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ユメノツヅキ3

「ねえ、あかね。…大丈夫なの?」
「え?な、何が?」
「何がって…あかね、最近顔色悪いし、それに様子がおかしいわよ。何かあったんじゃないの?」



教室でボーっとしていたあたしは、友人のさゆりとゆかに、声をかけられた。
「べ、別に…」
あたしはそんな二人の追及を誤魔化そうとはしたけれど、でも実際にあたしの身に起こっている「変化」を、あたし自身が気がついていない訳ではなかった。

…あれから。
あの、珍しくあたしが寝坊をしてしまった日から数日。
あれ以来、それまでは「時々」だったのにも関わらず、あたしは毎晩立て続けに、「あの夢」を見るようになっていた。
そのせいであたしは、睡眠不足を引き起こしている上に、少々神経質にもなっていた。
内面のそういった荒さは、少なからず表情や言葉、仕草にも出るものだ。
それに加え、あたしの、なびきお姉ちゃんに対する「嫉妬」も…面白いくらい増幅していった。
自分でも無意識のうちに、お姉ちゃんに対して、「敵意」の視線を投げかけているようで、
「どうしたのよ、あかね。あたしの顔に何かついている?」
…居間で、やはりいつものように乱馬と並んでTVをみたり、話をしているなびきお姉ちゃんにもそんな事を言われたほどだ。
乱馬とて、
「何か…おめー、変だぞ?」
なびきお姉ちゃんに対するあたしの態度があからさまにおかしいのに気がついたのか、はじめは気を使って優しく
声をかけていた乱馬も、怪訝そうな表情でそんな声をかけてくる始末だ。
「ちょっと、乱馬君。許婚ぐらいちゃんと躾ておきなさいよ?」
「し、しつけって…そんな動物じゃあるまいし」
「ペットのようなもんでしょうが。あんたには」
「…」
二人がそんなやり取りをしているのを聞いたとき、 もちろんあたしはそれさえも笑って受け流せない状況にはなっていたのだけれど、
それ以上に、

『…このままではいけない』

…そう感じるようになっていた。
…自分勝手な、あたしの「夢」の事情で、誰かに迷惑をかけてはいけない。
当り散らして、傷つけて。 嫉妬しているなんて…情けないし、それにそんな事知られるのは嫌だった。
だったら、少しこの二人と距離をおこうか。
…あたしは、そんな事を考えた。
なので、この数日、あたしはなびきお姉ちゃんや乱馬とは極力口を利いたり、接しないようにしていた。
そうなると、もちろん学校に登校してくる来るのも、一人。
放課後だって、授業が終わったのと同時に教室を飛び出す始末だ。
乱馬とだって、ここ数日、一緒に寝る事も無い。
……


ただ。
そんな事をしていれば、たとえ当事者達で無くたって、周りがその雰囲気の違いに気がつくのは当然でもあった。
なので、今日。
こうして、そんなあたしの行動を不審に思ったさゆり達が、あたしに気を使って声をかけてくれたのだろう…。
「別に…何もないよ」
あたしが、わざと笑顔を作ってさゆり達にそう答えると、
「何も無いわけないでしょ!あかね、ここ最近なんだか無口だし…。それに最近あかね、ずっと一人で登下校してるでしょ?いつも乱馬君と一緒だったのに」
「それは…」
「…他のクラスの女の子達も、運動部の男の子達も。右京だって、『また許婚交代したんじゃないか』って噂しているよ」
さゆりとゆかは、そう言って眉をひそめ、あたしの顔を覗き込む。
「…」
『許婚交代』
あんなへんな「夢」を見てうなされているだけに、
「…」
その単語一つがあたしの胸に、重い枷となる。
「ここ最近、乱馬君もお姉さんと一緒に学校来ているみたいだし…」
「…」
「それにあかね、ホントに顔色悪いよ?病院、ちゃんと行ったほうがいいよ」
さゆりとゆかが、心配そうにあたしの肩を叩く。
「ありがと」
あたしはそんな二人の心遣いに感謝をしつつ、
でも胸の中では、複雑な「想い」をめぐらせていた。
…乱馬がお姉ちゃんと学校へ登校してくるのには、別に深い意味なんてないはずだ。
乱馬にしてみれば、あたしが一人で勝手に、朝早く学校に行ってしまうから…いつもどおりの時間に家を出てくる。
偶然それが、なびきお姉ちゃんと同じ時間になるだけなのだ。
お姉ちゃんにしてみれば、いつもどおりに学校へ行く時間に家を出る。そしたらたまたま、同じ場所へ行く乱馬もそれと同じタイミングだった。
それだけの事だろう。
同じ場所から、同じ時間に家を出る二人が、同じ場所へ一緒に来る。
これは、誰がどう考えても自然な事だ。
一般的に言うのなら、「朝仕事に出勤する父親と学校へ行く娘が、同じ時間の電車に乗る為に駅へ一緒に向かう」のと同じことだ。

