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サヨナラ 4

すれ違って、自然消滅していくカップル。
そんなの、あたし達には全然関係がないと…思っていた。
でも、それはすぐそこに、すぐ近くにあるんだと。
あたしは、いつの間にか部屋に差し込んできている朝日を見つめながらそんな事を考えた。

 

明けて、土曜日。

あたしは極力乱馬と逢わないようにしながら支度をし、さゆり達との待ち合わせの場所へ出掛ける為に、こそこそと玄関から出ようとした。
とそこへ、

「あー、あかね出かけるんだ」
日曜日で遅寝をしていたなびきお姉ちゃんが、あくびをしながらトタトタと階段を降りてきた。

「うん…ちょっと」
あたしがそう答えると、

「乱馬君ももう出かけた見たいだし、今日は家の中も静かねえ」
おねえちゃんは、もう一回大きなあくびをしながらそう呟く。

「え…乱馬、出かけたの?」
…なんだ、それならコソコソと支度をしなくても良かった。あたしはそんな事を思ったけれど、

「なんかねー、昨日の夜誰かから電話をもらったらしくて、その電話の相手に呼び出されたみたいよ?」
なびきお姉ちゃんのその言葉に、ギュッ…と胸を締め付けられる。

…電話の相手?
あの子?
あの子に呼び出されて、休みの日に逢いに行ったの?

嘘つき。
「何でもない」っていったじゃない。
言ったのに…

「…」
あたしがそんな事を思いながらじっと黙っていると、

「…ほら、あかね。あんたも出かけるんでしょ?時間、いいの?」
なびきお姉ちゃんはそう言って、あたしの背中を押して玄関から出す。

「うん…行ってきます」
あたしは、まるで心ここにあらず、なんだかおぼつかない足取りのまま、待ち合わせの場所へと歩きだした。

『あの子とは、本当に何にもねえんだ』
…そう言って必死に説明していた乱馬を、あたしは受け付けなかった。
そしたら…これ?
そんなあたしの態度に対して、乱馬が出した答えがこれなの?

「乱馬…」

乱馬、もうあたしの事見限っちゃったのかな…。
今日、あの子と何を話すの?
どこへ行くの?
何をするの?
あの子と二人で、何をするつもりなのよ!

「…」

…考えれば考えるほど、あたしは段々、息苦しくなる。
ズキ…と走る胸の痛みが、足の先まで一気に走り抜けては消えて、の繰り返し。

苦しい。
苦しいよ、乱馬。

…そんな、声にもならない心の叫びが、痛みの走る体中でぐるぐると循環している。
こんなんじゃ、本当は遊園地に行ってもさゆりの事を励ましてやる事なんてできない。
でも…

「…」

あたしは、せめて涙はこぼすまい…と歯を必死に食いしばりながら、さゆり達の待つ駅へと歩いていった。

 

 

待ち合わせ場所の駅の改札の所には、既にさゆりとゆかが立っていた。

「ごめんごめん、遅くなって…」
とりあえず二人にはあたしのこの心内を悟られまいと、わざと明るい表情で慌てて二人に駆け寄ると、

「よーっし!じゃあさっそく出発しようか…ってその前に、ごめん、ちょっとトイレに行ってくる」
さゆりが慌ててあたし達から離れて近くのトイレへと走っていってしまった。

「もー、待っている時間に行っとけばいいのに、相変わらずねえ」
ゆかがそんなさゆりをやれやれ…という顔で見つつも、

「ねえ、あかね」
ふと、ゆかが…あたしに近寄って小声で呼びかけてきた。

「どうしたの?」
そんなゆかの態度に首を傾げつつあたしが尋ねると、

「じつはね…これ、さゆりには内緒なんだけど」
ゆかはそういって、あたしの耳元にごにょごにょ…と囁いた。

「えー!」
…その内容に、思わずあたしが叫び声をあげると、

「し!あかね、声が大きいッ」
「あ…」

ゆかは慌ててあたしを戒める。
あたしは自分の口を抑えるように頷くと、やっぱり声を潜めて、

「だ、だって…ひろし君も呼んだって!?遊園地にでしょう!?さゆりは知ってるの?!」
「ううん、教えてない。ビックリさせようと思って」
「ど、どういうことなの?」
驚きつつもゆかに問いただすと、

「いやさ、昨日のあれ…あたし、どうしてもひろし君の事が許せないって思って…。だから、まずは大介に電話して抗議してやったのよ。そしたら、”実はひろしもすごく落ち込んで”って言うから」
…ゆかはそう言って、ふう…とため息をついた。

「ひろし君が?」
「うん。だから、ちょっと気になって、あたし、大介との電話を切った後にひろしの家にも電話したのよ」
「それで?」
「そしたらね…確かに、始めに告白されてちょっといい気分になっていたらしいのよ。やっぱり男の子としては、言い寄ってくる女の子が可愛ければ嬉しいわけじゃない?だけどね…やっぱりさゆりにアレを見られたときに、すごく”マズイ”って、思ったらしいのよ」
ゆかはそう言って、思い出しただけでも腹が立つのか、ちょっとむっとしたような表情をしていた。

