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ユメノツヅキ4

夕暮れの道を闇雲に走るあたしには、明確な「目的地」など無かった。
『とにかく、あの家にはいたくない』
その一心で、ただただ道を走っていた。
財布も持たず、身、一つ。
寝不足の顔は、今はそれを思わせないくらい別の険しさで歪んでいた。


…家にはもう、戻りたくない。
かといって…じゃあ、どこに行こうか。
あたしは、道を走りながらそればかりを考えていた。

東風先生の所?
それとも、さゆりやゆかの所?
ひな子先生の所だったら、泊めてもらえるかな…
右京…は泊めてはくれるだろうけど、でも余計な事をいろいろと聞かれてしまうそうだな。


「…」

ありとあらゆる思いつく場所を挙げてみるけれど、あたしには、しっくりとする場所が無かった。
幾つも列挙したそれらの場所には、あたしの「居場所」を…本当に安心して身を任せられるあたしの「居場所」を、どうしても感じることが出来なかった。

「あたしの居場所…」

…それは、一体何処にあるんだろう。
あたしは、そんな事を思いながら立ち止まった。
そして、立ち止まったその場所の近くに止めてあった車の、サイドミラーに偶然移っていた自分の顔を見つめ、ため息をついた。


表情に、全然覇気が無かった。
目の下のクマも、そしてかろうじて開いているその目も…ぼんやりとした光を放ち、澱んでいるような気がした。
夕闇の中でも分かるほど青白い顔が、異様な迫力を顔全体に醸し出している。
…これがあたし?
思わず、そんな事を呟いてしまうそうになる。
「…」
あたしは、そんなサイドミラーに映った自分の顔を、鏡の上からそっとなぞった。


…こんなあたしを。
一体、家族以外の誰が助けてくれるというのか。


家には帰れないけど、でも…助けて欲しい。そして、この状況から救って欲しい。
その気持ちだけは、強かった。


「…あ」
そんなあたしは、『こんなあたしでも、優しく包んでくれる場所』を一つ、思い出した。

…そこならばきっと、今のあたしでも、居てもいいと…言ってくれるかもしれない場所。
先程数ある候補として列挙した、あの中には入っていないその場所のことを、あたしはふいに思い出した。
なので、
「あそこなら…」
思い立ったらすぐ行動、
まるで何かに導かれるかのようなフラリ、フラリとした足取りで、あたしはさっそくその場所へと向かった。
…財布が無くても、家からは徒歩でいける場所。
こんなに情けないあたしでも、きっと、そこならば「居ること」を許してくれそうな場所。
そして、もしかしたらこんな情けないあたしでも、
「貴方の本当の居場所はね、」
と、導いてくれる「何か」を与えてくれそうな場所。


ようやくその場所を一つ思い出したあたしは、その場所に向かって、ゆっくりと歩きだした。
三十分近く歩いてその場所にたどり着いた時、先程まではオレンジ色の光が照らしていたアスファルトの道も、どんよりとした暗闇に包まれていた。
明日は天気が悪いのか、夜空には星一つ、出ていなかった。
おぼろげに空に現れている三日月も、霞がかかればただの光。
どんよりとした重い夜空は、まるであたしの今の心の中を表しているような気がした。



「…」
あたしは、ようやくたどり着いたその場所の前で、大きく深呼吸をした。
…あたしの目の前には、大きくて立派な門が構えられていた。
門は、開いていた。
あたしが向かおうとしている場所ではなく、この門の向こうの、あたしが向かおうとしているのより別の場所へは、夜でも訪れる人がたくさんいるのだろう。
あたしは、静かに門をくぐった。
そして、時折人の姿が見える方向ではなく、通常は夜、そんな時間帯にそこを訪れる者などいない場所へと歩いていった。
そして、
「…」
ようやくある一角で立ち止まった。


『天道家之墓』
…そこには、そう記された墓石が立てられていた。


そう。
ここは、あたしのお母さんが眠るお墓。
普通だったら、人一倍怖がりなあたしが、電燈も持たずに夜、一人でここへ来る事などありえない。
でも、やはりいつもと違って、精神的に高ぶりを見せているのか、それとも、そんな「怖さ」を感じないほど気持ちが追いつめられているのか。
どちらにしても、通常の精神状態ではこんな時間帯に、特に一人で来るはずのない場所である事は確かだが、

