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Intersection5

翌日、日曜日。




「あかねは?」
「あかねちゃんなら、もう行ったわよ」
「…」



…俺がいつものロードワークに出るために準備する時間に起きると、すでにあかねは、家を出て行った後だった。
どうやら、朝も七時を回る前から、準備することがあるのだろう。
「…」
そうやって、俺はあかねが早く家を出て行った理由を自分に思い込ませようとするも、
「朝早くの密会かー。やるじゃない、本田君も」
そんな健気な俺の横を、全てをぶち壊すかのような独り言を呟きながら、なびきが通り過ぎていく。
「…」
俺がそんななびきの顔をギロッと睨むと、
「まー、怖い」
なびきは、わざとおどけたような表情でそう呟く。そして、
「本田君、今朝は早くからあかねと一緒に入れる見たいだしきっとご機嫌なんだろうねえ」
「…」
「こんな朝早くだから、早朝手当ては貰うけど。恋の悩み受けてやってもいいわよ?十分二千円」
そう言って、にやりと笑った。
「…」
くっ、足元見やがってこいつ!
…俺はなびきのやりかたに思わずため息をつくも、
「…金を払えば、何とかなるのかよ」
背に腹は変えられない。実際に焦れているのは確かだった。
ポケットの中からなけなしの千円札を二枚取り出してなびきに渡すと、
「まいど。…じゃ、ちょっとここで待ってなさい。いいアイテムを貸してあげるわ」
「へ?」
「これを着て、学校に行ってあかねに近づきなさい。絶対に周りの人にあんただって、すぐに分からないはずの物よ?」
なびきはそう言って、まずは自分の部屋へと戻っていった。
そして程なくしてなにやら大きな紙袋を持ってきて、俺に手渡す。
「着てくって…?」
「素直にそれを着ればいいのよ。それを着て近づけば、本田君だって、あんたが傍にいること、きっとすぐには分からないはずよ?」
「…?」
俺は、なびきに言われるがままにその袋の中に入っているものを取り出し、その場で袖を通してみるも、
「…おい」
「何よ」
「これ、学らんじゃねえか。うちの高校の制服か?」
「そうよ。あたしの部屋に『もしもの時のこと』を思って置いておいた物なの」
「…」
もしもの時って、何だ?俺は、なびきから渡された学らんを身に纏いつつ、怪訝な顔をする。
「だいたいあんた、いつものチャイナ服で学校何ていってみなさいよ。目立ってしょうがないでしょ。本田君たちだってすぐにあんたを見つけるだろうし。そのお下げもね」
なびきはそう言うと、
「ほら、お下げほどいて、ただの一つ結びにしなさいよ。それなら、そういう男の子もいなくは無いから」
と、俺の髪型にまで文句をつける。
「…」
俺はしぶしぶと、お下げを解いて解いた紐で、髪の毛を結びなおす。
「とりあえずそれであかねに近づいて、上手いこと言って静かな場所にでも連れ出しなさい」
「その後は?」
「自分で考えなさいよ」
「おいっ。それじゃあ相談にならねえじゃねえかっ」
「二千円の相談料で衣装まで貸してあげたのよ?御礼を言われても苦情は言われる筋合いないわよ。 それよりも、今度で決めないと。あんた、ホントに後がないわよ」
「っ…」
「…それが、あたしからのアドバイスってことね。ま、頑張りなさいよ」
なびきは、そんな俺に対してズバっとそうアドバイスをすると、再び階段を昇って自分の部屋へと戻っていってしまった。
「…」
…ぼったくりやがって!
俺は、なびきの背中を睨みながらそんな事を思いつつも、
「もう後がない、か」
なびきのなけなしのアドバイスが、何だか胸に残って思わずそう呟く。
…でも、確かにそうだろうな。
今度告白するときにはちゃんと、あかねに素直に気持ちを伝えないと。
じゃないと、次にどうにかしようとした時、本当にもう信じてはもらえない。
暴言を吐いて照れをごまかそうとした前回の、その行動を悔やんでいるのなら尚更だ。
「…」
俺は大きなため息を一つつくと、
「…行って来ます」
「あら、乱馬どうしたのその格好…」
「ああ、ちょっと。行ってくる」
「え?行くって、あなた今日は日曜日じゃないの」
「大事な用事があるんだ、学校で」
…玄関を通りがかったお袋にそれだけ言い残して、俺は家を出た。





