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二人の普通2

翌日の事。
乱馬と一緒に登校はしたものの、昨日のことがあるがろくに口を聞かないあたしと乱馬。
今日の朝も、
「おはよう」
「…おう」
そう挨拶を交わしただけ。
登校途中の道でも、付き合い始めてからは常にあたしの隣を歩いていた乱馬も、今日に限っては川沿いのフェンスの上を歩いていた。
あたしも、乱馬のほうはちらりとも見もせずに、ひたすら前を見て、歩いていた。
何となく…話のきっかけを掴みづらいというかなんというか、ギクシャクした雰囲気が流れる。
だから、学校に着いても教室につくなり、
「おーっす。宿題やったか?」
話もろくにしていない状況だ。
そうなるともちろん乱馬は、あたしから宿題を写させてもらう事など出来ないわけで、
教室につくなり、乱馬は、今日の宿題範囲をカバーするべく、ひろし君達の元へ行ってしまった。

「…」

その後ろ姿を見ながら、あたしは小さくため息をつく。

…乱馬も、やっぱりこのギクシャクした雰囲気を感じ取ってはいるのだろうけど、
でも、お互い素直じゃない性格が災いしてか、中々歩み寄る事が出来ない。
ことあたしに関しては、乱馬に対して不安を抱いている事が増長して、いつもなら「乱馬が無神経なのが悪いのよ。だから乱馬が折れてくれるまで口を利かない…」そう思うところが、今日に限ってはそれでは不安で堪らない。

何だか、このまま乱馬とギクシャクしていたら、ずっと乱馬とすれ違っていってしまうような気がする…

そんな予感が、更にあたしの胸の中の不安を、増長させていた。

ここはしゃくだけれど、あたしの方から乱馬に話し掛けて、このギクシャクした雰囲気を解消した方がいいのかな…。

「…」

そんな事さえ、考えてしまう。
「おはよー。今日の体育さ、跳び箱だって」
…今日家に帰ったら、ちょっとしゃくだけど、乱馬にあたしから話し掛けよう。
不安を紛らわす為にも、きっとそれが一番いいのだろう…さゆり達の元へと向かいながら、あたしはそんなことを心に決めた。


と。


「天道」
さゆり達と喋っているあたしの元へ、昨日あたしのクッキーを誉めてくれた山上君がやって来た。
「ああ、山上君おはよう」
昨日はドキッとしたけれど、気持ちが落ち着いた今日は、面白いぐらいに山上君に対して何の感情も生まれない。
人って冷静じゃないと、やっぱり思いも寄らないところで胸を鼓動させたりするんだな…なんて、山上君には失礼だけれど、あたしはこっそりとそんな事を思いながら山上君に挨拶をした。
すると、
「あのさ、俺昨日、天道のクッキーを踏み潰しちゃったろ?」
山上君はそう言って、あたしに小さな紙袋を差し出した。
「何?これ」
あたしがその紙袋の中を覗くと、中には…赤紫の小さな箱が入っていた。表面には、動物のイラストがいくつか描かれている。
昔、幼稚園の遠足の時にお母さんにおねだりをして買ってもらった覚えがある、そのクッキー。
一枚一枚が動物の形をしていて、真ん中にチョコレートでその動物の名前が、確か描かれていたはずだ。

「…」

そういえば、お母さんもこれ、おいしいって言っていたな…あたしがそんな事を思い出しながらクッキーの箱を見つめていると、
「それさ、昔…子供の頃に良く食べたクッキーなんだけど」
「うん。あたしも食べたよ。遠足の時に、持っていったり…」
「ホント?なら良かった。昨日天道が焼いたクッキー、子供の頃に食べたそのクッキーに味、似ていたなあ…って思い出してさ。昨日久し振りに駄菓子屋で買ったんだ」
「へえ…」
「昨日のクッキー、踏み潰しちゃったし。それ、お詫びでやるよ」
「え、でも…」
「駄菓子だから、たいしたもんじゃないけど。な?」
山上君はそう言って、照れくさそうに笑って、去っていった。

