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朝帰り

駅に着いた時には、始発の列車はもう、出てしまった後だった。
早朝深夜は、電車のダイヤもそぞろ。
始発の次は、三十分経たなければ次は来ない。
初秋とはいえ朝は冷え込むものだ。電車を待つ三十分というもの、遮るもののないホームの上は一足先に冬が訪れたかのようだ。

「寒−い…」
どうにもこうにもこの寒さ、若いとはいえ身には堪える。
薄手のカーディガンの前を掻き合せながら、あかねはそんなことをぼやいた。
ふと駅のホームから外を眺めてみると、まだ夜が明けたばかりのダークブルーの空が、ホーム外に建設途中のマンションの上に広がっている。
一分、また一分と時間が経つにつれ、ダークブルーの空がブルーになり、そしてライトブルーへと変化していく。

時が、進んでいる。

いつもは何となく過ごす一分でも、早朝のそれはなんだかとても、「時」が流れるのを顕著に感じるような気がする。
大袈裟かもしれないけれど、これが地球の胎動なのか。
生まれてから十数年たった今日、あかねは初めてそれを感じたような気がした。
こうして電車を待っている間に駅のホームから見上げた夜明けの空が、いつもの自分の部屋の窓から見上げる空と全く異なるように見えるのは、不思議だ。

まだ頭が半分眠っているからなのか?それともただの気のせいか。

いずれにしても、だ。
あかねは刻一刻と移り変わっていく空を見上げながら、自分が今自宅におらず別の場所からこうして空を見上げている…つまり、自分が「外泊」をしたのだと、実感していたのだった。

…勿論、あかねが外泊をしたのは昨日が始めて、という訳ではない。
友人の家には何度も泊まりに行っているし、学校行事等で家を留守にする事ぐらいはある。
では、あかねが言う「外泊」という言葉のくくりはなんなのか?
それは「彼と二人で、家の外へと泊まる」。それを示していた。

彼、というのはもちろん噂の許婚殿のこと。乱馬である。
二人は許婚であって、恋人である。
二人の中は家族も公認しているわけであるが、
どういうわけかあかねと乱馬、家族と一緒に旅行にはいくけれど、二人きりで泊まるという旅行へは出た事はなかった。
デートだって、勿論日帰り。まあ、高校生なのだからそれは当たり前なのかもしれないが。

そんな二人であったが、昨夜初めて「外泊」をした。
ただそれは、予定をしていた外泊ではなく、やむを得ない事情があっての事だったのだが、それでも外泊は外泊だ。
では、どうして、こんなことになったのか。
あかねは改めてその事情を思い出しつつ、
「…」
ぼーっと空を眺めていた自分の横で、あかねの手をしっかりとポケットの中で握りながら、目をしょぼしょぼとさせている乱馬の横顔を盗み見た。

 

 

 

「すげえ人だなあ」
「帰りの切符、買っておけばよかったねえ」
…遡る事、数時間前。とある週末の、夜二十三時。
話題のテーマパークで行われていた 「夜間限定」の祭り会場付近では、祭り終了と同時に最寄りの駅へと殺到する人々でごった返していた。
「あかね、手、離すなよ」
「うん」
手を繋いで歩いていても、流れていく人々によってその手が解かれてしまいそうになる人ごみの中、あかねと乱馬はそんな人ごみを 縫うようにして歩きながらその道を急いでいた。
もちろん、早くその道を抜けて空いている場所へといきたい、 という事もあるのだが、
二人の家がある町へと向かう電車の最終時刻が、もう間近まで迫っていた事。それが二人が道を急いでいる原因の一つだった。

テーマパークから駅までは、徒歩にして約五分。
電車の最終発車時刻は二十三時二十分なので、本来であれば時間的には余裕があるはずなのだが、
問題はこの人ごみだ。
元々駅自体はそんなに大きくないので、切符の券売機が二台しかないというのも痛いところ。
その二台に対して、テーマパークからの道が埋め尽くされるくらいの人々が殺到するという事は…駅に辿り着いてから切符を手にし、ホームに行くまで二十分、というのは決して余裕のある時間ではない。
それに、こういう時に限って、
「あれ?財布はっと…」
「あれ?えーと、どこまで買うんだっけ?」
などなど。
券売機の前で、自分の目的地までの切符をすんなりと買うことが出来ない人々も現れるのだ。
後ろに並んで時間と戦っている者たちにしてみれば、たまったものではない。