着慣れない学らんに身を包んだ俺は、程なくしてたどり着いた学校の中を、早朝だというのに生徒たちでごった返している中縫うようにして歩いていた。
俺と同じ学らんを着ている生徒や、見慣れないブレザーを着ている生徒。
あかねと同じライトブルーの制服を着ている生徒や、ブレザーにチェックのスカートを合わせている生徒。
運動部のユニフォームに身を包んで、準備体操をしている生徒も。そして、慌しく会場の設営をしている生徒たち。
中には知っている顔もちらほらとあったりもするけれど、俺はその相手の顔はわかっても、相手はまさか俺が制服を着ているなんて思っていないので、なんのことなく通り過ぎていく。
木を隠すのなら森の中。
まさに、なびきが考えた作戦が役立っているといえよう。
周りに俺の存在がばれていないという事は、もちろんそれだけで行動しやすくなることでもある。
(あとは、あかねを探して…)
見つからない事を良い事に、俺はそんな事を思いながら校内を歩いていた。
と。
校内のありとあらゆる場所を歩く事、一時間ほど。
グランドのすぐ横にある放送室の前に、大きな白いテントが張り出されているのが見えた。
そのテントの中には、風林館高校の生徒たちが数人、機材を準備したり書類をそろえたりしている。
テントには、「本部」という筆でかかれた垂れ幕のような紙を貼り付けた机なども設置していた。
という事は、この交流試合を運営する生徒会役員達が集まる場所なのかもしれない。
俺はその中を注意深く、外まきから見つめていた。
「…」
よーく、目を凝らしてみたそのテントの中。
書類を数えたりしながら、なにやら一緒に書類をそろえている男子生徒にしきりに話し掛けられている女生徒が一人。
周りの人間よりも飛びぬけて笑顔が似合う、ショートカットの少女。
誰よりも見覚えのある、その可愛らしい姿。

…いた。

「…」
俺は、そのテントの中にあかねを見つけた。
「…」
俺は、テントの中で見つけたあかねの姿を、じっと遠巻きから見つめていた。
…一生懸命に書類を数えたりそろえたりしている、あかね。
そのあかねを気遣うように、そしてなにやら一緒に指示も出しながら話し掛ける男子生徒が一人。
あかねよりも少し背の高いその男子生徒は、あかねが何かを質問するたびに、わざわざ身を屈めてその声を聞き取ろうとする。
そして、優しい笑顔で笑いながら、あかねとまた話をして…

「…」

端から見ていたら、どう見たって「お似合いのカップル」だ。
百歩譲ってそうじゃなかったとしても、
「付き合ってしまえばいいのに」
きっとこの二人を見た大半の人間は、そう思うに違いない。
「…」
あかねの笑顔が相手の男に向けられるたびに、俺の胸はドクン、ドクンと鼓動する。


…何笑ってんだよ。
そんな顔して笑ってんじゃねえよ。
そんな顔して笑ったりしたら、笑ったりしたら…
…そいつが、またお前を好きになっちまう。


ぎゅっ…
俺は、自分が立っているすぐ傍に立つ大木の、上からしなっている枝を思い切り掴んでは、パキっ…と力任せに折ってしまった。
遠巻きに見ている俺の目に映る、あかね。そして、そのあかねの隣で楽しそうに笑う男。
…俺は、どうして今、こんなポジションにいるんだろうか。
何だか、頭が混乱してしまう。
自分が悪いのなんて分かっていたはずなのに、自分がしてしまったことが引き起こした結果がただ目の前にあるだけだというのに、何だか眩暈がした。
「…」
…でも、だからってここでショックを受けて諦める事なんて出来なかった。
そうだ、俺は忘れてはいけないんだ。
あのテントの下で、他の男の横で可愛い顔で笑っているあかね。
あのあかねは、本当は…俺の隣で笑っているはずだった、あかねだ。
あれは、俺のあかねなんだ。
告白して、本当はきっと上手く行くはずだった…あかねだ。
それが少しこじれたって、上手く行かなかったからって。
それで諦めたりしたらいけないんだ。
このまま、あんな風にずっと、他の奴の隣で笑わせておいていいのか?
そんなの、
そんなの…嫌だ!

「…」

改めて俺は、そうはっきりと自覚した。
その途端、ウジウジグジグジしている気持ちが、一掃されたような気がした。
…何とかしなくては。

「…」

俺は、少しテントの見える位置から離れて、一人冷静に考えてみた。
『どうやったらあかねだけを、あの生徒会の手伝いをしている最中に一人で呼び出すことが出来るのか。』それだけを必死に頭に思い浮かべた。


「…」


そして、考える事、二時間弱。
…ようやくその方法を思いついた俺は、とりあえず大きく深呼吸をして、
まずは、あかね達が何かしら用事をしているテントの中から校庭の隅へと歩いてきた生徒会役員を一人、捕まえた。
そして、
「あ、すみません。生徒会の人?」
いかにも偶然を装って、声をかけてみる。
「はい、そうですが?」
眼鏡をかけている真面目そうな生徒会役員の男子が、声をかけてきた俺に答える。
「副会長の本田さん、いるだろ?」
「ああ、副会長ですか。それが何か?」
「さっき、テニスコートの前を通りがかったとき、相手の高校の生徒会役員の人に、本田さんを呼んで来て欲しいって頼まれたんだ。
  何でも、今回の交流試合のことで本田さんじゃないと分からない書類があるらしくて。彼、テニス部だったよね?」
「そうです。ああ、そうですか。じゃあ伝えておきます」
「よろしく頼むよ。あ、何だか本田さん一人出来て欲しいそうですよ?その書類、学校の結構重要な書類なので特に部外者にはあまり見せたくないそうなので…」
「分かりました。ご親切にどうもありがとうございます」
俺が声をかけた生徒会役員は、随分と素直な性格のようだ。
とりあえずは、本田というあの男をあかねから離させるように、と、二人が居るテントから大分遠い場所にあるテニスコートへと、一人で向かわせる事にした俺。
そうとも知らないその役員は、俺が伝えたとおりのことをテントの中の彼へと伝え、
「…?」
首をかしげている彼を、まんまとあかねから引き離す事のお手伝いをしてくれた。
「…」
…まずは、一つ片付いた。
俺は、とりあえずホッと胸を撫で下ろす。そして今度はもう一段階進んだ手順…そう、俺自身があかねと話す算段をつけるために、もう一度、
今度は別の役員を、テントから出てきたところを捕まえる事にした。

