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ラストキッス

あれは確か、あたし達が両想いになる少しだけ前の出来事だった。



クラスの仲良しグループで土日の休みを利用して近場のペンションに遊びに行った時のこと。
そんな風に遊びに行った夜は、かならずどこかの部屋に集まるのは、旅行の醍醐味の一つ。
あたし・さゆり・ゆかの三人は、乱馬・ひろし君・大介君達の部屋へお邪魔して、みんなで話したり、ゲームをしたりして過ごしていた。
それはすごく、楽しい時間だった。
学校とは違い、何か不思議な解放感もある。おしゃべりも弾んだし、話題も尽きることもない。
そんな非日常的な時間が、あたしも楽しくて仕方なかった。
でも、そろそろそんな会もお開きにしようとそんな雰囲気になる直前。
ひろし君が乱馬と話したある会話を耳にしてしまった瞬間、
みんなには悟られないようにしたけれど、
あたしはまるで、心臓を直接手で鷲掴みされたようなそんな衝撃を受けた。


どんな経緯でそんな会話になったかは覚えてないけれど、
ひろし君が乱馬に、
「なあ。乱馬が最後にキスした相手って誰だ?」

「はあ?なんだよ急に。それに最後にってなんだ」

「だーって、お前の周りは複雑だからな。男も女も入り乱れている状況だし」
そう質問したのに対して、
乱馬は、
「あー…シャンプーだな。あ、でもあいつがこっちの意志とか関係なしに、だぞ。戦いで自分に勝った男の嫁になるとかいう、わけのわからん掟でいきなりだなあ
と答えた。
「そういえばお前、なびき姉ちゃんに聞いたところによると、初めてのキスは女の姿の時に男にされたんだってな」

「あいつ、また余計なことを!」
「更に、そのあとシャンプーちゃんにされたのが、男として初めてだったんだろ?良かったなあ、男としてのファーストキスが、シャンプーちゃんみたいな可愛い子で」
「別に」
「あれ、てことは、それ以降は誰ともキスしてねえのか?」
「あ?ああ」

…ひろし君の質問に対して、乱馬は確かにはっきりとそう答えていた。
その乱馬の言葉が、あたしの耳にはやけに強く残った。
「それじゃあ、あたし達はそろそろ退散しますか」
そのあとすぐに、
さゆりのその音頭と共に、みんなで集まるこの会はお開きになったのだけれど、
あかね?どうしたの?ぼーっとして」

でも。

さっきの乱馬の言葉が耳から離れないあたしは、ひろし君達の部屋からでる時も、気が散ってしまって、さゆりにそんな声を掛けられる始末だ。
「え何でもないよ。ほら、眠くなった表情がそう見えただけじゃない?」
あたしは、本当はものすごく動揺している事を悟られないように振る舞う。
「それより、さゆり」
あたしは、そう言って自分達の部屋のドアの前まで付くと立ち止まった。
「ん?どうしたの?」
さゆりが部屋の鍵をガチャリと開けながら、あたしに尋ねる。
「あのあたしちょっと風にあたってくるからさ、ゆかとさゆりと、先に寝ていてくれない?」
「え?あかね、さっき眠いって言ってなかったっけ?」
「えうん、そうなんだけど、何か外の空気を吸いたくなっちゃって
しどろもどろな言い訳をするあたしに、さゆりは少し不思議そうな顔をしていたけれど、
「わかったわ。部屋はオートロックだから、あかねに鍵、渡しとくね。帰ってくるときは鍵で中入ってくるのよ」
そういって、あたしに部屋の鍵を渡してくれた。
「ありがと」
あたしはさゆりとゆかにお礼をいって、そのままペンションの外へと歩きだした。






あたしたちが泊まるこのペンションは、街から少し離れた場所にある。
なので、ペンションの裏手には、芝生をひかれ白い柵で囲まれた広間があったり、まわりを森に囲まれた泉のようなものがあったりとなかなかの景観が楽しめる。
ただ、今は夜なのでその景観を思い切り堪能する事はできないが、月明かりで反射して時折煌めく水面を眺めることぐらいは出来る。

