
あたしがなびきお姉ちゃんのそんな無礼な発言にすかさずフォローを入れるけど、
「・・・オメーも全然フォローーになってねえよ」
熱で真っ赤な顔をしながら、乱馬が小さく呟いた。
・・・昨日の夕方、早乙女のおじ様との稽古中に、誤って川に落ちた乱馬。
帰ってきてすぐにお風呂に入ったりして身体を温めたみたいだったけど、今日朝起きてみたら高い熱がでてしまっていたようだ。
結構頑丈に見える乱馬も、風邪には少々、弱いみたいだ。
怪我をする割合よりも、風邪にかられる割合の方が、何だか高い気がするなあ。
・・・
「乱馬は、普段風邪をそんなに引かない子だから、風邪に対して抵抗力がないのね」
おば様がそういって、ふくれっつらをしている乱馬の頭を軽くなでると、
「お医者様に見てもらって、おとなしく寝ていたら・・・きっとすぐよくなるわよ」
そういって、乱馬ににっこりと笑いかけた。
「・・・」
そして、
「さ、あかねちゃんもなびきちゃんも。乱馬の風邪が移るといけないから・・・」
と、あたしとなびきお姉ちゃんを部屋から出して学校へと送り出してくれた。
「それにしても珍しいわね。乱馬君が風邪なんて。鬼の攪乱てやつ?」
・・・どこまでも失礼ななびきお姉ちゃんは、
学校へ登校する途中もずっとそういい続けていた。
「おねえちゃん。乱馬だっていくら頑丈にできてても、一応人間なんだから。風邪ぐらい引くわよ」
あたしが先ほど同様に乱馬に対してフォローをいれようとすると、
「あかね、あんたも十分失礼だって」
なびきお姉ちゃんは全く悪びれた様子もなく、からからと笑っていた。
・・・でも、たしかに。
なびきお姉ちゃんが珍しがるほど、「乱馬と風邪」ってなんだかミスマッチ。
怪我の回数よりは多いけれど、それはそれで何だか少し心配になる。
「病人にあげるお見舞いって、何がいいのかなあ?」
・・・なので、放課後。
たまに風邪を引いた時ぐらいはお見舞いの品でも買っていってやるか・・・と、あたしは、ひとり商店街をウロウロしながらそんなことを考えていた。
お花・・・は、女の子じゃあるまいし、乱馬には逆立ちしても似合いそうもない。
かといって、乱馬の好きな食べ物を買っていったところで、食欲ないかもしれないし。
(無難なところで果物、かなあ・・・)
あたしは、ふらりと八百屋さんへ立ち寄ると、八百屋のおじさんオススメの小さなりんごを幾つか買った。
そして、
(よーし、うちに帰ったら乱馬にたべさせてあげようっと)
あたしは意気揚々とそのりんごを抱えて家へと急いだ。
・・・が。
「乱馬、私のりんご食べるよろし!」
「こらシャンプー!乱ちゃんはうちのオレンジを食べたがってるんやでッ。乱ちゃん、はい、あーんして!」
・・・あたしが乱馬の部屋の戸をがらっとあけると。
布団にボーっと座ってる乱馬の横には、いかにも「お見舞い」を物語っているような豪華な果物のかごを枕もとに置き、
そしてうつろな表情で布団に座っている乱馬に対し、べったりと抱きついてりんごを口に運んでるシャンプーと、その反対側で
これまた「お見舞いです」と言わんばかりのお花やらを枕もとにおいて、シャンプーが抱きついてる反対側からしなだれかかっている右京の二人が、まだまだ全然熱が高そうな乱馬そっちのけで、壮絶なやり取りを繰り広げていた。
「・・・」
ドアを開けたきり、あまりのその二人のやり取りにあたしが思わずあっけにとられていると、
「あかね。お前も来たか」
シャンプーがようやくドアのところに立っているあたしの存在に気がつき、そう言ってあたしを見た。
「そりゃ、ここはあたしの家だし・・・」
あたしがそう答えると、
「乱馬の看病は私に任せるよろし。私、乱馬が好きそうな果物、たくさん持ってきたね」
シャンプーはそういって、ボーっと体を起こしたままの乱馬に擦り寄った。
すると、
「離れえッ!乱ちゃんは、うちの許婚やで!乱ちゃんにはうちが持ってきたオレンジ食べさせるやて!」
そんなシャンプーと乱馬の間に右京は割り入ってそう言うと、
「せやからな、あかねちゃん。ここはうちに任せて、あかねちゃんは部屋でゆっくり休んでてーな」
右京はあたしに向ってもそんなことを言った。
「・・・」