「…」
…あたしは、ここにいた。

「…おかあさん」
身一つで家を飛び出してきたので、花も買って供える事が出来ない。
何も持ってこなかったから、線香さえも焚いてやる事が出来ない。
「今日は、お水で我慢してね…」
あたしは、墓石に水をかけたりしながらお母さんに謝ると、
「おかあさん…」
水桶を置いて、そして改めてお母さんのお墓の前に座り込んだ。
そして、

「お母さん」

…墓の中で、こんな時間に一人で尋ねてきたあたしにきっと驚いているだろう、と思われるお母さんに呼びかける。

「お母さん。お母さん…」

何度も、何度も呼びかける。
「お母さん…」
呼びかけて、そして、
「お母さん…!」
…何度かそう呼びかけた後、あたしは自分の顔を覆うようにしてお母さんの墓石の前で、声をあげて泣き出した。


助けて、お母さん。
あたし、変な夢をずっと、見るの。
乱馬の許婚でなくなった、あの日の夢をみるの。
乱馬と喧嘩しているわけじゃなくて、たくさん、たくさん大事にされているその日の夜も、見るの。



愛されているのが分かっているのに、「不安」になるの。
「ここが自分の居場所だ」って。
そう思っていないと、「不安」で仕方がないの。
そしたら、そんな「不安」な思いがいつしか現実とごちゃごちゃになって…


「乱馬が、またお姉ちゃんの許婚になっちゃったの…」
あたしは、そう呟いてまた、激しく声をあげて泣き出した。


…怖かったの。
またそうなってしまう事が、心のどこかでずっと、怖かったの。
どんなに「そうであることが当たり前」だとあたしも、皆も思っても。
そんな「当たり前な事」さえも、いとも簡単に覆されてしまったあの日の出来事が…ずっと怖かった。
だから、ちゃんと付き合い始めた今なら、そんなことは起こりえない。
「ここが、あたしの居場所」…そう自分に言い聞かせて、いつだってそんな「不安」を取り払おうとしていたの。
でも、お母さん。
あたしは…「夢」に押し潰されてしまった。
「不安」と「怖さ」に押し潰されてしまって、あたしは、何が「現実」なのか「夢」なのか…わからなくなってしまった。
そしたらね、一番恐れていた事が「現実」となって、あたしに答えを出したの。


「あたし…あたしは、何処にいたらいいんだろう…」


…お母さん。
あたしはまた、自分の「居場所」を失ってしまったの。
それに、乱馬とお姉ちゃんのいるあの家には、もう居たくないの。
居れないの。
お母さん。
お母さん…
「あたし、どうしよう…」

あたしは、次から次へと溢れてくる涙を必死で拭いながら、物言わぬお母さんの墓石へと語りかけた。
「…」
もちろん、そんな風に語りかけたところで、お墓の中からお母さんが呼びかけてくれるわけではなかった。
いや、普段ならば、

『あかね』

お母さんの、そんな優しい語りを…感じることは出来たのかもしれない。
でも。
今みたいにこんな感情的で、そして気持ちに余裕のないあたしには、
そんなお母さんの呼びかけを、
自分から呼びかけておいたとしても、感じることは出来ないのかもしれない。
それに加え、なびきお姉ちゃんの事も巻き込んだこの喧嘩。

『あかね、まずはなびきに謝りなさい。なびきは、あかねの事を心配してくれていたんでしょう?』

…たとえ、今のあたしがお母さんの声を聞けたとしても。
お母さんは第一声、こんな風に言うんじゃないだろうか。
「…」
あたしは、そんな事を思いながら、頬を幾重にも伝う涙を手の甲で拭った。
「お母さん…あたしの居場所…本当は何処にあるんだろう…」
そして、何度もしゃっくりをあげながら、その言葉を繰り返し、繰り返し呟いた。




…と、その時だった。
「不良娘」
「!?」
…不意に、そうやって泣いているあたしの背後から、そんな声が聞こえた。
夜の墓場で、誰か他の人に声をかけられるなんてありえないことだ。
あたしが驚いて振り返ると、

