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二人の普通3

その日の夜は、どうしても晩御飯を食べる気にはならなかった。
もちろん精神的に堪えていたのもあるけれど、一番の理由は、食事の時に隣に座る乱馬と、顔を合わせたくなかった。それが原因だ。
でも、顔を合わせたくなかった…というのは少し違うのか。あたしが、「どんな顔で乱馬の隣に座れば良いのか」分からなかった。
それが正しい表現なのかもしれない。
「…」
あたしは、昼間の事をぼんやりと考えながら、ベッドの上に寝転がっていた。


『食べたくない』
…昼間の乱馬の、あの言葉が今でもあたしの耳から離れなかった。
きっぱりとした、口調。そして更に、山上君に「食べたければ委員長が食べろよ」と進めた乱馬。
あたしに対して失礼だろ、と怒る山上君と、それに対して不機嫌そうな乱馬。
あの時の構図が、あたしの記憶には鮮明に残っていた。


「…」
はっきりいって、ショックだった。
あたしを侮辱されて怒ったのが、乱馬ではなく山上君だった。
更に残酷な現実が、あたしに追い討ちをかける。

…あのお好み焼きに気持ちが込められていた事ぐらい、乱馬だって分かったはずだ。
それなのに、何で…

…何でそれでも、食べてはくれないの?

右京が作ったお好み焼きは食べられても、彼女のあたしがつくったお好み焼きは食べられないなんて…そんなのおかしいよ、乱馬。
普通は、彼女の作るものは何だかんだいっても食べてくれる物じゃないの?
特に、今日のあれは特別だったじゃない。なのに…

「…」

乱馬の考えている事が、全然分からない…あたしは、ぎゅっと唇を噛む。

どんなに高級食材でも、腕のよい料理人でも、大切な人の愛情が篭った手料理には叶わない。山上君は、そう言った。
でも、

「…」

気持ちが篭っていても、それを相手に食べてもらわなければ、その愛情は伝わらないんだ。
あたしは、それを思い知った。

…胸の中に、妙な寂しさがこみ上げていた。
「普通は××なのに…」そんな事を思っては、自分達と比べて不安を増長させているあたし。

普通・フツウ・ふつう…じゃあ普通ってどんななの?普通の恋愛がどんなものかわからないから、どこからどこまでが普通なのか…何だか良くわからない。
でも、比べようとすれば比べるほど、あたしの胸には寂しさが込み上げる。
普通に彼とデートをして、大切にしてもらって…もちろん、心を込めて作った料理は、喜んで食べて欲しい。
あたしが思う「普通」は、そこら辺にいる女の子が望むごく当たり前の幸せ。
それだけは分っているから…それを望んでいる今の自分が、何だか堪らなく虚しかった。

「…」

…片思いの時は、本当に不安だった。
乱馬の気持ちがわからなくて、乱馬の気持ちが一体どこを向いているのか、確信が持てなくて。
他の子と出掛けていたら、「何しているのだろう」「どこにいたんだろう」…そればっかり考えて、過ごしていた。
他の子がおいし料理を持って乱馬の元へと駆けつけているとき、黒焦げの料理を後ろ手に隠しているあたしは、乱馬の気持ちが、それを見せただけで他の誰かの元に行ってしまうのではないかと…不安で仕方がなかった。
だから、両思いになれればそんな不安は感じる事なんてないんだろうな。あたしは、安直にそんな風に考えていた。
でも…両思いになったら、もっと、もっと不安になった。
シャンプーが乱馬に抱きつくだけで、つきはねない乱馬にもその気があるんじゃないかと、今まで以上に不安になった。
右京が乱馬を店に誘うだけで、乱馬が誘惑されちゃうんじゃないかって、今まで以上に不安になった。
もちろん、昨日みたいに…あたしの手料理は食べずに逃げてばっかりなのに、右京のクッキーはすんなり食べて「うまい」なんて口にされたら、「もしかして乱馬、右京に気があるんじゃ…」なんて不安に思う。
たとえ乱馬がこの間みたいに、「そんなわけねえだろ」だなんて弁解したとしても、そんな事が毎日毎日続けば、あたしだって…それを信じる気持ちが弱まってしまう。
不安と嫉妬で、胸の中がモヤモヤする…このままでは不安に、あたしは押しつぶされてしまいそう…。
でも、

