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INtersection2

そして、いよいよ放課後。
俺は今朝、自分があかねに指定した通り、あまり人が来る事のない「視聴覚室」へと向かった。
本来ならば、一緒にこの「視聴覚室」へとくれば良かったのだけれど、運がいいのか悪いのか、あかねは今日、「日直」だった。
だから、
「日誌、職員室に届けたりしなくちゃいけなくて…」
「そ、そうか…」
「先、行ってて…。終わったら、すぐに行くから」
「あ、ああ…」
俺たちは、ヒロシや大介が目を光らせる中、何だかぎこちない会話を交わしてひとまず別行動。
あかねは、まだ少しだけ人が残っている教室で日誌を書くために残り、俺は、こうして一人、視聴覚室へとそわそわとやって来たのだった。



ガラっ…
俺は、辿りついた視聴覚室のドアを勢いよく開いた。
そして、薄暗い室内へと入る。
窓にかけられている、ぶ厚いカーテンの隙間から、うっすらと白い光が見えた。
必要以上に薄暗い室内は、視聴覚室の特徴というか。
「…」
ただ立っているだけだと暗いし、かといって、昼間から電気をつけるのは何だか妙な感じだ。
「…」
…もしかしたら、暗くしておいた方が後々、いいのかもしれない。
だけど、それで警戒されたらなー…。
「…」
…と、俺は妙な計算をアレコレとしながら、ゆっくりと窓にかけられているぶ厚い黒いカーテンを引いた。
とたんに、サー…っと、放課後の黄金色の陽射しが室内へと差し込んだ。
それまで薄暗かった室内も、一瞬で明るい教室にはや代わりだ。
俺は、陽射しの眩しさに少し目を細めながらふと、自分の足元を見た。
そこには、さっきまでは見ることが出来なかった俺の「影」が映っていた。
何だか少し、背中が丸まったような、俺の影。
影だけ見ても、いかんせん「弱気」な心内がありありと覗える。
「…」
…いかん。
いかんぞ、俺。告白する前からこんな弱気でどうするんだ。
「…」
俺は、あわててその影を見ながら、背筋をしゃきっと伸ばす。
そして、
「…大丈夫」
…ヒロシ達だって言ってたじゃねえか。『この告白はデキレース』だって。
だから、大丈夫。
絶対に大丈夫だ、俺…。
「…」
俺は、しゃんと伸ばしてはすぐにまた丸くなる、影を何度も見ながらそう、自分に言い聞かせた。


と、その時だった。
「あ…?早乙女…君?」
「へ?」
「あの…あれ…ここ、うちのクラスの掃除場所なんだけど…」
俺がソワソワとあかねを待っている視聴覚室の入り口に、そんな事を言いながら現れた人物がいた。
手には、モップとバケツ。
髪の毛の長い、随分とはっきりした顔立ちをした女生徒だった。
ただ、
「…」
早乙女君、て俺の名前を呼んでくれたのはいいが、
俺には全く、この女生徒の名前がわからない。「うちのクラス」と言っている所を見ると、クラスが違うのだろ
う。分からなくて当然だ。
でも、不思議な事に、どこかで見た事があるような…そんな顔だ。
「…」
俺が首をかしげていると、
「あの…昼休みは助けてくれて、ありがとう…」
その女生徒はそう言って、俺にペコんと頭を下げた。
「…あ!あの転びかけた…」
そうか、あの時の女か。どおりで見た事があるはずだ…俺がポン、と手を叩くと、
「私、D組の中村 佐織って言うの。あの時は助けてくれてありがとう、早乙女君」
「はあ、いや、別に…」
「身体を腕一本で支えちゃうなんて、すごいね」
その彼女−中村さんというらしいが−、中村さんはそう言って、にっこりと微笑んだ。
そして、
「お礼を言いたいなって思っていたの…私、友達を待たせていたから、慌ててたんだけど、よく考えたら失礼だったなって」
「いや、別に対した事じゃ…」
「そんなことないよっ。男の子でも、あんなふうに力がある人はいないなあって…。うん、本当にすごいと思ったの」
そう言って、パチパチパチ、と笑顔で手を叩く。
「…はあ」
何だか、必要以上に礼を言われているような気がして、俺が思わず恐縮してしまうと、
「あ、ご、ごめんね。つい、逢いたいと思っていた人に逢えたから、あたし興奮しちゃって…」
「はあ」
「ふふ、朝のTV番組の星占いで、『今日はいい事があります』っていっていたから。…あたっちゃった」
中村さんは恥かしそうな表情でそう言って、小さく笑った。
そして、
「…で?早乙女君はここで、何しているの?掃除…じゃないよね?」
と、改めて俺に尋ねる。
「あ、うん。その…ちょっと用事があって…」
いやさ、実は今からここで、あかねに告白しようと思って。
…なんて、まさかそんな事は言えるはずも無い。
なので、
「用事があって、ここで人を待っていたんだ」
俺は、適当な事を言って理由をぼやかすと、
「それよりここ、掃除するのか?」
「え、あ、うん…」
「じゃあ俺、教室の隅に居るから、適当にやってってくれ」
といって、入り口から一番遠い場所の机の上に、ちょこんと座り込んだ。
中村さんは、少し戸惑いながらも入り口近くに持ってきたバケツを置き、俺が座っている場所から遠い部分から、順にモップをがけをはじめた。

