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FBC 10

ピピー!


広い体育館の中に、乾いた笛の音が響いた。
ほんの少しの休憩を挟み、いよいよあたしたち風林館高校女子バスケット部と、名門・青陵学園高校との練習試合がはじめられる事になった。
初めての、練習ががてらだけど対外試合、そして、どうしても負けられない理由。
「おねがいします」
中央ラインに並んで、あたしたちは相手チームに挨拶をする。
身長も体格も、それなりに相手校とは同じ。
でも、実力や体力は…どう考えても相手校のほうが確実に上。
「あ、でも顔だけは…うちらの方が断然ええね。特にあかねちゃん、向うのキャプテンとは比 べもんにならんやん。美人やでー」
試合開始直前、挨拶を終えて一度ベンチへと戻る途中、あたしの横を歩いていた右京が、ポ ツリとそう呟いた。
「顔だけじゃないわよっ。性格だって百倍いいわっ」
先程の件のせいもあって、若干冷静さを失っているあたしが思わずそう叫ぶと、
「なんやわからんけど、そうなん?」
「そうよっ」
「じゃあそういうことにしとこ。美人で性格もええキャプテン、よろしくな」
右京はそんなあたしに対し、にっこりと微笑む。
試合前の緊張状態のこの時間、予想もしなかった柔らかい笑顔。
思わずふにゃ、と表情を緩めてしまう方度右京の笑顔は柔らかく、
「…」
それまで鼻息荒かったあたしも、なんだか気が抜けてしまった。
「試合前からそんなにいきがってたら、いい結果なんてうまれるもんも生まれへんよ」
「右京…」
「ま、どのくらい太刀打ちできるかどうかわからんけど、がんばろうな」
右京は、溜め息をつくあたしに柔らかい口調でそう呟いた。
「…そうね。あたしたちの初めての対外試合だもんねえ」
その右京の言葉で、あたしは徐々に徐々に冷静さを取り戻してきた。
「そうやで」
「うん、ありがと」
…やっぱり本当は、どうしても勝ちたい気持ちが逸ってしまうけれど、そこでキャプテンのあたしが落ち着かなくてどうするんだ。
「えらい人は、後ろでドーンと構えていたらええねんて」
「そだね」
「そうそう」
そうやって、再びにっこりと微笑む右京。あたしはそんな右京の笑顔に、なんだかとても大事な 事を教えられたような気がした。
「…右京」
「なに?」
「あたしね、やっぱり右京みたいな女の子、大好きよ」
あたしがボソッと右京にそう呟くと、
「それは嬉しいねんけど。でもなあ」
「え?」
「残念ながら、男の子には受け入れられん」
「そんなことないでしょっ。きっとどんな男の子でも…」
「それじゃ意味ないやん。好きな人じゃなきゃなあ」
「え?」
「…なあ、あかねちゃん。うちな、この間あんな事いってんけど、ホントはわかってるんよ」
「この間って…?もしかしてあの」
体育館倉庫の裏でのこと?…あたしがそう続けようとすると、
「…ま、それは今度おいおい。今言う事でもないやろ。それよりさ、試合や試合!がんばろう なあ」
右京はそういってあたしの会話を遮ると、「頼むで、美人で性格のいいキャプテン!」…と、あたしの背中をバチン、と勢い良く叩いた。
「…うんっ」
あたしはその叩く強さにがくん、と前のめりになるも、
何だか大切な事を教えられたような気がして、気持ち新たにコート中央のスタートラインへと歩 いていった。
「それじゃ、始めます」
…あたしたち全員が再びコートへと戻ってきた時点で、審判役のテクニカルコーチがそう叫ん だ。
「小太刀、頼むわよ」
「言われなくても頑張りますわよ」
試合開始後のボールの行方を誘う、いわゆる「ジャンプボール」は、あたし達FBCの中でも一 番背が高い、小太刀努めることになっていた。
あたしたちは、小太刀が自分達へとボールを繋いでくれると言う事を信じ、小太刀から近いポ ジションへと移動する。と、
小太刀のちょうど左斜め後ろ辺りにポジショニングをしたあたしに対し、何故か青陵学園高校 の女の子が二人、マークについた。
「…」
チームメイトが四人もいるのに、なんであたしに二人…?
何だかおかしいな、とあたしが周囲を見回すと、
「…」
…どうやら、例のキャプテンの女の子がそういう指示を出したようだ。