「…」

その不安を乱馬にぶつけてしまったら…乱馬はあたしの事を「重い」って思うかもしれない。
何でそんな事ばっかり考えているのだと…乱馬にそう思われるのが怖い。
だからあたしは、こうして不安に思っていることを自分の胸に留めている。

「…」

不安や不満と、乱馬に疎まれる怖さ。
抱え込むには大きくなりすぎた複雑な思いが、あたしの胸を忙しなく交差していく。
あたしは何ともいえない思いをずっしりと胸に受け止めながら、何度となくため息をついていた。



…と、その時だった。
コンコン。不意に、部屋のドアが叩かれた。
「はーい…」
あたしがベッドから体を起こしてドアを開けると、そこにはなびきお姉ちゃんが立っていた。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「借りていた洋服、返そうと思って」
なびきお姉ちゃんはそう言って、するりとあたしの部屋に入り込んだ。そして、昔貸した白いブラウスを、あたしの机の上に置いた。
「別に今日じゃなくても良かったのに」
あたしがボソッとそう呟くと、
「まあ、ついでというか何というか」
なびきお姉ちゃんはそう言って、そのまま部屋から出ては行かず、あたしが寝転んでいたベッドに腰掛けた。
「泣いているのかと思った」
「え?」
「だーって。ご飯も食べずに部屋に篭っているし?それに、昨日のあの様子じゃ、きっと乱馬君と何かあったんだろうしねえ。まだ仲直りなんてしていないんでしょ?」
「え…」
相変わらずするどい、なびきお姉ちゃん。あたしがその言葉にドキッと胸を鼓動させると、
「何があったか知らないけど、乱馬君は子どもなのよ。あんたもそれくらい大目に見てやらないと」
なびきお姉ちゃんはそう言って、あたしの肩をぽんぽん、と叩いた。
「…」
お姉ちゃん、わざわざ心配して、用事があるフリをしてこうして見にきてくれたのか…そう思うとあたしは嬉しいけれど、でも、

「…」

子ども。
そんな言葉で今回の事は、割り切れるの?

あたしは、なびきお姉ちゃんの言葉を、どうしても素直に受け取る事が出来なかった。

「…あたしは…」
「何よ」
「あたしは…普通の恋愛がしたいだけなのに…」
「は?」
「…」

上手く説明しようと思っても、どうしても自分の胸のうちを上手に説明する事が出来ない。
「乱馬君とあんた、普通じゃないの?そんなにアブノーマルなわけ?乱馬君。まあ変態だけどさ」
お姉ちゃんは不思議そうに首をかしげているが、
「…あたしは、普通の恋愛でいいの。傷ついて泣いてばっかりで、ヤキモチと悩みばっかりの恋愛じゃなくて、もっともっと…」
普通の恋がしたい…あたしが小さな声でそう呟くと、
「…そうはいってもねえ。乱馬君を取り巻いている状況はどう考えても普通じゃないし。あんただって、それでも乱馬君を選んだわけでしょ?」
「…」
「それが我慢できないのなら、別れなさいよ。それしかないでしょ?」
「…」
お姉ちゃんの的確な指示に、あたしはどうしても反論する事が出来なかった。
くっついているのが辛いなら、別れる。単純明快な解決法だ。
「許婚って言ったって、所詮は親同士が決めたことなんだし。書面で契約しているのじゃないんだから、解消したって良いでしょ」
「お姉ちゃん…」
「あ、でもあたしは乱馬君はもう貰う気はないわよ?お姉ちゃんだって、ねえ?多分別の人の方が良いだろうし、そっちはそっちでややこしい事になりそうだから」
…ま、そんな事はしないだろうけどね。なびきお姉ちゃんは最後にそう付け加えて、「それじゃ、早く仲直りしなさいよ」と助言をして部屋から出て行った。
あたしはお姉ちゃんの出て行ったドアをしばらくじっと見つめていたけれど、お姉ちゃんの言葉がどうしても頭から離れず、思わず左右に首を振る。