「…」

そんなに気を使わなくたって良かったのに。これじゃあ、潰れたクッキーを食べてもらったあたしの方が、なんだか申しわけない感じだ。
あたしが貰った紙袋を持ったままボーっとしていると、
「委員長、優しいねえ」
ボーっとしているあたしの横で、さゆりがそんな事をぼやいた。
「そ、そうね」
あたしは、貰った紙袋をそっと閉じながらさゆりに答える。
「クッキーを踏み潰したのだって、元はといえば、乱馬君がぐずぐずしてすぐに食べなかったからだって言うのにね」
さゆりがそう言って乱馬達の方へと目をやると、
「…」
どうやら、乱馬はあたしと山上君のやり取りを見ていたようだ。
それまでこちらをじっと見ていたらしい乱馬が、ふいっと顔をそらした。
「…まあね」
あたしが小さくそうぼやくと、
「委員長ね、男の子だけどああ見えて、家庭科部の部長もやってるんだよ」
「え、そうなの?」
「何でもね、委員長のお母さんが、テレビでも出ている有名な料理研究家なんだって。それで、委員長も将来はそういう道に進みたいみたいでさ。有名な話よ?」
「ふーん…」
「その委員長が誉めてくれたんだもの。あかねのクッキー、本当に美味しかったんだね。あかね、頑張れば治るわよ!」
「ひ、人の料理の腕前をそんな病気みたいに…」
「でも、人間て誉められれば伸びていくものだから。委員長みたいな人が彼氏だったら、頑張って料理とか覚えようと努力するんだけどなあ」
さゆりはそう言って、横にいるゆかと「そうよねー」なんて話をしていた。
二人は、クラスメートのひろし君や大介君とそれなりに良い関係みたいだけれど、まだまだ彼らの為に料理を作ってあげよう、という気持ちまでには達していないようだ。
あたしはそんな二人の会話を聞きながら思わず苦笑いだったけれど、ふと考える。

…人間は、誉められれば伸びるもの。それに関しては、あたしも「そのとおりだな」と思う。
確かにあたしは、はっきり言って料理は得意な方じゃない。
乱馬はいつもの調子であたしの料理なんて誉めてはくれないし、家族だって良い反応をしてくれない。
あまりにも失敗続きで、料理なんて二度と作るものか…そう思った事があった時、そういえば早乙女のおば様に、

「乱馬の為においしい料理を作ってくれようとしているのよね、ありがとう」
「このお湯は、あかねちゃんが沸かしてくれたのよ。美味しいわ」

…そう励ましてもらったり誉められたりして、また気力を持ち直した事があった。
一番誉めて欲しい人に誉めてもらえ無い事が悲しくて、でもどうしても誉められるに値するような力はなくて、落ち込んでいたけれど、
あの時のおば様の言葉があったから、あたしは今でも持ち直していたんだよね。
あれから大分経って、まあ偶然かもしれないけれど…自分以外の誰かに誉めてもらえるようなクッキーを、あたし、焼く事が出来たんだ。
それって少しは、成長したって事だよね。
でも、

「…」

人間は誉められて伸びていくもの。
これからもっとあたしが成長するのだというのなら…やっぱり乱馬に、誉めてほしかったな。
「…」
あたしがそんな事を思って小さくため息をつくと、
「あかねちゃーん」
「右京」
「なあなあ、あかねちゃん。今日、暇?」
とそこへ、始業スレスレに登校してきた右京が、そんな事を言いながらあたしの元へと駆け寄ってきた。
「暇だけど…何で?」
あたしがさゆり達と別れ、自分の席に戻りながら右京に尋ねると、
「ほら、昨日あかねちゃんのクッキー、うち落としてしまったやろ?だからそのお詫びも兼ねて、ご馳走しようかと思って」
右京はそう言って、あたしに向かって手を合わせた。
「…」
…ふーん、一応は本気で悪いと思っていたのか。右京には失礼だけれど、あたしがそんな事を思いながら黙っていると、
「な?な?乱ちゃんと、あと、あかねちゃんのクッキー食べてくれた委員長も誘ってさ」
「え、山上君も…?」
「そうや。委員長も、あかねちゃんの床に落としたクッキーを食べてくれた、いわば被害者やし」
「被害者って。別にそんな…」
「とにかく。委員長と乱ちゃんにはうちから伝えておくから。うちにお詫び、させてえな」
右京はあたしの返事を聞く間もなく勝手に話を進めると、
「さー、楽しみやなあ!」
そんな事を言いながら、さっさと自分の席へと戻ってしまった。
…右京にしてみれば、「あかねちゃんにお詫びをする」という大義名分の元、今日も乱馬と一緒に放課後過ごす事が出来る、とでも考えたのだろう。
山上君を誘えば、クッキーの件もあるしあたしとずっと話をしているだろう…そう算段しているのがミエミエだ。
「…」
あたしはそんな事を思いながら小さくため息をつくも、
「なあなあ、委員長!あのなあ!」
あたしの気持ちには全くお構いなし、すでに右京は山上君に誘いをかけていた。

