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→8.息もできない

あたしの体は、動かなかった。
あたしとアイツと、一緒に鳳凰山の王と戦って、
見事にアイツは鳳凰山の王に打ち勝った。
完全な体に戻るための水源・呪泉の水も手に入れて、
これであたしがその呪泉の水につかれて元通りになれば、それで大々円のはずだった。


だけど、あたしの体は、動かなかった。

あたしたちが勝ち取った呪泉の水が、あたしの体にかかって、
あたしの干からびた体に、ものすごい勢いで水が染み渡っていくのは感じた。
だけど…あたしの体は動かなかった。
体の大きさは元通りに戻ったのに。
あたしには、誰が何をしゃべっているかもちゃんと理解できるのに。
でも、
体が動かない。
息も出来ない。


…あたし、これからどうなっちゃうの?
あたし、このまま死んじゃうの?
ちょっと待って、そんなの嫌よ。
だって、折角元通りの体に戻れたのに…。
アイツと2人で勝利を勝ち取ったのに。
それを一緒に喜ぶ事も出来ないまま、あたしは死んでしまうの…?
動かない体の中で、あたしはそんなことを考えていた。

あたしの体が元の大きさに戻って、だけどあたしが全く動かないことを知った皆は、誰一人何も喋らなくなってしまった。
いやこの場合、呆然としていた、といった方が良かったのか。

(みんな、あたしはまだ生きてるのよ!)
あたしは、声が出ない事が分かっても、それでも自分の「体」の中で何度も何度もそう叫んだ。
けれど、何度その状態であたしが叫ぼうとも、もちろんあたしの声は皆には届かなかった。

そんなあたしを、ようやく男の姿に戻ったアイツは、黙って抱き上げて、みんなから離れた所へと移動したようだった。
良牙君やシャンプー、ムース、それに呪泉郷のガイド親子が、
「最後のお別れだから、ふたりきにしてやろう」
口々にそういってるのが聞こえた。

(やだ、あたしまだ死んでないのに…)
あたしは、アイツに運ばれながら、アイツに向っても何度も何度もそう訴えかけた。
…確かに体は動かないけど、
でもこんなにみんなの言ってることも聞こえてるのよ。
ねえ、気が付いて!
…あたしは何度もそう叫んでるつもりだけど、
もちろんそんな言葉は、アイツにも届かなかったようだった。
「…」
アイツは、何も言わないままあたしの冷たい体を抱き上げていて、その内、呪泉洞の水がまだ溢れ出て池のようになっている水場へと、腰をおろした。
「ごめん…」
アイツは、あたしを抱いたまま、まずそう呟いた。
(何、謝ってんのよ…)
あたしは、アイツにそう言ってやりたくて仕方なかった。
折角、激闘を潜り抜けて呪泉の水も手に入れたのに。
もうすぐ完全な男に戻れるじゃない?って。
2人で、勝ち取った勝利でしょ?って。
一緒に喜びたいと思ってるのに…どうして謝るのよ。
あたしは、アイツの顔を見てそう怒ってやりたかった。
だけど、アイツが今、どんな顔をして「ごめん」と呟いたかは、あたしには見ることが出来ない。
でも、
きっと情けない顔で、今にも泣きそうな顔で、呟いているんじゃないかって、思う。
「本当はありがとうって…」
アイツが、あたしのそんな思いなんて全く気が付かないまま、あたしにそんなことを話しかけている。
アイツの声は、明らかに震えていた。
「俺、不器用だから…」
アイツは、震えた声のまま、続けて呟いている。
…その一言ヒトコトが、まるで鋭い剣で刺すように、あたしの胸に突き刺さっていた。

(ねえ…あたし、生きてるよ。
 あたし、まだ死んでないんだよ。あんたの声だって、全部聞こえてるし理解だってしてるよ。だから…だからそんな声出さないでよ…)

胸を刺す鋭い「痛み」を跳ね除けるように、あたしがどんなに必死にそう叫ぼうとも、その声はアイツには届かない。
あたしの気持ちは、アイツに届いていないようだ。
まるで、何か見えない「鎖」に、あたしの「気持ち」自身が封じ込められでもしているかのように。

「起きろよ」

アイツがそういって、あたしの体を強く揺さぶって、抱きしめた。
その瞬間、ポタ…と何か水滴があたしの頬に落ちるのを感じた。


(…また、泣いてる)
あたしは、感じた。
(あんた、中国に渡ってから、泣いてばっかしじゃない)
…それも、全てあたしのせいで。

そう思った瞬間、あたしの心は、また強く痛み出した。
あたしの体を、あたしの「気持ち」を封じ込めている、この「見えない鎖」が恨めしかった。

「起きろよ…言いたい事があるんだ…」

・・・好きだって言わせてくれよ!

