【らんま1/2の二次創作小説サイト】| INFORMATION | NOVELS |BOOKMARKS |CONTACTS | HOME |web拍手

SUMMER MEMORIES 6

「・・・で?あたしに何を求めるわけ?」
「だ、だから、この状況をどう打開すればいいのかっ・・・俺には全然わからなくて」
「ああ、じゃあいつも通りのくだらない恋愛相談に乗ればいいってことね。十五分三千円」
「高っ。金取るのかよ!」
「当たり前でしょ、あんたがあかねとの事を相談してくる時なんて、ほぼパーフェクトであんたに問題があるんだから。あかねに対する慰謝料取られないだけでもありがたいと思いなさいよ」


溺れるものは藁をも掴む、もとい窮地に立てば守銭奴にも頼る。
どうにかしなければいけない、とはわかってはいても、一体何をどうしたらよいのかが俺には分からない。
あかねと話したくて、仲直りしたいと思っても動けば動くほど全てが空回りしてしまうし、このままでは本当に、あかねは武とイベントに行ってしまう。
イベントに行けば、あかねを初めから狙っている武が何を仕掛けてくるか分からないし、あまりの押しの強さに、あかねだって無理やり・・・
「・・・」
焦燥感だけに駆られる俺は、多少のリスクはあれど現状況で一番頼りになりそうな人物のもとへ訪れ、相談をすることにしたのだ。


ところが相手はそう、あのなびき。
相談するだけでもいつものように金を巻き上げられる始末だ。
・・・

「おかしいと思ったのよね、あかね、今日は朝から出かけているし、何か表情も暗いし。それに昨日の夜、部屋に戻ってこなかったみたいだし・・・」
「えっ・・・あかね、昨日いなかったのかよ。ど、どこにいたんだよっ・・・」
「知らないわよ。でもその様子だと・・・例の武君に・・・」
「武かよ!アイツの部屋にいたって言うのかよ!」
俺が思わず感情的になってなびきにそう叫ぶと、

「・・・あんた、バカじゃないの?」
「え?」
「あんた、あんたと喧嘩した位で、あかねが他の男の部屋に外泊するような女だと思ってんの?」
「っ・・・」
「あんた、あかねのこと信用しているみたいなこと言っているくせに、肝心な時に全然信用してないじゃないの。あんたは、無節操にうっちゃんやシャンプーの家に泊まったり世話になることはあるかもしれないけど、あかねは逆はないわよ。あの子は確かに素直で、無防備で男から見たら隙だらけかもしれないけど、自分がしてはいけないこと、くらいは分かっているわ」
「・・・」
「例の武君に頼んで、民宿の空いていた部屋を一部屋借りたんじゃないか、って言いたかったのよ、あたしは。・・・それにしてもあんた、あかねに関しては病的なくらい嫉妬心が強いのね」
一歩間違えば危険人物よ。なびきは、俺に向かってさらりと言いのける。


「・・・」
俺ががっくりとうなだれていると、

「・・・ま、あんたをここで罵ってもせめても状況が動くわけじゃないし。あんた達が喧嘩しているとせっかくの家族旅行でも皆気を使うし、それにあたしの収入も減るし」
「おい、何だその最後の収入ってのは」
「とにかく、あんたはあかねを掴まえて話をするしかないでしょ。イベントに二人が出かけた後、二人のあとをつけて、隙を見て浚えばいいじゃない」
「す、隙なんてあるかどうか・・・」
「なければ作るしかないでしょ。あんた、何の為の女装癖なの」
「じょ、女装癖じゃねえっ。俺のは体質だ!」
「今はそんなこと気にしている場合じゃないでしょ。イベントでどうしても話すことが出来なかったら・・・最終手段としてあたしが、直接動いてやってもいいわ」
「い、今は動いてくれないのかよ」
「相談料の三千円しかもらってないからね。実労働込みだと倍はもらうわよ」
「・・・」

地獄の沙汰も、金次第。
容赦ないなびきの言葉に俺はため息をつきつつ、取り敢えずなびきが言ったとおりにイベントの最中にあかねを武からかっさらうことに決める。
でも、ということは・・・俺は仲良く楽しそうに歩いていく二人の後ろを、ずっと着いて歩かなくてはいけないってコトか。

「・・・」
・・・自分の彼女と、その彼女に気のある男が楽しそうに歩く姿を、何も出来ずただ、後ろから見て歩く俺。
もしも俺の視線に殺傷能力があるならば、間違いなく俺はその場で武を捉えているだろうに。
隙を見つけてあかねを連れ出す前に、俺は自分の黒い嫉妬の渦に巻き込まれて妙なことをしでかしそうだ。
・・・

でも、こんなにややこしくしてしまったのは俺にも原因があるし、それにこのままあかねをあいつと一緒にいさせるわけには行かない。
嫉妬、云々の問題じゃなくて、俺はあかねの彼氏として、絶対にそれを許しちゃいけないんだ。
・・・なんて、大義名分を掲げてみるけれど、どこか弱気の俺だ。

「・・・」
さて、じゃあどうやって隙を作らせるか。
あの武のことだ、油断も隙もなくあかねに接するに決まっているし・・・それに、今日ばかりは、普段みたいにシャンプーやうっちゃんに邪魔されるわけにも行かない。
俺はなびきのいる部屋から外へ出ると、相変わらず海水浴客の多い砂浜をぶらぶらと歩きながら、今夜の作戦をアレコレと考え始めた。
・・・