あたしは泉のほとりに設置してあるベンチへと腰掛けた。
そして、時折通り抜ける風のせいでキラリ、キラリと輝きを放っては消える泉の表面に出来る波をじっと見つめながら、ため息をついた。


あたしにしたのは、数に入らないのかな。
あたしの頭の中は今、そんな思いでいっぱいだった。


あれは、シャンプーが一度中国へ帰って、また戻ってきた日のこと。
乱馬が初めてみんなの前で猫拳を使ってしまった日。
猫になって我を忘れた上にマタタビに酔った乱馬は、猫になったままあたしの膝の上に乗ってチュッ、とキスをした。
それもみんなの前で。


あれは、キスじゃないの?
少なくてもあたしは、そう思っていた。
あたしは再びそんな事を思いながら、俯いて唇を噛む。


実はそれから少し後、
大晦日の日に、猫になったシャンプーが「キス」という名目で、乱馬の顔面を舐めたこともあったけれど、それは「猫」と人間であったから、ちょっとまた別の問題だ。
でも。
今回乱馬が言っていたのは、「猫」と人間の話じゃなく、「女の子」としたキスの話だ。
シャンプーが人間の姿で強引にしたあれは立派な「キス」で、乱馬があたしとしたあれは、「キス」じゃないの?
同じ唇を重ねたのに、何が違うの?
そう思うたびに、あたしの心にズキと痛みが走る。

「男」の乱馬と、シャンプー。
きっとあの時、シャンプーにとっては、まあ一応、掟とはいえ「好きな人」とのキスだったはず。その前に「女」のらんまとは数年前にしているけど、それは頬にだし、今は関係ない。
乱馬だって、「男」として「女の子」とするのは、あの時が初めてだったみたいだし。
シャンプーがあの時のこと忘れるはずないし…そう考えると、あの時の「キス」は、やっぱりちゃんと双方で記憶に残っているって事だ。
それに比べてあたしは


あたしだって、初めてだったのに
そんなことを小さく呟きながら、あたしはため息をついた。

乱馬にとっては三回目かも知れないけど、あんな形でもあたしにとっては、初めてのキスだった。しかも相手は…その、好きな人。
でも、あたしがそれをこうして覚えていても、その相手にはそれを「キス」と覚えられてないなんて。

友達との話題にすら上がってこない。おまけに…一人だけ、今までそれが自分の「キス」だと思っていたあたしは、かっこ悪いし最悪だ。

あたしの心がまた、ズキと痛んだ。


こんなことになるくらいだったら、いっその事あの時の記憶ごと全部消せたらいいのに。
あたしは強くそう思った。
どうせ乱馬が覚えてないんだったら、あたしのあの時の記憶消してしまいたい。
そう、あの時に一瞬だけ感じた「唇の記憶」と一緒に。

そうすればこんな思いしなくてもいいし、いつか自分のファーストキスのことを思い出すような機会が来ても、こんな思いを思い出さなくてもいい。

あたしはそんな事を思いながらまた一つ、ため息をついた。




と、その時だった。

 

ため息をつきながらベンチに座り俯いてるあたしの、地面に映し出されているその影に。ふいにもう一つの影が重なった。
え?こんな時間に、何?…あたしがふと振り返ると、
「何やってんだよ、こんな所で」
いつの間にか、乱馬がそこにやってきていた。

それまで、頭の先からつま先まで乱馬のことを考えていたのもあり、ちょっと気まずい。

あたしは何も答えないで、再び乱馬に背を向ける。
すると、

「おい何で無視すんだよ」
乱馬はそんなあたしの態度が気になるのか、あたしが座っているベンチの前に回りこみ、俯いているその顔を見上げるようにしゃがみ込んだ。
別に、何でもないよ」
あたしはそんな乱馬に顔を見せまいと、そう言って顔を背けた。
「何でもないなら、何で顔背けんだよ」
そんなあたしを見て、乱馬の声がちょっと低くなった。
そして、
「俺達の部屋出る時から、何か様子変だぞ」
そういうと、乱馬はあたしの背けた顔をくいっと自分の方へと向けさせた。