…それに。
そうやって、二人が一緒に登校してくる原因を作ったのは、他ならぬ「あたし」だった。
だから、あたしがその二人に対してとやかく言う資格なんて、全く無い。
…無いはずなのに。
それにも関わらず、「許婚交代」とか噂されているという事実を知り、また胸の中に嫌な「嫉妬のカケラ」を生み出してしまったあたしは…深い自己嫌悪の世界へと落ちていった。



…嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
心の狭い、自分が嫌だ。
ちっぽけな余裕しか持てない、自分が嫌だ。
自分が悪いくせに、嫌な事が起こったらそれを人のせいにして嫉妬をしている自分が、嫌だ。
…姉妹なのに、つまらない嫉妬をしている自分が、嫌で嫌で仕方がなかった。



「…」
どす黒いその気持ちのモヤに、あたしは一人では耐え切れそうも無かった。
自分の気持ちに、段々と余裕がなくなっている事。
自分の様子が他の人から見ても「おかしい」という事。
自分だけではなく、他の人にまでそれを気遣われるようになってしまったら…もうおしまいだ。
「…」
それを考えると、あたしはもう、全てを一人で思い悩みそして抱えている事が出来なくなってしまった。



…だから。

「…ねえ。二人は、同じ夢をずっと見続けたこと、ある?」

…あたしは、心配そうにあたしの顔を覗き込むさゆりとゆかに向かって、ぼそっとそう呟いた。
「同じ夢?あかね、同じ夢をずっとみるの?」
「あたしは夢自体ほとんど見ないからそれは無いけど…あかねは見るの?」
さゆりもゆかも、あたしの思いがけない質問に驚きながらも話に乗ってきた。
「あのね…」
なので、あたしは、いよいよ「あの夢」の話を第三者に伝える時が来たのだと口を開いた…ちょうどその時だった。
「あかね」
あたしがさゆり達に口を開くよりも一瞬早く、聞きなれた声があたしの耳に飛び込んできた。
「あ・・・」
あたしが、その声にハッと息を飲みながら振り返ると、
「おはよ、あかね」
そんなあたしの方に向かって、あたしよりも遅れて登校してきたなびきお姉ちゃんと乱馬が、歩み寄ってきた。
「お姉ちゃん・・・」
乱馬はともかく、学年の違うなびきお姉ちゃんが、こんな朝っぱらからあたしの所にやって来るというのは何か用があるからに決まっていた。
「あかね、あたし達向こうに行っているね」
「う、うん…」
あたしは、気を使って少し席を遠のいてくれたさゆりとゆかに感謝をしつつ、
「な、なに…?」
と、声をかけてきたなびきお姉ちゃんへ答えると、
「あんた、どうしたの?」
「え?」
「何か気にいらない事があるんだったら、はっきり言いなさいよ。何でここ最近、ワザワザ朝早く家を出るわけ?帰りだって一人でさっさと帰っているみたいだし。それに、乱馬君はともかく、あたしともちゃんと、ここ数日は話をしてないじゃない。あたしの事、避けてるでしょ?違う?」
なびきお姉ちゃんは、とても姉妹相手とは思えないほど険しい表情で、いきなり核心をついた質問をしてきた。
そんなお姉ちゃんの相変わらずの鋭さに、ドキ…と胸を鳴らしつつも、