 

時刻は、あっという間に夕方を迎えた。
海辺でのイベント開始予定時刻は、夕方六時。 現在は五時三十分だが、すでに海辺には溢れんばかりの人が集合している。
通常ならば夜の海に飛び込んだり泳いだりする人間はいないかもしれないが、イベントがあるときは、別。
危険とは分っていても、酒を飲んで海に飛び込んだり、気が大きくなって遠泳をしようとしたり・・・考えられないような行動をとる者が全くいないとも考えられないので、この海のセイバー達も、大勢待機をしていた。


オレンジ色のセイバージャケットを着ている軍団の中へ目をやるも、その中には例の梶谷美咲はいなかった。
非番で、休みなのだろうか?
まあ、今顔を見ても昨夜の事を思い出し腹立たしいだけだけれども・・・

「・・・」
俺は、ふいっとセイバー達から目をそらすと、海辺に溢れる人々の中へとゆっくりと入っていく。

・・・ちなみに今俺は、民宿で借りた従業員用のエプロンをつけ、そして額には会場近くにいた的屋が販売していた子供向けの安っぽいお面を、斜めにくっつけている。
従業員用のエプロンをつけていれば、地元の人間だと見なされて、一般客が入れない場所まで入ることが出来るかもしれない。
お面をつけているのは、

「乱馬、どこいったあるかー!?私と一緒に、イベント出るよろし!」
「らんちゃーん!」

依然として、俺と一緒にイベントに行くことを望んでいるシャンプーとうっちゃんの追跡を逃れる為だ。
いざとなったら、顔をこのお面で隠してしまえばいい。そう思ったのだ。

俺は、注意深く集まっている人々の顔をチェックしながら、海辺を歩いていく。
武と、そしてあかねを探しているのだ。でも・・・そう簡単には見つからない。

「・・・」
・・・もしや、もうイベント会場から出て、人気がないところへとあかねは連れて行かれてしまったのか?
それだとしたら、急がないと・・・


子供向けのヒーローのお面のせいで上辺だけは正義の味方の俺と、その下で黒い嫉妬の渦に今にも飲み込まれそうな俺。
正義の味方と黒い彼氏とが相反するかのように、逸る気持ちと、今のこの進捗状況が全くかみ合わない。
それに、お面なんて額につけているけど、俺、実はそんなに浮かれて歩いているわけじゃないのです。
周りにそう宣伝して歩きたい気分でもあるが、そんなことをしても自分が空しいだけだ。
俺は、心の中で小さなため息をつきつつも、二人の姿を探しゆっくりと慎重に海辺を歩いてった。

と、その時だった。

「!」
・・・いた。

俺の視覚に、見覚えのある姿が飛び込んできた。
それはあかね・・・ではなく、武の姿。

Tシャツにジーンズ姿の武が、何やら一人で、イベント会場からどんどんと離れて歩いていくのが見えた。
武は、防風松が並んでいる、そのもっとずっと先の海岸線へと向かっているかのようだ。
「・・・」
・・・あかねは一緒じゃねえのか?
俺は、武に気付かれないようにしながら後に続いていく。
もしかしたら、あかねとの待ち合わせ場所に向かっているのか?
それとも、あかねは既にそこにいて、何か用があって武が一旦そこから離れて、また戻るのか・・・
・・・
どちらにせよ、イベント会場から離れるのだから、人気がないところに向かっているのは間違いない。

「・・・」
胸騒ぎと、胸に疼く黒い渦。
でも・・・それに駆られて俺が動いたところで、ろくなことにならない。
落ち着け、俺。きっと、大丈夫だ。

俺は自分自身に何とかそう言い聞かせて、武の後をつけていく。
武は、防風松が並んでいる道を真っ直ぐに歩いていく。
そして・・・その道の脇に突如現われた小さな小屋の中へと入っていった。
夕方だというのに、何の明かりもつけず、暗いままの小屋。
昨晩、俺が梶谷美咲と話をした小屋よりももっとぼろい。もしかしたら、昔の海の家が壊されずに放置されていたものなのか?ボート小屋にしては狭すぎるし・・・

「・・・」
・・・あんなところで、あかねと何、話すんだよ。

小屋に入ったきり出てくる気配のない武。そして、時間的に考えても中にいるはずの・・・あかね。
例え、「二人で昔話をするためにそこにいたのよ」・・・そんな風に言われたところで、俺は、納得できるのか?
自分でも、分からない。

「・・・」
何、話すんだよ。何してんだよ。
俺に、「疑われるような状況を作るのが悪い」って起こったくせに、お前だって・・・!
「・・・」
再び、黒い嫉妬の渦で身体中が包み込まれるような感覚になる。
でも、
「・・・」

・・・でも・・・。

『あんた、あかねのこと信用しているみたいなこと言っているくせに、肝心な時に全然信用してないじゃないの。あんたは、無節操にうっちゃんやシャンプーの家に泊まったり世話になることはあるかもしれないけど、あかねは逆はないわよ。あの子は確かに素直で、無防備で男から見たら隙だらけかもしれないけど、自分がしてはいけないこと、くらいは分かっているわ』
俺の脳裏に、昼間なびきが俺に釘を刺したあの言葉がふっと蘇った。