あたしと乱馬は、そこでようやく目があった。

乱馬は、あたしが何かいいだそうとしているのを待っているかのように、じっとあたしの顔を見ていた。

そんな乱馬の表情に、あたしは一瞬戸惑った。

言うべきか、言わないべきか。でも…聞いてみるのは今しかない?
覚悟を決めたあたしは、ゆっくりと、そして小さな声で乱馬に問う。

あれは違うの?」
「ん?」

もちろんそれだけでは、聞かれる方は何が何だかわからない。

乱馬はあたしの問いに戸惑っていたが、

「乱馬があたしにしたアレは、キスじゃないの?」
あたしが再度、今度はちゃんとそう言うと、乱馬はようやくあたしが何を言いたいのかが理解できたみたいだった。
そして、乱馬は初め、あたしのその問いに答えようとして唇を動かそうとしていたけれど、一瞬何か考えてその動きを止め、そして黙ってしまった。
「…」
その、「黙っている」という事自体が、「あれはキスじゃない」と、乱馬が答えを出してるんだと鈍いあたしでも、そう、感じた。

こんな事、改めて聞かなければ良かった。
あたしは自分の愚かさに急に腹が立った。


ばかみたい。

ばかみたい、あたし。

何で聞いちゃったんだろう。答えなんて、自分でうすうす気づいていたのに。

改めて、それを確信持たせてどうするのよ。乱馬のことも、困らせて。

あたしは、そっと目を伏せた。

できるなら、今すぐこの場から逃げ出してしまいたかった。
そう、さっきからあたしの胸の中でズキズキと痛みを増すこの心だけ、ここに置き去りにして。



あたしがそんな事を考えていると、
「あんなのキスの内にはいんねぇじゃねーか」
ようやく乱馬がそう口を開いたかと思うと、たった一言だけ、そう答えた。

それはまさに、止めの一撃だった。
「そう」 あたしは、その宣告にそう答えるのが精一杯だった。
その瞬間、先ほどまでよりももっとずっと、強く強く…胸が締め付けられて苦しくなった。

耐えきれず、自分の洋服の胸のあたりをぎゅっと、掴む。

そんなことをしたところで、軋む心は楽にならないというのに。

苦しさなど、何も変わらないというのに。

わかってはいるけれど、今のあたしにはそうすることが精いっぱいだった。


乱馬の答えなんて分かっていた。わかっていたし、予想通りだった。
それなのに、どうしてあたしの胸はこんなにも、痛くなるんだろう?
胸が、悲鳴をあげていた。
痛い、痛いと、まるで本当に泣いているかのようにじわじわと体中を駆け巡る。
乱馬には三回目だったかもしれないけど
「え?」
「あたしは初めてだったの」
あたしは。
そう呟いた瞬間、自然と涙を一粒落とした。


悲しいから泣いているんじゃなくて、何だか自分が情けなくて仕方なくて涙を流していた。それだけだからと、言いたかった。

でも、どうしても唇がその言葉を告げることを拒否している。

確かに自分も情けないし、それだったら思い出もすべて消してしまいたい。

そう思うけれど、でもそれと同じくらい…「やっぱりキスじゃなかったんだ」と。

相手にはやっぱりそう思われていなかったことも、それを確信したのも、やっぱり悲しかった。

いろんな気持ちがごちゃごちゃして、乱馬に告げる次の言葉が見つからない。



「あかね、あの
乱馬はそんなあたしに慌てて何か言おうとしていたけれど、

あたしはそんな乱馬に対して首を左右に振ってみせた。
あたしの耳が、乱馬の言葉を拒絶していた。いや正確には、今誰に何を言われても、あたしの耳がそれを受け付ける余裕がないから無理。そのサインだ。



シャンプーも乱馬も。二人はキスしたっていうのを覚えていて、しかもお互いがちゃんとそれをキスだと認識しているのに。

あたしは、違う。「あんなのはキスの内に入らない」って…乱馬はそう言った。

そう、「あんなの」。

あたしがファーストキスだと思っていたのは、乱馬には「あんなの」なんだ。

 