「あの、すみません。生徒会の役員の人ってどこにいるか…」
…本当は、テントから出てくるところを見計らって声をかけているにも関わらず、俺がいかにも「生徒会の人を探しているけど分からなくて」と芝居をしながら近づくと、
「ああ、私もそうですけど…」
そんな俺の策略に素直に引っ掛かってくれたその役員の、今度は女生徒が、俺に答えてくれた。
長い髪を二つに結っている、いかにも勉強が得意で趣味は読書…とでも言いたげな女子だ。
「ああ、貴方がそうでしたか。いや、実はさっき、二ノ宮先生に…」
「二ノ宮?ああ、ひなこ先生に?」
「ええ。この交流試合自体には関わりをもってないみたいなんですけど、何だか用事があって学校に来ている見たいで。
  それで、ちょっとわからない書類があるみたいで、生徒会のテントの下に居るはずの…えっと、天道さんだっけ。天道さんを呼んで来て欲しいって、頼まれたんだ」
俺は、心の中ではひなこ先生に謝りつつ、さらりとそんな、嘘をつく。
「ああ、そうなんですか。それじゃあ天道さんを呼んできますね。えっと、どこに行ってもらったらいいんですか?職員室?」
俺の嘘を、これまた素直に信じてくれたその女生徒の質問に、
「あ、いや…書類、学校の地下倉庫に閉まってあった物を出してきたみたいだから、それも運んでもらいたいらしくて。体育館の裏の倉庫近くにくるように伝えてください」
「わかったわ」
「忙しいときにクラスの用事だから悪いので、他の人は一緒にこなくてもいいそうです」
「そうですか。でも、そうしてもらえると助かります」
「じゃ、宜しくお願いします」
俺はいかにも潮らしく、そしてあくまでも丁寧にそう答えると、女生徒にペコリとお辞儀をした。
女生徒は、俺に軽く会釈をしたあと、少し小走りにテントの下へと再び戻り、
「え?」
「なんかね…」
…と、あかねになにやら話をしていた。その直後、あかねは、書類の束をその女生徒に全て渡して、テントの下からゆっくりと出た。
どうやら、俺がついた嘘は、ちゃんとあかねにも浸透したようだ。
「…」
俺は、あかねが俺の指定した「体育館の裏の倉庫前」に向かうのを確認しながら、ゆっくりと、その後ろを歩いていく。
行き交う人ごみの中を、俺と、あかねと、距離を大分とって歩いている。
俺の存在なんて絶対に気がついていないあかねの後ろ姿を、俺はずっと見つめながら歩く。
…と、
「…」
突然、あかねが道の真ん中で立ち止まった。
…まさか、何か予感でも感じたのだろうか。
俺がぎくり、と身を竦ませて、思わず近くの木の陰へと隠れて立ち止まったあかねの様子を見ていると、
「…」
あかねは、何だか眉間に皺を寄せたような、不快とでも言いたげな表情で、一点を見つめていた。
「?」
一体、何を見ているのだろう。
俺が不思議に思って、こっそりとその木の影からあかねの視線の先を見てみると、
「あ?」
…その視線の先には、サッカーゴールがあった。
でも、あかねはそのサッカーゴールや試合をしているプレーヤーを見ているわけでは無いようだ。
あかねが見ていたのは、サッカーゴールがある場所の、すぐ近く。
「きゃー!山田君、頑張ってー!」
「かっこいー!」
…グランドに向かって、黄色い声援をあげている女生徒の軍団だった。
しかもその軍団の中の一人、よく見ると…例の、中村さんだった。
「山田くーん、がんばってー!きゃー!今、手、振ってくれた!」
中村さんがそう叫ぶと、そのエースの男もそれに答えるかのように派手なアクションプレーをして見せたり。
何だかこうやって外野から見ていると、どうもその男、中村さんに気がありそうな雰囲気だ。
中村さんも、それがわかっていてわざわざ派手に声援を送っているというか、彼を張り切らせているような雰囲気で、
サッカー応援を真面目にしている生徒たちからは、少なからずあまりいい目では見られてはいないようだ。
それはもちろん、こうしてたまたま通りがかったあかねにも言えることで、
軍団の中でもひときわ騒がしく、サッカー部のエースらしい男子生徒に声援を送っていると中村さんの姿に、
「…」
あかねは、何だか不快そうな表情を向けていた。
…きっと、真面目なあかねの事だ。
そうやって、俺にもそしてサッカー部のエースの男にもいい顔をしている彼女の姿が、素直に納得できないのだろう。
「…」
…大介が言っていたとおりだな。
俺は、そんな事を思いながら思わずため息をつく。