「…」

…理由やメンツはともあれ、放課後乱馬と一緒にご飯を食べに行けば、それなりに話をする機会だってあるだろう。
それが、右京の手料理・お好み焼きを食べながら…というのは、少し釈然としないけれど。
「…」
若干複雑な気持ちはあるけれど、でもあたしは前向きにそう考えるようにして、放課後を待った。



そして、放課後。
「へー、久遠寺は大阪から来て、一人で店を切り盛りしているのか」
「そうや。乱ちゃんに捨てられてから、うちは必死で生き抜いてきたんや」
さらりと乱馬に嫌味を言いつつ、右京と山上君がそんな会話をしながら楽しそうにしている中、

「…」
「…」

やっぱりまだ、何となく話すきっかけをつかめないあたしと乱馬は、右京と向かい合わせにカウンター越し、横に並んでいるものの、一言も話さないままでいた。
それでもあたしは、何か乱馬に話し掛けようとチラチラと視線を送ってみたりするけれど、
乱馬は、今朝と同様に機嫌悪そうな顔で、もくもくとお好み焼きを食べている。
昨日の事についてあたしに何か言うわけでもなく、
かといってあたしに文句の一つでも言うわけでもなく。
そして、チラチラ乱馬を見ているあたしとは違って、全くあたしと話そうとする様子を見せない乱馬。
「…」
そんな乱馬の様子に、あたしは再び不安を覚え始めていた。
それまで前向きに考えていたあたしの胸の中に、じわりじわりと黒いモヤが、蔓延し始める。

「…」

話し掛けようと努力しているあたしに反し、乱馬は…なぜか一向にそんな素振を見せない。
朝よりももっと、機嫌が悪そうな表情でただお好み焼きを食べ、
「うっちゃん、おかわり」
「よっしゃ。次はスペシャルモダン焼きやで!」
「頼むぜ」
…たまに注文する右京には、愛想よくそんな風にお願いしたりするくせに、横に座っているあたしには目もくれずにいる。
「…」
どう見たって、乱馬はあたしと「話をしよう」という姿勢を見せているようには、思えない。

…乱馬、あたしとギクシャクしていても全然平気なのかな。

そんな不安が、あたしの胸の中に急激な速度で広がっていた。
昨日の事は、確かに乱馬が悪い。あたしだって、正直言って腹が立ったし悲しかった。
でも、だからといってずっと話もしないなんて、堪えられないし不安だから…こうして、あたしは乱馬に話し掛けようって努力している。
お互いがそう思っているのならいいのかもしれない。でも、この乱馬の姿を見る限り、乱馬はどう思っているのか。あたしには、彼の心の中が全然、分からない。

「…」

乱馬はどうして、そんなあたしを無視するように黙っていて平気なのだろう…。
自分の彼女を、まるで視界に入っていないような態度で接する事って…それは乱馬の中では普通なの?

そんな思いが、あたしの口から今にも跳び出てきそうにこみ上げる。
乱馬は、あたしとこうやって長い時間話をしなくても全然平気なのかな。
そんなの嫌だ、とか寂しい、とか…思ってはくれないのかな。
あたしと長い間ギクシャクしていても、不安…ないの?