あたしは、そんな二人に何も言い返さず、ただただ黙ってその状況を見ていた。
・・・乱馬は熱でボーーとしているようで、そんなニ人を跳ね除ける元気もないような感じだ。
いつものように抵抗する素振さえみせない。というか、あたしがこうして帰ってきた事は認識できているのかどうかも怪しい感じだ。
「乱馬!」
「乱ちゃん!」
そうやって、シャンプーと右京に引っ張られてる乱馬。
口では何も言ってはいないけど、かなり辛そうに見えた。
「・・・」
さすがにこの状況には、あたしも何だか乱馬が可哀相になってきた。
でも、そんなことをあたしが思おうが、シャンプーも右京も、負けじと乱馬にべったりとくっついているし。
「・・・」
あたしは、黙って乱馬の部屋のドアを閉めると、その足で居間へと向った。
そして、
「なびきお姉ちゃん、ちょっと」
あたしは居間でTVを見ていたなびきお姉ちゃんに、声をかけた。
「何よ?」
「実は・・・」
あたしは、乱馬をゆっくりと寝かしてあげたいんだけど・・・と、先ほどから乱馬の部屋で繰り広げられている壮絶な争いの事を、事細かになびきお姉ちゃんに相談をした。
そんなあたしの説明をきいたなびきお姉ちゃんは、
「あらら。あかねは優しいのねえ」
初めはそんな風にあたしに茶々をいれるも、
「・・・あかね?この貸しは高いわよ」
にやっと笑って、立ち上がった。
そして、
「仕方ない。可愛い妹と将来の義弟のために協力してやりますか」
そういうが早いか乱馬の部屋へとズカズカと歩いていくと、
「はーい、あなたたち?」
・・・何やら、シャンプーと右京にこっそりと囁いていた。
「お姉ちゃん、一体何を・・・」
あとからなびきお姉ちゃんを追ってきたあたしが、部屋の入り口からこっそりと中を覗いていると、
「私が行くね!」
「いーや、うちが行く!」
・・・あれだけ先ほどから乱馬にまとわりついていたニ人が、なびきお姉ちゃんの言葉を聞いた途端、
そんな事を言いながら部屋から飛び出し、そのまま廊下を走り抜けて表へと飛び出していった。
「え?」
あの、テコでも動かなそうだった二人の、この変り様。一体、何が起ったんだろう・・・
「どうしたのかしら・・・」
飛び出していった二人の背中を、唖然としてあたしが見送っていると、
「あかね」
・・・なびきお姉ちゃんが、乱馬の部屋から出てきた。
「お姉ちゃん・・・一体何言ったの?」
あたしがなびきお姉ちゃんに尋ねると、なびきお姉ちゃんはあたしに向ってニヤッと笑いながら、
「簡単よ。乱馬君がね、隣町の有名なお店のケーキが食べたいって言ってたわ・・・それがあったらきっとすごく喜ぶんじゃないかしら・・・ポイント高いわよって言ってあげたのよ」
「え?乱馬、そんな事いってたの?」
乱馬、風邪引いているのにケーキを食べたかったんだ・・・うっかり果物を買ってきちゃったわ、とあたしが項垂れると、
「まさか。食べたいのは、あたしよ」
そういって、カラカラと笑った。
「ああでも言わないと、あの二人、簡単には乱馬君から離れないでしょ。それにそのケーキ屋さん、今日定休日なのよね」
「えっ」
「そしたら、他に何か・・・って、いろいろ探そうとするんじゃない?もしくは作るとか。どちらにせよ、しばらく帰ってこないわよ。乱馬君が眠るのには十分でしょ」
「・・・ありがとう」
あたしは、なびきお姉ちゃんのそんな心遣いに心から感謝した。
「お礼なんていいわよ。言葉よりも形が見えるもので返してくれれば」
お姉ちゃんは優しい行動とは裏腹に恐ろしい事をさらりと呟いて、ふっ・・・と笑うと、
「さ、TVの続きでも見ようかな」
ご機嫌な様子で居間へと戻っていった。
「お姉ちゃん、ありがとう」
見返りはどうであれ、あたしはなびきお姉ちゃんに心の中でもう一度お礼を言うと、
「・・・乱馬、やっと寝れたかな」
中の様子は?と、ひょこっ・・・と、部屋の中を入り口から覗いてみた。
すると、
「・・・」
乱馬は何も言わなかったけれど、入り口から中を覗いたあたしの顔をじっと見ていた。
その顔はよく見ると、やっぱりまだまだ赤い。
どう見ても、熱がある顔だった。
「・・・」
なんだ、まだ起きていたのか。
眠るのを邪魔したら悪いけど、傍で静かに座ってちょっと容態を聞くくらいなら平気かしら?