「…」

なあ、あかね。
俺がホントに、そんな女にきゃあきゃあ言われて喜ぶタイプだと思うか?
…思ってねえだろ?お前が苦手な奴は、絶対に俺だって苦手なんだよ。
それは逆だってそうだろうけどさ。

「…」

俺は、ずっと中村さんのことを不快そうにみているあかねの背中にそう語りかけつつ、やはり一足先に体育館の裏へと向かって待つことにし、こっそりと木の陰から飛び出して歩きだした。
体育館の裏は、左右から大きな木が生い茂っていて、日当たりもよくない。
午前中ということも手伝って、何だかまだ、ヒンヤリとした冷たい風が、辺りを吹き抜けていく。
地上二階、地下一階。
体育館の横にある、一体何が置かれているのかわからないような倉庫。
ほんのりとかび臭い壁に寄りかかるのに少し抵抗があった俺は、倉庫の横に立っている木の上に、そわそわと登って座っている。
その横には、学校と外を区切っているフェンスが立っている。
木に昇っているおかげで、ふとしたきっかけですぐにそのフェンスの向こう側に飛び越える事だって可能だ。
まあ、滅多な事がない限りそんな風にフェンスを飛び越える事は無いだろうけど…なんて。
俺は、そんな事を思いながらあかねがこの場所へとやってくるまでのわずかな時間を、何だか落ち着かない面持ちで待ちわびていた。
…いよいよだと思うと、何だかカラカラに喉が渇く。
でも、なびきも今朝いっていたけれど…今度で決めなければ次は本当にないのかもしれない。
そう思うと、何だか必要以上に身が引き締まる。
「…」
俺は、何度も深呼吸をしながら、ただただあかねの到着を待った。



…と、その時。



「先生ー…ひなこ先生ー…」
木の上でソワソワとしている俺の耳に、聞き覚えのある小さな声が、飛び込んできた。
あかねの声だった。
「!」
ドクン!
…来ると分かっていたはずなのに、その瞬間に俺の胸が大きく鼓動した。
それと同時に、かーっと、身体中の血が逆流してくるような感覚に見舞われる。
「ひなこ先生ー…」
…木の下では、あかねがもう一度、本当は居る事のないひなこ先生の名前を呼んでいる。
「…」
答えなくちゃ。
答えてやらなきゃ。
本当は、俺が呼び出したんだって、名乗りでなくちゃ。
「っ…」
ドキドキする胸を何とかして沈めようとしつつ、俺はもう一度だけ大きく深呼吸をして、そして、
「っ」
目をつぶり思い切ってあかねの歩いている地面へと飛び降りた…つもりだったけれど。
「あっ」
…かーっとからだが熱くなって、頭が真っ白になって。
俺は何を勘違いしたのか、あかねがいる体育館裏の倉庫の前の地面ではなく、うっかりと、木を飛び越えたフェンスの外へと飛び降りてしまった。
どうやら自分でも相当パニックになっているのか、大事な状況判断をここにきて誤ってしまったようだ。
「あ…」
俺が、思わずそう声を上げると、
「え?」
その声に気がついたあかねがふと、俺が飛び降りた先のフェンスの向こう側へと、目を移した。
そして、
「え…ら、乱馬?」
俺の姿を見つけたあかねは、一瞬ギョッとしたような表情をするも、
「ちょっと…ど、どうしたのその格好…」
俺のことを無視しようとか、不快に思うとかする前に、俺が学らんを着ていることに驚いたあかねは、俺が立っているちょうどフェンス越しへと歩いてきた。
「ああ…うん、ちょっとな」
俺は、そんなあかねに対し言葉を濁す。
「ふーん…」
あかねは、そんな俺に対して納得できないような表情をしていた。が、それ以上は深く尋ねようともせず、
「…あの、悪いけど…。私、ひなこ先生に用事を頼まれているから忙しいの」
「…」
「乱馬とゆっくりしている時間、ないから」
俺から目線を逸らして俯きながらそう呟くと、
「それじゃ…」
と、歩み寄ってきたフェンスの傍からそそくさと立ち去ろうとした。
「…あの!」
…そんなあかねに対し、立ち去られたらたまらない俺は、すかさず声をかけた。
「…」
あかねは、俺の声の呼びかけに対してちらっと、振り返る。
俺は、いよいよ意を決してもう一度小さく深呼吸をすると、小さいけれどでも、力強い声で叫んだ。
「俺なんだよ!呼んだのっ…」
「え?」
「俺がひなこ先生の名前を使って!…おめーのこと、ここに呼んだんだよ」
がしゃん。
俺は、目の前にあるフェンスを手で掴みながら、内側にいるあかねへと叫ぶ。
「…俺が呼んだんだよ」
がしゃん…がしゃん。
フェンスを掴みながら、何度か揺さぶりをかけてそう続ける俺に対し、
「…どういうつもり?」
あかねは、小さいがはっきりと分かるような鋭い声で、俺に尋ねる。
「話があるから…だから呼んだんだ」
俺が、言葉を発するたびにドクンドクン、と大きく鼓動する胸を抑えながらあかねに語りかけると、
「わたし…忙しいの。それに、私には話なんてないから」
あかねは俺から少し目をそらし、そして再び俺に背を向けようとしたが、
「お前になくても、俺にはあるよっ」
がしゃんっ…フェンスをもう一度強く掴みながら、俺はすかさず叫んだ。
「…」
あかねは、そんな俺の叫び声に対して、ずっと俯いたままだった。
俯いたまま、それでもゆっくりと、俺が掴んで揺らしていたフェンスへと手をつく。
「…でも、あたしにはないのよ」
あかねは、小さいがはっきりした声でそう呟いた。
あかねのその表情は俯いてしまっているから分からないけれど、その言葉自体は、どんな鋭利な刃物よりも鋭く、
俺の心をえぐっていく。