信用している、分っている・・・俺は何かにつけてあかねのことをそんな風に言っていた。
でもあの時なびきに指摘されたように、嫉妬に駆られた俺は、すぐによからぬことばかりを考える。

あかねの事をよく分っている、はずなのに。
あかねのことを信じている、はずなのに。
「心配だ」「不安だ」という言葉の陰に隠れて、そんな風に感情に突き動かされて。
・・・

あかねのことを、信じている。あいつのことは、俺がよく分っている。
分かっているからこそ・・・今俺がこうしてみているあの小屋の中では、俺が心配するようなことは何も起こっていないって。
どうして俺は胸を張って言えねえんだよ。
「・・・」
・・・

例え、昨日あんなことがあったって、今日も徹底的に冷たくされて無視されたって。
俺じゃない別の男とイベントにいったって。あかねは・・・最終的に絶対に、やましいことなどしない。
いつも、俺がシャンプーやうっちゃんに抱きつかれたりキスされそうになったって、あかねが俺を拒絶したり嫌いになったりしないように、
俺がどんな状況下にいても、俺があかねのことだけを好きなんだって信じてくれるように、俺もあかねを信じて、大丈夫だって・・・あかねが今日の事を全部俺に話してくれるのを待ってやらなくちゃいけないんだ。
「・・・」
信じて待つことが、時に辛いこともある。
真実を知ってしまうことが、時に苦しいこともある。
でも・・・それでも信じ続ける強い心がなければ、人なんて嫉妬に駆られて全てを焦がしてしまうだけだ。
誰かを好きになるということは、そういう苦しさや辛さや、どうにもならない思いも全て含められる。
口先だけで、身体だけで「好き」と表現したところで、それは偽り他ならない。
誰かを思い続けるって、そんなに簡単なことじゃないんだって・・・今、俺は心からそう思う。

「・・・」
辺りを見回し時計を見つけ時刻を見ると、既に午後六時を超えていた。
俺が歩いてきた海辺の方からは、パンパンパン、と華やかな花火の上がる音と、イベントの開始を告げる司会者のマイクパフォーマンスが流れてくる。
・・・イベントに一緒に行くはずの二人のうち一人が、小屋に入ったきり出てこない。
ということは、その小屋の中にイベントに行く予定の相手も、いるということ。
「・・・」
・・・

・・・ドクン、ドクン、と徐々に徐々に大きくなる胸の鼓動と、でも飛び出してしまわないように足に力を入れる俺。電気もつかず、中に篭りきりで出てくる気配のない二人を見守るしかない、この状況。
・・・

「・・・」
苦しいよ。
声にならない思いを、俺はため息混じりに吐き出していた。

 

と、その時。

ザッ、ザッ・・・
防風松の脇で小屋を見つめながら複雑な表情をしている俺に、近づいてくる足音がした。
観光客だろうか?
俺はその観光客が俺の横を通過するのに邪魔にならないようにと、少し道をあけた。
ところが、近づいてくる足音は、俺の背後でぴたり、と止まる。
「?」
邪魔にならないように道を空けたのに、何で・・・
俺がそんな事を思いながら後ろを振り返ると、

「!」
・・・振り返った俺の瞳には、俺の捜し求めていた姿がくっきりと映し出された。

見覚えのあるワンピースに、見覚えのある顔。海風になびいてふわりと流れる髪。
そして・・・俺を見つめる、真っ直ぐな瞳。

「あかね、お前なんで・・・」
「・・・」
「お前、あいつと待ち合わせしていたんじゃ・・・」
そこには、武と小屋の中にいるはずのあかねが、いた。

一体どういうことなんだ?混乱した俺があかねにそう尋ねると、

「向こうにいこう、乱馬・・・」
「え?む、向こうって・・・?」
「あたし達は、向こうに行こう。二人の邪魔、しないように・・・」
「ふた、り?」
「・・・」
あかねは、小さな声でそう呟くと、エプロン姿にお面を額に引っ付けているという奇妙な出で立ちの俺については何も触れないまま、俺の手を引っ張り歩き出した。
そしてイベント会場の近くの例の石段に腰掛け、改めて俺の顔をじっと見つめる。

「おい、二人の邪魔って、何だよ。だいたいお前、武の奴と・・・」
あかねから武をイベントに誘って、武は勿論乗り気で。
それで二人は待ち合わせをして、あの小屋にいたんじゃないのか・・・?
いやそれよりも、何であかねがここに・・・?
聞きたいことが色々とありすぎて、何から聞いていいのか分からない。
「・・・」
混乱する頭を何とか整理しようと努力しながら、俺があかねの顔を見つめ返すと、

「・・・昨日の夜、あたしは民宿の一室を借りて一人で過ごしたの。ちょっと一人になりたかったから・・・」
あかねは、ポツリ、ポツリと話を始めた。なびきが言っていたとおりだった。
良かった・・・俺、妙な嫉妬であかねに妙な事を言ってしまわなくて。
・・・
そんな事を思っている俺には、きっとあかねは気付いていないだろう。
あかねはそんな俺の前で数回、深呼吸をした。
そして、それまで俺の手を掴んでいた自分の手をそっと離そうとしたが、
「・・・」
俺は素早くその手を掴み返して、きゅっと握る。
拒絶、されるかな・・・一瞬不安がよぎるも、表情に明るさも笑みもないが、あかねは昨夜のように俺に「触らないで」とは言わない。
ちょっとは、落ち着いたのかな・・・俺はその部分だけにはほっと胸を撫で下ろす。
「・・・」
ちらり、と俺が握った手に目をやりながら、あかねは続ける。