「それを聞いて、あたしはひろしの事、すごくずるいと思ったの。出来ればさゆりに知られないで…さゆりとは今までどおりの関係で、それに加えてあわよくば…なんて思っていたらしいのよ、ひろしの奴。バチがあたったんだわ」
「…」
「だからあたし、”そんな都合のいい話あるわけないでしょ”って怒ってやったの。で、さゆ
りの事どう思っているか問いただしてやったの。そしたら…」
「そしたら!?」
…ゆかの話に、思わずあたしが食いつくと、

「自分でも好きなのかどうかはまだ良くわかんないけど、でも”特別”な女の子だって。ひろしの奴、そんなこと言ったのよ!だからね、”それを好きだって言うんでしょうが!”って、あたしは説教してやったわ。それで、今日遊園地に出かけることを教えてやったの。一度ちゃんとさゆりと話したほうがいいよって。ちゃんとそれをさゆりに伝えなさいって」
そういって、ふう…とゆかは再びため息をつく。

「ゆ、ゆか…あんた…」
あたしはゆかのそんな行動力にちょっと驚きつつも、

「で?ひろし君はいつ現れるわけ?ここに来るの?」
「ううん。実は、あの遊園地ってね、毎日三時になると、確か着ぐるみ達のパレード見たいなのが催されるのよ。
  そのパレード、実は観覧車に乗りながら見るのが一番ゆっくり見れていいらしいのよね。
前に他の子から聞いた事があるんだけど。だから、それにあわせてひろしの奴を、観覧車の前に呼び出してるの」

「じゃあ…何が何でも、さゆりを観覧車に載せないとダメってことね?」
「正解。ね?だからあかねも協力して?」
「ん。了解。でもさ、ゆか。ひろし君は…向こうの女のこのことはどうするつもりなの?」
あたしが最後にそうやってゆかに尋ねると、

「なんかね、その女子高の子…他に彼氏がいたらしいよ」
「え!?」
「ひろしのこと、中学の時の卒業アルバムかなんかを友達に見せてもらって知ったらしくてさ、軽い気持ちで言い寄ってきたみたい。昨日のあの一件があったと、”何だ、彼女いるの?”とか何とか言ってその女の子、急に態度が変ったらしくてさ。…バカな奴。からかわれていたこと、気がつかなかったんだって。それもあって、落ち込んでいたらしいわ」

ゆかはそう言って、「男ってホントにしょうがないわね」なんて言いながらため息をついていた。
ゆかの機転、というか底知れぬ行動力のおかげで、意外な方向へと事は進みそうだった。
でも、さゆりにとってはその方が、絶対に良い事なのかもしれない。

「この計画、さゆりには絶対内緒だからね、あかね」
「うん」
あたしはゆかと固く指切りをしながら頷く。

「おまたせー!さ、行こうか!」
…そして、そんなあたし達のサプライズ計画を何にも知らないで笑顔で戻ってきたさゆりを迎え、あたし達は遊園地へと出発した。

 

 

土曜日と言う事もあり、遊園地は小さな子供を連れた親子連れや若いカップルなんかでごった返していた。
はしゃいでる高校生カップルを目にして、さゆりがちょっと表情を曇らせたりしていたけれど、

「さーさー、ほら、ボやっとしてないで遊ぼう!」
そんなさゆりをゆかが上手く励ましながら連れ歩く。

「そうだよ、さゆり。負けないぐらい楽しもうよッ」
あたしもさゆりの手を取りながら声をかける。

と、そこへ。

「遊園地へようこそ!」
そんなプラカードを持った着ぐるみ達が歩いてきた。

パンダと、熊のその着ぐるみ、

「え?くれるの?これ」
ぺこっとお辞儀をしながら、手にもっていた籠にいっぱい入っているおもちゃの一輪挿しの花をさゆりへ向って差し出した。

「ありがとう」
さゆりが笑顔で嬉しそうにお礼を言うと、その着ぐるみはゆかとあたしにも花をくれ、行ってしまった。
そして今度は別の親子連れの所に行って、写真を取ったり花を上げたりしている。

「あはは…可愛い」
パンダの着ぐるみに花をもらって、ちょっとご機嫌になったさゆりの姿にあたしとゆかも、ひとまず安心。

「さ、行こう!さゆり。今日は思い切り遊ぼうよ!」
「そうよ!」
「…うん」

気分を持ち直し、あたし達3人は思い切り遊園地を楽しんだ。
アトラクションで遊んだり写真を撮ったり。
昨日起こったことを強引に忘れさせるようなそんな勢いで遊んでいた。

「あ!このジュースすごく変わってるよ!?」
「ねー!あ、こっちのパン、なんかすごく美味しー!」
お昼は、その遊園地の名物のレストランで、人気のメニューをお腹いっぱい平らげて。
食後は散歩がてら、お土産ショップで適当にお土産なんかもチョイスして。

「楽しかったー…」
そんな事を呟きながら笑顔でふと腕時計へ目をやると、もう二時五十分を指差していた。
…そろそろ、例のサプライズ計画を実行しなくてはいけない時間だった。