キュッキュっ…
キュッキュッ…

…黄金色の陽射しに、床や机が彩られる教室の中に、中村さんが熱心にモップをかけている音だけが響いていた。

「…」

同じ空間に入るけれど、別に友達というわけでもない。
喋る事なんてないがゆえ、こうして掃除が終わるのを待っているだけの俺は、何だかちょっと、居心地が悪い。
「…」
でも、なあ。
たとえ掃除をしているからって、一応、俺が先に居たわけだし。
それに、いつあかねが来るかも分からないし…。
「…」
…あー、早く掃除、終わってくれねえかなあ。
俺は、そんな事を考えながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
陽射しに目を細めながら、窓の向こう側の景色を眺める。
校庭には、グランドを縦横無尽に走り回っている運動部の奴ら。
時折聞こえる、ホイッスル。それに、掛け声や歓声。

「…」

…きっと普段なら、楽しげな部活の光景を、俺は身を乗り出して覗いてたりするんだろう。
でも、
「…」
今日は、ダメダ。これから自分がしようとしていることを考えると、何だかドキドキとしてしまって、気が散ってしまう。
「…」
…あかねが来てくれたら、まずは何て声をかけようかな。
俺は、そんな事をぼんやりと考えていた。



と、その時だった。
「ねえ、早乙女君…」
突如、それまでせっせと教室の床をモップがけしていた中村さんが、話し掛けてきた。
「へ?」
いきなり話し掛けられた事に驚いた俺が、ふっと声のしたほうを見てみると、
それまで俺から遠い場所をモップがけしていたはずの中村さんは、いつの間にやら、俺のすぐ近くにいた。
「あ、わりい、わりい。邪魔だよな」
俺は慌てて座っていた場所から退こうとするが、
「早乙女君は、その…映画とか、好き?」
「は?」
「だからっ…映画…。たとえば、その、今はやりの映画とか…」
…中村さんは、席を動こうとした俺の前に素早く回り込むと、ちょっと恥かしそうな表情でそう尋ねて来た。
「いや…別に」
何で、そんなこと聞くんだ?
…あまりにも予想外だったその質問に、俺はそっけなくそう答える。
「早乙女君は、映画とか見ないの?」
そっけない俺に対して、それでも中村さんはめげずに、
しかも、何故か少しだけ上目遣いで俺を見ながら尋ねてくる。
「…見ないって事は無いけど…」
…正直言って、流行の映画になんて興味は全然ない。
でも、もしもあかねが見たいといって、どうしても付き合って欲しいというのなら、それは喜んで付き合う。
それはもちろん、映画を見に行く事が目的ではなく、あかねと一緒にいたいというのが目的なのだけれど。