…やっぱり、聞かなきゃよかった。

 

知らなければ、ここまであたし自身も傷つかなくて済んだかもしれない。

何より、あやふやな思い出で済んだかもしれなかったかな…。

悔しいけれど、今日だけはシャンプーが、すごく羨ましい。
「そっか…わかった」

あたしは乱馬に聞こえるか聞こえないかわからないくらいの小さな声で、呟いた。
そして、
あたし、もう戻る」
ついにその場に居たたまれなくなってベンチから立ち上がると、あたしは乱馬にそう言い残してペンションへと戻ろうとした。
が。


「待てよ」
そんなあたしの去り行く手を、乱馬が掴んだ。
「離して」
あたしがその手を振り払おうとすると、
「話、まだ終わってねえだろ」
乱馬がそういいながら、あたしのその手をぐぃっと強く引っ張って自分の前へと連れ戻す。
「話すことは、もうない」
あたしが俯きながらぼそっと呟くと、
「俺はある」
乱馬はそういって、ため息をついた。
そして、
「キスッてさ普通はその、好きな相手とすると思うんだ。まあたとえ俺の意志に関係なく強引にされたとしても、そのした方もされた方もそれを覚えてないと、ちゃんとしたキスって言えないと思うんだ」

「俺が猫になったあの時のことその、俺本当に覚えてなくて。あとから皆に聞いて、それで知った」
だからあれは、俺にはキスとは言えないと思う。乱馬は、はっきりとそう言った。

あたしはただ一度、頷くだけで精一杯だった。
頷いたと同時に、大きな涙の粒が地面に落ちた。



だから、もうそれは分かっている。

わかっていることを今確認しただけ。あたしは何どもそう、自分に言い聞かせる。

それなのに、こうして涙を流したあたしは…ばかだ。

あたしは次々と流れてくる涙を手の甲で拭いながら、なんとかしてそれを止めようと試みる。

が、それで止まるほどあたしの心は強くもないし、それに…心と頭の回路がつながっていないようだ。
…それに。
泣きながらあたしは、思い出した。
猫になった乱馬にキスされたとき、その日の夜、やっぱり乱馬は「何が何だか覚えてなくて」と言っていたっけ。
それであたしと、「じゃあ誰でもよかったの?」と喧嘩になったんだよね。

そうだ、あの時も乱馬はそう言っていたんだ。
あたし、あの時それを知っていたはずなのに。
乱馬はその時から、全然変わっていない。勝手にそれを、記憶をまげて「やっぱりキスだ」と思っていたのは、あたしだ。あたしだけだった。

あたし…



キスされたことも覚えられていなくて、
しかもそれはキスとも思われていなくて、
自分でもそれを聞いていたはずなのに、勝手に記憶を曲げて勝手に悩んで。
挙げ句の果てに、あの時の相手はあたしじゃなくて、もしかしたら誰でも良かった。
そんな可能性も、あったなんて。

 

…やっぱり全然そんなの、キスじゃない。

乱馬のいうことは、たぶん、正しい。

あたし…あたし、本当に馬鹿だ。


「最低
あたしは、ぼそっと呟いた。最低で格好悪いのはもちろん、あたしだけど。
「あかねあのさ
乱馬は、そんなあたしに慌ててまた何か言おうとしたけれど、
その言葉にわざと覆い被せるように、

「あの時の記憶あたしの中から全部消せればいいのに
あたしはそう呟いた。


はっきりと、わかった。
あたしがファーストキスだと思っていた事は、実はこんなにも恰好悪いことだったと。
情けなかった。
自分が猛烈に情けなくてしょうがなかった。自分が情けなくて恥ずかしくて、涙が全然止まらない。