「…」

お好み焼きが鉄板の上で油を弾かせる音が、全く耳に入ってこない。
右京や山上君が楽しそうにしている声が、全然聞こえない。
聞こえるのは、不安で心拍数をトクトクあげるあたしの胸の鼓動だけ。
「…」
思い切って今、いい機会だから乱馬に聞いてみようか。
そう、ここ最近あたしが抱いている不安を全て…

「…」

どうしよう。
あたしはそんなことを考えながら、右京に焼いてもらったお好み焼きも手をつけず、俯いていた。
と。
「なあ、天道。食べないの?」
「え?」
お好み焼きを食べずに俯いているあたしに気が付いた山上君が、あたしに声をかけてきた。
「え、あ、食べるよ。食べる」
あたしが慌ててお好み焼きに箸をつけようとすると、
「おなか一杯だったら、久遠寺とカウンター交代して、お好み焼き焼いてみたら?」
山上君はそんなあたしに対して、思ってもいなかったような一言を言った。
「えっ…あたしが?」
あたしが持っていた箸を思わずぽろっと落としてしまうくらい驚いていると、
「久遠寺もそれなら休めるし」
「で、でもあたし焼くの下手だし…」
「俺が教えてあげるよ」
山上君はそう言って、右京からエプロンを借りてあたしをカウンターの中へと引っ張った。
そして、
「材料、足りなさそうだから奥から持ってこよう」
「え、う、うん…」
そのまま、あたしをつれてカウンターの奥の調理場へと、向かった。
「まー、仲がええなあ。優等生コンビは、見ているこっちも心が和むで。な?乱ちゃん」
そんなあたし達の後ろで、ちゃっかりとあたしが座っていた場所に座り込んで、乱馬にくっつきながらそんな事を
言っている右京の声が聞こえた。
「…別に興味ねえよ」
それに対して、乱馬の妙にそっけない低い声が聞こえた。
興味ねえよ、か。乱馬のその言葉に、先ほどから不安で一杯のあたしの胸が、ちくりと痛む。
自分が他の女の子とくっついて座っているような乱馬にとっては、
あたしが他の男の子にこうやって目の前で連れて行かれてしまっても、全然気になったりはしないんだろうか…そう思うと、何だか胸が疼いている。
「…」
だからなの?
だから、あたしと少しギクシャクしていても、乱馬は平気なの?
「…」
あたしは…全然平気じゃないよ、乱馬。
いくら昨日の件は乱馬に問題があったって、それでもあたしから折れてでも…あたしは乱馬と、また仲直りしたい
と思っているくらいなのに…
「…」
あたしがそんな事を思って黙り込んでいると、

「早乙女と喧嘩でもしているの?」

…調理場の冷蔵庫の中を覗いて材料を物色していた山上君が、あたしに背を向けたままそう言った。
「えっ…べ、別に」
鋭いその質問に、あたしは思わず身をビクン、と跳ね上がらせてしまった。
言葉もどもってしまったし、実際喧嘩と言う喧嘩はしていないけれど、ギクシャクはしているという事は、今のこれで伝わってしまったかもしれない。
あたしがそんな事を思っていると、
「美味しいお好み焼きでも焼いてやって、仲直りしたら?」
「え?」
「何か早乙女、さっきからずーっと食ってばっかりだし。お好み焼き好きそうだし。天道が焼いてやったら、喜ぶんじゃないのかな」
山上君はそう言って、冷蔵庫の中から冷凍のチーズを取り出してあたしに渡してきた。
「で、でもあたし…本当に料理下手だし不器用だし、上手に出来るか…」
あたしは山上くんからチーズはとりあえず受け取るも、そんなことをぼそぼそと呟く。

…そう、昨日のクッキーは偶然だけれど美味しく焼く事が出来た。
でも、今日はちゃんとできるか…少し不安だった。
乱馬に対してこんなに不安な思いを抱いているのに、美味しくなんて作れるのかな、なんて。
それに、味が美味く出来たとしても、あたしは不器用。
ちゃんと、「お好み焼き」らしく焼けるんだろうか。
右京がプロだって事もあって、思わず躊躇してしまう。

「…」
あたしがそんな事を思って黙り込んでいると、
「…俺のお袋、料理研究家をやっているんだけどさ」
山上君が、黙り込んでいるあたしに対して、ポツンぽつんと話し掛けてきた。
「そのお袋が言うんだよね。どんなに高級食材を使っても、腕のいい料理人でも、大切な人の手料理には叶わないんだって」
「え?」
「昨日のクッキー…たしかに少し塩味は強かったけど、ホントに美味かったよ。
でもあれはさ、ホントは誰かに食べさせたくて一生懸命作ってたんだろ?その気持ちが篭っていたから味も美味く感じたんだと思うんだよな。…ちょっと悔しいけどさ」
「山上君…」
「技術なんて、練習すれば誰でもついて来るんだよ。でも気持ちは…人それぞれだろ。
焼き方なんて、俺が教えてやるよ。だから、すっげー美味い一枚焼いてさ、早乙女に食わしてやったら?」
山上君はそう言うと、「はい、これも持って。さあ、カウンターへ戻ろう」と、あたしの手に長ネギを一本握らせて一足先に乱馬達の元へと戻っていった。