俺にとって映画なんて、それぐらいの存在だ。
「恋愛映画とかは、嫌いなの?」
「嫌いって言うか興味が…」
「早乙女君、格闘技やっているんでしょう?だったらアクションとかの方が好きってこと…?」
「そりゃあ、恋愛よりはアクションのほうが面白かもしれないけど…」
俺がそんな事をボソッと呟くと、
「ホント!?あ、あのね、実は映画のタダ券を持っているの、私。中国拳法の出てくる映画で…」
「へー」
「だからっ…その、一緒に…行きませんか?」
「へ?」
「券、せっかくあるし…」
中村さんはそう言って、ゴソゴソとポケットを漁り何かを取り出した。
そして、「これ…」と、俺に何かを差し出す。
「…」
差し出された何かを思わず受け取り、俺がよく見ると…それは、たしかに映画のチケットだった。
しかも、期限は明後日の日曜日まで、だ。
「え、あの…なんで俺が?」
…チケットを手渡された事にも驚いたが、
それよりも先に、どうして俺がこの中村さんと一緒に映画に行かなくてはいけないんだ?
俺と中村さん、今日が初対面なんだけど…と、素朴な疑問をもちつつ、俺が彼女にそう尋ねると、
「あの、今日お昼に助けてもらったし…」
「そんな気にしなくていいよ。別に対した事じゃない」
「そんなことないっ。それに…」
「?」
「それに…私、力がある男の人って、すごく素敵だなって・・思うの。早乙女君は私のこと知らないかもしれないけど、私は、早乙女君のこと、知ってたのよ。前から」
「へ?」
「格闘技が強くて、スポーツ万能で。ちょっとかっこよくて…」
「は、はあ…」
「だから、今日のお昼に偶然助けてもらえた事、すごく嬉しかったの。あは、今朝見たTVの星占い、当たっちゃった」
中村さんはそんな事を小声で言いながら、嬉しそうな表情をした。
「…」
…普通の男なら、きっと、
頬を赤くして、自分と楽しそうに話す女の子。そういう女の子を見たら、悪い気はしないんだろうな。
この中村さん、長い髪も綺麗に手入れされているし、スタイルだってそんなに悪くないし、顔立ちも悪い方では無い。
性格だって、素直そうだし。
彼女が居ない男だったら、惚れてしまうようなタイプだな。
ああ、だれかに紹介してやりてえなあ。
「…」
俺は、この中村さんの姿を見ながらそんな事を思っていた。
でも、
「…前からずっと、早乙女君の事は気になっていたの。でも、早乙女君は天道さんと、許婚、なんでしょう?」
「まあ、そうだけど…」
「だから、こんな風に誘いをかけたりするのもどうかなって、迷っていたんだけど…」
中村さんはそう言って再び、俺の顔を上目遣いに見た。
そして、
「…でも、ずっとずっと見ていたけど。別に、『許婚』ってだけで、『彼女』って訳じゃないんだよね?」
「それは…」
「教室とかではいつも、喧嘩ばっかりしているし…それに、久遠寺さんとか、他の女の子のほうが積極的に、早乙女君に近づいているし。
  もしも彼女にその気があるんだったら、そんなこと絶対にさせないって、頑張るんじゃないかなあ?」

「!」

ドクン。
中村さんの言葉に、俺は大きく胸を鼓動させた。
思わず、ぐっ…と手を握り締めてごくり、と息を飲む。

「…あたしだったら、そうするのに」
…中村さんは、俺のその反応を見逃さなかったようだ。
一歩、俺のほうへと近寄ってきて、コトン、と握っていたモップをそばの机へと立てかけると、
「だから…あたしも、今日の事をきっかけに、早乙女君に…」
そう言って、「ね?とりあえず一回だけでいいから」と、俺にお願いポーズをしてみせる。

「…」

…その中村さんのお願いポーズはともかく、
俺は、ドキドキと激しく鼓動している胸を抑えながら必死に頭を巡らせる。


…俺、そういうこと、今まで深く考えた事なかった。
正直言うと、それが今の心境だった。
あかねは、シャンプーとかうっちゃんとかが俺に言い寄ってきても、
「勝手にすればっ」
…いつもそう言って、怒って一人で帰っちまうんだっけ。
この中村さんが言うように、『乱馬に近寄らないで』みたいな…そんな素振、見せてくれた事がない。
例えば、俺が、あかねと良牙がデートしたときとか、変装して邪魔しに乗り込んでいった事とかはあるけれど、
あかねがそうしてくれることって、あんまり…