「こんな時間まで家にも帰らないで。ホントに不良ムスメだな」

そこには、少し息の上がった様子で、呆れた表情をしている乱馬が、立っていた。
手には、懐中電灯を持っていた。
「…ほら。怖がりのクセに、懐中電灯も持たないでよく、墓に来られるよな。あかねのかーちゃんだって、ビックリして るぞ、きっと」
乱馬はそんなことを言いながら、墓石の前で泣いていたあたしのその泣き顔に、懐中電灯の光を当てた。
「…」
あたしは、その光から顔をそむけた。
「…」
乱馬は、そんなあたしの様子にそっとため息をつくと、
「…とにかく、帰ろうぜ。皆も心配している」
墓石の前でしゃがみこんでいるあたしの腕を取ろうと手を伸ばした。
けれど、
「…帰らない」
あたしはその手を振り払った。
「帰るぞ」
それでも乱馬は、あたしのその振り払った手ごと捕まえようとしたけれど、
「帰らない!」
あたしは、そんな乱馬から逃げるように立ち上がると、
「…帰りたくないの」
乱馬から顔をそむけたまま、そう呟いた。

「…何で帰りたくないんだよ」
「…何で迎えに来たのよ」

…乱馬とあたしの会話は、全くといっていい程噛み合っていなかった。
そしてその会話の噛みあわせの悪さが、今のあたしと、そして乱馬の心のすれ違いを表しているかのようだ。

「…お姉ちゃんの許婚が、あたしに何の用よ」
あたしがぼそりとそう呟けば、
「だからあれは、なびきの冗談だって言ってんだろ!」
乱馬も、負け時とそう主張をする。
「…」
あたしは、その言葉にそっぽを向いた。
そして、
「そんなの…冗談か本気かなんて、乱馬が決める事じゃないわ。お姉ちゃんが決める事よ」
「あのなあ…」
「お姉ちゃん、あの時本気だって言ってたもん…」
あたしがそんな風に乱馬に向かって叫ぶと、
「…じゃあ。仮にそうだとしても、だ」
乱馬は、ふう…と大きくため息をつきながら、あたしの言葉を遮った。
そして、

「俺がおめーの許婚じゃ無かったら、おめーをこうして捜しにきちゃいけねえのか?」

今度はそんな風に、質問を切り返してきた。
「…来る理由なんて、ないじゃない」
「あるよ」
「心配なんて、してないくせに!話を聞くって…言ったのに…」
「…」
「あたしの話なんて聞かないで、お姉ちゃんに迷惑がかかることばっかり考えてたくせに!…」
「…それでも、あるんだよ」
「ウソばっかり…もういい!」
あたしは、乱馬の言葉を聞かないよう、聞き入れないようにしながら、そのまま乱馬の横をすり抜けて、その場から走り去ろうとした。

「…逃げんなよ!」

…すると。
乱馬は、すり抜けようとするあたしの手を、ガシッと掴んだ。
「痛っ…」
あたしがその手を振り払おうとすると、
「…逢いたい!」
乱馬は、その手を掴んだままいきなりそう叫んだ。
「なっ…」
あたしが息を飲むと、
「…逢いたい」
乱馬は、その手に更に力をこめて握りながら、もう一度そう呟いた。
「逢いたいって…逢いたいって理由じゃダメなのかよ?俺があかねに逢いたいと思ったから、姿の見えないあかねを捜した!それだったら、たとえ許婚じゃなくたって構わねえだろうが!」
…乱馬はそう言って、あたしの手を離した。
そして、
「…なあ。だからもう、帰ろう。な?あかね」
けれど、
「…帰らない」
あくまでもあたしは、頑なにそう言い張った。
「…何で帰りたくないんだ?」
乱馬は、「はあ」とため息をつきながらそんなあたしの直ぐ傍まで歩み寄って来ると、
少し表情を曇らせ、改めてそう尋ねてきた。
「…」
あたしは、その問いには答えなかった。
が。
そんなあたしに対して、
「…おめーの居場所が、ねえからか?」
本当はあたしが答えるはずだったその言葉を、乱馬がふいに口に出した。