「…」

気持ちが篭っていたから、か。
山上君の言葉に、あたしは何だか少し救われたような気分だった。

…たしかに、あのクッキーを作っていたときあたしは、乱馬の事ばっかり考えていた。
今度こそは美味しいって言わせるぞ、とか。どんな顔して食べてくれるのかな、とか。今度こそは、食べてくれるわよね?とか。
だから、それを食べてくれなくて、しかもダメになってしまった時、ショックだった。
あんなに一生懸命作ったのに、って。すごく腹も立ったし、そしてすごく悲しかった。
もうどんなにそう思ってもあのクッキーは捨ててしまったし、あれと全く同じモノは作る事が出来ないけれど、
でも、今度はその気持ちをお好み焼きに込める事が出来るのなら…

「…」

そんな風に気持ちを込めた料理だもの。きっと今度は乱馬だって、食べてくれるはず。
いつもみたいに断ったりしないで、食べてくれるわよね?
そしたら、きっとあたしの胸の中に広がるこの不安も…解消されるよね。

「…よし」
だったら、右京に負けないくらい美味しいお好み焼きを、あたしが焼いてやるわよ。
あたしは「よし!」ともう一度自分に気合を入れると、材料を抱えてカウンターへと向かった。
そして、
「ほらそこは、もっと内側に材料を集めないと」
「う、うん…」
「はい、ひっくり返して…そうそう、丁寧にな。…よし、上手く行った」

親切な山上君に、へらの握り方からひっくり返し方まで手取り足取り教えられたあたし。
多少は危なっかしい場面も合ったけれど、最後にはどうにかこうにか、一枚のお好み焼きを焼ききる事が出来た。
普通のお好み焼きに、山上君が冷蔵庫から物色してきたチーズと、そして少し大きめに切ったネギをトッピングしただけのいたってシンプルなものだったけれど、
円形もそれほど崩れてはいないし、匂いも中々美味しそうなものを漂わせている。
こんがりと焦げ目もついて、あたしが焼いたとは思えないほどの作品だ。
これには焼いたあたし自身も驚いて、
「きれい…」
その意外な出来の良さにそうぼやいたほどだ。
「はー。あかねちゃんがなあ…やれば出来るもんやね」
右京も、銀のへらでつんつん、とお好み焼きをつついては、そんなことを洩らしている。
「天道は、やれば出来るんだよな。あとは練習あるのみだ」
「ほんと?本当にそう思う?」
「ああ、思うよ。天道は筋がいいよ」
山上君も、笑顔でそう呟いていた。
「愛がある教え方は違うんやねえ。草津の湯でも直せないようなあかねちゃんのあの不器用さを、ここまでカバーしてしまうなんて、委員長の愛は、深いんやねえ…」
「…」
さらりと失礼な右京はおいて置いて、教えた山上君も嬉しそうだし、あたしも思った以上の出来に満足していた。
右京も山上君も誉めてくれたし、言われたとおりに作ったんだし、それに外見だってこんなに美味しそうなんだもの。
これならきっと、乱馬も誉めてくれる。
あたしは、そう思い込んでいた。
「美味しい」
乱馬にそんな事いわれた事が無いし、もしも言われたら…そう思うと、何だか胸がドキドキした。
胸がドキドキして、言われた瞬間は頭が真っ白になってしまうかも。
これをきっかけにギクシャクした雰囲気も解消されるだろうし、それに胸の不安も少しは解消されるだろうし。
あたしは、そんなことを思いながら、
「乱馬、見て、あたしが焼いたの。これ、食べて」
鉄板の上でジュージューと音をたてて香ばしい匂いを発しているお好み焼きを、鉄のへらで乱馬のほうへと寄せた。
  …けれど。
  あたしがお好み焼きを乱馬のほうに寄せた瞬間、乱馬はあたしが全く予想をしていなかった言葉を、口にした。

「…悪いけど、俺、腹いっぱいだから」
「え?」

…今、なんて言った?