「あかね、もう少し急ごう。電車に乗り遅れちまう」
「う、うん」
やっぱり、来た時に帰りの切符を買っておけば良かった。
それをしなかった二人は、とにかく道を急ぎ何とかホームにたどり着こうと気だけが焦っていたのだった。

 

…ただ本当は。
「あかね、乱馬くん。安心して電車に乗り遅れていいんだよ乱馬君、あかねを宜しくね」
今日の出掛け、あかねの父・早雲にそんなアドバイスを受けていた二人なのである。
普通の若い娘を持つ父親であれば、その彼氏に対して、
「終電に乗り遅れる事のないように!分かったね?」
いやむしろ
「夜遅くの時間帯に外出なんて何を考えている!」
ぐらいが当たり前なのだが、いかんせん早雲に関してはその真逆なのである。
「終電に乗り遅れて構わない」と言う上に、「宜しく」と来たものだ。
まったく 「おおらか」というか何というか…あきれ返るくらい の放任主義である。
その分、乱馬のことを信頼してくれていると言ってしまえば聞こえはいいけれど、だからと言って、それに「はいそうですか」と二つ返事で甘えるのはどうかと思う。
「乗り遅れないように戻ります」
もちろん、それに対して乱馬は真塾的態度で対応をした。
乱馬は、あかねに対して普段は「夜這い」当たり前かのような態度をとってはいるが、
こういうことに関してはきっちりとしていて、デートをしたからといってずるずると外泊をする、などそういう事は絶対にしない。
もちろん、高校生がゆえに金銭的にものすごく余裕があるわけでもないのだが、
例えお金を持っていたにしても、きちんとそういうことには「けじめ」をつける。
それゆえに早雲も乱馬の両親も乱馬の事を信用して、こんな態度をとるのである。

 

あかねは、乱馬のそう言う所も大好きだった。
なので、親は外泊を公認しているものの、今日のデートは元々「日帰り」を予定していたもの。
だったらちゃんと帰られなくてはいけない。
それ故に、終電に乗り遅れそうなこの時間、二人は必死で道を急いでいたのであった。

ところが。

歩いては止まり、押しては押し返されそうになる。
安定しない人ごみの中、手を繋いで道を歩いていくあかねに、問題が発生してしまった。
「つっ…」
元々、デート用に新調したミュールだったせいもあって、履き慣れていない。
それに加えて、この人ごみだ。履きなれずにカバカバしているミュールなど、格好の餌食になる。
あかねは、押しては返すその人ごみの中で「靴ずれ」を起こしてしまったのだ。
しかも、靴ずれした部分を他の人の靴に踏まれたり押されたりしてかなりの痛みを伴っていた。
乱馬がこれをすぐにでも知ったのなら、
「ちょっと休もう」
そう言って、あかねを人ごみの外へとすぐに引っ張って休ませるだろう。
だが、いつもはすぐに気づく乱馬も、この人ごみで前に進むのがやっと。
それに加えて電車の時間もある。
あかねが時折顔をしかめて歩く事にも、早々気づいていない様子だ。

「あかね、大丈夫か?」
「あ、う、うん…」

本当は大丈夫ではないけれど、でも大丈夫というしかない。
電車に乗ってしまえば、最寄駅に着くまでの四十分くらいは足を休ませる事が出来るのだ。
それまでの我慢ガマン。あかねは足の痛みを隠して、問いかけてきた乱馬に笑って見せた。
しかし、
「…」
あかねが笑って見せてから、数メートル歩いたくらいだろうか。
それまで、あかねを引っ張るようにして人ごみを必死に進んでいた乱馬が、不意にその速度を落とした。
「乱馬?」
人が居すぎて前に進めないのだろうか。
あかねが繋いでいた手を少し揺さぶって、乱馬にそう尋ねると、
「…あかね、こっち」
それまで駅に向かって前 へと進んでいたはずの乱馬が、
一瞬だけ黙って何かを考えた後、不意にあかねの手を引いて、人ごみを横 へと移動し始めた。
駅に行くには、前に向かっていかなければならない。 しかし乱馬は、その駅への道からは反れるように横へと移動していく。
二人は駅へと続いていたコンクリートの道を脇にそれ、道の脇にあったエスカレーターを下へと降りる。
そして、エスカレーターを降りてすぐの横断歩道を渡ると、乱馬は更に駅から逆の方 へと進みはじめた。
この道、どう考えても駅への近道ではないと思われる。寧ろ、目的地の駅からどんどん離れ…?