「!」

…どうしてそれを知っているの?
声にならない驚きを、表情だけに表してあたしが乱馬のほうを振り返ると、
「もしも本気でそんなくだらない理由を口にするんだったら、俺は意地でもオメーを連れて帰るぞ」
乱馬は、そう言って厳しい表情をあたしに向けた。
「くだらなくなんて…ないもん」
あたしが、震えるような声で小さく呟くと、
「くだらねえよ」
乱馬ははき捨てるような声でそう言って、自分を見ているあたしの身体を不意に…抱きしめた。
「やっ…やだ!」
…今は、乱馬に触れられたくない。
あたしがそんな思いを込めて、乱馬の身体を押し返そうとすると、
「…何でそんな、変な夢を見るんだよ」
「え?」
「何でそれを、すぐに言わねえんだよ。何で!…一人で悩んでて、そんで…先に東風先生を頼るんだよ」
「乱馬、何で…」
「何で、オメーが悩んでいるその内容まで、俺が東風先生に教えてもらわなくちゃいけねえんだよ!!」
乱馬は少し荒い口調でそう叫ぶと、一度だけぎゅっと、あたしの身体を抱いてそして、離した。
「…先生に聞いたの?」
あたしがそんな乱馬に尋ねると、
「…おめーが、俺に投げつけてきたあの袋」
「袋?」
「あれ、薬だと思って…薬貰ったのに、こんな風にこぼしちまってっ…て思って。同じ薬をもう一回処方してもらうように、東風先生の所に行ったんだよ。そしたら先生に、『話はちゃんと聞いたか』って聞かれた」
「…」
「何のことですか、って俺が聞いたら、先生は少し悩んだみたいだったけど、俺に話してくれたよ」
乱馬はそう言って、ため息をついた。
「…だから、慌てて家に帰ってオメーの部屋に行ってもおめーはいねえし。夜になっても帰ってこないって…だから慌てて探しに出たんだよ」
「…」
「…すげー、情けなかった」
「…」
あたしは、最後に少し寂しそうに呟いた乱馬の姿を見て、胸がぎゅっと、締め付けられる思いだった。
「…はっきり言うけど。夕方の道場でのあれは…あれはホントになびきの悪い冗談なんだからな。かすみさんだって言っていただろ?こんな時に言っていい冗談と悪い冗談があるって」
乱馬は、まるで子供に言い聞かせるように優しい口調であたしにそう言い聞かせた。
けれど、あたしはその言葉から逃れるかのように、顔をそむけ、そして俯いていた。
乱馬は、そんなあたしの頑なな態度に、もう一度大きなため息をついた。
そして、
「居場所なんて…」
「え?」
「そんな風にして意地になって確保しようとしなくたって…オメーの居場所は、もう変らんねえよ」
そう言って、乱馬はあたしの事を抱きしめるのではなく、今度はブラリ…とあたしの身体の横に垂れ下っているその手に、触れた。
「っ…」
あたしがビク…とそれに身を竦めると、
「…俺は」
「…」
「おめーが思っているほど簡単に、俺の隣をすぐに誰かに譲ったりはしねえよ」
「…」
「なびきとか、他の女が隣に居るのと、…おめーが隣にいるのは、全然違うんだよ。
どんな場所でだって、おめーが隣にいて擦り寄ってこられたらなあ…それだけじゃ満足できねえんだよ」
「え…」
「…居間で、おめーを襲うわけにはいかねえだろうが」
男は皆、そんな事だっていつも考えてんだよ、と、乱馬は少しバツが悪そうな顔で言った。
「…」
あたしがそれに対して何も答えずに居ると、
「それに…なびきは、いわば俺の姉ちゃんだろ。おめーの姉ちゃんは、俺の姉ちゃん」
「乱馬」
「あいつは、家族だ。だけど、おめーは俺の許婚だ。許婚の姉ちゃんは、俺の姉ちゃんだ」
乱馬はそう言って、ため息をついた。
そして、
「…だから。許婚だから、そのポジションがオメーの居場所。彼女だから、そこがオメーの居場所。許婚交代をしたら…たったそれだけの事で、そこはオメーの居場所じゃなくなる。…そんなこと本気で考えてるんだったら、俺は怒るぞ」
乱馬はそう言って、あたしの手首を掴む力を更に強くした。
「…」
痛い、とその力の強さにあたしが少し顔をしかめても、
「…」
乱馬はその手を離してはくれなかった。
「俺がおめーを好きな以上は、ずっと傍にいて欲しいと思う。たとえそれは喧嘩をしていても、だ」
「…」
「…そんな簡単に許婚なんて交替しねえし、してたまるか。たとえしたとしても、俺の気持ちがオメーにある以上、そんな婚約成り立たねえだろうが。そんな簡単に、俺の隣のその場所は、他の誰かに引き渡したりはしねえよ」
「…」
「…だから」
乱馬はそう言って、掴んだその手を強い力で引き寄せて、あたしの身体を抱きしめた。
「…」
あたしがそんな乱馬を押し返そうと腕を出すと、乱馬はその腕を、圧倒的な強い力で押さえ込んでしまった。
数日振りに感じる、乱馬の「力強さ」。
あたしがそれに驚いていると、乱馬はそんなあたしに畳み掛けるように呟いた。