…そうよ、あたしは、乱馬の事が好き。
だから、乱馬をとりまいている異常な状況だって、自分なりに理解しようと頑張った。
許婚、という関係で、ちゃんと付き合うという形なっても他の女の子達が乱馬の事を追い掛け回したって、でも…
いつかはそれも解消されるだろうって、そう思うようにしていた。
ずるくて我侭な所だってあるけれど、でもそれ以上に乱馬の良い面をたくさん知っているから、だからあたしは乱馬の事が大好き。
そして、乱馬もきっと、あたしの事を好きなんだと…そう思って、あたしは頑張っていた。
でも、


「…」


そうやって思っていた強い気持ちだって、毎日少しずつ生まれる不安が積み重なれば、ぐらぐらと足元を揺るがす。
どんなにあたし一人でがんばろうとしたって、不安に思うことがたくさん生まれすぎて…そうやって信じたその気持ちまで…揺らいでしまう。

あたしは乱馬の彼女なんだよね?
本当は当たり前のように信じてはいなくてはいけない事が、信じていられない…そんな不安定な状態に落ちていく。

「…」

足りないよ、乱馬。
足りないの、乱馬…あたしは、ぼそっと呟いた。

「乱馬の事を好き」…その気持ちが今、あたしは自分でも驚くぐらい不安定になっていた。

好きなの。あたしは乱馬の事が好きなの。それは自分でも分かっているの。
でも、じゃあ乱馬は本当はあたしの事はどう思っているの…?それを考えると、あたしの中で分かっているはずのその気持ちが、グラグラと揺れている。

「乱馬…」

ねえ、乱馬。
乱馬、あたしの事本当に好き?
あたし達…大丈夫なの?
あたしは心の中だけに留めて置けない不安な気持ちを、思わずボソッと口に出した。






  と、その時。
  コンコン。再び、あたしの部屋のドアがノックされた。
「はーい?」
  ノロノロとベッドから起き上がり、あたしがドアを開けると、今度はそこに、かすみお姉ちゃんが立っていた。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
  あたしがドアの外にいるかすみお姉ちゃんに声をかけると、
「あかねちゃん、電話よ」
「電話?」
「ええ。クラス委員の山上君、っておっしゃっていたわ」
「!」
  お姉ちゃんはそう言って、笑顔のまま階段を降りていった。

「…」
山上君が、どうして今頃電話なんて…

「…」
色々と思う事はあるけれど、でも電話をあまり待たせるわけにもいかない。
あたしはノロノロと階段を降りていき、廊下にある電話の受話器を取った。
「もしもし…」
あたしが受話器にそう呼びかけると、
『あ、山上です。夜分に悪いな。』
電話の向こうから、いつもの山上君の穏やかな声が聞こえた。
「いえ…」
あたしがそれに対してボソッとそう呟くと、
『昼間の事が少し気になって…』
山上君はそう言って、ちょっとだけ声のトーンを落とした。
昼間の事。それは勿論、右京の店での事だ。
「…」
あたしがその問いかけに対して黙り込んでいると、
『あの…俺、天道と早乙女って、すげえ仲いいのかと思ってたんだ。』
「え?」
『早乙女は口は悪いけど、天道の事は大事にする奴なんだなって…そう思ってた。でも…』
今日のあれを見る限り、そういうわけでもないんだな。山上君は、小さいけれどはっきりした口調でそう呟いた。
「…」
ドクン。
山上君の言葉に、あたしの胸が大きく鼓動した。
…やっぱりあたしが感じていた不安感とか孤独感とか…そういうものって、他の人にもそう伝わるんだ。
受話器を握り締めたまま、あたしは動揺していた。
「…」
気にしていたことだけに、改めて他人からそう指摘されると、どうしてもショックを隠しきれない。
それも、今までそんなに話す機会が少なかった男の子に指摘されたのだ。
それって、誰が見てもそう見える…そういわれているようなものではないのか。そう思えば、尚更だ。
あたしが反論できずにじっと黙っていると、
『…なあ、天道はさ、これでいいの?』
山上君は、黙り込んでいるあたしに優しい口調でそう語りかけてきた。
「これでいいって…?」
『天道は気立てだって良いし、それにその…可愛いし。あんな風にされてまで早乙女の所にとどまっているの、もったいないと思う。』
「山上君…」
山上君の言葉が、ぐさり、ぐさりとあたしの胸を突いていく。
あたしは、その痛みを一身に受け止めながらそっと目を閉じる。
『少なくても、俺だったら…その、あんな言いかたもあんな態度も取らない。昼間のアドバイスだって、天道と早乙女があんな関係だって知っていたら、俺、あの場であんなアドバイスなんてしなかった。』
「…」
『俺が知っている天道は、いつも笑顔だったから…。それに俺、天道の笑顔ってその…すげえかわいいと思っているから。』
そんなあたしに対し、山上君はしっかりとした声でそう言って、一呼吸おいた。
そして、