「体、どうなの?」
あたしは、そんな乱馬の枕もとまで進んでいき、ゆっくりと腰をおろした。
すると。
「・・・ありがとな」
あたしが枕元に座った瞬間、乱馬はぼそっと呟いた。
・・・やっぱり、乱馬にとって、こんな具合が悪い時にあんなふうに誰にくっつかれたり抱きつかれたりするのは、すごく辛かったみたいだ。
「べ、別にあたしは何もしてないわ」
あたしがそうやって誤魔化そうとすると、
「俺をゆっくり寝かせたいって・・・なびきに頼んだんだろ?さっき言ってたぜ」
乱馬はそういって、ちょっと笑った。
「なびきお姉ちゃんたら」
あたしも、何だかそれにつられて笑ってしまう。
・・・どうやら、あたしがシャンプー達の背中を見送ってる時に、こっそりとなびきお姉ちゃんが乱馬に事のくだりを話したようだ。
「でも・・・これでゆっくり寝れるね。お大事に」
珍しく、乱馬にお礼を言われて何だか照れてしまった・・・というのもあるんだけど、
それよりも早く乱馬をゆっくり寝かせてあげたくて、あたしはとりあえず労いの言葉をかけ、そそくさと枕もとから離れようと身体を動かした・・・
・・・ちょうど、その時。
それまで、必要以上に喋らないし動かなかった乱馬が、急に動いた。
それと同時に、ガシッ・・・と、何か妙に暖かいものがあたしの手首を掴む。
「え?」
・・・見ると、乱馬がボーっとした表情をして、熱で顔を赤らめてるにもかかわらず、妙に強い力で、あたしの腕を掴んでいた。
「え・・・なに・・・?」
そんな乱馬の行動に、あたしが驚いていると、
「・・・まだ傍にいて欲しいんだけど・・・」
乱馬は、熱で・・・なのかそうでないのかわからないくらい、真っ赤な顔のままそう言って、あたしを見ていた。
「あ、あの・・・」
あたしは、突然の事に驚いたのとドキドキしているのと、そして乱馬の身体を気遣って、とりあえず彼が掴んだ手を離そうとしたけれど、
「・・・」
とても熱がある人間とは思えないような強い力で、乱馬はあたしを自分のほうへと引き寄せ、まんまとあたしをいつものようにすっぽりと抱きしめてしまった。
そして、
「・・・キスしたら風邪、移るかなあ・・・口だしなあ・・・」
あたしをしっかりと抱きしめながら、乱馬はあたしの頭の上でそんな事をゴニョゴニョと呟く。
「・・・」
風邪を引いて熱があって、早く寝たくてしょうがないんじゃなかったっけ?乱馬。
・・・さっきまで、シャンプーたちに抱きつかれたり擦り寄られたりしていた時は、あんなに辛そうにしてたくせに。
いかにも「早く一人になりたい」みたいな顔してたくせにさ。
なのに、そんなことに気を使ってどうするのかしら。
いつものように抱きつきながらあたしにそんな事を言う乱馬が、あたしは何だか可笑しかった。
・・・
「・・・いいの?あたしはここにいて」
あたしが腕の中から乱馬を見あげてそう言うと、
「・・・特別にな」
乱馬はそう言って、ちょっと笑った。
・・・まだそばに居て欲しい、なんて。
いつもの強気な乱馬じゃ絶対にこんな事言い出さない。
きっと風邪を引いてこころもちょっと弱くなってるからかもしれないけど、あたしにはその言葉がちょっと嬉しかった。
あたしがいつも乱馬を頼ってばっか・・・ってわけじゃなくて、あたしも、乱馬の支えになってあげられるんだなッて。
なんだかすごく、嬉しかった。
「仕方ないわね。特別に、もうちょっとそばに居てあげるわよ」
あたしはそういって、乱馬の熱で火照った胸に、そっと頭を傾けた。
乱馬も、そんなあたしの肩越しにそっと頭を傾けるように垂れながら、もう一度、あたしをしっかり抱きしめた。