「べ、別に何も…」

…まさか、『変な夢を最近見るの。それでね、その内容と現実がごちゃごちゃになってしまっているから、気持ちを落ち着かせる為にも二人と距離を置いているのよ』など。そんな事を、素直に言えるわけが無かった。

「何もないよ、別に…」
なのであたしは、適当な言葉でその追求を誤魔化した。
しかし、もちろんあたしのそんなあやふやな回答では、「あの」なびきお姉ちゃんが、納得するわけが無い。
「あのねえ、あかね。こういう事は、はっきり言ってくれなきゃ、他人ていうのは分からないものなのよ?」
「…」
「それにねえ、あんたが乱馬君と数日間登下校しないだけで、また『許婚交代した』とかなんとか。くだらない噂されて、それについて聞かれるたびにいちいち否定しなくちゃいけないんだから。迷惑してんのよ、こっちは。乱馬君だって、そうなのよ?そうでしょ?」
なびきお姉ちゃんは強い口調のまま叫び、自分の後ろに立っていた乱馬にも同意を求めた。
「ま、まあな」
乱馬は少し戸惑いながらも、なびきお姉ちゃんのその意見に同調し、
「と、とにかく。おめー、最近様子が変だぞ?気に喰わないことがあるんなら、言えよ。黙ってられると、こっちも気になるだろ」
そう言って乱馬も、俯いているあたしへと少しいらだった様子で声をかけてきた。
「…」
…それでもあたしが、それに何も答えず居ると、
「…ま、いいわ。ここで言いづらいっていうんなら、家で聞くから。とにかく、言ってもらわなくちゃわかんないんだからね」
なびきお姉ちゃんは、ため息を突きながらそう言って、教室を出て行ってしまった。
「…ったく。なんなんだよ」
乱馬も、なびきお姉ちゃん同様、そんな事をぼやきながら、荷物だけ自分の席へと置いて友達の席へと行ってしまった。
…そんなあたし達の周囲では。

「やっぱり、あかねと乱馬は上手くいってないらしい」
とか、
「許婚交代、ああは言っていたけど実はホントなんじゃないか?」
とか、
「姉妹で三角関係に発展!?」
とか。
前にもまして周りの人々は、好き放題な噂を口にしていた。

「…」
あたしには、いちいち癇に障るこの噂を囁かれるこの状況が、とても身に堪えた。
そして…それと同時に、ひどい罪悪感にも苛まれ、再び胸がシク、と痛みんだ。
「…」
ごめんね、お姉ちゃん…。お姉ちゃんは、何も悪くないの。悪いのは、あたしなの。
あたしは、憤然とした様子で教室を出て行ったなびきお姉ちゃんの背中に向かって、心の中では何度も頭を下げてい た。
そして、人前で妹のあたしを怒りつける事などめったにしないお姉ちゃんのその態度に、自分のここ数日の行動が、いかに他の人まで迷惑を掛けているのか…思い知らされた。


…このままでは、いけない。
今度こそ、切にそう思った。 悪いのは、あたし。
皆、あたしなの。
勝手に一人で「あんな夢」に魘されて。
一人で混乱して、「現実」と「夢」の境目がわからなくなって脅えてしまって。
勝手に、なびきお姉ちゃんに嫉妬して。
自分の気持ちを整理できなくて…乱馬やなびきお姉ちゃんまで巻き込んで。
二人にも嫌な思いをさせてしまった。



「…」
今日こそは、東風先生の所に行こう。
先生の所に行って、そして、「どうして同じ夢を見て魘されるのか」って。
先生に相談してみよう。
もしかしたら先生なら…何か良いヒントをくれるかもしれない。
それに、眠れなくてイライラもしているあたしに、何かいいお薬とかくれるかもしれないし…。