…でも、ここで怯むわけにはいかなかった。

そう、俺にはもう後がない。
なんとしてでも、この間の誤解だって解きたい。
それに、自分の気持ちだってもう一度、伝えたいと思った。
「…」
俺は、あかねの言葉に胸を痛めつつも、
「…この間のこと、本当に誤解なんだ。…ごめんな」
「…」
「いつものクセって言ったって、あんな時にあんな事を簡単に口に出しちまったこと、俺…本当に後悔して…」
「…」
「でもっ…あの時俺がした告白は…。あの時は冗談とか言ってごまかしちまったけど、俺っ…本気だったんだよっ」
俺がそうあかねに叫んだ瞬間、ゴウっ…と強い風が辺りを吹き抜けていった。
ビュっ…
あかねのライトブルーの制服のスカートと、あかねの艶やかな髪が、風になびいて揺れた。
「…」
あかねは、風で乱れたその髪をすっと、手櫛で直しながら耳にかけると、
「…もういいよ」
…といった。
「え…いいよって、なに…」
ドクン。
あかねの言葉に、俺は、更に胸を鼓動させる。
この鼓動は、勿論いい意味の胸の高鳴りなんかでは無い。
嫌な予感だらけの、モヤモヤとした鼓動だ。
「なんだよそれ…」
俺が、ぎゅうっと先程より強い力でフェンスを握り締めながらあかねに尋ねると、
「あたしに気なんて使わなくていいよってこと」
「俺は別にそんなっ…」
「どうせ…」
「えっ…?」
「どうせ、それも嘘なんでしょ…。また、あたしをからかっているんでしょ。あたしが信じたのを見計らって、またあの時みたいに、馬鹿にするんでしょう?」
あかねは、ぎゅっと唇をかみ締めながらうつむき、震える声でそう言った。
そして、俺が掴んでいるフェンスのすぐ傍へと指を触れさせると、
「…信じられない」
再び震える声で、そう呟いた。
その声に、その仕草に。俺の中で、何かが猛スピードでこみ上げた。
先ほどから高鳴っている胸の鼓動も、その音が聞こえなくなるほどその「何か」は勢いを持って俺の全身へと駆け抜ける。
俺は、込み上がってくるその感情の赴くままに、
がしゃんっ…
フェンスに触れているあかねの手に、外側から触れた。
そして、
「違う!今日は違う!…好きだよ。俺、好きなんだ」
…ぎゅっ。
そう叫びながら、先ほど触れたその指を、ぎゅっ…とフェンス越しに強く握る。
「…」
俺のその仕草と、そしてその必死な声にあかねがふと、顔をあげる。
「…好きだよ」
顔を上げたあかねに、俺はもう一度だけそう呟いた。
あかねは、そんな俺の声を受けて、再び、俯いてしまった。
俺に、フェンス越しにぎゅっと手を握られ動く事も逃げる事もできないあかねは、下を俯いたまま、じっとしていた。
俺は、そんなあかねをただただ見つめて、その手をぎゅっと、握っているだけだ。


…静かな、時間が流れた。
さわさわと、葉が風で揺れる音がした。
時折、バサバサっ…と鳥が近くを飛んでいる音がした。そのためにひらり、ひらりと、緑の葉が宙をふわふわと舞うのを見ることも出来た。
自然の音に混じって、時折は体育館の中から沸き起こる歓声と、競技用のホイッスルの音も混じって俺達の耳に飛び込んできた。
色々な音が融合して、そして静かな空間に時折音色を加えていく。
何だか、妙な空間だ。


「…」


そんな空間で。
俺も、それ以上は何も言わなくて。
あかねもそれ以上は何も答えようとはしなかった。
「…」
…告白した後、もう随分と長い間、あかねは反応を示さない。
そうなると、徐々に徐々に、声には出さずとも俺の胸の中にも大きな不安が過ぎっていく。
時間が立てば立つほど、俺だって冷静になる。
だから、
自分が再び告白したことや、随分と長い間いう事が出来なかった「好きだ」というたった一言の言葉を何度も連呼した事などを思い出すと、
かあっと、何だか頬が紅潮してくるような感覚に見舞われる。
「…」
そうだ。今さっき俺は、もう一度…あかねに告白したんだ。
しかも、本気で。
あかねだって、俺の今回の告白が真剣な物なのか真剣じゃないものなのか、分かったはずだ。
…それがわかっているから、反応しないのか。
それとも、やはりそれも「からかっている」と受け取ってしまったのか。
無反応なあかねからはまだ、どちらの意も感じ取れる。
「…」
ぎゅっ…
俺は、そんなあかねの指を握る手の力を、少し強くした。
俺、本気なんだ。
その力には、もちろんそんな意味も込めて、だけれど。
……