「…」

乱馬は今、あたしになんと言ったの?
言われた言葉が理解できず、あたしが乱馬の方へと動かしていた手をぴたっと止めてそう呟くと、
「腹、一杯なんだ」
乱馬はもう一度あたしに対してそう言って、ふいっとそっぽを向いてしまった。
「…」
その言葉にドクン、と、あたしの胸が鼓動した。
「…」
なんて声を出していいかわから無くて、
そしてやはり言われた言葉の意味が理解できなくて、必死にそれ理解しようとあたしが黙り込んでいると、
「でも早乙女、一口くらいは食えるだろ?せっかく天道が焼いてくれたんだし」
そんなあたしをフォローすべく、山上君が横から口を出した。
けれど乱馬は、
「じゃあ委員長が食えば良いだろ」
そう言って、フォローをした山上君を一瞥した。
「な、何だよそれ」
そんな乱馬の態度に、思わずムッとした表情で詰寄ろうとした山上君に、
「ま、まあまあ二人とも。乱ちゃん、さっきからうちが焼いたお好み焼きをぎょうさん食べてたからなあ…。それで食べられへんのやろ?」
右京が慌てて仲介し、山上君はぐっと乱馬へと詰寄るのをとどまった。
でも、山上君は右京のおかげでとどまれても、あたしの気持ちはとどまらない。
「…」
ようやく乱馬の言葉が理解できたあたしは、一気に不安で増長した胸の前でぎゅっと手を握り締めながら…震えて
いた。

…またなの?
また、食べてはくれないの?
何でよ…何で?
そんな思いが、胸を満たしていく。いや、それよりも、
…そりゃあ、おなかが一杯の時に、重厚感のあるお好み焼きを口にするのがつらい事ぐらいあたしにだって分かる。
でも、状況が状況だし、あたしがどんな気持ちでこのお好み焼きを焼いたのか…乱馬だって、それくらい分かってはいるはずだ。
それなのに、なんで?

「…」

あたしは、ぎゅっと唇を噛み締めて、気をつけていないと乱れてしまいそうな呼吸を整えようと何度も小さく、息を吐く。

「…」

…なんで?
乱馬に食べて欲しくて、一生懸命お好み焼きを焼いたのに、
どうして?
どうして今回も食べてくれないの?
気持ちを込めて作った物だって、いつも以上にわかっているはずなのに…それなのに、どうして箸さえもつけようとしてくれないの?
食べようとする気持ちさえも、見せてはくれないの?


「…乱馬、食べてよ」
それでもあたしが、乱馬にお好み焼きを進めよとするも、
「食べたくない」
乱馬は、そんなあたしに対し、今度ははっきりとそう言いきった。
「っ…」
何よ、それ。
食べたくないっ…て何よ。何で?
「…右京が焼いたお好み焼きは食べられるのに…」
なんであたしが焼いた物は、クッキーもお好み焼きも食べてはくれないの?
その言葉は飲み込んで、あたしがきゅっと唇を噛み締めて黙り込むも、
「…」
乱馬はそれには答えず、あたしから目線をそらす。そればかりか、
「うっちゃん、俺、帰る」
ガタン、と席を立ち、あたしを置いて一人、さっさと店を出て行こうとする。
「え、あ、乱ちゃん?」
右京が、そんな乱馬の後を慌てて追っていこうとするけれど、右京が立ち上がるよりも前に、

「ちょっと待てよ」

…そんな乱馬に対し、山上君が再び声をかけた。
「天道に失礼だろ。謝れよ」
「お前には関係ねーだろ」
「関係なくても、誰がどう考えたって失礼だろ!」
温厚な山上君が、少し声を荒げて叫ぶ。
でも、
「…食いたくねえもんは仕方ねえだろ」
乱馬の態度は、全く変らない。
乱馬は声を荒げた山上君をギロッと睨んでいた。
「…」
乱馬も山上君も、お互い一寸も動かずにお互いの顔を睨んでいる。
まさに、一触即発。二人の間に、ただならぬ空気が流れていた。
「喧嘩するなら店の外でやり!」
右京が、そんなことを二人に言うも、もちろん二人はそんな言葉は聞いてはいないようだ。