あたしは、そんな事を考えながらその日、教室で一日を過ごした。





そして、放課後。
あたしは、授業が終了するのと同時に教室を飛び出した。
そして、
「あら…あかね?」
「あかねちゃん?」
…と、東風先生の所へ入る直前に、買い物がえりのかすみお姉ちゃんと早乙女のおば様に声をかけられたのにも気がつかず、
「こんにちはっ…」
あたしは、東風先生のいる接骨院へと転がり込んだ。
久しぶりにあたしの姿を見かけた先生は、
「やあ、あかねちゃん。しばらくみないかったけど、元気だった…ってことはなさそうだね。目の下にひどいクマだ。どうしたの?」
あたしの明らかにやつれた表情に少し驚きつつも、以前と同じように優しく、そして微笑みながら迎えてくれた。
「実は…」
そんな先生には、あたしはもう遠慮なんてしなかった。
事を隠している余裕さえももうなくなってしまったことも手伝って、あたしは恥を覚悟で、「あの夢」を見ることについて、東風先生へ包み隠さず話をした。
「…」
…先生は、あたしの、時折感情的になるその話を真剣に聞いてくれていた。
そして、
「…という事なんです」
と、あたしが全て話し終わったのを見計らうと、

「事情は大方わかったよ。でもそれを解決するにはやっぱり、あかねちゃんが思うように、その「不安」の要素を取り除かなくてはいけない気がするな」
「不安の要素…」
「それに、その不安の要素を取り除くのも、この夢に決着をつけるのも。…まずは、あかねちゃんは、乱馬君とよく話をしてみるべきだと思うなあ」
東風先生はそう言って、表情を曇らせているあたしの肩を叩いた。
そして、
「まずはそこから始めたらどうかな?乱馬君と話をして、そしてそれでもまだその「夢」を見るようだったら、もう一度僕の所へおいで。その時は、ありとあらゆる医学書を引っ張ってきて、あかねちゃんのその症状を治してあげる手段を探してあげるよ」
「はい」
ありがとうございます、とお礼を述べたあたしに、先生は茶色い小さな紙包みを手渡してきた。
「これは?」
「これはね、中国に昔から伝わる「安眠効果」のあるお茶なんだ。乱馬君と話をするまでは、僕は薬は処方しないつもりだ」
「…」
「でも、眠れない日が続くのはやっぱり身体によくないと思うから…このお茶はね、すごく効き目があるんだよ。
だから、乱馬君と話をする決心が直ぐにはつかないようだったら、このお茶を飲んでまずは眠って、そして落ち着くことだよ」
「先生…」
「身体を壊してしまっては、元もこもないからね」
東風先生はそう言って、あたしを玄関の外まで見送ってくれた。
「ありがとう」
あたしはそんな先生に背中を後押しされるように、もらった紙袋を胸に抱えて、家へと帰ってきた。


…そうよね。
先生も言う通り、「あんな夢」を見るって事を、まずは乱馬にも伝えるべきよね。
乱馬も「何かあるなら言え」って言ってくれているんだし。
それで、乱馬には笑ってもらおう。
「ばかだな、おめーは。何でそんなつまんねえ夢なんて見るんだよ」
って。
そういって笑い飛ばしてもらって、
「今はそんな事あるわけがない」
そうやって言ってもらえば。きっとあたしは、安心するはずだ。
そしたら、お姉ちゃんにも話せるよね。
「くっだらない。ばかじゃないの?あんた」
そんな風に呆れられたって、いい。
…そう思った。


