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二人の普通4

翌朝。
山上君が十時半に駅前の噴水の前で待っていると、あたしに誘いをかけてきた日の朝だ。

「おはよう…」

考え事をしていて良く眠る事ができなかったあたしは、少しくまを作った顔を俯かせながら、階段を降りて居間に行った。
ちらりと居間の時計を見ると、八時半。日曜日だからとはいえ、少しお寝坊だ。
「あかねちゃん、おはよう」
「おはよう、かすみお姉ちゃん」
「朝ご飯食べるでしょう?そこ、座りなさい?」
居間に姿をあらわしたあたしに、かすみお姉ちゃんが声をかけてくれた。そして、タンタンタン、と手際よく朝ご飯のメニューを並べてくれた。
居間にはテレビはついているものの、日曜日だというのにかすみお姉ちゃん以外は誰もいなかった。
しかもそのテレビ、
『今日のトークゲストは、料理研究家の山上聡子さんです』
…なんと、山上君のお母様がゲスト。なんてタイミングだと、あたしは思わずギョッとする。

『山上さんは、お仕事と家庭と両立されているんですよね?確か高校生の息子さんがいらっしゃるとか』
『そうなんですよ。息子はありがたい事に真っ直ぐに育ってくれましてね。昨日も、お友達と何やら家で話し込んでいました。友達思いの、いい子なんですよね。困っている子は放って置けないようなんです。』
『そうなんですか。じゃあ学校でも人気者でしょう?』
『クラス委員をやっているんですのよ。それに…』
インタビュアーに、次から次へと息子の自慢話をする山上君のお母さん。

「…」

真っ直ぐに育っているはずのあなたの息子さんに、別の男の子の彼女であるあたしは、デートに誘われたんですけど…?
あたしは思わずそう突っ込みたくなるも、ぐっと堪える。
とりあえずあたしはパチン、とリモコンでテレビを消すと、ご飯を食べる事に集中した。
「みんなは?」
テーブルに並べられたおかずに箸を伸ばしながら、あたしがかすみお姉ちゃんに聞くと、
「お父さんとおじ様は、町内の人と遊びに出掛けたの。おば様は、生け花の展示会を観に行かれる為に出発されたのよ。なびきは、アルバイトに行くって出掛けていったわ。休みの日に感心よね」
かすみお姉ちゃんはニコニコしながらそう答え、あたしにお茶を入れてくれた。

「…」

なびきお姉ちゃんの『アルバイト』。あのお姉ちゃんが汗水流して他人の為に働くとは思えないし、こりゃ、またどこかで被害者がでるのね。そのうち被害者の会とか結成されたらどうするのかしら…あたしはそんな事を思いつつ、

「…乱馬は?」

さりげなく、乱馬の事も聞いてみた。
別に聞いたところでどうするわけでもないけれど、でも何となく…乱馬の行方も尋ねてみる。
すると、

「乱馬君?乱馬君は…昨日の夜遅くに出掛けて、夜中に帰ってきて…」
「え?乱馬、夜に出掛けたの?」
「ええ。どこにいっていたのかは分からないけれど、夜中…十一時ごろだったと思うけれど帰ってきて、それで今朝早く、皆と朝ご飯を食べた後、またどこかに出掛けていったわ」

かすみお姉ちゃんは、あたしにそう乱馬の行方を教えてくれた。

「…そう」

…昨日、あたしと裏庭で話をしたあと、乱馬、出かけたんだ。
夜も遅いのに、どこに行ったんだろう…。あたしと言い争いをした気晴らしに、散歩にでも出かけたのだろうか…。
しかも、今日だって朝早くからどこかに行ってしまったみたいだし…
「…」
あたしと顔をあわせたくないからだろうか。
だから、ひろしくんの家にでも行って、時間を潰しているのかしら。もしくは、シャンプーとか右京の所とか…。