「…」

あたしは、にらみ合っている二人の姿を見ながらきゅっと…もう一度唇を噛み締めた。
強く、強く噛み締めていないと、何だか目のあたりが熱くなる。
…乱馬にまた手料理を食べてもらえなかった事も情けなくて悲しいけれど、
それよりももっと…
「…」
あたしの事を侮辱されて、それを怒っているのが乱馬ではなくて山上君である。
その事実が、あたしはもっともっと、情けなかった。

乱馬。
…乱馬。
乱馬、あたし不安だよ。
今のままじゃ、不安であたし…

…言いたい言葉が、胸の中では幾重にも交差する。
でも、それを唇からこぼそうとすれば、きっと言葉より先に涙が出る。
だけど、みんなの前で泣く事なんて、出来ない。
こんなところで泣いてはいけない。あたしは必死に自分にそう言い聞かせる。

「…」

あたしは、小さく深呼吸をした。
そして、
「あ、あーあ、このお好み焼き焦げちゃった!」
「え?」
「あかねちゃん?」
「ほら見て、鉄板に長く乗せておくと、お好み焼きって焦げちゃうんだね!やだなあ」
…あたしは、わざと笑顔で大きな声を出すと、
乱馬の為に焼いた自信作のお好み焼きに、鉄のへらで何度も切込みを入れた。
焼き斑が無いように平らにならしたはずの表面に、あたしは容赦なく何度も、へらを突き立てては引き裂いていく。
そして、
「焦げちゃうからっ…焦げ付かないようにばらして、鉄板から外さないとね」
ザシュっ…ザシュっ…
綺麗に円形に、そしてそれなりに整ったみてくれをしていたお好み焼きを、あたしは鉄のへらでぐしゃぐしゃに切り刻みきった。
切り刻まれて外に飛び出た野菜から出た水のせいで、ボワっ…と白い煙があたりに巻き上がった。
それに乗じてボタっ…と、あたしの目から零れ落ちた涙が、更に蒸気をあたりへと誘う。
下を向いていると、涙が自然にこぼれてくる。
でも、上を向いたら、みんなに泣いているのがばれてしまう。
あたしは、湧き上がる蒸気で涙を乾かしつつ、鉄板の上でお好み焼きを更に細かく切り刻んだ。
柔らかいお好み焼きは、すでに焼き上がった時の姿はない。
きっちりと円を描いていた外見は、いつの間にやらスクラップ。幾重のカケラへと姿を変えていた。
程よく焼き上がった中身も、何だか切り刻まれればただの残骸だ。
「右京、ゴミ箱借りるね」
あたしは、涙が収まった頃合を見てそう言って、めちゃくちゃになったお好み焼きをお皿に移し、近くにあったゴミ箱へと流しいれた。
「あかねちゃん…」
右京が、そんなあたしに近寄ってこようとしたけれど、
「あんな焦げたもの、あたしだって食べられないよ。乱馬、食べなくてよかったよ」
そう言って、笑顔のままカウンターから出た。
そして、
「右京、カウンター貸してくれてありがとう。山上君も、焼き方教えてくれてありがとうね。
ごめんね、あたし先に帰る。ちょっと寄りたいところがあったの思い出しちゃった…それじゃ!」
…笑顔のあたしを心配そうに見つめる山上君と右京、
そしてそんなあたしには目もくれようとしない乱馬の横を、あたしは通り過ぎて店を出た。

もちろん、寄りたい場所、なんてあるわけが無い。
あのままあそこにいるのには耐えられなかった。ただそれだけだ。
「…」
店を出てふと入り口を振り返ったけれど、その後乱馬が出てくる気配は無かった。
「…」
ポツン、ポツンと家へと一人歩いていくあたしの胸へ、先程感じた惨めさが再びこみ上げる。


…なんで?どうして食べてくれないの?
何で、箸さえもつけてくれないの?
そんなにあたしの料理…食べたくないの?
気持ちさえも、見せようとはしてくれないの?
こんな状況になっても、乱馬は…


「乱馬のばか」


色々な思いが、
そして昨日よりも、朝よりももっともっと増長した不安が、あたしの胸の中に込み上げる。
さっきの、自分の手でめちゃくちゃに切り刻んだ、お好み焼き。
無惨で、徐々に崩れていって、それで結局誰にも食べてはもらえない、あのお好み焼き。
「…」
あたしにはあれが、何だか未来の自分の心と同じような…そんな気がしてならなかった。

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