と。
「…」
手を再度握りなおした俺に対し、あかねは、俯いたまま小さく一度、頷いた。
「え…」
…その頷きは、どんな意味の頷きなんだ?
俺があかねにそう尋ねようと、握った手の力を更に少し強くすると、
「…」
俺が力を強くしたのと同時に、ぼたっ…と、俯いたあかねの目から、大粒の涙が零れ落ちた。
零れ落ちた涙は、ライトブルーのスカートへと瞬く間に大きな染みを作っていく。
「あ…」
俺が、そんな風に涙を流しているあかねの姿に慌て、もう片方の空いている手で、フェンスの隙間から手を突っ込み必死にその涙を拭おうとしていると、
「今度…」
「ん?」
「今度のこれも、あたしの事をからかって言ったって言う告白だっていうんなら…」
「うん…」
「…絶対にもう、一生口利いてなんてあげないんだから…」
俺に手を掴まれたまま、あかねは更にぼたぼたと、大粒の涙をこぼしていた。
…たぶん、俺が数日前に吐いた暴言で傷ついてしまった時の事を思い出しているのかもしれない。
もしかしたら、まだ迷っているのかもしれない。俺は、そう感じた。
信じて傷ついてしまったあの時。
これを信じて、またあのときのように傷ついたら。そんな事を思っているのかもしれない。
「俺っ…もう絶対にあんな風にごまかしたりしねえからっ…」
俺は、フェンスの隙間から伸ばした手であかねの頬に触れると、もう一度そう叫んだ。
そして、
「絶対、あんなひどい嘘とか、ごまかしとか、もうしねえからっ…」
俺は、それまで強く強く握っていたあかねのその手を、そっと離した。
そして、
ダンっ…
思い切って地面を蹴り上げてジャンプすると、フェンスを再び飛び越えるべく飛び上がった高さの場所からフェンスに足をかけ、器用に昇った。
フェンスを飛び越え、近くに立っていた木を経由して。
俺は、今度はちゃんと、あかねのすぐ傍へと降り立った。
「…」
あかねは、俯いたまま肩を震わせて、ずっと涙をこぼしている。
「…」
俺は、今度はきちんと両手で、あかねのぐっしょりと濡れた頬を拭ってやると、
「…だって俺、あかねに一生口利いてもらえねえと、困るんだ」
と、小さな声で呟いた。
「…」
あかねは、そんな俺の言葉に対して、小さくだけれどたった一度だけ…黙って頷いた。
俺はそんなあかねへとゆっくり腕を回し、その華奢な身体へと腕を回した。
そして、自分でも驚くぐらい自然に、あかねをぎゅっと、抱き寄せる。
「…」
…抱き締めれば抱き締めるほど、壊れてしまいそうな華奢な身体で。
でも、抱き締めれば抱き締めるほど、もっと抱き締めていたいと、思うようになる。
不思議な感情だった。
「…」
でも、その感情は決して心地が悪いわけでは無い。
俺は、それまでよりももっとずっと強く、あかねの身体を抱きしめる。
抱き締めたあかねの身体は、俺と同じ体温で、そして俺の腕に優しい温もりを感じさせた。
…感情の赴くままに今、あかねの事を抱き締めたら、俺はあかねのこの華奢な身体を、間違いなく壊してしまいそうだな。
何だかそんな気がした。
あれだけ、告白する前は、
『告白しあって上手く行った後はどうしたらいいんだ』
…なんて。そんな事をあれこれと考えていたのに、
実際に上手く行った後は、驚くほど自然に俺は、あかねの身体を抱き締めていた。
何だか、拍子抜けはするも不思議な気持ちでいっぱいだった。
「…」
俺がそんな事を考えながらじっと、あかねを抱き締めていると、
きゅっ…
ふと、そんな風に自分を抱き締めている俺の背中に、あかねがそっと、腕を回してきた。

…ドクン!