「…」
何でもっと、早くこうしなかったの?
もっと早くそうしていたのなら、あたしはきっと、他の人にも迷惑なんてかけなかったはずなのに。


あたしは、そんな事を思いながら家の中で乱馬の姿を探した。
そして、ようやく道場の中で一人稽古をしている乱馬を見つけると、
「乱馬」
…あたしは、道場で黙々と一人、稽古をしていた乱馬の元へと駆け寄った。
そして、久しぶりに自分から乱馬に声をかけると、
「あのね、話したい事があるの。実はね…」
と、さっそく「あの夢」の話を乱馬にするべく切り出そうとしたのだが。
「…随分早く教室を出て行ったのに、今日は帰りが遅いんだな」
あたしがそうやって切りだすよりも、一瞬早く。
なぜか、乱馬は不機嫌そうな声であたしにそうぼやいた。
「え?」
予想もしないその質問に、あたしが戸惑っていると、
「…俺やなびきには言い出せないことでも、東風先生には言えんのかよ」
乱馬は更に追い討ちをかけるようにそう言って、あたしの方を振り返った。
振り返った乱馬の顔は、驚いてしまうぐらい不機嫌で、そしてイライラしているのが一目でわかった。
「乱馬、どうしてそれ…」
乱馬が不機嫌だという事よりも、
どうして乱馬が東風先生とあたしが話をした事を知っているのか。
それが気になってあたしが尋ねると、
「おめーが東風先生の所に入ってく姿を、買い物帰りのかすみさんとお袋が見てたんだよ」
「え?」
「…ったく、そんなことにも気がつかねえ程、先生に逢えるのが嬉しかったのかよ」
乱馬は、イライラしたような口調でそう言って、あたしをジロリと睨んだ。
「なッ…何よそれっ…あたしは別にそんなつもりじゃっ…」
そんな乱馬の暴言に、あたしがすかさず弁解をしようとしても、
「じゃあ、どんなつもりだよ」
「そ、それは…」
「…なびきだって、言っていたじゃねえか。気にいらない事があるんだったら、はっきり言えって。俺もなびきも、それを聞いてやるって言ってんのに…何でまずは、東風先生なんだよ。…俺に話すより先に、何で先生の所に」
乱馬は、そんなあたしに対して少し声を荒げてそう叫ぶ。
「違うの、乱馬!…あたし…」
そんな乱馬に対して、
誤解を解きたいのと、そして「あの夢」の説明をしたいのと。
そんな気持ちがはやって弁解しようとしても、
「…ったく。俺となびきが何したってんだよ」
…と、
乱馬は一向にあたしの話を聞こうとはせずに、不機嫌そうにぼやいているだけだ。

「乱馬っ違うの、聞いて!あのねっ…」
「なあ、あかね。俺となびきが、お前に何をしたんだよ?俺達は、お前がそんな風に態度をおかしくするくらいの事を…何かしたのか?」

あたしの話を一切受け付けず、でも厳しく追及をする乱馬に、
「…してない」
あたしは、震える声でそう答えるだけだった。
「…だったら、いい加減態度を直せよ。
  おめーのその態度で、俺もなびきも、あらぬ噂を立てられて迷惑してんだからな」
そんなあたしに対し、乱馬は自分の言いたい事だけ言い放つと、
再びあたしに背を向けて、稽古を始めてしまった。
「乱馬、こっち向いてよ。違うの、あのね…あのっ…」
…その後、あたしが幾らそんな乱馬の背中に声をかけても、
「…東風先生に診てもらったんなら、薬とかも処方して貰ったんだろ?だったらそれを飲んで、今日はもう休めよ。話はそれからだ」
乱馬は冷たくそう返すだけで、あたしの方へは振り返ってはくれなかった。


「…」
…そんな乱馬の態度に。
東風先生から貰った小さな茶色の紙袋を持つ手が、震えていた。


せっかく自分から話す気になったのに、話そうと思ったら話したい相手に、拒絶されてしまった。
しかもそれは、自分の浅はかな行動が引き起こした結果なのだと思うと…胸が、痛かった。
「…」
時折気合を発しながら、あたしを無視するように一人稽古をする乱馬と、その背後で、情けない顔で立ち尽くして
いる、あたし。
そんな居心地の悪い空気の流れる時間が、あたし達二人の間には、流れていた。