「…もうそんな変な夢見ないように、俺がその不安の半分を引き受けてやるよ」
「え?」
「そんな変な夢、そんなくだらねえ不安。俺が一緒に背負ってやるって言ってんだよ。だから…もっと安心して、俺の傍にいたらいーだろ。…そりゃ、俺じゃちょっと頼りないかもしれないけど」


乱馬はそう言って、あたしの身体をぎゅっと抱きしめた。
「乱馬…」
あたしがその腕の中で小さく震えていると、
「その代り、俺が不安な時は、おめーが半分引き受けろ。それでおあいこだ」
「…」
「な?そうしたら、どっちの気持ちが負担になって…何てなんないだろ?なあ、お互いの居場所は、お互いでつくっていけばいいじゃねーか。違うか?」
「乱馬…」
「それじゃダメなのか?」


…そんな乱馬の言葉に。
あたしのそれまで澱んでいた瞳から、幾筋も涙が溢れた。
…あれだけ頑なに、自分の居場所を探して脅えていたのに。
乱馬の、こうして伝えてくれたこの一言が。
…「不安」と、そして「恐怖」で脅えていたあたしの心を、ジワリ、ジワリと溶かしていくのを感じた。


ずっとずっと、聞きたかったその言葉。
『もっと安心して、傍にいればいい』と。
その言葉を聞いただけで、あたしの心は、こんなにも軽くなるのか。

…それは、
何て、「力」がある言葉なのだろう。
何て、「力強い」気持ちが込められた言葉なのだろう。
たった一言、そうやって伝えられるだけで、この荒れていた心が、こんなにも…温かさで満ち足りるのか。


…流れ落ちる涙を時折指で拭いながら、あたしはそんな事を思った。
「…それでいい…」
あたしは、涙声のまま小さくそう呟いた。
すると乱馬は、「良かった」と少しホッとしたような表情をしていた。
そして、
「それに俺だって…困んだよ」
「え?」
「オメーの居場所が俺の隣じゃないと、俺だって困る」
あたしが少し落ち着いたのを見てホッとした乱馬は、そう言ってため息をついた。
そして、あたしから少し離れて額をゴチ、とぶつけてくると、
「オメーの居場所が俺の隣でありたいって思うように、俺だって俺の居場所はオメーの隣だと思ってんのに。そのオメーがいなくなっちまったら…一緒になって俺の居場所まで、なくなっちまうだろ。そしたら俺は、いや、俺こそ一体何処に居たらいいんだよ?」
…と、少し困ったような顔をして言った。
「…そんなの、乱馬があたしの隣から居なくならなければ、ずっとずっと平気よ」
あたしが、そんな乱馬へぼそっとそう返すと、
「じゃあ、一生安泰だな」
乱馬は、少し安心したような表情であたしに答えた。
「…うん」
あたしはそんな乱馬に対して少しだけ笑顔を見せると、今度はしっかりとした口調でそう答えた。
そして、
「…ごめんね。乱馬」
今まで心配をかけた事、そして大切なことを黙っていた事、その他いろいろ。
…ここ数日、ろくに口も効かずそして迷惑をかけ続けた事を乱馬に謝った。
「…許さん」
「え!?」
「…と言いたいトコだけど。今日は特別に許してやる」
「もー…」
「ったく、あーあ、もう。ただでさえ貧弱な身体をこんなに痩せさせやがって。ろくに飯も食ってなかったのがバレバレだぜ」
すると乱馬はそんな事を言いながら、この数日間で少しスリムになったあたしの背中を、撫でた。
「ただでさえ貧弱、は余計よ」
「知ってるか?あかね」
「え?」
「痩せる時って言うのはな、まずはここから痩せていくらしい」
そして、いきなりあたしの胸を、指でつついた。
「ひゃっ…な、何すんのっ」
ゴツンっ…
あたしは、自分の胸を手でかばうようにして乱馬の頭を殴ると、
「痛っ…か、勘違いすんなよ。胸じゃねえよっそのもっと下」
「下!?」
その発言に更にあたしが拳を構えると、
「あ、下ってそうじゃなくて!心っココロが痩せてくんだぞ!」
乱馬は慌ててそう言って、「これ以上殴られて堪るか」と、あたしが手を動かせないようにその手ごと抱きしめてしまった。
そして、
「だからな、身体がこんなに痩せちまったんだから、ココロはもっと、痩せたんだろうって」
乱馬はそう言って、あたしの顔を見た。
「…」
そんな乱馬の気遣いに、あたしが少し感動しながら彼の顔を見ると、
「だから、そのココロがどれだけ痩せてしまったか、体全体の痩せた比率をまずはチェックしないと…」
「…やっぱりそれじゃないの!」
この、スケベっ…と、あたしは乱馬の顎を拳で殴りあげた。