「…」
…乱馬の考えている事、全然分からない。

あたしは、ご飯を食べながら心の中で小さくため息をつく。
「あかねちゃん、どうかしたの?」
そんなあたしに対し、かすみお姉ちゃんが心配そうに声をかけてきた。
あたしは慌ててはっと我に返り、「ううん、別に」と頭を振る。
「そう?」
かすみお姉ちゃんは少しホッとしたような表情をすると、
「具合が悪いようだったら、今日は出かけるをよそうかと思っていたけれど、大丈夫そうね…」
「え?おねえちゃんも出掛けるの?」
「ええ。お友達とね、お買物に行く予定なの。今日は早乙女のおば様も帰りは遅いし、だからあかねちゃん、お夕飯は店屋物でもとって、ってお父さんがお金を置いて言ってくれたから」
そう言って、居間の茶箪笥の引出しをゴソゴソと探していたけれど、
「あら?おかしいわねえ、確かここに…」
どうやらお父さんが置いていったお金が見当たらないのか、ゴソゴソと中を漁っては首をかしげている。
「いいよお姉ちゃん。あたし夕飯代くらい持ってるから…」
それよりも早く、お友達と出掛けてきなよ。あたしはかすみお姉ちゃんにそう助言してあげた。
「そう?じゃあ私も行ってくるわね」
「うん。行ってらっしゃい」
そして、すまなそうな顔をしているかすみお姉ちゃんを送り出し、あたしはふう、と小さくため息をついた。

…フラフラと居間まで戻ってきて再び柱時計を見あげると、時刻は九時。
山上君が指定した十時半まで、あと一時間半。
お風呂に入ったり、支度したりする事を考えると、あんまり余裕がある時刻ではない。

「…」

行こうか行くまいか、実際はまだ迷っていた。
本当は行くべきではない。
きちんと付き合っている彼氏がいるのだから、他の男の子とほいほいと二人で会ったり遊びに行ったりする必要はないとは分かっている。
でも、なぜだろうか。それが分かっているのに…気持ちがグラグラと、揺らいでいた。
別に、山上君に対して特別な感情を抱いているわけではない。
乱馬に対しての不安な気持ちを掻き消す為に、山上君に頼ろうとしてしまっているのだろうか…あたしはそんな自分が大嫌いだ。
こんな事をしたって、気持ちが消えるどころかもっともっと自分も嫌いになるし、それに乱馬だって更にあたしに興味を無くすという事ぐらい分かっているのに…。
でも、

「…」

何故だか誘いを跳ね除けられない自分が、どこかにいた。
今朝、乱馬の顔を見たら気が変るかな…そう思っていたけれど、その乱馬だって、今朝から出掛けてしまって不在。
あたしと乱馬、現在、全然歯車があっていない。
それだけ、あたし達の間にできてしまった溝が深いということなのか…あたしは、小さくため息をついた。

「…」

あたしは、山上君の元へと向かう理由をあれこれと正当化して考えながら、ノロノロと、シャワーを浴びる為に風呂場へと向かった。

…乱馬とデートに行く時はいつだって、張り切って支度をしていた。
鏡を見て何度だって服も変えたし、いつもはつけない色付きリップだって、頑張って塗った。
髪だっていっぱいいっぱいブラッシングするし、乱馬が喜ぶ顔を想像して、そしてそれがあたしも嬉しくて、上機嫌で支度をした。
でも、今日は…違う。
あたし、乱馬以外の男の子とデートするために今、鏡に向かっているんだ…そう思うと、なんだか自然に表情が翳った。
鏡に映ったあたしは、全然笑っていなかった。
困ったような顔、泣き出しそうな顔。
どう見たって、これからデートを控えている女の子の顔には、思えない。

「…」

でも、そんな顔をしているのに、あたしは今からデートに向かうんだ。
そう思うと、山上君には申しわけないけれど、ため息が口から出る。
「…」
あたしは、ちらりとベッドサイドにある時計へと目をやった。
時刻は、もう十時。そろそろ出発しないと、待ち合わせ時刻には間に合わない。
「…」
カバンの柄を取り、部屋から出るあたしの口から、自然にため息が出る。
でも、遅刻するわけには行かない。あたしは、のろのろと階段を降りて、玄関へと向かい靴を履いた。