…と、その時だった。
「あんたたち、何、喧嘩なんてしてんのよ。道場の外まで声、丸聴こえよ?」
「お、お姉ちゃん…」
あたしと乱馬がいる道場へ、そんな事を言いながら、お菓子の袋を片手に持ったなびきお姉ちゃんと、オロオロと
心配そうな顔をしているかすみお 姉ちゃんが、入ってきた。
「…別に喧嘩なんてしてねえよ」
心配そうに声をかけてきた二人に、乱馬が不機嫌そうな声を出すと、
「どこがよ」
なびきお姉ちゃんは「ふーっ」とため息をつきながら、今度はあたしの方を見ると、
「ほら、あかねも。一体どうしたのよ」
「…」
「それとも、ようやくあたし達に何か話す気にはなった?」
と、言った。
すると乱馬がすかさず、
「…東風先生には話してきたみてえだけどな」
と、あたしが口を開くよりも早く、なびきお姉ちゃんにそう答えた。
「え?そうなの?」
なびきお姉ちゃんは一瞬驚いたような顔をすると、
「先生に話せたって…じゃあ、それですっきりしたわけ?」
「さあな」
「でも先生に一番に話すって事は、よっぽどあたし達には言いにくい事だったのねえ」
「そんなの知るか」
…と、あたしの事なんてそっちのけで、乱馬とそんな会話を交わしていた。
「…」
あたしは、そんな二人のその姿を見ている自分の中に、再びどす黒い「モヤ」が生まれていくのを、確かに感じていた。


『二人に迷惑をかけてしまいたくないから、まずは先生に相談したのよ。
話したいの。話したいのよ、でもっ…』
…何度そう口に出そうと切り出しても、


「一体なんなのかしら」
「知るかよ、そんなの」
…二人はそんなことを話し合っては、あたしの事などそっちのけだ。
「…」
…そのモヤは、
それまで以上にあたしの心を、そして身体を、支配していった。
やがて、その「モヤ」があたしの全身を走りぬけた、ちょうどその時。
…未だ目の前で繰り広げられている、そんな二人のやりとりに。




「…」
…あたしの中の、「何か」が、壊れた。





「…なによ」
「え?」
「何よっ…何よ!」
…自分の中の「何か」が壊れ、かっと頭の中に血が上ったあたしは、ヒソヒソと会話を交わしている二人に向かって、突然叫んだ。

「な、何だよ」
「な、何よ急に…ど、どうしたの、あかね」

まさか、あたしが突然叫び声を上げるとは思わない二人も、
「あ、あかねちゃん?」
温和で穏やかなかすみお姉ちゃんも、さすがにそれには驚いたようだった。
が、頭に一気に血が上ったあたしには、そんな三人へ気を使う余裕などあるはずがない。
「何よっ…何なのよ!」
あたしは自分の感情が荒ぶるままに、驚いた顔をしている二人に向かって叫んだ。
「何よ…何で、あたしの話を聞こうとしてくれないのよ!聞いてくれるって言ったじゃない!」
「お、おいあかね…」
「どうしたのよ、あかね」
「やっと話せるように、決心がついたのにっ…何よ!自分達の言いたい事ばっかり言って…!どうせ二人とも、本当はあたしの事なんて心配して無いんでしょ!」
…そう叫んだあたしは、自分でもどうにも止める事が出来ないくらい、取り乱していた。
「…」
いつもとは違うあたしの様子に声を失っている乱馬とは別に、
「あかね、落ち着きなさいよ。どうしたのよ?」
それでもなびきお姉ちゃんは、あたしに声をかけてきた。
あたしは、そんななびきお姉ちゃんに今度は怒りの矛先を絞り、激しく声を荒立てた。
「あたしの話を聞こうともしてくれないじゃない!乱馬もお姉ちゃんも、二人でお互いの心配ばっかりしてっ…」
「はあ?」
なびきお姉ちゃんは、「何をそんなに怒っているのか」と、それでも困惑したような表情をしていたが、
そんなお姉ちゃんの態度が更に、あたしの怒りに拍車をかけていた。
そしてついに、
「そんなにあたしに迷惑をかけられるのが嫌なら…そんなにお互いが気になるんだったらっ…二人で、いつもずっと一緒にいればいいじゃない!あたしの話なんて聞かなくたって、二人でずっと一緒に、仲良く話しでもしてればいいじゃないの!」
…そんな事を叫びながら、あたしはなびきお姉ちゃんと、そして乱馬の顔を代わる代わる睨んでやった。