「…」


…何だかそんなこと考えてしまったら、この告白の行方が急に不安になる。
俺が思わず、そんな事を思いながら黙り込んでいると、
「だからね、一回でいいからっ…一緒に行こう?」
中村さんが、そんな俺の、無防備にしていた手に映画のチケットを滑り込ませた。
「あ、いや…これは困るっ…」
俺がようやく正気に戻って、そのチケットを中村さんに押し返すと、
「え…じゃあ、やっぱり早乙女君、天道さんのことが好きって事なんだ…」
「えっ」
「二人は、あんな風にいつも喧嘩してても、早乙女君は天道さんに片思いしてるってこと…?」
中村さんは、ちょっと表情を曇らせてそんな事を呟いた。

「…」

『片思い』
…端から見たら、そうも見えるのか。
そんな事を思うと、俺は何だか胸が痛い。

「…」

俺がそんな事を考えながら黙り込んでいると、
「早乙女君は、片思いでも天道さんが好きなの?もったいないよ、片思いなんて…あたしだったら、その…」
中村さんは、ぼそぼそっと小さな声で再びそう尋ねて来た。
「お、俺は…」
「あ・・やっぱり、何だかんだいっても天道さんのこと、好きなの?」
…そんな中村さんに対し、
『片思い』という言葉がやけに胸の中に残り、俺の頭は一瞬真っ白になる。
その直後、かーっと頭に血が上り、混乱して、そして…


「何で俺があかねなんかっ…」
「え?」
「あんな凶暴で、不器用で、乱暴で、がさつで寸胴で、可愛げねえ女っ。俺が片思いだなんて、そんなことっ…」


…それは、明らかに「照れ隠し」であり、「その場しのぎ」であり、「混乱した結果」の、暴言だった。
自分でもそれは分かっていた。
けれど、
「俺があかねに、何で片思いなんてっ…」
一度言い出したら、止める事が出来ない。
「あんな色気のねえ女に、何でっ…」
俺は、あかねに対するありとあらゆる暴言を吐いた。
「色気がないって…じゃあ、天道さんの事は女の子としてみてないって事?」
「え?」
「天道さんと私と、どっちが色っぽく見える?」
中村さんは、そんな俺に対して上目遣いでそんな事を聞いてくる。
…好みか好みじゃないかとか、それは別問題として、
可愛いあかねに比べると、この中村さんは「女」を前面に出しているタイプだ。
どちらかと言えば、外見はシャンプーみたいなタイプなのかもしれない。
だから俺は、
「そりゃ、あかねよりは女らしく見えるけど…」
…思ったことを素直に、口に出してしまった。
すると中村さんは、ぱあっと嬉しそうに笑い、
「ホント…?うれしいな」
そう言って、俺の袖をぎゅっと手で掴んだ。
「いや、ちょっと…」
俺は中村さんのその手を自分の腕から離させ、
「女らしいかもしれないけど、でも俺は…」
と、そう言葉を続けようとした。が、中村さんは、

「…」

腕を掴んだまま、俺の、なにやら後ろ側を覗いていると言うか…腕を掴んだまま、俺の顔なんてちっとも見ていなかった。
「…?」
なんだ、この人。俺と話をしているのに、何でそ知らぬ顔をしているんだ?
俺が不思議に思って、中村さんの見ているほうを振り返ると、



「…っ」



…ドクン。
大きく、俺の胸が鼓動した。



そこには、あかねがいた。



俺を待たせていると思って、走ってきたのだろうか。
走って来て、楽しみにして、それでそのまま視聴覚室へと入ろうとした。
中には、俺がいた。
でも、俺は他の女と一緒だった。そして、その女にこんな話をしていた。
「あんたの方があかねより女らしい」

俺と、そして中村さんを見たあかねの顔は、笑顔一転…困ったような表情になった。
困った顔はやがて…静かに、その表情を歪めた。哀しそうに。

「あかね…」

…一体、どの辺りから話を聞いていたのか。
まさか、俺が中村さんにあの言葉を言った辺りからなのか。
だとしたら、誤解を招いてしまったのでは無いか?