と、その時だった。



靴を履いたあたしが玄関のガラス戸を引こうとしたちょうど同じタイミングで、
ガラ…
外側から、玄関の戸が開いた。
「え?」
あまりのタイミングの良さに、あたしがビックリして思わず玄関の戸から手を離すと、
「…」
ガラス戸の向こう側に立っていたその人は、手を離して驚いた表情をしているあたしの顔をじっと見つめて、動かない。
両手には、スーパーの袋。
みると、野菜やら小麦粉やら卵やら…色々な材料が袋には詰め込まれていた。袋に入りきれなかった長ネギが、ひょろっとはみ出しているのが印象的だ。
どう考えてもそれは、買物帰りの出で立ちだ。

「乱馬…」

…ガラス戸の向こうに立っていたのは、乱馬だった。
朝からどこかに出掛けている、とかすみお姉ちゃんはそう言っていたけれど…乱馬は買い物に行っていたというのだろうか。しかも、袋に目一杯の野菜だ。そんなに食べたかったのだろうか。
……?

「…」

…気になる事は多々あるけれど、でもここで乱馬にそれを尋ねている時間はない。
「…行って来ます」
あたしは、何も言わずにじっとあたしの事を見ている乱馬にそう呟くと、乱馬の横をすり抜けて外へと出て行こうとした。
が。
「…」
あたしがすり抜けていこうとした前を、乱馬が不意に、遮った。
「…あ、ごめん…」
もしかしたら、家の中に入ろうとした乱馬とあたし、同じ方向に二人で移動してしまったのかもしれない。
やれやれ、こういうタイミングの悪さだけはバッチリあうのだなあ…あたしは心の中でため息をつく。
そして今度は乱馬の邪魔にならないように、と今出ようとした方向の反対側へと移動して外へと出ようとしたけれど、
「…」
今度もまた、外に出ようとしたあたしを、乱馬が遮った。
また、偶然?
あたしがすぐに反対側へと移動しようとすると、今度は乱馬も一緒に移動する。

「…」

…まさか、わざと?

あたしはそんな予感がして右に、左にと移動を重ねるも、やっぱり乱馬も、同じ方向へと移動してはあたしの進路を遮る。
「…」
そう、気のせいなんかではない。乱馬は、わざとあたしの進路を遮っている。
そう確信したあたしは、あたしの前を遮った乱馬の顔を真っ直ぐに見た。
「…あたし、出掛けるの。そこ、退いて」
そして、あたしの進路を遮る乱馬にはっきりとそう呟いた。
しかし、
「退けない」
そんなあたしに対し、乱馬はそう言って一歩、足を家の中へと踏み込んだ。
「ど、退けないって…」
乱馬に前に出られたら、あたしは後ろに下がるしかない。
あたしは玄関の中へと押し戻されながらそう言うと、

「…他の男とのデートに行くためになんて、外に出すわけには行かない」

乱馬はそんなあたしの顔をじっと見つめながら、低い声でボソッとそう呟いた。
それと同時に、ガラガラとガラス戸を締めて、内側に後ろ手でかちゃり、と鍵をかけた。
「!…なんでそれ…」
乱馬の言葉に、あたしはギョッとしてしまった。
あたしはもちろん、まだこのことを乱馬に話はしていない。それなのに何故…?
「…」
カバンの柄を妙に汗ばんだ手で、あたしはぎゅっと握り締めた。
でも、
「…乱馬には関係ないじゃない」
あたしは、乱馬からすっと目線を逸らし、ゆっくりと俯く。
乱馬はそんなあたしを、じっと真剣な表情で見つめていた。

あたし達の間に、静かで重い時間が流れる。
玄関から居間まで大分遠いというのに、居間の柱時計が時を刻む音が、カチッカチッ…とあたしの耳にしっかりと届いてきた。
ガサっ…乱馬の手にしているビニール袋の中の野菜が、袋の中でバランスを崩し転がる音が、やけに大きく聞こえた。