(ゆか…どうする?)
あたしがちらっとゆかの方を見ると、ゆかは、さゆりに気が付かれないように、あたしに向ってウィンクして見せた。
そして、

「ねー、さゆり。この遊園地ってね、三時になると着ぐるみ達のパレードが始まるのよ」
「そうなの?見たい、見たい!」

すると。さっそく例の作戦開始!とばかりに、ゆかが上手くさゆりへと誘いをかける。
入り口でパンダの着ぐるみにお花をもらった事も手伝い、さゆりは快く承諾してくれた。

「なんでもね、そのパレード。観覧車に乗ってゆっくり見るのが一番のオススメらしいよ。ほら、地上は人でごった返してるから。そうだよね?あかね」
そう会話をふってくるゆかに、

「うん。そうみたいよ」
あたしも必死に話しを合わせる。

「へー、そうなんだ。じゃあ皆で観覧車に乗ろうよ」
すると。更にあたし達の期待通りに、さゆりはそう言ってくれたのだけど…ここで予定外の問題が発生。

「あ、でも。前にあの観覧車に乗ったとき、確かあれ…二人定員だったような気がするんだけど」
「え!?」
「三人で一緒に乗れないなら…今日は地上でみない?パレード。あたしそれでもいいよ」
さゆりが、そんな事を急に言い出したのだ。

(ま、まずいわッ…)
あたしはそんなさゆりの言葉を受けて慌てて、

「あ、あ、じゃあ二人でいってきなよ。あたしちょっと疲れちゃったし…向こうのベンチで座って休んでるから。ね?」
そんなことを口走りながら、さゆりをどうにかして観覧車の方へ向わせようと促す。

「え…でも…」
そんなあたしを気遣って怯むさゆりに、

「わかった、あかね。それじゃあ、あたし達だけで行ってくるね。さゆり、行こう。あかねを少し休ませてあげる為にも、あたし達だけで乗りに行こう」

ゆかが、そういってさゆりの腕を引っ張って歩き出す。
そのついでに、さゆりに気が付かれないように、あたしに対して親指を立てた。
あたしもさゆりに気づかれないようにゆかに親指を立てて見せると、

「いってらっしゃーい!」
二人を笑顔で送りだしてあげた。
とりあえず、観覧車の方へと姿を消していった二人の姿が見えなくなるまで手を振っていたあたし。

「ふう…」

完全にあたしの視界からは二人の姿が見えなくなったのを確認し、あたしは近くのベンチへと腰を下ろす。

(さゆりの事は、もうあとはなるようにしかならないわよね。取りあえず、ひろし君と二人で観覧車に乗ってもらって。
ゆかが戻ってきたら、その時の状況を教えてもらわなくちゃ…)

そして、そんな事を思いながら、ゆっくりと辺りを見回す。

…辺りは、これから始まるパレードの為に、ものすごい人だかりだった。
パレードの見物客に混じり、そのパレードに参加する着ぐるみ…猫とやらウサギやら熊やら何やら。そんなものも、ぞろぞろと道を歩いていた。
どうやら、あたしが座っているベンチの脇の道は、着ぐるみ達の着替え場所というか控え室があるようで、これから始まるパレードへ向う着ぐるみ達が、次から次へと出て行く。

(うわー…こんなにいっぱい、着ぐるみが参加するんだ。どんなパレードになるのかなあ?)
ゆかが戻ってきたら、人ごみに混じってパレードを見てみようか…あたしはそんな事を思った。

(前にきたときは、パレード、見なかったもんなあ…)
そして…あたしは、ふと、前にこの遊園地にきたときのことを思い出してしまった。

前にきたときは、乱馬と一緒だった。
二人で思いっきり遊んで、初めて二人っきりの写真を撮って。
観覧車に乗ってふと遠くを見たときに海岸が見えたのがあって、観覧車を降りた後にそのまますぐ遊園地を出て海に向ったっけ…。

(あの時は、楽しかったなあ…)
あたしは、その時の事を思い出しては思わず自然と顔が緩む。

あの時は、まだ手を繋ぐ事もそんなに慣れてなくて…
(乱馬の奴、自分が石かなんかに躓いて前のめりによろよろと転びそうになっても、あたしとの話で気をとられて電柱にぶつかりそうになっても…やけにしっかり手を握ってたよなあ…)
…なんて。
あたしはそんな事をふと思い出して、笑ってしまった。
あの時、
「次も一緒に来ようね」
そんな風に約束したんだよなあ、確か。

約束。
約束したのに…今日のあたしの隣には、乱馬はいないんだ…

「…」

そう思うと、なんだか急にあたしは、胸が痛んだ。
あの時は、まさかこんな風にあたしが乱馬の気持ちがわからなくなったり、信じられなくなったりする日が来るなんて…思わなかった。
そんなことを思っていたら、あたしは今まで無理やり忘れようとしていた「あの事」を思い出してしまった。

…そうだ。
あたしがこうしてベンチに座ってるこの瞬間も。乱馬は…あの子とデートしてるんだ。

それを思い出した瞬間、あたしの全身にまた痛みが走り出した。
今は外にいるんだし、絶対に泣いたりするもんか…そう自分に必死に言い聞かせないと、感情のコントロールさえもできなくなりそうだった。

「サヨナラ」

…その時。あたしの頭の中に、ふっとその言葉が浮かんだ。

絶対に、あたし達には無縁だ…そう思っていた、最悪の「言葉」だ。
そんな最悪の「言葉」を…
もしかしたら、本当に近いうちに、聞く事になるのかもしれない…いや、あたしの方から言い出すのかもしれない?
そう思うと、あたしの心に…まるで矢で射ぬかれたような痛みが次々と走る。

「…」

どうしよう。
どうしよう…
どうしたらいい?