「お、おい…どうしたんだよ。落ち着けよ」

さすがにその言葉には、乱馬もすごく驚いているようだった。
尋常でないあたしの様子に、まずは落ち着かせようと、乱馬はあたしの肩に手を置こうとするけれど、
「触らないで!」
あたしはそんな乱馬の手を振り払うと、
「あたしの話なんて、聞く気もないくせに!」
「な、何言ってんだよ。とりあえず、落ち着けよ…な?」
「ほっといてよ!ホントは心配なんてしてないくせに!」
「な、何言ってんだよお前は」
「それに…そんなにお姉ちゃんに迷惑がかかる心配ばっかりしているなら…」
「ん?」
「あたしの話を聞こうともしないくせに、お姉ちゃんの事ばっかりそんな心配するんならっ…乱馬なんて、今度こそ本当にお姉ちゃんの許婚になっちゃえばいいじゃない!」
「お、おい…何言ってんだよ。あのなあ…」


「あたしの事よりも心配な、お姉ちゃんの許婚になっちゃえばいいのよ!あたしには…あたしの事を心配してくれようとしない乱馬なんて…乱馬なんて…乱馬なんて、いらないっ…」


…頭に血が上って、カッとなって。
どうにもこうにも自分の感情を抑えきれなくなったあたしは、また、「あの時」と同じ台詞を叫んでいた。
…「あの夢」を見るぐらい、許婚交代をする事に対して「恐怖」や「不安」を持っているあたしが、だ。



自分の「居場所」を。
やっと確実に手に入れたはずの、自分の「居場所」を。
そんな簡単に手放すことなど、そんなことは勿論、本心で望んでいるわけが無かった。
でも、冷静さを失っている今のあたしには、その言葉を口に出して良い事か悪い事かなんて…そんな事、区別がつくはずも無かった。


「あかね、とにかく落ち着け。な?」
…ただ、乱馬にはそのあたしの言葉が、冷静さを欠いている勢い任せのものだという事は分かっているようだった。
「どうしたんだよ…とにかく落ち着け。な?」
なので、乱馬はまずはあたしを落ち着かせようと、あたしの震える肩に手を置こうとした。
しかし…そんな乱馬の手が、あたしの肩に届くよりも一瞬早く。
…肩を震わせて、険しい表情をしていたあたしに対し、なびきお姉ちゃんが一言、言った。


「あかね、乱馬君いらないの?じゃあ、貰うわよ」


…なびきお姉ちゃんが、「あの時」と同じ言葉をあたしに向かって言ったのだ。
「…」
何度も見る「あの夢」の引き金になった、その言葉を。
そして、
「現実」と「夢」の境目がごちゃごちゃになって、今にもその「不安」と「恐怖」で押し潰されてしまいそうなあたしが、
今、どうしても聞きたくなかった、いや、聞くのが怖かった、その言葉を。
…あたしは再び、この耳で聞いてしまった。

「…」

あたしが、愕然とした表情でなびきお姉ちゃんの方を見ると、
「だって、乱馬君いらないんでしょ?ならあたしが、貰うわよ」
なびきおねちゃんは、にやりと笑いながら、でもはっきりとした口調でそう言った。
「なびき」
…そんななびきお姉ちゃんに、今まで黙って事の成り行きを見守っていたかすみお姉ちゃんが、いよいよ口を挟んだ。
「なびき?冗談を言って言い時と悪い時があるわ」
「あら。あたしは冗談なんて言ってないわよ?それに、これくらい言ってやんなきゃ、あかねも正直に、何でも話してくれそうな気がしないんだもん。いい薬よ」
なびきお姉ちゃんはそう言って、
「そうよね?乱馬君。もしかしたら今日からまた、あたしが許婚かもしれないわよ。宜しくね」
「勘弁してくれよな。俺はお断りだ」
「あら、心外ね。だって、あかねが言い出したのよ?乱馬君だって、ここ最近あかねに迷惑かけられていたでしょ?」
「そ、そりゃそうだけど…」
ため息をついている乱馬の腕を、取った。
「…」
…あたしの目の前で、繰り広げられていくその展開に。
血が上ったままのあたしの感情は、もう自分でもどうにも出来ない所まで来てしまっていた。
そして、
「と、とにかく腕を離せよ」
「やーよ。だって、あかねがくれたのよ。そうでしょ?あかね」
あたしの前でそんな会話を交わしている二人を、あたしはただただじっと…見つめるより他なかった。