「乱馬!ねえ、どうしたの?電車の時間が…」
急に進路変更した乱馬からはぐれまいと、あかねは必死に乱馬の手を握りついて歩くが、乱馬は何も言わずにどんどんと道を進んでいく。
やがて乱馬は、テーマパークから駅へと続く道の左右に並ぶ、ネオンを灯した繁華街も突っ切り歩いていった。
もちろん、 こんな時間にネオンを灯して営業している店が並ぶ場所など、治安などいいはずがない。
路上まで洩れるカラオケの音、黒服を着た茶髪の若者、酔っぱらった中年男性の集団、すでに終電をあきらめ、居酒屋で飲み始めている若者の集団…そこかしこに、様々な人々が見かけられる。
いくら乱馬が一緒でも、行き先が解らないまま歩くのは不安だ。
「ねえっ…乱馬!駅、離れちゃうよ!?」
それとも、こちらの方角に進むと別の駅でもあるのだろうか。
あかねは、前を歩く乱馬に幾度となくそう叫んだ。
すると、

「コンビニ」
「え?」
「コンビニ、たぶんこの辺ならあるだろ」

ようやく答えた乱馬は、そう一言つぶやくと、あかねの手を引いたままキヨロキヨロとあたりを見回した。
そして、
「あ、あった。行こう」
「い、行こうって…乱馬、電車の時間が…」
…コンビニで、何か食べ物でも買いたいのだろうか。
終電までもう時聞がないというのに、何故にコンビニ。
乱馬は一体どうしたのか。
飲み物ならば駅でも買えるはずだ。それとも、駅に置いてある自動販売機には好みのものがないのか。
飲み物でないのなら、腹の足しになる菓子でも欲しいのだろうか。
そういえば夕食を食べてから少し時間も経っているし、もちろん駅には自動販売機はあるけれど、自販機ではそうそう食べ物は売っていない。アイスはあるかもしれないけど、腹の足しにはそうはならない。
しかし、こんな切羽詰った状況でなにもコンビニによって買い物?
「…」
乱馬は妙なところで 「グルメ」だったりもする。
もしかしたら、急に食べたくなった銘柄の菓子でもあるのだろうか。
しかし、この状況でそのグルメを主張されても困る。
今は終電が最優先のはずなのに。
「乱馬、。飲み物は駅でも買えるから…。おなかすいたんだったら、あたし、クッキー持ってるよ?」
コンビニを見つけてそこに向かう乱馬にあかねは声をかけるが、 乱馬は何も答えずにコンビニへと進んでいく。
ところが、あかねの問いかけを無視してまで強引にコンビニへとやって来たにも関わらず、乱馬はすぐに中へは入らない。
入らないばかりか、なにやらキヨロキヨロと…入り口のガラス戸から中を覗いて何かを探している。
「乱馬、どうしたのよ。買物するんじゃないの?もう時間が…」
お菓子の棚はもと奥じゃないの…?そんな乱馬の様子にあかねが焦れながらそう呟くと、
「その前に…あった。あかね、イートインスペースの所でちょっと待ってて」
「え?」
「いいから」
乱馬は、あかねをコンビニ入口よこの、いわゆる「イートインスペース」と呼ばれる場所へとあかねを座らせた。
その場所は、レジからも見えるので妙な人物に何かをされるという心配はない。
あかねは、既にそこで食事をしたり談笑している人々に紛れるような形で席に着いた。
乱馬はそんなあかねを確認すると、自分は先程店の外から覗いていた棚の辺りへと行き、何かを取ってレジに並んでいた。
そして会計を済ませると、何故か…あかねを置いて一旦店の外へ。
そして、コンビニの入り口横に設置してある公衆電話で、どこかに電話をかけていた。
買い物に電話。一体どうしたというのだろうか。
あかねは、席に着いたままで壁に掛けてある時計へと目をやった。
時刻は、二十三時十分。
終電まで、あと十分。
当初向かう予定だった駅へと戻るのには、もうタイムアウトすれすれの時刻。
全力で走れば間に合うかもしれない。
でも、乱馬はともかく靴擦れをしたあかねには酷な選択だ。
「…」
乱馬、一体どうしたのだろう。なんで、こんなところに。
あかねは、ちらちらと時計を見ては乱馬が戻るのを待った。