あたし以外の人にマークを置かないって事が、それだけ作戦ミスだということか。
絶対に思い知らせてやるんだからねっ。

「…」
あたし達だって、本気になればそれなりにいい試合、できるはずなんだからっ。
足だって、試合が終わるまで絶対に持たせてやるっ。
そうよ、あたしの足を踏んだ事だって、後悔させてやるんだからっ。

「っ…」
あたしは、小太刀がジャンプをした瞬間、ガードをしていた女の子たちを振り切るようにダッシ ュをした。
そして、
「やあっ…」
「あっ…」
パシュっ…と小気味のいい音を立てて、小太刀が繋いだボールをしっかりと受け取ると、
「くっ…」
悔しそうな顔をしている相手校のキャプテンの横を、ドリブルをしながら素早く駆け抜けた。
…こうしてこの瞬間から、あたし達のはじめての練習試合は始まったのだった。



「みんな、ご苦労様でした。よく頑張りましたね」
「…」
…けれど。
初めのジャンプボールでは上手いこといったかもしれないが、
試合の蓋を開けてみれば、実力の差は一目瞭然。
どんなに気合を入れたって、
どんなにジャンプボールを上手く奪ったって、
どんなにあたし達チームがいい動きをしたって。
チームワークは抜群でも、しょせんは圧倒的な実力の差は隠せない。
バスケで有名なうちの男子チームとは違って、
できたての女子バスケットチームでは、
名門校のプレー運びに追いつくのがやっと、というのが実情だった。
初めはいい動きをしていても、試合が中盤に差し掛かる頃には皆の体力はなくなってしまっ た。
そうなると、最後まで諦めないで動こうとするあたしにガードは集中し、
「くっ…くっ…」
きゅっきゅっ…と床を踏み鳴らしながらボールを持つあたしも、
「あっ…」
ダン!
あっという間にボールを奪われ、そしてゴールへと運ばれてしまう。
それに加え、
「っ…」
必要以上にコートの中を走り回ったり、ゴールされるのをガードしようとジャンプしたり。
自分のポジション以外の場所でもプレーをする羽目になったことが災いし、徐々に足の痛みも 増してくる。
試合が終わる頃には、
「っ…」
プレーのせいで掻いた汗なのか、それとも足の痛みからくる冷や汗なのか。
何が何だか分からない程、あたしの身体の「痛み」とか「苦しみ」という感覚は麻痺してしまって いた。
…よって、結果的にあたし達は、六十ポイント以上も差をつけられて大敗し、そのまま試合は終了。
初の練習試合。
気合を入れて望んだ割りには、その結果…あたしたちが望んでいる形では終わってはくれな かったのだ。