…息苦しかった。
理由は分からないけれど、胸の中に疼く息苦しさで、あたしは何度も小さく息を吐き出す。

と。

「来い」

その重くて息苦しい空気をぶち破るが如く、乱馬がそう言って、あたしの手首をガシッと掴んだ。
「え…だめよあたし、出掛けるのに…」
あたしが慌てて乱馬の手を払おうとするも、乱馬は離すどころか更に強い力であたしの手首を握る。
乱馬はビニール袋を片手にまとめて持ち、片方はあたしの手首を掴み、そのまま家の中へとあがっていく。
「乱馬!離してってば!乱馬!」
強い力で引っ張られるあたしは、靴を慌てて脱捨てて家の中へと連れて行かれる。
乱馬は、何も言わずにあたしを台所まで引っ張っていった。
そして、手にしていたビニール袋を床にドスッと置くと、
「待ち合わせには行かなくていい」
あたしの手首を握ったまま、そう呟いた。
「…だから、そんなの乱馬には関係ないじゃない!」
あたしは、乱馬の手を今度は強引に振り切って、くるりと乱馬に背を向けた。
そして、
「あたしの事なんて、全然気にならないくせに…あたしの事なんて全然、考えてなんて無いくせに!」
あたしは、あたしの手首を掴んでいる乱馬の手を思いっきり振り払いながらそう叫んだ。
すると、

「気にならないわけねえだろ!何で自分の彼女を、のこのこと他の男とデートさせるために見送らなきゃなんねえんだ! そんなのどう考えたっておかしいだろ!」

ダン!

あたしが立っているすぐ目の前に広がるシンクに、あたしの身体を間に挟むように、乱暴に手をつきながら、乱馬がそう叫んだ。
シンクを叩きつけた音があまりにも大きくて、あたしは身を竦ませる。

…乱馬にこんな風に怒鳴られたのは、初めてだった。
あたしは、感情的に叫んだ乱馬の態度に驚き、カタカタと震えていた。すると、

「…そんなのおかしいだろ?」
そんなあたしの身体に、先ほどシンクについていた手を、乱馬はゆっくりと回した。
「っ…」
三日ぶりに抱き締められる、その感覚。
あたしは再びビクン、と身体を震わせる。
…でも、三日前までのあたしなら、乱馬に抱き締められたらすぐに身体を預けたけれど、
今のあたしは…違う。
「…」
どんなに優しく抱き締められても、無邪気に乱馬に身体を預ける事が出来ない。
心が、落ち着かない。
あたしは乱馬を振り返らず、顔を思わず伏せてしまう。

「…そんな事今更言われたって、困る」

あたしが小さな声でぼそぼそとそう呟くと、
「何で困るんだよ」
ふわり。乱馬が、俯いているあたしの首筋にそっと顔をくっつけた。
ゾクっ…と身を震わせながら、それでもあたしは胸に抱える不安を拭い去る事は出来ない。

「…あたしの事なんて、関心ないくせに」
「ないわけないだろ」
「…信じられない」
「何で信じられないんだ。俺が『たかがお好み焼き』って言ったからか?」

乱馬がそう言って、あたしの身体に回している手の力を強くした。
「…」
あたしがそれに答えずにいると、
「…あれは、言いかたが悪かったって。そう思ってる。たとえ口から弾みだったとしても…」
「…」
「クッキーの事も、悪かったと思う。でも、たかがといった事は悪かったと思うけれど、お好み焼きを食わなかった事は…俺、謝らない」
乱馬は、再びビクン、と竦んだあたしの身体をぎゅっと抱き締めながらそう続けた。


…何よそれ。そんなんじゃ、全然あたし、分らない。


抱き締められた身体が、先程にも増してカタカタと震えていた。あたしが表情も翳らせながら目を閉じると、
「…他の男と一生懸命作った美味しい料理より、まずくても見た目が悪くても良いから、俺はあかねひとりで作った料理が食いたい」
乱馬は、小さな声でそう言って、あたしの身体を強く、自分の方へと抱き寄せた。


え?