あたしを抱くアイツの腕から、胸から、そんな思いが、急激にあたしの体の中に流れ込んできた。
いや、正確には、あたしの「心」の中に流れ込んできたような気がした。
(…乱馬…)
…ドクン!
その瞬間、今まで言うことを聞かなかったあたしの心臓が、大きな鼓動とともに動き出した。
冷たくなった体の隅々にまで、なにか「暖かいもの」が、すごい速度で染み渡って行くのを感じた。
(私・・・私だって…)
あたしを抱いたまま泣いているアイツに向かって、あたしは何度何度もそう叫んだ。
たとえ声は届かなくても、
「この気持ちに答えてあげなければ」って、あたしは感じた。
「あたしもずっと同じ気持ちだったの」。あたしは、今ならそう言える気がしていた。

動け、あたしの体。
動いてよ、あたしの体。
今動かないでいつ動くの!?早く、早く・・・早く動いて!
お願い、動いてよ!

・・・パン!!


あたしが最後にそう強く願った、ちょうどその瞬間だった。
何かが、あたしの体の中ではじけ飛ぶような感じがした。
それと同時に、あたしの硬く閉じられた瞳から、熱い涙が、こぼれ出した。
「らん…ま」
あたしは、思い切って、声を搾り出した。
「あかね…?」
すると、アイツはその声に反応して、無我夢中であたしを更に強く抱きしめる。
声が聞こえたんだ!あたしの声・・・アイツに届いた!
じゃあ、あたしの体は動くんだ!
あたしは胸の中からこみ上げる熱いものを体中に感じ、何度も頷く。
「乱馬…」
あたしは、アイツに抱きしめられながら、アイツの体のぬくもりを感じた。
あたしが再び息を吹き返し、動きだしたのを見て、アイツの表情は一変した。
見ているあたしまで嬉しくなってしまうような、そんな暖かい表情になった。
だけど、さっきまでめちゃくちゃに泣いていたせいもあり、表情は暖かいが、顔は情けない感じになっている。
(何て顔してるのよ。…あんた、意外に泣き虫なんだね)
あたしは、思わずそう言ってやりたくなった。
だけど、あたしにはそれより他に、もっともっと、アイツに言いたい事があった。

「わああ!あかねさん!よかった!」
「しぶとい女ね」

・・・が、そうこうしてる内に、あたしの体が再び動き出したのを知った面々があたし達の元へ駆け寄ってきてしまった。
皆は口々に色んな事を言っているが、その表情はどれも安堵感を漂わせていた。
態度や応対は人それぞれだが、皆それぞれで心配していたのはすぐにわかる。
「ごめんね。心配かけて」
あたしは、ようやく自由に動かす事が出来るようになった体をゆっくりと起き上がらせ、まだ少しボーっとしている乱馬の横に立つと、そういって・・・…笑った。
そんなあたしを見て、みんなも、笑っていた。
ただ一人。
アイツだけは、まずはぐちゃぐちゃになってる泣き顔を、こっそりと着てる服で拭っていた。
そして、そんな泣き顔を皆に見られないようにごまかそうとして、とりあえず笑っていた。
…だけど。アイツの笑顔を見ていて、あたしは気が付いてしまった。
アイツは皆と同じように、笑ってるように見せかけていたけど。
だけど…まだ泣いていた。
笑いながら、泣いていた。
ぬぐってもぬぐっても、瞳の奥から溢れ出る涙は、どうしても止める事が出来なかったみたいだった。
その内、とりあえずどこかで落着いてお茶でも飲もう、と皆が呪泉郷ガイドの家へと移動することになって。
歩き出したみんなの一番最後尾、ちょっと離れたところをあたしとアイツは並んで歩いていた。
あたしは、黙ってあたしの横を歩いているアイツの手を、何も言わずに握った。
「…」
アイツは、ちょっとそれに驚いたみたいだったけど、
すぐにあたしのその手を握り返した。

…言いたい事がたくさんある。
聞きたいこともたくさんある。
だけど、お互いに言葉が出てこなかった。

アイツは、ふいに立ち止まった。
手を繋いでいるあたしも、自然と立ち止まる。
あたしたちは、黙ってお互いをみた。

アイツは、あたしの事を真っ直ぐな瞳で見つめていた。
今まで以上に優しい瞳。
今まで以上に暖かい瞳。
そんな瞳でこんなにも真っ直ぐに見つめられると、
まるで全てを捕らえられたように、息も出来なくなる。


『好きだって言わせてくれよ』

「…ちゃんと伝わったよ」
あたしは、先ほどのことを思い出して、一言そう呟いた。
アイツは、ちょっと照れくさそうな顔をした。
「あかね!乱馬!何してるか!?早く来るね!」
…と。
あたしたちが皆よりも遅れて歩いてる上に、何だか妖しい雰囲気になってるのを感じ取ったシャンプーが、それをさえぎるように、大きな声で前方から叫んだ。
「あ…ごめんごめん」
あたしが慌ててシャンプーの言葉に反応すると、
「さ、行こうぜあかね」
アイツはそう言って、あたしの手を引っ張りながら歩き出した。
ちょっと、照れくさそうな顔を隠すように、あたしに背を向けたまま。
「うん!」
あたしもそんなアイツの後を、しっかりと、追う。



あなたがあたしの為に苦しんでいると知った時も。
あなたが深く、あたしを愛してくれていたと知った時も。
あたしは、そんなあなたと向き合おうとするたびに、胸が締め付けられる。
あなたを感じようとすればするほど、
思えば思うほど、あたしは、息が出来なくなる。


息が出来ないほど…あたしはあなたに、心を奪われている。

 

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