…一体、誰に向ってそう尋ねているのかもわからない。
それでもあたしは、考えうる最悪の出来事を色々一人で想像しては、ぎゅっと唇をかんだり、大きなため息をついたりしていた。

 

と。

「わー!ワンちゃんだ!」
「かッわいー!」
…あたしの座っているベンチの近くで、ふとそんな声が聞こえた。

「?」
ふと顔をあげてみてみると、そこにはパレードには参加をしないのか、1匹の犬の着ぐるみが、あたし達が遊園地にやって来たときにパンダの着ぐるみから一輪の花をもらったように、籠にいっぱいのひまわりの花を持って立っていた。

「ワンちゃん、わんちゃん!」
その犬の着ぐるみに、子供達が抱きついたり飛び掛ったりしているけれど、
犬の着ぐるみはそんな子供達の頭を撫でたり一緒に写真を撮ったりしながら、ゆっくりと、座り込んでいるあたしの元へも歩いてきた。
そして、ペコッ…とお辞儀をすると、わざわざ地面にひざまついて、籠の中のひまわりを一本あたしに差し出した。

「え?あたしにくれるの?」
あたしが泣き出しそうな表情をさっと改めて、思わずその着ぐるみに話しかけると、着ぐるみは1度だけ頷いた。

「わー…ありがとう」
あたしが笑顔でそのひまわりを受け取ると、なぜかそのぬいぐるみ、ぺこりとお辞儀をして…着ぐるみのくせに、何故か頭を掻いていた。

「綺麗な花…」
あたしがもらったひまわりを嬉しそうに眺めていると、
その着ぐるみ、今度は籠の中のたくさんのひまわりの一つをプチッ…と折って、大きなひまわりのお花の部分だけをあたしの髪にちょこんと置いた。

「あ、ありがと…?」
あたしが驚きつつも御礼を述べると、やっぱりその着ぐるみ、なんだか照れたようにお辞儀をしながら頭を掻いている。

「…」
あたしは、その着ぐるみの顔をじーっと見つめた。
するとその着ぐるみ、あたしにもう一本ひまわりの花を差し出しながら、ちょこん…と勝手にあたしの座ってるベンチの隣へと座り込んだ。

「…」

遊園地のベンチに、あたしと犬の着ぐるみが並んで座っている。
なんだか妙な光景だ。

「あの…パレード行かなくて良いんですか?」
あたしがその犬の着ぐるみ(の中に入っている人)に向って話し掛けると、
犬の着ぐるみは一度だけぺこんと頷いてはやたらとモジモジとしている。

…なに、この人。

(う…もしや、この着ぐるみ…の中にいる人、あたしの事…気にいっちゃったとか…?)
自意識過剰に思われたら嫌だけど、あたしは何となくそんな気がした。

遊園地のベンチに一人、寂しそうな顔をして座っている女の子。
もしかしたら、「チャンス!」とか思って近寄ってきたんだろうか…

「…」

だとしたら、ちょっと怖いなあ…。
あたしがそんな事を思いつつ、

「あの…あたし一応…」

”彼氏がいるんです”

…そう言おうと思ったけれど、そう言葉を発する事を、少し躊躇してしまった。

彼氏。
彼氏…?

今まで特に意識しないで使って来た、言葉。
今ほどこんなに口にするのに躊躇した事なかった。

「あたし…好きな人がいるんです…だから…」

…結局、”彼氏”という言葉を使うのを避け、何だか妙な気分だったけど、あたしはその犬の着ぐるみにそんな言葉を放つ。
すると、

「…」
その犬の着ぐるみ、そんなあたしの言葉を塞き止めるように、一本、また籠の中からひまわりを差し出した。

「え?」
あたしがそのひまわりを受け取ると、なぜかその着ぐるみは、ぺこりと頭を下げる。
あたしがその着ぐるみをじっと見ると、着ぐるみはまた頭を下げる。

「だから…あたし好きな人がいるから…もうこれは受け取れないって…」
いつの間にやら両手にたくさんのひまわりを抱えさせられたあたしは、着ぐるみにちょっと強い口調でそういうけれど、
着ぐるみは全然懲りずにあたしに頭を下げては花を渡す。

「困るの…。こんな風にお花をもらっても…」
あたしが俯きながらポツン、ぽつんとそう呟くと、その着ぐるみ、今度は俯いたあたしの頭に、ポンと手を乗せた。

「だ、だめッ…」
あたしは、慌ててその手(犬の)を振り払う。
そして、

「だめなの…あたしにそういう風にしてもいいのは、たった一人だけなの」
そう言うと、ぎゅっと唇をかんだ。

…そう。
あたしは、この着ぐるみにこんな風に頭を撫でられそうになって…はっきりと自分がどうしたいのか見えたような気がした。

そうだ。
…たとえ、乱馬には…あたし以外にその腕を独占させる人がいても。
あたしには、あたしに対して簡単に頭を撫でさせてもいい相手は…乱馬以外には欲しくない。
乱馬以外に触られるのはいや。
例えそれが犬の着ぐるみだって。