あたしがその言葉に驚いて乱馬のほうを振り向こうとすると、
「ただでさえ、あかねに気があるってミエミエの奴と一緒に過ごさなくちゃいけなくて、気分が悪いのに…」
「…」
「俺に食わせようとして作っていたとしても…俺の目の前であんなに楽しそうに、他の男と作っている物なんて食いたくないに決まってんじゃねえか」
あたしが振り返るより先に、乱馬はそう言って、一度だけあたしの身体を更に強く抱き締めた後、離した。
「…」
乱馬の言葉に驚きと戸惑いを隠せないあたしが、どうしたらよいのかわからずにいると、
「…だから俺…」
乱馬は、そんなあたしの前に、床に置いていた、例のビニール袋を移動させた。
そして、

「…お好み焼きの材料、買ってきた」
「えっ…な、何でよ…」
「…作ってくれよ。あかねの、お好み焼き」

そう言って、立ち尽くしているあたしの手を、そっと取った。
「腹壊したって、まずくたって、見た目悪くたってかまわねえから!…他の誰か流の物じゃなくて、あかね流のお好み焼き…俺、食いたい」
「…乱馬」
「もう逃げないからっ…だから、頼むよ」
乱馬は、まっすぐにあたしを見つめてそう叫んだ。
「…」
あたしは、そんな乱馬の顔を真っ直ぐに捉えながらも、ドキドキとする胸の鼓動で頭が真っ白になりそうだった。

どうやら乱馬は、あたしにお好み焼きを焼いてもらう為に、朝も早くからスーパーへ行って材料を買い込んでいたようだ。
しかもそのお金、今日の夕食用に…とお父さんがあたし達に残していってくれた、例の茶箪笥から消えたあの夕食代。
なるほど、それじゃあかすみお姉ちゃんがどんなに探してもないはずだ。
どうせ夜二人だけなんだから、店屋物を取ろうが材料を買ってきて作ろうがどっちでも構わないってことでそのお金を持ち出したのね。
おかげで、店屋物に費やされるはずだっただけの金額が、パーティーが開けそうなほどの材料と化けて、今あたし達の足元の袋には入れられているというわけか。
でも…

「…」
袋から溢れんばかりの材料を目の隅で捕らえながら、乱馬の言葉に、あたしは戸惑いを隠せない。

「…」
あたしが乱馬に手を取られたまま俯いていると、

「…山上には俺、話してきたから」

そんなあたしに対し、乱馬が、ボソッとそう呟いた。
「え?」
あたしがはっと顔をあげると、
「…俺のあかねに手を出すなって、話つけてきたから」
乱馬は、俯いているあたしの身体を、先ほどのように背中から抱き締め、首筋に顔を埋めた。
ふわり、と乱馬の柔らかい前髪と唇が、あたしの肌に触れた。
「…何で俺が昨日の昼間あんな態度を取ったかとか、全部話してきた。あいつ、あかねの事を好きだっていっていたけど、俺はあかねと別れるつもりも、渡すつもりも全くないって。はっきりそう言ってきた。この先どんなに待たれたって、そんな可能性は全くないって、はっきり話、つけてきた」
「!」
あたしは、乱馬の言葉にはっと息を飲んだ。

…そういえば。今朝、朝ご飯を食べた時に居間のテレビに映っていた山上君のお母さんが、番組のインタビュアーに、
『昨日の夜も、お友達と遅くまで息子は話していた』
そんな事をいっていたっけ。
あの時は「へー」なんて思っていたけれど…もしかしてあの「友達」って、乱馬の事だったの!?
かすみお姉ちゃんが乱馬は昨日の夜、出掛けていたって言っていたけれど…まさか乱馬、昨日の夜山上君の所へ?