本当に、あの時の記憶も、そして今夜の記憶も全部消すことが出来たらどれくらい楽だろう。

必死に涙を手の甲で拭いながら、あたしはそう思っていた。


と。
「あかね」
そんなあたしの姿をそれまでじっと見つめていた乱馬が、涙を拭っているあたしの手首をぎゅっと、強く掴んだ。

あたしはそんな乱馬の行動に驚いて、俯いていた顔をあげた。
でも、そんなあたしは、手首を掴まれた事よりも、そのすぐ後に呟いた乱馬の言葉に驚いた。



キス、しようか」



「な何言っているの?」
あたしは、心をぎゅっと素手で掴まれたような気持ちになった。
眩暈が、した。
乱馬は、何を言っているんだろう。あたしの頭は一瞬にして真っ白になった。

あまりに驚いて、涙も一瞬で止まった。徐々に体中の血が、頭の方にカーッと上り詰めていく感じがして、しっかりと気を保っていないと倒れてしまいそうだった。

今この状況の、どこをどうしたらそういう展開になる?

もしかして、聞き間違い?何か似ている言葉にあたし、聞き間違えた?

あたしがそんな事を考えていて何も言わないでいると、
「あかね」
乱馬はそういって、茫然としているあたしの手首をくいっと引き寄せた。

そしてもう一度、「キスしようか」とはっきりした口調で、言った。
どうやら、聞き間違いではないらしい。

「乱馬…本気で言っているの?」
あたしが乱馬に問うと、
「当たり前だろ」
乱馬は驚くくらい、真面目な顔でそう言った。あたしはすっかり混乱した。

「乱馬、さっき自分がなんていったか覚えているの?」

「覚えているよ」

「乱馬、さっき言ったじゃない。キスは、普通は好きな相手とするものだって。お互いがしたことを覚えていて、それで成立するって。…お願いだから、変に気を遣わないで」

たとえ、今回のこれは記憶には残るとしても、だ。

…これ以上、あたしをもう惨めで情けなくさせないで。
あたしは乱馬にそう言おうとしたのに、乱馬はわざとそれに被せるように、あたしに向かって言った。


「だからキスしようかって、言ったんだよ」
「え?」
「もしもあかねが許してくれるなら、今日は俺自身の意志で、俺がしたいからキスする事になるだろ」
覚えてないなんて、絶対にならない。記憶にないなんて絶対にありえない。

乱馬はそう言って、不意にあたしを抱きしめた。

…あたしの目に映る、乱馬がいつも来ているチャイナ服のボタン。

頬に感じる、布越しだけれど彼の体温。

体を取り巻くように感じる、力強くも温かい腕の感触。

そして、彼の言葉。

いつもでは「ありえない」その数々の事柄に、あたしは更に混乱してそして震えていた。
何で震えんだよ」
乱馬は、片手であたしの頭をぎゅっと、でも優しく抱き込むようにそう言った。
わかんない」
あたしは、ボーッとしたまま乱馬に答える。そう、驚いてはいるけれど、なぜ震えているのかは、あたしにもわからなかった。
だめ、かな?」
乱馬は再度、もう一度あたしに聞いた。

あたしは、乱馬の腕の中からゆっくりと顔を上げた。

泣き止んだばかりだから、目も赤いしきっとひどい顔をしているだろう。

正直恥ずかしいけれど、でも今はそんなことを言っている場合じゃない。
今日するキスは…覚えていてくれる?」
あたしは小さな声で、そんな乱馬に尋ねた。
そんなあたしの問いに対して、
当たり前だろ」
「…今日するキスは、自分の意志で…」

「するつもり。あかねが、許してくれるなら」

今日のキスは、忘れたくない。乱馬は更にあたしに回す腕の力を強めて言った。
抱きしめられて乱馬の胸に頬をつけているので、あたしの頬に、布越しだけど乱馬の胸の鼓動が伝わってくる。
…すごく、早い。
そして鼓動は、ドクン、ドクンとだんだん大きくなってくる。


「あかね」
と。乱馬が、あたしの名を呼んだ。

あたしは、ゆっくりと顔をあげた。
乱馬は片手の指でそっと、あたしの目蓋に触れた。
目を閉じろ、ということみたいだ。

あたしはだまって目を閉じた。

あたしが目を閉じてすぐ、乱馬は目蓋を触れた指で軽くあたしの頬を撫でた。
「あかね
そして。
いよいよ乱馬がそんなあたしに唇を重ねようと顔を近付けた、ちょうどその時だった。