「何すんだよ、俺の優しさを!」
「スケベなだけじゃない!」
「そんなことは決してない。いいか?あかね。これはスポーツ医学の…」
「あんたが言うと、胡散臭く聴こえるのよ!」

…墓場でそんなやり取りをしているあたしと乱馬には、もう、先程までの緊張した空気は微塵も流れていなかった。
さっきまでは、あれだけ頑なに「自分の居場所は…」と泣いていたあたしだったのに。
気持ちの余裕がなくて、嫉妬に悩まされ半ば混乱気味にここまでやって来た、あたしだったのに。
乱馬とこうして掛け合いをしているあたしは、自分でも驚くぐらい…元気を取り戻していた。
それは、「身体」の元気だけではない。きっと…「心」の元気だ。
こうして、やっぱり全てをさらけ出して全部話して、 そして、「自分の居場所」を再確認して。 そんなに頑なに
ならなくても大丈夫だよ、と。そう言ってもらえた事で、心が救われた。…そう言っても、過言ではない。

「ったく、遠慮深いやつめ」
「どこがよ」
「それより、もうホントに帰ろう。もう、俺と一緒に帰れるよな?あかね」
「…うん」

乱馬が迎えに来て、そして本気でぶつかって。
『もっと安心して、傍にいればいい』
…たった一言、抱きしめられてそう声をかけられただけで。
その言葉は、あたしの壊れかけた心に大きく染み渡って広がった。
一体、今まで何をそんなに思い詰めていたのか。
…そんな事さえ思ってしまう。
くだらない喧嘩や、こんな些細な会話でも、乱馬とするのが、あたしには一番…楽しい。
「楽しさ」を忘れていたあたしが、ようやくそれを思い出した。
ようやく、心に少し「余裕」を取り戻した。
そして…楽になった。
あたしの「不安」を乱馬に背負わせてしまっては嫌だと、そう思っていた。
だから、乱馬に「俺の不安も半分背負え」といわれた時、ものすごく、心が軽くなった。

…恋愛は、「一人」でするんじゃない。「二人」でするんだ。

今更な事だけれど、それを認識した。

「帰るぞ、あかね」
「うん」

あたし達は、しっかりと手を繋いだ。
「…」
そして…歩き出す前、あたしは一度だけ、お母さんのお墓の方を振り返った。


…お母さん。
今日は、いっぱいお母さんのお墓の前で泣いてしまってゴメンね。
あれだけさっき、「あたしの居場所はどこだろう」って悩んでいたのに。
今、あたしは…そんな事を悩んでいた事さえも、こうして泣きに来た事さえも…忘れてしまいそうなぐらい、心が満たされた。