ただ、
「君たちは今日が始めての試合だったんでしょ?その割にはみんな度胸もあるし。これからの 成長が楽しみなチームだね」
「…」
「東風もいっていたよ。成長が楽しみなチームだからって」
…試合終了後、一通り体育館の掃除や後かたずけも終え、挨拶も済ませた後。
試合にも勝ってご機嫌な様子の青陵学園高校の生徒たちとは逆に、
試合に負けた事、そして体力的に激しく疲労していることも手伝って、がっくりと肩を落としなが ら帰ろうとしていたあたしたちに、相手高校のテクニカルコーチが話し掛けてきた。
その隣には例のキャプテンの女の子もいたが、そっぽを向いている。
「…東風先生、そんなこと言っていたんですか?」
疲れてろくに口も効けないような他のメンバーを代表して、あたしがそう尋ねると、
「そうだよ。その為には、まず名門校と対戦してみて、『負ける』という悔しさをしってもらいたい って」
「!」
「どんなに一生懸命練習したって、結果的に強さに対する貪欲さや負けん気がなければ、潜在 している力なんて引き出されない。向上心がなければ、何も変わらないということだよ」
テクニカルコーチはそう言って、にっこりと微笑んだ。
「うちの高校でも、その考えは大切にしているよ」
「…だから先生は、こちらのチームと試合を…」
「まあね。丁度いい事に、僕とあいつは学生時代からの知り合いだったし。
それに名門チームの練習する事はいい勉強になるからって、言っていたよ。仲間内だけの練 習とは、やっぱり違ったんじゃないかな?」
「はい」
あたしは、テクニカルコーチの言葉をかみ締めるように頷いた。
…そう、確かにそうだった。
ふだんあたしたちが「疲れるまで練習した」と思った練習よりも、今日、たった一時間くらいしか 練習していなかったこの学校での練習は、全員がグロッキーになるほど体力を消耗した。
こんな事、仲間内だけの練習だけだったら知らない事。
上には上がいる。あたしたちが強くなる為には、もっともっと厳しい練習をしなくちゃいけないっ て事なんだ。
それを、あたしは思い知った気がしていた。
「週明けにでも、皆で今日の試合の反省点とか、練習で得たこととか。話し合うといいよ。それ も、大事な部活動の一つだからね。強くなる秘訣だ」
「はい」
「それじゃあ僕はここで。東風は今日は…結納だっけ?宜しく言っといてよ」
テクニカルコーチは俯いていたあたしにそう言うと、体育館の中へと戻っていった。
「…今度は公式戦でお会いしましょう。ま、その時にはうちだってもっと強くなってると思います けど」
それまでそっぽを向いてテクニカルコーチの横に立っていた相手校のキャプテンの女の子も、 最後にそんな言葉を呟いてからあたしたちに一礼をし、体育館へと戻っていった。
更に、
「あー!間に合ったよ!帰る前にどうしても会いたくて」
「…」
…あたしたちが帰る姿を見かけたのか、部活が終わって着替えていたはずの相手校の男子 バスケ部キャプテン、真之介くんもそんなあたし達の元へとやって来た。
「真之介くん。…」
「ま、今日は残念な結果だったけどさ、名門校相手に、初めてにしては大健闘じゃない?次は がんばれよ、あかねちゃん」
「…ありがとう」
「そっちのみんなもね。えっと、本田・鈴木・緑川・マッケンロー・綾小路だっけ?」
「加藤・林田・九能・シャンプー・久遠寺です…って、どこをどうやったらそんな風に間違えるん ですかっ」
やっぱり掠ってそうで全然掠ってないその名前にあたしが苦笑いをすると、
「ごめんごめん、俺、人の名前とか覚えるの苦手なんだ。でもあかねちゃんの顔と名前は覚え た」
「…」
「それじゃ、俺はここで。今度デートしようね」
真之介君はカラカラと笑いながらあたしの頭をぽん、と叩くと、
「それじゃあ綾小路さん達もお元気で!」
…と、最後の最後まで名前を間違えながら去っていった。
「…変ってるひとやなあ」
「あかねにはお似合いね」
「人間としてあの記憶力はどうかと思いますわ」
「かっこいいのにねえ…」
「天はニ物を与えなかったのよ」
「…」
あたしたちは、真之介君の去り行く背中を見ながらそんな事を呟いて溜め息をつくも、
「…なあ。東風先生は色々と考えてくれていたんやなあ。うち、感激やわ」
「負けてしまた、でも仕方ないことあるな」
「とにかく、終わってしまった試合を悔いても仕方がないことですわ」
「そうそう。あ、ねえ!このままお昼でも食べにいかない?せっかくだし!」
「そうだよ。ね、あかね、そうしようよ!」
とりあえずは反省、今後の方針は来週の部活ミーティングで話すことにしよう。
時間的にも、今はお昼ちょっとすぎ。
とりあえず腹ごしらえでもしようか…と、あたし以外のメンバーは、この学校に来る途中にあっ た時臆されるファミリーレストランへと向かって歩き始めた。
が、
「…」
歩き出す皆とはよそに、その場に立ち止まったままのあたしは、何だか割り切れない気分のま まぎゅっと唇を噛む。