「…」
でも、なんであたしが山上君とデートするって分かったのかしら。あたしがそんなことを思っていると、
「昨日の夜、山上があかねに電話をしてきたって…かすみさんが言ってた。昨日の夜、お前様子がおかしかったし、もしかして何かあったのかって、思った。そう考えたら俺…じっとしている事なんて出来なかった」
「乱馬…」
「だから、すぐにひろしに電話して山上の家、聞いて…」
乱馬はそう言って、少し間を置いた。
そして、
「あいつとは、話してきたから。絶対に今日、あかねは山上の所に行かせないって、俺、言ってきた。 あいつもそれ納得したし、お前の事は諦めるって言わせた」
「…」
「だから…」
「…」
「だから、もう一度…俺に料理、作ってくれよ。二度と作らないなんて、言うなよ」
「乱馬…」
乱馬の言葉に、あたしは混乱した頭と胸で、おかしくなりそうだった。

…乱馬の考えていた事とか、
このニ・三日の態度の真意とか、
どうして乱馬がデートの事を知ったのかとか…そういうのは良くわかった。
でも、それが分かったからといって…すぐに、
「なんだ、あたしの誤解だったの」
そう言って、乱馬とすんなりと仲直りなんて出来ない。
あたしが山上君の申し出に応じようとした事は事実だし、寂しくて、不安でどうしようもなくて…ここ二日考えこんでいた事は事実だ。
今回の事の誤解が解けても、このままじゃ、根本的なことが変らない限り、また同じ事が繰り返されるような気がする。
「…」
あたしは、あたしの身体を抱き締めている乱馬の腕をそっと取り外した。
「あかね…」
そんなあたしの態度に、乱馬が一気に表情を曇らせる。

「…あたしは、普通の恋愛がしたいだけだったの…」

そんな乱馬に、あたしはぽつんぽつんと話し出した。
「普通の女の子と同じで、楽しい恋がしたかっただけなの…」
「…」
「でも、あたしは乱馬を好きになった訳だから、乱馬をとりまく状況を理解していたつもりだし、色々な女の子に邪魔されたって、腹も立つけど我慢してきた。乱暴な言葉をいわれたって、それが乱馬の本心じゃないって信じて、頑張ってきた。だけど…」
「…」
「我慢したって、不安が消えるわけじゃなくて…それに押しつぶされそうな時がある…。
  不安が好きな気持ちを押しつぶして、乱馬を好きだって気持ちさえも分からなくなる…。乱馬はあたしの事本当に好きなのかって…疑いたくなる…」
あたしはそう言って、じんわりと熱くなり始めた目を手の甲で抑えた。

「いくら乱馬にその気がなくたって、あたしの目の前で他の女の子が乱馬に抱きついて、料理を食べさせて…そんなの見た後、いくらまずいって分かっていてもあたしの料理だけだけ拒絶されたら、信じようとしも、それが出来なくなる…あたしだって、不安になる」

目を抑えた手の甲に、ボタッと熱い涙がこぼれた。
抱き締められて真実を告げられた所で、拭いきれなかった不安な思いが、一気にあたしの口から出て行く。

「だから…そんな状態で不安なのに、今更逃げないから料理を作ってくれなんて…言われてもどうしたら言いかわかんないよ…」
あたしは、ぼたぼたと次から次へと落ちてくる涙を塞き止めながら喋るも、それ以上はどうしても言葉が上手く、出てこない。