その感触を受けて、俺は自分の胸がこの上なく強く鼓動したのを、感じた。
「…あたしも」
あかねは、ドキドキと胸を鼓動させている俺に対し、たった一言そう呟いた。
「え…あ、あたしもって?」
俺が何だか掠れた声であかねにそう聞き返すと、
「あたしも、好き」
あかねは小さな声でそう言って、俺の胸へとぎゅうっと、顔を押し付けた。
「…ほ、ほんと?」
俺が、先ほど返事はもらっているはずなのにも関わらず、ドキドキとしながらあかねに思わずそう尋ねると、
「うん…」
あかねは、俺の腕の中で小さく頷いた。
「…俺の事、好きなの?」
ドクドクと、今にも胸を突き破って外に飛び出し疎なほど鼓動する胸を感じつつ、掠れた声で俺がもう一度あかねにそう尋ねると、
「…だって、さっきの、嘘じゃないんでしょう?」
あかねがそういって、俺に抱きつきながら、顔を上げた。
大きくてパッチリとした目で、少し潤んだ睫毛をパチパチとさせながら、嬉しそうに頬を赤く染めている。
瞬きをするその仕草も、何もかも。
…可愛いな。
その全てに、俺は素直にそう思った。
「…うん」
俺は、あかねの問に、小さいけれどしっかりとした口調でそう答えた。
そして、直視するのも耐えられないくらいあかねの身体を抱き寄せる腕の力を強くする。
俺は、あかねのまだ少しだけ赤くなっている腫れぼったい瞼にそっと、口付けをした。
あかねはそれに対して少し、くすぐったそうな表情をしていたけれど、
「…ありがと」
そう言って、ちょっと背伸びをしてから俺の瞼にも、口付けをしてくれた。
「俺は泣いてねえよ」
俺がそう答えると、
「泣きそうな顔、していたから」
あかねはそう言って、笑った。
「してねえよ」
「してたわよ」
「そうか?」
俺がそう言いながらもう一度あかねの瞼に口付けをすると、
「…していたもん」
あかねは、クスクスと笑いながら、俺の胸にぎゅっと、抱きつく力を強くする。
「ちぇっ…とんだ濡れ衣だぜ」
…でも、本当のところはどうなのか、それはあかねにしかわからない。
俺はそんな事を呟きながら、抱きついてくるあかねの身体を、先程よりももっと強く、抱き締めた。
告白が上手く行かなかった時は、手を繋いだだけで、あかねの「痛み」は嫌というほど俺に伝わってきた。
でも、あかねの心の中とか、気持ちとか…そんな事は全然分からなかった。
それが、どうだろう。
たった一言、お互い「好きだ」と素直に伝え合えただけで、どうしてこんなにこの胸は、温かくなるのだろうか。
抱き締めているこの腕から、
「嬉しい」
あかねの、そんな気持ちが伝わってくるのだろうか。


…心が通じ合っていない時には、相手の痛みしか伝わってこないというのに、心が通じ合えば、喜びや気持ち。
そしてきっと痛みだって、ちゃんと俺に伝わってくるようになるんだ。
うわべだけではなくて、「あかね」自身を、俺は感じるようになれるような気がした。
そう思ったら、何だか心が逸った。


「…」

俺は、ぎゅっと抱き締めていたあかねの身体をそっと、離した。
そして、ゆっくりと両手で、あかねの頬に触れる。
あかねは、一瞬ビクッと身を竦めるも、
「…」
俺に頬に触れられたまま顔を上げ、そして静かに目を閉じた。
そして、艶やかでふっくらとした唇を、きゅっとつぐんでみせる。
…うん、やっぱりあかねには、俺が言いたいことが伝わったんだ。
それを確信できた瞬間、俺は何だか胸が熱くなった。
そして、
「…」
…俺も、そう思ったんだ。
そういう気持ちを込めて、あかねの頬をそっと撫でると、そのままぐっと背を屈めてあかねの顔へと自分の顔を近付ける。
そして、きゅっと結ばれたその形の良い唇に、そっと自分の唇を押し付けようとした、丁度その時。



「それでさー!」
「えー?それホントなの?」
「もー、今回の交流試合は不作ねー。全然イイオトコが居ないわ」



…俺達が抱き合っていた体育館裏付近から、何だかやけに騒がしい女生徒達の声がした。
この声はそう…例の中村さんたち一行のだ。
ひときわ甲高い声で叫んでいる彼女の声が、やけに印象的だった。
どうやら、今度は体育館で行われる競技の応援にでも来たのだろうか。
体育館の裏口から中に入れば、他の一般生徒達よりも随分とよい席で見ることが出来るはず。
おそらく、体育館で競技をする部活の男子生徒にでも聞いておいたのだろう。
「沙織ー、サッカー部の山田君はどうしたのよ。あんたさっき、きゃあきゃあ言ってたじゃん?」
「だめよあんなの。結局は負けちゃったしねー。男は強くてなんぼよ」
中村さんたちはそんなことを言いながら、お構いなしに俺とあかねが居る体育館裏へと歩いてくる。
「…」
俺達はその声に気が付いて慌てて身体を離した。
でも、
「…」
何故だか分からないけれど、どうしても、
「…」
…身体を離した代わりに繋いだその手は、離す事が出来なかった。
それは、二人して「本当はまだ離れたくなかった」…そう思っていた気持ちが拭えなかった証拠なのかもしれない。
「…」
俺達は一瞬顔を見合わせて小さく笑いあった。
そして、
「…」
俺は繋いだままのその手を、学らんのズボンのポケットへと突っ込み、あかねの手を引きながら、中村さん達の横をすり抜けた。
すると、俺がすれ違う時に俯いていて顔を見せなかったのと、普段は着ているはずのない学らんを着ていたことが重なって、
「ちょっと!今のカップルの女の子の方、天道さんじゃないの?!」
「えー、だって相手の男、制服着ていたじゃないっ。早乙女君じゃないわよねえっ」
「やだー!天道さんも、やるじゃないっ。早乙女君、かわいそー!」
「沙織ー、チャンスなんじゃないのー?」
「そうかもー!」
…と、
中村さん達は好き勝手な事を噂してはきゃあきゃあと騒いでいる。
「くっ…」
…言わせておけばっ。
俺が、あまりにも勝手な噂話に腹が立って、思わず言い返してやろうかと彼女達のほうを振り返るも、
「…いいじゃない、言いたい人には言わせておけば」
「でもよー」
「事実は違うんだもの。あたしと乱馬だけ、そうやって分かっていればそれでいいよ」
あかねはそう言って、今にも食って掛かりそうな俺を、フンワリと宥めた。
「…そうだな」
…たとえ他の奴らが妙な噂話をしたって、
他の誰がそれを信じて俺を疑っても、あかねだけは本当はそうではないと思っていてくれれば、俺もそれで構わない。
「そうだなあ」
俺はもう一度そう呟いて、「やれやれ」といった表情であかねに笑って見せると、
「そうよ」
それに対してあかねもにっこりと微笑んだ。
お互いそう言って言葉少なくとも笑いあう。それが幸せだと心から思ったとき、
ああ、俺は本当に「告白」をしてあかねと気持ちを通じ合わせたんだ。…俺は改めてそれを思い、何だか温かいものが胸を満たしていくような感じを受けた。