…負けるのがわかっていた試合。
負けること、が目的の試合。
最初から先生は、あたしたちが今日試合に負けるとわかっていて「負けないようにがんばれ」って応援しつづけてくれたんだよね。そういうことだよね。

そりゃ、初めから「勝てはしないけど」って気持ちで練習するよりは全然いいのかもしれないけ ど。
…何か、悔しい。
それは、実際に試合をして負けた事が悔しいんじゃなくて、
「名門校と試合するんだ、勝つのは殆ど皆無。でも…もしかしたら勝てるかもしれないね」
…先生の中に、そういう選択肢がなかった。
その事が、悔しくて堪らない。
そして、そんな先生の意図に全く気がつかなかった自分に対して、何だか無性に悔しかった。


なんか、すごくあたし、バカみたい。
試合の直前、相手校のキャプテンともめるまでは、
『先生とお姉ちゃんに勝利のプレゼント!』…そんなことさえ思ってたんだもん。
先生はハナから、あたしたちが今日試合に勝って戻ってくるなんて期待もしていないのに。
なのに…。

そんな風に思っていた自分に対し、あたしは何だか無性に恥かしく思えて仕方がなかった。

「あのさ、あたし今日は先に戻るわ」
「え?」
「ほら、あの…今日は先生とお姉ちゃんの結納だしっ…」
「あ、そっか。先生にもよろしゅうな」
「うん…」
あたしは、ファミレスに向かうみんなとは店の前で別れて、一人駅へと向かった。
…もちろん、素直に家に帰るつもりもなかった。
結納自体はどこかのホテルのレストランでしているはずだし、
ご飯を食べた後素直にお姉ちゃん達が家に帰ってくるはずない事だって、わかっていた。
…一人になりたかった。
あたしが皆と別れた理由は、きっとそれが、正解だ。

「…」
そんなことを考えていたら、なんだかそれまで忘れていようとしていた足の痛みが、ふいに増し てくるような気がした。

スキン、ズキン、と増す痛み。
「…」
その痛みが、何だか急にあたしを、現実の世界へと引き戻すような気がする。
気合いを入れていた試合はこてんぱんに負けて、気が抜けて…残ったのはごまかしていた足 の痛みと虚無感。
予想もしないアクシデントがあって、「試合は自分のためにがんばろう」…そんな風に思い直し たはずなのに、
再び増してくるこの足の痛みは、あたしの気持ちを、そうやって思うようにした前の状態へと引 き戻す。
それは…こうして試合に負けて一人、冷静に道を歩いていれば、なんだかより鮮明だ。


…ああ、そうだ。色々あって忘れてたけど。
こうしてあたしの試合が終わったって事は、並行してお姉ちゃん達も結納、すませたんだよね。
そんな日に、あたしはこんな風にどんよりと暗い表情なんてさせて顔見せちゃいけないんだよ ね。


先生の予想通り大負けしたあたし達。
みんなでそれを反省して、来週から気持ち新たに頑張ろうって。
そんな風に物わかりがいい前向きな、頼りになるキャプテン。皆を引っ張っていく、キャプテン。
今日の試合後にそうなっているだろうと先生が予想している、あたしの姿。
そういう姿を、あたしは見せてあげなくちゃいけないんだよね。
…ホントは、昨日足を怪我してすごく痛くて大変で、とか、
そのせいで、ユニフォーム姿をちゃんとお披露目できなかった、とか、
相手校のキャプテンにあらぬ誤解を受けて足を踏まれて腹がたったとか。
そんなくだらない話や情けない話をする前に、
「これからは、この負けた悔しさをばねにがんばります!」
…そうやって頑張るあたしの姿を見せる事。
それが、先生への、そして先生の大事なお姉ちゃんへのプレゼントになるんだ。
初めから負けるってわかっていた勝負だもん。
先生はあたし達の勝利、なんて期待してなかったんだもん。
だから…