…「あの日の夢」が、
「現実」と「夢」の中が混乱しはじめていた、「あの日の夢」が。
この瞬間、また全て「現実」となってしまった。
あの時と同じように、あたしの余計な一言のせいで。

「乱馬なんていらない!」

…その一言のせいで。



「…」
…怖かった。
乱馬の「許婚」を。
あたしの「居場所」を。
あんなに簡単に、しかもなびきお姉ちゃんに奪われてしまった「あの日」の出来事が、ずっとずっと「怖く」て、そして「不安」まで引き起こして…脅えていた。
だから、

「ちゃんと」乱馬と付き合っている今は大丈夫、って。
「あの日の夢」を見続けて魘されても、心のどこかではかろうじて、それを信じていた。
どんなに気持ちが追い込まれても、
「もう二度とあんな事は起こらない」
「取り越し苦労だ」
「誰かに話せば、きっと夢も見なくなるし解決する」
…そう、思っていたのに。



「何よ…そんなに欲しいなら…さっさと奪っていけばいいじゃない!」



…でも、また起こってしまった。
「悪夢」が「現実」になってしまった。
「現実」と「夢」が混在していたはずなのに、
つい今しがた、それは間違えなく全て「現実」になった。
「夢の続き」は、「悪夢」そのまま、引き続きの「現実」へとなった。
あたしは、自分の「居場所」を…また失ってしまった。


「あかねちゃん?な、なびきが言った事は冗談よ?冗談なのよ?」


…あからさまに、尋常ではない。
そして、あたしを取り巻く「雰囲気」の違いに、いちはやく気がついたのはかすみお姉ちゃんだけだった。
乱馬となびきお姉ちゃんは、様子がおかしいあたしの事など見向きもせずに、腕を取った、取られたのやり取りをしていた。

「冗談じゃないわよ。あたしはいつだって、本気。ねー?乱馬君」
「だ、だから俺を巻き込むんじゃねえよ」
「いーじゃない。迷惑ばっかりかける許婚より、きっと楽よ?楽」

…こんな会話を交わしながら。




「…だったら勝手にすればいいのよ!」
…ついにあたしは。
その場に居る事に、もう完全に耐えられなくなっていた。
何かが、あたしの中でふっつりと…切れた。
そして、

「何よ!!」

手に持っていた、東風先生が分けてくれた「安眠効果」のあるお茶の袋を思いっきり、乱馬に向かって投げつけてやった。
「うわっ…」
乱馬の身体に当たったその袋はその衝撃で破れてしまい、
「うわわっ…なんだこりゃ?」
パラパラパラ…と、中身が乱馬の身体や、道場の床へと散乱してしまう。
「ちょっと、あかね。あんたこれ、東風先生に処方してもらった薬じゃないの?もしかして」
そんな事を言いながら、床に散乱したお茶の葉を拾い集めようとするなびきお姉ちゃんと、
「あーあ、もう何すんだよ。あ、服の中にも入っちまった」
「あら、おさげにもついているわよ、乱馬君」
そんなお姉ちゃんに、おさげについた葉っぱを手で払ってもらいながら、お茶の葉を手で振り払っている、乱馬。
…そんな二人の姿を目の当たりにして、更に気持ちが追い詰められていった。
あたしは、そのまま道場を飛び出してしまった。



「あかねちゃん!!」



かすみお姉ちゃんが、そんなあたしを慌てて呼び止めてくれたけれど、あたしはそんなお姉ちゃんに振り返ることもなく、道場を飛び出し、廊下を抜け…そして、そのまま家の外へと飛び出してしまった。





また、失ってしまった。
あたしの「居場所」を、あたしはまた自分から手放し、そして失ってしまった。
「悪夢」は再び「現実」となり、そして…「夢」は「夢」でなくなってしまった。
…あたしの「居場所」。
それは、本当は何処にあるんだろう。
「…」
家を飛び出し、やみくもに夕暮れの道を走るあたしには、その答えなど全く、見出す事は出来なかった。

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