「あかねっ…」


そう感じた俺が、慌ててあかねの名前を呼ぶと、
「…邪魔して、ごめんなさいっ」
あかねは、視聴覚室から一歩、まずは後ずさりした。
そして、そのまままた走って遠ざかっていってしまった。

「!」

…まずい。
「ちょっ…ちょっと待てよっ」
俺は慌ててそんなあかねの事を追おうとするも、
「早乙女君!」
ぎゅっ…と、中村さんに洋服の袖を引っ張られる。
「悪いけどっ…俺、あんたの事そういう風に見られないからっ」
「えっちょっと、どうしてよ!」
「俺、あかね以外とそういうことする気、ないから」
「え、だってさっき、天道さんより色っぽいって言ったじゃない」
「色っぽくても、好きだと言ってない。俺は…」
俺は、走り去ってしまったあかねの方をチラチラと見ながらそう言うと、
「とにかく、せっかく誘ってもらって悪いけど、俺、全然その気ないから」
中村さんの手をパッと自分の袖から離し、俺はあかねの後を追った。
「あ!ちょっとちょっと、早乙女君てば!」
そんな俺を、中村さんが呼んでいるような気がしたが、俺には振り返る余裕など何もない。
俺は、どんどんと小さくなっていくあかねの背中を追いかけて、視聴覚室を飛び出した。






「あかねっ…」
俺は、急いであかねの小さな背中を追っていき、
放課後の、もう皆が帰ってしまった後の、自分達の教室へと駆け込んだ。
黄金色の夕陽が、黒板に当たっては教室の床へと跳ね返る。
床に映っているのは、何だか少し背中が丸くなっている俺の姿と、
ザッザッザッ…
…無言で、自分のカバンの中に荷物を詰め込んでいるあかねの姿。
「あかねっ、あれはな…」
俺は、あかねの元へと進もうと教室の中へと入っていくが、
ガタンガタンっ…
何だか、いつも以上に教室の机にぶつかりながら、室内を進んでいく。

…動揺していた。

それは、自分でもはっきりと分かった。
「あかねっ」
綺麗に並べられていたはずの机の列を乱し、俺はようやくあかねの元へとたどり着くと、
「あれはな、その…」
とりあえず先程の暴言を、あかねに弁解しようとした。
が、
「あんなこと…」
「え?」
「…あんな事聞かせるために、わざわざあたしを呼び出したの?」
…そんな俺の言葉を遮るように、あかねがそう呟いた。
ザッ…ザッ…
「…一体何のつもり?」
そうやって、小さな声で俺に尋ねるあかねの手は、休むことなく荷物をカバンに詰め込んでいる。
顔うつむいてしまっているので、その表情を伺うことはできないけれど、
「何のつもりよ…」
…あかねの声は、間違いなく震えていた。
「ち、違うよっ…」
俺があわてて否定をすると、
「…じゃあ、何よ」
「それは…そのっ…」
「あたしの事、乱暴でがさつで、あたしなんかより全然色気があるって、あんな風に他の子と話をしてたくせに、
何の話があるって言うの?!」
あかねは、少し感情的な口調になって、そう叫んだ。
「違うっ。俺は…俺は、おめーに好きだって言おうと思ってたんだよっ」
俺は、そんなあかねに対して、慌てて自分の思いを伝えてしまうも、
「嘘!」
「なっ…嘘ってなんだよ!」
「好きだったら…好きだったら、あんなこと言わないもんっ。告白しようとしている人間に対して、あんな事、思ってるはずが無いもんっ。!」
…その言葉は、一瞬にして、否定された。
ドクン、と、俺の胸が鼓動する。


…嘘って、なんだよ。
なんだよ、これ。
俺の気持ち、今、否定された…?
「デキレース」とか言われていたのに、
俺の気持ち、今…


「う、嘘なんかじゃねえよ!」
…心の中では動揺しつつも、俺はもう一度あかねに自分の気持ちをぶつけて弁解しようとするも、
「信じない!信じられないっ…」
あかねはそう言って、首を左右に振った。
そして、
「…何よ…。あたし…あたしは…」
「…」
「…乱馬が話があるって言うからっ…。今日一日楽しみにしてたのに…」
「あかね…」
「それなのに、こんな…」
あかねはそう呟いた後、黙り込んでしまった。

「…」

俺は、そんなあかねの顔を何も言葉を発しないままじっと見つめる。


…痛えな。
感情を口にこそ出さないけれど、あかねの感じている胸の痛みが、不思議な事に、俺にそのまま伝わってくる。
あかねの気持ちとかは分からないのに、どうしたわけか、あかねの受けている痛みだけが俺に、伝わってくる。
ギュっ…と。
飛び込んでくるあかねの心の痛みは、ぎゅうぎゅうと俺の胸を締め付けて苦しくさせる。