「…」

そんなことを思いながら電車に乗り地元の駅へと戻ったあたしは、駅から、学校へ向かう道へ と歩いていた。
本当は学校なんかに改めて用事はないし、それよりも、本当はまず、朝乱馬と約束した通りに足の治療で病院へ行かなくてはいけないの に。
「…」
足は痛いけれど、何だか足の怪我なんてどうでもいい。
…何だかそんな事を思うほど、あたしの心はモヤモヤとしていた。
そうこうしているうちに、あたしは学校へとついた。
休日用に開いている門から学校の中へと入り、体育館に向かうあたし。
中を覗くと、そこはガラン、と静まり返っている。
ドアを開けたときにムワっとした熱気も感じられない…という事は、人がいなくなってから大分 時間が経っていると言う事。
「…」
そうか、男子バスケ部は、もう大分前に練習を終えて帰ったのね。
あたしはそんな事を思いながら、シーンと静まり返った無人の体育館へと入った。
あたしはそのままゆっくりと歩み、体育館の一番奥に位置している舞台へと進み、その上へと よじ登った。
そして、舞台に登ったあたしは大きなため息を一つつくと、膝を抱えて座り込み頭を伏せた。



「…」
何か喋ろうとしても、上手く言葉が出なかった。
モヤモヤした気持ち、言いたい事、思うこと。
悔しい事、つらい事、痛いこと。
たくさん、たくさん言いたい事はあった。
でも、
「…」
やがてその気持ちは、溜め息をついてでもうまく自分の外へと吐き出せないほど、あたしの心 の中で充満していた。

…このモヤモヤした妙な気持ちが落ち着くまで、ここにいよう。
落ち着いたら、まずは病院に行って足を診てもらおう。そしたら元気よく家に帰ろう。
笑顔で今日の報告をして、いつもと同じ元気なあたしでいるようにしよう。
「負けちゃったけど、次は勝てるように皆で頑張ります!」
そうやって、前向きな頑張る姿を見せよう。
「それより、結納はどうだったの?本当に二人とも、おめでとう!」
自分の事はさておいて、結納を済ませたばっかりの幸せな二人を祝福する言葉を述べよう。

だから、
だから、あたしがこうやって涙を流すのは、今だけにしよう。
試合前に怪我をしてしまった不甲斐ない自分を責めるのも、はじめから負けると思われていたのに、それに気がつかず「勝利をプレゼント」しようと張り切 っていた自分を恥じるのも、妙な誤解を受けて足を踏みまくられて。
その誤解をとくことも出来ず、更にその相手にこてんぱんに負けたことが悔しくて仕方ないこと も。
そして…お姉ちゃんと先生の結納を心から喜んでいるはずなのに、何故だか嬉し涙とはあきらかに違う涙が溢れてくることも。
みんなみんな、今だけだもん。
ここだけの話にしよう。
今だけ、思い切り泣こう。そうすれば、きっとスッキリとするはずなんだ。

「うっ…うっ…」
あたしは伏せた顔を容赦なく濡らす涙を拭いもせず、
そして口から時折洩れる嗚咽を気にすることもなく、いつの間にか泣いていた。


「ううっ…」
…激しく声をあげて泣くなんて、子供の時以来だった。
中学の時にやっていた格闘技の試合で負けた時だって、じんわりと涙をにじませるくらい。
こンな風には泣かなかった。
転んで足をすりむいた時だって、涙を流した事はあるけれど、こんな風に声を上げては泣かな かった。
だから、
こうやって声を上げて激しく泣くのが余りに久しぶり過ぎて、そういう風に泣くのはどうしたらい いか、なんて。
そんなくだらない事まで考えたほど久し振りに、そして激しく泣いていた。
自分の鳴き声が、耳にダイレクトに飛び込んでくる。
「うっ…ううっ…」
そうやって妙な音響効果を感じると、いつもはそんなに広いと感じない体育館が本当は案外広 いんだ…そんな風にさえ感じる。
そしてそれがまた、自分の惨めさというかくすぶる気持ちを込みあげさせる。
あたしはひたすら、膝を抱えて声を上げ、泣いていた。