「そしたら、昨日の晩・・・武君と別れた後よ。その部屋に、あたしを訪ねてきた人がいたの」
「へ?」
「民宿の入り口で、わざわざあたしにあてがわれた部屋を聞いて・・・訪ねてきたの。夜中の、十二時頃だったかな・・・」
「・・・」
「それが、あの人・・・梶谷、美咲さん」
「!」
「今晩のことは、悪かったって・・・どうしてあんなことになったのか、あたしに説明を」
あかねはそう言って、再びため息をついた。


・・・どうやら、梶谷美咲本人が、俺ではなくあかねの所に行ったらしい。
武にそそのかされて俺をだました手前、そしてこれ以上ややこしいことにならない手前、深夜ということもあり、誤解されない為にも俺には謝りには来なかったけれど、あかねのところには行ったのか。
まあ、普通の人間ならば、良心の呵責があってもおかしくないことだけれど。
・・・
でも・・・謝られたところで俺とあかねが逆にこじれたことは言うまでもない・・・。
「・・・」
俺がそんな事を思っていると、


「どうしても、武君と話をしたいって言うから・・・ホントに武君のこと、好きだって言うから・・・だから、だからあたし・・・」
あかねはそう言って、一息ついた。
そして、


「・・・話も、全部聞いた」
「・・・」
「武君が本当に恋愛不審で、あたしの事を本当にくどきたいって、思っているかはよく分からない。でも、もしもあたしが昔出会った武君がどこかに残っているのなら・・・ちゃんと彼女の話を聞いてくれるかなって、思ったの・・・」
そう言って、きゅっと口を閉ざした。
「・・・」
俺は、そんなあかねをじっと見つめる。

・・・俺を騙して梶谷美咲をそそのかして、更に遊び相手の女には不自由しなさそうな武。
その武とヨリを戻したくて、何とか話をしたくて、結果的には俺を騙した梶谷美咲。
そんな話を聞いてでも、あかねは武を、そして話をしに来た彼女を信じようとしたのか。
俺だったら、自分が危険な目に遭いそうだったことを知ったら怒るし、もう係わり合いになりたくないって思うけどな。
あかねは、違うんだな・・・
・・・

「・・・」
あかねのその優しさや心の広さ、すごく見習うべき所だと思う。
でも、時には怒ったり相手を突き放すことも必要だと思うところも、ある。
あかねの良い所でもあり、心配な所でもあり・・・話を聞きながら、俺は何となく複雑な気持ちになる。
そんな俺に対して、

「だからあたし・・・あたしとイベントに行こうって、わざと武くんを誘ったの」
「え?」
「そう言えば武くん、一緒に外に出てくれると思ったから・・・人の気持ちを利用するみたいな手を使ったのはすごく心苦しいけれど、でもそれしかないと思ったの。ゆっくり話が出来る場所は、今朝海辺を歩いてあの古い建物を見つけたから・・・」
あかねが答えた。

どうやら、朝からあかねが出かけていたのは二人が話を出来る場所を見つけに行く為だった
ようだ。
武とずっと一緒にいたわけではなかった・・・俺はひとまずほっと、息をつく。
そんな俺に、あかねは続ける。

「梶谷さんには、夕方事前に落ち合って、あの場所の事を伝えたの。それで彼女、少し早めにあそこで待っていたの」
あかねはそう言って、ため息をついた。

・・・そうか、だからさっきイベント会場でセイバーの集団を見たときに、梶谷美咲がいなかったのか。
てことは、武は今、梶谷美咲とあの建物で話をしているって事なんだな。
俺はようやく状況を理解した。
武の奴にしてみれば、あかねが中にいると思って入ったら梶谷美咲だった・・・というのには多分驚いただろうけど、
でもすぐ出てこないところを見ると、今日に限ってはこの間よりも真剣に話しているのだろうか。
・・・
俺がそんな事を思っていると、

「・・・」
くい・・・
あかねが、俺の掴んでいる手を掴み直しながら軽く、引っ張った。

ん、何だ・・・?どうしたんだ?
俺があかねのその仕草に驚いていると、

「・・・恋愛で傷ついた心を本当に癒すのは、傷ついた時よりももっと、もっと素敵な恋愛をすることだと思うの。でも武くんのその相手は、あたしじゃないと思う」
「・・・あかね」
「変わってしまった彼を、それでもずっと好きで・・・時々過った事をしてしまっても、それでも強い気持ちで思い続けている彼女こそふさわしいと、思う」
彼女、というのは勿論梶谷美咲さんのこと。あかねははっきりとした声でそう答えた。
そして、

「彼女が傍にいてくれたら、今すぐじゃなくてもきっと、武くんは大丈夫よ」
・・・そう、あたしが昔苦しくて辛い思いをした事を、今はちゃんと、思い出に出来たように。
あかねは、最後に小さな声でそういって、俯いてしまった。
「・・・」
俺は、その声を最後まで聞くか聞かないか、微妙なタイミングであかねをぎゅっと、抱き寄せる。

 