「…その人にとって、あたしは彼女なのかもうわかんないけど…。でも、あたしの頭を撫でていいのは、その人だけなの。だから、貴方はだめなの」
あたしは、自分の頭からゆっくりとその着ぐるみの手を外すと、ペコン、と頭を下げた。
そして、

「あの、花…ありがとうございます。私、もう行きます…」
これ以上この着ぐるみと一緒に入られない…と、あたしがもらった花を抱えたままベンチを
立ち上がると、

ハシッ…

「え?」

その着ぐるみ、いきなりあたしの手を掴んだ。

「え…ちょっと、やめて…」
いよいよこの着ぐるみが怖くなって、あたしが必死に手を振り払おうとすると、

クイッ…

その着ぐるみ、あたしの身体を再びベンチへと引き戻した。
ちょっと怖くなってあたしがベンチに座りながらその着ぐるみを睨みつけると、着ぐるみは、ベンチのあたしに向って、何度も、何度も頭を下げている。

「…」

あたしが睨めばにらむほど、あたしが見つめれば見つめるほど、
着ぐるみは、何度も何度、あたしに向って頭を下げる。
…まるで、何かを謝っているかのようなその姿。

「…」
その姿に、始めは気味悪かったり怖かったりしたあたしも…徐々に「何かが変」と気がついてきた。

睨んでいるあたしに対して、何度も頭を下げては、ひまわりを差し出す、着ぐるみ。
逃げようとするあたしを、引き戻しては…まるで「謝っている」かのような態度をとる着ぐるみ。

「…」

あたしの心の中に、何かがきらりと走りぬけた。

…ありえない。
そんなこと、ありえない。
第一、ここにいるはずがない。
だって、電話で呼び出された相手と会っているんでしょう?
デート、しているんでしょう?
それに、あたしがどこに出かけるかなんて知らないはずよね。話してないんだもん。
なのに…

「…乱馬?」

…あたしは。
その犬の着ぐるみに対して、いつのまにかそう呼びかけていた。
犬の着ぐるみは、あたしの呼びかけに一瞬ビクっと身体を震わせていたようだったけれど、やがて、静かに「頭」の部分を持ち上げた。

「…」

…そこには、あたしが予想したとおり、
すごく暑かっただろうに、滝のような汗を額から流した乱馬が、真っ赤な顔をしてあたしを見ていた。

「…あんた、何やってんのよ。何で着ぐるみなんか着ているわけ?」

あたしがそんな乱馬の額から流れている滝のような汗を、カバンの中から取り出したミニタオルで拭ってやると、

「…だって、俺が素直に近づいたって、お前…俺の話聞こうとしないから…」
乱馬は、困ったような表情でそう言いながら、あたしに汗を拭かれている。

「だ、だからってこんな…」
「早く…」
「え?」
「早く、とにかく早く謝りたくて…」
そして、あらかたあたしに汗を拭いてもらうと、改めてあたしに対して頭を下げた。

「乱馬…」
呼びかけるあたしに対し、

「ごめん…でも、ホントにあの女の子とは何でもねえんだ。昨日の電話も、何か良くわからない内容だったし…だから俺、昨日の電話ではっきり言ったから。俺にはちゃんと付き合ってる人がいるから、用もなく電話をもらうのは困るって」
「…」
「それに…ひろし達の恋愛ばっか気にしていて…俺、自分の方はすっかり安心しきってて…」
「…」
「あかねに変や誤解とか、心配させないようにまず始めにちゃんと話すべきだったんだって…それだけ伝えたかったんだ。だから…」
乱馬はそう言って、着ぐるみを着たままの手で、あたしのタオルを持つ手を掴むと、

「だから…”彼女なのかわかんない”なんて、言うなよ…」
そう言って、もう一度頭を下げた。

「乱馬…」
あたしはそんな乱馬の姿を見て、ぎゅっと胸を締め付けられる。

「俺も、あかねの隣に一緒にいるのは…俺だけだって…そう思っていたい。あかねの頭を撫で
たり身体に、心に触れるのは俺だけでありたいって思っている」

乱馬はそう言って、あたしの掴んだ手をぎゅっと自分の方へと引き寄せる。
あたしが、複雑な表情でそんな乱馬のほうを見あげると、

「ホントにあの子とは何でもないから。俺のこの腕で抱きしめるのは…今までも、これからもたった一人だけで充分」
乱馬はそう言って、そのままあたしの身体を抱きしめた。
あたしは、そんな乱馬に一言も答えないまま、しばらく黙って乱馬に抱きしめられていた。