 

すると。

 

「お待たせ」
電話を終えたのか。ようやく乱馬が、あかねの元にやってきた。
「乱馬!」
「買い物と…あと電話してきた」
「電話?どこに?」
あかねは乱馬の手を再び取り、コンビニの外へと歩きながら乱馬にそう尋ねた。
乱馬はそんなあかねに対し、
「どこって、家に決まってんだろ」
「家に?何で?」
「終電、乗り遅れてしまったから今日は外に泊まります、すみません…って。おじさんとお袋に。そしたら、やっぱりあかねをよろしくっ て、オジサンに逆に頼まれちまった。今日は二人の外泊記念にこれから宴会始めるとかなんとか。夜中なのになあ。ま、宴会はともかくとして明日帰ったら、改めておじさんには謝るけど」
さらりとそう言って、再び道を歩き始めた。
「え、乗り遅れたって…乱馬、まだ全力でダッシュすればギリギリ間に合うかもよ!」
乱馬の言葉に、あかねは少し慌てた。
時刻はまだ、二十三時十分だ。 歩いたのならば間に合わないかもしれないが、あかねと、そして乱馬の足ならば、走ればまだ、間に合うかもしれない時間だ。人ごみの中をすり抜け、あと精算という形で強引に改札を突破すれば…あかねはそんな風に思っていた。
極力外泊はしない。それが乱馬のポリシーというかスタイルだったはずだ。
それが、何故にあかねに断らずに家に電話をしているのか。
それも、わざわざ駅から離れたコンビニへとやってきて、だ。
しかも、まあ両親は快諾したにしろ、
それでも帰宅したらば、電車に乗り遅れた経緯とか話さなくてはいけないのは当然であって、
恋人の男親へ、恋人と外泊した経緯を話す…そんなの、例え二人が公認の仲ではあっても、気まずいこと間違いはないはずだ。
それに、だ。
「ねえ、乱馬。電話だったら駅にだってあったはずでしょ?飲み物の自販機だって…どうしてわざわざ、コンビニを探して電話したの?」
「ん?」
そう。
自動販売機は勿論の事、駅にだって電話はあったはずだ。
それなのにどうしてわざわざ、コンビニを探して電話をかけたのだろうか。
やはり、気になる銘柄の菓子も手に入れる為?
あかねには、それがどうしても理解できなかった。
「電話しちゃったけど、あたしと乱馬の足なら、走ればまだ間に合うかもしれないよ。 駅、戻ろう?乱馬 」
もしかしたら、今ならまだ終電に間に合うかもしれない。
それにわざわざ明日、気まずい思いで乱馬が早雲と向き合うことはないのだ。
あかねは、歩いていく乱馬の手を軽くゆすりながら彼にそう言った。
が、
「駅へは行かない」
「え?」
「もう走る必要ない」
乱馬は全く走る気を見せずにそう言って、ふと、立ち止まった。
「な、何よその言いかた!乱馬、いつも自分の事ぽっかり考えて…自分勝手なんだから!」
彼の考えが全く分からない。
あかねが色々と考えているのとは違い、ほぼ自分の欲望のままに行動しているのだろうか?
あかねは、流石に乱馬に対して、むっとした表情を見せた。
すると乱馬は、そんなあかねに対して繋いでいない方の手でポケットを漁るとあるものを差し出した。
それは、

『消毒液付き絆創膏』

白い箱に赤い文字。見慣れたパッケージがあかねに目に飛び込んできた。
箱には、今さっきまでいたコンビニのシールが張られている。どうやら乱馬が先ほどのコンビニで買ったのは、飲み物でも珍しい銘柄の菓子でもなく、この絆創膏のようだ。
「絆創膏…」
あかねが、その箱を受け取りながらそう呟くと、
「…電話は駅でも出来るけど、これは駅じゃ買えないだろ」
乱馬はそう肱いて、あかねを道端の花壇のブロックに座らせた。
そして、
「足。見せてみ?」
「えっ?な、何で…」
「なんでって、足、痛いんだろ?とりあえず一枚、貼ろう」
「乱馬…」
「とりあえず、来る途中にその…ホテルらしきものもあったし。どうせ泊まるにしてもそこまで行かなくちゃいけないし。辛かったら、俺おんぶしてやるから」
さすがにあのコンビニのあのスペースで貼るには気が引ける。
乱馬はそんなことを良いながら、手際よくあかねの足の赤く擦れた腱部分に絆創膏を貼っている。
「…」
あかねは、そんな乱馬の姿を見つめながらふと考えていた。