「…浮かれていた。馬鹿みたい、あたし」
「あかね…」
「…帰る」
あかねは小さな声で一言そう呟いて、荷物をつめ込め終わったかばんの柄をつかみ、教室の入り口へと向かって歩き出した。
「ま、待てよ!」
…このまま、あかねを帰らせるわけには行かない。
俺はあわてて、あかねの細い手首を掴んだ。
「離してっ」
あかねはその俺の手を振りほどこうと、必死で腕を振り回すけれど、
そんなことで俺の手が外れるほど、俺の力は弱くは無い。
「と、とにかく話を聞けよっ。あれは誤解なんだよ。俺はもっと別の…」
俺が、クイっとあかねの手を引き寄せてそう叫ぶと、
「嘘つき!」
あかねが、そんな俺に対して感情的な鋭い声で叫んだ。
「嘘じゃねえよっ」
俺が、それにひるむことなくあかねに話しかけるも、
「心の中じゃあんなこと、あたしに対して思っていたくせに!それなのに、他に何を言うつもりだったって言うのよっ」
「あ、あれは…そのっ…」
「口先だけでそんなこと言われたって、そんなの信じられないよ!」
「口先だけってなんだよっ」
「だってそうでしょ!人を好きになる気持ちはっ…口先だけじゃ、表せないもん! 心の奥底では、あたしのことをあんな風に思っているくせに!それなのに、そんな乱馬に何か言われたって、信じられないっ」
あかねは、むっとしたような哀しいような…複雑な表情で、俺を睨んでいた。
「そんなんじゃねえって言ってるだろ!俺の話、たまには素直に聞けよ!」
…あれは本当に、いつもの癖で口から出た、言葉だった。
俺が必死に弁解しようとするも、こういうことになるといつも以上に頑固なあかねは、首を左右に振るばかりで俺の話なんて聴こうともしない。
「聞けよ!」
「嫌よ!」
「このっ…ホントに素直じゃねえな!何でそう頑固なんだよっ」
「うるさいわねっ。どうせ頑固よ!」
「可愛くねえな!」
「余計なお世話よ!あたしが可愛くなくたって、乱馬には関係ないじゃない!」
「関係ないってなんだよ!」
「関係ないものは関係ないのよ!」
俺は一生懸命にあかねに弁解をしようとしたけれど、
一向に話を聞こうとしないあかねと、そしてどんどん悪化する状況。
それにイライラして、とうとうまた…やってしまった。
思わずかっとなった俺は、


「…ああ、関係ねえよ!俺は、おめーがどうなろうと全然関係ねえよっ」
「なによ!」
「だいたいなあっ、さっきのあんな言葉を真剣に信じ込んで、何、勝手に話進めてんだよっ」
「え?」
「お前、さっきのあの言葉が、俺が本気で行ったとでも思ってんのか?何で俺が、オメーの事好きになんなきゃいけねーんだよっ」
「な、なによっ…」
「ちょっと考えれば、分かる事だろ!?今日だって、ちょっとからかってやろうと思って呼び出しただけなのによっ。それで信じられて責められたら迷惑だぜ」


…売り言葉に、買い言葉。
そして、自分の受け入れられなかった気持ちへの、照れ隠しと情けなさ。


「そう、ちょっとからかってやろうと思って…。それを本気にされたら、たまんねえぜ」
俺は、掴んでいたあかねの手を離し、わざと強がってそんな悪態をついた。

「…」

それに対してあかねは、何も答えなかった。

…きっとあかねは、
「何よ!人の事からかうんじゃないわよ!この最低男!」
さっきまでのことも含め、
いつものように俺にそう叫んで、
いつものように容赦なく俺を殴り倒して、
そしていつものようにそれで気晴らしをして、
「つまんない事してないで、帰るわよっ」
そんな風に膨れながら、俺と一緒に家に帰る。
それで、夕飯を食べ終わった頃には何となく機嫌も直って…そんな風感じなんだろうな。