「あかね…」
そんな無反応なままのあたしに、乱馬が不安そうな声でささやく。

「乱馬」
あたしは、そんな不安そうな乱馬の顔を真っ直ぐに見詰めた。
そして、一度大きく深呼吸をしてから…ゆっくりと話し出した。

「あたしは…もしかしたら、近いうちに…乱馬から”さよなら”って言われるんじゃないかって…覚悟してたの」
「なッ…そんなわけねえだろッ」
そんなあたしの言葉に、乱馬が慌てて叫ぶ。

「…一つ、人を信じられなくなると…何もかも、信じられなくなるの。この数日、あたしは乱馬の言葉が信じられなかった…昨日のことがあってからは、自分が乱馬と”付き合っている”…それさえも、もしかしたらホントは違うんじゃないかって…思うようになった。そんなあたしと、乱馬は…上手くいくのかなって…そんなことまで考えたの」
あたしは、そんな乱馬に、静かにそう話した。

「…」
乱馬は、そんなあたしの身体を、更にぎゅっと抱きしめる。

「乱馬の事を信じられないあたしは…”乱馬の心の中に別の人がいて…その人を乱馬が選ぶ”ってそう伝えられるくらいなら、あたしから乱馬に”さよなら”って言った方がいいんじゃないかって…そう思ってた」
あたしが静かにそう話すと、

「やだよ、そんなの…そんなのダメだぞ。そんなの…そんなの許さねえぞッ」
乱馬は、夢中であたしの身体を強く、強く抱きしめる。

「苦しい…乱馬」
あたしが幾らそう言って乱馬を引き離そうとしても、

「ダメだぞッ…俺は、絶対に納得しねえからな」
乱馬は何が何でもくっついている…とばかりに、あたしから離れない。

「違うの、乱馬。ちゃんと最後まで聞いて」
「…」
「あたしの話、聞いて?ね?」
あたしは、この上ないくらい不安で歪んだ顔をしている乱馬を少し落ち着かせてから、深呼吸した。
そして、

「信じられなくて…このまま終わっちゃうのかもって思っていたの。でも…でもね。例え乱馬の心があたしになくても、乱馬の事をあたしが少し信じられなくなっちゃっていても…あたし
は…乱馬の事、好きなの。それにさっき気がついちゃったの…」
「あかね…」
「さっき、乱馬と知らずに着ぐるみ姿で髪に触られたとき…思ったの。すごく、嫌だったの。乱馬以外の人にあたしの身体に触れられるの…すごく嫌だった。その時にね、思ったの。乱馬に、たとえあたし以外にその腕を独占させる子がいても…あたしには、あたしの髪を触れさせる相手は乱馬以外に考えられないって…。たとえ乱馬の気持ちがあたしから離れてしまっていても…それだけは、変らないって」
あたしはそう言って、乱馬から離れた。
そしてちゃんと乱馬と向かい合って座ると、

「あたしは…乱馬が好き。だから、もう一回…乱馬を信じたい。信じるように頑張るから。だから…乱馬にも、もう一回、あたしを信じて欲しいの」
乱馬に、静かだけどはっきりとした口調でそう言った。
乱馬は、そんなあたしの言葉に黙って一度頷くと、

「もう一回も何も…俺はいつでもあかねを信じてる」
「乱馬」
「でも…もう今回みたいに中途半端に気を使って、あかねに隠し事したりしない。それは約束する。絶対に約束する」
「乱馬…」
「だから…あかねも一つだけ、俺と約束をしてくれ」
乱馬はそう言って、改めてあたしの身体を抱きしめた。
そして、

「”さよなら”…」
「え?」
「もう、俺に向って”さよなら”なんて…言わないで」
「乱馬…」
「こんな想いをさせないって約束するから…だから、もう言うな」
乱馬は小さな声でそう言うと、あたしの身体を再び強く、抱き寄せた。

あたしは、そんな乱馬に、ゆっくりと腕を回した。
そして、

「じゃあ、あたしはこれからも…乱馬の彼女でいていいって事だよね?」
そう言って、目を閉じた。

「ああ」
乱馬はそんなあたしの頭を優しく撫でるようにしてそう答える。

「あたしは、乱馬の彼女なんだよね?そう信じていていいってことだよね?」
あたしは、もう一回…自分にも確認するようにそう呟いた。

「ああ」
そんなあたしに、乱馬ははっきりと確信させるようにしっかりとした口調で答え…抱きしめたあたしのその頭に自分の首をもたげた。

 

…あたし達は、いつの間にかしっかりと強く、抱き合っていた。
遊園地の、パレードが執り行われている広間の片隅。
ベンチに座るあたしと、身体の部分だけ犬の着ぐるみをきたままの乱馬。
端から見たら何だか妙な取り合わせのこのカップルは、それからしばらくの間、ずっとずっと抱き合ったままその場にいた。

 

 

 

…しばらくして。
ようやくあたし達二人とも落ち着いて、
「とりあえず俺、着替えてくる。このままじゃ帰れねえし…」
乱馬が着ぐるみから普段着に着替えてくるのをベンチで待っていたあたし。