 


…あかねの歩き方が少し変だった事に、乱馬はもしかして気が付いていたのだろうか。
きっと、あのまま無理をして走っていけば最終電車には乗れたのかもしれない。
でも、無理をして走るよりも、あかねの足を気遣うことを乱馬は選んだという事になる。
しかも、わざわざ 「電車に乗り遅れて」なんて家に嘘の電話をしてまで、だ。
きっと乱馬の事だから、明日帰った後に早雲の所に事情を説明しに行くのだって、
「帰りの電車の時間をちゃんと確認しなかったから」
とか何とか、あかねの足の大事をとって、とは絶対に言わないだろう。
全部、全部自分一人で引っかぶってことを済ませようとする。
絶対に、そうだ。あかねは確信した。
『自分勝手なんだから』
…先ほど、あかねが乱馬に投げかけた、言葉。
でも、自分の事しか考えていなくって、自伶勝手でわがままなのは…あかねの方だった。
あかねは、それを痛感した。
「…乱馬」
あかねは、あかねの足に絆創膏を貼った後、負担がかかっていた足首を軽くマッサージしてくれていた乱馬に向かってぽつりと呟いた。
乱馬がそんなあかねの声に反応してふと顔を上げると、あかねはマッサージをしていた乱馬のその手にポツリ、と大粒の涙を落とした。
「どうした?足、痛いのか?」
ごめん、ちょっと強く触りすぎたかな…乱馬が、心配そうな表情であかねを見上げる。
あかねは、涙を堪えるように唇を噛むと、首を左右に振った。
そして、

「ごめんね…ごめんね、乱馬」
「何が」
「ごめんね…」
「どうした?やっぱり、帰りたいか?それなら…あ、タクシーを駅で捕まえれば、帰れるぞ。ただ、家で金払ってもらわねえとなんねえけど」
「違うっ…違うの…」
自分勝手でわがままだったのは、あたしだった。あかねは、涙を堪えながら小さな声でそう肱いた。
乱馬はそんなあかねの足をそっと元に戻すと、自分もあかねの横に腰を下ろした。そして涙を堪えているあかねの頭を優しく撫でながら、
「あかねは自分勝手でもわがままでもねえよ」
「でも…あたしの足に貼る絆創膏を買うために、コンビニに来たんじゃない。そのせいで電車にも…お父さんにだって…」
「違うだろ?」
「違うって…?」
「無理して走らせて、足を怪我させたまま家に連れて帰るほうが、おじさんを怒らせるだろ」
乱馬はそう言って、撫でていたあかねの頭をきゅっと自分の方へと抱き寄せた。
「幸いな事に、あかねの親も俺の親も暢気というかなんと言うか。 時々呆れる時もあるけどさ、今日はそれに甘えようぜ。それに、 俺たって、あかねが足を怪我している事知っちまったら無理はさせられねえよ」
乱馬はそう言って小さく笑うと、
「さ、行こうぜ。ああいうホテルはさ、その…予約要らない分入り易いというか、他にも終電に乗り遅れたカップルとかいるかもしれ ないから、入れない可能性もあるし」
歩けるか?と、乱馬はあかねの手を再びとった。
あかねは、乱馬に手をとられたまま、ゆっくりと頷いた。
が、あかねはじっと黙ったまま動こうとしない。
そんなあかねに、乱馬は少し不安そうな表情を見せた。
乱馬にしてみれば、真面目なあかねはやはり外泊という選択肢は選べないのか…そう考えたのだが、
「ごめんね、乱馬」
「だから、何であかねが謝るんだよ」
「でも…」
「それになー…ごめん、なんて言葉よりも、俺はもっと別の言葉が聞きたい」
「…別?」
あかねは「ありがとう?」と口に出そうとしたが、ふと一瞬考えた。
そして、
「乱馬…乱馬、大好き」
と、不安そうな彼の顔に、柔らかい笑みを浮かべながらそう呟いた。
乱馬は、ほっとした表情であかねを見る。
「そうそう、それだよそれ」
乱馬はあかねのその言葉に、この上なく嬉しそうな笑みを浮かべた。
あかねも、そんな乱馬に笑顔を返した。
そして、乱馬の胸にそっと顔を埋めるよう抱きつくと、
「…あたしも、今日は帰らない」
そう言って、彼の胸に顔をなすりつけるようにした。
乱馬はそんなあかねを一度だけきゅっど抱きしめた後離すと、
「さ、行こう。ホテル探して早く休もうぜ」
「うん」
「風呂に入ったら、絆創膏貼りなおさないとな」
「うん」
「でも風呂に入ったら、服は着なくていいからな」
「…あんた、せっかく今まで良い事言っていたのに、それで全て台無しよ?」
「へへ。でもそれも俺の切なる願いなんだよなあ」
若干問題発言をしつつも、あかねの足を気遣いながら、夜の街を次なる目的地に向かい歩いていった。