と、その時だった。

「…どっかの迷子の子供が泣いてんのかと思ったぜ」
体育館の入り口から、不意にそんな声がきこえた。
「っ…」
誰もいないはずなのに、とあたしがはっとなって顔を上げると、
「外までまる聞こえだぞ。せめてドア閉めて泣けよ」
「…」
「ま、休みの日じゃ人なんて殆どこねえけどさ」
…そんな事を言いながら、何故か乱馬が体育館の中に入ってきた。
そして、それまで開けっ放しだった体育館の入り口のドアをギギ…と閉める。
「…」
あたしはそんな乱馬に何も答えずに、再び膝に顔をつけた。
乱馬は、タタタタっ…と小走りにあたしの元へと走り寄ってきたようだった。
そして、「よっ」とか言いながら舞台のうえへと飛び乗ると、黙ってあたしの横へと座る。
「…」
…何か、用でもあるの。
わざわざあたしが泣いているのがわかっていて体育館に入ってくるし、こうして横に座るし。
あたしがそう思いながら乱馬の言葉を待つも、
「…」
乱馬は何も言わず、体育館の入り口を見つめたまま座り込んでいる。
「…」
あたしが不思議に思って泣きじゃくった顔を乱馬に向けても、
「…」
乱馬は何も言わずに前を向いて、座っている。
それはまるで、
『泣きたければ気が済むまで泣いてたら?』
…なんだかそんな風に言われているような気がした。
「…」
あたしは、そんな乱馬の「言わずの言葉」を感じ取れたような気がした。
「うっ…うくっ…」
あたしは、少しの間だけ、声を上げてただただ泣いていた。
膝を顔に押し付けて、俯いてずっと泣いた。
「…」
乱馬はその間、ただただ何もせず、あたしの隣に座ってずっと前を向いていた。
ピクリとも動かず、何も喋らず。
ずっとずっと、前を向いて座っていた。
「…あのね…」
その内あたしは、泣きつづけながら自然と、声を発するようになっていた。
「…あのね、足が痛くてね、包帯まいてもらったのにね」
「うん」
「ストレッチしたらね…とれちゃってね…」
「うん」
「真之介君にね、巻きなおしてもらってね…」
「うん」
「そしたらね、向うの女子キャプテンがね、それを誤解してね…」
「うん…」
そして、時折しゃっくりを上げながら、今日あったことをゆっくりと、うつむいて膝に顔をつけたま ま、話していた。
乱馬は、そんなあたしの話を相槌を打ちながら聞いてくれていた。
…いつの間にか俯いているあたしの頭に、大きな手をぽん、と乗せながら。
「頑張ったけど、負けちゃってね」
「うん」
「でも勝つことなんて期待されてなくてね、それでね…」
「うん」
「悔しい…」
あたしは、そこまで言うと、ゆっくりと、顔を上げた。
そして、涙を手の甲でゴシゴシと拭いながら乱馬のほうを見る。
「…」
乱馬は、そんなあたしをすごく優しい表情で見ていた。
「…」
今まで見た事も無いような、温かい表情。
その表情に思わずあたしが戸惑っていると、
「…でも、おめーは頑張ったんだろ?おめーなりに」
と、一言呟いた。
「…うん」
あたしが、また大きな涙を一粒こぼしながら震える声でそう答えると、
「先生はどう思ってたかしらねえけどさ」
「うん…」
「少なくても俺は、いや俺だけじゃなくて良牙とか、あかりさんとか。おめーらが今日の試合で勝 てばいいなって思ってたよ」
「…」
「真之介だって、そうじゃねえか?ま、アイツの場合は何考えてるかよくわかんねえけど」
「…」
「だからさ。今回はいろんな事がいっぱい重なって、望まない結果になっちまったけど。次、頑 張れよ。次は試合前に怪我なんてしないで、今度は誰かに勝利を…とかそんな余計な事考えないで さ。おめーが、納得のいく試合をする。頑張って、がんばって、勝つ。負けた時は、何で負けたのかって冷静に分析できるようになる。…自分自身が成長できるような試合をできるようになれよな」
「乱馬…」
「その…叶わないかもしれないけど、先生の何十倍も、何百倍も、俺がおめーを応援してやる からよ。だから頑張れよ」
乱馬はそう言って、ごほん、と咳払いをすると、ゴソゴソと制服のポケットからくしゃくしゃに丸ま ったハンカチを取り出して、
「ほら、そろそろふけよっ。そんな風に泣かれてると、俺は困る」
…と、あたしの手に強引に握らせた。
「…」
本当はあたしだってハンカチくらいは持っている。
わざわざ乱馬のこのハンカチを使わなくたって自分のポケットの中から出せばいいだけの話なんだけど、
でも、何だか今日だけは、たとえくしゃくしゃでもこの手渡されたハンカチを使いたくて、
「汗くさい」
「なっ…も、文句言うなっ」
と、わざとそんな事を言いながら涙をゆっくりと拭った。