ねえ、お母さん。
あたしの居場所は…乱馬の隣。
やっぱり、そうなんだって。
『もっと安心して、傍にいればいい。』
あたしがそう思うように、乱馬もあたしにはそう思って欲しいって言ってくれたのよ。
たった一言、その言葉を乱馬から聞けただけで、
お母さん…あたしの心は、すごく軽くなったの。
たった一言、乱馬が声をかけてくれただけで、あたしの心はこんなにも楽になるのか。
救われるのかって…
そう思うと、あたし自身もすごく驚いた。
でもそのお陰でね…お母さん。
あたしの中の「モヤ」も。「不安」も「恐怖」も。
とても、とても軽いものになったの。
乱馬が、半分背負ってくれるって。
…そう言ってくれたのよ。

だからね、お母さん。
家に帰ったら、あたしはまず、なびきお姉ちゃんに謝るよ。
全てちゃんと話して、そして謝る。
呆れられちゃっても、怒られても。
あたしが悩んでいたそのことを、あたし、お姉ちゃんに伝えるわ。

「…じゃあね、お母さん」

あたしは、お母さんのお墓に向かってそう声をかけた。
乱馬も、お墓に向かって軽く会釈をした。
そんなあたし達二人の姿を、それまで空の上で鈍く光っていた月が、妙にはっきりと照らし出した。

「ねえ。よくあたしがここにいるってわかったじゃない」
「そりゃー、俺はオメーの事ならなんでもわかるからな」
「…」
「…なんて。まあ、その…なんとなく、ここにいるような気がしたんだよ」
「なによ、それ」
「いーの。細かい事は気にすんなよ」

…そんな風に、軽口を叩きながら遣り合っているあたし達を明るく照らし出す月あかりは、
それはまるで、

『良かったわね、あかね』

…お母さんが、お墓の中からそう喜んでいるかのようだった。
その月明かりに照らされる中、あたし達は、いつもよりもぎゅっと強く手を握りながら道を歩いた。
強く強く手を握り、そして時折お互い顔を見合わせては笑い、寄り添って。
あたし達は、天道家への道を歩いていった。






…その日の夜。
あたしは、また「あの日の夢」を見た。
朝の道を、手を繋いで歩いていく二人の姿を、あたしが後ろから眺めている夢だった。
…でも。
今日に限っては、その夢はそれで終わらなかった。
「…」
夢の中で、二人の姿を後ろから眺めているだけだったあたしは、なぜか今日に限っては…その二人の方へと駆けて行った。
すると、あたしが二人に追いついたのと同時に、それまでなびきお姉ちゃんの手を掴んでいたはずの乱馬が…その手を離した。
そんな乱馬とあたしに、
「あ、来た来た。じゃああたしは先に行くからね、二人とも」
…それまで乱馬の隣を歩いていたなびきお姉ちゃんが、そう言って先に駆け出していった。
「さ、行こう」
乱馬は、今度はやっと追いついてきたあたしに向かって手を差し出した。
「…」
あたしがそれに戸惑っていると、
「この手は、こうするんだ」
乱馬は笑いながらそう言って、戸惑っているあたしの手を、ぎゅっと掴んだ。
そして、
「行こう、あかね」
乱馬はそのままあたしの手を取り、そしてゆっくりと歩きだした。
「…うん!」
あたしは、それがとても嬉しくて…繋がれたその手を更に強く、取った。
「…」
夢の中のあたし達は、手を繋いでいつもの道を歩いていた。
そして…



「はっ…」



…そこで、あたしは目を覚ました。
チュンチュン…と、そんな起きぬけのあたしの耳には小鳥のさえずりが飛び込んでくる。
「…」
枕もとの時計を見ると、時計の針は朝の六時を差していた。
閉じられたカーテンの隙間からは、朝日がうっすらと差し込んでいた。
…どうやら、夢は見たけれども、今まで見た夢とは「違う」夢を、あたしは見ていたようだった。
「…」
試しにそっと、額を手の甲で触れてみるが、今日は嫌な汗も掻いてはいなかった。
ベッドに横になってから今まで、目を覚ました記憶も無かった。
…あたしは、どうやら一晩良く眠る事ができたようだった。
「…」
あれだけ苦しめられていた夢の結末が、変っていた。
その事に驚きながら、でもその夢が「幸せ」な夢に変っていた事が、あたしには嬉しかった。
あたしは、額に触れた手の、反対側の手…今だベッドの掛け布団の下に隠れているその手を、見た。
…今は布団に隠れて見えなくなっている、その手。
その手は、布団の下でしっかりと…繋がれていた。
「…それは俺の牛乳だろうがっ…」
…と、訳の分からない寝言を言っている乱馬の片手と。
一匹の虫が入る隙間も無いくらい強く、そしてしっかりと握られていた。