「あかね」
十分ほどして、着替えから戻ってきた乱馬を迎えたあたしは、

「あ…」
ふとあることに気がついた。

「…ゆか」

…そう。
さゆりを観覧車まで送りに行ったきり、ゆかが戻ってきていない事。

「乱馬、ゆか、見なかった?あの子、帰ってこないんだけど…」
乱馬とあったことでそっちに気をとられていたあたしだったけど、
冷静になった今、よくよく考えたら…戻ってくるはずの彼女の姿が一向に現われない事が妙に気になった。

「どうしたんだろう…あたし達に遠慮して、どっかで時間でも潰してるのかなあ?」
あたしがそんな事を言いながらキョロキョロと辺りを見回すと、

「ああ、ゆかならもう帰ったぞ?」
乱馬が、そんなあたしに向ってさらりとそう言って退けた。

「え!?何で!?というか…何で乱馬がそんなことを知っているの!?」
と、何がどうなって?とあたしが驚いていると、

「いや、さ。実は昨日の夜…例の女子高の人からの電話を切った直後、ゆかから電話があったんだよ。で、俺めちゃくちゃ怒れられてさ。そんで、”明日あかねと遊園地に行く予定だから…さゆりと協力して何とかあかねを一人にしてあげるから、三時に観覧車の近くのベンチに来い”って。帰りはそのままあかねと二人で帰っていいからって」
「!」
「だから、俺…昨日なびきに相談してさ、何とか警戒されずにあかねに近づく方法を伝授してもらって…。あ、あの犬の着ぐるみな、なびきのクラスメートが実はここでアルバイトしてて、で特別に話つけてもらって貸してもらったんだ。…仲介料はえらい取られたけど」
乱馬はそう言って、ポリポリと頭を掻いていた。

「…」
そうか、あの着ぐるみ作戦はなびきお姉ちゃんの入れ知恵か…と関係ないところに少し感心しつつも、あたしは乱馬のその話を聞いて、なんだか妙な脱力感に襲われた。

…何だ。
乱馬を電話で呼び出した相手って…ゆかだったんだ。
なびきお姉ちゃんめ!それを知っててわざとあたしに、誤解させるような言い方をしたのね!
まさか、「着ぐるみを着た乱馬があたしを遊園地で待っている」
…そんな事、あたしが想像すらもしないだろうって先読みして。
あたしを驚かせる為に、わざとあんな言いかたしたんだわ。
そりゃ、確かに驚いたけど…。

「…」

あたしは、一枚ウワテだったなびきお姉ちゃんに思わず感服。
ふう…とため息をつきつつも、

「ねえ、でも。あたしは今日、ゆかに、”さゆりとひろし君を二人っきりにする作戦があるから協力しろ”って言われたわ」
あたしは、もう一つすごく気になっていた事を口に出した。
すると乱馬は、

「じゃあ、ゆかは…さゆりと協力してあかねを俺とあわせて、あかねと協力してさゆりをひろしに逢わせたって事か?」
あたしが思っていたことをさらりとそうまとめて口に出す。

「でも、途中予想外の問題も発生したのよ?あの観覧車は二人乗りだからってさゆりが駄々をこねて。あの時はあたしが”一人残るから”って言い出したから上手くいったけどもしそうじゃなかったら…」
「だから、さ。さゆりがそう言い出せば、あかねなら絶対に二人を観覧車の所へ行かせようとして自分から”あたしがここに残る”って言い出すだろうってさ。ゆかは予想してたんじゃねえのか?」
「え?」
「ゆかはさ、わざとさゆりにそう言わせたんだよ。あかねを一人にさせる為に。そしたら、あかねはさゆりを観覧車へ行かせるために一人ここに残るし、さゆりはあかねを一人にする為にゆかと観覧車の所へ行こうと自分から思うだろ?」
乱馬のその冷静な見解に、

「…ゆかの奴…何て策士なんだろ」
あたしは、ゆかのその作戦に思わず感服してしまった。
「ゆか…じゃあ、一人で帰ったのかな…」

…でも。
さゆりはひろし君と。
あたしは乱馬と。
あたし達はこうしてお互いの相手と出会えて今は一緒にいるけれど、
そしたらゆかは、あたし達をお互いの相手に逢わせるって目的を達成したからって、一人でこの遊園地から帰ったのか…?

「なんか…それじゃゆかに悪いわ…」
あたしは何だか、せっかくあたし達のためにいろいろと策を講じてくれたゆかに、ひどく悪い事をしたような気になった
が、

「ところがなあ…それだけじゃ終わらねえんだよ」
「え?」
乱馬の何だか妙な言葉に、あたしは首をかしげた。

「はい、ここで問題です」
「何よ」
「ひろし、さゆり。俺、あかね。ゆか。さあ、いつもの仲良しグループで、唯一登場してないのは誰でしょう?」
乱馬が妙な質問をしてくるので、

「…大介君?」
あたしが首をかしげながら答えると、

「正解。実はゆかには内緒だけど…三時過ぎから、大介の奴が遊園地の外でゆかの事を待ってるんだなあ、これが」
「えー!な、何で」
「何でって…ゆかから電話切ったあと、今度はひろしからすぐ電話があって…どうせだったら、大介も呼んでサプライズおこそうかって。んで、大介に電話したら、即OKしたんだ。大介の奴も、何かきっかけを探してた見たいだし。今回の事はいいきっかけになったんじゃねえの?」
「え?」
「アイツ、前からゆかの事好きだったんだよ」
乱馬はそう言って、フッ…と笑った。