『だからさ、天道。明後日の日曜日だけど…俺とさ、どっか一緒に出掛けないか?』

…次の瞬間、山上君はあたしが思ってもいない一言を口にした。
「え?山上君と?」
あたしが聞き間違いか、と思って思わず聞き返すと、
『早乙女と一緒の家に住んでいるわけだし、中々気分転換もできないだろうしさ。俺だったらゆっくり話も 聞いてあげられると思うし、気分が晴れれば、天道もまた、笑ってくれるだろ?…それに…。』
それに、天道ともっと、色々な話したいなと思って。
山上君は少し照れたような声でそう言うと、
『明日の十時半、駅前の噴水の前で待ってるから。』
山上君は、不意にあたしに待ち合わせ場所を提示してきた。
「ちょっと、山上君!あたしは…!」
あたしが慌てて口を挟もうとするも、
『俺、本当に待ってるから。』
山上君はあたしの言葉に被せるようにそう言って、がちゃん、と一方的に電話を切ってしまった。
「待って!そんな事急に言われても…!」
あたしは慌てて受話器に向かって叫ぶも、すでに受話器からはツー、ツー、としか音が聞こえない。

「…」

どうしよう…。
かちゃん、と受話器を電話機に戻しながら、あたしはきゅっと唇を噛んだ。

…乱馬とちゃんと付き合っているのにあたし、他の男の子にデートに誘われた。
その事が更に、あたしの頭を混乱させる。
行くわけにはいかない。山上君に気が無いのに、ノコノコとデートだけする何て器用なこと、あたしには出来ない。
さっきの山上君の口調からすると、彼が「友達を心配して」という善意だけであたしをデートに誘ったとは、思えない。
それくらい、鈍いといわれているあたしだって、分かる。
それなのに、

「…」
どうして?電話を切られた時、あたしは「困ったな」じゃなく「どうしよう」と悩んだ。

行く気が全く無くて、乱馬と付き合っている、乱馬を好きだという気持ちに一分の揺るぎも無いのなら、「困ったな。折り返しすぐに断りの電話、ちゃんとしなきゃ」…絶対にそう思っただろうに。
…それをすぐに出来なかったあたしは、やっぱり心に不安を抱いているのか。