・・・こんな風に嫉妬でドス黒い渦に身を焦がしてしまいそうな俺でも、あかねの心を癒すことが出来ていたのだろうか。
あかねが昔経験した片思い・・・そう、かすみさんと東風先生の気持ちを知りながらも先生が好きで仕方がなかったあの時の思いを、
人知れず泣いてばかりいたあの頃のあの傷を、俺は本当に思い出、にしてあげられたのだろうか?
こんな風にあかねを困らせたり、怒らせたり、傷つけてばっかりの俺との恋愛が、今のあかねには、「もっと素敵な恋愛」になっているというのだろうか・・・?
それなのに、そんな風に俺のことを考えていてくれたあかねに対し、俺は・・・

「・・・」
好きだ、という言葉に隠れたドス黒い嫉妬に心を駆られ、目の前にある彼女だけを、必死に繋ぎとめようとしていたなんて。
あかねは、もっともっと、深い気持ちでいつも俺に接してくれていたのに。

・・・そうだよな。
あかねと付き合っているのに、未だに俺を追っかけて抱きついてきたりべたべたするシャンプー達の事、 腹の中では怒ってはいても、俺がそうされたからといって「俺と別れる」とは言わないあかね。
本当は嫌で仕方が無くても、俺がそうされることを喜んでいないって、ちゃんと分かっているから。
俺のことを、口先だけじゃなくて信じているから・・・何とか流してくれているんだ。
・・・
それなのに。
「・・・」
俺は、あかねの小さな背中を抱きしめながらそんな事を考えていた。
と、

「あたしのこと、心配?」
あかねが、俺の胸に顔を埋めながらぽつんとそう呟いた。

「うん・・・」
俺がそんなあかねの頭を撫でながら素直にそれに答えると、

「あたしも、乱馬のこと、心配・・・いつも、あたし以外の女の子が傍にいるし、彼女がいるって分かっていても皆諦めてくれないし・・・」
「・・・」
「でも・・・」
あかねはそこまで呟くと、俺の胸から顔を上げて俺を見上げた。
そして、

「でも・・・時々苦しくなって、辛くて、腹も立つことも一杯あるけれど、あたし・・・乱馬のことちゃんと信じているから」
「え?」
「絶対にあたしを裏切らないって、信じているから、頑張れるの」
「・・・」
「だからね、あたしに嘘、つかないで」
「あかね・・・」
「例え腹立たしいことでも、他に好きな人が出来た場合でも・・・ちゃんとそういうの、受け止めるように頑張るから、だから・・・あたしに嘘はつかないで」
優しい嘘が、一番人を傷つける・・・あかねはそう言って、そっと目を閉じた。
閉じた目から、一筋の涙が零れ落ちる。
「・・・」
その涙が、そして最後の一言が俺の胸にはズン、と響き渡っていく。

 

・・・今回のことであかねが俺を怒ったり悲しんだりしていたのは、「俺と梶谷美咲が夜中にボート小屋で抱き合っていた」様に見えたことを安に感じていたのではない。
例えやましいことが何もなかったとはいえ、あかねに二回も嘘をついて彼女と会いに行ったり、
俺があかねを大事に思うが故についた嘘のせいで、あかねが余計に傷つきそして自分が本当は信用されていないのではないかと、思わせてしまったこと。
たとえその時には怒られようが殴られようが、「実はさ」と話をしていたら、こんなことにはならなかったんだ。
そのことが・・・あかねには腹立たしくもあり、そして悲しくもあったんだ。
・・・

「俺・・・俺、あかねの為、とかあかねのこと考えているって自分ではそう思っていたけど、結局それは俺の思い上がりで・・・」
「・・・」
「・・・心配って言葉の裏に隠れた自分の感情に踊らされてばっかりでさ・・・」
ごめん。俺は、小さな声でそう呟く。
失いたくなくて、渡したくなくて、誰にも触れさせたくなくて守りたいもの。
それを守る為にしていたと思っていたことが、逆に守ろうとしたものを傷つけていたなんて。
・・・

「うん・・・もう嘘、つかねえよ。殴られても蹴られても俺、ちゃんと話す」
俺は、あかねの頬に流れ落ちていた涙の後へ顔を近づけて、舌でそっと掬った。
あかねが一瞬ビクン、と身を竦める。その後ブルルルッとまるでネコの様に身体を震わせ、

「約束ね」
「ああ、約束する。その代わりおめーもな」
「うん」
「・・・思い出を・・・お袋さんの思い出を作りたかったんだったら、そこまでちゃんと俺に言ってくれよな」
「うん」
「俺、鈍いしそこまで気がつかなくて・・・それに」
それに、言ってくれた方が俺も一緒にその思い出、作れるし。俺はあかねの頬に吸付きながらそうぽつりと呟いた。
「・・・」
その言葉にあかねは一瞬驚いたような表情をするも、

「・・・うん」
頬に吸付いている俺に、自分からも頬を寄せるように擦り寄りながら、ようやく俺に笑顔を見せてくれた。

・・・思っているだけでは時に伝わらないこともある。時にはきちんと口に出さないと伝えられないこともある。
俺達はそれぞれが別々の人間だから、色んな感情も持っているし色々な考え方も持っている。
だからこそ・・・今回みたいに優しい嘘を重ねて余計に人を傷つけてしまったり、その行動の真意が分からなくてあらぬ想像ばかりして、醜い感情に包まれてしまったこともある。
嘘をつくな、ちゃんと伝えろ。大事な人を信じろ、傷つけてはいけない。
幼稚園の子供でも分るようなそんな簡単なことを、どうしてこと恋愛に関してだと分らなくなってしまうのか・・・それが不思議でならないけれど、
でもそんな風にして当たり前のことを当たり前のようにしていくことが、恋愛では難しいんだろうな。
信じるって言葉を口に出すのは簡単だけど、それを心の中で思い続けるのは、難しい。
でもそれを乗り越えないと、恋も愛も育たない。
きっと、大切な人を本当に守ることなんて出来ないないんだろうな・・・
・・・