「…」

俺は、そんな事を考えていた。
だから今は、大人しくあかねに殴られて…。
「…」
俺は、そんな事を考えながら、
…そろそろ殴りかかってくるだろうか。
心の準備、とばかりに、あかねから背けたままだった視線をちらっと戻して、そこで俺に対しての怒りで拳でも震わせているあかねの姿を覗ってやった。
けれど。



「…!」



…チラリと映ったあかねの姿に、俺は思わず息を飲んでしまった。
それと同時にドクン、と大きく胸が鼓動し、ぎゅっ…と、胸を何かで圧迫されるような苦しさを感じた。
圧迫されているのは胸なのに、苦しさは即座に全身へと走る。
そしてその苦しさは、すぐに、ズキン、ズキン…と胸の奥の、心の隅々まで振動させながら伴なう「痛み」へと、変った。



苦しい。
息をするのも、苦しい…何だか、居ても立っても居られなくなるような、
そう、何だか落ち着いて立っていることさえも出来なくて、動悸が激しくなるこれは、きっと、俺だけの痛みじゃない。
これは…俺の痛み以上に、あかねの心の「痛み」だ。
それを俺は感じたんだ。そう思った。


…俺の目に映ったあかねは、泣いていた。
俺に対して怒りをぶつけるとか、そういう問題では無い。
あかねは、一生懸命に唇を食いしばりながら、俯いて、泣いていた。
一生懸命唇を食いしばっているのに、あかねの瞳からは、大粒の涙がぼたぼたと、零れ落ちていた。
ライトブルーの制服のスカートに、ボツっボツっ…と、大きな涙の染みが、次々とできていく。
一粒涙が落ちてジンワリと滲んで出来た染みに、又一つ、又一つと大きな染みが重なっていく。

「ひどいよ…。何で…何でそんな嘘つくの…」

そんな染みをどんどんと増やしながら、あかねは、手に持っていたカバンをぎゅうっと胸に抱き締めるようにして、小さく振るえながら泣いていた。

「ああっご、ごめんっ…違うっ…違う!」

…痛い。
目の前で泣いているあかねの心が、触れてもいないのに俺の心に、ダイレクトに伝わってくる。
その「痛み」が強すぎて、俺の頭は一瞬で真っ白になった。
声を出そうとしても、上手く出てこない。
やっとでそうな声も、何だか少し、掠れている。

まずい。これはまずい。
直感で、そう感じた。


「ごめんっ。違う…ホントはそうじゃ…!」
…俺は、この時初めて「意図的」に、『あかねのことを抱きしめなければ』と、そう感じた。
転びそうだからとっさで手を出して抱きとめるとか、何だかいい雰囲気になって成り行きで抱き合うとか。
きっと、そんな感じじゃなくて、もっともっと「責任」がある。
もっともっと、「義務感」を掻き立てられるかのように、だ。
…今しっかり抱き締めてやらないと、あかねは「壊れて」しまう。
そんな予感が、した。



そう思ったら、恥とか、照れとか、迷いとか。
何だかそんなものが、一瞬にして綺麗に吹き飛んだ。



何でもっと早くこうしなかったのか。
…それに気が付くのが遅すぎた自分に、腹が立った。
でも、俺がそんな後悔をしている事なんて、今のあかねが感じ取れる余裕なんてあるわけが無かった。

「触らないでよ!…大っ嫌い!」

あかねは、びっくりする位の強い力で俺を突き飛ばし、そしてそのまま俺を振り切って、教室から走り去っていってしまった。

『大嫌い』
今まで、何度と無くあかねに言われてきた言葉だった。
叫ばれて、殴られた事だって何度もある。
何度も繰り返して叫ばれた事だってあるし、腹が立つような口調で言われた事だってあったはずだ。
でも、
「…」
…その言葉が、今日ほど胸に染みたことは、なかった。


「大嫌い」
まるで、音響の整った大ホールでオーケストラを伴いながら演奏をされているように壮大に、その言葉は俺に届く。
でも、
胸に届いただけではなく、その言葉は強弱のついたリズムを持って、何度も何度も俺の胸を軋ませる。
そう、それはぎゅっ、ぎゅっ…と、胸を力いっぱい手で絞られるような痛みを伴ないながら。
……