「…」

そんなあたしの涙を、乱馬はそっと手で触れるようにして拭った。
あたしがそんな乱馬の手を、顔を振るようにして振り払うと、
「…」
乱馬は、今度は手ではなく、少し身を屈めて涙が溢れ出ている目の際へそっと唇を付けた。
ひっ…
不意に感じた柔らかい感触に、あたしが思わずビクン、と身を竦めると、
「…俺…その、何が普通なのかは良くわかんないんし、上手く言えないけど…」
「…」
「でも、俺…俺を取り巻いている状況とか色々な事が俺は普通じゃないってわかっているけど、お前の事好きな気持ちだけは、【普通】って言葉で片付けたくねえって思ってる」
「乱馬…」
「他の男に声をかけられるだけで、気が狂いそうなくらい嫉妬する。山上があかねのクッキーを食ってあかねと話して、それでどんどん近づいていくのを見ていただけで気分が悪くなる。あんな風に一緒に料理なんか作られたら、おかしくなりそうだ」
乱馬はそう言って、再びあたしの身体をそっと、抱き締めた。
「そりゃ、まずい料理に脅える事もあるし、逃げたくなる事もあるけど…でも、自分の彼女が簡単に他の男とデートしたいなんて考えちまうような付き合い方、絶対にするつもりはねえ」
乱馬は力強い声で、はっきりとあたしにそう叫んだ。
「乱馬…」
あたしがそんな乱馬の顔を真っ直ぐ見つめると、
「だから…もう一回、俺に作ってくれよ。あかね」
「…」
「俺をとりまいている状況は確かに異常だし、他の奴らみたいに楽しい事ばっかじゃないかもしれないけど…。でもその代り!俺、普通なんて言葉で表せないくらい強く、ずっとお前の事好きだよ。その気持ちだけは『普通』にするつもりは無いけど、それ以外なら…あかねが望む『普通』に近付けるように、俺も頑張るから…」
乱馬はそう言って、震えているあたしへ顔を埋めた。
あたしは、そんな乱馬に抱き締められたまま、しばらくはまだ混乱して動く事も出来なかった。


…色々な思いが交差して、ここ数日の不安が何度も頭を過って、そして今の乱馬の言葉が、それに絡まるように心の中へと流れていく。

この言葉を、信じられるのか。あたしはこの言葉を信じてもいいのか。

何度も自分へとそう問いかける。
信じられなければ、あたしと乱馬はきっと、上手く行かない。
信頼関係が崩れた恋人同士の未来なんて、無いに等しい。
でも、信じられれば…今までよりももっと、きっとお互いを安心して思っていける。
信じ続ける事は、そんなに簡単な事ではない。
投げ出すなら、きっと今。
乱馬を信じるか、それとも不安にこの胸を押しつぶさせるか。
二つに一つ。あたしは、選択を迫られた。




「…」


あたしは、抱き締められた乱馬の腕の中で、小さく頷いた。
「あかね…」
その頷きの意味がなんなのか、まだ理解しきれない乱馬が不安そうな表情であたしの名を呟く。

「時々は…」
「…うん」
「時々は、皆の前でもあたしの事…大切にしてくれる?」
「ああ」
「あたしが不安を感じる時は、それを無くすように…努力する?」
「するよ!俺、そんなの全部消すように頑張るから!」

乱馬は、質問するあたしに必死にそう答えると、
「あかねが安心するまで、俺頑張るから!…だから…」
そう言って、一息置いた。そして、
「だから、あかねも、その不安をすぐに、俺に言ってくれよ。俺、鈍いし…それがわかんねえ時があるからさ」
あたしの身体に回す腕の力を強くしながら、乱馬はそう呟いた。
「…」
あたしは、そんな乱馬の言葉に小さくもう一度頷いて、身体に回されている腕にそっと手を添え俯く。

…もっと早く、こうやって乱馬の気持ちを確認すればよかった。
こんな風に極端に不安に駆られてから確認するなんて、あたしはばかだ。

乱馬に抱き締められながら、あたしはそう思った。

時々はちゃんと言葉にしてあらわしてくれなきゃ、わからない。…あたしは乱馬にそう言った。
でも、それは乱馬だってきっと、同じなんだ。
あたしがこんな風に不安を抱えていた事を、時々はちゃんと言ってくれないと、分らないことだってあるんだ。

…そうだよね。
あたしも乱馬も、二人とも、恋愛の達人じゃないんだもん。
あたしが思う「普通」と、乱馬の思う「普通」…時にはちゃんと口に出して確認しないと、ずれている時だってあるはずよね。
お互いの思っていることや気持ちなんて、側にいるだけじゃ全て分からない事だってある。
不安に思ったらそれを相手にぶつける事だって、すごく大切なことなんだ。
それをぶつけたら相手に「重い」と思われるかも…そればっかり考えていたら、何にも変らないんだもの。
…そうやって考えて、それで二人で二人のルールを決める。
それが…あたし達二人の「普通」になるんだ。あたしと乱馬の、「二人の普通」になるんだわ。