「…さあ、俺はこれからどうしようかな」
「何言ってんのよ。せっかく制服着て学校に着てるんだから。乱馬も手伝っていきなさいよ」
「えー!何で俺まで…」
「どうせ暇なんでしょ。生徒会の人、人手が少なくて困ってたからー…乱馬みたいに男手があると、すごく助かるわよ」



ポケットの中でつないだ手をぎゅっと握り合いながら、あかねを例の生徒会設営のテントへと送る最中に、俺達はそんな会話を交わしていた。
「…ちぇっ。こきつかわれんのはごめんだぜ」
俺がボソッとそう呟くと、
「じゃあいいわよー。あたしは必死に働いて生徒会の人の役に立つから。乱馬は、一人で先に帰ればいいんだわ」
「拗ねんなよ」
「拗ねてないわよ。あんまりゆっくりしていると、本田さん達にも悪いし」
あかねは、思い出したかのようにそう言って、俺にべーっと舌を出してみせる。
「…」
…そうだ、忘れていた。
このままあかねを素直に生徒会役員のテントに帰すと、あかねに気がある例のあの野郎が、てぐすねを引いて待っているわけだった。
「…」
…いかん。それはいかんぞ。
「…俺も手伝おうかな」
「あら、どうしたのよ」
「気が変った」
俺は前言撤回、とばかりにあかねに向かってそう言うと、
「…だから、手伝いが終わったらさ」
「なあに?」
「その…ちょっとさ、何か食ってから帰ろうぜ」
いつもと同じように学校からの帰り道にあかねを誘うけれど、
でもいつもとは違ってポケットの中で繋いだ手はぎゅっと、握り締めながら。
今日は、そう、「彼女とデート」する為に、俺、誘っているんだ。
「…」
俺は、そんなことを考えながらあかねに誘いをかけてみる。
「…うん」
それに対して、あかねは笑顔でそう返事をした。
握り締めた手を、きゅっと握り返してくれるその小さな手の感触が、何だかとても、くすぐったい。
「何食べたい?」
「そうねー…乱馬がおごってくれるんでしょ?いいわよ、そんなに高いものじゃなくても」
「えっ俺がおごるのかっ」
「当たり前でしょ」
「ちぇっ。しょうがねーなあ」
…俺達は、他愛もない会話をしながらゆっくりと、生徒会設営のテントへと向かって歩きだした。
もちろん、ポケットの中の手はずっと、ずっと繋いだままで。







…あんなにも近くにいたのに。
それなのにどうして、俺はたった一言、自分の思いを伝える事ができなかったのだろう。
それは決して難しい言葉では無い。
誰でも知っている、簡単な言葉。
誰でも知っている、たった一言で相手を、幸せにすることが出来る言葉。
『好き』
…このたった二文字の言葉がずっと、俺の口からは出てくれることがなかった。
出たとしても、素直にそれが伝わらない。
そんな毎日。
たった二文字、たった一言の言葉が、俺の心を悩ませる。
でも。
ようやく今日それが言えただけで、俺も、そしてあかねも。こんなにも心が温かくなるのか。
こんなにも、何かに満たされたような感覚に陥るのか。
誰でも知っている、簡単な言葉。
誰でも知っている、たった一言で相手を、幸せにすることが出来る言葉。
…今まではあまり肖る事が出来なかったこの言葉の力を、俺は今日ほど感謝した事がない。
そりゃあ、
いつでもどこでも、この言葉を簡単に口にする事はしたくはない。
でも、あかねが望むなら、俺はきっともう、惜しみなく言う事が出来る。
今までの状況に終わりを迎えさせるけじめの言葉。
これからの未来を築き始めるきっかけの言葉。
そして、誰かを愛しく思うためにも必要なその感情。
俺は、絶対に忘れない。
心の底から、俺はそう強く誓った。

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