「・・・あのさ、俺達もう明日この海から帰るけどさ」
「うん」
「最後出発する前にさ、武の野郎と話そうか」
「え?」
「・・・あいつらの恋愛の話も気にはなるんだけど、それよりも、お前まだ、お袋さんの情報というか思い出、武にちゃんと聞いてないんだろ?」
「乱馬・・・」
「思い出、作らないと」
俺は、頬をぺったりとくっつけたままあかねにそう呟いた。
あかねはそんな俺の言葉に嬉しそうに何度も頷いた。

怒ったり泣いたり困ったりしている時よりも安心する、笑顔。
夜の闇に紛れていても、輝かしく見える。
そしてその輝きを受けて俺も思わず、笑顔になる。やはりあかねにはこうして笑っていて欲しい。
俺の嘘や、感情でこの笑顔の輝きを消してはいけないな・・・

「乱馬、ありがと」
あかねが、頬をぺたぺた、とくっつけながら俺にそう呟いた。

「お礼の言葉だけかよ。他にもっと言うことはないのか」
「じゃあ、乱馬、好き」
「じゃあって何だよ、ついでみたいに」
「いいでしょ、ついででも何でも。好きには代わり無いんだから」
注文が多いわね。あかねはそう呟き俺の頬にがぶ、と軽く噛み付いてから離れた。

「あーあ、結婚前の大切な身体に傷ついちまった。責任とって貰わないと」
俺は一度離れたあかねが俺に背中を見せた隙に、腰から前へと手を回しぐいっと引き寄せる。

「何よ、いつも自分なんてもっと酷いことしているくせに。嫁入り前の娘の身体になんてことを」
「いいんだよ。嫁に貰うのは俺なんだから」
「お父さんに言いつけてやるから」
「ふーん、じゃああかねは、俺にいつも何をされているのかを、おじさんに事細かに話せるんだ。やらしー」
「そ、それはあんたでしょっ」

あかねは後ろから抱きついてそんな事をぼやいている俺に、ドスッと肘鉄を施す。
ミゾオチにちょうど入った為に、不気味なうめき声を俺は上げつつも、

「とにかく、俺の大切な身体に傷をつけたオトシマエはつけてもらいましょうか」
「なによ、オトシマエって」
「同じようにつけないと。でもあかねが年頃の女と言うことを考慮して、顔は止めてやるぜ」
「偉そうに。それに何よ、顔は、って」
「年頃の女が顔に歯形つけていたら目立つだろー。だから俺は、服に隠れて見えないところにつけることにするよ。ああ、でもそういう部分は肌もデリケートだから、歯形じゃなくてマーキング程度にしておくか。俺、優しいなあ」
「・・・最もらしいことを言っているように聞こえるけど、あんたとんでもないわよ」
「一やられたら百返せ。俺は早乙女家の家訓に習って、そうすることにするよ」
「あたしは天道家の人間なんで、その家訓には習わなくて良いかと思うんですが・・・」
「嫁ぎ先の家訓は嫁ぐ前から知っておくべきだぞ」
さ、それじゃ人気の無いところを探しにいくか・・・俺はあかねに背後からスリスリと身体を擦り付けつつ、笑顔でそう呟いた。

「・・・全く、嘘は中途半端に下手なのに、身体だけは完全に狼少年だわ」
そんな俺に対してあかねが呆れた声でそんな事を呟く。
が、俺がぼやかれたくらいでは諦めないことを知っていることもあり、はあ・・・ともう一度ため息をついた。
俺はそんなあかねをぎゅっと一度だけ抱きしめると、ゆっくりと歩き出した。
あかねも、仲直りした途端に調子の良い俺には呆れつつも、そんな俺の身体にぴったりとくっついて歩き出した。

 

 

 

 

「あかねのお袋さん、あの時確か、から揚げを作ってくれたんだ。俺に何を食べたいかって、聞いてくれて。俺、そんな風に食べたいものを聞いてくれた大人が周りにいなかったから、すげーうれしくてさ。それをすごく思えているんだ」
・・・翌朝。
民宿を出る際に、民宿の仕事を置いてわざわざ駅まで見送りに来てくれた武が、あかねにそんなことを呟いた。

あかねが駅までの道を歩きながら、武にお袋さんの事を聞きたいと尋ねたからだ。
武にしてみれば、あかねにはもっと別のこと・・・そう、例えば電話番号なんかも聞きたいとは思っているのかもしれない。
でも、あかねはそういうのをうまい具合に流しつつ、武にそう尋ねた。
そんなあかねの横には俺がぴったりとくっついていて、一緒に奴の話を聞いている。
最も今日に限っては、色々と思うところはあれど、奴に対して敵意をむき出しにしたりはしていない。
他の家族は、電車が来るまでの間、駅のキオスクでみやげ物を買ったりベンチで休んだりしていた。なびきに関しては、
「・・・」
・・・なぜか、俺とあかねを妙なローアングルで写真を撮り続けている。
プライベートの旅行写真とでも名を打って売るつもりなんだろうか。
俺のはともかく、あかねの写真を売りさばくのはどうかと思う。なので俺は、なびきがあかねを狙った瞬間にさりげなく鞄を動かしたりしてシャッターチャンスを邪魔している。
最も、風が一瞬だけ強く吹いた時にスカートが舞い上がりあかねの足が露になった時覚悟している。
ちなみにシャンプーとうっちゃんは、本当は俺達と一緒に帰りたがっていたけれど、海水浴客が次から次へとやってきて図らずも店が大繁盛。
商売人の血は色恋沙汰より強いのか、そのまましばらく、海に残って店を運営していくことになったのだ。
・・・