「わっ押すなって
そんな声が、ふいに聞こえた。


「え?」
「何だ、今の」
あたしと乱馬は慌てて離れる。
すると、
「ああーあ、ひろしのせいだぞ」
「なッ大介が声出すからだろ!?」
あたし達が座っていたベンチのすぐ近くの茂みから、ひろしくん、そして大介くんがそんな事を言いながら、ひょっこりと姿を表した。
「なっお前ら!」
「ちょっいつからいたのよ!」
あたしと乱馬が真っ赤になりながら二人に聞くと、
「ついさっきだよ、なあ?」
「そうそう。なかなか戻ってこないからもしやと思ってさゆりに聞いたら、あかねもいないっていうから。これは探さないとってな」
二人はそんな事を言いながら笑っていた。

一体二人はどこから聞いていたのか。あたし達が更に真っ赤になって黙り込んでると、
「じゃ、お邪魔虫は消えるからあとは続きをごゆっくり!」
二人はそんな事を言いながらそそくさとペンションへの道を戻っていった。

あたし達は思わず顔を見合わせてしまった。
もちろんこんな状況になってしまっては、「それじゃあ続きを」というわけにはいかない。

俺たちも戻るか」
うん」

あたし達もため息をつきながら、ひろし君達を追って、そのままペンションへと戻った。
そして、
「じゃ乱馬、おやすみ
ペンションまで何も話さないまま乱馬と戻ってきたあたしが、自分の部屋の前まで送ってくれた乱馬にそうお礼を言って部屋に入ろうとすると、
「あかね」
乱馬が、再度あたしの名を呼んだ。
「何?」
あたしがふと顔を上げると、フワとした感触が、あたしの額に広がった。
あたしが振り返りざまに、突然乱馬があたしの額に軽く、キスをしたからだ。
「えッあ
突然の事に驚いてあたしがちょっと声を漏らすと、
「これは、俺からしたんだからな。俺の意志で、したんだからな」
乱馬はそう言って、ちょっと顔を赤くしていた。

あたしもそれにつられて顔を赤くして、乱馬の唇が触れた額を抑える。
「こ、これだって一応立派なキスだろ」
そ、そうだけど
「だから
乱馬はそう言って、自分の人差し指で、あたしの唇に軽く触れた。
あたしは、ビクッと一瞬身を竦めた。乱馬は、そんなあたしに対して、
「次にここにキスするまでの間覚えていろよな。俺が最後にキスしたのはあかねだしあかねと最後にキスしたのは俺」

「…乱馬」
「だから、今度のこれは、その…記憶、消すなんて言うなよ」
そう言って、指をあたしの唇から離した。「今日はちょっとアクシデントがあって出来なかったけど。ていうかあいつら…あとで覚えてろよ」と、その後乱馬はぼそぼそっと呟いていた。
「うん忘れない」
あたしは、そんな乱馬の言葉が嬉しくて。ようやく、乱馬に笑顔を見せた。
「約束だからな」
乱馬もそんなあたしの顔を見て安心したのか、ホッとしたような表情を見せた。





最後にキスしたのは、誰?
今日までは、記憶がバラバラで、その相手も別々の相手だった、あたしと乱馬。
あれはキスじゃないの?キスって思われていないの?
言っていいのかもわからないし、思っていてもいいのかも、わからない。
そんな風にお互いの思いも気持ちも交錯して、はっきりしていなかった。
でも今この瞬間から、

「最後にキスをしたのは、誰?」
もし誰かに尋ねられる事があったら、あたし、今度はちゃんと自信を持って答えられる。
だってその相手も、そう思ってくれている。あたしもそう思っている…二人がそう思っているから、これは絶対に「キス」になる。
もやもやしていた今までとは、もうちょっと違うから。

 

あたしに最後にキスをしたのは、乱馬。


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