「…」
何だか涙を拭ったら、それまでモヤモヤしていた気持ちも一緒に拭えたような気がした。

「…ありがとう、乱馬」
あたしは、「洗って返すね」と一言言ってハンカチをしまうと、乱馬に向かって笑いかけた。
そして、
「気にすんな」
「あのね、包帯がほどけて困っていたときにね、あたし…乱馬のことばっかり考えてたんだ」
「えっ…な、なんで!?」
「わかんない。でもね、乱馬と離れると、乱馬のことばっかり考えてた。きっと、乱馬ならどうに かしてくれているのにっ…て思ったんだろうね」
「あ、あかねっ…」
「きっと、乱馬はあたしにとって大事な存在だったんだよね…今日だってこうして、泣いている 時傍にいてくれたし」
「…・」
「それってきっと、あたしが…」
「あ、あたしが!?」
「乱馬のことを…」
「お、おうっ…」
「とっても大事な幼馴染だって思ってるからなんだろうね。そう実感したわ」
「…」
…あたしがそう呟いた直後、なぜかガックリと肩を落として溜め息をついた乱馬を不思議に思 いつつ、
「ねえ、ところでなんで体育館に来たのよ?」
と、声をかけた。
「あ?ああ…なんかオメーがここに来るんだろうなって、予感がしたんだよ」
乱馬は何故かしょんぼりした口調でそう答えると、
「それに、おめーは絶対に素直に俺と約束した通りにすぐに病院に行かねえだろうなって思っ てな。 ま、いわゆる『足』になってやろうとおもって、一回家に戻った後ここにきたの。自転車 で」
ぴょん、と舞台から勢い良く飛び降りた。そして、
「歩くの辛いだろうしさ…病院まで連れてってやるよ」
乱馬はそう言って、あたしに向かって手を差し出した。この手を取れ、ということだろう。
「…」
あたしは一瞬だけ右京の事を考えるも、
「…」
…ごめんね、右京。今日だけは、何だか乱馬に頼らせてもらってもいい?
今まで感じた事のない選択肢が、あたしの中で生まれてそして選ばれていた。
「…」
あたしは、差し出された乱馬の手を素直に取った。
そして、
「…歩けない」
「はあ?!俺に自転車の所まで抱いていけって言うのかよっ」
「抱くよりもおんぶがいい」
「わ、ワガママな奴…」
文句をブツブツと呟く乱馬の背中から、ふわり、と上に覆い被さった。
「抱いて運んでやろうか?」
「いいわよ、おんぶで」
「あーあ、腕に抱いた方が泣きっ面が良く見えるのに」
「みなくていいわよっ。それに…」


…それに、
腕に抱かれて運ばれるよりも、おんぶされながら話ながら歩く。
そのほうが、何だか今のあたしには…とっても居心地のいいい「距離」のような気がする。
そのほうがきっと、「あたし」と「乱馬」らしい気がするんだもん。