「お母さん、料理作るの上手だし好きだったから、武君が美味しいって言ってくれるのを見るのが楽しみだったのね」
・・・そんな俺の横では、あかねが武と会話をしていた。

「ああ。あの時のから揚げの味はホントに美味かった。今までたくさん食べた中でも、三本の指に入る」
「そう言ってもらえると、お母さんも喜ぶよ」
「・・・あのさ、俺がもしあかね達の住んでいる町に行くようなことがあったらさ、お墓参りさせてもらってもいいかな」
「え?」
「から揚げのお礼、俺、確かあの時食べるのに夢中で言ってなかった気がするから・・・」
その時は、あかねにも会いに行くから。
武はそんな事を言いながら、さりげなくあかねの手を握った。

ん!?

「・・・」
一瞬俺は表情を険しくするも、ここはあかねに任せよう・・・とこの数日で少しは成長したかと思われる感情を上手にコントロールし、黙っている。
それを感じているのか、あかねはそんな武の手を一度だけきゅっと握り返しそっとはずさせると、
「お母さんも喜ぶと思うわ。うちにも是非、遊びに来てね」
と、言った。

にっこりと微笑むあかねに、武も嬉しそうな顔をする。
武にしてみれば、『海にいる間に落としてみせる』という公約は果たせなかったものの、気があるあかねにこんな風にされれば悪い気はしないだろう。

「ああ、絶対に遊びに行く」
武は、ちらりと俺の方を見つつも、「約束する」とあかねに呟いた。
あかねはそんな武に「うん」と答えるが、

「でも彼女・・・美咲さんと一緒にお墓参りに来てくれれば、お母さん、もっと喜ぶと思うの」
「・・・」
「武君の幸せそうな姿、うちのお母さんに見せてあげて欲しいな」
あかねは、例の梶谷美咲の名前をふっ・・・と出し武に二人で来ることを促した。
これには武も驚いていて言葉を失っていたが、
「・・・あいつは、そんなんじゃないから」
「そうかな」
「俺、彼女とか特にいないし・・・それに俺、あかねのことが・・・」
あくまでも、あかねの前ではあかねを落とす姿勢は崩さない。
武は、傍で見つめている俺を無視しつつ慌ててあかねにそう告げようとしたが、

「武君」
「え?」
「私、彼の・・・乱馬の許婚なの。お母さんにね、お墓に報告に行くたびにいつも、そのお話をするの。直接お母さんの声を聞くことは出来ないけど、例えば夢の中とかでね、喜んでくれるのよ。あかね、彼と仲良くね、って」
あかねは武の言葉を遮り、ハッキリとした口調でそう告げた。

「・・・」
これには、俺は勿論武も驚いていた。
一昨日のこともあるから、もしかしたらあかねの口から俺の事を正式に「あれは弟じゃない」とは聞いていた可能性もあるかな、と一瞬思ったけれど、驚いている様子を見ると、あかねからはそんな事を告げられなかったのかもしれない。
最も、あかねが言わないだけで、武は最初から俺が弟じゃないことくらい気付いていたわけだけど。
・・・

武にしてみれば、あかねを最後のチャンス、として口説こうとした瞬間にこんな事を言われたわけだから、複雑極まりないだろう。
俺がそんな事を思っていると、

「だから武君にも、お墓やうちに挨拶に来てくれた時に、そういう報告をお母さんにしてもらいたいなって思う。・・・報告を一緒にする相手は、私じゃなくて、美咲さん、だと思うわ」
「・・・」
「耳が痛いことや腹立たしいこと・・・正しいことを正しいと、間違っていることを間違っていると正してくれる人のこと、大切にしなくちゃ」
「あかね・・・」
「ずっと傍にいて支えてくれている人のこと、避けてはだめよ」
あかねはそこまで言って、「ね?乱馬」と俺に話を振ってきた。
「お、おう・・・」
俺には相槌を打ってやることしか出来ないけれど、でもあかねの言うことは正しい、と言うことはわかる。

「今はウゼエとか重いとか思うかもしれないけど、あの人、あんたのこと好きでしょうがないんだってさ。・・・わかってやれよ」
本当は、梶谷美咲にもまだ腹は立っているものの、ここは弁護と言うか擁護するしかない。
俺は、あかねと共に武にアドバイスをしてみる。

「・・・」
武はそんな俺達の問いかけには答えなかった。
勿論、思うことが色々とあるが故にだとは思うけれど、なんと答えてよいのかも分らなかったのだろう。
「・・・」
そんな黙り込んだ武に対し、あかねは一度優しく微笑むと、