「…」
…もう、平気みたいだよ、乱馬。

あたしは、まだ眠ったままの乱馬の頬に軽くキスをした。
すると、眠っているはずなのに、なぜか乱馬は嬉しそうな顔をして、頭を掻いていた。
「ばーか」
あたしは、そんな乱馬の頭をペシっと軽く叩くと、
「ほら…乱馬。そろそろ起きようよ。ロードワークに行く時間よ」
嬉しそうな顔で眠っている乱馬のパジャマを、ゆさゆさと引っ張りながら起こしてやった。
数日振りに、あたしから乱馬を誘っていくロードワークだった。
「あー…もう朝か…」
乱馬は寝ぼけついでにあたしにいちど抱きつきながら起き上がると、
「仕方ねえ、今日も張り切っていくか」
そんな事を言いながら、あたしに笑いかけた。
「うん」
あたしは笑顔でそう答えると、
「じゃあ着替えて玄関でね」
「おう」
乱馬が部屋を出る間際に一度だけ軽いキスをして、ロードワークの準備をするべく、着替え始めた。
そんなあたしの表情には、昨日までの暗い、そしてどんよりとした影は微塵もなかった。
「あかね、おはよ。ロードワーク?元気ねえ」
「おはよ、なびきお姉ちゃんっ。行ってくるねっ」
…着替えて廊下で出逢ったなびきお姉ちゃんにも、あたしは元気にそう答えた。
あたしは、昨夜、墓から帰ってきたあと全てを話した。
「乱馬は、やっぱりあげない」
あたしは、なびきお姉ちゃんにきっぱりとそう言い放った。
その結果、お姉ちゃんは
「そんな事を分かってるわよ」
呆れたような顔で、そう答えた。そして、
「全く、変な夢見て。あんた、妹じゃなかったら慰謝料取ってたわよ」
そんな事を言いながらぼやいていたっけ。


「行って来るね、おねえちゃん」
「いってらっしゃい」

…そんなお姉ちゃんとも、しこりは無くなった。
あたしは、数日振りに何のモヤもかからないその気持ちで、お姉ちゃんと接する事が出来るようになった。
そう、それはもちろん、乱馬も一緒。
「行くぞ、あかね」
「うんっ」
玄関で約束どおり落ち合ったあたし達は、また今までのように二人で、天道家の玄関を出た。





…果たしてあれは、「現実」だったのか。
それともただの、「夢」だったのか。
見果てぬ夢の、その先にあるもの。
…それがあたしを、いつもいつも悩ませていた。
見なくても済むのなら、そうでありたいその「夢」。
でも、
決して、「望んで」見ているわけではないその「夢」は、いつしか結末を変えて、あたしの元へとやって来た。
その結末は、あたしが望んでいたもの。
見果てぬ夢のその先に、あってほしいと願っていたもの。
…だから、もうあたしを誘いに来ても平気。
見果てぬ夢の、その先。
今日のような、「あの夢」の続きの世界ならば。
こんな結末ならば、永遠に繰り返されるといい。
…今日、初めてそう思えるようになった。


「乱馬、待ってよ!」
「遅いっ。遅い奴は容赦なく置いていく」
…あたしは、少し前を走る乱馬と、そんなやり取りをしながら道を走っていた。

「もう!」
やがてあたしは、何だかんだ言いながら少しスピードを落としてくれた乱馬に追いつき、そしてようやく並んで、その隣を走る事が出来た。


…きっと。
ここが…この人の隣に、こうして普通に並んでいる、この場所が。
やっぱり、あたしの居場所なんだ。
そんなに頑なにならなくても、頑張り過ぎなくても。
あたしが息切れしそうな時は、ぶつぶつ文句を言いながらも、こうして、自分からも歩み寄ってくれる。
二人で作っていく事が出来る、あたし達「二人」の居場所。
…そんな事を、心の中で強く思いながら。

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