「…」

乱馬。あたしは、無意識に乱馬の名前を口にしていた。

…ねえ乱馬。あたし、乱馬と付き合っているのに他の人に誘われちゃったんだよ。
乱馬、どう思う?もちろん怒るでしょ?
「お前は隙が多い」って、いつもみたいに怒ってくれるんでしょ?
あたしの事が本当に好きなら、怒ってくれるよ、ね?
「…」
確かめられずには、いられなかった。
不安なこの気持ちは、もうあたし一人では拭い去る事が出来ない。
「乱馬…」
あたしは、家の中を歩き回って乱馬の姿を探した。
そして、その姿を見つけた家の裏…水道の蛇口がある庭先で、
「乱馬」
…一人で稽古をしていたのか、その後道着姿のままで水を飲んでいた乱馬の背中に向かって、名前を呼びかけた。
「…」
予想外にあたしに声をかけられた乱馬は、少し驚いたような表情で振り返った。
「乱馬、あたし…」
あたしは、そんな乱馬の元までゆっくり歩いて行った。そして、
「あのね、あたし山上君に…」
デートに誘われてしまったんだよ。先ほどの電話の内容を乱馬に伝えようと口を開こうとしたけれど、
「…俺、昼間の事謝らねえからな」
あたしがそれを伝えるより先に、乱馬はあたしに向かって、ボソッとそう呟いた。
「え?」
ドクン。
予期せぬ言葉に、あたしは胸を鼓動させる。
「…」
あたしと乱馬の間に、重い空気が流れた。
何かを話そうにも、どうしてもそれ以上呟く事が出来ないあたしと、さっきの言葉以上に何も言ってはくれない乱馬。
星の無い屋外、ぴちゃん、ぴちゃんと側の蛇口からコンクリに落ちる水音だけが、辺りに響いている。
「なんで…」
動揺、していた。
この話題については後回しに考えようと思っていたけれど、それでもはっきりとこんな風に乱馬に切り出されては、動揺してしまう。
伝えたかった、山上君からの電話の件が、一瞬にして頭から飛んでしまった。
「…」
あたしがきゅっと唇を噛み締めて黙り込んでいると、
「…俺、謝らねえからな」
乱馬はそんなあたしに追い討ちをかけるように、もう一度そう呟いた。
あたしの身体が、再びビクン、と竦んだ。
「…そんなに食べたくないの…あたしの手料理」
あたしが、震えるような小さな声でそう呟くと、
「クッキーの件は、悪かったと思ってる。でも、昼間のあのお好み焼きは食いたくなかった」
乱馬は、そんなあたしに対してはっきりとした口調でそう呟く。
そして、
「でも、あれは…」
乱馬はその後にあたしに何か言おうとしたけれど、その乱馬の言葉を遮るように、今度はあたしが口を開いた。
「…あたしは…」
「え?」
「あたしは…普通の恋愛がしたい…」
あたしはそう言って、いつの間にか瞳に一杯溜まっていた涙を手の甲で拭った。
「普通の恋愛って何だよ」
あたしが泣いているのに気が付いた乱馬が、あたしの涙を手で拭おうとあたしの顔に手を伸ばしてきたけれど、
「一生懸命作ったのに…乱馬に食べて欲しくて、一生懸命作ったのに!あたし、たくさん気持ちだって込めて作ったのに…!」
パシっ…
あたしは乱馬のその手をピシャリと払いのけて、小さく叫んだ。
「お、おい…」
「右京のは食べられるのに…シャンプーの料理は食べられるのにっ…何で他の女の子の作ったものは食べられて、彼女が作ったものは食べられないの!?」
「だからそれはっ…!」
「そんなに他の子がよければ、他の子と付き合えば良いじゃない!」
あたしが乱馬に向かってそう叫ぶと、乱馬は少し驚いたような表情をしていた。
乱馬はそれでも、取り乱したあたしを少しでも落ち着かせようとしたのだろうか。
「それとこれとは関係ねえだろ。それに、何でそんなに怒ってんだよ。たかがお好み焼きじゃねえかよ。それに今日のあのお好み焼きは…」
こんな事を言って、泣いているあたしの顔を手で撫でようとした。
でも、
『たかがお好み焼き』
…この言葉を聞いた瞬間に、あたしの中で何かが弾けた。
 
たかが?
たかがお好み焼き、ってなに?
あたしが一生懸命作って、一生懸命乱馬と仲直りしようと思って焼いたお好み焼きが、「たかが」お好み焼きなの?
あたしの気持ち、一生懸命込めて作ったものが、乱馬にとっては「たかが」なの!?

「たかがって…たかがって何よ!あたしには、あたしにとってはっ…あたしにとってはものすごく大事なお好み焼きだったのに!それなのに…たかがって何よ…」
言葉に出来ない、絶望感が一瞬であたしの身体を満たした。
こんなにも、お互いが抱いていた気持ちに距離があるのか…そう思うと、腹が立つよりもあたしは虚しさがこみ上げる。

へらで切り刻まれて、誰にも口にされずに捨てられたお好み焼き。
あれはあたしの心のようだ…そう思っていたあれが、やっぱり「たかが」なのか。
そう思うと、一気に涙が込み上げた。

「…もう、いい!」
あたしは、乱馬の手を再び払いのけながらそう叫ぶと、

「…乱馬には、もう料理なんて作らない。あたしは…もう乱馬なんてしらない!」
「なっ…なんだよそれ」
「どうせあたしの料理なんて、食べたくないんでしょ!たかがお好み焼きなんだから、あたしが焼かなくたって良いじゃない!」
「何だよそれ!可愛くねえな!」
「可愛くなくて結構よ!そんなに料理上手で可愛い女が好きなら、あたしとなんて別れればいいのよ!」