「過ぎてしまった時間はもう戻らないけれど、これから歩む予定の時間は、これから進んでいくの。自分次第で、未来はいくらでも変えられるよ」
「・・・」
「彼女とならきっと、今までよりもっと、ずっと素敵な恋、出来ると思う・・・」
・・・あかねがそこまで武に話したその時、
カンカンカン・・・とけたたましい警鐘が鳴り、ホームに電車が向かってくるのが見えた。

俺は一瞬その電車に気を取られていたけれど、警鐘の音に紛れてあかねが、武に何かを伝えていた。
武も聞こえづらかったらしく、身を屈めてあかねの声を必死に聞き取っている。
「・・・」
耳元で囁くような形であかねが話しているので、俺には二人が何の話をしているのか全然分からない。
それには少し抵抗感を感じるも、そうこうしている内に、電車がホームに到着。
停車時間もあまり無いようなので、俺達は慌てて電車に乗り込んだ。

「じゃあね、武君」
「色々とありがとう」
「お世話になりました」
「皆さんによろしく」
「『美味しかったよーん』」
・・・

家族みんなが武に一言ずつお礼を言い、電車の指定席に乗り込んでいく。
俺とあかねも最後に、電車の乗り口から武を振り返り頭を下げた。
武は、俺には何だか複雑そうな表情をしたものの、

「・・・あかね、俺、あかねがさっき俺に言ってくれたこと、考えてみるよ」
「うん」
「ありがとうな」
俺を無視してあかねとそんな会話を交わすと、俺達に手を振りながらホームから去って行った。

「なあ」
「なあに?」
「武の奴と、ヒソヒソと何、話していたんだ?」
・・・電車がゆっくりと動き出して。
家族が待つ指定席エリアへ行く前に、俺とあかねは電車のデッキエリアで立ちながらそんな話をしていた。
途中までは全然乗り気じゃなかった武が、あかねが耳元に何かを囁くように話してから急に考えを変えたように見えた。
一体、何を話したんだろうか。俺はそれが気になっていた。
すると、

「別にー・・・たいしたことじゃないわよ」
ガタガタ、と山道を走行している為に揺れる電車の中、フラフラ揺れつつバランスを取りながら、壁に手をつきあかねが答える。

「嘘付け。たいしたことじゃなかったら、あの武があんな風に考え方を変えるわけねえだろ」
俺はそんなあかねを壁に追い詰めるようにして尋問するが、
「別に、ホントにたいしたことじゃないもん」
あかねは、意地悪い顔で笑いながらそう言うと、
「あたしと武君が最後に話したあの時のことは、お母さんの思い出と一緒にあたしの胸の中だけにしまっておくわ」
と、自分の胸をトン、と指で突いた。
「小さな胸にしまいこんでおくと苦しいだけだぞ」
俺がどさくさに紛れて、あかねと同じようにあかねの胸を指で突っつくと、
「小さいは余計よ!」
ゴスッ・・・と、俺はあかねに拳で頭を殴られた。
そして、

「ぜーったいに乱馬には教えてあげないもん」
「ずるいぞっ。俺には嘘をつくなっていったくせに。俺にも嘘つくなよな。隠し事はいけないんだぞっ」
「嘘なんてついてないもん。それに、本当にたいしたことじゃないから、言うまでもないし。良い思い出は良いまま胸の中にしまっておくのがちょうどいいのよ」
「小さい胸にしまっておいても苦しいだけだって言ってんだろっ」
「だから、小さいは余計よっ」
俺達は凝りもせずそんな事を言い合いながらデッキでしばらく過ごし、
そして電車が次の停車駅へと着く頃合に合わせて、俺達は皆が待つ指定席エリアへと戻っていった。

結局、あかねは家に着いても俺には武とあの時何を話したのか、教えてくれなかった。
その部分だけは俺にとって少し気にはなるけれど、
でもまあ・・・それも含めて、俺もあかねも、夏の思い出を今回の海では色々作ることが出来たからよしとするか。

少しだけ、お互い・・・というか俺も成長できたような気もするし、それに今回のことがあってもっと、もっとあかねの事を好きになったし。
成長に対しての代償、ということにでもしておこう。俺はそんな風に納得をすることにしたのだった。

 

*
『武君、今はそうは思わなくても、どんなことがあっても武君から離れず傍にいる美咲さんは、絶対に武君の運命の人だと思うよ』
『そうかな・・・俺にはピンと来ないけど・・・』
『私もそうだったもの、最初は・・・でも、最低最悪で、ナルシストでスケベで我侭で自分勝手で乱暴でソコツでこんな奴はお断りって、思っていた相手と結局結ばれちゃったのは、彼がきっと、運命の人だったから・・・』
『それって、あかねのヨコで俺のこと睨んでいるあいつ?』
『うん・・・だからね、縁があれば必ず、何かが変わるよ。辛い恋の思い出も、苦しい思い出も、きっと彼女が癒してくれるよ。だって、彼女真剣に武君のこと、大好きなんだもん。その気持ちがいつか、ちゃんと武くんの胸の中に溶け込んでくるから。気づいた時には、武くんの方がきっと、彼女の事を大好きになっているわ』
『・・・羨ましいな、アイツ。あかねにそんな風に思われててさ』
『ふふ・・・でも乱馬には内緒ね』
『ああ』


RUMIC'S NOVELS LINK

パラレル
糖度2
糖度3
糖度4
糖度5
企画

OTHER CONTENTS

■オリジナル作品(外部サイト)
お仕事情報

THANKS!

TOTAL: HITS(Y:)