「それに、何だよ?」
「何でもないー。さ、出発出発!走れっ」
「変な奴。あ、でもこれはこれで何かいいかも…」
…あたしは言おうとしていた言葉を上手くごまかして、乱馬の首にしっかりと抱き付いた。
乱馬はそんなあたしを、落ちてこないようにしっかりと背負いなおして体育館の入り口へと歩い ていく。
「ちょっとっ。お尻さわんないでよっ」
「さわってねえよっ。それにしょうがねーだろ、こうしないとおんぶできないんだからっ」
「なによっ。やっぱ触ってるんじゃないっ。エッチっ」
「文句が多い奴だなー」
「何かいった?」
「別に」
あたしと乱馬は好き放題文句を言いながら喚いていたが、やがて自然に笑顔で話すようになっ て…体育館から出て行った。
そして、入り口の外に置かれていた自転車に乗り換えると、
「さ、病院な」
「そうそう、病院ね。よろしく頼むわよ、運転手」
「へーへー」
走り出す前にお互いの顔を見合わせて小さく笑った。
「いくぞ」
…乱馬が笑顔のままあたしに背を向け、自転車のペダルをこぎ始めた。
あたしはそんな乱馬の背中にしっかりと腕を回して掴まりながら、笑顔のまま目を閉じた。
乱馬と一緒にいて、今まではそれが「当たり前」だったはずなのに。
その「当たり前」が「心地いい」と思ったのは、今日が初めてだった。
こうやって乱馬の背中にしがみつくあたしの頭の中には、
すごく不思議だけれど、もう先生とお姉ちゃんの結納の事とか…あれだけさっき泣いていたこととか。
すっかりと無くなってしまっていた。
「お姉ちゃん達、どのくらいで帰ってくるかなあ」
「さっき家に帰ったとき、家の親から電話があったぜ。三時ごろ戻るってサ」
「ほんと?じゃあさ、それまでにお昼食べにいこうよ」
「そうだな」
「おごってね」
「なんでだよっ」
…今では先生の事よりも、そんな風に乱馬と会話したり話したり。
そうする事の方が「楽しいな」。そんなように思えるほどに。


「あーあ、やっぱり仲良しやなあ、あの二人は」
「横恋慕、諦めるあるか?」
「まだしばらくは、諦めきれんけんどな」
「勝ち目、ないですわよ?ほとんど」
「そりゃそうかもしれんけど。まだまだわからんかもしれんやろ?」
…そんなあたし達の姿を、
実は体育館の外の茂みから、ファミレスに入ったもののすぐにあたしの後を追いかけてきた右京達が眺めている事に、あたしも、そして乱馬も全く気がつかなかった。
「…ま、うちは早乙女君も好きやけど、それと同じくらいあかねちゃんも好きってことやな」
右京はそう言って、苦笑いをした。
「それにしても早乙女君も可哀想やなあ。あんだけがんばってもちっとも報われてへんし」
「相手が悪いね」
「そやな…。ま、なんにせよ、あかねちゃんが元気になってくれてよかったわ」
そして、ひっそりと茂みのなかから覗いていた仲間たちに笑いかけると、
「さー、うちらは改めてご飯でもたべいこ!」
「賛成あるっ」
「しっかり食べたいですわね」
「あたしいいお店知ってるっ」
「ほんと!?そこいこうよっ」
…と、今度こそ気を取り直して、戦の後の腹ごしらえ、とばかりに学校を出て行った。





部活を作って、練習して。
色恋沙汰が交わって、複雑な人間関係があって。
初めての練習試合は惨敗して…
色々な事があったけれど、色々な事を経験して、きっとあたしたちはもっと強くなる。
経験した事、色々な人とであったこと。
それらを踏まえて、もっともっと頑張ろう。
風林館高校バスケットボールクラブ。
そう、あたし達のFBCを、あたし達全員の手で、もっともっと強く、そして大きくする為に。

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