…胸に秘めていた思いが、一気に爆発した。
どうにもならない言葉が、あたしの口から付いていく。
「別れる」その言葉を口にした瞬間、乱馬の表情がピクッと動いた。
あたしはそんな乱馬にくるりと背を向けると、
「違う事、相談しようと思っていたのに…もう、乱馬になんて相談しない!」
「相談てなんだよ」
「…そんなこと、乱馬にもう関係ない」
あたしはそのまま、家の中に向かって走り出した。
「おい、あかね!」
乱馬の大きな声が、あたしの背後から聞こえる。
でも、あたしは乱馬を振り返らずにそのまま家の中に飛び込み、自分の部屋へと駆け込んだ。
バン!…とドアを閉めて、そのドアに背を突くようにズルズルと、床に座り込む。

「…」

ぎゅっと、噛み締めた唇の上を、涙の粒がいくつも通過していった。

…乱馬には別の事を話したかったのに、それをいう事が出来なかった。
「たかがお好み焼き」
乱馬のその言葉に、それ以上乱馬にはもう何も話したくないと…そういう気持ちを生まれさせざるえなかった。
あんなギクシャクした関係は嫌だと、あのままでいることが不安で仕方が無かったあたしと、そうであろうがなかろうが全然気にならないような乱馬と。
二人の考え方の違いの壁が、あたしの前に大きく、立ちはだかった。


…あたしは、普通の恋愛がしたかっただけだった。
大好きな人の為に作ったお菓子を、普通に食べてもらいたかっただけ。
大好きな人のために作った料理を、食べてもらいたかっただけ。
気持ちが篭ったその料理を、気持ちごと受け止めて欲しかっただけ。
あたしの事を「好きだ」…そう思ってくれるんだと、いつも感じていたかっただけなの。
だからそれは、「たかがお好み焼き」なんて言葉でかたづけてもらいたくない、大切なものだったのに…
  …

「…」

そう思うと、涙が次から次へと瞼の外へとこぼれ出る。


何で、上手く行かないの。
乱馬、本当にあたしの事好きなの?
疑心暗鬼な心が、次々と唇からこぼれていく。
「…」
山上君とのデートのこと、乱馬に伝えたかった。
そんなの行くんじゃねえよ。何、お前も申し込まれてるんだ!って。そう、怒ってほしかったな…。
でも、
「…」
もしかしたら、あたしが山上君に誘われて出掛けてしまっても、乱馬にしてみれば、そんなの「たかが」二人でデートしに行くだけだろ、なのかも知れない。
……

こんな不安な気持ちじゃ、あたし、怖い。
しっかり捕まえていてくれないと、あたし、誰かに攫われちゃうかもしれないよ…乱馬。
乱馬…



混乱した頭の中と、いろいろなことを考えすぎて破裂しそうな胸。
爆発した不安は、とどまる事を知らずに次から次へと溢れ出してくる。
あたしと乱馬の間に出来ていた小さな溝はいつしか、修復できるのか出来ないのか分からないクレバスへと変っていった。
溢れ出した不安な心は、クレパスを回避しようとする弱いあたしの進む道を、いとも簡単に奪うように流れ出している。
生まれてしまった不安と疑心は、そう簡単には拭えない。あたしは、唇をかみ締めながらそう思った。



ね、乱馬。あたしは乱馬の彼女でいいんだよね?
あたしが乱馬の事を好きなように、乱馬もあたしの事…好きなんだよね?
そう思っていていいんだよね?
「…」
一生懸命それを自分に言い聞かせようとするも、
ごく当たり前のことのはずなのに、今のあたしには、そう思っていたことさえも何だか良く分からない。


「…」

ぼんやりと窓の外を眺めると、星の無かった夜空はダークグレイに曇り始め、ぽつり、ポツリと冷たい雨を降らせはじめた。
窓ガラスを叩く水滴の音が、徐々に徐々に強くなる。

「…」

…あの雨が、あたしの不安も何もかも、流してくれれば良いのに。
そんな事できっこないと分ってはいるものの、あたしはそんな事をぼんやりと考えながら窓の外をしばらく眺めていた。





ダークグレイのどんよりした空模様が、あたしと乱馬のこれからの関係を暗示しているような、妙な感覚に陥っていた。

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