こんなつもりじゃなかった。
こんなはずじゃなかったんだ。
違う。
違うんだよ、あかね。
ホントに違うんだよ。
俺はっ…


「…」


俺は…お前が…。
あかねが俺に叩きつけたかばんを拾いながら、声に出せない言葉を、何度となく俺は思う。
…でも、全部自分が巻いた種だった。

「…」

俺は、あかねが俺に叩きつけたカバンを持って、走り去ったあかねの姿を探し回った。
あかねは、人のいない屋上への階段で、ワンワンと一人、泣いていた。
一生懸命、涙を堪えようとしているらしいが、次から次へと溢れ出る涙は、あかねの意思とは逆にとどまる事は無い。
激しく堰を切って泣いている姿を遠めで見つけただけでも、胸がぎゅっと…削り取られそうだった。

「…ごめんな」
…とりつくしまもなく、泣いているあかね。
俺が傍にやってきて声をかけるまで、俺の気配にも気が付かなかったくらいだ。

「…」
こんなあかねに、いまさら俺がまた弁解したところで、一体何が得られるというのか。


「…帰ろう?」
言い訳はいつだって出来る。でも、今俺がするべきなのは言い訳ではなく、あかねに謝ることだ。
「あかね、帰ろう?」
でも、こんなときにさえ俺は…素直に謝ることが出来ない。
俺の口から出たのは、そんな言葉だけだった。
そんな俺に対し、
「…」
あかねは左右に首を振り、再び激しく、まるで火がついたかのように泣き続ける。
『乱馬とは一緒に帰りたくない。』
あかねには声にこそ出さないが、そう言っているのだと、俺には分かっていた。
そう、声になんて出されなくたって、あかねの心がそう言っている…何でかは分からないけれど、悔しい事にこういうことだけは、いつだってダイレクトに、俺の心に届くんだ。
「…」
それが分かるだけに、俺の胸はまた、ぎゅうっと、削り取られたように苦しくなる。
でも、
「…」
こんな風に泣いているあかねを置いて、一人で家に帰る。
…それこそ、そんなこと俺には出来るわけが無かった。
「…帰ろう。な?…」
俺は、振り払われるのを承知で、泣いているあかねの手を取った。
「とりあえず、教室に戻ろう?な…?」
そして、何度か手を振り払われても諦めず、あかねの手を取りつづけ、ようやく振り払われなくなったその瞬間を見計らって、ぎゅっと一度、強くその手を握った。
そして、泣いているあかねの手を引きながら、ゆっくりと、教室へと向かって歩きだした。

「…」

…とりあえず泣き止ませないと、いけなかった。
このまま、外を歩かせる事なんて出来なかった。
こんな風に泣かせたまま、あかねを外に出したらダメだ。そんなの、許されるはずが無い。

「…」

…そんな事を思いながら手を引く俺の後ろで、あかねは、しゃっくりをあげながらまだまだ激しく、泣きつづけている。

「…」

泣き声が肩越しに聞こえるだけで、ズキ、と胸は痛む。息苦しくなる。
でも、それに対して何もしてやれないこと、
そして、そうさせた原因が自分にあること。
…そう思うと、更に俺は苦しくなる。

「…」

俺は、泣きつづけるあかねに眼をやる事も出来ないまま、ただ手だけ繋いで歩いていた。
「…」
黄金色から茜色へと姿を変えた夕陽が、二人が歩く廊下に俺達の影を、映し出す。
手を繋いでいるはずなのに、その部分は繋がっているはずなのに、不思議と、俺達は一緒に歩いている気がしない。
それはきっと、物理的な距離ではなくて、二人の心の距離がこの上なく、離れているからなのだろう。
手を繋いでいるのに、繋いだ温度も、感触も感じない。
温かさなんて、何も無い。
繋がれた手から伝わってくるのは、そう…あかねが受けた「痛み」だけだ。



大嫌い、か…。
再び、あかねから発せられた言葉が、鋭く俺の胸に突き刺さる。
どんなに研ぎ澄まされた剣よりも、
どんなに強力な装備をもった機械でも、
きっと、今のこのあかねの言葉には、どんなものでも敵いやしない。


「…」


廊下に延びている、二人の影。
長く、黒く延びているその影を横目で見つめながら、俺はそっと溜め息をついた。







俺が今、あかねと繋いでいるこの手は、一体俺とあかねの何を繋いでいるというのだろう?

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