 

 

 

…こうして二人は、外泊をしたのである。
昨日は靴ずれで苦しんだあかねの足も、昨晩風呂上りと寝る前に貼った絆創膏のおかげで大分痛みも軽減していた。
勿論絆創膏を昨夜に何度か貼りなおしたのには、途中貼り直さなくてはいけないような、全身に汗を掻くような行動をしたから、ではあるのだが、
それはひとまずおいておいて、だ。
「足、もう平気か?」
ホームでボー っと空を眺めていたあかねに、先ほどから眠そうにあくびを連発していた乱馬が尋ねて来た。
朝は割と強いはずの乱馬が、こうしてあくびを連発しつつ、腰をトントンと拳で叩いているのには、それ相応の事情というものがあるのだが、それもひとまずは おいて置いて。
「うん。もう大丈夫」
あかねが笑顔でそう返すと、
「お前、大丈夫じゃなくても大丈夫って返すからなー…」
「何よそれ」
「昨日も、駅に向かう途中で俺が聞いた時、そう言っただろ。本当は足が痛いのに」
「そ、それは…」
「…でも、今日は本当に平気みてえだな」
乱馬はそう言って、少しホッとしたような表情を見せた。
「ホントか嘘か分かるの?」
あかねが乱馬にそう尋ねると、
「分かるさ」
「どうやって?」
「知りたい?」
「知りたい」
「それはー…」
乱馬はそう言って、ホームに立っているあかねの手を引いて歩きながら、近くのベンチへと腰掛けた。
そして、あかねと並んで座ると、並んでいるあかねの肩へと身体をもたげて寄りかかった。

あかねの肩に、乱馬の顔が軽くくっついている。
形のいい鼻が、あかねの肩口へと洋服の上から触れていた。
あかねが、乱馬が寄りかかりやすいように少し身を捩ると、
「…いつもいつも、こうやってくっついているからさ」
「え?」
「だから、自然と俺の身体の中に流れ込んで来るんだよな…痛みとか、喜びとか」
「あたしの?」
「そ、あかねの」
乱馬はそう言って、あかねの服にすりすりと自分の鼻を押し付けた。
「ん…」
服の上からとはいえ、柔らかい肌に押し付けるように鼻を当てられたらあかねとてくすぐったい。
「もー。ここ、外なんですけど」
たとえ早朝の無人のホームとはいえ、外は外だ。
あかねが乱馬を軽くたしなめると、
「…たまには泣かしちまう事もあるけど」
「…」
「でも昨日はさ、あかねが 『大丈夫』って笑った時に…繋いでいた手から伝わってきたんだよな。『足が痛い。休みたい』って」
「乱馬…」
「でも、今さっきの 『大丈夫』は、本当に大丈夫なんだって、伝わってきた」
乱馬はそう一言って、ゆっくりと目を閉じた。