「そう…そうなんだ。ゆかは大介君の事何にも言ってなかったけど…」
何だか怒涛のような展開に少し驚きつつも、

…でも、もしかしたらあたしとさゆりに遠慮していつも言わなかっただけなのかもしれないな。
あたしはそんな事をふと思った。

「…上手くいくといいね。あの二人も」
「な」
あたし達はそんな事を言って顔を合わせて笑いあった。
そして…

「…」

あらかた笑いあった後、乱馬がふと真面目な顔をして、あたしに手を差し出した。

「え…」
あたしがその手に少し戸惑っていると、

「手…繋ご」
乱馬は、ぽつんと一言、そう呟いた。

「もう昨日みたいに…”触らないで”なんて言わねえよな?」
そう言って、あたしの顔をじっと見つめる乱馬に、

「…ん」
あたしは一言だけそう答えて、乱馬のその手をきゅっと掴んだ。

「ちゃんと繋いでてくれないと、また”触らないで”って言っちゃうからね」
そう言って、その手に引き寄せられるように身体を寄せるあたしに、

「嫌だって泣いて喚いても、離してなんてやんねえからな」
乱馬はそう言って、あたしの握ったその手をぎゅっ…と握り返す。

一週間ぶりにしっかり繋いだ乱馬の手は、あたしにはとても大きな、大きな手…そう、感じた。

大きくて、温かくて…そして、自然とあたしの手に馴染む。
一週間も、あたしはこの心地よい手の感触を忘れていたのか…そう思うと、何だか妙な感じだった。

「…乱馬の手、好き」
ゆっくりと遊園地から家への道を歩きながら、あたしはぼそっと呟いた。

「好きなのは手だけか?」
そんなあたしに、乱馬がちょっと不服そうに答える。

「じゃあ、乱馬も好き」
「じゃあって何だよ」
「じゃあ、は、じゃあ、よ。もー、いいじゃない。好きは好き、でしょ?」
あたしは少しふてくされている乱馬の顔を覗き込みながらいたずらっ子のような笑顔を見せたやった。

「ちぇッ…それじゃ何か”ついで”に俺も好き、みたいじゃねーか」
乱馬はブツブツとふてくされてそんな事をぼやきながらも、

「…でも俺は、あかねの事が1番に好き」
そう言って、覗き込んだあたしの唇にそっとキスをした。
あたしが真っ赤になって乱馬を見あげると、乱馬も真っ赤になってあたしを見ていた。

「…何よー。キスしといて、自分も照れないでよ」
「う、うるせーなッ。そんなの俺の勝手だろ」
「そーよ、勝手よ。勝手だから、勝手ついでに…」

あたしはそんな乱馬に今度は自分から軽くキスをすると、

「…あたしも乱馬が一番、好き」
そう言って、ぎゅっ…と乱馬の腕にしがみついた。

乱馬は一瞬驚いたような表情をしていたけれど、すぐに優しい表情に変わって。
何も言わずに、腕にしがみついたあたしの頭を優しく撫でていた。

 

大きくて、温かい。
優しくて、心地よい。
…やっぱりあたしの頭を撫でるのは、この手でないと、ダメみたい。

「駅で電車降りたらさ…うちまでちょっと、遠回りして帰ろうか」
「うん」
…あたしと乱馬は、そんな約束を交わしながら夕暮れの遊園地を後にした。
もちろん、しっかりと手を繋ぎながら。

 

 

「サヨナラ」
幸せなカップルには、永遠に無縁だと思っていたその言葉。
絶対に、大好きな相手からは聞きたくないと思う最悪の「言葉」。

…もしもあの時あたしが、乱馬に「サヨナラ」と告げていたら。
…もしもあたしが乱馬に、「サヨナラ」と告げられていたら。

もしかしたらもう二度と…どんなにがんばっても、あたしは今感じているこの手の温もりを感じる事は出来なかったの
かもしれない。
そう思ったら、何だか急に怖くなった。

でも。
他の人に触れられた時に感じたあの嫌悪感。
あたしの髪を触れさせる相手は乱馬以外に考えられない。
そう確信してしまったあの瞬間に。
あたしは、もう二度と簡単には「サヨナラ」なんて…絶対に口に出すのはやめよう。そう
思った。

「サヨナラ」なんて。簡単に考えるのはやめようって思った。

簡単には諦められない気持ちがあるなら…そんな言葉なんかで誤魔化そうとしないで、もうちょっと頑張らなくちゃいけない。そう思った。

この手の、この温もりをずと守っていきたいと思うなら…。

 

…あたしは、繋いでいる乱馬の手に、一本、一本と徐々に指を絡めた。
そして、あたしが五本の指全てを絡め終えた後…それを待っていたかのように乱馬があたしの身体ごと自分の方へと引き寄せたその瞬間、
この手の温もりを守りたいのは乱馬も一緒なんだと…ふと、そう感じた。

そう思ったら、何だか口で表現できないような幸せを、あたしは身体いっぱいで感じていた。


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