「…」

…今回の事、乱馬ばっかり、責められないな。

普通って、本来はそうやって初めて使う言葉なんだ…あたしは、ここ数日の自分の考えをそっと戒めた。
二人で、恋愛しているんだもの。それは、とっても大切なことだったよね。
一番基本で、一番大切なこと。あたし達、忘れちゃっていたんだわ…


「…乱馬、あたしの事好きなの?」
…ようやく涙も収まり、気持ちも落ち着いたあたしが、もう一度確認すべく乱馬にそう尋ねると、

「…そうだよ」
乱馬は、そんなあたしの首筋に頬を摺り寄せながら素直にそう呟いた。
あたしの心に、その言葉はするりとすぐに、溶け込んだ。
「…あたしも」
あたしはそんな乱馬の言葉にそう呟く事で答えると、
「…作ってあげる」
「え?」
「お好み焼き、食べたいんでしょ。作ってあげる」
そう言って、乱馬の腕から逃れた。
あたしのその言葉に、乱馬がホッとしたような嬉しそうな表情をした。
「…まずくても、食べてくれるんでしょ?」
あたしが最後にもう一度確認するようにそう尋ねると、
「全部、全部食べる」
その後に、あかねも食べる。乱馬はそう言って、あたしに軽く、キスをした。
「あたしを食べる余裕がないくらい、たくさんお好み焼き、作るもん」
「消化剤、用意しとくから」
「調子いいんだから」
あたしはそんな乱馬の額をぴん、と指で軽く弾いてやると、乱馬が買いこんできた食料をビニール袋から出すべく、床に置かれた袋へと手を伸ばした。
乱馬は嬉しそうな顔であたしと一緒にその野菜を袋から出すと、あたしがお好み焼きを焼き終えるまで、ウロウロソワソワと、あたしの側を歩き回っていた。

…あたしの料理はまずいって分かっているし、上手くできるかどうかなんて全く自信はないのだけれど、一昨日クッキーを焼いた時以上に、なんだか心が弾む。
乱馬が食べてくれるんだって、そう思うだけで、なんだか料理を作るその気持ちまで楽しくなる。

今日の朝、山上君とのデートの為に支度をしていたあの重い気持ちなんて全然忘れてしまうほど、今のあたしは、なんだか心が弾んでいた。

好きな人が、あたしの手料理を食べてくれるって言ってくれた。
付き合っている彼女彼氏の間ならば、それは当然のことなのかもしれないけれど、
その当たり前の事が、あたしは嬉しくて仕方がない。
千人が千人、うっとりするようなかっこいい言葉や、高価なプレゼントなんていらないの。
そんなごく当たり前の事、ごく当たり前の言葉…それが、あたしはとても嬉しいの。






「…あら?乱馬君具合悪いの?」
「店屋物食べ過ぎたのか?乱馬よ」
「お薬飲んだの?」
…結局その後、あたしのお好み焼きを大量に食べた乱馬は、あたしをその後「食べる」前に具合が悪くなって寝込んでしまったのだけれど、
「…お詫びに、今夜は看病していてあげるから」
「…一緒に寝てくれ。そしたらすぐ治る。今すぐ治る」
「あんたって人は…」
家族が部屋から出て行った隙に、枕もとに座り込んで乱馬の様子を見守っていたあたしの腰に抱きついてきた乱馬の頭を撫でながら、うんうんと唸っている乱馬に心の中で「ごめんね」とそっと手を合わせつつ、
「…」
不安を解消してくれたお礼を、具合が良くなったらたくさん、たくさんしてあげるからね。
あたしは乱馬へと、三日ぶりの笑顔で微笑みながらそう呟いたのだった。

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