…乱馬がそうやってあかねの痛みを感じていたのに、昨夜あかねは最初、乱馬の真意が分からなかった。
自分勝手でわがまま でと酷い言葉で乱馬をなじってしまった。
「…ごめんね」
あかねが昨夜のことを思い出して小さく謝ると、
「だから、何で謝るんだよ」
「だって…」
「誰だって、相手のことがすべてわかる訳ないって」
乱馬はそう言って、あかねの肩に押し付けている鼻をくんくん、と犬のように動かした。
そして、
「まあ、とりあえずはさ、今日はあかねも、俺も…お互いの事がよく分かると思うんだよな」
「え?何で?」
「昨日の夜からずっとくっついているし。それに…」
「それに?」
「俺達、今日同じ匂いするからさ。同じ体温で閉じ匂い。何か、それってすげえ共通項だと思わねえ?」
乱馬はそう言って、くんくん、とあかねと自分の服の匂いをかいでいた。
家にいる時とはまた違った、二人一緒の石鹸やシャンプーの匂い。
「いつものあかねの匂いも好きだけど、今日のこれもいいな」
ラプホテルの石鹸やシャンプーの匂いなんて、安っぽいもの他ならない。
でも、値段やネームバリ ューなんてどうでもいい。
同じ匂いに包まれている事が、今の二人には満足なのだ。
同じ家の中でで、二人だけが皆と違う、二人だけの同じ匂い。
ちょとだけ照れくさいけど、でもちょっとだけ特別。
「…ばーか」
満足そうに匂いをかいでいる乱馬の頬をあかねが指でつつくと、
「ばかで結構」
乱馬は人がいないのをいい事に、あかねが尖らせた唇に素早くチュッとと音を立ててキスをした。
「ちょっ…そ、外なんだから!」
昨目だってたくさん、たくさんしたくせに。まだ足りないか…とあかねが顔を赤くしたまま叫ぶと、
「仕方ねえだろ、今、あかねから伝わってきたんだから。乱馬とキスしたいーって」
「う、嘘つき!そんな事思ってないもん!あたしが思っていたのは…」
「思っていたのは?」
乱馬は、意地悪い笑みを浮かべてあかねを見つめる。
「だから、その…」
…ホントは分かっているくせに。
あかねがそう咳くと、乱馬はそんなあかねの様子を楽しそうに見つめながら、
「まあな」
「意地悪!」
あかねが乱馬の楽しそうな顔を指で弾いてやると、
「仕方ねえだろ、あかね見てると、いじめたくなるんだよ」
乱馬は、まるであかねを飼い猫や飼い犬と接するかのようにそう言って、顔を弾いたあかねの指をきゅっと握ると、まるで小鳥が餌をついばむかのように再びあかねに軽くキスをした。

 

…あかねが照れて声に出せなかった言葉は、 「愛している」。
一昨日も、昨日も、乱馬の事は好きだった。
でも、一昨日よりも昨日、昨日よりも今日、 そして今日よりも明日…きっとあかねは、もっとどんどん、乱馬のことを好きになっていく。
でも、 「好き」の気持ちはやがて、 「好き」って言葉だけじゃ 表現しきれなくなる。
愛しくて、側にいたくて、暖かくて、心地よい。
きつく抱かれているのに、もっと強く抱いて欲しくなる。
側にいるのに、もっともっと側にいて欲しいと願う。
どちらの気持ちが強すぎるわけでもなく、 お互い思いあう事で、自分も、そして相手も幸せになる。
心が満たされる。
そういう気持ちは、 「好き」と言う言葉だけではきっと表現できない。
もちろん、 「愛している」なんて、軽はずみに口に出す言葉でもないし、思う言葉ではない。
でも、同じ体温で、同じ匂い。共通項がたくさんあると、考える事も不思議と同じになるのだろうか。
自然にその言葉が口を出ても、不思議と 「嫌味」でも「気障」でも大袈裟に聞こえない。

 

あかねは、あたりを軽く見回して再度人がいない事を確認すると、乱馬と少しだけ長めのキスをした。
…少しだけ長めのキスの味は、家族が待つ家では味わえない少し甘めな蜜の味。
「好き」を確認しあって、「愛」を感じあった、蜜の味。
絆創膏を貼った足の傷は治りきっていないし、家に帰ればとりあえず早雲達に外泊の経緯を説明しなくてはいけない。
面倒な事はいくつかまだ残っているけれど、そんなの事を全て忘れてしまいそうな甘いこの蜜の味を知ってしまったら…止まらない。

…ダークブルーから、ライトブルlへ。 そしてライトブルーから、クリアなスカイブルーへ。
移り変わっていく早朝の空の下で、ベンチに腰掛けぴったりと寄り添った二人。
時折その蜜の味を味わいながら、二人は初めての 「朝帰り」の時間を過ごしていた。


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